
静かな……とても静かな夜だった。だが静かになったのはついさっきであり、それまでは妻となった2人の美少女たちと初めての夜を迎えていたのだ。
俺の両隣では、よく日に焼けた肉付きのいい身体に濃いめの金髪が似合う美少女と、細身で白い肌に、黒く艶やかな髪が魅力的な美少女が静かな寝息をたてて眠っていた。
(いよいよだ……もう覚悟は決めた。俺はこの国を……ゼルトリーク帝国を統一する)
2人との結婚もそのために必要だった。だが知らない仲ではなかったし、大事にしたいと思っている。何より命を懸けた誓いもある。
それはそれとして、早く2人との間に子を作らないといけないんだが……。まぁ焦らずとも、これから毎日抱いていれば、いずれ子もできるだろう。
あの運命の日から10年以上の時を経て、俺はようやくスタートラインに立つことができた。明日から多くの
「ん……」
2人の身体がピクリと動く。2人とも初めてだったのに、俺の精をよく受け止めてくれた。
ああ……この2人のためにも、俺は立ち止まらない。
◆◇◆◇◆◇
「おお……! ヴィルガルド様はやはり筋がいいですな……!」
「本当!? 師匠にそう言われると、やっぱり刀にしてよかったと思えるよ!」
大陸に版図を広げるゼルトリーク帝国の帝都には、皇族の住んでいる皇宮がある。その中庭で俺は剣術指南を受けていた。
「まぁ12歳にしては……ですがね」
「なんだよ、それ!」
「ははは。いやしかし、我が故郷では
俺、ヴィルガルド・ゼルトリークはこの帝国の皇子である。といっても何人もいる皇族の1人であり、皇位継承権は20番目くらいだ。
将来この大帝国の皇帝になることはないし、どこかの大領地か他国に出されることが決まっている身だ。
だが戦争の多い国だし、皇族といっても下の方なので、騎士団を率いて前線に出る可能性もある。そのため上の兄たちが受けているような形式上の剣術指南ではなく、俺には本格的な指導が行われていた。
俺の剣術指南役として皇宮に招かれたのが、このキリムネ師匠だ。師匠は母の推薦を受けて俺の先生になったと聞く。
なんでも優秀な剣士を数多く抱える国の出身で、そこでもかなり名を馳せていた人らしい。師匠の国では剣と言えば両刃の剣ではなく、カタナと呼ばれる片刃の曲刀が使われていた。
帝国で使われている両刃の剣は、本格的に振るには結構重い。初めて剣に触れたのは10歳の時で、まだ成長しきっていない俺の身体では負担も大きかった。
最初はそれでも頑張って素振りをしていたのだが、ある日それを見た師匠がこう言った。
『ヴィルガルド様の筋肉のつきかたと刻印術を見るに、刀の方が向いているかも知れません。まだ型もできあがっていない今のうちに試してみませんか? 実は私も刀の方が教えやすいのですよ』
その日から、俺は刀を使うようになった。実際こっちの方が、両刃の直剣を振っているよりしっくりきたのだ。皇宮警備騎士長は眉をひそめていたけど。
「師匠の故郷って、帝国から南東にあるんだっけ?」
「ええ。武人の国、アマツキ皇国です。酒も魚も美味い、いい国ですよ。いつか案内したいものですね」
教師はキリムネ師匠だけではない。歴史、薬学、社交、音楽などたくさんの科目でそれぞれ先生がつけられている。
末席とはいえ皇族なのだ。この国の貴族として恥ずかしくない教養は身につけておかねばならない。とはいえ、剣術指南以外の時間は退屈そのものなんだけど。
母上に「身体を思いっきり動かせる師匠の授業が一番楽しいです」と話したことがあったが、その時は「ヴィルも男の子なのね」と笑みを見せてくれた。
師匠の剣術授業が楽しいのは、身体を動かせるからだけではない。貴族に多く発現する力……刻印術の扱い方についても学べるからだ。
「ヴィルガルド様。なぜ貴族を中心に、刻印術を扱える者が多いかお分かりですか?」
「座学で習いました。そんな知識より、実際に刻印術を使って剣を振りたいです!」
遥か昔、伝説上の話になるけど、大昔の大陸には数多くの魔獣が生息していたらしい。魔獣はとても凶暴かつ強大な身体能力を有しており、人々は魔獣から隠れるように住んでいたというのだ。
そんな人々を憐れんだ女神がグノケインという男に力を与えた。彼は身体の一部に刻印を発現させると、普通の人にはあり得ない身体能力を発揮できたという。
グノケインはその後、長い年月をかけて魔獣と戦い続け、その中で幾人もの女性と子を成す。彼の子供にも刻印の力は引き継がれ、やがて各地で刻印を持つ者たちが人々をまとめ始め、いくつもの国が
刻印を持つ者は全員身体能力の向上を大なり小なり行えるのだが、中にはさらに特殊な能力に目覚める者もいる。力を持たない者たちをまとめあげるのも容易だっただろう。彼らはそうして支配層になっていった。
貴族に刻印を持っている者が多いのは、そうした理由からだ。当然、ゼルトリーク帝国皇族の血を引く俺にも刻印は発現している。
刻印の発現中は身体能力が上がっているのだけれど、俺はまだうまくその力を使いこなせない。長時間は発現させられないし、いきなり身体能力が上がると感覚の違いから、これまでのように身体を動かせなくなるのだ。
その点、師匠相手の鍛錬では遠慮なく力をぶつけることができる。師匠は俺が刻印を発現させていようと、いつも余裕の表情を崩さないからな。
刻印についてのおさらいを終え、今日も師匠と剣の稽古を行う。日が傾き始めたころには、全身が汗だくになっていた。
「今日はここまでにしましょう。また2日後に参ります」
「ありがとうございました!」
ゼルトリーク帝国は500年続く、歴史ある大国だ。皇族の数も多く、その居住地である皇宮の敷地もとても広い。
だが皇位継承権の順位で、立ち入れる場所がはっきりと分けられていた。俺のような下の者はごく一部しか立ち入りが許可されていない。
「兄さん! 今日はどんな授業を受けていたの?」
「兄さま! わたし今日社交の授業で、先生に褒められたの!」
しかしその分、同じく皇位継承権の低い異母兄弟たちと会う機会も多い。実際、母上も交えてよく他の弟妹たちとお茶会をしている。
特に妹のレミニエールと弟のアーロストンの2人とは仲が良かった。年齢が近かったことも関係していたのだろう。
俺たちは成人するまで基本的に皇宮から出ることはない……けど、それなりに充実した日々を過ごせていた。
ここで教育を受けた後は15歳で成人を迎え、その後は本格的に帝国貴族としての生活が始まる。俺たちは皇族として、帝国の更なる発展に貢献できるはずだ。
この時はずっとこの生活が続くものだと考えていた。大帝国の皇族であるという誇りもあったし、将来騎士団を率いたり、他領や他国へ行っても皇族として活躍できるようにと、真面目に授業を受けていた。そうして約半年が過ぎたある日のことだった。
「ヴィル……!」
「母上? どうかしたのですか、そんなに慌てて……」
母上は真剣な表情で俺を見ていた。何かよくないことが起きたのだろう。そんな母上の様子を見て俺も不安になる。
「……ここから移動します。ついてきなさい」
「ここから……? しかし母上はともかく、私はこの区画以外の立ち入りは許可されておりませんが……」
「大丈夫です。ヴィルは私が守ります。さぁ……」
有無を言わせない迫力を感じ、俺は母上の言う通りに部屋を出た。そして長く大きな廊下を速足で進む。
(何かあったのは間違いない……けど、ここでは聞きづらいな)
今日は皇宮全体から妙な空気というか、緊張した雰囲気を感じていた。具体的に何が……とは言えないけれど、とにかく妙な違和感があるのだ。空気がざわめいているというか……。
そう言えば、少し前から社交と歴史の先生が顔を見せなくなった。辞めたとも聞いていないし、代わりの先生も来ていない。
それにキリムネ師匠も1ヶ月ほどここを訪ねていない。こんなに長く剣術指南の時間が空いたのも初めてだ。
違和感の正体がはっきりと分からなくて気持ち悪い。だがそんなことを考えている今も、足は母上を追って進み続けている。もうとっくに俺に許可されているエリアの外へと出てしまっているのだ。
「……こっちです」
突き当りを右に曲がり、少し広い庭園へと出る。するとそこには2人の騎士が待っていた。2人とも初めて見る顔だ。母上はその者たちに声をかける。
「……待たせましたね。状況は?」
「はっ! 既に騎士団は動いております! 今ならまだ間に合います、急ぎましょう!」
騎士たちからも強い緊張感が漂っている。俺はさすがに不安になり、母上の顔を見上げる。
「母上。いったい何が起こっているのです……?」
「……ヴィル。今から私と一緒に馬車に乗り、帝都の外へ行きます。行き先は私の父が領主として治めている地……リンゼント領です」
「母上の……父上……」
母上は帝国内において有数の大領主の娘だった。どういうわけか今からそこへ向かうらしい。目の前の騎士たちも、おじい様の領地関係者だろうか。
しかしその時だった。いくつものガシャガシャとした音が近づいてくる。姿を見せたのは、10人の騎士だった。その中の1人は知っている顔だ。
「おお……。よかった、間に合いましたか」
「…………っ!」
母上と2人の騎士の顔色が変わる。
新たに現れた騎士たちの先頭にいる男は、帝都にいくつかある騎士団の1つに所属しており、皇宮警備騎士長を務める男だった。
その男が右腕を上げる。次の瞬間、母上の前に立っていた2人の騎士の頭部に矢が撃ち込まれた。
「え……?」
甲冑を着ていたため、ガシャリと大きな音を立てて地面に倒れる。そしてその頭部に刺さった矢とそこから広がる血を見ても、俺の頭では今なにが起こったのか理解できないでいた。
「な……なに、が……」
「無礼な! 皇宮で血を流すとは、それでも帝国の騎士か!」
「ははは。既に新皇帝陛下より許可はいただいております。ここを綺麗にするように、と。ああ、それから。人質にする価値もない、リンゼントの血はここで絶て……ともね」
「な……!」
騎士の1人が俺に矢を向ける。俺は恐怖で思考が硬直し、身体が動かなくなっていた。実戦の経験もなければ、今の状況も理解できていない。これまで平和に暮らしていた子供に咄嗟の判断能力はなく、刻印術を使おうとも考えられなかったのだ。そして。
「あ……」
母上は俺を庇うように、矢を向けた騎士と俺の間に入る。そして俺に抱き着いた。
そんな母上の口から血が流れる。その目はとても優し気に俺を見つめていた。
「はは……う、え……」
「邪魔だ」
母上の後ろに立った皇宮警備騎士長が、抜身の剣で母上の背中を斬る。振るわれた剣の重く鈍い振動が、密着する母上の身体を通して俺まで伝わってきた。
「っ……ぁ、……!」
母上の瞳から光は消えたが、その腕は俺を離さず強く抱きしめている。騎士長はそんな母上の身体を、忌々し気に蹴り続けた。
「この女……! いい加減に離れろ……!」
「やめ……やめろぉ!」
なんなんだ、なにが起こっているんだ! は、母上は!? どうしてここを守るはずの騎士たちがこんなひどいことを!? なんで俺と母上がこんな目に遭うんだ!?
「もういい、女の身体ごと突き殺してくれる!」
騎士長が突きの構えを取る。そして母上ごと俺を貫こうと、まっすぐにその刀身が伸びてきた……が。俺の視界には、腕を斬り飛ばされた皇宮警備騎士長が映っていた。
「な……!?」
「遅かったか……! おのれ……! おのれ、貴様らぁ!」
そこに立っていたのは、ここ1ヶ月姿を見せなかったキリムネ師匠だった。師匠はこれまで一度も見たことのない動きで素早く刀を振り、ものの数秒で10人もの騎士たちを斬り捨てる。
その一部始終を見ていたはずなのに、速すぎて何が起こったのか分からなかった。師匠の動き自体を追いきれなかったのだ。
師匠は刀に付いた血を払うと、俺と母上に視線を向ける。その表情にははっきりと後悔の色が刻まれていた。
「すまない……間に合わなかった……」
「し……し、しょ……お、れ……」
うまく話せない。思うように言葉が口から出てきてくれない。心臓はずっとうるさく脈を打っているし、喉もカラカラだ。
だんだん母上の腕が冷たくなっていくのが分かる。ああ……母上は……死んだ、のか。認めたくないのに……どうしてこんなにはっきりと分かってしまうんだろう。
朝目覚めた時は、今日もいつもと変わらない1日が始まると思っていたのに。さっきまで母上と会話ができていたのに。
「ヴィルガルド様……いや、ヴィルガルド。これは私の自己満足だ。間に合わなかった
そして。何も事情が分からないまま、俺は師匠に腕を引かれて帝都を出たのだった。