五章 ぎやくしゆう



f*fフオルテシモのライブチケット!?

 それはとつぜんのプレゼントだった。

 のんほしもりクラスで配ったのは、週末に行われる自分たちのライブのチケットだった。

 しかも最前列のど真ん中──プレミアムシートである。

「もらっちゃっていいんですか!?

 思わぬおくり物に星守たちが目をかがやかせた。

「もちろんよ!」

「せっかくなら、みんなにも来てほしいって花音ちゃんが……」

「ちょ、詩穂! 余計なことは言わなくていいの!」

 f*fフオルテシモのライブとなればチケットの入手は困難をきわめる。

 こんな最高の席を用意してもらえて、行かない理由を探せという方が難しい。

「行きます! 絶対行きます!」

「すごい……アタシ、こういうの初めて……」

「わ、私も……」

 チケットを穴が空くほど見つめるみき、すばるはるである。

「わーいわーい! 花音さんと詩穂さんのライブだー! ねえねえ、でもこれってそんなにすごいの?」

「ミミ、よく分かんない……」

「らいぶちけっと……わしも初めてさわるぞ……」

 今ひとつピンとこないひなたとミシェル、桜がチケットを折ったり曲げたりする。

 これにびんかんに反応したのがうららだった。

「ひなっち! ミミっち! さくらん! そんな乱暴にあつかっちゃダメ!」

 突然の大声に三人がビクンとこうちよくした。

「これは、とっっっても貴重なんだから! 手に入れるのがすっっっごく難しくて、買いたくても買えない人たちがたっくさんいるのよ!」

『この紙切れが……?』

「あーもうっ! とにかく大切にしてよねっ!」

 ぷんすかご立腹のうららが、どうにも事の重大性を理解していない年少組にもどかしさをかくせないでいると、そんな彼女を見つめながらここがクスッとみをこぼした。

「ここみ、なにがおかしいのよっ!」

「うららちゃんが花音先輩と詩穂先輩のために張り切ってるのが、ちょっとおもしろいなって……」

 ついこの間までケンカしてばかりだったのに──心美がそうてきすると、うららがあわてたように、

「こ、これはf*fフオルテシモが特別とかそういうんじゃないの! アイドルのライブチケットは手に入れにくいんだってことを、分かってほしいだけ!」

「ふふっ、そうだね。うららちゃん♪」

「ちょっと、ここみ! なんで笑ってるのよ~!」

 どうも最近の心美は自分にえんりよがなさすぎるのではないか──心美が思っていることをなおに語ってくれるのはうれしいが、図星をかれて慌てるうららだった。

「うらら、よーく見ておきなさい」

 その声にうららが振り向くと、花音が得意気に胸を反らす。

「私がトップアイドルの実力ってやつを見せてあげる。しっかり目に焼き付けなさいよね?」

 これを受けてうららもまた、なんのなんのと胸を張る。

「せいぜい勉強させてもらうわ、かのかのせ・ん・ぱ・い?」

 相変わらずたいこう意識の強い二人だったが、そのふんはやはり、以前とは明らかに異なるものであった。

「ふふ……うららちゃんってば楽しそう。二人が仲良しになってよかったですね、詩穂先輩」

…………

「詩穂先輩?」

「え……? ええ、そうね、本当に……」

 詩穂はかろうじて心美に微笑ほほえむことができた。

 さっきからずっと胸の奥を貫くどんつうを、だれにもさとられないように。


      


 ライブ当日。

 星守クラスは連れだって会場へとやってきていた。

 開演時間はまだ先だというのに、ぶつぱんコーナーには黒山の人だかりができていた。

「さすがf*fフオルテシモね! 人気もちがいないっ!」

 みんなを先導していたうららが、まるで我がことのように満足げにうなずく。

 たとえライバルといえども、花音や詩穂がかつやくしてくれるのはじゆんすいに嬉しかった。

「わーい! ライブだライブだー!」

「本当に、すごい人気だな!」

「サドネ、こんなにいっぱいの人、はじめて……」

「サドネちゃん、はぐれないようにしっかりとにぎっててね」

 ライブというものを初めて経験するひなたとゆりが目を輝かせる一方、ものすごいひとみにはぐれないようにと、遥香がサドネの手をしっかりと握る。

「いや~ん♡ f*fフオルテシモとなると、さっすがファンも可愛かわいい子ばっかりだわ~♡」

れんたのむからそういうのは学園の中だけにしてくれ」

「ライブを見るよりも蓮華を見張らないといけないかもね……」

 さっそく悪いクセが出た蓮華に、明日あすとあんこがやれやれとかたをすくめた。

「ライブ前にお二人に会うことはできるのでしょうか……?」

 お礼を言いにいきたいからと提案した心美だったが、うららがそれを制する。

「ここみ、アイドルは本番前の集中が命なんだから。じやしちゃダメよ!」

 ライブに集中させてあげないと、とうららが訳知り顔で語る。

「それより、物販コーナーに行くわよ! 新しいグッズが出てるかもしれないし!」

「ふえぇ、うららちゃん、待ってよ~」


 花音と詩穂はライブしようえ、スタッフと最後の打ち合わせを行っていた。

 衣装チェンジの手順、曲順と登場方法、トークにく時間や内容などなど──念入りにかくにんする。

「では、よろしくお願いします!」

 各自が持ち場へと散っていく。

 その場には花音と詩穂だけが残された。

「いよいよね、詩穂……」

「うん……やっぱりきんちようしちゃうわ」

「もう、何度目のライブだと思ってるの?」

「何回目でも、緊張しちゃうものはしちゃうの。ふふっ、でも、花音ちゃんだって、今日はいつもより早く会場に入ったって聞いたわよ? 星守のみんなが来てくれるから少し緊張してるんじゃない?」

「なっ……! わ、私はそんなことないわよ! 誰が来ようが関係ない。私たちはf*fフオルテシモとして最高のライブをするだけ。そうでしょ、詩穂?」

「……そうね、花音ちゃん」

 いつものように、二人は本番への気持ちを高めていく。

「ちょっと、お水飲んでくるね」

「そろそろ本番なんだから、早めにもどってきてよ」

 花音に見送られながら詩穂が一人ひかえ室へと引き返す。


 ペットボトルにしたストローを口にふくみ、一気に中身を吸い上げる。

 そわそわしていた気分が少しだけ落ち着きを取り戻した。

 しかし──

「なんだろう……まだ胸がざわざわする……」

 ライブがこれから始まるから──そう思っていたが、こんなに落ち着かないわけが、それだけではないことは分かっていた。

 いつかのカフェで見てしまった花音とうららがだんしようする光景──それが今なお頭のかたすみせんめいに像を結んで、心をさぶっていた。

「はぁ……でも、今は目の前のライブに集中しないと……せっかくみんなが見に来てくれているんだから」

 そうやって気合いを入れ直した詩穂の耳に、気のけた、しかし聞き慣れた声が飛び込んできた。

「な~にため息ばっかりついてるの? そんなんじゃ幸せ、げちゃうわよ?」

あおい先生!?

 半開きのドアから葵が中をのぞき込んでいた。

「やっほ~。いそがしいかもって思ったけど来ちゃった。大切な教え子の晴れたいだからね」

 葵が気さくに声をかけるが、詩穂の表情はパッとしないままだった。

「ライブ前にどうしたの? 単に緊張してるって……わけじゃなさそうだけど」

「葵先生……。実は……」

 葵に相談しようとした詩穂は、しかし言葉がのどに引っかかって出てこなかった。

 花音をうららに取られてしまいそうでこわい──そんなこと、口がけても言えなかった。

 花音は自分だけのものではないのだし、そんなことを言うのは単なるワガママだ。

 それに、花音とうららが仲良くなることは、自分にとっても嬉しいことであるはず──頭では分かっていた。

 でも──

「どうしたの?」

「いえ……なんでもありません」

 結局、詩穂は口をつぐむしかなかった。

「そう? ならいいけど……っと、そうだ!」

 肩にかけていたバッグをがさごそさぐった葵が取り出したのは、ペンと色紙だった。

「花音はどこ? 友達にサインを頼まれちゃってね」

「花音ちゃんなら、もうステージのそででスタンバイしてますけど……」

「そっか~、まだ開演まで時間あるのに、熱心ね~。まあ、そういう姿勢が人気のけつなんだろうけど」

 残念そうに葵が色紙を引っ込める。

「花音ってば、どんどん遠い存在になっちゃうわね……もうおいそれとサインも頼めなくなるかも」

「えっ……」

 ペンと色紙をバッグにしまいながら葵がつぶやく。

「ついていく詩穂も大変よね~。花音ってばひとりでどこまででも突っ走っていっちゃうタイプだから」

「ひとりで……」

 そのひびきが今の詩穂にはやけに引っかかった。

「ま、それが花音のりよくでもあるんだけど……。詩穂も花音に負けないようにがんってね。ライブ、楽しみにしてるから~!」

「あっ……」

 詩穂の反応も待たず、葵は言うだけ言って控え室から出ていってしまった。

 詩穂の耳に葵の言葉がこだまする。

『花音ってばひとりでどこまででも突っ走っていっちゃうタイプだから』

(花音ちゃんが……ひとりで……)

 のうに花音の姿がかぶ。

 自分に背を向け、どこかへ向かって花音が歩いていく。

 急いで追いかけるのにはなされる一方で、その背中は遠ざかるばかり。

 どんどんどんどん離されて、やがて見えなくなって──

「本番五分前でーす!」

「はっ、はーい! いま行きまーす!」

(……いけない。今は目の前のライブに集中しなきゃ……)

 詩穂はとっさに考えるのをめた。

 くよくよしてる場合じゃない。

 花音がひとりで行ってしまうのがいやなら、それに追いつけるように頑張ればいい。

 彼女のとなりに立てるように努力すればいい。

 そのためには、目の前のことに、ひとつひとつ全力で向かっていくしかない。

「気合い入れていかなきゃ……!

 ぐいっと水を飲み干した詩穂は、花音の待つステージ袖へと足早に向かった。


 f*fフオルテシモのライブはファンの期待を裏切らない盛り上がりとなった。

 花音の激しくもかろやかなステップと、胸の奥に語りかけてくるような詩穂の歌声が観衆をりようする。

 その場にいるすべての人々が、f*fフオルテシモほうにかかっていた。

「やっぱり、花音さんと詩穂さん、すごいね……」

「うん……でも、いつもいつしよに活動している二人があんなにかがやいてると、なんだかこっちまでうれしくなってきちゃうよね」

「そうね……」

 みき、昴、遥香も。ステージ上での花音と詩穂の輝きにすっかり目をうばわれていた。

 だが、そんなライブ会場を見つめる冷めたが二つい──

「フン……せいぜい今のうちに楽しんでおくといいわ。どうせもうすぐ、ここは悲鳴に包まれるのだから」

 会場のてんじよう近く、鉄筋のはりの上にいるのはエヴィーナだった。

「なにをする気でしゅか?」

 エヴィーナの隣にはアルルがただよう。

ごまが減ってきたから増やしにきたのよ。今日はここで……星守と最後の決着をつけるわ」

 エヴィーナの顔にはかくというべきか、そう感というべきか、後がなくなったという険しさがあった。

「もうけはほどこしてあるわ。いずれ、発動する……」

「用意しゆうとうでしゅねぇ」

「当然でしょ」

 危機感のないアルルをにらみつける。

「私たちはもう二度も失敗した……。イリス様がこれ以上、チャンスをあたえてくれると思う?」

「た、たしかに……そうでしゅね」

「だからアルル、あなたも消えたくなかったら、私の言うとおりに動くのよ?」

 せつまったエヴィーナに、アルルもだまってうなずいた。

「それじゃあ始めましょう。あの子たちに……真のごくを見せてあげるっ!」


      


 それは、ライブのクライマックスに近づいた時だった。

「さあみんな! まだまだ行くわよーっ!」

 盛り上げる花音に観衆が両手をき上げてこたえる。

 だが会場の後方の一角だけ、みように静かだった。

「ほらほら後ろの席のみんなー! もっと声、出るでしょ!」

 そんなあおりにも無反応だ。

 どうしたのだろう──花音と詩穂がしんに思っていた、その時だった。


 人間が──燃えた。


 どす黒いころもに包まれながら観衆がひとり、またひとりとえんじようする。

 そうして人々が消えた後に現れたのは──あの、人型のイロウスだった。

「い、イロウスが出たわ!?

「なんでこんなところにッ!?

「逃げて! 早くっ!!

 観衆がイロウスからのがれようとして──失敗した。

 イロウス化はすでにおさえきれないほど、静かに広がっていたのだ。

 観客席のあちこちで上がっていた悲鳴が、またたく間に金切り声へと変わっていく。

 人々の肉体はその場にくずれ落ち、心のやみぞうふくされて生み出されたぎようばつする。

「みんな! こっちにっ!」

「急いでくださいっ!」

 イロウス化が止まらない観客席へと花音と詩穂が呼びかける。

 星守たちは、かんいつぱつのところでイロウスのの手から逃れ、ステージの上へとなんすることに成功していた。

「人型のイロウスが、こんなに……。これって……まさかっ!」

「ええ、そのまさかよ。残念、あなたたちは、食べそびれちゃったみたいね」

「エヴィーナ!」

 天井からエヴィーナとアルルがゆっくりと降りてくる。

 眼下に広がるイロウスの群れにごまんえつといった表情だ。

「なんで……またエヴィーナがここに……」

「サドネ、ワタクシがついていますわ!」

「この前は尻尾しつぽを巻いて逃げたくせに……」

「いいじゃないか、あんこ。これで探す手間が省ける」

 エヴィーナの姿に、星守たちが身構える。

 そんな中、一人だけ様子がちがっていたのが──花音だった。

「……許さない」

 今日という特別な日が、台無しにされてしまった。

 ライブを見に来てくれたたくさんのお客さん、準備にたずさわったたくさんのスタッフ、そしてしんじゆみねで出会った星守の友達──そういったすべての人々のおもいをこわされた。

 すべてを、めちゃくちゃにされた。

「私たちのライブに来てくれたみんなをこんなことに巻き込んで……」

 キッと顔を上げた花音のひとみには、なみだがあふれていた。

「許さないっ!」

 花音はんだ。

 その手に二丁のじゆうしようかんし、勢いそのままにエヴィーナへ銃口を向ける。

「ふんっ!」

 エヴィーナがみぎうでるう。

 それを待っていたかのように、無数のイロウスが花音めがけて跳びかかっていく。

「くっ……じやしないでっ!」

 ざわりなイロウスをき飛ばし、みつけ、前進する。

 だがイロウスのかべしつようにエヴィーナへの接近をはばんだ。


「みき、飛び出しすぎないで!」

「ごめん、昴ちゃん!」

「ステージに上がってきたイロウスから、まずはたたくわよ!」

 ステージ上を安全地帯とするべく、イロウスを追いはらうことにてつする。

 前方からとうのように押し寄せてくる上に、さらに背後も気にしなければならなくなれば、ますます手に負えなくなってしまうだろう。

「くるみ! 右から二体来るよ!」

「うんっ! あっ、のぞみも、左に気をつけて」

「こっちは私がたたく!」

 望へとせまっていたイロウスを横からゆりがなぎ払った。

「助かった、ゆり!」

「冷静に、一体ずつ相手をしていくぞ!」

 人型のイロウスに立ち向かう力を手に入れていた星守たちであったが、次々と迫り来るイロウスに、だれも彼もが自身の眼前の相手で手いっぱいだった。

 そんな中、花音だけがエヴィーナに向かってとつげきり返していた。

 分厚いイロウスの壁を切りき、ひとりエヴィーナににくはくせんと突き進む。

「まったく……ひとりで突っ走っちゃって! しほっちせんぱい! かのかの先輩を連れもどすわよっ!」

「ええ!」

 エヴィーナに向かってひとり突っ走る花音を、うららと詩穂が連れ戻そうと飛び出していく。

 自分たちと花音の間にうごめくイロウスをなぎたおし、突き進む。

(花音ちゃん! 花音ちゃんっ!!

 花音は完全に自分を見失っていた。

 イロウスの群れの中を突き進む彼女は、周囲をイロウスに取り囲まれつつある。

 このままでは完全に包囲されてしまう。

 早く連れ戻さないと取り返しのつかないことになる──詩穂はがむしゃらに花音を目指した。

 花音を早く助けたい、その一心で突進する。

 一刻のゆうも許されないと、我が身の危険もかえりみずに突っ込む。

 見れば花音は二十はたにイロウスに囲まれていた。

 いくら彼女でも相手をするには多すぎる。

 その時、彼女の死角から一体のイロウスがきばくのが見えた。

「花音ちゃんっ!!

 ぎりぎり間に合う──詩穂がさらにスピードを上げて花音を目指す。

 だがその視線の先を、いちじんの風が吹きけた。

「かのかの先輩っ!」

 すうしゆん早く花音のもとにたどり着いたうららが、まさに花音におそいかかろうとしていたイロウスを吹き飛ばした。

「うらら!」

「もう! なにひとりで突っ込んでるのよ!」

「でも、あいつがっ!」

「ちゃんと周りを見なさいよ! ひとりで相手にできる数じゃないでしょ!」

 エヴィーナへのぞうふくらませる花音を、うららが必死に振り向かせる。

「かのかの先輩っ!」

 そのぐなまなしに、ようやく花音が冷静さを取り戻した。

「……悪かったわ、うららの言うとおりね……」

 スパッと頭を切り替えた花音は、エヴィーナからきよを取るように後方に退く。

「うらら……ありがとう。おかげで冷静になれたわ」

「お礼はイロウスを倒しきってからっ!」

「ふふっ……確かにそうね!」

 心強いえんぐんを得た花音が、うららとともに体勢を立て直す。

 おたがいの背中を預けるようにして戦う──そんな『しんらい』という言葉すら感じさせる二人の姿を、詩穂はぼうぜんながめていた。


 ズキン──


 詩穂の胸に、いつかのどんつうがよみがえる。

 あの時よりもさらに深いところをつらぬいてくる。

「詩穂! 詩穂ってば!」

 次に気がついた時、花音の顔が眼前にあった。

「なにボーッとしてるのよ! 早くみんなのところに戻るわよっ!」

「急いで、しほっち先輩!」

 花音もうららも、イロウスの群れの中で呆然としている詩穂のもとにけ寄ってきていた。

「え、ええ……そうね」

 詩穂があわてて花音とうららに続き、ふんとうする星守クラスの面々のところまで戻る。

 すぐに心美がうららへと駆け寄った。

「うららちゃん、だいじようだった!?

「なんとかね……でも今はそれよりも……っ!

 イロウスの波がステージへと押し寄せていた。

「いくわよここみ! イロウス全部倒して、せっかくのライブを台無しにしてくれたあの女をとっちめてやるわよ!」

「うんっ!」

 十六人の星守と二人のアイドルは、何千というイロウスの群れをむかった。


 形勢は少しずつ、だが確実にエヴィーナにとって不利なものになっていった。

 いつ団結してじんけいを組み、壁を作ってイロウスが内側にしんにゆうするのを許さない。

「なぜ……なぜ崩れないのっ!?

 しゆうは成功した。

 イロウスの数もそろえた。

 それなのに勝利は自分の手から遠ざかりつつある。

 エヴィーナのあせりはイロウスへの指示にも乗り移り、無意味な突撃を繰り返すだけになっていた。

「これじゃ……これじゃイリス様に……」

 やがて、ほとんどのイロウスが倒されてしまった。

「そんな……そんな……」

 再びごまを失ったエヴィーナの顔にかんでいたのは、焦りと絶望だった。

「さあ、かくしなさい! 私たちのファンにひどいことをしたツケ、百倍にして払ってもらうんだからっ!」

 花音がエヴィーナをにらみつける。

 十六人の星守と、詩穂も。

 一転して追い込まれる側となったエヴィーナに、もはやなすすべはなかった。

「くっ……! なぜ! なぜっ! そうやって星守は、いつだって私の邪魔ばかり……っ!!

 もはや勝ち目はないとさとったエヴィーナの身体がきゆうじようしようする。

 そのままてんじようき破って姿を消した。

「このっ! 待ちなさい!!

 追いかけようとする花音は、しかし、うららと心美に引き留められる。

「まずはイロウスにされた人たちの安全が先でしょ!」

「残ったイロウスも、ちゃんと倒しましょう!」

 そうだった──花音は一つ深呼吸して自分を落ち着けた。

 まだすべてのイロウスを倒したわけではない。

 イロウス化した人々を元通りにしてあげるには、一度倒してあげなければならない。

「……ダメね……ファンのことを一番に大切にしなきゃいけないのに、ついつい頭に血が上っちゃって……」

「でも……それも、花音先輩がファンの方たちのことを、とても大切に想っているからじゃないでしょうか……?」

「ま、ひとりで飛び出していっちゃう人をフォローするこっちの身にもなってほしいけどね! ねっ、しほっち先輩!」

「えっ……? そ、そうね……。もうっ、花音ちゃんったら、あんな危ないこと、もう二度としちゃダメだからね」

「なっ……! それは、その……悪かったわよ。助けてくれて、その……ありがと」

 めずらしくなおに感謝を伝える花音とは対照的に、明るくおうとはしているものの、詩穂はやはり浮かない表情のままであった。

「イロウス化したのは、これが原因だったみたい……」

 みきが観客席からケミカルライトを拾って戻ってくる。

 つうならカラフルな色にかがやくはずのケミカルライトが、にごった灰色に染まっていた。

 すぐに花音が気がついた。

「会場ではんばいされていたやつだわ……あらかじめ仕込んでおいたってわけね」

「これならたくさんの人々が買うだろうな……」

「効果的ね……くやしいくらいに」

 明日葉とあんこがくちびるむ。

「絶対につかまえてやる……。私たちのファンを傷つけたこと、許さないんだからっ!」

 天井にポッカリ開いた穴を見上げながら、花音はきゅっと唇を嚙んだ。


      


「まだ……まだやられるわけには……」

 エヴィーナはまんしんそうで山中をさまよっていた。

「イリス様……イリス様にもう一度、もう一度だけお願いしないと……」


「もう一度……そんな機会はもうありません」


 とつじよ、エヴィーナ正面の地面から、人のかたちをしたかげが立ち上がった。

 最初はおぼろげだったりんかくが少しずつはっきりし、やがて女性の姿を現す。

 つばの広いブレードハットをぶかにかぶり、見えるのは口元だけだ。

「い……イリス、さま……」

 一歩、二歩とエヴィーナが後ずさる。

 イリスがかもし出す不気味な、冷たいオーラに歯の根が合わない。

「本当にダメな子……。救いようのない子……」

「お……お願いしますイリス様! どうかっ、どうかもう一度だけ……」

「やっぱりダメね……星守にすらなれなかった落ちこぼれは」

「イリス様!?

「少しは役に立つと思ったけど……残念だわ」

 つぶやいたイリスがすっとうでばす。

 エヴィーナの顔面を手のひらでおおうように。


「さようなら、エヴィーナ」


 しゆんかん、エヴィーナの足元にしつこくの影が生まれた。

 どんな黒よりも黒く、どんなやみよりも闇をたたえたその影に、エヴィーナの身体がみ込まれていく。

「お待ちください! イリス様っ! イリス様ぁ──っ!?

 必死の形相でもがくエヴィーナを、影は底なしぬまのように食らっていく。

 その姿をイリスは無言で見送った。

 彼女のすべてが闇に吞まれて消えるまで。

…………いるのでしょう、アルル?」

「ふぁ、ふぁい!?

 かくれてエヴィーナのさいの当たりにしたアルルが、次は自分の番かとふるえながら姿を現した。

 自分も処分されてしまうのか──絶望に染まったアルルに、イリスが語りかける。

「あなたは……アレよりも役に立ちますか?」

 地面に黒く残った闇のざんがいあごで差しながらイリスが問う。

 一瞬、アルルは理解が追いつかない。

 だが答えなど決まっていた。

「も、もちろんでしゅ! ボクはあんな役立たずとはちがうでしゅ!」

「そう……それはなによりです」

 ブレードハットの下からのぞく唇が、あやしいみを結んだ。

「で、でもどうするんでしゅか? もういくらイロウスを集めても……」

 十六人の星守とf*fフオルテシモを相手に勝ち目があるのかと暗に問う。

 イリスは──やはり微笑ほほえんだまま言った。

「ステキな闇を見つけました……すべてを吞み込んでくれる、最高にステキな闇を……」