六章
いつだって
なにをするのも、どこに行くのも。
楽しい時も悲しい時も、つらい時も
笑いかけてくれて、
自分がアイドルとして
人見知りで内向きだった私に、歌う楽しさを教えてくれた。
自信が持てなくて一度は断った私を、見捨てずに背中を押してくれた。
その言葉に私は救われた。頑張ることができた。
自分が頑張ることが、花音ちゃんの夢をかなえることになるのだから。
花音ちゃんがいてくれたから私は──
『なんてかわいそうなのかしら。どれだけ強く願っても
「あなたは……だれ……?」
気づけば目の前に見知らぬ女性がいた。
黒いヴェールで顔が見えない。声もくぐもっていてよく聞こえない。
『最初は、そう……初めて小鳥を飼った時だった。両親に
「なにを……言っているの……」
違う、そうではない。
なにを、ではない。なぜ、だ。
なぜこの人は私の過去を知っているのだ。
『一生懸命に世話をして、
そう──
あれほど愛情を注いだのに、あの子はためらうことなく自分のもとを去っていった。
自分の
こんなに悲しい想いをするならば、願わなければよかった。望まなければよかった。
なにかを失って傷つくのであれば、最初からなにも手にしなければいい──幼心に、そう思った。
「なにが、言いたいの……?」
人の苦い思い出を
『だから、それからはもう多くを望むことは
「それは……っ!?」
真実だった。
花音ちゃんから、一緒に頑張ろうって
なにかを手に入れようとして、失うのが
「で、でも私はいま、アイドルになってる……! 花音ちゃんと一緒に、アイドルとして輝いてる!」
詩穂の歌が好き──そう背中を押してくれたから。
だから私はいま、花音ちゃんの隣にいられる。
「昔の私とは違うの! 怖がりで一歩
『強い自分を演じても、心まではウソをつけないものよ』
彼女は
『なにも変わっていない。あの
「だから私は……!」
『想って、想い続けて、想い抜いて……そうしていれば引き留められると信じているだけ。どこにも行かずに近くにいてくれると、自分を
わずかに見える彼女の口元が、怪しく
私のところからはなにもかもが消えてなくなる、小鳥も、大切なあの人も──そう
「なにが言いたいの? 私は、これまで花音ちゃんと一緒に頑張ってきた。これからも、一緒に頑張ろうって、いつも……」
花音ちゃんと一緒にいられれば、それだけで幸せなのだから。
『その幸せ……いつまで続くのかしら? それが
意味深な言葉を残して、その女性は背を向け、歩き出した。
ズキッ!
また、あの痛みだった。
でも私は、その痛みから必死に目を
「……そんなことない! あなたに、私と花音ちゃんのなにが分かるの!?」
『あなたが想い続ける
私の言葉も聞こえないように彼女は立ち去ろうとする。
「待って!」
このまま行かせちゃ、ダメだ。このままでは、なにか取り返しのつかないことが起こる──なぜだかそう、直感が告げていた。
彼女の背中を追いかけて、その
すると、その
ヴェールの下から姿を現したのは──花音ちゃんだった。

「っ────!?」
声にならない悲鳴で詩穂は目を覚ました。
目に入るのは見慣れた
ここが自分の部屋だと思い出すのに数秒を要した。
「ゆ……め……」
なぜか声がかすれていた。
まるで
「そっか……夢、か……」
「
花音が自分から
そう自分に言い聞かせようとする詩穂であったが、あんな夢を見てしまった後では、そう確信を持って言うことができなかった。
「
気分は最悪だったが、それでも詩穂は
学校に行けば花音ちゃんが、星守のみんなが待っている──そう思うと少しだけ気が安らいだ。
「花音ちゃん、みんなの顔を見れば、きっとイヤなことも忘れられる……うん、きっとそう」
詩穂は
「おはようございます……って、誰もいない……」
詩穂が
「早く来すぎちゃったかな……」
花音の顔を、みんなの顔を見て、早く安心したい、その一心だった詩穂が、今さらながら時計に目をやる。
始業時間よりも一時間も早かった。
「これじゃ誰もいないのも当たり前、か……」
花音ちゃんに会いたかったな──と、しょんぼりしたところで思い出す。
花音は、学園内で
「そうだ、起こしにいっちゃおうかな! 花音ちゃん、朝弱いから……ふふっ、寝顔見ちゃおうっと」
きっとまだ夢の中をたゆたう花音を想像し、自然と
花音がいるはずの、校舎の最上階の
そして
ひょっとして
「わぁ……教室じゃないみたい……」
ワンルームマンションの一室のような内装に目を丸くしつつ、詩穂は花音の姿を探す。
やがて、部屋の奥に置かれたベッドの上で、小さく寝息を立てる花音を見つけた。
その隣では、同じくうららも無防備な寝顔を
「ふふ……見つけちゃった」
どんなふうに起こしてあげようか。
いや、もうしばらく二人の寝顔を
とりあえず寝顔を写真に保存して──
「あら……?」
そこで、気がつく。
「これって……アイドル雑誌?」
さまざまな少女たちが色
流行を常に追えているわけではない詩穂にとって、その中には見覚えのない顔も少なくなかった。
「んにゃ……うららぁ~……」
ふと、花音の口から寝言がもれた。
「そのアイドルはぁ~……違うんだってぇ~……」
夢の中でうららとアイドル談義をしているのか、花音は小さく
その顔に詩穂は、かすかな
「花音ちゃん……
ベッドの
きっと話が盛り上がったのだろうと容易に想像できる。
「私もアイドル……もっと勉強した方がいいのかな……」
せっかく明るくなりかけていた詩穂の気持ちは、再び暗く

始業の時刻も近づき、登校してきた少女たちで星守クラスが
「おっはよー!」
「おはよ……ふぁ~」
そんな折、うららと花音が教室に入ってきた。
朝から元気いっぱいのうららと、どこか寝ぼけ
「ん、おはよ、詩穂」
花音がいつもと変わらない調子で声をかける。
詩穂も
「おは……よ……」
あんな夢を見てしまった後では、いつも通り
「どうしたの、詩穂?」
「う、うん……ちょっと、ね……」
顔を
「
「ありがとう……でも、なんでもないから……」
詩穂はこう言うしかなかった。
だが──本当は聞きたいことがたくさんあった。
この間の
うららとの共同生活はどうなのか。
ともに戦う仲間として、アイドルの頂点を目指すパートナーとして、自分のことを──本当はどう思っているのか。
言葉はいくつも
踏み込んでしまったら、もう
自分と花音の関係が決定的に変化してしまいそうだったから。
今朝の夢のせいで、そんなことばかり考えてしまった。
「そう……でも、無理だけはしちゃダメだからね」
花音も詩穂のことを案じつつも、それ以上は
「そうそう、詩穂、今度の日曜日って
詩穂の暗い胸中とは対照的に、花音が一転して笑顔で話しかける。
「今度の、日曜日……?」
「ちょっとっ! まさか忘れてないでしょうね!? 今度の日曜日は、その……私たちの大切な記念日でしょ……?」
「えっ……」
「ほらっ! 私が詩穂をアイドルに
「あっ……! そう、だった……」
こんな大切な日を忘れていたなんて──今日の私は本当にダメだと詩穂が肩を落とす。
「もうっ! 毎年
寂しそうな目をする花音に、詩穂が少し食い気味に答える。
「ダメじゃない! どこに行く!? あ、この前行きそびれちゃったから、今度こそパンケーキ、リベンジしに行く?」
「きゅ、急に張り切りだしたわね……ま、でも……詩穂が元気になってくれてよかったわ。さっきまで、本当に元気がなさそうに見えたから……」
「ううん。ごめんね、心配かけちゃって……でも、もう大丈夫! 花音ちゃん、ありがとう」
「ふふっ、やっぱり詩穂は笑顔でいるのが一番ね……あ、もう授業始まっちゃう。じゃ、また後でメールするから、その時にお店を決めましょ」
「うんっ!」
ここ最近、胸の奥を
(やっぱり、私の気にしすぎだったんだ……夢なんかで、どうしてあんなに不安になっちゃってたんだろう。ふふっ、花音ちゃんとの久しぶりのお出かけ、楽しみだな♪)

「私だけ呼び出されるだなんて、いったいなんの話かしら……?」
なぜか、自分ひとりだけ。
自分にだけなんの用事があるのだろう──首を
そこで告げられたのは──
「ソロ活動ってどういうことですか!?」
通されたオフィスの一室、そこで待っていた社長の言葉に花音は声を
「君たちが、さらなる高みを目指すことを思っての判断だ」
「そんなの必要ありません! それに……その件は、以前にもお断りしたはずです!」
「君と詩穂とでは得意とする分野が
社長の考えは、間違ってはいない──そのことは花音も頭では理解できた。
だが──
「確かに、社長のおっしゃる通りアイドルの世界は厳しいものです。
「
「……っ!」
「それが君の
「……はい」
「今のままでも、ある程度のレベルには達するだろう。だが、本気で世界に
「ですがっ……!」
「話は以上だ。詩穂にはまた後日、私から伝えておこう。それじゃあ」
オフィスから解放された花音は、ひとり家路についていた。
(ソロ……か……)
頭の中で社長の言葉を
決して悪意から
自分と詩穂、そして
そんなことは、百も承知だった。
だが──
「
アイドルとして高みを目指す。その目標が変わることは、決してない。
だがそれも、詩穂と一緒でなければなんの意味もないはずだ。
「だって、あの日、

日曜日。
花音は予定の時間よりもだいぶ早く、待ち合わせ場所に
いつぞやのケーキ屋さんはイロウスに
久々に詩穂と二人ですごせる時間であった。
「今日はどこから回ろうかしら……行きたいお店がたくさんありすぎるわ……あ、でも詩穂の好みもあるわよね……」
そわそわしながら待つことしばらく。
ツンツン──花音の背中を
「早かったわね、詩穂……」
「やっほ~、なにしてるの?」
「…………おかけになった電話番号は現在、おつなぎできませ……」
「正面! すぐ目の前にいるんですけど!」
「はぁ……どうしたの、
この人は、本当にいつも
「ちょっとこれから神樹ヶ峰に行くところだったの。そうしたら花音が見えたから、なにしてるのかな~って」
「先生って大変なのね、日曜日なのに」
「まあ、仕事だからね~。それで花音は?」
「詩穂と待ち合わせよ。今日は、
「おぉ! そっかそっか~!」
子供みたいにはしゃぐ葵は、しかしふと
「そんなお祝いの日なのに……なんか
「……そう?」
「なんか
何気なく
「実は……」
花音はソロデビューの話があることを伝えた。
もちろん断るつもりであること。
自分たちはなにがあっても二人で
そんな自分の気持ちを、
「ホント、困っちゃうわ……」
うんざりしたような花音を
「……花音は本当にそれでいいの?」
「えっ」
思わぬ一言だった。
「だってお互いの強みを
「らしくないって……」
詩穂と一緒じゃないとなんの意味もないのだ──そう言おうとした矢先、葵の言葉が突き
「ひょっとして……一人でやっていくのが
「こわ……って、なんでよ!」
「花音って
「そ、そんなこと……」
絶対に違うかといえば──ウソになる。
詩穂が一緒にいてくれるという安心感のおかげで、ここまでアイドルの道を突っ走ってこられた。
いつも自分のそばにいてくれる、いつも自分を
でも、そうした
自分が堂々としていないと詩穂を不安にさせてしまいそうだから。
「……怖くなんてないわよ!」
そんな自分の心の弱さを葵にズバリ
だから、こう言ってしまった。
「私、一人だってアイドルできるんだから!」

『私、一人だってアイドルできるんだから!』
ズキッ!
詩穂は、聞いてしまった。
待ち合わせの場所に、少し早く着いて花音を見つけ、
花音が葵に向かって断言した、その言葉を聞いてしまった。
これまでずっと心の中に押さえ込んできた不安が、一気に
(花音ちゃんは……やっぱり、ひとりでアイドルをやりたかったの……?)
ずっと、怖かった。
花音にとって自分はお荷物なのではないかと。足を引っ張っているのではないかと。
でも花音が向けてくれる
花音の
それなのに──花音はひとりで進みたがっていたというのか。
「そっか……大事な話って、そういうことだったんだね。でも、どうして……。なにも、こんな大切な日に言わなくたって……」
せっかくの記念日なのに。せっかく二人でお祝いできると思ってたのに。
そんな日にどうして──どうしてっ!?
「あ、詩穂……」
その時、花音が詩穂に気がついた。
「ちょっと聞いてよ、葵ちゃんがね……」
花音が詩穂に近寄ってその手を取ろうとして──
「詩穂……?」
詩穂が
「……ごめんね、花音ちゃん」
「え……?」
「……やっぱり私じゃダメだったんだね」
「ちょっと詩穂、なにを言って……」
花音が詩穂の
「詩穂、どうしたの? なにが……」
「放してっ!」
詩穂に手を打ち
「し……ほ……?」
「花音ちゃん……今までありがとう。こんな私と
「ちょ、詩穂!?」
事態がまったく
その一瞬の間に、詩穂の姿は
「詩穂……?」

いつの間にか降り始めた雨は、
空はどす黒い雲に
詩穂は全身を雨に
目の前がぐちゃぐちゃになって、我を忘れて走り続けて、気がつけばこの場所にたどり着いていた。
「ここは……」
忘れもしない、そこは、花音が自分をアイドルに
この場所で、自分はアイドルとして一歩を
花音に背中を押してもらって踏み出した。
「花音ちゃんはひとりでアイドルをやりたかったんだ……。私は……邪魔だったんだ……」
その
光を失った
「私、このまま捨てられちゃうのかな……」
ズキンッ──胸の奥を
空っぽになった心が
花音の顔を思い出そうとして、失敗した。
「詩穂?
不意に、声が聞こえた。
顔を上げた視線の先に、
「葵先生……」
詩穂は反射的に顔を
今の、
(なんて、言い訳しよう……)
雨に打たれてこんなところをひとりで歩いて──なにかあったと心配されるのは当然だ。
でも本当のことは言えない。
花音に捨てられてしまうかもしれない、そのことがたまらなく怖いだなんて──
「おめでとう詩穂! 花音のソロデビューが決まったんだって!」
あまりに、
ついさっきまで心配したような顔で詩穂を案じていた葵は、満面の笑みで彼女の顔を
「だから言ったでしょ? あの子はひとりでどこへでも行っちゃうんだって」
「詩穂、今まで花音のサポートお
「そんなっ!? 私そんなつもりじゃ……!」
「ゆっくり休むといいわ、詩穂。あなたの大好きな花音は……これからひとりで羽ばたくの。あなたが隣にいた時よりも、高く、高く……ね」
詩穂の耳元で葵が
ねっとりと、頭の奥に
ズキンッ──ズキンッ──!!
「痛い……痛い……」
胸の奥を
短い
深い海の底に
「あ……あぁ……」
やがて鈍痛は熱さに変わっていった。
身を
「本当は、分かっていたんでしょう?」
冷たい声が詩穂へと降りかかる。
それは──詩穂自身だった。
「あ……なた、は……」
もう一人の自分との
一度目はいつかのサイドブリッジ──エヴィーナに不思議な空間に
「本当は、分かっていたんでしょう? 私には花音ちゃんの隣にいる資格はないんだって」
もう一人の自分がうすら
「最初から無理だったの。私と花音ちゃんとじゃ、住んでる世界が
「そんなことっ……!」
「本当はずっと
もう一人の詩穂の声は、突き放すような
それが詩穂には気持ち悪くて、なのにどこか
不快感と安心感が入り混じって、心の中にまだら模様を
光と
「必死に
「……っ!?」
「私の大切なものは……もう私の手には届かない」
もう一人の詩穂が、膝をつく詩穂の手を優しく握った。
つらかったね、痛かったね──そういたわるように。
「もう終わりにしよう? いくら望んでも願っても、なにもかもが
すべて
「わた……しは……」
「うん、うん……もう頑張らなくていいの。傷つかなくていいの」
もう一人の詩穂が膝を折り、詩穂の身体をそっと
「もう……いいの? 私は……傷つかなくてもいいの……?」
「ええ、忘れましょう。なにもかも……」
瞬間、二人の詩穂の身体が
闇の中で詩穂が感じたのは──解放感だった。
もう
すべてを捨ててすべてを忘れて、自由になればいい。
そう思うだけで全身の熱さがすっと消えていった。
「ふふ……いい顔になったわね、詩穂」
やがて闇が晴れた時、そこにいたのは、もう一人の詩穂ではなく、
そんな葵が

「詩穂……いったいどうしちゃったっていうの……?」
雨の中、花音は街中を
さっきの詩穂は、明らかに様子がおかしかった。
せっかくの二人の記念日なのに、まるで自分のことを
思い返してみれば、今日だけでなく、ここ最近の詩穂の様子はどこかおかしかった気もする。
自分が話しかけても、どこか上の空な時が何度もあった。
「私のせいだ……詩穂が悩んでいることに気がついていたのに、話を聞いてあげられなかった私のせいだ……」
このどしゃぶりの雨の中、いくら電話をしてもつながらない。
心配と
その時だった。
すれ違った
悲鳴を上げながら真っ黒な
行き
「イロウス化!? でも、どうして……?」
あの時はエヴィーナの力により、人々のイロウス化が発生した。しかし、いま周囲にそうした力は感じられない。ならばどうして……目の前で起こった出来事を花音が必死に理解しようとしていたその時だった。
「きゃ────!」
背後から鋭い悲鳴が聞こえた。驚いた花音が振り返ると、そこにはさきほどと同じ光景が広がっていた。
街行く人々の身体を漆黒の炎が包んでいた。
花音が止める間もなく、黒い炎は次々と人々を吞み込んでいく。そしてその波はまたたくまに周囲に広がっていった。
平穏な休日が一転して地獄と化した。
「どうして突然こんなことに……なにかが起こってるんだわ。みんなに、詩穂に知らせなくちゃ」
花音は祈るような気持ちで詩穂へのコールを続けるも、しかし、呼び出し音がただ繰り返されるだけだった。
そうこうしてる間に、周囲に
「詩穂を……詩穂を探さなくちゃ。こんな大変なときに、いったいどこに行っちゃったの……」
考えろ考えろ──花音が必死で考えを
詩穂が行きそうな場所はどこか。
なにかに悩んだ詩穂が向かいそうな場所は、どこか。
「あっ……」
自分と詩穂の思い出の場所──周囲のイロウスをなぎ倒しながら、そこを目指して花音は走った。
目的の場所──自分が詩穂をアイドルに
「そんな……!?」
一つや二つではない。
その中でもとりわけ、周囲を吞み込まんばかりの闇を
詩穂がいるかもしれないその場所に、イロウスの
近づくにつれて、膨らんだ闇がまるで心臓のように、トクントクンと
「詩穂……詩穂っ! お願いだから無事でいて……!」
それだけを祈りながら河川敷を目指す。
とにかく、詩穂の顔を見たかった。
ただただ安心したかった。
「よし、着いた!」
河川敷までやってきた花音の眼前には、無数のイロウスが
見るのもおぞましい光景だったが──その中に彼女の姿を見つけた。
「詩穂っ!」
イロウスの群れの中心で、無防備な身体をさらしていた。
「詩穂! いま助けにいくからっ!」
花音が武器を
立ちはだかるイロウスを
そして、やっとのことで詩穂のところにたどり着いた。
「詩穂!」
その背中に声をかける。
ようやく会えた──胸のつかえが取れた気がした。
だが、詩穂は
「なんで、なんでこんなに苦しいの……?」
「詩穂……?」
「私はただ花音ちゃんと
「詩穂、とにかくここは危険だわ! それに……なにかおかしなことが起こってるの。街の人たちが次々にイロウスに変わっちゃって。だから早く二人で……!」
花音は、詩穂を安全な場所へ避難させようと呼びかける。
しかし、そんな彼女に気づいていないかのように詩穂が続ける。
「こんなことならなにも望まなければよかった……あの日、この場所で、勇気なんて出さなければよかった……。そうすれば傷つくことも苦しむこともなかったのに……」
「詩穂……?」
イロウスに囲まれ、それでも無反応に
「もう……いいかな……。こんな気持ちになるのなら……もう、なにもいらない」
詩穂が手を持ち上げた。
その手が額を──
「特別な力も、あの日の約束も……。大切な友達も……」
「詩穂、なに言って……」
「いらない……もうなにもいらないっ!!」
直後、激しい風が
「詩穂! 詩穂っ!」
暴風に顔を
しかし返ってくる言葉はなく、
そして風が
「し……ほ……?」
花音は目を疑った。
闇の中から
しかもその背後には無数のイロウスが控えている。それはまるで、彼女が彼らを付き従えているようにもみえた。
「詩穂……その格好はどうしたの? それに、なんでイロウスが詩穂と……」
詩穂が
だがなにも答えない。
うっすら
その足がぐいと地面をえぐった。
二人の大切な絆の証であるはずのヘアピンが、
「詩穂っ!?」
「どう、美しいと思わない?」
その声の主に花音は視線を向けた。
「葵ちゃん!?」
なぜこんなところに──そんな疑問はすぐに吹き飛んだ。
葵もまた詩穂と同じように、
理解したくなかったが、直感的に、すぐに理解できてしまった。
「葵ちゃんが詩穂をこんな姿に……?」
「あぁ! 教え子の晴れ姿にこうして立ち会えるなんて、なんて幸せなのかしら!」
それだけで闇の波動が膨れ上がった。
「晴れ姿……? いったいなにを言ってるの……? 葵ちゃん……いいえ、あなたはいったい、
葵の姿をした別人か、それともこれが葵の
いずれにせよ、自分の知っている七嶋葵ではないと花音が
「ふふっ……私は、私よ? 誰よりも星守を愛し、そして誰よりも
「なによそれ……詩穂だけじゃなくて、葵ちゃんまで……いったいどうしちゃったっていうの……」
花音が葵の方へと歩を進める。