五章
『
それは
しかも最前列のど真ん中──プレミアムシートである。
「もらっちゃっていいんですか!?」
思わぬ
「もちろんよ!」
「せっかくなら、みんなにも来てほしいって花音ちゃんが……」
「ちょ、詩穂! 余計なことは言わなくていいの!」
こんな最高の席を用意してもらえて、行かない理由を探せという方が難しい。
「行きます! 絶対行きます!」
「すごい……アタシ、こういうの初めて……」
「わ、私も……」
チケットを穴が空くほど見つめるみき、
「わーいわーい! 花音さんと詩穂さんのライブだー! ねえねえ、でもこれってそんなにすごいの?」
「ミミ、よく分かんない……」
「らいぶちけっと……わしも初めて
今ひとつピンとこないひなたとミシェル、桜がチケットを折ったり曲げたりする。
これに
「ひなっち! ミミっち! さくらん! そんな乱暴に
突然の大声に三人がビクンと
「これは、とっっっても貴重なんだから! 手に入れるのがすっっっごく難しくて、買いたくても買えない人たちがたっくさんいるのよ!」
『この紙切れが……?』
「あーもうっ! とにかく大切にしてよねっ!」
ぷんすかご立腹のうららが、どうにも事の重大性を理解していない年少組にもどかしさを
「ここみ、なにがおかしいのよっ!」
「うららちゃんが花音先輩と詩穂先輩のために張り切ってるのが、ちょっと
ついこの間までケンカしてばかりだったのに──心美がそう
「こ、これは
「ふふっ、そうだね。うららちゃん♪」
「ちょっと、ここみ! なんで笑ってるのよ~!」
どうも最近の心美は自分に
「うらら、よーく見ておきなさい」
その声にうららが振り向くと、花音が得意気に胸を反らす。
「私がトップアイドルの実力ってやつを見せてあげる。しっかり目に焼き付けなさいよね?」
これを受けてうららもまた、なんのなんのと胸を張る。
「せいぜい勉強させてもらうわ、かのかのせ・ん・ぱ・い?」
相変わらず
「ふふ……うららちゃんってば楽しそう。二人が仲良しになってよかったですね、詩穂先輩」
「…………」
「詩穂先輩?」
「え……? ええ、そうね、本当に……」
詩穂はかろうじて心美に
さっきからずっと胸の奥を貫く

ライブ当日。
星守クラスは連れだって会場へとやってきていた。
開演時間はまだ先だというのに、
「さすが
みんなを先導していたうららが、まるで我がことのように満足げに
たとえライバルといえども、花音や詩穂が
「わーい! ライブだライブだー!」
「本当に、すごい人気だな!」
「サドネ、こんなにいっぱいの人、はじめて……」
「サドネちゃん、はぐれないようにしっかりと
ライブというものを初めて経験するひなたとゆりが目を輝かせる一方、ものすごい
「いや~ん♡
「
「ライブを見るよりも蓮華を見張らないといけないかもね……」
さっそく悪いクセが出た蓮華に、
「ライブ前にお二人に会うことはできるのでしょうか……?」
お礼を言いにいきたいからと提案した心美だったが、うららがそれを制する。
「ここみ、アイドルは本番前の集中が命なんだから。
ライブに集中させてあげないと、とうららが訳知り顔で語る。
「それより、物販コーナーに行くわよ! 新しいグッズが出てるかもしれないし!」
「ふえぇ、うららちゃん、待ってよ~」
花音と詩穂はライブ
衣装チェンジの手順、曲順と登場方法、トークに
「では、よろしくお願いします!」
各自が持ち場へと散っていく。
その場には花音と詩穂だけが残された。
「いよいよね、詩穂……」
「うん……やっぱり
「もう、何度目のライブだと思ってるの?」
「何回目でも、緊張しちゃうものはしちゃうの。ふふっ、でも、花音ちゃんだって、今日はいつもより早く会場に入ったって聞いたわよ? 星守のみんなが来てくれるから少し緊張してるんじゃない?」
「なっ……! わ、私はそんなことないわよ! 誰が来ようが関係ない。私たちは
「……そうね、花音ちゃん」
いつものように、二人は本番への気持ちを高めていく。
「ちょっと、お水飲んでくるね」
「そろそろ本番なんだから、早めに
花音に見送られながら詩穂が一人
ペットボトルに
そわそわしていた気分が少しだけ落ち着きを取り戻した。
しかし──
「なんだろう……まだ胸がざわざわする……」
ライブがこれから始まるから──そう思っていたが、こんなに落ち着かないわけが、それだけではないことは分かっていた。
いつかのカフェで見てしまった花音とうららが
「はぁ……でも、今は目の前のライブに集中しないと……せっかくみんなが見に来てくれているんだから」
そうやって気合いを入れ直した詩穂の耳に、気の
「な~にため息ばっかりついてるの? そんなんじゃ幸せ、
「
半開きのドアから葵が中を
「やっほ~。
葵が気さくに声をかけるが、詩穂の表情はパッとしないままだった。
「ライブ前にどうしたの? 単に緊張してるって……わけじゃなさそうだけど」
「葵先生……。実は……」
葵に相談しようとした詩穂は、しかし言葉が
花音をうららに取られてしまいそうで
花音は自分だけのものではないのだし、そんなことを言うのは単なるワガママだ。
それに、花音とうららが仲良くなることは、自分にとっても嬉しいことであるはず──頭では分かっていた。
でも──
「どうしたの?」
「いえ……なんでもありません」
結局、詩穂は口をつぐむしかなかった。
「そう? ならいいけど……っと、そうだ!」
肩にかけていたバッグをがさごそ
「花音はどこ? 友達にサインを頼まれちゃってね」
「花音ちゃんなら、もうステージの
「そっか~、まだ開演まで時間あるのに、熱心ね~。まあ、そういう姿勢が人気の
残念そうに葵が色紙を引っ込める。
「花音ってば、どんどん遠い存在になっちゃうわね……もうおいそれとサインも頼めなくなるかも」
「えっ……」
ペンと色紙をバッグにしまいながら葵が
「ついていく詩穂も大変よね~。花音ってばひとりでどこまででも突っ走っていっちゃうタイプだから」
「ひとりで……」
その
「ま、それが花音の
「あっ……」
詩穂の反応も待たず、葵は言うだけ言って控え室から出ていってしまった。
詩穂の耳に葵の言葉がこだまする。
『花音ってばひとりでどこまででも突っ走っていっちゃうタイプだから』
(花音ちゃんが……ひとりで……)
自分に背を向け、どこかへ向かって花音が歩いていく。
急いで追いかけるのに
どんどんどんどん離されて、やがて見えなくなって──
「本番五分前でーす!」
「はっ、はーい! いま行きまーす!」
(……いけない。今は目の前のライブに集中しなきゃ……)
詩穂はとっさに考えるのを
くよくよしてる場合じゃない。
花音がひとりで行ってしまうのが
彼女の
そのためには、目の前のことに、ひとつひとつ全力で向かっていくしかない。
「気合い入れていかなきゃ……!」
ぐいっと水を飲み干した詩穂は、花音の待つステージ袖へと足早に向かった。
花音の激しくも
その場にいるすべての人々が、
「やっぱり、花音さんと詩穂さん、すごいね……」
「うん……でも、いつも
「そうね……」
みき、昴、遥香も。ステージ上での花音と詩穂の輝きにすっかり目を
だが、そんなライブ会場を見つめる冷めた
「フン……せいぜい今のうちに楽しんでおくといいわ。どうせもうすぐ、ここは悲鳴に包まれるのだから」
会場の
「なにをする気でしゅか?」
エヴィーナの隣にはアルルが
「
エヴィーナの顔には
「もう
「用意
「当然でしょ」
危機感のないアルルをにらみつける。
「私たちはもう二度も失敗した……。イリス様がこれ以上、チャンスを
「た、たしかに……そうでしゅね」
「だからアルル、あなたも消えたくなかったら、私の言うとおりに動くのよ?」
「それじゃあ始めましょう。あの子たちに……真の

それは、ライブのクライマックスに近づいた時だった。
「さあみんな! まだまだ行くわよーっ!」
盛り上げる花音に観衆が両手を
だが会場の後方の一角だけ、
「ほらほら後ろの席のみんなー! もっと声、出るでしょ!」
そんな
どうしたのだろう──花音と詩穂が
人間が──燃えた。
どす黒い
そうして人々が消えた後に現れたのは──あの、人型のイロウスだった。
「い、イロウスが出たわ!?」
「なんでこんなところにッ!?」
「逃げて! 早くっ!!」
観衆がイロウスから
イロウス化はすでに
観客席のあちこちで上がっていた悲鳴が、
人々の肉体はその場に
「みんな! こっちにっ!」
「急いでくださいっ!」
イロウス化が止まらない観客席へと花音と詩穂が呼びかける。
星守たちは、
「人型のイロウスが、こんなに……。これって……まさかっ!」
「ええ、そのまさかよ。残念、あなたたちは、食べそびれちゃったみたいね」
「エヴィーナ!」
天井からエヴィーナとアルルがゆっくりと降りてくる。
眼下に広がるイロウスの群れにご
「なんで……またエヴィーナがここに……」
「サドネ、ワタクシがついていますわ!」
「この前は
「いいじゃないか、あんこ。これで探す手間が省ける」
エヴィーナの姿に、星守たちが身構える。
そんな中、一人だけ様子が
「……許さない」
今日という特別な日が、台無しにされてしまった。
ライブを見に来てくれたたくさんのお客さん、準備に
すべてを、めちゃくちゃにされた。
「私たちのライブに来てくれたみんなをこんなことに巻き込んで……」
キッと顔を上げた花音の
「許さないっ!」
花音は
その手に二丁の
「ふんっ!」
エヴィーナが
それを待っていたかのように、無数のイロウスが花音めがけて跳びかかっていく。
「くっ……
だがイロウスの
「みき、飛び出しすぎないで!」
「ごめん、昴ちゃん!」
「ステージに上がってきたイロウスから、まずはたたくわよ!」
ステージ上を安全地帯とするべく、イロウスを追い
前方から
「くるみ! 右から二体来るよ!」
「うんっ! あっ、
「こっちは私がたたく!」
望へと
「助かった、ゆり!」
「冷静に、一体ずつ相手をしていくぞ!」
人型のイロウスに立ち向かう力を手に入れていた星守たちであったが、次々と迫り来るイロウスに、
そんな中、花音だけがエヴィーナに向かって
分厚いイロウスの壁を切り
「まったく……ひとりで突っ走っちゃって! しほっち
「ええ!」
エヴィーナに向かってひとり突っ走る花音を、うららと詩穂が連れ戻そうと飛び出していく。
自分たちと花音の間に
(花音ちゃん! 花音ちゃんっ!!)
花音は完全に自分を見失っていた。
イロウスの群れの中を突き進む彼女は、周囲をイロウスに取り囲まれつつある。
このままでは完全に包囲されてしまう。
早く連れ戻さないと取り返しのつかないことになる──詩穂はがむしゃらに花音を目指した。
花音を早く助けたい、その一心で突進する。
一刻の
見れば花音は
いくら彼女でも相手をするには多すぎる。
その時、彼女の死角から一体のイロウスが
「花音ちゃんっ!!」
ぎりぎり間に合う──詩穂がさらにスピードを上げて花音を目指す。
だがその視線の先を、
「かのかの先輩っ!」
「うらら!」
「もう! なにひとりで突っ込んでるのよ!」
「でも、あいつがっ!」
「ちゃんと周りを見なさいよ! ひとりで相手にできる数じゃないでしょ!」
エヴィーナへの
「かのかの先輩っ!」
その
「……悪かったわ、うららの言うとおりね……」
スパッと頭を切り替えた花音は、エヴィーナから
「うらら……ありがとう。おかげで冷静になれたわ」
「お礼はイロウスを倒しきってからっ!」
「ふふっ……確かにそうね!」
心強い
お
ズキン──
詩穂の胸に、いつかの
あの時よりもさらに深いところを
「詩穂! 詩穂ってば!」
次に気がついた時、花音の顔が眼前にあった。
「なにボーッとしてるのよ! 早くみんなのところに戻るわよっ!」
「急いで、しほっち先輩!」
花音もうららも、イロウスの群れの中で呆然としている詩穂のもとに
「え、ええ……そうね」
詩穂が
すぐに心美がうららへと駆け寄った。
「うららちゃん、
「なんとかね……でも今はそれよりも……っ!」
イロウスの波がステージへと押し寄せていた。
「いくわよここみ! イロウス全部倒して、せっかくのライブを台無しにしてくれたあの女をとっちめてやるわよ!」
「うんっ!」
十六人の星守と二人のアイドルは、何千というイロウスの群れを
形勢は少しずつ、だが確実にエヴィーナにとって不利なものになっていった。
「なぜ……なぜ崩れないのっ!?」
イロウスの数もそろえた。
それなのに勝利は自分の手から遠ざかりつつある。
エヴィーナの
「これじゃ……これじゃイリス様に……」
やがて、ほとんどのイロウスが倒されてしまった。
「そんな……そんな……」
再び
「さあ、
花音がエヴィーナをにらみつける。
十六人の星守と、詩穂も。
一転して追い込まれる側となったエヴィーナに、もはやなすすべはなかった。
「くっ……! なぜ! なぜっ! そうやって星守は、いつだって私の邪魔ばかり……っ!!」
もはや勝ち目はないと
そのまま
「このっ! 待ちなさい!!」
追いかけようとする花音は、しかし、うららと心美に引き留められる。
「まずはイロウスにされた人たちの安全が先でしょ!」
「残ったイロウスも、ちゃんと倒しましょう!」
そうだった──花音は一つ深呼吸して自分を落ち着けた。
まだすべてのイロウスを倒したわけではない。
イロウス化した人々を元通りにしてあげるには、一度倒してあげなければならない。
「……ダメね……ファンのことを一番に大切にしなきゃいけないのに、ついつい頭に血が上っちゃって……」
「でも……それも、花音先輩がファンの方たちのことを、とても大切に想っているからじゃないでしょうか……?」
「ま、ひとりで飛び出していっちゃう人をフォローするこっちの身にもなってほしいけどね! ねっ、しほっち先輩!」
「えっ……? そ、そうね……。もうっ、花音ちゃんったら、あんな危ないこと、もう二度としちゃダメだからね」
「なっ……! それは、その……悪かったわよ。助けてくれて、その……ありがと」
「イロウス化したのは、これが原因だったみたい……」
みきが観客席からケミカルライトを拾って戻ってくる。
すぐに花音が気がついた。
「会場で
「これならたくさんの人々が買うだろうな……」
「効果的ね……
明日葉とあんこが
「絶対に
天井にポッカリ開いた穴を見上げながら、花音はきゅっと唇を嚙んだ。

「まだ……まだやられるわけには……」
エヴィーナは
「イリス様……イリス様にもう一度、もう一度だけお願いしないと……」
「もう一度……そんな機会はもうありません」
最初はおぼろげだった
つばの広いブレードハットを
「い……イリス、さま……」
一歩、二歩とエヴィーナが後ずさる。
イリスが
「本当にダメな子……。救いようのない子……」
「お……お願いしますイリス様! どうかっ、どうかもう一度だけ……」
「やっぱりダメね……星守にすらなれなかった落ちこぼれは」
「イリス様!?」
「少しは役に立つと思ったけど……残念だわ」
エヴィーナの顔面を手のひらで
「さようなら、エヴィーナ」
どんな黒よりも黒く、どんな
「お待ちください! イリス様っ! イリス様ぁ──っ!?」
必死の形相でもがくエヴィーナを、影は底なし
その姿をイリスは無言で見送った。
彼女のすべてが闇に吞まれて消えるまで。
「…………いるのでしょう、アルル?」
「ふぁ、ふぁい!?」
自分も処分されてしまうのか──絶望に染まったアルルに、イリスが語りかける。
「あなたは……アレよりも役に立ちますか?」
地面に黒く残った闇の
一瞬、アルルは理解が追いつかない。
だが答えなど決まっていた。
「も、もちろんでしゅ! ボクはあんな役立たずとは
「そう……それはなによりです」
ブレードハットの下から
「で、でもどうするんでしゅか? もういくらイロウスを集めても……」
十六人の星守と
イリスは──やはり
「ステキな闇を見つけました……すべてを吞み込んでくれる、最高にステキな闇を……」