第三部 第一話


 ◆◇◆◇◆  クロノが剣闘試合に参加を決める数日前  ◆◇◆◇◆


 大きな男だった。

 背丈は180センチ、いや190はあるだろうか。

 発達した肩幅に、分厚い鎧のような胸板。鍛え上げられた足腰は巨木の根のようにどっしりとしている。整った身体とは反対に、髪と髭はややボサッとした印象をもたせるのだが、結んだ口がその緩んだ印象を強く引き締めていた。

 彼の名前はロードル・ダ・ブックエムド。

 元ティフディリア帝国騎士団の団長にして、今は引退して、軍の管理官として働いている。

 軍の管理官というと、少し聞き慣れない役職だが、言ってみれば軍の不正を調べるのが主な仕事だ。

 ティフディリア帝国のみならず、ジオラントでは現在のところ人間同士の大規模な戦争は行われていない。戦いはもっぱら魔獣相手であり、それも今や冒険者の生業になりつつある。明確な敵がいない状況は、残念なことに国や官吏たちに緩みが生まれる。それは軍部も同じであった。

 ロードルは軍に入ってから、そうした緩みを憎んできた。

 騎士団長を退いた後も、不正を取り締まる部署を自ら皇帝に進言し、その任についている。

 そのロードルの前にいたのは、剣闘試合を提案したレプレー・ル・デーブレエスだ。

 デーブレエスの顔は真っ青になっていた。

 目の前に座るロードルのガッシリとした元軍人らしい体格と、とびいろに宿る油断ならぬ瞳の眼光。そして管理官という不正を取り締まる側の人間の迫力に、人民の前では朗々と演説を打っていた領主もすっかり縮こまっている。

 落ち着こうと、自ら差し出した紅茶を飲もうとしたが、震えてうまく飲めない。取り落としそうになったカップを支えたのは、そのロードルの手であった。

「かたじけないのであーる。……そ、それでブックエムド男爵。我が輩になんの用であーるか?」

「デーブレエス閣下が主催する剣闘試合について、皇帝陛下がとても興味を持たれておりましてな。観覧されたいということで、きゆうきよメルエスに足を運ばれることとなりました」

「へ、陛下がぁぁぁああああ!」

 皇帝陛下の四文字を聞いて、デーブレエスの声が裏返る。

 剣闘試合はデーブレエスの趣味と実益のために開催するつもりだった。

 ところが本人の予想していた十倍以上の参加申込みがあり、今やティフディリア帝国を超えて、隣のルーラタリア王国からの参加者もあるという異常事態に発展していた。

 金貨三百枚という破格の優勝賞金もさることながら、副賞であるデーブレエスの愛蔵の書が注目度の高さの一因となっていた。各地から猛者がつどった結果、現状のような大騒ぎになったというわけである。

 日増しに参加者が増えていくのを見て、デーブレエスは戦々恐々としていたが、まさか皇帝陛下までが剣闘試合に注視しているとは思わなかった。

「本当であーるか? 本当に皇帝陛下がメルエスにお越しになるというのであーるか!?

「左様。私は特別に剣闘試合の保安管理担当の責任者として、大会当日は審判の役目を担うように仰せつかりました。せいてんへきれきかと思いますが、剣闘試合まであまり時間がない。ご協力いただけないかと、こうして頭を下げに来たというわけです」

 ロードルは膝に手を突き、深々と頭を下げた。

 陛下が来ることだけでも驚きなのに、さらに管理官まで自分に頭を下げるという状況に、頭の回転の鈍い肥満伯爵は慌てふためく。

「ロードル殿。顔を上げるのであーる。我々の仲なのであーる」

「ご協力いただけますか?」

「陛下がご観覧あそばすだけでも身に余る光栄なのであーるのに、この上──元ティフディリア帝国騎士団長のロードル殿に試合を裁いてもらうなど。これ以上のほまれはございますまいであーる」

「恐縮です、伯爵閣下」

「ところで、もちろん主催の我が輩は、拝謁の栄誉を賜ることができるのであーるか?」

「もちろん。陛下もデーブレエス殿の功績を讃えることでしょう」

「おお!」

 ついにデーブレエスは立ち上がり、玩具をもらった子どものように飛び跳ねる。しかし、ロードルの話はここで終わりではなかった。再び鳶色の瞳をひらめかせると、デーブレエスに座るように促す。

「そこでデーブレエス殿に、陛下からもう一つ頼みごとがあるのです」

「なんでも言ってほしいのであーる」

 デーブレエスはにこやかに応じた。


「勇者が来るってどういうことだよ、親父!」

 ロードルがいなくなった執務室で、男が諸肌を脱ぎ喚いていた。

 名前はゼビルド・ル・デーブレエス。デーブレエス伯爵家の長男。つまりデーブレエスの息子だ。

 鏡餅体型の父親と違って、息子の身体は筋肉の鎧で覆われていた。非常に健全と言わざるを得ない肉体だが、その口調からは父親とは違って、傲慢さが垣間見える。頭に鶏冠をつけたような髪型も、どこか貴族らしくなく、優雅さからはほど遠いものであった。

「ゼビルド、落ち着くのであーる。すぐそうやって頭に血が上るのは悪いくせであーる」

「皇帝陛下が寵愛している勇者のデビュー戦として、この剣闘試合の舞台を利用したいって、それってつまり八百長しろってことか?」

「ロードルの言い方はそういう感じではなかった。あの男は不正を憎む男であーる。騎士団長という役目から退いたのも、軍の不正を告発したかったからという噂もあーるぐらいであーる」

こっちの八百長はどうするんだよ? 参加者も増えて、国まで介入してきた。オレ様が無双して優勝賞金はオレ様がもらう。親父は大事な蔵書を奪われずに済み、さらに莫大な賭け金が懐に流れ込む──そういう手はずだったんじゃないのか?」

「それは……、先生に聞いてみなければわからないのであーる。いかがですかな、カブラザカ先生」

 執務室にはもう一人男がいた。

 柔らかい革張りのソファに深く腰掛け、蒸留酒が入ったグラスを傾けている。

 先生、と呼ばれると、男はややとぼけた顔をデーブレエス親子に向けた。

 黒髪の癖ッ毛に、丸く愛嬌のある黒い瞳。色白で、体型はひょろっとしていて、用心棒という風情でもない。しかし、デーブレエス親子は、ともに先生と呼んだ男に対して、最大限の敬意を払っているように見えた。

「ご心配なく。我々が考えている八百長はバレやしませんって」

「しかし、皇帝陛下の御前で……。勇者もいるのであーる」

「何言っているんですか、レプレー殿。わたくしのギフト『くすり』ならば、無味無臭の毒でもなんでも創薬することができます。任せてください。この勇者カブラザカ・マコトに」

 ……最高の筋書きを、ご子息にご用意いたしますよ。


 ◆◇◆◇◆


 メルエスはお祭り騒ぎだった。

 初めて街で執り行われる剣闘試合。その賑わいもさることながら、遠い帝都から皇帝陛下がお越しあそばされるのだ。田舎の市民にとっては殿上人である陛下を一目見ようと、沿道にはたくさんの人が詰めかけていた。

 やがて皇帝陛下が自ら指揮する皇軍の先頭が、メルエスの街門をくぐると歓声が沸き上がる。旗が振られ、建物の窓から花吹雪が舞った。まるで凱旋式だ。

 陛下を乗せた馬車が街に入る。途端、歓声のボリュームが上がった。

 皇帝陛下は沿道に手を振ることなく、ただ真っ直ぐ前を向いているだけだったが、代わって目立っていたのは、白馬に乗った金髪の男だ。たくましい肉体に見事な手綱さばき。それなりに甘いマスクということもあって、いかにも絵になりそうではあるが、その纏う鎧は喪服のように真っ黒だった。

「まさに暗黒騎士だな」

 沿道に群がる人たちが度肝を抜かれる横で、俺も勇者ミツムネの姿を確認していた。

 恰好こそ変わったが、野獣のような瞳は変わらない。むしろ生来持つスター性は勇者と讃えられることによって増しているようにさえ見える。

「あれがあるじを叩いた悪いヤツ?」

「ああ。……でも、大丈夫。今度は負けない。ミィミもいるし。こいつもあるからな」

 ミィミを撫で、さらにアンジェに作ってもらった腰の得物に触れる。

 すると、ミツムネを見て沸騰しかかった気持ちが、和らいでいくような気がした。

「大丈夫。あるじ、負けない。あるじはミィミのあるじだから」

「ありがとう、ミィミ」

「二人でワンツーフィニッシュ」

「ああ。約束だ」

 ミィミの言う通り。俺の目的は魔導書と賞金であって、皇帝とミツムネに復讐することじゃない。

 ただ……目的を完遂するために、二人が障害になるというなら。

 そのときは遠慮なく、【大賢者】のスキルを味わわせてやるだけだ。


 ◆◇◆◇◆ 本戦開始 ◆◇◆◇◆


 いよいよデーブレエス伯爵主催の剣闘試合が開幕した。

 場所はデーブレエス伯爵屋敷の庭園だ。初めは大通りにある噴水広場でやる予定だったが、参加者が増加し、さらに皇帝陛下がすということもあって、警備の観点から屋敷の中庭となった。

 中庭といっても、デーブレエス邸の庭はかなり広く、某ドームがすっぽり収まるほどの敷地面積がある。そこに約五千人収容できる闘技場が急ごしらえで作られたのだが、既にその二倍の客が闘技場に詰めかけていた。

 変わったのは場所だけではない。運営方法もその一つだ。当初予選から本戦まで全てメルエスで行われることになっていたが、参加者の人数も膨らんだことから、各地域で予選だけ行われることとなった。その予選を勝ち抜いた十五名に、勇者ミツムネが加わった十六名が本戦を戦うことになる。

 俺とミィミ、ミュシャは予選を危なげなく勝ち上がり、本戦への切符を掴んだ。

 その初戦が今始まろうとしている。試合のボルテージは最初からMAXだ。

 栄えある剣闘試合の一回戦目から勇者ミツムネが出てきたからである。

 皇帝もご入来し、デーブレエス伯爵と一緒に観覧していた。

 既に審判のロードルは演武台の中央に立って、対戦者が揃うのを待っている。

 最初に現れたのは、勇者ミツムネだ。大声援で迎えられると、ミツムネは軽く手をあげる。元々テレビにも出演していたファイターだけあって、その姿には華があった。ミツムネは手慣れたパフォーマンスで客の心を一気に鷲掴みにすると、会場をあっという間に味方にしてしまう。

 対する俺もまた少し遅れて、闘技場入りをしようとしていた。

「まさか……。初戦の相手が本当にミツムネとはな」

「あるじ、だいじょうぶ?」

「大丈夫じゃないように見えるか、ミィミ」

「ううん。あるじ、強い。頑張って」

「二人でワンツーフィニッシュだからな」

 ミィミとグータッチを交わすと、俺は演武台へと向かっていった。


 ミィミはあるじの後ろ姿を見送る。

 その小さな肩をそっと叩いたのは、鎧を着たミュシャだった。

「クロノ殿は大丈夫か、ミィミ。少々気負っているように見えたが」

「だいじょうぶ、ミュシャ。あるじはミィミのあるじ。負けない」

「でも、相手は勇者だぞ」

「ミィミとあるじ、一ヶ月修行した。でも、一度もあるじに勝てなかった」

「一度も?」

「今のあるじ、【剣神】より強い」

「け、【剣神】? それは随分と大きく出たな。千年前に存在したという伝説の武人だぞ」

「そう。あるじ、【剣神】と互角に戦ってた」

「それにしても、顔のあれはなんなのだ?」

「それは知らない。ミィミ、知らない。でも、あるじはかっこいい」

 ミィミは日向の光に消えていくあるじに目を細めるのだった。


 ◆◇◆◇◆


「しまった。やらかしたな、俺」

 俺が闘技場に出てくると、歓声ではなく戸惑いの声が広がった。

 今、俺の前にはミツムネがいて、観覧席には皇帝がいる。

 ミツムネが俺の死を知っているかどうかは知らないが、少なくとも皇帝の耳には入っているはずだ。

 生存していることを二人に知られるわけにもいかず、苦肉の策として顔を隠すことにした。

 だから今、仮面を着けているわけだが、どうやら逆に目立ってしまっているようだ。

 しかし、仮面を着けてはいけないというルールはない。

『それでは栄えある剣闘試合一回戦第一試合を始めます』

 どこからか実況するような声が聞こえる。スキルで大きくしているのだろう。

 すると、ボクシングのように対戦者の名乗りが始まる。

『西の方角より、期待の新人──勇者ミツムネ・サナァァァアアダァァァアアアア!』

 怒号が響くと、その何倍もの歓声が返ってくる。

 完全に試合場は勇者一色になっていた。ミツムネは手を掲げて観客に応えている。

 元プロファイターだけある。歓声にビビることなく、むしろ自分の力に変えているように見えた。

『対するは東の方角……。謎の仮面の戦士──ブラック・フィィィィイルドォォォォオオオオ!』

 騒然とした試合会場が水を打ったように静かになる。やがて聞こえてきたのは、失笑だった。あちこちから俺をバカにするような罵声が聞こえてくる。何? ダサい? 嘘だろ? こっちは大まじめに考えたんだぞ、参加者名。自分の名前を英語読みにしただけだが……。むしろカッコいいだろ。

 ふむ……。どうやら異世界人には現代人のセンスがわからないらしい。

「ブラック・フィールド? なかなか生かす名前じゃねぇか」

 まさかミツムネに響くとは思わなかった。そう言えば、こいつも現代人だったな。

 名乗りが終わり、審判に呼ばれる。なかなか上背のある審判だ。ミツムネの背丈も相当だが、審判はその上を行く。しかも六十代ぐらいの爺さんだ。ミュシャ曰く、ティフディリア帝国騎士団の元団長らしい。なるほど。確かにいい体格だ。

「改めてルール説明を行う。試合は相手が参ったと言う、また審判の私が続行不可能と判断するまで続きます。武器、武器スキル、身体強化系スキルを使うことは可能とし、それ以外の遠・中距離の魔法、弱体化、回復などの魔法及びスキルは禁止とします。よろしいですかな?」

 俺はミツムネを警戒しながら、頷く。

 向こうも顎を上げて、見下ろしていたが、やがて仮面の隙間から見える俺の目に気づいた。

「その目、どっかで……」

「それでは離れて!」

 ミツムネの疑問は審判の声にはね除けられる。

 観客のボルテージは最高潮に達していた。わざわざ皇帝陛下が遠い所まで足を運び、その実力を確認しに来た勇者の強さがついにベールを脱ぐのだ。心の高揚が抑えきれず、客たちは吠えた。

 やがて皇帝が立ち上がる。

「はじめぃ!」

 大歓声の中、俺たちは動き出す。先手を取ったのはミツムネだ。

「行くぜぇぇぇぇえええええええええええ!!

 歓声に負けない声を上げると、両手剣を強く握る。

 続けて地面を蹴った。速い。残像のおかげで、身体が餅のように伸びて見える。

 十歩ほど離れて距離を取っていたが、一瞬にして間合いを詰めてきた。

 思いっきり両手剣を振り回すと、豪快に払われる。

 冷静に間合いを読み切ってかわすが、ミツムネはそこからさらに踏み込んできた。

 ぎ払った重たい両手剣を、無理矢理戻すとさらに払ってくる。

 俺も自慢の得物を抜き、剣の筋を変えて相手の体勢を崩そうとするが、ミツムネはぶれない。体幹が強い。腐っても元格闘家だけはある。ミツムネは三撃目、四撃目と両手剣を振り回し、俺を闘技場の端に追い詰めた。

「ギャハハハハハ! 楽しい! 楽しいね!!

「楽しい?」

「こういうのを待ってたんだ。ここはよ。人間をぶっ壊して誰も文句は言わねぇ世界だ。最高じゃねぇか。見ろよ!」

 武器を振り回したかと思えば、今度は手を広げて指し示す。

 そのミツムネのバックには多くの人間が、怒号のような歓声を上げて興奮していた。

 勇者! 勇者! と声が会場を包む一方、俺を「殺せ」という物騒な言葉も飛んでくる。

「こういうのだよ。みんながオレを応援しやがる。お前をぶっ壊せって叫んでる」

「昔を思い出すってか?」

「昔? あ……? てめぇ、本当に何者だ?」

「他意はない。それよりも俺はまだお前に壊されていないぞ」

「ははっ! 面白ぇ!!

 ミツムネは再び両手剣を振り回すが、俺は難なく躱し、闘技場の端から脱出した。

 ……思った通りだ。格闘技には精通していても、武器の扱いには慣れていない。

 斬撃の型は一辺倒だし、両手剣は破壊力こそ抜群だが、その分重い。リーチはあるが、その分懐に隙ができやすく、逃げるのも容易たやすかった。

「つまり懐に入られると、何もできないということだ」

「誰が何もできないって……」

 俺が懐に入った瞬間、ゆらりとミツムネが急に速くなった気がした。

 いや、今のはステップワークだ。入ってきた俺に合わせて、側面へと身を躱した。

 プロでなくても、その戦績はストリートを加えれば、かなりの数になる。場数を超えて獲得した最適解というわけだろう。

 ミツムネは両手剣を最上段に構えて、笑う。

「さあ……。断罪の時間だ」

 ギィンッ!!

 両耳を貫通するような激しい音に、歓声は一瞬静かになる。

 ミツムネが狙ったのは、対戦相手の後ろ首だ。そのまま落とせば、胴から首が離れていたかもしれない。だが、決してそのようなことにはならなかった。

 振り下ろされた両手剣が、いともあっさり持ち主ごと弾かれたのである。

「な、なんだ?」

 少し両手剣に振り回されながら、ミツムネは慌てて構え直す。

「オレの全力の一撃を払った? あんな細い剣で? 待て。もしやお前の持ってる剣って、刀か!?

「今さら気づいたのか?」

 俺は軽く刀を振る。

 この剣闘試合のために、アンジェに特注で作ってもらった刀だ。

 アンジェは初めて作ったというが、再現性はかなり高い。短納期で、しかも俺が伝えた知識だけでよくここまで作り込んでくれたと思う。

 両手剣よりも遥かに軽く、遥かに薄く。なのに打ち合っても決して負けない粘りを持つ。

「だったら何度も打ち込んでやるよ。その細い刀ごと、お前の身体をぶった切ってやる!!

 ミツムネは猛る。そして両手剣を握り直すと、宣言通り打ち込んできた。

 俺は真っ向からそれを受け、捌く。

 しかし、アンジェが作った刀は、ヒビはおろか、刃こぼれ一つしない。

 日本刀は「折れず、曲がらず、よく切れる」という一方で、それに反論する風潮がある。

 実際、戦国時代において刀による怪我は全体の4%程度。日本刀がいかに武器として使われてこなかったか、数字が如実に表している。『武士の象徴』として捉えたり、すぐに刃こぼれするような武器は、武器として欠陥品と断じる人間もいる。

 それが間違いとは言わないが、俺はもう一つの可能性を示唆する。

 日本刀は武器だ。とても高性能な……。

 高度であるからこそ使い手を選ぶ。達人──それ以上に神懸かった才能と肉体を持った、一種の狂気の中にいる武人にしか扱えなかったのではないか、と。

 日本刀が武器ではないという論理は、近代に生きた人間の発言だ。

 日頃から死と隣り合わせの生活をしてきた戦いの時代とは違う。人と殺し合うことが常であった時代の人間と今の人間は、身体も精神も食べるものさえ全く違う。今では非常識と思われる鍛錬を乗り越えた人間こそが、この日本刀を手にしたと俺は考える。

 故に俺は判断した。大賢者の身体能力を取り戻した今、日本刀こそが最適な近接武器であることを。

 ギィンッ!

「ぐぎゃっ!」

 妙な悲鳴を上げたのは、ミツムネのほうだった。

 もう何度俺に跳ね返されたかわからない。事実、ミツムネが持っていた両手剣はボロボロになっていた。対する俺の刀にはまだ刃こぼれすら起きていない。

 正しい方向の受けと、手首、腰と足の使い方を徹底すれば、たとえ日本刀でもそうそう刃こぼれは起きない。この一ヶ月、ミィミとの訓練で学んだことだ。

 いつの間にか熱の入った声援は止み、闘技場は静寂に包まれていた。勇者に賭けていた観客の中には怒鳴り声を上げるものも少なくない。前評判が高かった勇者が苦戦する姿を見て、徐々に疑問の声が上がり始める。本当に今戦っているのは、勇者なのかと。

 こういう状況の中、ミツムネのモチベーションはがた落ちなのかと思ったが、むしろ楽しんでいた。

「おもしれぇ……。ここからは本気だ。本気の本気で潰す!」

〈暗黒面〉

 ミツムネから黒いオーラが立ち上る。

 目が血走り、筋肉が脈動して、身体が少し大きくなったような圧迫感を感じる。

 クラス【暗黒騎士】の上位強化スキルか。クラス【バーサーカー】の〈鬼人化〉の良いところだけを抽出したようなスキルである。ただし、〈鬼人化〉は三倍に対して、〈暗黒面〉は四倍だけどな。

「行くぜ!!

 ミツムネは地面を蹴る。

 膂力が上がったことによって、飛び出す速度も上がっていた。

 一気に接敵し、自分の距離へと無理矢理俺を引き込む。

 サメのような歯を食いしばり、ミツムネは容赦なく両手剣を俺に叩き落とした。

 俺とミツムネに唯一差があるとすれば、スキルだろう。

 クラス【暗黒騎士】には強化スキルもあれば、斬撃のスキルもある。

 使えないのはギフト『あんこく』くらいなものだろうか。

 だが、俺には今のところ強化スキルも、斬撃スキルもない。

 使えるとしたら〈霧隠れ〉くらいなものだが、狭い闘技場で隠れてもあまり意味はない。

 俺の戦力は大賢者だった頃の肉体と、アンジェに作ってもらった刀のみ。