確かに辺りには星守クラスの仲間以外にもちらほら、カップルや家族、ペットの散歩をしている人々がいた。

 うららは彼らの視線を気にしていたのだ。

 もっとも、気にしているのはうららばかりで、だれも彼女を注視していないのだが。

「うららちゃん、歩き方、変だよ……?」

「こっ、このくらいつうよ!」

 じよううが、その額にはうっすらあせがにじんでいる。

「みんなからも遅れちゃってるよ……急ごう?」

「せっせと走るなんて、そんなアイドルらしくないことできない! ここみだけ先に行ってて」

 うららがアイドルだましいをこじらせながら心美にうながす。

 心美は困ったようにモジモジしていたが、そのままうららのそばをはなれることなく、歩調を合わせていた。

「どうしたのここみ、行かないの?」

「うん……。だって……」

 うららちゃんといつしよがいいから──どうにもずかしくて本音を出せない心美だった。

「変なの……。遅れたくないって言ったのはここみなのに」

 げんな顔をするうららは、ねんしそうな足取りのままのんびりとかつした。


「なにやってるんだろうね……?」

 心美とうららの姿を、みきたちが遠く眺める──その時だった。

 けたたましい警告音がへいおんを破った。

「これは……」

『みんな、イロウスが現れたわ』

 けいたいしていた通信機から、しんじゆみね女学園の教師、くもいつきの声が飛び込んできた。

「せっかくみんなでお散歩してたのに……」

 みきがかたを落としてがっくりする。

 そんな彼女を遥香がそっとなぐさめた。

「イロウスをたおせるのは星守だけなんだから……ね、みき?」

「……うん、そうだよね、遥香ちゃん! よーし、早く倒してみんなでお散歩に戻るぞー!」

 うじうじうらんでも仕方がない。

 星守の大切な役目なのだと気分を切りえた。

「なかなか全部はいなくならないね……いっそ、生き残ってるのがまとめて一気に出現してくれればいいのにっ!」

 昴も、イロウスへのとうを燃やす。

「行こう昴ちゃん、遥香ちゃん、みんな!」

 みきの声に昴と遥香、そして星守の少女たちが大きく頷いた。


      


 イロウスのとうばつはスムーズに終わった。

 出現したイロウスの数は少なく、サイズも小型だった。

 神樹の聖なる力によって守られた地上で、なんとか生きながらえていたえいきようか、すっかり弱っていて以前のような勢いもない。

「ふぅ……みんな、おつかれさま!」

 誰もすることなく無事に任務を終え、みきがホッと一息つく。

 だがそんな中、遥香と明日葉だけがしんみような顔をしていることにみきは気がついた。

「どうしたんですか、明日葉せんぱい? 遥香ちゃん?」

 気になったみきがたずねると、二人が怪訝な表情のまま振り返る。

「いや……実は気になることがあってな……」

 明日葉が重い口を開く。

「最近、このあたりで起こっている連続少女しつそう事件……みきも聞いたことはあるだろう?」

「ええ、まあ……」

 みきも事件のあらまし程度はあくしていた。

 中学生、高校生の女子生徒がとつじよとして姿を消す事件だ。

 本来なら世間を騒がす大事件に発展していてもおかしくはないのだが、短ければ数時間、長くても数日で発見されていることから、誰もが不安をいだきながらもパニックには至っていない。

 少女たちが失踪している間のおくを失っていることも、事件の真相究明を困難にしていた。

 しようざんまっている場所に運悪く立ち入ってしまい、気を失ってしまったのだろうか──その程度のにんしきいつぱん的だった。

「でも……その事件がどうかしたんですか?」

「この近くなの……失踪した現場……」

 遥香が見つめる先には細い路地がある。

 ここにとうちやくした時、イロウスが姿を現したのがそこだった。

 そこでみきもようやく、二人がねんしていることを察した。

「ひょっとして……今回だけじゃなくて……?」

 その言葉に遥香と明日葉はだまってうなずいた。

「これまでもイロウスを討伐すると、しばらくして失踪していた少女が姿を現すことが何度かあったらしい」

「それって……イロウスが女の子たちをゆうかいしてるってことですか……?」

「そうとも限らないの。女の子が失踪する前にイロウスの警報が出ていたかというと、必ずしもそうではないみたい」

 少女たちはいずれも街中で失踪している。これがイロウスのわざなら、彼女たちが失踪する前に警報が出てしかるべきだ。

…………今はそれ以上のことは分からない。だが……」

 イロウスの出現と少女の失踪──リンクしそうでリンクしない二つの事件に、みきは二人が難しい顔をしている理由をさとった。

「先生方もいろいろと調べているそうだ。ここで私たちがあれこれなやんでも仕方のないことだが……やはり気になるな」

「はい……」

 遥香と明日葉の間に重い空気がただよう。

 その様子は、みきの心にも暗い一筋のかげを落とした。


      


 イロウスの退治を終えたみきたちは、報告のために神樹ヶ峰女学園へともどった。

 みきと遥香、明日葉の三人は胸の内にかかえたいちまつの不安を表に出さないよう、なるべく平静をよそおった。

「お帰りなさい、みんな」

「イロウス退治、おつかれさん」

 ラボに戻ってきたところを、八雲樹とつるぎふうらんむかえる。

 ねぎらいの言葉をかける二人は、戻ってきた生徒たちの中にかない顔をした三人がいることをズバリいていた。

「みき、遥香、明日葉?」

 樹に声をかけられた三人の肩がピクリとねた。

「どうかしたのか?」

「えっと……その……」

 みきは遥香と明日葉に目配せする。

 それに二人が視線で答えた。

「あの……ちょっと聞きたいことが……」

 みきたち三人はそれとなく樹と風蘭をラボから連れ出すことにした。

「それで、聞きたいことというのはなにかしら?」

 別室に場所を移したところで樹が切り出す。

「あの……最近起こっている女の子たちが失踪する事件、ありますよね? あれって……イロウスとなにか関係があるんですか?」

 みきのその言葉に樹の表情が一気に険しくなる。

 そのままの勢いでとなりの風蘭を見やるが、風蘭は小さく首を振った。

「最近の神樹に変わった様子はない。もしもイロウスが活発化してなにかしでかすようなら、必ず反応があるはずだ。だが……」

「それでは御剣先生、やはり心当たりが……?」

 明日葉の問いかけに風蘭がそっと目を閉じた。

「ああ、まさに今、アタシたちもその可能性をさぐっているところだ」

「まだ確実なことは言えないけれど、イロウスの出現と失踪した女の子たち……あなたたちも気がついているように、あまりに近いのよ……時間も、場所も」

 しかし両者を結びつけるこんきよが見つからない──風蘭と樹も、みきたち三人とじようきようとしては似たようなものであった。

「私たちに、なにか、できることはないのでしょうか……?」

 分かってしまったからにはほうっておけない──遥香が問いかけるも、樹と風蘭は残念そうに首を振る。

「今の段階で目立った行動はできない。アンタたちの気持ちはうれしいが、星守が本格的に動くとなれば、イロウスにおんな動きがあると宣言するようなもんだ。せっかく平和が戻ってきたんだ。このタイミングで下手に不安をあおるのもな……」

 確かなしようが見つかるまでは、ことを大きくしたくないのだと風蘭が打ち明ける。

「確実なことが分かるまで公表をひかえるというのが、私と風蘭と……学園の方針です」

「ですがっ……!

 明日葉が複雑な思いをぶつけようとした、その時だった。


「残念ながら……そうも言っていられない状況になってきました」


 とうとつに割り込んできた声は神樹ヶ峰女学園の理事長──神峰かみねたんだった。

「理事長!?

「どういうことですか!?

 いきなりの登場と言葉の中身に、五人が牡丹の真意を問う。

「樹、風蘭……今すぐ星守たちを集めてください。もはや、我々に残された時間はありません」

 牡丹はかくを決めるように言った。

「我が学園の生徒数人が……姿を消しました」

 だれもが言葉を失った。

「……いつしよにいた友人が目をはなしたすきのことだったようです」


「そんな……」

「とうとう神樹ヶ峰にもがいが……」

 おそれていた事態が現実のものとなってしまった。樹と風蘭の間にきんちようが走る。

「方針を、てんかんします。星守クラスには今回の事件……いえ、一連の失踪事件とイロウスとの関係について、調べていただきます」

 あまりに急な展開に、みきたちもショックをかくしきれない様子であった。

 しかし、彼女たちも『星守』だ。

 この星の平和を守る者としての覚悟は、とうの昔に固まっていた。

 すぐに気持ちを切り替えた彼女たちのひとみには、すでに力強い光が宿っていた。

「みき、遥香、二人はすぐにみんなを呼んできてくれ。私は、先生方と今後の動きを確認する」

「はい! 行こう、遥香ちゃん!」

「ええっ!」

 明日葉の言葉に、みきと遥香は力強く頷くと、仲間たちの待つ教室へとけていった。


      


 みきたちが向かった先、そこはあきばらだった。神樹ヶ峰の生徒の失踪事件が起こった現場だ。

 すでに事情を把握しているみき、遥香、明日葉がそれぞれ先導役となり、手分けしてそうさくにあたることになった。

 みきはすばる、心美、うらら、あんこと一緒である。


「あの子たちも動き始めたみたいね」

 みきたちをながめる二ついの瞳があった。

「私たちより数も多くて、ちゃんとしたサポートも受けて……そんな星守が今までなんら行動を起こしてこなかった……。まったく、なにをやってたのかしら……」

のんちゃん、そんなふうに言わないの……」

 いらちをおさえきれない様子のこうがみ花音と、それをなだめるくにえだである。

 二人は星守たちの様子を遠巻きに見つめながらものかげに身を隠していた。

「星守さんたちには星守さんたちの事情があるのよ、きっと」

「どうだか……。地上からイロウスを追いはらっただけで満足してるんじゃないの? いま、こんなに大変なことが起こってるっていうのに……」

「ふふっ、花音ちゃん、顔がこわいわよ?」

 詩穂からニッコリと微笑ほほえみかけられ、花音はむぅとうなりながらも頷いた。

「分かったわ。でも……どちらにせよ、急ぎましょう。星守がたよりないぶん、私たちががんらないと」

「ええ……花音ちゃん」


      


「秋葉原の地下にこんな空間が広がっていたなんて……」

 イロウスが出現した場所を中心に捜索することになっていたみきたちは、用水路の出口から逆に進んで地下水路へとせんにゆうしていた。

 まともな明かりもなく、にごった水がチョロチョロと流れる中を進む──そうして弱々しいライトの光だけを頼りに歩いていると、なぜか明かりがともされたわきみちを見つけたのだ。

 そちらに歩を進めてしばらくすると、一気に開けた空間に出た。

 きよだいな柱が何本も並んでいててんじようを支え、その天井も見えないくらい高い。

 じゆうぶんではないものの明かりの数も増え、なんとか空間の全体像が見て取れた。

「人の手が加わっているみたい……昔、造られたなにかのせつかな……」

 昴が周囲をけいかいしながら先頭を進む。

 イロウスがひそんでいるかもしれない以上、気をくわけにはいかなかった。

 ここにイロウスが、いや、ひょっとしたら連れ去られた女の子もいるかもしれない──なにか手がかりはないかと五人が辺りを探る。

「……あ、みきせんぱい!」

 走り出した心美が、地面に転がっていたなにかを拾い上げる。

「これ……うちの校章!?

 見覚えのあるデザイン──ちがいなかった。

「ここに校章があるってことは……やっぱりここに連れてこられたんだ……」

「じゃあ、いなくなった女の子たちは、ここにかんきんされてたってこと!?

 うららが背筋をふるわせる。

 自分たちが今、まさに事件の現場にいるのだという感覚が強くなる。

「みんな、女の子たちを探すよ!」

 みきが声をかけた──その時だった。

 暗がりの向こう──無数にある地下水路の奥から、あらいきづかいが聞こえてきた。

 息遣いは数を増し、近づいてくる。

 やがて、その正体が五人の前に姿を現した。


 それは──これまで目にしたことのないイロウスであった。


「な……なにあれ……」

「イロウス……? でもあんなの、見たことない……」

「だって……あれじゃあまるで……」

 誰もが自分の目を疑った。


 そのイロウスは──二本のあしで立っていた。

 そしてなにより──人のかたちをしていた。


 彼女たちが知っているイロウスといえばけものの姿をしたものばかりだった。

 空を飛ぶものもいるにはいるが、四本脚で歩くものが大半だった。

 それなのに、ここにいるイロウスはどうだろう。

 どす黒いころもをまとったかのようなようぼうりんかくはぼやけ、その正体をひた隠しにする。

 だが──二本の脚で立っている。

 ふらつきながらも、確かに二本脚で立っている。

 その姿は、人間となんら変わるところがなかった。

『ギギギギギッ!!

 そのイロウスはみきたちを見つけると、りよううでり上げてとつしんしてきた。

「くっ……なによ、こいつ!」

 イロウスの突進をかわしながらあんこがさけぶ。

「見た目が違っても、イロウスはイロウスでしょ! うららがやっつけてやるんだから!」

「わ、わたしもっ!」

 せいになったうららと心美が飛びかかってくるイロウスをむかつ。

 だいじよう、いつもみたいにすればいい──そう言い聞かせて戦おうとする。

 だが、勝手が違った。

「きゃあっ!?

「ここみ!」

 隙をかれて、のしかかられた心美に、とっさにうららが助けに入る。

「ここみ、大丈夫!?

「う、うん……ありがとう、うららちゃん」

 二人がかりでどうにかイロウスをはね返した。

「心美ちゃんっ! うららちゃんっ!」

 二人を心配するみきも、そちらに助けにいくゆうはない。

 彼女も、そして昴もあんこも──誰もがとつぜんのイロウスのしゆうらいに、本来の力を出せないままれつせいに立たされていた。

 星守同士の連係は乱れに乱れ、個人個人が目の前のイロウスの相手をするだけで精いっぱいだ。

(くっ……このままじゃ……)

 どうにかしなければと五人がもがいていた時──みきの眼前のイロウスがせいを上げながら宙を飛んだ。

 巨大な柱にたたきつけられ、そのまま動かなくなる。

 そのしようげきにイロウスたちの動きがわずかににぶった。

(みんなが……きてくれた……?)

 しかし、イロウスのきよから解放されたみきが見たのは──見知らぬ二人の少女だった。

「え……?」

 そのまどいはみきだけではなく、他の四人も同じだった。

 彼女たちは何者なのか。

 なぜこんなところにいるのか。

 彼女たちがイロウスをたおしたのか。

 疑問はきることなくこみ上げ、五人を混乱させた。

「まったく……そんなんで本当に地球を守れるの?」

 イロウスをき飛ばしたきんぱつツインテールの少女がやれやれとかたをすくめる。

「ふふっ……大丈夫だった?」

 みきの無事を確かめるように、やさしい顔をした青いかみの少女が微笑む。

「詩穂、まずはアイツらを倒しましょ、行くわよ!」

「ええ、花音ちゃん」

 二人はみきたちに背を向けるとイロウスへと飛びかかっていった。

 その戦いぶりに、みきたちは目を見張った。

 なんらおそれていない。

 ぎようのイロウスを前にしてかんいどみ、あつとうしている。

 おまけに二人の連係も、見事という言葉を通りして美しいくらいだった。

 一人がイロウスと相対すれば、もう一人はその背中をフォローする。

 一人がピンチになる前に、もう一人がその芽をんでしまう。

 しかも二人の間には合図もかけ声もない。

 わずかな目配せに、返すアクションは小さなうなずきだけ──それだけで二人はかんぺきなコンビネーションをろうしていた。

 まるですべてが初めから打ち合わせ通りだったような──それこそ、イロウスさえもが二人を引き立てるための役者だったのではないかと疑ってしまうくらいに。

 流れるように次々とイロウスを倒す二人に、まるでたいの演技を見ているような感覚におちいるみきたちだった。


 イロウスたちがぜんめつするのに、たいした時間はかからなかった。

 打ち倒されたイロウスは、まるで最初からそこにいなかったかのように、あとかたもなく消えていった。

「おつかれ様、詩穂」

「花音ちゃんも。とかしてない?」

「とーぜんっ!」

 まるで疲れた様子も見せない花音と詩穂だった。

「す、すごい……」

 自分たちが押されっぱなしだった人型のイロウスを、またたく間にとうばつしてしまった二人に、みきたちはただただ感心するしかなかった。

「あ、あの……」

 みきが二人に声をかける。

 すると花音はどこかげんそうに、詩穂は優しい笑顔でこれにこたえた。

「情けないわね……本当にあなたたちがイロウスから地球を取りもどした星守なの?」

「なっ……いきなり失礼ね!」

「ちょっと! なんでうららたちが、急にそんなこと言われなきゃならないわけ!?

 とうとつな激しい言葉にあんことうららが反発する。

 しかし、花音はそんな彼女たちをえ、自分は間違っていないと目で語る。

「私は本当のことを言っただけ……実際、さっきのイロウスにもまったく歯が立たなかったじゃない」

「そ、それは……」

「星守の使命は人々を守ること……そんな力で本当にやっていけるの?」

 見たことのないイロウスだったから、きよを突かれたから。

 言いたいことはいろいろあれど、ただの言い訳だと自覚している彼女たちはだまるしかなかった。

「花音ちゃん、それくらいで」

「だって詩穂! この子たち、星守なのに私たちに助けられているのよ! この程度の力じゃ、例のしつそう事件だって……」

「え……あの事件のこと、なにかご存じなんですか!?

 目の前の二人はただイロウスを倒せる力を持っているだけではないとみきが察する。

 自分たち星守と同じように、少女失踪事件とイロウスとをリンクさせている。

「あなたたちには関係のないことよ。行きましょう、詩穂」

「ええ。それでは失礼しますね」

 回れ右した花音が地下空間の奥へ進む。

 詩穂はみきたちに深々とおしてから花音の後を追いかけた。

「あの人たち、いったい……」

 昴がぼうぜんつぶやく。

 いったい何者なのか、なぜイロウスを倒せるのか、なぜあんなにも強いのか。

 さまざまな疑問がごちゃ混ぜになってこぼれ落ちた言葉だった。

「まったく! なんなのよ、あの二人! ちよう感じ悪いっ!」

「ま、なんにせよ、あんまり仲良くなれる気はしないわね」

「う、うららちゃん、あんこせんぱい……」

 苦い顔をするうららとあんこを心美がなだめる。

「でも……あの二人が言ってたこと、ちがってはいないんだよね……。実際、アタシたちだけじゃ勝てなかったし……」

「そう、だね……」

 昴の一言に、みきが暗い表情になる。

 世の平和を守るために戦うのが星守の使命──しかし、今回の新型イロウスに歯が立たなかったのは事実だ。

 このままでは──

「どうしたの、うららちゃん?」

 その時、さっきまで怒っていたはずのうららがしんみような顔をして、なにやらうなっていることに心美が気がついた。

「ちょっとね……。うーん……どこだっけなぁ……」

 おくのスポンジをぎゅっとしぼるように、なにかを思い出そうと必死な様子であった。

「どこかで見た気がしたのよねぇ……」

「見たって……さっきの二人を?」

「うん……」

 しばらくなやんだあげ、それでもうららは思い出せなかった。

「とにかく……私たちも先を急ごう!」

 気を取り直すようにみきが声をかける。

行方ゆくえ不明の女の子たちが近くにいるのは間違いないんだから。イロウスには勝てなかったけど……せめて早く助けてあげなくちゃ!」

 みきのおもいに一同も強く頷く。

 五人は気持ちを切りえて地下空間の奥へと進んでいった。


 開けた空間と地下水路が織りなす迷路をひたすら歩くこと小一時間。

 みきたちは再びきよだいな地下空間へとたどり着いた。

 すでにかなり深くもぐっている。

 これ以上を進むなら、さすがに一度引き返して態勢を整えた方が良いかもしれない──そんなことを話し合っていた時だった。

「あ、あれを見てください!」

 心美が指差す先にはさっきの二人がいた。

 そしてその足元には──

「うちの生徒だっ!」

 神樹ヶ峰女学園の制服姿の女子生徒たちが横たわっていた。

 気絶しているのかピクリとも動かない。

 みきたちは急いで少女たちのところへとけ寄る。

「あら、来たのね。尻尾しつぽを巻いてげたかと思ってたけど」

 少しだけ見直したというように花音が呟く。

「なっ……逃げるわけないでしょっ!」

「花音ちゃん、失踪した女の子たちは、ここにいる子たちで全員ね」

 手元のたんまつを操作しながら詩穂が報告した。

「みんな息はあるみたい」

「そう……良かった。あー、ちょっと疲れちゃったかも」

 花音がりよううでばして背伸びする。

「数が多かったものね、イロウス」

「ま、しよせんは敵じゃないけどね」

「あの……もしかして、ここにいたあの強いイロウス、全部倒しちゃったんですか?」

 まさかという顔でみきがたずねる。

「ここには一体もいなかったわ。ここに来るまでのやつのことよ」

 なんということもないように花音が言い放つ。

「確かに……ここに来るまで、イロウスはいつぴきもいませんでした……」

「そんな、たった二人で全部のイロウスを……」

 改めて花音と詩穂の強さに感服するしかない五人だった。


『ねえ~、おなかすいた~、お買ってきて~』


 その時、この場の空気にそぐわない気のけた声が辺りにひびわたった。

あおいちゃんってば……」

 花音がやれやれとだつりよくしながら、通信機らしきものを取り出す。

「そんな子供みたいなことを言わないで。いい大人なんだから」

『あー、花音がいじめる……詩穂ぉ~』

「まあまあ、花音ちゃん。そんなこと言わないの」

『詩穂ってばやさし~。花音も化け物退治より、私のことを心配してほしいな~』

「空腹の心配って……星守がたよりにならないから私たちがやるしかないの!」

『わーん、花音がこわい~』

「まったく……」

『それに二人には、他にもやることがあるでしょ? 早く帰っておいで~』

 その言葉を受けて、なにか言いたげだった花音がぐっとこらえる。

「はぁ……帰りましょうか、詩穂」

「ええ、花音ちゃん」

 これ以上の問答は意味がないとあきらめた花音が回れ右して、詩穂もそれにならった。

「あとはあなたたちに任せるわ。この子たちを地上に連れて帰ってあげて」

「よろしくお願いしますね」

 あとに残された星守たちは、とつじよ現れたなぞの二人組の実力に感心しつつも、次々とわき上がる疑問をおさえきることができなかった。

 彼女たちは、いったい何者なのか。

 なぜイロウスをたおす力を持っているのか。

 そしてなぜ、あれほどまでに自分たちを敵視するのか。

「結局、あの子たちがだれなのか分からなかったね……」

「そうね。ま、ワタシたちのことを良く思ってないってことだけは分かったけど」

「なんなのよ、あの態度! うらら、ああいう人、好きじゃないっ!」

「う、うららちゃ~ん」

「でもとりあえず……この子たちを安全なところに連れていかなきゃだね」

 言いたいことはきなかったが、みきたちはとりあえず星守としての役割を果たすべく、意識を失っている生徒たちを安全な場所へ運ぶことにした。


      


 みきから知らせを受けた樹の協力もあり、地下空間の少女たちは無事に救助された。

 やはり連れ去られたしゆんかんから目を覚ますまでの記憶を失っていたが、肉体的にも精神的にも大事ないということで、とりあえずは一件落着となった。

 その立役者として賞賛されたのがみきたち星守だったのだが──もちろん、それをなおに喜べるわけもなかった。


 神樹ヶ峰女学園へともどったみきたちは、地下空間で出くわした少女たちについて樹に尋ねてみた。

「星守ではないけれど、イロウスを倒せる……」

 みきの言葉に樹がうーんと考え込む。

「残念だけどわからないわね。そういう存在がいるという情報も現時点では入っていないわ」

「そうですか……」

 樹の言葉にみきが大きく肩を落とす。

 気落ちした星守たちを前に、樹は彼女たちを激励するように柔らかく微笑んだ。

「でもみんな、よくがんってくれましたね。行方不明の少女全員を無事に救出できたことは、大きな成果でしょう」

 残念ながらイロウスが少女を連れ去る理由だけが不明だが、それを補って余りあるしゆうかくだろう。

 そう感じて教え子をめた樹だったが──少女たちの表情はかなかった。

「あの、理事長……」

 これまでの会話を隣で聞いていた牡丹へ、みきが思い切ったように口を開く。

「私たちは、星守は……弱いんでしょうか……?」

 新型のイロウスに狼狽うろたえてなにもできなかった自分たちをしりに、あの少女たちは難なく制圧していった。

 二人の連係も感動すら覚えた。

 それに比べて自分たちはどうだろう──すっかり自信をなくしてしまっていた。

「ふふっ……だいじようですよ」

 そんな不安をぬぐうように、牡丹はゆっくりと言い切った。

「私は、誰とかくしてもあなたたちのことを、弱いなどと決して思いません」

「そう……ですか……」

 なぐさめの言葉を受けてなお、みきたちの表情は晴れない。

「でもワタシたち……あの人たちの言う通り、なにもできなかった」

「……そうね」

 昴とあんこがその時のことを思い出し、何度目になろうかというため息をもらした。

「やっぱり……私たちは弱いんでしょうか……」

「そんなことないっ!」

 心美の言葉にうららが声を荒らげる。

 だが、みんなの視線を受けてその勢いはすぐに沈んでしまった。

「そんなこと……思いたく、ないよっ……」

「うららちゃん……」

『はぁ……』

 少女たちの間に暗くよどんだ空気がただよう。

 そんな空気を打ち破ったのは──風蘭だった。

「話は聞かせてもらった!」

 一同が振り向いた先で、理事長室の戸を開け放った格好の風蘭がニヤリと笑う。

「おまえら、もっと強くなりたいんだってな?」

「な、なにか方法があるんですか!?

 風蘭の勢いに、みきが思わず前のめりになった。

「喜べ! ちょうど、新しい特訓プログラムをためしたいと思っていたんだ!」

『新しい特訓!』

 あの二人に追いつける強さを身につけられるなら──それまでしょんぼりしていた少女たちのひとみに力が戻った。

「全員、星衣になってラボに集合!」

『はいっ!』


      


 風蘭の特訓を乗りえた少女たちは、続けて街のパトロールに出ていた。

 イロウスがひそんでいないか、せんぷくしているこんせきはないかを調べるのだ。

 あの二人に早く追いつきたい、強い星守になりたい──その一心で続けざまにあたえられる任務にいどんでいた。

 パトロールの際、心美とうららはしぶ周辺を割り当てられ、二人で歩いていた。

 ヘトヘトになりながら、しかしみんなが頑張るのだからと元気を振りしぼる心美に対し、うららはずっと上の空だった。

「うららちゃん……?」

 なにやら考え込んだままのうららに心美が声をかける。

「えっと……うららちゃん?」

 聞こえていないのかな、と心美が顔をのぞき込むと、

「あーもうっ! ここまで出かかってるのにっ!」

 とつぜんのどのところを指でトントンしながらもんぜつし始めた。

「思い出せそうで思い出せないのって、すっごいモヤモヤするっ!」

「思い出せないって……あの二人のこと?」

 そういえば地下空間でそうぐうした時も、うららは二人に見覚えがあるようなことを言っていた。

「そんなに無理して思い出そうとしなくても……」

「だーめっ! なんかよく分かんないけど……このままにしておくのはすっごくイヤなの! 思い出さなきゃダメだって、うららの中でなにかがうつたえてるのっ!」

「よく分かんないよぅ……」

 うららが必死になる理由がさっぱりな心美は、それ以上の追及を止めた。

 そのうち思い出してくれるだろう、くらいの気持ちで、今はパトロールに集中する。

 そんな感じでしばらく街を散策していた──その時だった。


『さーて、今週もやってきました! ベストヒットGP!』


 きよだいな街頭スクリーンから陽気な声とリズムが聞こえてきた。

『今日、しようかいするのはこの二人です! どうぞ!』

『はい、初めましてーっ!』

 その声に──おくの海にしずんでいたうららの意識が一気にじようした。

 はじかれたようにスクリーンを見上げ、そしてきようがくする。

「あ、あ、あ……」

「うららちゃん?」

 急変したうららの様子に心美が首をかしげる。

 そんな彼女に答えることもなく、うららはただ、ふるえる指をスクリーンに向ける。

 それにつられて頭上を見上げた心美も、やはり声を失った。

『私たちのこと、知ってる人はお久しぶり!』

『知らなかった方は、ぜひ覚えていってください!』


『私たち、二人合わせてf*fフオルテシモです!』