終章 始まりと終わりの場所



 かなでみや女学院。

 のんが多くの時間をすごしてきた場所。

 そして、ななしまあおいとすごしてきた場所だ。

「静かね……」

「ええ……不気味だわ……」

 葵をつかまえるため、花音と詩穂をふくめたほしもりクラスの全員がつかわされていた。

 相手の正体も実力も分からない以上、手をくわけにはいかなかった。

「どこにいるのかしら……」

 校舎をわたし、しんちように調べるが葵は見つからない。

 どこにも人の気配はなく、がらんとしている。

「他にかくれられそうな場所ってないの?」

「そうね……」

 一通り校内を見て回ったうららの問いかけに花音が答える。

「教会があるわ……大きなステンドグラスのある教会よ」


 少女たちは校舎の横にそびえ立つ教会の前に立った。

 固くざされたとびらは、中になにがひそんでいるのかを察知させない。

 だれもいないのか、それとも正解なのか。

「開けるわよ……」

 みんながうなずくのを待ってから花音が扉に手をかける。

 うすぐらい教会の中に光が差し込む。

 花音が扉を開くにつれて、光が奥へ奥へとびていって──彼女を映し出した。

「あら、いらっしゃい」

 さいだんこしけた葵が少女たちをむかえ入れた。

「ようやく見つけたわ。七嶋葵……」

 花音にその名を呼ばれた葵がニコリと微笑ほほえむ。

「つれないわね~、ついこの間まで葵ちゃんって呼んでくれていたのに」

「七嶋……葵……」

「詩穂まで~。う~ん、きらわれちゃったな~」

 それは花音と詩穂の知っている彼女だった。

 どこか天然で抜けていて──二人がよく知っている七嶋葵だった。

 だがちがいなく、こいつこそがすべての黒幕なのである。

「まあいいわ。どうせその名前は仮のものだし。せっかくだから教えてあげる。……イリス……それが私の名前」

「名前なんてどうでもいい!」

 ゆうべんに語る葵を──イリスを花音がさえぎる。

「どうして詩穂にあんなことをしたわけ?」

「私はね……うつわがほしかったの」

「器……ですって……?」

「そうよ。よごれを知らなくて美しくて……とってもこわれやすい器がほしかった」

 イリスのくちびるあやしくゆがむ。

「あなたたちはぴったりだったわ。ほかのものとは格が違った。だから奏乃宮にもぐり込んだの。きれいなきれいな器を大切に守って、育て上げて、みがいて……この手で粉々にくだく日を夢見てきたの」

「そんなっ……そんなふうに私たちをもてあそんでなんとも思わないんですか!?

 詩穂の激しいついきゆうもイリスはどこく風だった。

「そんなわけないじゃない」

 心外だとこうするようにイリスがりよううでを広げた。

「なんとも思わないなんてことないわ。とってもとっても……とーっても楽しんでいるんですもの」

 なんのちゆうちよもなく言い切る。

 花音や詩穂の激情すら自分は無関係だと言わんばかりに。

「ひどい……ひどすぎます……」

「許せない……こんなやつ絶対に許せない!」

 こことうららもイリスのきようが突き抜けているのを感じ取る。

「うふふ……許せなかったらどうするのかしら?」

「ここで止めます。私たちが、あなたを!」

「ふふっ、ね……」

 詩穂をいちべつしたイリスがふぅと息をいた。

「私を止める……ね。まぁ……できるものならやってみなさい!!

 イリスがその指をくいっと曲げた。

 直後、彼女の背後のやみの中から、何体ものイロウスがその身を起こした。

「ここにもまだ……っ!?

「さあ、私のところまでたどり着けるかしらっ!?

 イリスがパチンと指を鳴らす。

 それを合図にイロウスがいつせいとつしんを始めた。

「みんな、ここで迎えつわよ!」

 花音はとっさに教会の中で戦うことを決めた。

 教会の外に出れば確かに戦いやすい。イロウスを分散させやすい。

 しかし目をはなしたすきにイリスにげられてしまうかもしれない。

 だったらここにとどまるのが最善だ。

 それに──

(あんなやつに背中を見せるなんて、そんなのしやくじゃない!)

 なんとしても彼女にひとあわかせたい──いろいろと思い出があるからこそ葵、いや、イリスに対するおもいは人一倍強かった。

「すぐにかたづけるわよっ!」

かく……してくださいっ!」

 花音と詩穂がかたを並べてイロウスを迎え撃つ。

 一体、さらに一体──おたがいがお互いの死角を守り、押しつぶすようなイロウスの波をことごとく吹き飛ばす。

 みきたちも二人に負けじと、お互いに連係を取りながらイロウスを仕留めていった。

 十八人の少女たちが次々とイロウスを打ちたおし、イリスへとせまる。

 だが──

あささん、後ろにイロウスがっ!」

 倒したはずのイロウスが起き上がり、再びきばをむこうとしていた。

 詩穂の声を受けたうららがとっさに心美の背後を守り、イロウスのこうげきをはね返す。

「あ、ありがと、うららちゃん……」

「ここみ、だいじよう!? でもこれって……」

 改めて周囲をかくにんする。

 教会の入り口側で、倒したはずのイロウスが再び立ち上がろうとしていた。

 これまでなら倒したイロウスはしようめつし、もとの肉体へと精神が戻るはずだ。

 しかしそうならない。

「うふふ……私の可愛かわいい可愛い教え子たちなんだから、しっかりとお相手してあげてね?」

「教え子って……まさか奏乃宮の生徒なわけ!?

ひどい……なんてこと……」

 声を失う花音と詩穂に、しかしイリスはなんら意にかいさない。

「さあ、私はここよ!」

 かかってこいとちようはつするようにイリスが笑う。

「このっ……」

 頭に血が上りそうになる花音を、横で詩穂がそっとなだめる。

「詩穂……?」

「花音ちゃん、このイロウスたちって、ひょっとして……」

 詩穂には一つ思い当たるところがあった。

 イリスにあやつられた当人であるからこその直感だった。

「このイロウス……ううん、この子たちもあの人に、心の中の不安や悲しみ、いかりを育てられたんじゃ……」

「それって……詩穂みたいに?」

「うん……」

 ただ心の負の部分に働きかけてイロウス化するのではない。

 負の部分をたんねんに育て、ふくれ上がらせて、あともどりができないくらい追い込んでからイロウス化していたなら──

「心の闇を解き放たない限り、イロウスの姿のまま留まってしまう……か」

「だから、ただ倒すだけじゃダメなの、きっと」

「でも倒す以外の方法なんて……」

 言いかけた花音が口をつぐむ。

 ふと詩穂の顔を見やると、彼女も小さく頷いた。

 イリスにとらわれた心を解き放つ。闇におおわれた心を解き放つ。

 ならばイロウスの──彼女たちの心に直接、呼びかけるしかない。

 イリスにしばられた心にうつたえかけるしかない。

 だとしたら自分たちがやるべきは、武器をるうことではない。

 自分たちにしかできないことがある──

「詩穂っ!」

「うんっ!」

 花音と詩穂が手にしていた武器を捨てる。

「あら、血迷っちゃったかしら?」

 ニタァとわらったイリスがイロウスにとどめをせと命令を下す。

 き動かされたイロウスがまるごしの二人に飛びかかって──


「争いの中、独りおびえてても……」

き寄せてくれた、ふるえる肩を……」


 花音と詩穂が歌をつむぐ。

 いのりをめながら、想いを込めながら。

 物言わぬイロウスの、その奥深くに届けと願ってのどを震わせる。


「戦いのうずに、まどわされそうでも……」

「教えてくれたね、君の光が導いて……」

 その歌声がイロウスたちの動きを止めた。

 見えないくさりに縛られたかのように、その場でこうちよくしてどうだにしない。

「ん……? いったいなにが……。早く仕留めてしまいなさいな」

 イリスがどこまでもれいてつに命ずる。

 しかしなにも反応はない。

 イロウスは──彼女らは花音と詩穂の、f*fフオルテシモの歌声だけに包まれていた。

 やがて──

「うららちゃん! イロウスが!」

「うん、消えていってる……」

 イロウスが次々と、その身にまとう闇を引きはがされていく。

 まるで心の闇から解き放たれていくかのように。


『きっと……どくじゃない。信じて』


 花音と詩穂が歌いきった直後、最後のイロウスが姿を消した。

 ごまを失ったイリスの顔がみにくくゆがむ。

「まさか……あのイロウスのすべてをじようするなんてね」

 それまでゆうしやくしやくだったイリスが、少し感心したようにつぶやいた。

「この私が手を下すことになるなんて……」

 ゆらりとイリスがさいだんから立ち上がる。

じやものだれ一人として生かしておかない……誰にも私の邪魔はさせない」

 ぐっとみ出したあしが──しかしゆかを踏みしめることができなかった。

「ん? これは……」

 自分でも理解できない様子でイリスが目を丸くしていた。

 その脚は小刻みに震えていた。

「な……ぜ……」

 思い通りにならない自分の身体からだにイリスががくぜんとする。

 そして察する。

「まさか……さっきの歌のせいで……」

 イロウスだけではなく自分にもおよんでいたというのか。

 闇を打ちはらうあの歌声の力が──

「さあ、覚悟しなさい!」

 身動きの取れないイリスに花音がにじり寄る。

 みんなを、奏乃宮の生徒を、そしてなにより詩穂を傷つけた相手を許すわけにはいかなかった。

「くっ……こうなったら……」

 イリスが大きくうでを振りかざす。

 なにかやってくる──花音が反射的に身を守った。

 だが──

「これで勝ったと思わないことね」

 ドゥン──とつじよとして出現したしつこくの闇がイリスの身体をみ込んだ。

 その身を闇に覆われながら、イリスが引きつったみを向ける。

「次は必ず……」

 イリスと闇はこつぜんと姿を消した。

「逃げたっ! このっ……待ちなさい!!

 あわてて花音がばした手は空を切った。

「くっ……!

 あと一歩だったのにと花音が悔しさをにじませる。

「花音ちゃん、気持ちはわかるけど、生徒のみんなも助けることができたし、今はそれで十分じゃないかしら?」

「そうね……。なにより、詩穂が無事ならそれで……」

 詩穂にポンポンと背中をたたかれ、花音がぐっとくやしさを押し殺す。

「みんな、大丈夫だった?」

 詩穂が星守クラスの面々をづかう。

 だがその少女たちはというと──興奮していた。

「うららちゃん! f*fフオルテシモの生歌聞いちゃったよ! ばんそうもないのにすごいはくりよくだったねっ!」

「こっ、これがf*fフオルテシモの歌唱力……やば、自信なくしそう……」

「すっごいすっごい!」

「これが……あいどるの本気か……」

「サドネ、ふたりの歌、だいすき!」

「もう胸がいっぱいになってしまいましたわ……」

 花音と詩穂の歌を間近でいた感動ですっかりい上がっていた。

 そんな仲間の慌てっぷりにクスッと笑みをこぼした花音と詩穂は、

「……帰ろっか」

「うん」

 お互いの手を握り合うのだった。


      


 数週間後──


『今日のゲストはf*fフオルテシモのお二人でーすっ!』

 朝、うららは机に突っしたまま、スマホで花音と詩穂が出演した音楽番組を見ていた。

 二人の人気は相変わらずで、さまざまなメディアに引っ張りだこな毎日である。

 画面の向こうでかがやく二人の姿に、うららは小さくため息をもらした。

「うららちゃん、また見てるの?」

「んー……」

 心美の声かけにもうららの反応はどこかにぶい。

 元気のない眼差しで花音と詩穂を見つめていた。

「遠くに……行っちゃったね」

「うん……」

 花音と詩穂がしんじゆみね女学園を去ってしばらくった。

 もともと短期の編入という形だったため、いつかははなればなれになってしまうことは、誰もが承知の上であった。

 しかし、いざその時が来てしまうと、胸の中にぽっかり穴が開いてしまったような感覚をぬぐえないのだった。

 とりわけ、f*fフオルテシモに人一倍のたいこうしんあこがれをいだいていた、うららの落ち込み具合は大きかった。

 あれだけ花音としようとつしたりきそっていたりしていただけに、その相手がふっと消えてしまうと気持ちをぶつける先を見つけることができなかった。

「でも、そろそろまたライブもあるから……元気出して、うららちゃん」

「べ、別にf*fフオルテシモに会えないから元気がないわけじゃないから! なにかんちがいしてるの、ここみ!」

 アイドルについて語り合ったり、ケンカしたり──そういったことも、もうできないだろう。

 遠くから見守って、おうえんすることしかできない。

 それがどうしようもなくさびしかった。

 そんなうららに、そっと近づく足音が二つ──


「なに……暗い顔しちゃって。具合でも悪いの?」

「保健室、行く?」


「だから、そういうのじゃないって言ってるでしょ。ほうっておいてったら……って!?

 がばっと起き上がったうららが声のした方をり返る。

「なななな……っ!?

「落ち着きなさいよ。はい、深呼吸」

「なんでここにいるのよっ!?

「なんでって……そんな言い方はないんじゃないかしら?」

「そうよ。謝りなさい」

「だーっ! うららの質問に答えなさいよっ!」

 ずびしっと指を突きつける。

「なんでf*fフオルテシモがここにいるのよっ!?

 そこにいたのは、神樹ヶ峰女学園の制服に身を包んだ花音と詩穂であった。

「あら、もうこっちに来ていたのね」

 教室のドアからいつきがひょこっと顔を出した。

くも先生! なんで二人がここにいるの!?

「奏乃宮の理事長と相談して、こちらにせきを移してもらうことにしました。二人とも星守になったわけだし、同じ星守同士、いつしよにいた方がおたがいになにかと都合がいいでしょう?」

「そうだけど……そうかもしれないけどっ!」

 こんなドッキリみたいな登場の仕方はズルイとこうする。

 だってこれじゃまるで──

「なーに? 私たちに会えなくて寂しかった?」

「やっぱりこうなっちゃうじゃん!」

 にししと悪い顔をする花音に、首まで真っ赤になったうららだった。

「朝比奈さんも、これからよろしくね?」

「は、はい! 詩穂せんぱい!」

 詩穂と心美の方はすんなりと再会を果たしていた。

 ますます自分だけがいじられたような、ずかしい思いをした感覚におちいるうららだった。

「お二人とも、これから同じ星守クラスになるんですね!」

「アイドルと同じクラス……なんだかきんちようしてきたわ……」

「なんではるが緊張するのさ」

 みきのとなりで緊張した表情の遥香にすばるがつっこむ。

「ねえねえ、またひなたたちに歌、教えてくれる?」

「ミミも聞きた~い!」

「サドネも……もっと上手に歌ってみたい……」

「わしは民謡が好きじゃのう」

f*fフオルテシモの演歌……すごく芸術的かもしれませんわ!」

 中学生組がやいのやいのと花音と詩穂におねだりをり返す。

「はいはい! それじゃ朝のホームルーム始めるわよ!」

 樹がきようだんに立ち、花音と詩穂の登場にざわつく教え子たちを落ち着かせる。

「ちぇ~、もうちょっと好きにさせてくれてもいいのに~」

のぞみ、後でいくらでも話せるだろう?」

「ふふっ、あとでお花さんたちにも、教えてあげにいかなくちゃ……」

「あら~、じゃあれんげは後でた~っぷりと楽しませてもらうわね~♡」

「楽しむとはなんだ、楽しむとは。れんが言うとつうに話すだけには聞こえないから困る……」

「アイドルにセクハラして警察……なんてかんべんしてよね」

 みようひとみを輝かせる同級生に、これからの苦労を想像して大きくため息をつく明日あすとあんこであった。

「花音と詩穂は前と同じ席ね」

 樹にうながされ、二人がそれぞれ自分の席へと向かう。

…………ねえ」

 それまでだんまりを決め込んでいたうららが声をかけた。

 足を止めた花音と詩穂がそちらを振り返る。

「あの……その……」

 うららが、もじもじと身体からだする。

 どうしたのだろう──花音と詩穂が口を開こうとした時、うららがボソッとつぶやいた。


「お……おかえり……」


 花音と詩穂が少しおどろいたように顔を見合わせる。

 やがてどちらからともなくクスッと微笑ほほえむと、ツンとそっぽを向いたうららと、にっこりと微笑む星守クラスの仲間たちに向かって、声をそろえた。


『ただいま!』