「理由は幾つかあってね。まず、これが一番大きいんだけど、ヴェゼルの義肢を作る話があるでしょ?」

「ああ、まさにその作業に取り掛かろうと思ってた」

「うん、それは解ってる。けれどその関連で、ヴェゼルに欲しい素材があるみたいなのよ。カサージュって樹から取れる繊維なんだけど、産地がお隣のカイゼンでね。他国となると、アンタ以外誰も動けないじゃない」

貴族家の当主であるミル姉は、王国法のため勝手に国外に出られない。負傷している師匠と、その世話をするミケラさんも長旅は厳しい。

確かに他国へ行くとなれば、適任は俺しかいないことになる。ただ、わざわざ現地まで行く必要があるだろうか。

「取り寄せは難しいのか? 幾らかかるかは別として」

「出来なくはないんじゃないかしら。だから、次の理由になるんだけど……カイゼンは魔術を使わない機構の研究が盛んなのよ。フェリスの言う、仕掛けが沢山詰まった義肢を作るなら、物の構造を知ってた方が有利になるんじゃない?」

そう言うと、ミル姉は六面に一つずつ穴の空いた、金属製の立方体を取り出した。穴に付属の棒を差し込むと、別の面が勢い良く跳ね上がる。覗き込んでみても、中には何も入っていなかった。

各面の穴に棒を差し込むと、対応する面が開くようになっているのか? 分解してみたいが……なるほど、こういった仕掛けを学べば、確かに役には立つな。全てを魔力でどうにかするより、余程現実的ではあるだろう。

こういった設計に興味が無いと言えば、嘘になる。

「あっちに行くとして、伝手でもあるのか?」

「現地の学校は金さえ積めば誰でも入れるらしいから、伝手は無くてもどうにかなるんじゃないかしら。長い旅になりそうだけど……正直、アンタは何よりもまず、中央を離れた方が良いと思う」

……ああ、そういうことか。

何を躊躇っていたのかを、遅まきながら察する。色々言ってはいたものの、ミル姉の本題はこれだ。

頭を掻き毟り、重い溜息を吐く。見ないようにしていたが、自分でも半ば気付いてはいた。

──俺は、中央との相性が頗る悪い。

「クロゥレン領を出て、道中色々あったのは解る。でもアンタ、自分の言動がどんどん荒んで、取っ散らかってきてるのに気付いてる? そんな状態で、王族や上位貴族に近い場所にいるべきじゃない」

こうして指摘されるほど、俺は調子を崩していたのだろうか。

とはいえ、懸念も解らなくはない。

名匠で知られる師匠が依頼を受けられないなら、弟子である俺に目を向けられることが、今後は増えていくだろう。格のある人間に依頼をするのは、同じく格のある人間だ。

でも、俺は自分の方が格下であるにも拘らず、人となりで相手を選んでしまう。そしてそうなれば、似たようなことの繰り返しだ。揉め事が起きるのは想像に難くない。

「そうだな。火消しに走る回数が増えるだけか……」

「そうじゃない。仕事の話じゃなくて、精神性の話だからね? 人間は学習する生き物である以上、アンタの対応だって徐々に変化していく。たとえ『健康』があったとしても、変質が避けられないことは解っているでしょう。万事を力で解決し始めたら、アンタの嫌いなお偉いさんと同じになってしまうけど、それで良いのかってことよ」

それは──それは、真っ平御免だ。そうならないように、俺は生きてきたつもりだ。

でもミル姉や師匠には、そういう荒っぽさが見えているのだろう。確かに最近はどうしようもない時だけでなく、面倒であればすぐ力に頼っている気がする。上位貴族なんて、言うだけ無駄だとも思っている。

冷静になってみれば、その発想は危うい。

「思考が偏ってたか。なるほどなあ……」

耳の痛い話だ。ミル姉の言うところの品性に欠けている。

いずれにしろ中央を離れる必要があるのなら、少しでも師匠の義肢にとって益のある形を目指すべきだろう。逃げるのではなく、これは新しい挑戦だ。前向きに捉えた方が良い。

かなり悩みはしたものの、選択肢なんて一つだけだった。結局、提言に従うこととなった。

失った腕に、魔核で作った棒をつける。その棒に魔力を込めて伸ばしつつ、先端を三つに枝分かれさせ、机の上の湯呑を絡め取った。

腕という形ですらなく、やれることもまだ限られている。それでも、多少は生活が楽になった。

横で見ていたクインが小さく拍手をする。

「器用ですね」

「まあ使えなくはない、ってところだな。かなり意識して動かしてるし、自由自在とまではいかない」

魔核を急速に変形させること自体は前々から出来ているが、やればやっただけかなりの魔力を使う。もっと効率を意識しないと、すぐさま干上がってしまうだろう。要鍛錬、要改善だ。

クインは自分の義指を見詰めると、床に落ちている工具を拾い上げた。握るというより添える程度だが、取り落としたりはしない。

「……僕の指も曲げられるようになるんですか?」

「魔力を巧く込めればな。今はまだやるなよ? 形が崩れたら、修理が必要になる」

「はい、自分では直せる気がしませんから。それに、魔力が足りない気がします」

……コイツ、さては試したな?

まあ作ったのがフェリスである以上、半端な魔力で変形はしない。クインが頑張ったくらいでどうにかなるものではないが……無駄な手直しをしたくないのも事実だ。

俺は溜息を抑え、未加工の魔核を一つ投げた。

「今のお前にはまだ無理だ。やってみたいなら、これで慣れてからにしろ」

「これが、魔核ですか?」

「そうだ。フェリスも最初はそれに魔力を込めるところから始めた」

昔をふと思い出す。

クロゥレン領は子供が遊べるような玩具も無かったし、外へ気軽に出られるような環境でもなかった。俺も何をしてやれば暇潰しになるか解らず、フェリスには已む無く魔核をくれてやった。他に何もすることが──貢献出来ることが無い子供だったから、アイツはずっと魔核を弄っていた。そうこうしているうちに魔力量は増え、魔術を使えるようになり、やがては俺の弟子となった。

まあ師弟と言えるほど、何かを教えた記憶は無い。ある意味では、クインの方がちゃんと指導に当たっているくらいだろう。

クインは魔核を掌で転がし、大事そうに包み込む。

「魔力を伸ばしたいなら、取って置かずに遊んでみると良い。そんなに高い物じゃないから、気にせずどんどん変形させろ。暇な時に魔力を込めて大きくしていけ」

「ありがとうございます。……僕も、フェリスさんやミルカさんのようになれるでしょうか?」

あの二人を目指すのは、尋常ならざる苦行だと思うが……真面目に取り組めば、三十年くらいでいけるか? クインの性格なら、鍛錬を続けること自体はやれるかもしれない。

会話に割り込むように部屋の扉が開き、フェリスが顔を覗かせる。

「うちの領地の守備隊に加入する条件が、単独強度4000以上だ。まずはそこを目指したらどうだ?」

「凄いんですね。……解りました、やってみます」

数字に怯むことなく、クインはあっさりと頷いた。

兵士を諦めてからの方が訓練に熱心になるとは、皮肉なものだ。魔術を学ぶのがもう少し早ければ良かったが……まあ、それでもやる気があるだけマシだろう。コイツなら、いずれは魔術で身を立てられるかもしれない。

何を目指すにせよ、地力があった方が選択肢は広がる。

魔核で遊び始めたクインを横目に、フェリスは恨みがましい溜息を吐いた。

「さっきミル姉と話しました。カイゼンに行くことになりましたよ」

「そうか。……まあ、俺達も悪気があって言ってる訳じゃないんだ。素材が欲しいのも事実だしな」

「流石にそこは疑ってませんよ。カサージュ以外にも、使えそうな素材があれば確保しておきますけど……あっちって物送る時どうすりゃ良いんですかね?」

「俺もかなり前に一回行っただけだからなあ。大きい街なら組合があるから、定期便は使える筈だ。ただ治安がどうなってるか解らんから、ちゃんと届くかは保証しかねる」

カイゼンはこの国のような貴族主義ではないが、権力が分散している所為で細かい派閥が多く、全体のまとまりに欠けている印象がある。かつて滞在した時は、街中で小競り合いがよく起きていた。

治安が悪ければ、人の物をかすめ取ろうとする奴だっているだろう。組合も所詮は人の群れであり、貧すれば法を犯す者も出る。とはいえ、これは十年以上前の記憶だ。

俺の話を聞き、フェリスは眉を跳ね上げる。

「大丈夫なんですか? 大量の荷物を抱えて移動するのは嫌なんですが」

「最近は国外からの客が多いから、治安維持には力を入れてると聞くぞ? 結局は現地に行かなきゃ判断出来んだろうな」

「……金はどうにか出来るとしても、貴重品がなあ……」

実際稼ぐだけなら、組合に納品をすれば済む話だ。コイツくらい多芸ならば、金には困らないだろう。

考えても仕方が無いという結論に達したのか、フェリスは諦めたような表情を浮かべる。そのまま机の上に転がっていた魔核を摘まみ上げ、魔力を流し始めた。

「何なんですかねえ。折角中央に来たんだし、こっちは色々教わりたかったんですけどね。結局、時間が取れませんでしたよ」

「俺のやり方に拘らなくても、お前ならやっていけるだろうよ。独り立ち出来るだけの腕はある」

「そうでしょうか」

静かで濃密な魔力が、細い糸を成すように魔核へと巻き付き、吸い込まれていく。外部に圧が漏れない緻密な流れだ。クインは思わず手を止め、フェリスの作業工程を凝視する。

やがて魔力が止まると、夕焼けを溶かし込んだような麗しい黄金の華が出来上がった。小さいながらも鮮烈な輝きに、不覚にも息を呑む。

「……素晴らしい発色だ。黄色系は掴んだな」

「色はさておき、造形はいまいちじゃないですか?」

「華なんだから、どういう形であれ人の目を奪えばそれで良いんだよ」

目指した元々の植物を知らないため、造形の良し悪しは解らない。ただ、小指の先ほどのこの小さな華には、宝石を超えた美しさが秘められていた。これを手にするために、争う人間が出てもおかしくはない。

フェリスは出来にいまいち納得していない様子だが、これは迂闊に外に出してはいけない物だ。

「お前、これどうするつもりだ?」

「売れるんなら、ミケラさんに捌いてもらいますよ。どうせなら材料費の足しにしましょう。きっとこれから、沢山失敗しますし」

絡繰り仕掛けの義肢なんて、俺もフェリスも作ったことがない。試作が増えれば当然失敗作も出るが……、

「いや、お前な……もうちょっと採算を考えろよ。費用が嵩むのは悪い職人だぞ」

「そうは言っても、共同開発でしょう? 俺の分の赤字を俺が背負うのは当たり前じゃないですか」

「にしてもなあ。コレ、結構な値がつくぞ? 良いのか?」

「売る以外の使い道が無いですよ、こんなの」

フェリスは肩の力を抜くと、華を放り投げた。俺は慌ててそれを受け取る。

宙に透かして見れば、やはり美しい。

フェリスは俺の様子を眺めながら、小さく呟く。

「お隣でやっていけますかね、俺は」

「間違いなくやっていける。お前の腕前は俺が保証する」

現状の腕でも、充分に食っていける。扱う品次第では、名工扱いで持て囃されるかもしれない。

フェリスはようやく表情を緩め、少しだけ笑った。

「そこまで言ってもらえるなら、自信になります。……名残惜しいですが、明日には出発しようと思います。定期的に知らせは出しますので」

「ああ、期待してる」

フェリスならば間違いない。大丈夫だ。

次に会う時には、もっと腕前を上げているのだろう。人の将来を想像し、心を躍らせるのは初めての感覚だった。