序章 きずな



 遠くかんせいが聞こえた。

 光のカーテンの向こう側で、何百何千という人々が待っている。

 今か今かと待ちわびている。

 期待と興奮をはらんだまばゆかがやきが、暗幕をすりけてやみの中へとみ入り、少女の足元を照らし出した。

「はあぁ……いよいよね……」

 ステージのそでくにえだは深呼吸した。

 頭の中にまでひびいてくる心臓のどう目眩めまいさえ覚える。

 ぎゅっとむなもとに押しつけた右手は、ずっと小さくふるえたままだ。

(これから歌うんだ……あの光の中で……)

 考えるだけでものすごくワクワクして、でも、ものすごくこわい。

 光と闇が入り交じる中に立つあしが震えていた。

だいじよう、いっぱい練習したんだから……」

 おまじないのように何度もつぶやく。

 大丈夫、大丈夫、大丈夫──

「どうしたの、詩穂?」

 トンッと背中をたたかれ、詩穂は我に返った。

「か、のんちゃん……」

 り返った先でこうがみ花音が微笑ほほえんでいた。

「ひょっとしてきんちようしてるの? ふふっ、そんな顔じゃみんなの前に出られないわよ?」

「うん、分かってる……つもりなんだけど……」

 頭では理解していても心が従ってくれない──詩穂の右手は震えたままだ。

「もう、詩穂ったら……ほら」

 花音は詩穂の正面に回ると、不安におびえるその手を両手でそっとにぎった。

「絶対に大丈夫。私が言うんだからちがいないわ。詩穂は大丈夫……」

 花音がり返しささやく。

 まるで泣きじゃくる子供をあやすように、何度も何度も。

…………ね?」

 ニコッと笑った花音を前に、詩穂の手の震えはいつの間にか消えていた。

「……ありがとう、花音ちゃん」

「ふふっ……どういたしまして」

 花音は安心したように詩穂の手を放すと、詩穂が見つめていた先──光あふれるステージの方に向き直った。

 その横顔を詩穂がそっとうかがって──息をむ。

 自分に微笑んでいた花音とは違う、しく自信にあふれた笑みをかべる彼女がいた。

 不安に震えていた自分と、なんら怖がる様子のない花音。

 そんな花音がまぶしすぎて、詩穂は思わずれてしまった。

「……ん?」

 気づけば花音に逆に見つめ返されていた。

 詩穂は照れたように視線を外す。

 少しのちんもくをはさみ、そっと口を開く。

「……ありがとう、花音ちゃん」

「もう、それはさっき聞いて……」

「ううん、さっきのことじゃないの」

 不思議そうに首をかしげる花音に詩穂は続ける。

「私は歌が好き。歌うのが大好き。でも……ずっとひとりで歌ってきた。だれかの前で歌うのが怖かったから……」

 自分に自信がなくて、誰かに聞いてもらうなんて思いもしなかった。

 ずっとそうだった。

 だけど──

「花音ちゃんが私に手を差しべてくれたの。詩穂の歌はすごいよって、きれいだよって教えてくれたの。そうじゃなかったら私、きっとここまで来られなかった……」

 詩穂は両手で花音の手を握った。

「だから……ありがとう、花音ちゃん。こんな私といつしよにいてくれて……」

 呟く詩穂にしばらくキョトンとしていた花音は、

…………なーに言ってるのよ」

 軽く微笑んで、自らの額を彼女の額にコツンと当てた。

「詩穂のためだけじゃない。詩穂の歌をきたい、たくさんの人に聴いてほしいって私が願ったの」

「花音ちゃん……」

「だから、詩穂がここにいる理由の半分は私のワガママみたいなものよ。そんなふうに自分で全部を背負い込まないで」

 花音の手がそっと詩穂のかみに伸びる。

 アルファベットのFをかたどったヘアピンをそっとなでた。

「約束したでしょう? 私たちは二人でトップを目指すって。二人で羽ばたくんだって」

 やさしく語りかける花音に、詩穂の手も自然と花音の髪へと伸びていた。

 そこには同じ、Fをかたどったヘアピンがあった。

「うん……うん……」

 どこまでも自分を許容して、こうていして、おうえんしてくれる花音に、詩穂のがしらに熱いものがにじんだ。

「ありがとう……本当に……」

「もうっ、そういうのはこのステージが成功してからでいいの!」

「わっ、あいたた……」

 き合わせた額をグリグリしてくる花音に、詩穂が小さく悲鳴を上げた。

 やがてどちらからともなく、クスッと笑みをこぼす。

「……じゃ、行くわよ」

「うんっ!」

 花音と詩穂がけ出した。

 暗いステージの袖から、光り輝くたいの真ん中へ。

『それではごしようかいいたしましょう、いま話題の高校生ユニット……f*fフオルテシモのお二人ですっ!』