カーラーンさんの反応に対し、周囲の者たちがざわめき始める。師匠も何があったのかと眉をひそめた。

「ヴィル。いったいなんの話をしておるんじゃ……?」

「師匠。ここに来るまでに決めたことがあるのです。今から俺は……多くの同胞の屍を乗り越え、今度こそ望む未来を掴んでみせます。そのための覚悟は……既に済ませました」

 カーラーンさんは全身を震わせながら声をもらす。

「すぐに集めましょう……! リーナ、父上を呼んでくるのだ!」

「え……?」

 俺はマヨ様にも視線を向ける。

「マヨ様もご参加ください。そして……師匠もお願いしたいです」

「……何か大事な話があるのだな?」

「今のこの状況で、必要なことなのでしょう?」

 2人に対し、うなずきを返す。



 ああ……これから俺は、幾万もの命を狩る死神となる。


 夜が訪れたが、ユルトの中には各部族の長が集まっていた。それ以外にはマヨ様と師匠、そしてカーラーンさんがいる。

「カーラーン。その男が……?」

 俺は前に出て改めて全員を見渡した。そして瞳に覚悟の光を宿し、口を開く。

「俺の名はヴィルガルド・ゼルトリーク。前皇帝ラグマルクの息子だ」

「………………!?

「な、に……!?

「ゼルトリークの……血筋だと……!」

 改めて名乗ったことで、マヨ様は両目を大きく見開いていた。

 まさか仇である帝国皇族の血に連なる者だとは想像もしていなかったのだろう。

「今の草原の状況は聞いた。帝国はとうとうこの地に軍を差し向け、さらに多数のパラ族が捕えられていると。……俺は今の帝国、そして大陸の現状に深く憂慮している」

 契約の履行を迫るにあたって、まずは大義を説明する。

「3つに割れた帝国は10年以上経った今もまだ争いを続け、多くの難民や困窮する民たちを生み出している。侵略される国、終わらない悲劇。蹂躙され、略奪される者。その影響はもはや帝国内に収まらず、大陸中に広がっている。……だが。俺はこれを許さない。誰も終わらせられないというのなら……俺が終わらせる」

 そのためには草原の民の力が必要だ。どうして彼らなのか。それにも理由がある。

「かつてグノケインは大陸から魔獣を消し、人々に安寧をもたらした。だがその英雄グノケインは、とある理由から9人の配下に討たれる」

「え……」

「なんと……?」

 ここで驚いたのはマヨ様と師匠だ。しかし族長たちは静かに俺の話を聞いている。

「討たれるに足る理由はあったが、彼が人の守護者だった事実は変わらない。また配下たちも彼を討ったことに、強い罪悪感を抱いていた。そしていつかその罪が許されるようにと、9人の内の1人……グノケインの息子とある契約を交わした」

 いつか魔獣のような、再び大陸を混乱させる出来事が起こったら。その時はグノケインに替わり、自分たちが大陸に安寧をもたらそう……と。

 その時に備え、8人は草原に籠って八氏族が始まった。彼らはいずれくる日に備え、各々に課せられた役割を果たすべく時を過ごす。

 そしてグノケインの息子は小国の王となり、草原の民との友好を図りながらその生を終えた。

 さらに時は流れ、彼の子孫は多くの国を併合していき、やがて大陸に版図を広げる大帝国が誕生する。それこそがゼルトリーク帝国だ。

 帝国と草原の民が不可思議な友好関係にあったのは、その時の名残だろう。これまで帝国は草原に対し、必要以上に干渉をしてこなかった。

「だが契約を果たす条件は、グノケインの血筋がその号令を出すこと。おそらく今の皇族には、古の契約は知られていない……既に失われている。いや、あえて後世に伝わりにくくしたのだろう」

 ここで言うグノケインの血筋とは、彼と性交を行って生まれた子を指す。伝説では視線を合わせるだけで、女は彼の子を身ごもったと言うが……その辺りの真偽は俺にも分からない。

 また罪悪感を覚えていたのはグノケインの息子も同様だ。彼は契約を忘れるということを己の罪として課した。

 そして八氏族たちは履行される可能性がほとんどないと知りつつも、今日までその役目を……この大陸に打って出られるほどの戦力を鍛え、磨き続けてきた。

 いつか来るかも知れない災厄に備えて。それが自分たちに課せられた罪だとして。

 8つの部族はそれぞれに得意分野を分けており、それらが組み合わさることで最強の軍隊となる。

 本来であれば、日の目を見ることがなかったはずの幻の軍隊。精強なのは間違いないが、それだけで今の帝国を打倒できるとも限らない。

 だが、俺はもう覚悟を決めたし、できると信じている。そしてやらなくてはならないことでもある。

 ここで手を上げたのはカーラーンさんの父、ムガ族族長のローバンだった。

「ヴィルガルド様は、どこでその契約を知ったのですか? それに契約を履行するということは、我らをヴィルガルド様が指揮するということ。それができますかな?」

 それはこの場にいる全員が思っていることだろう。せっかく精強な軍隊をそろえていても、それを指揮する者の能力が低くては宝の持ち腐れだ。

「正直に言おう。俺は前線で戦ったことはあるものの、指揮を執ったことはない」

「………………」

「だができるという確信はある。それをこれからの戦いで示そう。契約については……グノケインの導きがあったのだ。そして今日までこの地に来られなかった理由でもある」

 あの地下空間のことは説明しにくいな……。いずれ落ち着いた時に話すとして、今は曖昧な答え方にしておく。

「俺の望みは単純だ。自分の居場所と安寧、これらを血と命を払って手に入れる。具体的には帝国の再統一、そしてアマツキ皇国を取り返すということになる」

「アマツキ皇国を……!」

 マヨ様が生きている限り、皇族の血は続く。あの地を帝国の支配下においたままにはしておけない。

「……ヴィルガルド様がゼルトリーク皇族の血を引いているという証拠は?」

「2つある。1つはこの右目の刻印だ。帝都にある資料を見れば、前皇帝ラグマルクの息子であるヴィルガルドは、右目にこの紋様の刻印が発現したと記録が残っている。そして2つ目。キリムネ師匠がそれを証明できる」

 族長たちの視線が師匠に向く。師匠は大きくうなずきを返した。

「間違いない。かつてわしはヴィルガルド殿の母君に雇われ、帝都にある皇宮で剣を教えておったのだ。そして内乱が本格化した時に帝都から連れ出し、各地を旅しながらここへたどり着いた。あとは……知っての通りじゃな」

「なんと……!」

「で……では……本当に……!」

「グノケインの……我らに号令を出せる有資格者……!」

 草原の民が今も役目を果たしていることはよく分かっている。正直、昔の話なのに随分と律義だと思う。

 だがそんな彼らだからこそ、俺は強く信頼することができる。

「パラ族をどう助けだすか悩んでいた時に、まさか有資格者が現れるとは……!」

「うむ。しかもヴィルガルド様には既に我らが同胞を救っていただいておる」

「それだけでも恩に応えるには十分だろう。なにより長きにわたって鍛えてきた我らの技、このまま朽ちさせるにはあまりに惜しい……!」

 最初に狙われたのがパラ族というのは運がなかったな。

 彼らは弓矢や鎧を作成したり、馬具の制作を得意分野とする一族だ。他の一族と比べると、どうしても戦闘能力は一歩劣る。

 そのパラ族の族長が前に出て頭を下げた。

「我らパラ族はあなたの号令に従いましょう。なにより同胞を助けてくれるというのです、これを断る理由などありましょうや」

 彼に続くように他の族長たちも頭を下げる。

「大地を疾風の如く駆ける我らドーガ族、ヴィルガルド様の号令に応えましょう」

「今日まで鍛えてきたムリアの弓技。きっと役に立てるでしょう」

 ドーガ族はどれだけ離れていても、多種多様な手段で連絡を取る術を身につけている。

 ムリア族は純粋に弓の腕を鍛えてきた一族だ。草原の民は基本的にみんな弓が得意だが、ムリア族は特に優れている。

「ルト族の者も負けておりません。どのような敵が相手でも、打ち砕いてみせましょうぞ」

「我らを戦場に活かすのに、馬は必須。ガガルは今日まで精強な馬をたくさん育ててきました。どうぞ存分にお使いください」

 ルト族は弓も使える重装騎兵としての技を磨いてきた部族になる。軽装弓騎兵の多い草原の民たちだが、ここ一番で強い突破力を発揮できるだろう。

 そしてガガル族はたくさんの馬を育てている一族だ。基本的にどの部族も馬は育てているが、ガガル族は軍馬はもちろん、荷物運びに適した馬など交配しながら研究を積み重ね、またその数も多い。

「斥候任務などはウット族にお任せを。ドーガ族と協力し、いつでも最新の情報を我らの王たるあなたに伝えましょう」

「戦において補給の安定は勝敗に直結します。我らキャムラ族は戦場における兵站や物資の補充などの管理で、軍の支えとなりましょう」

 ウット族は戦場における情報収集を得意としている。またキャムラ族は輜重科の役割を果たす。各々戦闘力もあるので、間違いなく頼りになる。

「ムガ族、新たな王の凱旋を喜んで受け入れましょう。折衝業務や情報収集はお任せください」

 ムガ族は他勢力とのやり取りを任せやすい一族だ。それに部族の者を商人として大量に送り込み、敵地で情報を集めることも得意としている。

 戦の前段階では特に欠かせない存在となるだろう。

「……ここに古の契約は成った。この地から俺は帝国の皇子として……祖国を取り戻す。まずは目の前の敵を粉砕し、同胞を救う。さっそくだが時間はないし、情報も欲しい。軍議を進めよう」

「はっ!」

「承知!」

 こうまでスムーズに俺が上に立つことで話がまとまったのは、帝国が同胞を捕えているという喫緊の課題があるからに他ならない。通常であれば、今日出会ったばかりの俺を王と認めるのは難しいだろう。

 いや……まだ彼らも心の底から俺に忠誠を誓っているわけではない。今の状況的に号令を出せる俺という存在がありがたいという認識ではないだろうか。

 だが何も問題はない。これからの戦いをもって俺は彼らの王にふさわしいのだと示す自信がある。

 そして俺ならかりそめの忠誠を本物にできる。既にそのヴィジョンも見えているのだ。

 この先何が起こっても、俺の精神を乱すことはそうあることではない。俺は彼らと共に帝国を統一してみせる。

 そしてそれこそが俺のなすべきこと。生涯を賭してやり遂げたい目標であり、絶対に折れることのない輝きだ。

 二度と帝国に俺の大切なものを奪わせない。奪われる側で甘えているのは、今日で最後だ。