「どしたの、時間かかってるねェ?」
「ジャーク様! はっ、いえ、荷物に一部不足が見られまして……」
ジャークとやらに肩を掴まれ、軍人達の顔に緊張が走る。ザナキアさんは状況に気圧されつつも、どうにか反論を絞り出した。
「不足はしてねえよ。表に書いてある通りだろ」
「……って、彼は言ってるよ? 何が足りないの?」
「いえ、その……」
男達の反応が明らかに鈍い。恐れか、或いは──上官を通さず賄賂を受け取っていたのか?
ジャークの笑みが深まる。
「足りない物があるんなら、はっきり言ってごらん? 言わなきゃ船員さんだって解んないよねェ?」
「ああ、一覧表と積み荷に不一致は無い。確かめてくれ」
「どれどれ? ……うん、さっき見て来たけど、この通り全部あったよ。しかし注文したボクが言うこっちゃないけど、よく醤漬けを持って来れたねェ? 表に載ってるってことは、こっそり持ってきたんじゃないんでしょ?」
この男、密輸の首謀者であることを隠そうとしていない。まあ知られたところで食い物だし、大袈裟なことにはならないのか。
格好もさることながら、会話も独特で内心が読めない。顔を顰めつつ、ザナキアさんはどうにか返答する。
「最初に商人が持ち込んだ物は、液漏れを起こしてたんで積み込みを拒否した。今回持って来れたのは、乗客の協力があったからだな。臭いが漏れないよう箱を密閉してくれたんで、たまたま持って来られただけだ。次があるとは思わないでくれ」
「そっか、残念だなァ。……でも折角持って来てくれたんだし、ちょっと味見させてもらおうかな?」
言いつつも、目線が俺を向いた。長い腕を垂らすようにして、ジャークが腰を曲げる。
床に潜ると地下に落ちてしまうため、いつもの手段が使えないことが仇になった。影で覆っているだけなので、見る人が見れば流石に不自然だと解るのだろう。
已むを得ず立ち上がる──ただし、術は解除しない。存在は知られても、容貌まで知られなければまだどうにかなる。
針を握ったまま、半身でジャークと向き合った。
……おかしな立ち姿だが、隙が無い。武術強度はやはり俺より上か。
「あらら、逃げないんだねェ? ううん、これは失敗したかなァ……」
間延びした声とは裏腹に、目つきは鋭い。
不意に相手の腕がぶれ、鼻先に拳が飛んで来る。顎を引き額で受けながら、針先で手首を引っ掻いた。
俺はよろけ、ジャークの血が床に散る。言葉通り、味見だったから救われた。相手が本気なら術式を維持出来なかった。
だが、次は取れる。
反撃が予想外だったのか、相手は眉を跳ね上げ、口元を引き締めた。
「おや、これはこれは……。ねぇ君、やっぱり止めようって言ったら、認めてくれるかい?」
構えを解き、後ろに下がりながらジャークが問う。間合いが読めないため気は抜けないが、やりたくないのはこちらも同じだ。
俺も針を袖口に仕舞いつつ、壁際へ跳ぶ。
「ああ、話を聞いてくれる人で助かったよ。ちょっと、君とやり合うのはしんどいねェ。別にこれは命を賭けるほどの話じゃないし、お互いちょっと落ち着こうか」
首肯して返す。俺も船員達を守りながら、軍人三人を攻略するのはしんどい。相手が退いてくれるなら、その方が楽だ。
ジャークは両手を挙げて喜びながら、問いを続ける。
「因みにだけど、君は王国の暗部だったりする?」
首を振って否定する。あんな連中と一緒にしないでほしい。
「じゃあボクの部下を殺したい……いや、違うね。ははあ、船員達を保護したいのかな? 書類上、届けられた品に不備がある訳じゃないから、彼等のことは解放するよ。ちゃんと輸送はしている訳だし。商人が荷物を持ち逃げしたからって、彼等に責任を問うのは無理筋でしょ?」
……なるほど、こちらの事情も察している、と。
これまでの遣り取りからして、ジャークは賄賂がいずれ発覚すると想定していたのだろう。もしかしたら、醤漬けも部下を誘導する手段だったのかもしれない。いずれにせよ、普通なら船員より自身の部下を追い込むような言動にはならない筈だ。
まあ各々の地位は解らないが、上官を通さずに不正を続ける軍人など、不要な人間だと言わざるを得ない。俺がジャークの立場でも処分を急ぐ。
内心で納得していると、軍人の一人が大声で喚き始めた。
「待ってください、積み荷をちゃんと届けてこその仕事でしょう! 少なくとも、しっかりとした説明をしてもらわないことには……ッ」
ジャークの輪郭がぶれる。
振り向き様の裏拳で、兵の下顎が吹き飛ばされていた。血の泡を撒き散らしつつ、男は白目を剥いて床に転がる。
どうにか生きているようだが……あれは時間の問題かな? 軍属でありながら上官に逆おうなんて、馬鹿な真似をしたものだ。
「見苦しいよォ? 私腹を肥やすなとは言わないけどさァ、駄目だったんなら諦めなよ。そんなことしてるから、余計な問題を呼び込むんだ」
溜息を吐きながら、ジャークは扉を手で開いたままにする。船員達は何処か怯えながら、周囲と顔を見合わせた。
「積み荷の検査は済んでるから、君達はもう行って良いよ。で、お前は負傷者を連れて行ってちょうだいな。あ、船員の皆さんは一応、今日ここで見たことは黙っててくれるようお願いしま~す」
迫力のある笑みに、船員と軍人は我先にと部屋から逃げて行った。ザナキアさんとアイザンさんは最後までこちらを気にしていたが、残られた方が逆に困る。諦めて出て行った姿を見送り、むしろ安堵した。
部屋には俺とジャークだけが残される。
「はぁ……人の上になんて立つもんじゃないね、面倒ばっかで参っちゃうよ。……で、君はどうする? 捕まえたりはしないけど、ちょっとお喋りしていく? 相互理解って大事だよォ?」
話すことなど無い。ただ、不覚を取る可能性があるため、迂闊に目を離すことも出来ない。相手を刺激しないよう、慎重になっていると自分でもよく解った。
しかし、お互いが本当に戦闘を避けたいのなら、相手の一線を知ることには意味がある。
「……良いだろう。こっちだって、別に殺し合いたい訳じゃない。なるべくなら、円満に終わりたいもんだ」
「そうそう! じゃあ、邪魔が入らない場所に移ろうか」
ジャークは朗らかな笑顔を見せると、背を向けて俺を手招きする。
妙な流れになったものだ。倉庫へと向かう背を追って、俺は静かに歩みを進めた。