「……うん。ミィミ、あるじを支える」

 ポロポロと泣きながらミィミは、ゾンデさんに抱きつく。牙でも爪でもなく、初めて与えられた娘からの愛情に、ゾンデさんは少し戸惑ったあと、その赤い髪を撫でた。

 うん。やっぱ羨ましい。

 血は繋がっていないけど、この二人はとてもいい親子だ。


 ◆◇◆◇◆


 ミィミの身請けが無事に決まった一方……。

 二人の勇者を乗せた馬車が一路南下し、帝都へと向かっていた。

 やや慌ただしく回る馬車の車輪の音と微震を感じ、真田三宗は目を覚ます。

 視界に映り込んだのは、野球帽にスカジャンを羽織った少年──ショウだった。

「やっと起きた。ミツムネくんさ。さすがに寝過ぎだよ」

 早速ショウは不満を漏らすが、ミツムネのほうはまだ状況が理解できていないらしい。

 せわしなく目玉を動かす。やがてゆっくりと記憶を呼び起こすと、不意に巨大な隕石が落ちてきた場面がフラッシュバックした。

「ハアアアアアア!」

 ミツムネは上半身を起こす。汗でべたついた金髪を撫で、荒く息を吐き出した。

 ややオーバーリアクション気味に、周囲を窺ったが、隕石らしきものは一切見当たらない。

「オレ……。生きてんのか?」

「ボクが助けたんだよ。感謝してね」

「ガキ……、お前────」

「君に万が一のことがないように、陰ながらサポートしていたんだ。陛下の命令でね」

「ずっとオレを見張ってたってわけか?」

「それが仕事だったから。……ああ。もう一人の勇者は死んだよ。ボクがサポートしろと言われたのは、君一人だからね」

「そんなことはどうでもいい。ブラックはどこへ行った?」

「あの後、どっかへ消えちゃった。すごいね。ボク以外でも、転送の力を持っているなんて」

「引き返せ」

「嫌だね。ボクは帝都に帰りたい。田舎はやっぱりボクには合わないや。退屈でしょうがない」

「うるせぇ! オレが引き返せって言ったら、引き返すんだよ」

「はあ……」

 ショウは少しわざとらしくため息を吐く。すると荷台の上に置かれていた槍の束を拾い上げた。

「なんだ、ガキ? まさかオレとやろうってのか? つーか、お前槍なんて使えたのかよ」

 ミツムネは立ち上がるが、ショウが槍を構えることはなかった。

 ただ槍の束を持ったまま〈ジャンプ〉と声をかける。

 瞬間、ショウの手元から槍の束が消えた。

「槍なんて使わないよ。まともな殴り合いなら、ミツムネくんにはかなわないからね。まさに大人と子どもの差さ。……でもね、ミツムネくん。それはボクたちがこの前まで住んでいた退屈で退屈でたまらない地獄のような日常での話なんだ」

「何が言いてぇ?」

「ここは異世界で、剣と魔法の世界なんだよ。ただ体格や腕っ節の強さだけで勝負が決まるわけじゃない。ここは学校の廊下でも、体育館裏でもないんだ」

 ドンッ!

 爆発音が鳴り響く。

 ショウとミツムネが乗っていた馬車が突然爆ぜた。

 馬も、御者も一緒に吹き飛び、幌付きの荷台は真っ二つになりながら砕け散る。

 当然、ミツムネもまた放り出され、受け身も取れず、背中から地面に落ちた。

 装着していた鎧のおかげで多少衝撃は軽減されたが、口の中に血の味が滲む。

 十秒後、ようやく起き上がることができたミツムネが見たものは、無数の槍を中心に広がった大きな穴だった。馬車の残骸が飛び散り、今も馬が目を回している。

 御者は動かない。おそらく死んでいるだろう。

 突然の強襲────。

 ミツムネは周囲を窺ったが、誰もいない。ただ一人ショウが立っているのを見て、息を呑んだ。まだ子どものショウが、この惨事の中で平然と立っていたからだ。子どもとは思えない異様な表情に、ミツムネはブラック戦以来の恐怖を覚える。

「お、お前……」

「わかったかい。貧弱な槍でも高さと落下角度を調整すれば、立派な兵器になり得るんだよ」

「てめぇ……」

〈ジャンプ〉

「ぐはあああああああああああ!!

 突然、ミツムネは悲鳴を上げた。

 自分の口の中に何かゴソゴソと蠢く異物のようなものを感じたからだ。

 慌てて指を突っ込み、取り除く。それはイナゴに似た大きな昆虫だった。

 口内に残る昆虫の感触を、ミツムネは必死になって掻き出そうとする。

 ふと顔を上げると、ショウが目の前に立っていた。

 大きく瞼を広げ、まるで虫かごに入った昆虫でも観察するかのようにミツムネを見つめている。

「その気になれば、ミツムネくんの心臓に石ころを入れることだってできるよ。それがどういうことか、いくら頭が悪い君でもわかるよね?」

「て、てめぇ……」

「君を殺そうと思えばいつでも殺せるんだよ、ボクは。いい加減、頭を使おうよ。原始人じゃないんだからさ。ここは君が住んでいた現代じゃないんだ。異世界なんだよ」

 ショウから殺意は感じられない。ミツムネに対する興味すらないように見える。しかし目は子どものそれとは思えないほど濁りきり、闇に落ちていた。

 最後にショウは、ようやく少年らしく屈託なく笑う。

 スカジャンのポケットに手を入れたときには、いつものつかみどころのない少年に戻っていた。

「あーあ。たまには馬車の移動もいいかなあって思ってたけど、飽きちゃった。帰ろうか、ミツムネくん」

「あ、ああ……」

 超然とした少年の雰囲気に呑まれ、ミツムネはかろうじて頷く。

 少年から差し出された手を取ると、二人の勇者は消えてしまった。


 ◆◇◆◇◆


 メルエスで目的を達成した俺は、北へと向かう馬車にミィミと一緒に揺られていた。

 デーブレエス伯爵が失脚すると、次の領主が決まるまでの代官がすぐにやってきて、それまで滞っていた国境審査業務を再開した。早速申し込んだ俺は、ついに帝国脱出のための国境通過書を手にする。しかし、行き先は予定していたルーラタリア王国ではない。直前で変更し、今は西のほうへ向かっていた。

「いいの、あるじ。お姫様から仕事を手伝ってほしいって言われたんじゃないの?」

「ラーラのことか……。まあな」

 メルエスを出る三日ほど前。ミィミと一緒に、俺はラーラからスカウトされていた。

 ティフディリア帝国は各国から魔導書や、レアな素材、魔導具アイテムなどを密かに買い集めて、他国の戦力を少しずつ削りつつ、自分のところの戦力を増やしている。その戦略の一環が勇者召喚だ。

 しかし、その企みは看破された。最近ではルーラタリア王国を始め各国が、軍事拡大を続ける帝国に対抗しようと連携を深めているらしい。

 そのパイプ役を担っているのが、ラーラ・ギ・ルーラタリアだ。

 既に各国の有力者たちが、彼女に協力を申し出ている。ティフディリア帝国の中にも協力者がいて、その一人がロードルというあの審判なのだそうだ。

 しかしラーラたちの動きはティフディリア帝国も掴んでいるらしい。

『おそらくわたくしの命を狙ったのも、帝国の誰かでしょう』

 神妙な表情でラーラは語ったが、それでも彼女は今の役目から降りないという。

 俺にはそのサポートを頼みたいとのことだったのだが……。

「ラーラのことは信用しているし、手伝ってはあげたいとは思う。でも、今のところルーラタリア王国側の一方的な主張を聞いただけだ。それが必ずしも真実とは思えない。判断を下すには、まだ情報が足りなさすぎる」

 ジオラントに来て、まだ三ヶ月も経っていない。

 俺はもっと今のジオラントを見て、聞いて、感じる必要がある。

 戦争は厄介だが、今すぐ始まるという雰囲気でもないしな。

「ジー……」

「なんだよ、ミィミ。その目は……」

「そんなことを言って、あるじはゆっくりしたいだけ」

「バレたか。まあ、書き置きは残してきたし、予感がするんだ。また会えるんじゃないかってね」

「ねぇ、あるじ」

「ん?」

「あるじ、ラーラのこと好き?」

「ぶほっ! ち、違うよ。そもそもラーラと俺じゃ釣り合わないだろ」

「昔『剣神』が言ってた。愛に国境も身分も関係ないって」

 ミィミに何を教えてるんだよ、あいつは。

 思えば剣以外のことは、ろくなことを教えない奴だった。

「あるじ、顔が赤い。あやしー」

「そ、そういうミィミは俺のこと好きだろ?」

「うん。あるじのこと、だ~い好き!」

「ちょっ! ミィミ!」

 ミィミは俺を押し倒すと、お腹の上で猫のようにすり寄り、くっついてくる。

 幌の中は慌ただしかったが、馬車はゆっくりとわだちを進めていく。

 向かうは西の国──エルフが建国したというパダジア精霊王国だ。

《了》