「ふん……初戦で決着がつきそうだな」

 アドルドンは戦場の後方で報告を聞き、勝利を確信し始めていた。

 彼は騎士団とマイバルの持つ領軍を約7千の部隊3つに分け、皇国に対し3方向から同時に侵攻を開始した。いずれも皇国における玄関口となる領地だ。

 そして7千の部隊を、さらに5千と2千に分けた。5千の部隊には軽装歩兵と少数の弓兵を中心に編成し、守りを固めている敵に対し先手をしかけさせる。

 そして戦いが始まると、後方に伏せていた2千の部隊を前進させた。

(やはり戦においては経験が足りておらんな。急造の割に防御陣地はそれなりだが……守りを固める敵に対し、兵力をどう戦場に引っ張りだすか。そこは侵攻側の腕の見せ所だ)

 後方に置いた2千の兵士は鉄剛騎士団の虎の子、鉄剛重装隊を中心とした編成になっている。1人1人が大柄な男性で、黒塗りの重装鎧を身に着けている精鋭集団だ。

 重く分厚い鎧は敵の攻撃などものともせず、その鍛え抜かれた肉体で立ちふさがる者を粉砕しながらただ突き進む。欠点は動きが遅く、また水や食料の消費量が多いことだ。

 少し前の帝国であればこうした専門性に特化した部隊は作れなかったが、今の騎士総代が改革を進めたことで生まれたスペシャリストたちになる。

「そろそろか……。合図を出せ! 鉄剛重装隊、出るぞ!」

「はっ!」

 前線で戦っていた兵士たちに撤退の合図を出す。同時にアドルドンは鉄剛重装隊を率いて前進を開始した。

(やはり……のってきたか)

 おそらく皇国には、戦場をかんして見ることができる者が少ないのだろう。目の前の敵に意識が集中し過ぎており、撤退を許さず追いすがってくる。

 この5千の兵士による撤退も、鉄剛重装隊の姿をギリギリまで隠す役割を果たしていた。

 彼らはなるべく重装隊の姿が見えないようにと、自分たちの身体で敵の視界を塞ぐ。そして重装隊と衝突しないように左右に割れてもらい、重装隊たちは目の前に現れた道を堂々と歩く。

「粉砕せよっ!」

「はっ!」

 逃げた敵兵を追いかけていた皇国兵からすれば、急に目の前に戦列を敷いたくろがねの集団が現れたのだ。なにごとかと混乱するだろう。

「ふんっ!」

 頑丈さを突き詰めたような武骨な槍で、皇国兵たちをぎ払う。武人らしき男が片刃の剣を振ってきたが、アドルドンは冷静に盾で受け止めた。

「なに……!?

「あまいわぁ!」

 武人も戦い続けて疲労が溜まっていたのだろう。ここまで接近したのは見事だったし、剣が折れていないことからも相当質の高い武器だと分かる。

 そんな評価を下しながら、アドルドンは槍を振るって武人の胴体を貫いた。そのまま見えるように上空へと放り投げる。

「ああ!?

「そ、そんな……」

「武人様が!?

 敵兵に分かりやすく動揺が広がる。そしてこれを逃すアドルドンたちではない。

 気づくけば2千の重装歩兵たちの両翼は、撤退していた兵士たちが反転して固めており、敵を包囲するような新たなかくよく陣が完成していた。

 この練度の高さこそ今の精鋭帝国騎士団である。

「進めぇ!」

「おおおおおおおお!」

 皇国軍は撤退した帝国兵を追って、ほとんど砦から出てきている。しかも陣形も何もなく、体力も消耗している状態だ。

 この地を抜けるのも時間の問題だろう。


 アドルドンを総大将とした鉄剛騎士団は、初めに3ヶ所で戦端を開いた。その全てで勝利を収め、そのまま3つの部隊は皇都での合流を目指して皇国内を蹂躙する。

 途中途中で兵士や武人の抵抗があったが、初戦で大きく戦力を減らした皇国軍では、アドルドンたちの侵攻を止めることができなかった。

 そうして村や町で略奪を繰り返し、兵士たちに休息を与えながらもその刃は皇都へと近づいていく。

 そして侵攻開始から30日後、アドルドンは占領した町の一番大きな屋敷で休んでいた。

 部屋にはアドルドンに犯された黒髪の皇国人女性が、股間から白い体液を垂らしながら倒れている。

(さて……明日はいよいよ皇都だが……)

 ここからが難しい。時間をかければ攻略は可能だが、できれば降伏に応じてもらえたら話が早い。

 なにせ皇国もあとがないのは分かっている、兵力は皇都に集中しているだろう。それに死ぬ覚悟を決めた兵士ほど手ごわい者はいない。

 アドルドンは部屋を出ると廊下を歩く。いてもいなくても変わらないのだが、一応マイバルと打ち合わせをしておこうと考えたのだ。彼も領主であり、領軍を束ねる立場である。

 もっとも領軍は数だけで練度も何もないため、戦場においてはいつも隅っこに配置しているだけなのだが。

「う……うう……」

「ふひゃひゃひゃ! ほれほれ! 皇国の女に優秀な帝国人の子種を仕込んでやろうと言うのだ! 感謝しろぉ!」

 マイバルは部屋を訪ねるまでもなく、廊下で皇国人の女を犯していた。今は壁に両手を付けさせて立ちバックで腰を振っている。

 略奪は命を懸けた兵士が得る権利だし、アドルドン自身も中央から許可された範囲で行う。だがマイバルと彼の引き連れる兵士たちは、いささか度が過ぎていた。

「おお、アドルドン殿! 今回も快勝でしたな!」

「……ええ」

 マイバルはアドルドンの姿を見ても腰の動きを止めない。それどころか女性の頭を掴んで身体ごと壁に押し付け、さらに乱暴に犯していた。

「ふぅ、ふぅ……! 皇都には貴族も多いし、財宝や女も期待ができる……! 楽しみですなぁ、アドルドン殿!」

「……皇都における略奪は許可されていません」

「そう固いことをおっしゃるな! なぁに、少しなら中央もお目こぼしするでしょう。こうして命をかけて戦っているのは、我らなのですから……なぁ!」

「いぎぃっ!?

 マイバルはひときわ強く身体を押し付け、腰の動きを止める。

「お……おお……! 皇国の女は芋くさい者が多いが、ここの具合は素晴らしいな……!」

「ひ……!? ま、まさか、中に……出して……? い、いやああぁぁぁぁあぶっ!?

 叫ぶ女の頭をマイバルは壁に叩きつける。元々女に対して乱暴だったが、皇国人に対してはよりその傾向が顕著に表れていた。

 壁に女の鼻血が付いたのを見て、マイバルはフンと鼻を鳴らして腰を引く。女はその場で倒れ込んだ。

「……明日騎士団を合流させたあと、皇都の正面に陣を張ります。その後、降伏勧告の使者を送る予定です」

「降伏勧告ぅ? どうせのってこまい、無駄ではないのか?」

「さて……普通に考えれば、皇国の敗北は明らか。賢明な指導者であれば、これ以上無駄死にを出す前に皇都を明け渡すと思うのですが……」

 そう言いながらもアドルドン自身、皇国が降伏してくるとは考えていなかった。

 この1ヶ月、皇国人と戦い続けて分かったことがある。それは彼らは帝国人よりも、祖国愛が強いということだ。祖国のためなら自分の命を平気で差し出せるくらいに。

 もちろん全員がそうではないし、帝国人にもそうした気概を持つ者はいる。しかし割合で言えば、皇国人の方が多いだろう。

 このまま皇都を蹂躙されるくらいなら、最後まで戦って死ぬ。その覚悟を持つ者が多いだろうとアドルドンは考えていた。

(武人の強さは肉体だけではなく、その精神力も……だな)

 だからこそ帝国の一員となれば、とても心強い戦力になる。しかし度が過ぎた略奪を行えば、より皇国人は帝国に対してかたくなになるだろう。

 そう考え、アドルドン自身は途中から略奪の範囲に制限を設け始めていた。

 彼の騎士団は統制が取れており、アドルドンの指示が行き渡っていたが、ここでも勝手をしているのはやはりマイバルとその領軍だ。

「降伏勧告にのってこなかった場合、騎士団は皇都西部に展開します。マイバル殿には皇都の北部を押さえてもらいたい」

「ふむ?」

「南部は山脈、東部は進んでも海に行き当たります。もし脱走者が出るのなら北の可能性が高い」

「なるほど。アドルドン殿の騎士団による攻撃で、怖気づいて出てきた者たちを討つわけですな」

「……いえ。民間人も多いでしょうから、なるべく捕える方向でお願いします」

 皇都自体は高い城壁があるわけでもなく、急造の防御陣地が広範囲に広がっているだけだ。おそらく皇都に敵軍が攻めてくることを想定していなかったのだろう。

 その分皇都は広大で物の行き来もしやすい造りになっているが、今回はそれが仇になっている。

(海岸線沿いには漁を行っている村もあるはず。皇都の民間人はそこまで避難しているかも知れんな)

 また皇国は他国との交流がほとんどなく、大きな船がせつげんできるような港も整備されていない。

 だが皇族が船で逃げる可能性も捨てきれない。そこでアドルドンは念のため、動きの速い軽装歩兵を少数皇都東部へ先行させていた。

 とはいえ、皇族が船に乗って逃げる可能性はほぼないと踏んでいる。海に出ても向かう先がないからだ。

 仮にどこかの国へ行けても、こうなっては皇族を帝国からかくまう国などないだろう。

「とにかく話は分かった。アドルドン殿、皇都の北は任されよ」

「よろしくお願いします」


◆◇◆◇◆◇


 1ヶ月前と比べ、皇都の雰囲気は随分と変わっていた。戦端が開かれ、初戦で敗北した皇国軍は帝国軍の侵攻を防げなかったのだ。

 初めて帝国軍と戦った時のことはよく覚えている。

 最初に激突した時は勝ったと思った。そして追撃をしかけ、このまま帝国軍を追い払える……と思っていたら、いつの間にか正面に敵の増援が来ており、しかも取り囲まれていたのだ。

 その時の様子は、砦の物見やぐらで見ていた者から聞いた。

「皇国軍は確かに逃げ惑う敵兵を追いかけていた。しかし奴らの逃げた先に、新たな部隊が来ていたんだ。そして逃げていた帝国兵たちは左右に分かれ、反転して追いかけてきていた皇国軍を包囲した……」

 話を聞いてもよく分からなかった。いや、理屈は分かる。だが戦場では敵も味方も必死だし、だからこそ撤退を開始した時は命惜しさに本気で逃げたのだと思った。

 しかし敵は逃げながら、実は前に出てきたこちらを取り囲むべく動いていたと言う。咄嗟の判断だとは思えない。あらかじめ高レベルな連携の鍛錬を積んでいたのだ。

 そしてそれを理解した時、俺は心の底から恐怖した。

 帝国軍はこちらより大部隊なのにもかかわらず、戦場でそれほど高度な動きができるのかと。同時に、個の強さの限界も思い知った。

(鉄剛重装隊……敵の主力部隊か……)

 帝国軍は少数の弓兵と騎兵、そして大部分は軽装歩兵と重装歩兵の組み合わせだった。

 平原が少ない皇国領では騎馬の力を発揮できる戦場は限られているし、合理的なのかも知れない。いや、皇国の情報を集めた上で編成された部隊という可能性が高い。

 俺も黒鉄の重装兵と戦ったが、刀を通すことができなかったのだ。高位武人の中には、鋼すら斬れる技量の持ち主もいるとは聞くが……俺はその領域に到達できていない。

 とにかく皇国は帝国軍を侮っていた。敵は決して武器を持っただけの平民ではなく、1人1人が集団行動で戦局を勝利に導ける戦場のプロなのだ。

 どちらかと言えば己の武で戦い抜く傾向がある武人とは、性質が反対の存在だと言える。

 だがそれに気づいた時には、既に皇国は各地で負け続け、どんどん皇都まで押し込まれていた。

 相手は対皇国を見据えてしっかり準備してきていたのに、皇国は準備どころか相手の情報をまったく掴めていなかったのだ。

 そして今。とうとう皇国軍は皇都まで追いやられ、俺も皇都に戻ってきていた。

 皇都に帝国兵が姿を見せて既に5日。まだ敵に動きは見えない。

「あいつら……こっちの食料がなくなるのを待っているのかしら……?」

「どうかな。あるいは戦意を喪失させる目的があるのかも知れない」

 皇都に撤退するまでの約1ヶ月、俺たちは何度も乱戦を経験した。そしてその戦いの中で、マサオミは行方不明になっていた。

 キヨカは皇都まで戻ってこられたが、しばらく待ってもマサオミは帰ってこなかった。

 皇都に残る戦力はあとどれくらいなのか。ここから先、帝国軍に対して何か策はあるのか。そうしたことは末端まで伝わってこない。

 ただ1つ確かなこと。それはこのままだと、また俺は自分の居場所を失うということだ。

「……時間だ。俺は行くよ」

「ええ。私は……ここでもうしばらくあのバカを待つわ」

 俺はキヨカを残し、皇都の街中を歩き出す。皇都に戻ってから、俺にはカーラーンさんの護衛任務が言い渡されていた。

 なんとカーラーンさん、まだ皇都に残っていたのだ。戦争が始まって皇族との交渉が長引き、結局皇都を出られなかったらしい。

「失礼します……。あ、師匠!?

 部屋の中にはカーラーンさんの他に師匠もいた。皇都に戻ってから師匠とは何度か会っているが、ここでカーラーンさんと一緒にいるのは初めて見る。

「おお、ちょうどよい。ヴィル、話がある」

「師匠が俺に……話、ですか……?」

 師匠もカーラーンさんも真剣な表情を俺に向けている。間違いなくこれからのことについてだろう。

「今から話すことは、明日みんなにも伝わることなのだが……先にお前に教えておこうと思ってな」

「俺に……? いったいなんです……?」

「うむ。分かっておるだろうが、皇国は負ける」

「………………」

 改めて現実を叩きつけられ、胸中に衝撃を受ける。他ならない師匠の口から出た言葉だ。重みが違う。

「皇都に残った兵数はおよそ7千。対して敵は2万近くおる」

「そ、そんなに……!?

 帝国軍は侵攻初日、軍を3つに分けて皇国領に仕掛けてきた。そしてそのまま3つの軍は各々別ルートを辿って皇都を目指し、とうとうここで合流を果たしたのだ。

 今の皇都に残された戦力と、帝国の戦力を聞いて愕然とした。ただでさえ練度の高い兵士が3倍近い兵数をそろえているのだ。どれだけ精強な武人を取り揃えても勝つのは難しいだろう。

 俺は悔しさから両手で握りこぶしを作り、下を向いてわなわなと震わせていた。

「帝国軍の動きはわしも少し見たが、明らかに以前とは違う。何かきっかけがあったのだろう、寄せ集めの集団から一個の軍隊へと変わっておる」

 帝国は長い内乱以前から戦争が多い国だった。対して皇国は個人の武を貴ぶ気風はあれど、集団戦の経験は少なく侵略戦争の経験もない。

 当然、両者で軍や武具の進化は異なってくる。

「別にどちらが劣っている、優れているという話ではない。個の武勇は時として集団を圧倒するしな。だが今回は相手が入念な準備を整えておった」

 帝国も領主連合も、ここ数年は大きな武力衝突が起こっていないという話だった。もしかしたら帝国は、皇国を使って今の騎士団の実力を計りにきたのかも知れない。

「皇王は最後まで降伏はせん。絶対にな」

「多くの皇国人の命がかかっていても……ですか?」

「そうだ。他ならぬ皇国人の多くがそれを望んでおらん。帝国に侵略された村々で何が行われたのか、知らぬわけではあるまい?」

「………………」

 奴らは占領した先々で、容赦のない略奪を繰り返していた。

 食料や財産を奪い、そして女を捕まえたら犯す。そんな帝国軍に降伏し、皇都を明け渡したら……町の人たちだけではない、貴族の娘やマヨ様がどうなるか。そんなの分かりきっている。

「皇王様はここに残る。そして……明日、ある布告を出す」

「布告、ですか?」

「うむ。アマツキ皇国は解散、以降民たちは好きにせよ。ただし、もし武人たちが傭兵団を結成するのなら、皇王はそれらを改めて雇う……と」

「え……え!? どど……どういう意味……です……!?

 混乱する俺をよそに、カーラーンさんは落ち着いている。既に師匠から聞いたのだろう。

「要するに帝国軍を前に、戦うも退くも自由と言っておるのだ。逃げても罪には問わん。戦うのなら御所にある財宝は好きに使えと」

 どうせこのままでは皇国は負ける。だが結果が決まった戦いに民全員を道連れにするのも忍びない。

 中には小さな子供を持つ者もいるし、戦うより逃げたいと考える者も一定数はいるのだ。

「軍としては敗れたが、この先帝国軍に対する嫌がらせも兼ねておる」

「と、いいますと……?」

「既に帝国軍の暴虐ぶりは皆の知るところだ。皇国民の中には大人しく従う者がおっても、内心反抗的な者も多いだろう。この地を奪ったからといって、簡単に権力者の言う通りにはならん」

 まぁ……武力で奪われたのだ、新しい領主やら皇帝に忠誠は誓えないだろう。

「中には強力な力を持った武人もせいに紛れるだろう。夜には辻斬りも横行するのではないか」

 ああ……それは帝国からしても面倒だろうな。たしかに軍団同士の争いより戦いづらい。しかも平民はそうした者たちの味方だ。土地勘もあるし、遊撃となればいくらでも身を隠せるだろう。

「なら……なら、俺も……!」

 このままやられっぱなしはいやだ。俺も皇都に残り、表面上は大人しく帝国の支配を受け入れる。

 だが帝国貴族を中心に、斬り伏せてやる……! この命、続く限り……!

 そんな暗い決心が固まりかけていたが、それに師匠は首を横に振る。

「お前の仕事はもう決まっておる」

「え?」

「ここに残らない武人やその家族と一緒に、草原へ向かうのだ」

「………………!」

 バッとカーラーンさんを見る。彼はゆっくりとうなずいた。

「さすがに人数はしぼらせてもらうが……私ならここから草原まで案内できるからね。既に皇王陛下より報酬もいただいている。私は案内人として草原へ戻るつもりだよ」

 傭兵として雇われない武人や民たちの選択肢は限られている。大人しく帝国の支配を受け入れるか、見つかるまで隠れ続けるか。あるいは皇国の外へと逃げるか。

「ヴィルは既に傭兵として雇われることが決まっておる。ほれ、これがお前への報酬だ」

 どうやら俺に関しては選択肢がなかったらしい。俺は師匠の渡してきた刀を受け取る。

「これは……」

 半ばまで刀身を抜いてみる。実に見事な刀だった。見ているだけでどこか寒さを感じるような輝きを持つ刃だ。

「皇桜鉄のみで作られた神秘の刀。桜月刀だ」

「………………!」

 皇国の武人において、それを賜ることは何よりの名誉と言われる……高位武人のみが帯刀を許される、あの桜月刀が……! お、俺への報酬……!?

「しかし……! これを振るうには、まだまだ力不足と言いますか……!」

「なに、お前ならそれにふさわしい武人になるさ。それにの……わしのお古だから気にするな」

「し、師匠の使っていた桜月刀……!?

 師匠は皇国で唯一、2本も桜月刀を賜ったという武人らしい。2本目は皇国に戻ってきてすぐに賜ったそうだ。

「ま、わしを皇国に縛り付けるために贈られたものだったのだが……今はその話はいい。とにかく皇王からの報酬ではないが、十分だろう?」

「…………! ありがとうございます……! この刀に恥じない武人になることを、ここに誓います……!」

 決して折れず錆びず刃こぼれしない名刀の中の名刀。それも師匠が使っていた……!

「うむ。さて……話を続けるかの。カーラーン殿と一緒に草原に行く者の中には皇族もおる」

「っ!?

「マヨ様じゃ。実は皇王陛下より、マヨ様も連れて行ってほしいと言われての」

 マヨ様も……! 草原はたしかに帝都も遠いし、身を隠せるかも知れないが。

 長旅になるし、越えないといけない山や森もある。女の身……それも鍛えていない者には厳しい道のりになるだろうな。

「心配しておるみたいだがな。マヨ様もああ見えて立派な皇族、しかもグノケインの血はとても濃い。刻印術による身体能力の強化もあるし、意外とバカにできんぞ」

 言われてみれば、マヨ様も立派な刻印持ちの皇国人だった。

 どういうわけか皇国人は身体能力強化の刻印術を持つ者が多いし、貴族としての血が濃いマヨ様の刻印にはすごい力が宿っているのかも知れない。

「明日は布告が出されるため、誰もが混乱しながらも決断を迫られる1日を過ごすだろう。マヨ様をお連れしてカーラーン殿と皇都を出るのは、2日後の早朝だ。それまでに準備をしておけ」

「分かりました。……その間に敵が動き出したら?」

「それは大丈夫だ。今、使者が来ておっての。その返事の期限はまだだし、それまでは敵も動かんじゃろ」

 なるほど……だからこそこのタイミングだったのか。とにかく俺のやるべきことは決まった。

 キヨカは……どうするのかな。やっぱり武家の生まれだし、最後まで皇都に残るのだろうか。

(でも……それは……)

 俺とキヨカの進む道が明確に分かれることになる。それは……いやだ。

 武人には己を貫き通す信念、心の強さが求められていることはよく分かっている。分かっているけど……!

(く……いや。まだそうと決まったわけじゃない。ここで決まったのは、あくまで俺の進む道だ)


 そして次の日。師匠の話していた通り、皇王から皇都に残る民たちに布告が出された。

 あらかじめ話を聞いていた俺はともかく、他の武人や今も避難せず皇都に残る民たちは、これからの皇国に対し不安を抱いていた。

 だがやはり武人のほとんどは傭兵となり、皇王に雇われる道を選んだ。このまま皇王と最後を共にするという覚悟を決めた者もいれば、新たな支配者となる帝国にゲリラ戦を仕掛けるつもりの者もいるだろう。

 中には財宝を持って皇都を出る者もいた。帝国軍にみすみす渡すつもりはない、ということかも知れない。そしてキヨカは。

「皇都に残るわ」

「…………そうか」

 俺はキヨカの部屋に寄っていた。キヨカは俺がカーラーンさんと一緒に皇都を出ることは知っていたが、ここに残って帝国の支配に抗う準備を進めるらしい。

「家としての決定よ。我が一族は最後まで皇族に従う。血族全員が覚悟を決めるのに、私だけ抜けるわけにはいかないでしょう?」

 キヨカの家は名門の武家だ。家としてのしがらみ……とはまた違うのかも知れない。だがキヨカはこの地に残り、最後まで帝国に抗うことを決めた。

 本心で言えば、キヨカには俺と共に来てほしい。だがそれを口に出してしまえば、彼女の決意に水を差すことになるかも知れない。

 同じ武人だからこそ、俺には「一緒に来てくれ」の一言が言えずにいた。

「……キヨカ」

「なぁに、その顔。今生の別れじゃないでしょ? ほら、ヴィルにはヴィルのやるべきことがあるんだし。……皇族の血が残れば、いつかアマツキ皇国の再興が叶うかも知れない。責任重大よ?」

「ああ。そうだな……」

 ついこの間まで「いつかキヨカを嫁に迎えることができたら……」なんてことを考えていた。

 このまま武功を上げ、名を高め、本当に彼女と一緒になれる日がくるものだと信じていた。一生、皇国の武人として生を全うするものだと考えていた。

 それがどうしてこうなったのか。もう叶わなくなった願いだと分かってしまい、膝から崩れ落ちそうになる。

「俺、は……」

「…………。ヴィル」

 キヨカはゆっくりと俺に近づいてくる。そしてお互いに立ったままの姿勢で両手で俺の頬を挟むと、唇に自分の唇を押し当ててきた。

「ん……」

「……………………」

 舌を絡めない、唇が触れ合うだけのキス。しばらく続いていたが、キヨカはゆっくりと離していく。

「ヴィル。今、ここで、私を抱きなさい」

「へ……え……?」

 キヨカの言った言葉の意味を吟味する前に、彼女は目の前でスルスルと服を脱いでいく。そしてあっという間に一糸まとわぬ姿となった。