終章 始まりと終わりの場所
そして、
「静かね……」
「ええ……不気味だわ……」
葵を
相手の正体も実力も分からない以上、手を
「どこにいるのかしら……」
校舎を
どこにも人の気配はなく、がらんとしている。
「他に
「そうね……」
一通り校内を見て回ったうららの問いかけに花音が答える。
「教会があるわ……大きなステンドグラスのある教会よ」
少女たちは校舎の横にそびえ立つ教会の前に立った。
固く
「開けるわよ……」
みんなが
花音が扉を開くにつれて、光が奥へ奥へと
「あら、いらっしゃい」
「ようやく見つけたわ。七嶋葵……」
花音にその名を呼ばれた葵がニコリと
「つれないわね~、ついこの間まで葵ちゃんって呼んでくれていたのに」
「七嶋……葵……」
「詩穂まで~。う~ん、
それは花音と詩穂の知っている彼女だった。
どこか天然で抜けていて──二人がよく知っている七嶋葵だった。
だが
「まあいいわ。どうせその名前は仮のものだし。せっかくだから教えてあげる。……イリス……それが私の名前」
「名前なんてどうでもいい!」
「どうして詩穂にあんなことをしたわけ?」
「私はね……
「器……ですって……?」
「そうよ。
イリスの
「あなたたちはぴったりだったわ。ほかのものとは格が違った。だから奏乃宮に
「そんなっ……そんなふうに私たちを
詩穂の激しい
「そんなわけないじゃない」
心外だと
「なんとも思わないなんてことないわ。とってもとっても……とーっても楽しんでいるんですもの」
なんの
花音や詩穂の激情すら自分は無関係だと言わんばかりに。
「ひどい……ひどすぎます……」
「許せない……こんなやつ絶対に許せない!」
「うふふ……許せなかったらどうするのかしら?」
「ここで止めます。私たちが、あなたを!」
「ふふっ、
詩穂を
「私を止める……ね。まぁ……できるものならやってみなさい!!」
イリスがその指をくいっと曲げた。
直後、彼女の背後の
「ここにもまだ……っ!?」
「さあ、私のところまでたどり着けるかしらっ!?」
イリスがパチンと指を鳴らす。
それを合図にイロウスが
「みんな、ここで迎え
花音はとっさに教会の中で戦うことを決めた。
教会の外に出れば確かに戦いやすい。イロウスを分散させやすい。
しかし目を
だったらここに
それに──
(あんなやつに背中を見せるなんて、そんなの
なんとしても彼女に
「すぐにかたづけるわよっ!」
「
花音と詩穂が
一体、さらに一体──お
みきたちも二人に負けじと、お互いに連係を取りながらイロウスを仕留めていった。
十八人の少女たちが次々とイロウスを打ち
だが──
「
倒したはずのイロウスが起き上がり、再び
詩穂の声を受けたうららがとっさに心美の背後を守り、イロウスの
「あ、ありがと、うららちゃん……」
「ここみ、
改めて周囲を
教会の入り口側で、倒したはずのイロウスが再び立ち上がろうとしていた。
これまでなら倒したイロウスは
しかしそうならない。
「うふふ……私の
「教え子って……まさか奏乃宮の生徒なわけ!?」
「
声を失う花音と詩穂に、しかしイリスはなんら意に
「さあ、私はここよ!」
かかってこいと
「このっ……」
頭に血が上りそうになる花音を、横で詩穂がそっとなだめる。
「詩穂……?」
「花音ちゃん、このイロウスたちって、ひょっとして……」
詩穂には一つ思い当たるところがあった。
イリスに
「このイロウス……ううん、この子たちもあの人に、心の中の不安や悲しみ、
「それって……詩穂みたいに?」
「うん……」
ただ心の負の部分に働きかけてイロウス化するのではない。
負の部分を
「心の闇を解き放たない限り、イロウスの姿のまま留まってしまう……か」
「だから、ただ倒すだけじゃダメなの、きっと」
「でも倒す以外の方法なんて……」
言いかけた花音が口をつぐむ。
ふと詩穂の顔を見やると、彼女も小さく頷いた。
イリスに
ならばイロウスの──彼女たちの心に直接、呼びかけるしかない。
イリスに
だとしたら自分たちがやるべきは、武器を
自分たちにしかできないことがある──
「詩穂っ!」
「うんっ!」
花音と詩穂が手にしていた武器を捨てる。
「あら、血迷っちゃったかしら?」
ニタァと
「争いの中、独り
「
花音と詩穂が歌を
物言わぬイロウスの、その奥深くに届けと願って
「戦いの
「教えてくれたね、君の光が導いて……」
その歌声がイロウスたちの動きを止めた。
見えない
「ん……? いったいなにが……。早く仕留めてしまいなさいな」
イリスがどこまでも
しかしなにも反応はない。
イロウスは──彼女らは花音と詩穂の、
やがて──
「うららちゃん! イロウスが!」
「うん、消えていってる……」
イロウスが次々と、その身にまとう闇を引きはがされていく。
まるで心の闇から解き放たれていくかのように。
『きっと……
花音と詩穂が歌いきった直後、最後のイロウスが姿を消した。
「まさか……あのイロウスのすべてを
それまで
「この私が手を下すことになるなんて……」
ゆらりとイリスが
「
ぐっと
「ん? これは……」
自分でも理解できない様子でイリスが目を丸くしていた。
その脚は小刻みに震えていた。
「な……ぜ……」
思い通りにならない自分の
そして察する。
「まさか……さっきの歌のせいで……」
イロウスだけではなく自分にも
闇を打ち
「さあ、覚悟しなさい!」
身動きの取れないイリスに花音がにじり寄る。
みんなを、奏乃宮の生徒を、そしてなにより詩穂を傷つけた相手を許すわけにはいかなかった。
「くっ……こうなったら……」
イリスが大きく
なにかやってくる──花音が反射的に身を守った。
だが──
「これで勝ったと思わないことね」
ドゥン──
その身を闇に覆われながら、イリスが引きつった
「次は必ず……」
イリスと闇は
「逃げたっ! このっ……待ちなさい!!」
「くっ……!」
あと一歩だったのにと花音が悔しさを
「花音ちゃん、気持ちはわかるけど、生徒のみんなも助けることができたし、今はそれで十分じゃないかしら?」
「そうね……。なにより、詩穂が無事ならそれで……」
詩穂にポンポンと背中をたたかれ、花音がぐっと
「みんな、大丈夫だった?」
詩穂が星守クラスの面々を
だがその少女たちはというと──興奮していた。
「うららちゃん!
「こっ、これが
「すっごいすっごい!」
「これが……あいどるの本気か……」
「サドネ、ふたりの歌、だいすき!」
「もう胸がいっぱいになってしまいましたわ……」
花音と詩穂の歌を間近で
そんな仲間の慌てっぷりにクスッと笑みをこぼした花音と詩穂は、
「……帰ろっか」
「うん」
お互いの手を握り合うのだった。

数週間後──
『今日のゲストは
朝、うららは机に突っ
二人の人気は相変わらずで、さまざまなメディアに引っ張りだこな毎日である。
画面の向こうで
「うららちゃん、また見てるの?」
「んー……」
心美の声かけにもうららの反応はどこか
元気のない眼差しで花音と詩穂を見つめていた。
「遠くに……行っちゃったね」
「うん……」
花音と詩穂が
もともと短期の編入という形だったため、いつかは
しかし、いざその時が来てしまうと、胸の中にぽっかり穴が開いてしまったような感覚をぬぐえないのだった。
とりわけ、
あれだけ花音と
「でも、そろそろまたライブもあるから……元気出して、うららちゃん」
「べ、別に
アイドルについて語り合ったり、ケンカしたり──そういったことも、もうできないだろう。
遠くから見守って、
それがどうしようもなく
そんなうららに、そっと近づく足音が二つ──
「なに……暗い顔しちゃって。具合でも悪いの?」
「保健室、行く?」
「だから、そういうのじゃないって言ってるでしょ。
がばっと起き上がったうららが声のした方を
「なななな……っ!?」
「落ち着きなさいよ。はい、深呼吸」
「なんでここにいるのよっ!?」
「なんでって……そんな言い方はないんじゃないかしら?」
「そうよ。謝りなさい」
「だーっ! うららの質問に答えなさいよっ!」
ずびしっと指を突きつける。
「なんで
そこにいたのは、神樹ヶ峰女学園の制服に身を包んだ花音と詩穂であった。
「あら、もうこっちに来ていたのね」
教室のドアから
「
「奏乃宮の理事長と相談して、こちらに
「そうだけど……そうかもしれないけどっ!」
こんなドッキリみたいな登場の仕方はズルイと
だってこれじゃまるで──
「なーに? 私たちに会えなくて寂しかった?」
「やっぱりこうなっちゃうじゃん!」
にししと悪い顔をする花音に、首まで真っ赤になったうららだった。
「朝比奈さんも、これからよろしくね?」
「は、はい! 詩穂
詩穂と心美の方はすんなりと再会を果たしていた。
ますます自分だけがいじられたような、
「お二人とも、これから同じ星守クラスになるんですね!」
「アイドルと同じクラス……なんだか
「なんで
みきの
「ねえねえ、またひなたたちに歌、教えてくれる?」
「ミミも聞きた~い!」
「サドネも……もっと上手に歌ってみたい……」
「わしは民謡が好きじゃのう」
「
中学生組がやいのやいのと花音と詩穂におねだりを
「はいはい! それじゃ朝のホームルーム始めるわよ!」
樹が
「ちぇ~、もうちょっと好きにさせてくれてもいいのに~」
「
「ふふっ、あとでお花さんたちにも、教えてあげにいかなくちゃ……」
「あら~、じゃあれんげは後でた~っぷりと楽しませてもらうわね~♡」
「楽しむとはなんだ、楽しむとは。
「アイドルにセクハラして警察
「花音と詩穂は前と同じ席ね」
樹に
「…………ねえ」
それまでだんまりを決め込んでいたうららが声をかけた。
足を止めた花音と詩穂がそちらを振り返る。
「あの……その……」
うららが、もじもじと
どうしたのだろう──花音と詩穂が口を開こうとした時、うららがボソッと
「お……おかえり……」
花音と詩穂が少し
やがてどちらからともなくクスッと
『ただいま!』
了