
「……このまま進んでは、北に展開している帝国軍に捕捉されます。少し迂回しましょう」
その日。いよいよ俺は第二の故郷だと思っていた皇都に別れを告げた。
キヨカとはあれから会っていない。お互いに別れを済ませたという認識だ。彼女のことはもちろん気になるが、マサオミがまだ行方不明ということにも不安を覚えている。
そんな中でも俺は自分の使命を果たすべく、まだ日が昇っていない早朝からマヨ様たちと皇都を出た。
マヨ様には近衛であるシズクさんがついており、他にも幾人かの武人やその家族たちも一緒だ。
先頭は道を知るカーラーンさんが、最後尾には師匠がそれぞれついてくれた。
(100人はいないが……それでもこの人数だ。子供や民間人もいるし、食料も運んでいるからどうしても足は遅い。用心せねば……)
皇都から離れたい者は他にもいただろうが、さすがに全員は連れていけない。それにあまり人数が増えても、旅の途中で脱落者も出るだろう。
俺は過去に師匠と進んできた道のりを思い出す。
(このまま山間を進めば大きな川に行き当たる。そこの橋を渡れば、今度は山道を進むことになる。端は崖になっている危険な道だ。それに夜は冷える)
あれはキツかったな……。しかも山を越えるのに、そこそこの日数が必要なのだ。地図にない道を進むというのは、決して簡単なことではないのだ。
山を越えれば森に入るので、そこを川沿いに北上すればやがて草原に行きつく。そこまで行けばもう安全だろう。遊牧民たちも皇国人を快く受け入れてくれるはずだ。そして……。
(そして……どうする? そのまま草原の民として一生を平穏無事に過ごせるのか……? もしかしたら皇都ではキヨカを含め、皆戦い続けているかも知れないのに? 草原にも帝国軍が押し寄せてくるかも知れないのに?)
……だめだ。ここ最近、俺は少し変だ。どうも心が落ち着かない。心にぽっかりと穴があいて、そこをよくない感情が埋めようとしている。
あまりに強かった帝国軍。個の力で対応できなかった重装歩兵。なくなった皇国。
そうした大きな喪失感と、この混乱を生み出している帝国の内乱に対する思い。いずれも俺ではどうしようもないことだ。
立場なのか、力なのか。力ある立場にいれば、もっと違う未来を選べていたのか。この世界は常にそうした者が時世をコントロールし、動かしているのか。
俺は……巻き込まれる側でしかないのだろうか。
「……えい」
「っ!?」
急に左頬に指が刺さる。結構痛い……!
はっと真横を向くと、そこには薄いヴェールで顔を覆ったマヨ様がおり、その指が俺の頬にまぁまぁの強さで突き刺さっていた。