「花音ちゃん、この学校にも慣れてきた?」
なんとなく詩穂が
「ま、まあ……そこそこ、ね」
照れたようにごまかす花音の顔を詩穂が
「ふふっ、最近、星守のみんなに対する態度も
「そっ、そんなことないわよ! 私はまだ完全に星守を認めたわけじゃ……」
「もう、意地っ張りなんだから……」
でもそういうところもまた、花音らしいのだった。
「あ、そろそろ時間よ。
「神樹とかラボの方を案内してもらうんだっけ?」
「ええ、編入のドタバタでなあなあになっちゃってたからって」
「ま、行ってあげましょ。
その時、妙なくすぐったさに花音は背後を
しかし振り返った先には誰もいない。
いや──草むらの
「どうかしたの、花音ちゃん?」
「ちょっと……ね」
花音は気づかないふうを
「気のせいだったみたい。行きましょ、詩穂」
それ以上は気に留めることなく、花音は詩穂を

星守たちが花音と詩穂を受け入れていく中、一人だけどうしても心を開けないのがうららだった。
仲良くしたい気持ちが半分、でも自分の中のプライドが許さない気持ちが半分──うららの胸の内は複雑だった。
「なによ……みんなすっかり仲良くなっちゃってさ……」
まるで自分だけが取り残されたような
「最初に会った時に、さんざん
「そんなこと考えてたわけ?」
「ひゃん!?」
突然の声にうららが飛び
振り返った先にいたのは、深々とため息をもらす花音だった。
「な、なんで……あずっち
「そっちは詩穂だけで行ってもらったわ。あんなふうにコソコソ見られてたんじゃ、私だって気持ち悪いし」
「き、気持ち悪いってなによ!」
「言葉通りよ」
うららが
うららを前にするとなぜか、トゲのある言葉しか出てこないのだ。
彼女の態度に対する当てつけだというのは自覚している。
年下を相手に大人げないというのも分かっている。
それでも、どうしてもうららに素直になれない自分がいるのだった。
「み、みんなが
「騙すってなによ!?」
「ふんだ! 星守の秘密情報とか
「このっ……人をなんだと思ってるのよっ!」
「なによっ!」
にらみ合ったまま火花を散らす。
そんな
「これは……ちょっと

「わざわざこんなところに呼び出すだなんて、うらら、なんかしたっけ……?」
とある放課後、うららは
しかも、来るようにと言われたのは職員室や研究ラボではない。
校舎の
「うらら、なにか悪いことしちゃったっけかなあ……」
ここ最近の自分の言動を思い返す。
そんなふうに考え事をしながら歩いていたせいで、いつの間にかすぐ
その足音の主もまた、周りのことが目に入らなくなるくらい考え込んでいた。
「まだこの学園に来てからそんなに経ってないのに……いったいなんの用かしら……」
花音である。
彼女もまた樹から呼び出しを受けていたのだ。
校舎の端っこの、その最上階の教室へと。
『うーん……』
お
木製で古くさい両開きの扉だ。
そのすぐ手前でうららと花音が立ち止まる。
ピタッと止まった足音に、そこで初めて二人は、自分以外の誰かが隣にいることに気がついた。
「な、なんであんたがここにいるのよ!?」
「そ、それはうららのセリフよっ!」
二人が言い争っていると扉が開いた。
「さっそくケンカかしら?」
ひょっこり顔を出した樹が困ったような顔で声をかける。
「
「
「まあ、入って。話はそれからよ」
多くを答えず樹が促す。
そこは──教室と呼ぶには
ワンルームマンションの一室と呼んだ方がよい空間が広がっていた。
広いリビングにキッチン、家財道具も一式がそろっていて、奥の方にはキングサイズのベッドが見える。
ここが学園の校舎であることを忘れてしまいそうだった。
「八雲先生、これは……」
「改造したの。生活するのに必要なものは、あらかた準備しておいたわ」
「生活するって……誰が!?」
「もちろん、あなたたち二人が」
「二人って……私たち二人がっ!?」
花音が
ここにいるのは自分とうららだ。つまり──
「二人にはこれからしばらく、ここで
『ここでっ!? 一緒にっ!?』
そんなバカなと樹に
「ここしばらくの様子を見てきたけれど、あなたたち二人だけがまだお互いに
「だからって一緒に暮らすなんてっ!」
「そーよ! なんでこんなっ……」
二人が
「これは決定
「そういう問題じゃなーいっ!」
「ちょっと……待ってくださいっ!」
「それじゃ、二人とも仲良くね」
そう言い残して樹は部屋から出ていってしまった。
その場に取り残された二人は、しばし
「なんで私がこんなこと……」
「……うららはイヤだからね! あんたと一緒なんて!」
「なっ……こ、こっちだって願い下げよっ!」
ぷいっと顔を
「……とりあえず、お互いのプライベート空間を仕切りましょうよ」
「そうね。お互いに相手のテリトリーには入らないってことで」
どちらも仲良くする気はゼロだった。
しばらくして、部屋の中に見えない線が引かれた。
「……じゃ、ここからこっちがうららだからね! ぜーったい、入ってこないでよ!」
「分かってるわよっ!
たいていの物が二組ずつ用意されていたので、そこで争いは起きなかった。
これで乗り切れる──そう
二人の視線が部屋の奥に
一つしかないキングサイズのベッドに。
(なんで一つしかないのよっ!)
キングサイズを用意するあたりに樹の
「ベッドはうららだから!」
「勝手に決めないでよ!」
「なによっ!」
同じベッドで
「ならじゃんけんで決めるわよ! これなら公平でしょ?」
「いいわ、乗った。負けた方はソファーってことでいいわね」
「ふんだ! 勝つのはうららなんだから!」
『じゃーんけーん……ぽんっ!』
うらら、チョキ。花音、グー。
「っし!」
「なーっ! 今の後出し、後出しだった!」
「なに子供みたいなこと言ってるのよ! 言いがかりよっ!」
「もう一回、もう一回勝負してよっ!」
「聞こえませ~ん」
わめくうららに構わず、花音はさっさとベッドに
「うぅ……いいもんっ!」
もはや負けを認めるしかないうららは、ふて
「絶対に後出しだったのにぃ……」
「まだ言ってるの……」
明かりが消えると同時に、二人の会話もそこで
食事をする気にもならないし、さっさと眠って今日という日を早く忘れたかった。
早くこの悪夢が終わりますように──そう願いながら。

うららと花音が共同生活を始めたことは、すぐに少女たちの間で話題になった。
二人がなにかと言い争いをしている様子を何度も目にしてきていた彼女たちは、
とりわけ気が気でなかったのは、二人のことをよく知っている
「うららちゃんと花音
中庭にて、心美と詩穂がお互いの心配を打ち明け合っていた。
「花音ちゃん、
「うららちゃんも……同じです」
はぁ、とため息が重なった。
「先生も思い切ったことをさせるのね……いきなり同じ部屋で生活させるだなんて」
「私も、
うららと花音が打ち解けてくれることにはもちろん大賛成の二人だったが、こんな
「それにしても花音ちゃん、
他の星守とはもうすっかり仲良くなれているのに──詩穂の疑問は
「うららちゃんも、そうみたいです……」
心美もまた、
「
「うららちゃんもです……。ちょっと強引なところもあるんですけど、とっても優しいんです……」
それなのにどうして二人とも、お互いのことになると一歩も
そのタイミングはあまりにピッタリで、仕草までそっくりだった。
自然と詩穂と心美が見つめ合う。
やがてどちらからともなく
「なんだか似たもの同士ね、私たち」
「はい、本当に……」
頑固な親友に困っていて、それを相談する相手もまた、頑固な親友に困っている──まるで鏡を見ているようだった。
「早く仲良くなってくれればいいんだけどね……」
「はい……」

「だーかーらっ! どうしてうららのシャンプー使ったの!?」
「
「協定
「あーもうっ! シャンプーの一回くらいで
今夜も
どうしても共有しなければならないお
「だいたいあんただってこの前、冷蔵庫の中の私のプリン、勝手に食べたじゃない!」
「あ、あれは八雲先生が用意してくれたって思ってたんだもん!」
「でも食べたことには変わりないじゃない! 協定違反よっ!」
「うーっ! そうやって終わったことを
お
とにかく相手の目につくところを
何気ないクセから
中でも特に二人の意見がぶつかるのが、ふとした時にアイドルの話題が出てきた時であった。
「アイドルはとにかく
「可愛いだけのアイドルなんて
「格好良さよりも可愛さ!」
「いーえ、可愛さよりも格好良さ!」
互いに一歩も譲らない。
アイドルに対する情熱だけはお互いに負けるわけにはいかなかった。
「じゃあ、Colo Girlsがあの時、あんなに
自分が好きなアイドルを例に出し、うららが熱く語り出す。
すると花音はそれを
「確かにあんたの言うことも一理あるわ……でもね、時代は変わってきてるのよ。その
うららの意見に流されることなく持論を展開するのだった。
語り始めた二人の勢いは
だが、そうして意見を戦わせているうちに、お互いの心には
それは、不思議な
うららも花音も、アイドルに対する情熱がありながらも、それをぶつける相手が身近にいなかった。
心美はアイドルを目指しているわけではない。
一方で詩穂も、もちろんアイドルに対するプロ意識はあるものの、花音とアイドルについて熱く議論を
二人はたとえ考え方が正反対であったとしても、アイドルに対する自分の熱い
「はぁ……はぁ……」
「ぜぇ……ぜぇ……」
時間も忘れて激論を交わした二人は──やがてどちらからともなく
「言ってくれるじゃない……私にこんなに反論してくる相手に出会ったのは初めてよ」
「ふふっ……
お互いのお互いに対する印象が
「もう
「そうね……」
花音の言葉にうららも同意し、いつものようにソファーに横になって毛布をかぶる。
その様子を
「…………こっち、来たら?」
「こっちって……」
「だって一つしか……」
「広いんだから二人で寝られるでしょ……」
「そうだけど……」
花音の
「……じゃあ、お
花音はなにもリアクションすることなく、電気を消すと、うららとは反対側に身体を横たえる。
「……おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
短い言葉を交わし、それっきりなにも言わない。
それでも、うららも花音も感じていることは同じだった。
少しだけ楽しかったな──と。
うららと花音の
まだ言い争いをしたり話し方にトゲがあったり、決して完全に打ち解けたようには見えない──が、なぜか楽しそうに見えるのだ。
たとえば花音と詩穂が二人でアイドル雑誌を眺めていた時──
「ねえ詩穂、この子たちがつけてるブレスレット見て!」
「わぁ、
「私たちもこういうのをつけてライブに出てみるってのはどう?」
「うん、いいかも!」
「ちゃんとアピールしていかないと、トップにはなれないからね」
雑誌に
「あ、このアイドル、特集組まれてる……やるわね……」
「どれ……?」
「ほら、この子たち。ちょっと前までひよっこだと思ってたけど……」
花音が指し示したアイドルユニットに、詩穂は覚えがなかった。
花音に負けじと必死でアイドルの知識を吸収してきた詩穂だったが、やはりまだまだ花音には
「ごめん花音ちゃん、私にはちょっと分からな……」
「あーっ! この子たちが特集されてる!?」
「やっぱり注目されてきたのね! うららの目に
「蓮見さん……分かるんですの?」
「もっちろん! 絶対にブレークするって信じてたんだから!」
「へぇ……うららにしちゃ悪くない目の付け所ね」
「この子たちはダンスパフォーマンスに光るものがあるのよね!」
「ちょっと……なに言ってるのようらら。このユニットは歌唱力が売りでしょ!」
「違うわよ、ダンス!」
「いーえ、歌よ!」
アイドルのこととなるとお互いに譲れないものがある二人が、さっそく火花を散らし始める。
またいつもの光景に
(花音ちゃん……蓮見さんのこと、うららって……)

ある休日、ダンスレッスンを終えた花音と詩穂が街を散策していた。
学校の中で生活している花音にとっては、久しぶりの外出だった。
「詩穂、今日の最後のところ、タイミング合わせるの、やっぱり難しそう?」
「ううん、
「無理しなくても、ちょっとくらい難易度下げてもいいのよ? ダンスで無理して、せっかくの詩穂の歌に
「ありがとう、花音ちゃん。……でも……大丈夫だから」
花音の
「そう……。詩穂がそう言うなら……」
花音も、詩穂の言葉にそれ以上はなにも言わなかった。
(花音ちゃんに置いていかれないように、もっと頑張らないと……)
自主トレーニングの時間をもっと増やそう──詩穂はこっそりと決意をした。
「ねえ、花音ちゃん。これからどこか行かな……花音ちゃん?」
久しぶりの休日に、せっかくなら花音と
「花音ちゃん?」
「ん? あ、ごめん詩穂。ちょっと今日は約束があって……」
「……そっか」
「ホントごめんね。この
「ううん、大丈夫。じゃ、また明日ね、花音ちゃん」
「うん、また明日」
手を振りながら花音が立ち去る。
それに自分も手を振って返しながら、詩穂は複雑な内心を
詩穂は、
誘いを断られたことに、ではない。
(花音ちゃん、楽しそう……)
自分が花音の一番の友達だ──
ずっと一緒だったし、アイドルとしても一緒に頑張っている。
花音のことはなんでも知っていると思っていた。
しかし今の花音は──自分が知らない表情をしていた。
(
こんな表情は見たことがなかった──そんな、
「はあ……。やること、なくなっちゃったな……。お買い物でもしていこうかな」
あんな表情をする花音はいったい
小さくため息をもらした詩穂は、ひとり街の
約束があると言って別れた花音の表情のことが気になって仕方なかった。
(自惚れるわけじゃないけれど……)
約束があるなら先に言ってほしかったな──ポツリと
「花音……ちゃん……?」
オシャレなカフェの前を通りかかった時、テラス席に花音を見つけたのだ。
真向かいに座る誰かと楽しそうにおしゃべりしているのは、
そして、花音と同じテーブルに座るその誰かの後ろ姿に詩穂は見覚えがあった。
「蓮見さん……」
「約束って蓮見さんとだったんだ……」
なにを話しているんだろう──気になって仕方のない詩穂は、
だが、その時だった。
詩穂は、見てしまった。
自分には見せたことのない、花音の楽しそうな笑顔を。
ズキッ──
(あ……あれ……)
胸の奥に
小さな
(…………)
詩穂は無意識に回れ右をしてカフェに背を向け歩き出した。
(一緒に生活しているんだから、仲良くなるのも当然よね。先生たちも、それを
花音とうららが打ち解けてくれるなら、これが嬉しくないはずがない。
花音が星守クラスにちゃんと受け入れてもらえたということに他ならないからだ。
(うん……これでいいんだわ……)
だから忘れよう、この胸に芽生えた
「でも……蓮見さんと会うのなら、私も誘ってくれてもよかったのにな……」
そう独り呟く詩穂の姿は、やがて行き
「はぁ……なにがそんなに楽しいの……?」
目の前でニコニコする花音に、うららはうんざりしたように顔をしかめた。
「え? そんなふうに見える?」
「見えるもなにも……ちょっと気持ち悪~い」
「ちょっと……私と詩穂のなれ
「だーかーら! そんなのろけ話を延々と聞かされても
二人でカフェに来てから一時間弱──花音は詩穂との思い出話を
最初はふんふんと聞いていたうららも、あまりに花音の話が長く、とっくにお
テーブルに置かれたケーキにはもうずっと手をつけていない。
「ダメよ、ちゃんと聞きなさい。その上で意見も聞かせてほしいんだから。じゃなきゃ
「そのケーキを食べられないくらい満腹になっちゃったって言ってるのっ!」
詩穂へのプレゼントを選ぶのを手伝ってほしい──それが花音のお願いだった。
それに神樹ヶ峰女学園に来てから、なかなか
そのおかげで花音はこうして、いがみ合いながらも、アイドルのこととなるとなんだかんだ熱く語り合ってしまう、うららという友達を手に入れていたのであった。
記念日のお祝いと、
「だいたい、うららにしほっち
かのかの先輩──慣れない呼び方に苦戦するうららである。
「言いにくいのなら、呼び捨てでも、あんた、でもいいのに……」
「うぅ~……それじゃなんとなく、うららだけが意地を張ってるみたいでイヤなの! うららもちゃんと下の名前で呼びたいのっ!」
花音のことは
「詩穂のことはよく知ってるけど、身近だからこそ気づけないこともあるじゃない。だから、うららに私と詩穂のことを聞いてもらって、それを
「そんな責任重大なこと、ケーキ一個じゃ割に合わないっ!」
大事なプレゼントの
むしろ、自分がケーキを奢るから
「じゃあ、私と詩穂の思い出話、第二部にいくわね」
「さっきので第一部!? 何部まであるの!?」
「えっと、さん、しー、ごー……」
「
指折り数える花音に悲鳴の絶えないうららなのであった。