だが──そんな花音の行く手を
「詩穂っ!?」
「ふふふっ……どうしたの、花音ちゃん? そんな
花音にとって聞き慣れた声のはずであるのに、
「詩穂……いったいなにが起こってるの……? どうして……」
「……やっと、
「真実……? だって、その格好……。それに、なんでイロウスと……?」
「ふふっ……当然じゃない。だってこの子たちは、私のそばにいてくれる大切な存在なんだもの。花音ちゃんと
近くにいたイロウスの顔を、詩穂が笑顔のままでなで上げた。
まるで子供をあやすように。
「大切……? なにを言ってるの……?」
変わり果てた詩穂の姿に戸惑う花音とは反対に、詩穂は
「詩穂、最近
「私を捨てたくせに、分かったふうな口を
「す、捨てるって……。なにを言ってるのよ、詩穂……」
「あははは! そうやって、とぼけるんだ?」
「とぼける……? どういうこと? ねえ、お願い、私の話を聞いて……」
花音の必死の呼びかけも、詩穂の心にはなにひとつ届くことはなかった。
「……もう、いいや。じゃあね、花音ちゃん」
「詩穂! 待って……!」
追いすがる花音を、今度は葵が遮る。
「はーい。もう、おしまい。あなたたちの壊れていく友情はとっても美しいけど……花音、あなたにはもう用はないの。バイバーイ」
吹き出した闇の中へと葵が、そして詩穂が姿を消していく。
「待って、お願い! 私の話を聞いて……!」
後に残されたのは、詩穂の
「いったい、なにが起きてるの……? まさか、街でのことも詩穂が……?」
混乱する花音のことなどお構いなしに、イロウスがじりっと
「なんとか……しなきゃ……。詩穂……」
花音は力を振り
とりあえずこの目の前の危機を
いま目の前で起こった出来事をみんなに伝えなければ。
そしてなにより、詩穂を救い出さなければ──
「詩穂……詩穂っ!!」
ぐちゃぐちゃの心のまま、花音はイロウスへと

これまでとは比べものにならないスピードで、大量の人々がイロウス化している──最悪の知らせが神樹ヶ峰女学園にも飛び込んできていた。
「
「アタシだってさっぱりだ!」
実験ラボのコンソールを操作する
イロウスの
もはや
できることといえば、まだ
結果、
星守たちも、人々の
「予測されるイロウスの数はどのくらい!?」
「
把握しきれていないぶんも
「悪夢ね……」
「ああ……とびっきりのな」
イロウスの総数も不明、事態の原因もまるで分からない──樹と風蘭の顔がいつになく険しいものになるのも無理はなかった。
「とにかく、情報がほしいわ」
「ああ……原因が分からないことには、対策の取りようがない」
二人がそんな会話を
「詩穂……よ……」
その声に樹と風蘭がラボの入り口を
全身ボロボロになった花音が、
「花音!?」
「どういうことだ花音! 詩穂がどうしたんだ!?」
急いで
花音は
「イロウスを生み出しているのは……詩穂よ」
「なっ……」
「いったいどういうこと!? 花音、あなたが見たことを、
信じられない風蘭と樹は、花音から事態の
花音は息を切らせながらも、しかし、はっきりとした口調で自分が
「そんな、そんなことって……」
「にわかには信じられないな……。だが……」
「すぐにあの子たちを呼び
「ああ……そうだな。いつまでも後手に回っているわけにもいかないか……」
二人は星守たちをイロウスが最も密集している場所──すなわち詩穂がいるであろう場所に向かわせることにした。
危険なのは百も承知だったが、今の事態を打開するためには、もうそれしかなかった。
「お願い……誰か、詩穂を止めて……」
花音の悲痛な

樹と風蘭の指示により、星守たちはイロウスの瘴気が最も
彼女たちがそこで目撃したものは、あの
「しほ……せん、ぱい……」
豹変した詩穂の様子に、誰もが我が目を疑った。
「本当に、詩穂なのか……?」
「詩穂
必死で呼びかけるも、詩穂の反応は、ない。
まるで『詩穂』という名に覚えがないかのように首を
「それに……人型のイロウスがこんなにたくさん……」
「全部、詩穂先輩が……?」
あの優しかった詩穂が、今のこの
「あら? ふふっ、星守のみなさん、こんにちは」
星守たちの存在に、やっと気がついたかのように、詩穂がいつものような
しかし、その声にはまるで感情というものが存在しなかった。
「詩穂……いったいどうしちゃったの……?」
「詩穂先輩! 私たちと
彼女たちの呼びかけにも、詩穂は冷たい微笑を返すだけだった。
「帰る……? 私には、あなたたちと帰る場所なんてない。やっと、真実が微笑んでくれたの」
「くっ……こうなったら力ずくで連れ帰るしかない! いくぞ、みんな!」
しかし──
「
詩穂が無造作に
それを合図に、大量の人型イロウスが星守たちの行く手を
今の星守たちには人型イロウスを
「そんな……」
「詩穂せんぱいと戦いたくないよっ!」
「星守……消えて……」
「みんな、くるよ!」
みきの一声に、星守たちが
仲間との連係は完全に崩れ、
もはや、詩穂とまともに話をすることすらできる
『みんな! すぐに戻ってきて!』
星守たちの
「でもっ! 詩穂さんがっ!」
みきの悲鳴に、樹も苦しげに
『分かってるわっ! でも……あなたたちまで失うわけにはいかない……お願いだから、戻ってきなさい!』
「でも……っ!」
詩穂のあんな姿を
しかし現実として、今の彼女たちの精神状態では、詩穂にたどり着く前にイロウスたちに敗れてしまうだろう。
どうしようもないジレンマと
「みんな、今はいったん戻ろう! それで……態勢を立て直して、絶対に詩穂さんを助けよう!」
みきの決断に異を唱える者はいなかった。
誰も彼もが

神樹ヶ峰女学園へと戻ってきた星守たちの表情には、
「詩穂さんがイロウスを生み出してたなんて……」
「あんな……見たこともないような数を……」
「そんなこと……」
「これからどうするんですか?」
「
瘴気が以前にも増して
街の様子はなにもつかめず、詩穂がまだあの場所に
もしも彼女が隔離区域の外に出てしまったら。
さらに多くの人々をイロウスへと変えてしまったら。
その時は──命じなければならないだろう。
教え子たちに、詩穂を──
「とにかく、みんな、いまは休んで。追ってまた
動揺と混乱をはらんだまま、どうしていいか分からず少女たちが
そして、彼女たちには気になることがもう一つあった。
「あの……花音先輩は、どうされたんですか?」
みきがそんな彼女たちの疑問を代表して
「花音は……」
樹が言いよどむ。
「花音は、今は
「花音先輩……」
花音のことが心配なのはもちろんだが、詩穂の
それゆえに、花音にどんな言葉をかけてあげればよいのか、分からなかった。
「ミミ、かのんせんぱいと、しほせんぱいと、また一緒にお話ししたいな……」
「サドネも……シホに、またお歌、教えてほしい……」
「花音と、また
「ゆり……。そうだね……」
花音と詩穂──初めて会った時こそ激しく対立していた二人だったが、いまや星守たちは〝仲間〟としてすっかり受け入れていた。
あの二人とすごした楽しいひと時が戻ってくることは、もうないのだろうか──
そんなふうに暗く
そして
『花音はいま、保健室で手当てを受けています。会いにいってもいいけど、くれぐれも彼女の負担にならない
樹にそう教えてもらったうららは、心美と一緒に花音がいる保健室に向かった。
そっとドアを開けると、書類を熟読していた風蘭と目が合った。
風蘭はなにも言わず、白いカーテンで仕切られた奥のベッドに視線をやる。
うららと心美は一つ深呼吸してから、カーテンの向こうに声をかけた。
「かのかの先輩……そっちに行ってもいい?」
返事はない。
「花音先輩、お
やはり返事はない。
うららと心美が顔を見合わせる。
二人の気持ちは、同じだった。
『思っていることは言葉にしなければ伝わらない』
いつか不思議な空間に
ここで花音を独りにするのは、それはきっと思いやりではない。
たとえ花音の
「……開けるね、かのかの先輩」
うららがそっとカーテンを引く。
花音はベッドに横たわり、どこか
その視線がゆっくりと二人の方を向く。
「うらら、心美……」
まるでたった今、二人の存在に気がついたかのようだった。
「ずっとね……同じ事考えてた……」
うららと心美が
「詩穂のことはなんでも分かってて、私のことも詩穂はなんでも知ってて……ずっとそう思ってたのに……」
詩穂があんなことになっちゃった原因が、どうしても分からないの──花音が苦しげに
ずっと近くにいたからこそ、いざ
「詩穂のこと……分かんなくなっちゃった……」
つっと
その横顔にうららは──確信した。
「あーもう! なによなによ! うじうじしちゃってさ!」
落ち込む花音をみていられなくなったうららが声を張り上げた。
「しほっち先輩のことが分からない? そんなの、あったりまえじゃない! なにバカなこと言ってるのよっ!?」
「ちょ、ちょっと……うららちゃん、そんな言い方……」
「いいの、ここみは
心美の制止にも耳を貸さず、うららはなおも強い言葉で続ける。
「いくらずっと一緒にいたってね、いくらいつもそばにいたってね、分からないもんは分からないのっ! 同じ人間じゃないんだから、そんなの当たり前でしょ!」
うららの手厳しい言葉に、花音も思わず言い返す。
「そ……そんなこと、言われなくても分かってるわよ! だからこうやって
「伝えればいいんじゃないでしょうか……」
激しく言い争う二人に割って入るように、心美がおずおずと自分の
「分からないなら、伝えればいいんじゃないでしょうか……? 私とうららちゃんは、性格も全然
心美の言葉は
「だから時々、うららちゃんは本当に私のことを友達だと思ってくれてるのかなって不安になる時もあります。だから、私たちは約束したんです……」
『思ってることは言葉にしなければ伝わらない』
「っ……!」
しかし──
「でも……私の声は詩穂には届かなかった! いくら呼び止めても、詩穂は耳を貸してはくれなかった。もう、私の想いが詩穂に届くことはないのっ……」
「ホントに……伝えたの?」
「えっ……?」
うららの言葉の意味を、花音は
「……ホントに全部伝えたのかって言ってるの! 思ってること、悩んだこと、
「あっ……!」
花音は、うららの言葉の意味をようやく理解した。
(私……詩穂に私の気持ちを全部伝えてたのかな……?)
あの時の光景が花音の
『私、一人だってアイドルできるんだから!』
葵に
本当は詩穂が
自分が堂々としていないと詩穂を不安にさせてしまうかもしれない──そんな自分勝手な思い込みもあって、詩穂に対して自分の心の弱さを見せたことは、これまであまりなかった。
(あの時だって、そうだ……。あの時も、あの時も……)

『詩穂、今日の最後のところ、タイミング合わせるの、やっぱり難しそう?』
『ううん、
『無理しなくても、ちょっとくらい難易度下げてもいいのよ? ダンスで無理して、せっかくの詩穂の歌に
『ありがとう、花音ちゃん。……でも……大丈夫だから』
『そう……詩穂がそう言うなら……』
(詩穂は、きっと不安だったはず。でも私に気を

『ん、おはよ、詩穂』
『おは……よ……』
『どうしたの、詩穂?』
『う、うん……ちょっと、ね……』
『大丈夫? 保健室行く?』
『ありがとう……でも、なんでもないから……』
『そう……でも、無理だけはしちゃダメだからね』
(あの時だって、詩穂に元気がないのは分かってた。悩みがあるのなら教えてほしい。私は詩穂の力になりたいから、詩穂の支えになりたいから……そうやってちゃんと伝えればよかったんだ……)

「ごめん、詩穂……私、詩穂になにも伝えられてなかった……」
花音の
心細い想いをさせてしまった、つらい想いをさせてしまった──詩穂への
「かのかの
「花音先輩……」
「初めて、詩穂の歌声を
花音は先ほどまでの口調とは一転、静かに語り出した。
「一瞬、時が止まった気がしたの……ずっと、この歌声を聴いていたい、そう思ったんだ。あの日以来、私は詩穂の一番のファンになったの」
うららも心美も、黙って花音の話に耳を
「だからね、私たち

『……ありがとう、花音ちゃん』
『もう、それはさっき聞いて……』
『ううん、さっきのことじゃないの』
『私は歌が好き。歌うのが大好き。でも……ずっとひとりで歌ってきた。
『詩穂……』
『だから……ありがとう、花音ちゃん。こんな私と一緒にいてくれて……』
『…………なーに言ってるのよ。詩穂のためだけじゃない。詩穂の歌を
『花音ちゃん……』
『だから、詩穂がここにいる理由の半分は私のワガママみたいなものよ。そんなふうに自分で全部を背負い込まないで』
『うん……うん……』

「……本番前に、不安でいっぱいだった詩穂に伝えたの。私の、想いを。でも……」
いま、詩穂のことを思い出そうとして脳裏によみがえるのは、最後に別れた時の彼女だった。
『私を捨てたくせに、分かったふうな口を
そう
「詩穂、忘れちゃったのかな……? 私の想いはやっぱりもう、詩穂には届かないのかな……?」
あの
きっと詩穂は声なき声で
もっと花音ちゃんの気持ちを教えてよ──と。
「ごめん……ごめんね、詩穂……」
ぎゅっと手を胸に当てて嗚咽をもらす花音に、心美がそっと声をかける。
「まだ、きっと大丈夫です。花音先輩の想いは、きっと詩穂先輩に届くはずです」
「そうよっ! かのかの先輩がここで
ツンとそっぽを向きながらうららが花音の背中を押す。
「心美、うらら……」
「そ、それに
「ふふっ……そうだね、うららちゃん」
「なっ、だからなんでここみはちょっと笑ってるのよーっ!」
うららと心美の、そんな少し気の
そして、なにかを決意したような瞳で
「詩穂に、会いにいかなきゃ」
花音は、自分の想いを詩穂に伝えようと決意した。
あの日──ファーストライブの直前のように。
どれだけ詩穂が大切で、どれだけ詩穂の歌声に救われてきたのか、そのことを
もう一度、あの時のように──いや、あの時以上にすべての
「
花音の
「ふぅ、仕方ないわねぇ、それじゃ……」
「
「……一緒に?」
「そうですよ。花音先輩も詩穂先輩も、私たちの大切な……仲間なんですから」
「そうよっ! そ、それに、うららにとっては……ライバル、でもあるんだからっ」
「心美、うらら……ありがとう」
花音の表情に、もはや迷いはなかった。
ぎゅっと

花音とうらら、そして心美の三人は、樹や風蘭に無断で学園を飛び出した。
詩穂に会いにいくなんて言えば絶対に止められてしまう。
自分たちの身を案じてのことだろうけど、今だけは詩穂のところに急がなければならなかった。
花音は、色
あの、想い出のファーストライブの
「花音先輩、詩穂先輩の居場所が分かるんですか?」
「分からないわ」
「かのかの先輩!?」
「でもね、詩穂はきっと姿を見せるわ。たぶん今の詩穂は……私に対して強いこだわりを持っているでしょうから」
だから自分がここにいる──そう詩穂に示すことができれば必ずやってくる、そんな確信があった。
そして、自分たちの存在を詩穂に察知させる方法となると──
「イロウスを
自分の身を
今やイロウスが支配する街のど真ん中へと三人が
「か、かのかの先輩……うららが言うのもなんだけど、ちょっと適当すぎない……?」
「ま、まあ……でもそれ以外にいい方法もなさそうだし……」
「さあ、行くわよっ!」
花音が
手当たり
群れて
(さあ、詩穂……私はここにいるわよ。お願い、姿を見せて!)
自らの存在を詩穂に届けるように花音がイロウスを次々と倒していく。
しかし──
「か、かのかの先輩……なんかイロウスの数が
「多すぎですぅ~!」
三人を
何百何千という
「くっ……さすがにこの数はちょっと厳しそうね」
「もうっ! でも、うららたちでなんとかするしかないでしょ! ほら、いくわよ、ここみ!」
「そ、そんなこと言っても……」
「うらら、心美、危ない!」
背後から
しかしこのタイミングでは間に合わない──そう思った時だった。
上空から
「花音
ビルの上に立つ無数の
「あなたたち、どうして……?」
「どうしてって……私たち、仲間だからに決まってるじゃないですかっ!」
「そうですよ! 勝手に出ていっちゃうなんて、水くさいじゃないですか!」
「私たちだって、詩穂さんを助けたいという想いは同じなんです!」
「みき、
三人の言葉に花音は思わずうるっときてしまった。
「詩穂に会いたいんだろう!? ここは私たちに任せて先に行け!」
「絶対に詩穂を連れ
「あんな悲しい顔のままにさせておくんじゃないぞ!」
「花音せんぱいなら、助けられるはずだよっ!」
「詩穂先輩の歌声を取り戻してくださいませ!」
「サドネ、
「うふふっ、れんげへのお礼は花音ちゃん、詩穂ちゃんのハグでいいから♡」
「花音さん……行って」
少女たちが花音の道を切り開く。
「みんな……ありがとう」
「もう、そんな
「詩穂先輩のもとへっ!」
うららと心美が背中を押す。
(そうだった……みんなにお礼を言うのは全部を終わらせてからだ……)
花音がぐっと表情を引き
「行くわよ、うらら! 心美!」
仲間たちの一撃がイロウスをなぎ
すでに行き先は決まっていた。
この先──
迫ってくる瘴気の塊を迎え撃つべく、赤に染まった渋谷の街に花音たちが乗り込む。
右も左もイロウスばかりで、まるでイロウスだけが住む街のようだった。
そして三人の正面、そこに
向こうを見通せないほどの
「詩穂っ!」
花音は
「そこにいるんでしょ、詩穂っ!!」
何度も何度も呼びかける。
するとゆっくりと、
鳥が
「なにしに来たの?」
招かざる客を追い返すような冷たい声だった。
花音はぐっとお
「詩穂に会いにきたに決まってるでしょ!」
「私に? どうして?」
カクン──
「どうしても伝えたいことがあるの!」
「伝える……? 別に私は、花音ちゃんから聞きたいことなんてないのだけれど……。それに、なに……その格好? いまさら……」
花音が身を包む
そうやって二人が会話している間にも、周りを取り囲んでいたイロウスたちは続々と花音めがけて飛びかかってきていた。
「させないっ! ここみ!」
「うんっ! 花音先輩と詩穂先輩の
花音に迫る
花音からイロウスを遠ざけるように
(ありがとう、二人とも……)
花音は心の中で感謝を伝え、詩穂を
「詩穂、あなたになにを言われようとも、私はもうくじけない。私の気持ちが詩穂に届くまで、絶対に
「ふーん、あっそ……好きにすれば? でも、邪魔だけはしないでね」
「ええ、詩穂を助けるためなら私はなんだってするわ。だって、私は……詩穂に救われたんだから。今度は私が詩穂を助ける番だから」
詩穂の
「今でも覚えてるわ……詩穂と初めて会った時のこと」
花音はゆっくりと語り始めた。
「放課後、音楽室の前を歩いていたら、歌声が聞こえてきたの。あの
「…………」
詩穂はなにも言わない。
感情の見えない視線を花音へ注ぐだけだった。
「それでも、身近に相談できる人なんていなかったから、平気なフリをして、なんでもないような顔をして……。本当は不安で仕方なかったのにね。そんな時だったの……私が詩穂の歌声と出会ったのは」
「……やめて」
詩穂の声のトーンが少し変わった。
それでも花音は伝え続ける。
「その優しい歌声は、
「やめて……やめてよ……」
「私が感じたあの感動を、
『あなた、私とアイドルやりなさい』
「えっ」
『歌うのが
「やめてって言ってるでしょ!」
とうとう詩穂が感情をあらわにした。
血走った
「ううん、やめない。私、いつも詩穂の前では強がっちゃうけど、本当は強くなんかないんだよ。詩穂が
花音の正直な告白が詩穂の胸を
ズキン! ズキン!
「なんなのっ、この胸の痛みは……!? 捨てたはずなのに……なんなのっ、どうして今さら私の心をかき乱すのっ!?」
その時、詩穂の頭の中で聞き慣れた、あのねっとりした声が
『よく考えなさい、詩穂……あの女の言葉を信じて、どうだった?』
「葵……先生……」
『結果、裏切られて……あなたが味わった痛み、苦しみはこんなものじゃなかったでしょう?』
「そうだっ!」
詩穂は迷いを
「私のためだけに歌ってほしいって言ったのも、どうせ私を利用するためのウソだったんでしょ!? 利用して、有名になって、ひとりでアイドルをやっていくためのウソだったんでしょ!?」
「詩穂……
「ウソっ! ウソだ、ウソだっ!」
詩穂の感情とシンクロするかのように、闇の力が一気に
「うららちゃん、心美ちゃん! いったいどうなって……」
「すごい闇の力だ……あの中心に詩穂がいるんだな!」
みき、明日葉たちもようやく追いつき、うららと心美に合流する。
「うん、でも……しほっち先輩、とっても苦しそう」
「私たちにもなにかできれば……」
今はまだ彼女たちも、
「お願い、詩穂! 私の話を聞いて!」
「うるさいっ!
詩穂は闇にまみれてすべてを捨てようと決意した自分、そして花音を信じたいという強い
花音を信じようとする詩穂に、闇に
(でも、蓮見さんは? あの子はどうなるの? 花音ちゃんは、私の
その言葉が再び詩穂を闇に引き戻す。
「そうよっ……! やっぱり花音ちゃんが言ってることはウソ! 私に隣にいてほしいだなんてウソ! だって……あの日、私の誘いを断って蓮見さんと会ってたじゃない! 蓮見さんといる時の方が、私といる時よりも楽しそうだったじゃない!」
詩穂が、うららに対する
うららに花音を取られてしまうのではないか──そんなドロドロとした感情を詩穂自身が口にした初めての瞬間だった。
「バカっ!」
そんな詩穂に対して真っ先に反応したのは花音ではなく、目の前のイロウスを
「バカっ! あんたたち、そろいもそろって大バカよっ! かのかの
「えっ……?」
詩穂の表情が固まる。
「
「花音……ちゃん……」
うららに先に言われてしまった花音が、ほんのり
「詩穂、私にとって
こみ上げる想いを伝えるように花音が言った。
「ねえ詩穂、覚えてる? 私が詩穂をアイドルに誘った時のこと……。歌に自信を持てないっていうあなたに、だったら私のために歌ってって言った時のこと……」
「そんなの……忘れるわけ、ない……」
詩穂が
「
自分の歌を好きだと言ってくれる人がいる──それだけで胸が
しかも、それが
花音はいつも堂々としてキラキラしていて──自分に自信を持てない私とは正反対だったから。
アイドル活動を始めてからも、分からないことだらけだった。
それでも歌い続けた。
「花音ちゃんの期待に
そう──自分のすぐ隣にいる、この歌を好きだと言ってくれる大切な人のために歌っていた。
『詩穂、とっても楽しそうに歌ってた。詩穂の気持ちがそのまま伝わってきたよ』
そうしているうちに、自然と自分もアイドルを楽しめるようになっていた。
ライブで盛り上がるお客さんの笑顔、
「花音ちゃんと一緒にいられて……本当に楽しかった……」
「私だってっ!」
花音がたたみかける。
「ずっと詩穂の歌に背中を押してもらってた! 勇気をもらった! この感動を誰かに伝えたかったのっ! 詩穂の歌をもっともっと多くの人に聴いてもらいたくて……それがいつの間にか私の夢になってた!」
もっと高みへ、もっと遠くへ──詩穂と一緒に進んでいきたいと願った。
でもそれはきっと、詩穂に絶えず小さな不安の種を植え付けてしまっていたのだ。
自分は本当に必要とされているのか、自分には花音の隣にいる資格があるのだろうか。
そんな悲しい
「詩穂! 私ね……この先もずっとずっと詩穂と一緒に歩いていきたい! 詩穂と並んで進んでいきたい……だからっ!」
だから伝えよう。
今の自分のまっさらな気持ちを。
「だからお願い! 私のところに帰ってきてっ! 私の隣に
さっきまで
「わ……私は……」
その
「私だってずっと
「そんなわけないじゃないっ! 私だっていつも怖いわよ! 本当にいま進んでいる方向は正しいのか、本当に
本音をさらけ出す詩穂の
詩穂の瞳に宿っていたほの暗い闇が消え去り、力ある
「花音ちゃん……いいの? 私が花音ちゃんの隣にいても……」
「当たり前でしょ! 詩穂じゃなきゃダメなの! お願い、戻ってきて!」
「花音ちゃん……花音ちゃん……」
『……ありがとう、花音ちゃん』
『もう、それはさっき聞いて……』
『ううん、さっきのことじゃないの。私は歌が好き。歌うのが大好き。でも……ずっとひとりで歌ってきた。
『詩穂……』
『だけど、そんな時に花音ちゃんが私に手を差し
『…………なーに言ってるのよ。詩穂のためだけじゃない。詩穂の歌を
『花音ちゃん……』
『だから。詩穂がここにいる理由の半分は私のワガママみたいなものよ。そんな風に自分で全部を背負い込まないで』
『うん……うん……。ありがとう……本当に……』
そうだ──私は歌が好き。歌うことが大好き。
自分の言葉を歌にして、誰かに届けることがこんなにも幸せなことなのだと気づかせてくれたのは花音ちゃんだった。
そんな花音ちゃんが私が隣にいてもいいと言ってくれている。私じゃなきゃダメだって言ってくれている。
花音ちゃんも私と同じ気持ちだったんだ。
それなら、私は。私は──
「花音……ちゃん……」
闇の
『
詩穂の歩みを
彼女を今の姿へと
一人、また一人と影から現れては詩穂を引き留めようとする。
『あの子はあなたを裏切った。信じてはいけない』
『また傷つくだけなのに、同じ
『目を覚まして。あなたの幸せはこちら側にある』
しかし、もはや詩穂には聞こえていなかった。見えていなかった。
彼女の目に映っていたのはただ一人、たった一人の笑顔だけだった。
「……おいで、詩穂」
「花音ちゃん!」
詩穂が
(あぁ……花音ちゃんだ……)
『あ~ら、ダメよ詩穂? あなたは私の
ズブッ──
どこからか声が聞こえてきた、それだけのはずだった。
しかし気がついた時には、その手に長大な
その切っ先には、
「花音ちゃんっ!?」
「花音ちゃん! わ、私……こんなつもりじゃっ!?」
力なく横たわる花音をとっさに
真っ青な顔で泣きじゃくる詩穂に、花音は
「やっと……私の知ってる詩穂が戻ってきてくれた……」
血に
詩穂はとっさにその手を握りしめた。
「すぐに手当てするから! だからお願いっ! お願いだから……っ!!」
「もう……そんなに
花音がもう片方の手をそっと差し出した。
その手はなにかを守るようにぎゅっと固く握られている。
詩穂を見失った
ただの一度もこぶしを
「ほら……忘れ物よ、詩穂……」
二人の
「花音ちゃん……花音ちゃんっ!」
「詩穂……このヘアピンに
泣きじゃくる詩穂の
「詩穂は歌で、私はダンスで……方法は
「うんっ……うんっ……!」
「それが
「もうしゃべらないで、花音ちゃん! もう私はどこにも行かないから! 絶対に花音ちゃんのこと、放さないから! だから……」
「そんな顔をしないで、詩穂……。詩穂が無事なら、私は……」
「いや……いやぁ……。いやぁぁぁ────っ!!」
詩穂が花音の
「そんなこと言わないで花音ちゃん! 私をひとりにしないでっ!」
お願い、誰でもいいから助けて──詩穂は
花音を連れていかないでくれと。
「お願い、花音ちゃん……目を開けて……!」
まだまだ伝えたいことがたくさんあった。
「花音ちゃん、言ってくれたよね! 私たちは二人で
せっかく、花音が
今度は自分が伝える番だった。
「花音ちゃんにアイドルに
花音の
自分にとって、花音がどれほど大切な存在だったか──
「伝えたいのに……花音ちゃんに、私の気持ちを伝えたいのに……。それがもうできないなんて……ウソだよね、花音ちゃん? お願い、目を覚まして……」
強く、強く祈る。
この半身を
だからお願い、花音ちゃんを返して──