「花音ちゃん、この学校にも慣れてきた?」

 なんとなく詩穂がたずねる。

「ま、まあ……そこそこ、ね」

 照れたようにごまかす花音の顔を詩穂がのぞき込む。

「ふふっ、最近、星守のみんなに対する態度もやわらかくなってきてるんじゃない?」

「そっ、そんなことないわよ! 私はまだ完全に星守を認めたわけじゃ……」

「もう、意地っ張りなんだから……」

 でもそういうところもまた、花音らしいのだった。

「あ、そろそろ時間よ。くすのきさんのところに行かなくちゃ」

「神樹とかラボの方を案内してもらうんだっけ?」

「ええ、編入のドタバタでなあなあになっちゃってたからって」

「ま、行ってあげましょ。こうを無下にするのも悪いし……うん?」

 その時、妙なくすぐったさに花音は背後をり返った。

 だれかに見られているような気がしたのだ。

 しかし振り返った先には誰もいない。

 いや──草むらのかげから、とくちよう的なツインテールが見えかくれしていた。

「どうかしたの、花音ちゃん?」

「ちょっと……ね」

 花音は気づかないふうをよそおった。

「気のせいだったみたい。行きましょ、詩穂」

 それ以上は気に留めることなく、花音は詩穂をうながして明日あすのもとへ向かった。


      


 星守たちが花音と詩穂を受け入れていく中、一人だけどうしても心を開けないのがうららだった。

 あこがれのアイドルだが、同時にいつかえなければならないライバルでもある。

 仲良くしたい気持ちが半分、でも自分の中のプライドが許さない気持ちが半分──うららの胸の内は複雑だった。

「なによ……みんなすっかり仲良くなっちゃってさ……」

 まるで自分だけが取り残されたようなどく感が、うららを毒舌にしていた。

「最初に会った時に、さんざんひどいこと言われたの……忘れちゃったのかな……」

「そんなこと考えてたわけ?」

「ひゃん!?

 突然の声にうららが飛びねた。

 振り返った先にいたのは、深々とため息をもらす花音だった。

「な、なんで……あずっちせんぱいのとこに行ったんじゃ……」

「そっちは詩穂だけで行ってもらったわ。あんなふうにコソコソ見られてたんじゃ、私だって気持ち悪いし」

「き、気持ち悪いってなによ!」

「言葉通りよ」

 うららがf*fフオルテシモを受け入れられないのと同じように、花音もまた、うららにだけは素直になれなかった。

 うららを前にするとなぜか、トゲのある言葉しか出てこないのだ。

 彼女の態度に対する当てつけだというのは自覚している。

 年下を相手に大人げないというのも分かっている。

 それでも、どうしてもうららに素直になれない自分がいるのだった。

「み、みんながだまされても、うららはそうはいかないんだから!」

「騙すってなによ!?

「ふんだ! 星守の秘密情報とかぬすむつもりなんでしょ! うららには分かるもんっ!」

「このっ……人をなんだと思ってるのよっ!」

「なによっ!」

 にらみ合ったまま火花を散らす。

 そんななやめる彼女たちを、ものかげからながめるひとみが一つい

「これは……ちょっとあらりようが必要かもしれないわね」


      


「わざわざこんなところに呼び出すだなんて、うらら、なんかしたっけ……?」

 とある放課後、うららはいつきから呼び出しを受けていた。

 しかも、来るようにと言われたのは職員室や研究ラボではない。

 校舎のはじっこの、さらにその最上階なのだった。

 めつに人が近づかず、うららもどんな教室があるか知らない。

「うらら、なにか悪いことしちゃったっけかなあ……」

 ここ最近の自分の言動を思い返す。

 そんなふうに考え事をしながら歩いていたせいで、いつの間にかすぐとなりにもう一つ足音が増えていることに気がつかなかった。

 その足音の主もまた、周りのことが目に入らなくなるくらい考え込んでいた。

「まだこの学園に来てからそんなに経ってないのに……いったいなんの用かしら……」

 花音である。

 彼女もまた樹から呼び出しを受けていたのだ。

 校舎の端っこの、その最上階の教室へと。

『うーん……』

 おたがいがお互いに気がつかないまま歩き続けていると、やがて正面にとびらが見えた。

 木製で古くさい両開きの扉だ。

 そのすぐ手前でうららと花音が立ち止まる。

 ピタッと止まった足音に、そこで初めて二人は、自分以外の誰かが隣にいることに気がついた。

「な、なんであんたがここにいるのよ!?

「そ、それはうららのセリフよっ!」

 二人が言い争っていると扉が開いた。

「さっそくケンカかしら?」

 ひょっこり顔を出した樹が困ったような顔で声をかける。

ちがっ、これは……」

くも先生! うららだけじゃなかったんですか!?

「まあ、入って。話はそれからよ」

 多くを答えず樹が促す。

 しやくぜんとしないものをかかえたまま、うららと花音が教室の中を覗き込む。

 そこは──教室と呼ぶには相応ふさわしくない部屋であった。


 ワンルームマンションの一室と呼んだ方がよい空間が広がっていた。


 広いリビングにキッチン、家財道具も一式がそろっていて、奥の方にはキングサイズのベッドが見える。

 ここが学園の校舎であることを忘れてしまいそうだった。

「八雲先生、これは……」

「改造したの。生活するのに必要なものは、あらかた準備しておいたわ」

「生活するって……誰が!?

「もちろん、あなたたち二人が」

「二人って……私たち二人がっ!?

 花音がとんきような声を上げた。

 ここにいるのは自分とうららだ。つまり──

「二人にはこれからしばらく、ここでいつしよに暮らしてもらいます」

『ここでっ!? 一緒にっ!?

 そんなバカなと樹にめ寄る二人だったが、樹はいたって本気だった。

「ここしばらくの様子を見てきたけれど、あなたたち二人だけがまだお互いにめていないみたいだったから。これから一緒に活動をしていくにあたって、チームワークはとても大切になってきます」

「だからって一緒に暮らすなんてっ!」

「そーよ! なんでこんなっ……」

 二人がもうこうするも樹は冷静に受け流した。

「これは決定こうです。あ、ご家族にはもうれんらく済みだから、その点に関しては心配いりませんよ」

「そういう問題じゃなーいっ!」

「ちょっと……待ってくださいっ!」

「それじゃ、二人とも仲良くね」

 そう言い残して樹は部屋から出ていってしまった。

 その場に取り残された二人は、しばしほうに暮れた。

「なんで私がこんなこと……」

「……うららはイヤだからね! あんたと一緒なんて!」

「なっ……こ、こっちだって願い下げよっ!」

 ぷいっと顔をらした二人は、しかしほかにどうするわけにもいかず、どうすれば事をあらてることなくすごしていけるものかと思案し始めた。

「……とりあえず、お互いのプライベート空間を仕切りましょうよ」

「そうね。お互いに相手のテリトリーには入らないってことで」

 どちらも仲良くする気はゼロだった。

 しばらくして、部屋の中に見えない線が引かれた。

「……じゃ、ここからこっちがうららだからね! ぜーったい、入ってこないでよ!」

「分かってるわよっ! たのまれたって入るもんですかっ!」

 たいていの物が二組ずつ用意されていたので、そこで争いは起きなかった。

 これで乗り切れる──そうあんしたのもつかの間だった。

 二人の視線が部屋の奥にくぎけになった。

 一つしかないキングサイズのベッドに。

(なんで一つしかないのよっ!)

 キングサイズを用意するあたりに樹のねらいが読み取れた。

「ベッドはうららだから!」

「勝手に決めないでよ!」

「なによっ!」

 同じベッドでねむるなんて今の二人にはえがたいばつゲームである。

「ならじゃんけんで決めるわよ! これなら公平でしょ?」

「いいわ、乗った。負けた方はソファーってことでいいわね」

「ふんだ! 勝つのはうららなんだから!」

 あんみんけての一発勝負である。

『じゃーんけーん……ぽんっ!』

 うらら、チョキ。花音、グー。

「っし!」

「なーっ! 今の後出し、後出しだった!」

「なに子供みたいなこと言ってるのよ! 言いがかりよっ!」

「もう一回、もう一回勝負してよっ!」

「聞こえませ~ん」

 わめくうららに構わず、花音はさっさとベッドにもぐり込んでしまった。

「うぅ……いいもんっ!」

 もはや負けを認めるしかないうららは、ふてくされたようにソファーにダイブした。

「絶対に後出しだったのにぃ……」

「まだ言ってるの……」

 うらめしそうにつぶやくうららに構わず、花音が電気を消した。

 明かりが消えると同時に、二人の会話もそこでれた。

 食事をする気にもならないし、さっさと眠って今日という日を早く忘れたかった。

 早くこの悪夢が終わりますように──そう願いながら。


      


 うららと花音が共同生活を始めたことは、すぐに少女たちの間で話題になった。

 二人がなにかと言い争いをしている様子を何度も目にしてきていた彼女たちは、だれもがその先行きに不安を覚えていた。

 とりわけ気が気でなかったのは、二人のことをよく知っているここと詩穂であった。


「うららちゃんと花音せんぱいだいじようでしょうか……」

 中庭にて、心美と詩穂がお互いの心配を打ち明け合っていた。

「花音ちゃん、がんなところがあるから……。自分から心を開くのは……難しいかもしれないわね」

「うららちゃんも……同じです」

 はぁ、とため息が重なった。

「先生も思い切ったことをさせるのね……いきなり同じ部屋で生活させるだなんて」

「私も、おどろいてます……」

 うららと花音が打ち解けてくれることにはもちろん大賛成の二人だったが、こんなちからわざでどうにかなるとは思えなかった。

「それにしても花音ちゃん、はすさん相手だと素直になれないみたいね」

 他の星守とはもうすっかり仲良くなれているのに──詩穂の疑問はきない。

「うららちゃんも、そうみたいです……」

 心美もまた、かたくなに花音に心をざすうららが不思議だった。

あささん、花音ちゃんのこと誤解しないであげてね? 花音ちゃん、本当はやさしくて思いやりのある良い子なの……」

「うららちゃんもです……。ちょっと強引なところもあるんですけど、とっても優しいんです……」

 それなのにどうして二人とも、お互いのことになると一歩も退かない頑固者になってしまうのだろう──二人が同時に同じ方向に首をかしげ、深くため息をもらした。

 そのタイミングはあまりにピッタリで、仕草までそっくりだった。

 自然と詩穂と心美が見つめ合う。

 やがてどちらからともなくみがこぼれた。

「なんだか似たもの同士ね、私たち」

「はい、本当に……」

 頑固な親友に困っていて、それを相談する相手もまた、頑固な親友に困っている──まるで鏡を見ているようだった。

「早く仲良くなってくれればいいんだけどね……」

「はい……」


      


「だーかーらっ! どうしてうららのシャンプー使ったの!?

ちがえたのよっ! そのくらいで怒ることないじゃない」

「協定はん! 重大な協定違反なんだから!」

「あーもうっ! シャンプーの一回くらいでさわがないでよっ!」

 今夜もしんじゆみね女学園の校舎のはじっこ最上階ではせいらんしていた。

 どうしても共有しなければならないおやトイレ、キッチンの使い方でしようとつするのが日課みたいになっていた。

「だいたいあんただってこの前、冷蔵庫の中の私のプリン、勝手に食べたじゃない!」

「あ、あれは八雲先生が用意してくれたって思ってたんだもん!」

「でも食べたことには変わりないじゃない! 協定違反よっ!」

「うーっ! そうやって終わったことをし返さないでっ!」

 おたがいにゆずることを知らない二人はエスカレートするばかりだ。

 とにかく相手の目につくところをかたぱしからこうげきする。

 何気ないクセからかみがた、食事の好ききらいや服のたたみ方までにわたる。

 中でも特に二人の意見がぶつかるのが、ふとした時にアイドルの話題が出てきた時であった。

「アイドルはとにかく可愛かわいくなきゃダメなのよ! 見た目はもちろん、仕草やちょっとしたクセも、可愛くなきゃダメに決まってるでしょ!」

「可愛いだけのアイドルなんてつうよ! むしろ逆! アイドルこそ格好良くあるべきよ!」

「格好良さよりも可愛さ!」

「いーえ、可愛さよりも格好良さ!」

 互いに一歩も譲らない。

 アイドルに対する情熱だけはお互いに負けるわけにはいかなかった。

「じゃあ、Colo Girlsがあの時、あんなに流行はやった理由はどうせつめいするのよ!」

 自分が好きなアイドルを例に出し、うららが熱く語り出す。

 すると花音はそれをしんけんに聞いた上で、

「確かにあんたの言うことも一理あるわ……でもね、時代は変わってきてるのよ。そのしように……」

 うららの意見に流されることなく持論を展開するのだった。

 語り始めた二人の勢いはおとろえることを知らず、気づけばとっくに日付が変わっていることも多々あった。

 だが、そうして意見を戦わせているうちに、お互いの心にはみような感情が芽生え始めていた。

 それは、不思議なこうよう感だった。

 うららも花音も、アイドルに対する情熱がありながらも、それをぶつける相手が身近にいなかった。

 心美はアイドルを目指しているわけではない。

 一方で詩穂も、もちろんアイドルに対するプロ意識はあるものの、花音とアイドルについて熱く議論をわすという性格でもない。

 二人はたとえ考え方が正反対であったとしても、アイドルに対する自分の熱いおもいを真正面からぶつけることのできる相手に、初めて出会ったのだった。

「はぁ……はぁ……」

「ぜぇ……ぜぇ……」

 時間も忘れて激論を交わした二人は──やがてどちらからともなく微笑ほほえんだ。

「言ってくれるじゃない……私にこんなに反論してくる相手に出会ったのは初めてよ」

「ふふっ……f*fフオルテシモだろうと誰だろうと、アイドルについてだったらうららは負けないんだから」

 お互いのお互いに対する印象がじよじよに変わり始めてきていることを、うららも花音も内心感じていた。

「もうおそいわ……ましょう」

「そうね……」

 花音の言葉にうららも同意し、いつものようにソファーに横になって毛布をかぶる。

 その様子をながめていた花音が、ポツリと呟いた。

…………こっち、来たら?」

「こっちって……」

 身体からだを起こしたうららが花音の方をり返ると、彼女はそっぽを向いたまま、ベッドをぽふっとたたいた。

「だって一つしか……」

「広いんだから二人で寝られるでしょ……」

「そうだけど……」

 花音のとつぜんの申し出にまどううららだったが、不思議といやな気はしなかった。

「……じゃあ、おじやします」

 おそる恐るといった感じでうららは立ち上がり、キングサイズのベッドの端っこにころんだ。

 花音はなにもリアクションすることなく、電気を消すと、うららとは反対側に身体を横たえる。

「……おやすみなさい」

「お、おやすみ……」

 短い言葉を交わし、それっきりなにも言わない。

 それでも、うららも花音も感じていることは同じだった。

 少しだけ楽しかったな──と。


 うららと花音のふんが変わった──それはまたたく間に周囲の気がつくところとなった。

 まだ言い争いをしたり話し方にトゲがあったり、決して完全に打ち解けたようには見えない──が、なぜか楽しそうに見えるのだ。

 たとえば花音と詩穂が二人でアイドル雑誌を眺めていた時──


「ねえ詩穂、この子たちがつけてるブレスレット見て!」

「わぁ、可愛かわいい……」

「私たちもこういうのをつけてライブに出てみるってのはどう?」

「うん、いいかも!」

「ちゃんとアピールしていかないと、トップにはなれないからね」

 雑誌にっているアイドルの研究にいそしんでいた。

「あ、このアイドル、特集組まれてる……やるわね……」

「どれ……?」

「ほら、この子たち。ちょっと前までひよっこだと思ってたけど……」

 花音が指し示したアイドルユニットに、詩穂は覚えがなかった。

 花音に負けじと必死でアイドルの知識を吸収してきた詩穂だったが、やはりまだまだ花音にはかなわなかった。

「ごめん花音ちゃん、私にはちょっと分からな……」

「あーっ! この子たちが特集されてる!?

 とつじよ、花音と詩穂の間にうららが割り込んできた。

「やっぱり注目されてきたのね! うららの目にくるいはなかったわっ!」

「蓮見さん……分かるんですの?」

「もっちろん! 絶対にブレークするって信じてたんだから!」

「へぇ……うららにしちゃ悪くない目の付け所ね」

 めずらしく意見のいつを見る二人だった。

「この子たちはダンスパフォーマンスに光るものがあるのよね!」

「ちょっと……なに言ってるのようらら。このユニットは歌唱力が売りでしょ!」

「違うわよ、ダンス!」

「いーえ、歌よ!」

 アイドルのこととなるとお互いに譲れないものがある二人が、さっそく火花を散らし始める。

 またいつもの光景にもどってしまったと、困った顔で二人を見つめていた詩穂は──そこで気がついた。

(花音ちゃん……蓮見さんのこと、うららって……)


      


 ある休日、ダンスレッスンを終えた花音と詩穂が街を散策していた。

 学校の中で生活している花音にとっては、久しぶりの外出だった。

「詩穂、今日の最後のところ、タイミング合わせるの、やっぱり難しそう?」

「ううん、だいじよう。本番までにはちゃんと花音ちゃんにおくれないようにがんるから」

「無理しなくても、ちょっとくらい難易度下げてもいいのよ? ダンスで無理して、せっかくの詩穂の歌にえいきようが出ちゃったら、元も子もないでしょ?」

「ありがとう、花音ちゃん。……でも……大丈夫だから」

 花音のづかいをうれしく思いつつ、詩穂は花音の提案をていちように断った。

「そう……。詩穂がそう言うなら……」

 花音も、詩穂の言葉にそれ以上はなにも言わなかった。


(花音ちゃんに置いていかれないように、もっと頑張らないと……)

 自主トレーニングの時間をもっと増やそう──詩穂はこっそりと決意をした。

「ねえ、花音ちゃん。これからどこか行かな……花音ちゃん?」

 久しぶりの休日に、せっかくなら花音といつしよにすごしたいと遊びにさそおうとした詩穂だったが、花音はうでけいをちらちら見ていてどこかそわそわとしていた。

「花音ちゃん?」

「ん? あ、ごめん詩穂。ちょっと今日は約束があって……」

「……そっか」

「ホントごめんね。このわせは今度、必ずするから……」

「ううん、大丈夫。じゃ、また明日ね、花音ちゃん」

「うん、また明日」

 手を振りながら花音が立ち去る。

 それに自分も手を振って返しながら、詩穂は複雑な内心をさとられないよう、笑顔で見送った。

 詩穂は、おどろいていた。

 誘いを断られたことに、ではない。

(花音ちゃん、楽しそう……)

 自分が花音の一番の友達だ──うぬれるわけではないが、詩穂にはそんな自信があった。

 ずっと一緒だったし、アイドルとしても一緒に頑張っている。

 花音のことはなんでも知っていると思っていた。

 しかし今の花音は──自分が知らない表情をしていた。

めんどうくさそうな、でも楽しそうな……。イヤそうな、でも嬉しそうな……)

 こんな表情は見たことがなかった──そんな、なおな発見だった。

「はあ……。やること、なくなっちゃったな……。お買い物でもしていこうかな」

 あんな表情をする花音はいったいだれに会う約束をしているのだろうか──そんなことを考えているうちに、花音の背中が見えなくなった。

 小さくため息をもらした詩穂は、ひとり街のひとみの中に消えていった。


 はんがいに出た詩穂は、次に花音と来た時のためにと、一人いろんなお店を回って下調べをする。

 だんなら『花音ちゃんはこういうの好きそう』とか『これ花音ちゃんによく似合いそうだな』とか、ウキウキ気分で回るのだが、今日はそうもいかなかった。

 約束があると言って別れた花音の表情のことが気になって仕方なかった。

(自惚れるわけじゃないけれど……)

 約束があるなら先に言ってほしかったな──ポツリとつぶやいた、その時だった。


「花音……ちゃん……?」


 オシャレなカフェの前を通りかかった時、テラス席に花音を見つけたのだ。

 真向かいに座る誰かと楽しそうにおしゃべりしているのは、ちがいなく花音だった。

 そして、花音と同じテーブルに座るその誰かの後ろ姿に詩穂は見覚えがあった。

「蓮見さん……」

 とくちようあるツインテールに神樹ヶ峰女学園の制服──間違いなかった。


「約束って蓮見さんとだったんだ……」


 なにを話しているんだろう──気になって仕方のない詩穂は、ぬすみ聞きしてはいけないと思いつつも、知らず知らずのうちにそちらに足を向けてしまう。

 だが、その時だった。

 詩穂は、見てしまった。

 自分には見せたことのない、花音の楽しそうな笑顔を。


 ズキッ──


(あ……あれ……)


 胸の奥ににぶい痛みが走った。

 小さないつしゆんだけのしようげきだったが、しかし、自分の中の一番大事なところをつらぬいた気がした。

…………

 詩穂は無意識に回れ右をしてカフェに背を向け歩き出した。

(一緒に生活しているんだから、仲良くなるのも当然よね。先生たちも、それをねらって共同生活をさせているのだから、これはむしろ喜ぶべきこと。でも……)

 花音とうららが打ち解けてくれるなら、これが嬉しくないはずがない。

 花音が星守クラスにちゃんと受け入れてもらえたということに他ならないからだ。

(うん……これでいいんだわ……)

 だから忘れよう、この胸に芽生えた感のことは。

「でも……蓮見さんと会うのなら、私も誘ってくれてもよかったのにな……」

 そう独り呟く詩穂の姿は、やがて行きう人々の中へと消えていった。


「はぁ……なにがそんなに楽しいの……?」

 目の前でニコニコする花音に、うららはうんざりしたように顔をしかめた。

「え? そんなふうに見える?」

「見えるもなにも……ちょっと気持ち悪~い」

「ちょっと……私と詩穂のなれめが気持ち悪いって、それどういうことよ!」

「だーかーら! そんなのろけ話を延々と聞かされても退たいくつなのっ!」

 二人でカフェに来てから一時間弱──花音は詩穂との思い出話をかたぱしからうららに語っていた。

 最初はふんふんと聞いていたうららも、あまりに花音の話が長く、とっくにおなかいっぱいになっていたのであった。

 テーブルに置かれたケーキにはもうずっと手をつけていない。

「ダメよ、ちゃんと聞きなさい。その上で意見も聞かせてほしいんだから。じゃなきゃおごってあげた意味がないじゃない」

「そのケーキを食べられないくらい満腹になっちゃったって言ってるのっ!」

 詩穂へのプレゼントを選ぶのを手伝ってほしい──それが花音のお願いだった。

 f*fフオルテシモの結成記念日が近付いていたのだ。

 それに神樹ヶ峰女学園に来てから、なかなかめない花音と星守クラスとの間で仲立ちしてくれたのが詩穂である。

 そのおかげで花音はこうして、いがみ合いながらも、アイドルのこととなるとなんだかんだ熱く語り合ってしまう、うららという友達を手に入れていたのであった。

 記念日のお祝いと、ごろの感謝と、今回のお礼をめてなにかプレゼントがしたい──その相談でうららを連れ出したのであった。

「だいたい、うららにしほっちせんぱいの好みなんて分かるわけないじゃん。そういうのは、その……か、かのかの先輩が一番よく分かってるでしょ!」

 かのかの先輩──慣れない呼び方に苦戦するうららである。

「言いにくいのなら、呼び捨てでも、あんた、でもいいのに……」

「うぅ~……それじゃなんとなく、うららだけが意地を張ってるみたいでイヤなの! うららもちゃんと下の名前で呼びたいのっ!」

 花音のことはきらいではないけれど、今さら急に親しくうのもずかしく、なんと呼べばいいか自分でもはっきりしなくて──複雑な心境なうららだった。

「詩穂のことはよく知ってるけど、身近だからこそ気づけないこともあるじゃない。だから、うららに私と詩穂のことを聞いてもらって、それをまえてプレゼントを一緒に考えてもらいたいのよ」

「そんな責任重大なこと、ケーキ一個じゃ割に合わないっ!」

 大事なプレゼントのせんたくを、急に自分に任されてしまっても困ってしまう。

 むしろ、自分がケーキを奢るからだまって解放してほしいうららだった。

「じゃあ、私と詩穂の思い出話、第二部にいくわね」

「さっきので第一部!? 何部まであるの!?

「えっと、さん、しー、ごー……」

かんべんして~!」

 指折り数える花音に悲鳴の絶えないうららなのであった。