なんとなくキヨカの声にトゲというか……ちょっと寒さみたいなものを感じる。俺は下がった気温を振り払うように咳払いをした。

「コホン……ちょっと賊のことを考えていたんだ」

「ん? 賊?」

「ああ。現れた賊はどこも100人規模だったって話だろ? 本当にそんな規模なら、どうやってここまで来たのかな……てさ。1人が1日に必要な食べ物を100人分……それも数日分どこからか調達しないといけないだろ?」

「ああ……なるほど」

 これまで俺たちが狩ってきた賊と言えば、だいたい1人から多くても20人くらいだ。中には刻印持ちもいたが、俺たち武人の敵ではない。

 しかし100人という話はこれまで聞いたことがなかった。ただの賊がそれだけの人数分、数日にわたって食糧を確保するのは大変だろう。考えられるとすれば、帝国領のどこかの村がまるまる略奪にあったか。

「案外皇国の守りが堅いから、帝国領で村を占領しているのかも知れない」

「それはありそうだなぁ。ああ、だから噂の賊どもはここに姿を見せないのか。帝国内の村に陣取っているというわけだ」

「もちろん、はっきりしたことは分からないけどな」

 このあたりは俺の考えることじゃないし、こちらは言われた通りにこの砦で警戒を続ければいい。

 何もなければ皇都への帰還命令が出るだろうし、賊が姿を見せたら皇国領に入れずに斬るだけのこと。

 そう考えていた時だった。何か地響きのような……妙な音を耳が捉える。

「ん……?」

 違和感を覚えたのは俺だけではなかったらしい。そしてそれは突然現れた。

「な……」

「え……」

 草木の茂みから急に武装した男たちが現れたのだ。しかも50人どころではない、もっとたくさんいる。

「まさか……」

「噂の賊か!」

「落ち着け! 相手をよく見ろ、身体も鍛えていない素人だ! 皇国領には入れるな! 武器を持って向かってくる者は殺せ!」

 指揮官は賊に聞こえるような大声で、俺たちに指示を飛ばす。

 近寄らなければ殺さない。そう伝えているのだろう。だが賊たちはためらうことなくこちらに突っ込んできた。

「く……!」

「皇国に入れるわけにはいかない! やるぞ!」

 俺は刀を抜くと、皇国軍兵士たちの後ろに控える。そして彼らの戦列を突破してきた者たちを、容赦なく斬り伏せていった。

「…………!」

 乱戦になると武器を振るいづらくなる。だがそれで誤って味方を斬るようなことはしない。武人と呼ばれる者にそれほど技量が未熟な者などいないのだ。

「はっ!」

 刻印術を発動させるまでもない。賊の中にも刻印を持っている者はいないようだ。

(しかし……たしかに素人だな……)

 痩せこけた身体に、簡素な武器を持っただけの男たち。比較的多く見るタイプの賊だ。逆に体つきが大きな賊は刻印持ちが多い。

 きっと彼らも内乱の影響で、食べることにも困った者たちなのだろう。だが同情はしない。かつて帝都を追われた俺と同じく、互いの立場と環境が違うだけの話だ。

「せいっ!」

 防具も身に着けていないので、刃が傷まないように武器ではなく積極的に身体を斬りにいく。かなりの数を斬った時、逃げ出す賊が現れ始めた。

「ひいいぃぃ!」

「だ、だからいやだったんだああぁぁ!」

「に、逃げると、妻と子が……!」

「俺はもう逃げるぞ!」

 なんだ……賊どもが混乱している……? まぁいい、逃げるのなら追いはしないさ。下手に追撃をかけたら、武装した皇国の武人が帝国領に入ることになるからな。

 指揮官もそれを懸念したのか、特に追撃の命令を下すことはなかった。


 この日は他領でも賊が現れたらしい。そして次の日、帝国の旗を掲げた使者が現れた。俺たちは国家間同士の儀礼に則って、皇都までの案内を付けて使者を見送る。

 そしてその数日後。皇都よりオウマ領に、帝国との戦争に備えよという通達がきたのだった。


 皇都からの急報を受け、砦では武人たちを集めて会議が行われていた。この砦の武人たちをまとめる高位武人、カイさんは壇上に上がる。

「カイさん。どういうことです……?」

「帝国との戦争に備えよとは、いったい何があったのでしょう?」

「先日通した使者と何か関係が……?」

 カイさんは一度溜息を吐くと、顔を上げた。その瞳には強い決意の光が宿っている。

「帝国は我が国に対し、無礼千万な要求を突きつけてきた。皇王様はこれに対し、断固とした態度を取られたのだ」

 カイさんは改めて事の経緯を話してくれる。なんでも帝国は皇国に対し、不平等な商取引を求めてきたらしい。

 また草原の民から献上された馬は元々帝国に献上されるものだったので、全て引き渡すようにとも言ってきた。

「ばかな……!」

「アマツキ皇国を帝国の属国だと勘違いしておるのか……!?

「今の大陸を混乱させている元凶が……!」

 これは……まずいな。あれから多少なりとも帝国のやり方を学習したから分かる。間違いなく帝国は皇国を侵略する気だ。

 最初に少し無茶なくらいの条件を突きつけ、従うかどうかを試す。歯向かってきたら理由をつけて、兵力にものを言わせた侵攻を開始する。従えばさらに無茶な要求を繰り返してくるのだ。

「落ち着け。今のはかなり前の話だ」

「え……?」

「皇王様は初めからまともに取り合う気はなく、返事を送っていなかった。そんな中、現れたのが先の使者なのだが……」

 使者が言うには、皇国は帝国領に踏み入り、そこで領民を一方的に虐殺したらしい。

 この賠償に皇族の姫、マヨ様の身柄引き渡しや賠償金の支払い、その他一部権利の譲渡を迫ってきたとのことだった。

「はぁ!?

「なに言ってんだ!?

「我らが、帝国領に押し入って虐殺しただと!?

「ばかな! 誇り高き武人が虐殺などするものか!」

 おそらく俺たちが斬った賊たちのことを言っているのだろう。こじつけが過ぎるが、大国が黒と言えば白いものも黒くなる。またそれができるだけの力を帝国は取り戻したのだろう。

 帝国内では多くの民たちが殺されたことに対し、皇国に対し報復すべしという意見が大勢をしめつつある。しかし今なら条件を飲めば、そうした貴族たちの声を押さえることができるぞ……と、使者は語ったそうだ。それに対し、皇王がとった判断は。

「使者の首を斬り、それを帝国に送り返した」

「……………!」

 使者の首を……! 皇王は覚悟を決めたのか……!

 しかし帝国と戦えば、皇国とてただでは済まない。それが分かっていないはずはないだろう。

 もう少し話し合いの余地はなかったのか……と考えていたが、周囲の武人たちは全員皇王の行動に賛同を示していた。

「当然だ!」

「無礼な……! マヨ様の身柄引き渡しなど、到底許されるものではないっ!」

「あくまで属国の扱いを行うか……! 何様のつもりだ……!」

 ……そうだった。皇族が絡むと皇国人は引き下がらなくなる。身柄の引き渡しはどう考えても人質だし、女の身で行けばろくな目に遭わないだろうというのは想像がつく。

 帝国もそれが分かって挑発していたのなら大したものだが、たぶんたまたまだろう。俺自身、皇国人の皇族に対する感情には何度も驚かされてきたし。帝国は安易に皇族に触れてしまったがために、皇国人たちは絶対に引き下がることがなくなってしまったのだ。

 だが、と俺は口を開く。

「帝国の兵数は間違いなく皇国を上回っているでしょう。質は皇国に分があるでしょうが……」

 いざ戦いになれば、勝てるかはかなり難しいのではないか。しかし武人たちは何を言うと眉を吊り上げた。

「帝国の兵など、たいしたことはあるまい!」

「そうだ! 我ら武人は並の兵士ごとき何人こようが、決して後れはとらぬ!」

「帝国の奴らに教えてやるのだ……! 皇国武人の精強さをな!」

 精強さは認めている。俺も武人としてのプライドもあるし、そこらの兵士に負ける気はない。

 だがいくら個人の武が優れていても、数で押される可能性は十分にある。体力に限界があるからだ。

 また帝国は国土が広く、人口も多い。当然、貴族の数や刻印持ちの騎士の数も多いのだ。

 刻印持ち全員が武官向きではないとはいえ、一般兵士より強い戦力になるのは間違いない。

「ヴィル! お前も今は皇国の武人なのだ、今日まで鍛えてきた己の力と磨いてきた剣腕を信じろ!」

 どうやら自分の実力に自信が持てなくなっているが故の発言だと思われたらしい。そうではないのだが……しかし今は皇国の武人であることは確かだ。

 おそらく、もう戦いは避けられない。そもそも皇族に触れられた以上、皇国人側に避ける気がない。徹底抗戦しかないのだ。

「………………」

 おそらくここが俺にとって覚悟を決める時なんだろう。

 二度と居場所を奪われないために。そしてそのために身につけてきた力で、全力で正面から立ち向かう時……!

「……すみません、弱気になっていたようです。覚悟は決まりました。やりましょう……!」

「おう!」

「皇都から物資を持った軍が向かっている。直に帝国も攻めてくるはずだ。防御陣地を作るぞ!」

「おお!」


 そう言えばカーラーンさん。皇都からもう出たのだろうか。

 少し気になったが、その日から俺は兵士たちと柵を作ったりして、防御陣地作成のために働いた。


◆◇◆◇◆◇


 マイバル・カルドートはカルドート領に来た帝国騎士団を領主邸で歓迎していた。今は騎士団長と部屋で酒を飲み交わしているところだ。

 2人とも対面で豪華なソファに座っていたが、その両隣にはほとんど裸のような、薄布を巻いただけの女性が侍っていた。

 胸元は乳首がはっきりと浮いているし、股間は透けているため女性器の形もよく見える。後ろから見れば背中と尻は丸見えだ。

 酒や料理を運ぶ女性たちも全員同じ恰好をしていた。

「遠いところよくぞ来られた、アドルドン殿。さぁさ、我が家で疲れを癒してくれ」

 アドルドン・ノーグレスト。数ある帝国騎士団の1つ、鉄剛騎士団の団長である。

 彼はかなり大柄な体格をしており、顔や腕にも細かな傷がいくつも見える。ずっと前線で戦い続けてきた歴戦の騎士という風格が全身からにじみ出ていた。

「……彼女たちは?」

「お気に召しましたかな? あなた方を迎えさせるため、近隣の村から出稼ぎに来させたのです。指揮官たちの慰労に、何人でも連れて帰ってもらって構いませんよ」

 屋敷の外からも普段とは違い、騒がしい声が聞こえてくる。領都に入り込んだ騎士や兵士たちが、マイバルの振る舞った酒や食事に気をよくしているのだ。

「しかし先の戦争で活躍されたアドルドン殿が来られるとは……。中央も本気なのですな」

「かつて騎士の1人として、この地にあった国に攻め込んだことがありましてね。土地勘があるだろうと言われました。皇国なんぞ行ったこともないのに……」

 ふっ、とアドルドンは笑う。騎士団長になる前、彼はこの地で帝国騎士として戦ったことがあるのだ。その時のことを思い出し、腕の傷をさする。

 マイバルは隣に座る女を抱きよせると、その胸を強く掴んだ。痛みが走ったのか、女はこらえるような表情を見せる。

「しかし……騎馬隊がほとんど見当たらないのですが……?」

「ああ……編成していないわけではありませんが、皇国は山と森が多いと聞く。歩兵の方が戦いやすかろうと思った次第です。何より我ら鉄剛騎士団には、鉄壁の守りを誇る重装歩兵がいる」

「噂に聞く鉄剛重装隊ですな」

 空になった杯に、女は怯えた表情で酒を注ぐ。それを飲みながらアドルドンは「そうだ」と頷いた。

「今の騎士総代が行った改革のたまものです。我が騎士団とマイバル殿の領兵、合わせれば兵数2万5千に届く。皇国を落とすのに十分な戦力でしょう」

 マイバルは女の胸を揉んでいた手を離し、今度は股間の中へと指を這わせる。女は怯えた表情を浮かべていたが、席を立つことなくその場に座り続けた。

「ですな! ……しかし皇国の武人は実際、相当練度が高いと聞きます。現に長く他国からの侵略を受けてきませんでしたからな」

 地政学的に面する国家は常に1つだけであり、またこれまで他国を侵略したこともされたこともない。歴史の長さで言えば帝国より長いくらいだ。

 小国ではあるが、もしかしたら面倒なことになる可能性もあるのでは……と、マイバルは考えていたが、アドルドンは静かに笑みを浮かべた。

「今回、陛下より皇国を侵略する騎士団の総大将を拝命いたしましたからな。皇国のことはそれなりに調べてきております」

「ほう……?」

「あの国は基本的に領土を広げず、また隣接する国とはそれなりの付き合いをすることで独立を保ってきました。過去一度として他国に皇族を婚姻に出したこともなく、またそれ故に皇族を中心とした統治システムを上手く作り上げている……が。あくまで小国だから成り立つという話」

 そもそも皇国は歴史上、大国と隣接したことがなかったのだ。帝国と隣接した時、ちょうど内乱が始まったこともあり、これまで皇国は帝国と深く親交を持ってこなかった。

「要するに……あの国は大軍を動員した戦というものを知らぬのですよ。確かに優れた武人の数は多い。だが戦場で個の武力が戦局を左右するのは……一部の刻印持ちを除いて不可能だ」

 皇国とて、これまで侵攻してきた他国の軍とは戦ってきた。しかしそれらの国は今の帝国ほどの国力を持っていたわけではない。

 そして国家間の繋がりが薄く、血は濃いが貴族の数は少ない。武人は精強でもそれだけで戦の勝敗が決するわけでもない。

「皇帝陛下は皇族の姫をお求めです。彼の姫を手に入れれば、武人たちも陛下の手足となって働かざるをえませんからな」

「ええ。それに皇国は国の規模のわりに、いろいろため込んでいますからな。帝国の財政も潤うでしょう」

 アドルドンは今回の侵略にあたり、皇族は最低でも姫……マヨだけは絶対に生かして捕えるようにと厳命されていた。それ以外の皇族については、現場の判断に任せるとも。

「ではマイバル殿。軍議は明日、行いましょう。……この部屋の女、連れ帰っても?」

「お……おお、もちろんです!」

 そうしてアドルドンは自分用に2人、それ以外の女を部下たちに下げ渡して部屋へと戻った。


◆◇◆◇◆◇


 皇都からは武人と兵士合わせて6千人が送られてきた。他の2つの領地にも同数の防衛戦力が送られており、およそ2万人近い兵数で国境の守りを固めることになる。

「すげぇ数だな……!」

「ほんとね。でも……」

 一方で問題もあった。これだけの兵数全員は砦に入らないのだ。そのため新たに築いた防御陣地に寝泊まりする兵士も多かった。

 俺も経験あるが、外での睡眠は疲れが取れにくい。何より今はいつ帝国軍が姿を見せるか分からないし、緊張もあるだろう。

「なぁヴィル。これからどうなると思う?」

「ん……?」

 マサオミは帝国方面から目を離さずに話しかけてくる。俺は気になっていたことを口にする。

「不確定要素が多過ぎる……正直、どう落としどころがつくのか分からない」

「不確定要素? 落としどころってのは?」

「敵戦力と……この戦争の終着点だ」

 皇国は武人と兵士を合わせると、およそ3万人を少し超えるくらいの戦力になる。

 それに対し、帝国はどれくらいの兵数を抱えており、そのうちどれくらいの戦力が皇国に向けられるのか。そしてその内訳は。こうした情報が分からないのだ。

 斥候も何人か出ているし、敵が動けば兵数は明らかになるだろうが……できれば先に知った上で、何か対策を練っておきたいところだ。

「でも帝国は食うのも困る土地が多く、兵士たちもひょろひょろで大したことないんだろ?」

「それは……まぁ、そうだな」

 一部騎士など、武人のような職業軍人はいるし、またその数も多い。だが徴兵した兵士の質は皇国人の方が上だと思う。

 単純に栄養状態がいいのと、平民でも男子は町道場で鍛えている者が多いのだ。町道場の多さも皇国の特徴だろう。

 一方で懸念もある。帝国と領主連合たちはここ数年、大きな衝突がなかった。もしかしたら帝国も今や、それなりに国力を取り戻しているのではないか。

「……10年前に師匠と旅をした時、兵士たちは確かにやせ細っている者が多かった」

「なら刻印を持つ騎士にだけ注意すれば、なんとかなりそうだな! ……で、落としどころってのは?」

「互いの勝敗を決める線引きはどこか……だな」

 帝国は自国の領民が殺された、その報復を行うという名目で戦争を仕掛けてきた。皇国はふざけるな、来るなら返り討ちだと戦の準備を進めた。

 だが帝国の真の狙いは、皇国の侵略だ。皇国が降伏しない限り、おそらく皇都を占領するまで戦い続けるだろう。

 しかし、ここで俺たちが帝国の侵攻を食い止め続け、予想外の被害を帝国にもたらしたらどうなるか。そのまま引いて落としどころを探ってくるのか、さらに増援を呼んで最後まで戦い続けるのか。

 また皇国は攻め込まずに守りに徹するため、何をもって戦争に勝利したと取るか。ある程度打撃を与えたら話し合いで手打ちにするのか。そうした諸々が見えてこない。

(要するに俺たちは、こうすれば勝ちだ! ……という、国としての勝利条件が掴めないまま、迫ってくる敵と戦うことになる。いずれ、それが皇国の勝利に繋がると信じて……)

 いや……もしかしたら上層部はその辺りを考えているかも知れない。まぁ武人とはいえ末端の兵だし、俺たちはやはりここで戦うしかないな。

 それに俺自身にやる気がないわけでもない。むしろ戦いに対する意欲は高い。

 幼かった頃とは違い、力をつけた今ならば皇国の平穏を守れると信じている。二度も大切な場所を失うつもりなど毛頭ない。

 それに武功が認められれば、高位武人への道も開けるかも知れない。こういうところは血筋に関係なく「何を成したか」で評価する皇国の在り方に感謝だな。


 そうして2日が経った時だった。斥候から帝国軍が動いたという情報が入り、俺たちは砦を出て防御陣地で待ち構える。そしてそれは現れた。

「来たか……」

 斥候の報告によると、敵軍はおよそ5千。大軍だけあり、大地を揺るがす音が響いてくる。砦の上から声が届いてきた。

「敵、密集陣形! 弓兵確認! ……前進を開始しました!」

 いよいよ来たか……! 隊列を見れば分かる、想像していたよりも練度が高そうだ……!

 しかしよく見れば右端の部隊は動きに乱れがある。誘いか……?

「弓! きます!」

「全員、防御陣地を利用してやりすごせ!」

 防御陣地は柵の配置の他、石垣を高く積み上げている。兵士たちはそうした壁際に移動し、飛んでくる弓をやりすごした。

「第二射、きます!」

 今度も難なくやりすごす。しかし……兵数の割に、全然矢が飛んできていないような……?

「歩兵隊、前進!」

 二度にわたる弓射でこちらの防御の高さを理解したのか、軽装歩兵が槍と盾を構えて向かってきた。いよいよ来るか……!

「前に出ろ! 横陣で対応、敵を絶対に通すな!」

「おおおお!」

 俺たちも石垣から出て前に出る。さすがに今から矢を放てば味方への誤射が起こりかねないため、もう射ってくることはないだろう。

「柵はあまり役に立たなかったな……!」

 騎馬による突撃を食い止めるため、先端部を削った木の柵を設置していたのだが、歩兵たちはそれらを越えてきた。そして俺たちはいよいよ帝国軍と衝突する。

「うおおおおおおお!」

「ぎゃっ!」

「この……!」

「帝国の犬どもがぁ!」

「しねぇ!」

 基本的に武人の周囲に複数の兵士が展開する形で横陣を敷いている。戦力の均一化を図っているのだ。俺も向かってくる敵兵に対し、ためらわず刀を振るった。

「はっ!」

 向けられた槍の穂先を刀で弾き、一瞬で懐まで移動する。そしてその胴体を斬り、また真横に振り抜いて別の敵兵も斬る。

「手練れは俺まで通せ! 無理に相手しようとするな!」

 押されている箇所にはすぐに援護に向かい、また敵兵を斬る。こんな戦い方をしていれば、刀なんぞすぐに折れてしまうだろう。だが。

(さすがは皇桜鉄で作られた刀……! まだまだいける……!)

 今回の戦争に備え、前線の武人には特殊な刀が支給されていた。通常の鉄とは違い、〈皇桜鉄〉という特殊な技法で作られた金属。それで鍛えられたわざものだ。

 皇桜鉄製の刀は、決して折れず錆びず刃こぼれしないという神秘の刀だ。これらは近衛など一部の武人が皇族より賜る。

 俺たちに支給されたのは、その皇桜鉄と普通の鉄を混ぜて作られたものだった。皇桜鉄100%の刀に比べるといくらか落ちるものの、普通の刀よりも頑丈だ。

「おおおお!」

 何人目になるか分からない敵兵を斬り伏せる。

「敵の方が数が多い! 1対1は避けろ! 持ちこたえたら俺たち武人が向かう!」

「おおおお!」

 く……! さすがに腕がしびれてきた……! 刻印術を使うか……!?

 見れば周囲の武人の中には既に刻印術を使っている者がいた。

 刻印術は強力だが、使用時間など制限もある。使いどころは慎重にいきたい……が、慎重すぎて使わなかった結果、死にましたというのは避けたい。

「はぁ、はぁ……!」

 周囲には皇国軍兵士の死体も転がっていた。

 むせるような血の匂い、動き続けなければ死ぬという恐怖。絶えることのない怒声と悲鳴。自分と味方のために戦わなければという義務感。感覚が鈍くなっていく腕。

(これが……戦場……!)

 マサオミは、キヨカは。今も無事なのだろうか。いや、2人とも同世代でもかなりの実力者だ。俺の心配なんて不要なはず……!

 俺もこんなところで死ねない! 絶対に生き残る! 生き残って戦い抜いて、キヨカたちともう一度会うんだ……!

「うおおおおおおおおお!」

 身体に活を入れるべく、大きく叫んで刀を振るう。もう二度と……失いたくない。自分の居場所は自分で守る……!

「…………!?

 その時だった。敵兵たちが急に反転し、後方に下がり始める。

 なんだ……なにが起こった……!?

「逃げていくぞ!」

「勝った……!」

「やはり帝国兵なんて敵じゃない!」

「追撃だ! 逃がすな、死んでいったみんなの仇を取れ!」

「皇族の敵に死を!」

 誰かが逃げる敵兵士を追いかけ始め、それにつられるように他の兵士たちも前に出始める。

「お……おい……!」

 このまま追撃していいのか……!?

 だがたしかに、ここで敵兵は徹底的に叩いておきたい。皇国の守りは堅いのだと、帝国に知らしめたい。

「行けぇ! 敵を逃がすなっ!」

 改めて追撃の指示が下る。こうなると考えるのは時間の無駄だ、俺も前へと駆けだす。

 そうだ、俺たちは勝っているんだ……! 兵力では劣るが、個々の強さで補えたんだ……!

 俺たちが追いかけ始めたことで、敵兵はより慌てた様子で逃げ出す。中には武器や防具をその場で捨てる者もいた。

(いける……! 俺たちの勝ちだ……!)

 そして。逃げる敵兵が左右に割れたと思ったら、正面から重武装の黒い歩兵集団が姿を見せた。