直後、少女の瞳が燃えるように赤く輝いた。硝子ガラスが割れるような音を立てると、蛇の紋様が消える。それは『服従の血判』の能力が消滅したことを意味していた。

「非常に申し上げにくいのですが? この子のクラスは【獣戦士】でして」

「【獣戦士】!?

 導きの星5。

 つまり、俺の【大賢者】やミツムネの【暗黒騎士】に匹敵するレアクラスだ。

 攻撃特化のスキルを獲得できる導きの星3のクラス【バーサーカー】。【獣戦士】はその【バーサーカー】の完全上位互換で、自身を強化する強力なスキルを覚えることができる。さらに使役した魔獣を使って攻撃させたり、遠くの場所を索敵させたりするスキルなどもあって、汎用性も高い。

 潜在能力の高い緋狼族に、【獣戦士】から受ける能力値補正、さらに超攻撃型のスキル。最強の組み合わせと言ってもいい。なるほど。特別分厚い檻の中にいる理由もわかった気がする。

「すごいじゃないか。レアクラスだぞ」

「はい。ですが、売り物としては少々厄介な代物でして。クロノ様は【獣戦士】のスキルがどんなものか知ってらっしゃいますか?」

「ああ。【バーサーカー】と【魔獣使い】を足したようなクラスだろ……」

 そうか。ゾンデが青い顔するのもわかった気がする。

【獣戦士】には【バーサーカー】と同じく、〈鬼人化〉というスキルがある。

 初期から会得しているスキルながら、基礎能力を三倍にするという破格の効果を有する。一方で使えば理性を失い、敵味方関係なく攻撃するという欠点がある。さらにそれまでかかっていた魔法の効果の全てを消滅させてしまうという、厄介な性質もあって、使いどころが難しいのだ。

「そうか。〈鬼人化〉を使った瞬間、『服従の血判』の効果も消えてしまうのか」

「左様でございます。正直、そのような欠陥商品を旦那様方に売るわけにもいかず」

「なるほどな。運良く買い手が付いたとしても、今のように檻に入れられ、愛玩獣人として虐待されるか、戦場のど真ん中に放り出して、死ぬまで暴れさせるか。そんなところか」

 むしろ、そんな不良債権をこんな特注の檻まで作って、大事に抱えていたゾンデにも驚きだ。

 手がかかる子どもほど……なんて言うが、接しているうちに意外と親心がついたのかもしれない。なりは不審人物でも、性根は真っ直ぐな人間なのかもな。

「親元には……?」

「それも考えたには考えたのですが、どうやらこの緋狼族の娘は里から追放されたようでして」

「だいたい想像が付くな。里の中で暴れ回ったのだろう」

 たぶんスキルの使い方をよくわかっていないのだ。さっき『服従の血判』を消滅させた方法も、本能的に覚えたのかもしれない。やはり惜しいな。埋もれさせるにはもつたいない人材だ。一ヶ月でも磨けば、剣闘試合の上位……いや、優勝だって夢じゃない。

 それにこの少女の目は、暗い部屋の中で引きこもっていたかつての黒野賢吾おれにそっくりだった。

『ギフト「おもいだす」の条件に合致する対象が近くにいます』

『ギフトを使用しますか? Y/N』

 唐突に『幻窓』が開いた。

 ギフトを……使用する?? 『おもいだす』は俺専用のギフトじゃないのか。

 待てよ。こう考えられないだろうか?

 俺が前世の記憶を取り戻したように、少女にもなんらかの前世の記憶があると仮定する。

 つまり、『おもいだす』とは、その人間の前世の知識や才能を呼び戻すギフトだとしたら……。

 俺は檻に向かって手を差し出す。危害を加えられると思ったのだろう。それまで大人しかった少女は突如唸り声を上げて、俺を睨んだ。

「うががががが……」

「怒るのも無理ないな。待たせてすまない。俺が解放してやる」


 お前のあるべき記憶を……。


 俺ははっきりと言葉を口にした。

「YESだ」

『ギフト「おもいだす」の起動が承認されました』

『条件対象に対して、「おもいだす」を使用します』

 次の瞬間、俺たちを中心に光が満ちていく。

 発動されたギフト『おもいだす』の光の帯は、その身体の中を泳ぎ、躍動する。

 まるで緋狼族の少女が作り替えられていくように俺には見えた。

「うがっ! がががががががが……」

「大丈夫だ。しばらくすれば慣れてくるよ」

 最初こそ頭を抱えてのたうち回ってきたが、やがて表情が安らかになっていく。

 同時に光は徐々に収縮し、しばらくして元の状態に戻った。

『ギフト「おもいだす」が完了しました』

『少女は、前世の記憶を思い出しました』

 少女は檻の中でゆっくりと起き上がると、突如格子を掴んだ。

 顔を上げ、こちらを見た瞳が赤くなっていることに気づく。既に〈鬼人化〉が発動していた。続けて少女は太い格子を握ると、あっさりねじ曲げてしまった。ちょうど人一人分ぐらいの隙間を作ると、ついに少女は檻の外へと出てくる。

 低く喉を鳴らすと、少女は俺に飛びかかった。

「あ~~~~~~~~る~~~~~~~~じ~~~~~~~~~~~!!

 俺は少女に引き寄せられると、優しく抱きしめられる。

「あるじ~! あるじ~! 良かった! また会えた!」

「やっぱりな。久しぶりだな、ミィミ……。というか、俺だってよくわかったな」

「だって、あるじの匂いがするんだもん」

 匂いって……。この身体は昔の【大賢者】のものとは違うんだがな。

 さすが伝説の獣人。人の認識の仕方が斜め上過ぎる。

 そう。少女の中にあったのは、俺が千年前、ともに魔王を討つために戦った仲間の記憶だ。

 名前はミィミ。ちなみに元奴隷。それを俺が拾って、一から育てた。その恩義があって、ミィミは俺を「あるじ」と呼んで生涯尽くしてくれた。

 そのあるじとの千年ぶりの再会だからか。ミィミは雪を見た犬みたいに大はしゃぎする。

「ミィミ、聞いてくれ」

「どうしたの、あるじ?」

「またお前の力を借りたい。具体的に言えば、剣闘試合に出て、優勝してほしい。そこには俺が今必要としているものがある」

 ミィミは満面の笑みを浮かべ、胸を叩いた。

「任せて、あるじ! ミィミ、絶対優勝する!」

「ミィミ……。ありがとう」

 これで勝利のピースは揃った。

 剣闘試合まであと一ヶ月。その間に仕込めば、ミィミなら必ず優勝できるだろう。

 ホッとしたのもつかの間だった。突然、また『幻窓』が開く。

『ギフト「おもいだす」のレベルアップ条件をクリアしました』

『ギフト「おもいだす」のレベルがⅡになりました』

 いきなりギフトがレベルアップした。

 条件? そうか。ギフトをレベルアップさせるためには、開示されていない条件を見つけて、それをクリアすればいい。この場合、誰かの記憶を思い出させることが、レベルⅡにする条件だったんだな。

「あるじ、どうしたの?」

「ギフトのレベルが上がったらしい」

「ギフト……? ギフトならミィミにもあるよ」

「ミィミにも? なんてギフ……、あ、いや後で聞こう」

 ギフトは言わば秘密兵器だ。あまり人前で話すのは得策とは言い難い。

「いやはや、あのミィミをここまで手懐けるとは……。お見それしました、クロノ殿。どのような魔法を使ったのですかな?」

 俺と腕を組み、満面の笑みを見せるミィミを見て、ゾンデは固まっていた。

 これまでまともに喋ることすらなかった獣人の娘が、いきなり天真爛漫な少女として檻から飛び出てきたのだから無理もないだろう。

「まあ、信頼が為せる業ということで」

「はっはっはっ……。企業秘密というやつですかな。いいでしょう。初めて会ったとき、もしかしたらあなた様ならと期待しておりました。奴隷商の勘というやつですな」

 それは嘘だろ。今日会ったばかりだぞ。

 まったく商人ってのは調子のいい奴らばかりだ。

「それでミィミの身請けの話なんだが……」

「そうですなあ。ミィミにはかなり世話をしてきましたし、投資もしてきました。わたくしも奴隷商です。サービスして差し上げたいところですが、少々シビアな査定をしなければなりません」

 引き取り手のなかった問題児を身請けするわけだから、あわよくば無料なんてこともあり得ると思っていたが、ゾンデにその気は全くないらしい。鼻唄を歌いながら、算盤そろばんのような演算器をはじいていた。

「それでは金貨三百枚でいかがでしょう。それも全てティフディリア金貨で」

「金貨三百枚って……。剣闘試合の優勝賞金と同じなのは偶然か、ゾンデ」

「こちらも商売でして。緋狼族……、しかもレアクラス持ちの奴隷を二束三文で売りつけては、商人の名折れです。他の奴隷商にも迷惑をかけることにもなりますので」

「つまり賞金を寄越せってことか? 俺たちが優勝できなかったらどうするんだよ?」

「そのときにはミィミは返してもらいます。ですが、もちろん優勝なさるのでしょう?」

 それで発破をかけているつもりかよ。

 奴隷商が仕掛けた導火線に見事引っかかったのは、当のミィミだ。

「うん! 絶対優勝する! それで……、今までお世話になったお返しする」

「ミィミ、今までのことを覚えているんだな」

「覚えてるよ。ゾンデにはとってもお世話になった。だから、ここでお世話になった分を返す。だから、ミィミは絶対に絶対、優勝する」

 ミィミがゾンデの手を握る。ゾンデは呆然としていたが、顔は赤くなっていた。

 商売一筋かと思えば、やっぱり根はいい商人なのだろう。

 これで剣闘試合に必ず出なければならなくなった。

 ミィミを引き取るためにも、優勝は絶対条件だ。

 そのために、最高のサポートをしよう。


 と思っていたのだが……。

 ぐるるるるぎゅうぅぅぅううううう!

 ドラゴンのいななきか、トロルの叫び声か。盛大な音が街の通りに響き渡る。

 魔獣襲来かと勘違いして、地面に伏せる市民の姿もあったが、特に何も起こらなかった。

 お腹を押さえていたのは、ミィミである。

「あるじ、お腹空いた」

「やれやれ、その前に腹ごしらえのようだな」

 俺は苦笑するのだった。


 ◆◇◆◇◆


 ミィミを連れてやってきたのは、俺が泊まっている宿だ。

 相場よりも少し高いが、オープンスペースのキッチンがあって、宿泊者なら誰でも使える。

 そこで俺は毎日自炊をしていた。料理の腕前は現代にいた黒野賢吾こそからっきしだが、千年前はよく作っていた。そのときの料理を再現してもいいのだが、味覚は現代のままだ。おかげで、ジオラントの料理があまりうまいと思えなくなってしまった。そもそも全体的に薄味だし、出汁の文化がないから味が単調なのだ。

 それに気づいて以来、キッチンが使える宿に泊まって、自炊を続けている

「いい匂い……。あるじ、何を作ってるの?」

「ホットサンドだ」

「ホットサンド?」

「パンとパンの間に、具材を挟んで食べる料理のことだな。ちなみに今日の具材はトンカツだ」

トンカツ? 何それ? おいしそうな名前!」

 ミィミは目を輝かせる。口の端からは涎が垂れていた。

 俺はホットサンド用に改良したスキレットを裏返す。改良というと大げさな言い方だが、要はスキレットを二つ重ねているだけだ。

 火加減に注意しながら、じっくりと焼いていく。

 ジオラントはガスじゃなくて、直火が基本だ。ちょっと目を離した隙に真っ黒焦げである。

 焼き上がったホットサンドを皿に盛り、最後に半分に切ってミィミの前に差し出した。

「できたぞ、ホットカツサンドのできあがりだ!」

「おお~~。おいしそう~~」

 ミィミは尻尾を勢い良く振る。目を輝かせ、何度も唾を飲み込んだ。

 いい飯顔だな。そういう顔されると、作りがいがあるというものだ。

「食べていい?」

「ああ。もちろん」

「いっただきます」

 ミィミは大口を開けて、熱々のホットサンドにかぶりついた。

「う~~~~~~~~~~ん! おいしい! 外のパンはカリカリ。キャベツはシャキシャキ。トンカツ、じゅわ~って感じで最高!」

 しあわせ~~。

 ミィミの尻尾が壊れたメトロノームのように振れる。お気に召したようで何よりだ。

 終始ニコニコしながら、俺が作ったホットサンドとセットの蜜柑ジュースを啜っていた。

 カツサンドはそのままでもおいしいけど、俺はホットサンドにして食べるのが好きだ。

 外側のカリッとしたパンの食感と、衣のサクッと感が合わさって、大きなトンカツを食べているようなボリュームを感じる。

 さらには挟んだキャベツにも、俺なりのこだわりがあった。一度塩を揉み込み、水分を出して、軽く植物油で和えてある。一手間を加えることによって、キャベツから水が染み出しにくくなるのだ。普通に焼くと、キャベツの水分でパンもカツの衣もビショビショになってしまうからな。

「さて、俺もいただくとするか」

「ジー……」

「おい。ミィミ、なんだその目は……」

「ジー……」

「や、やらないぞ。これは俺のだ」

 ホットサンドは見た目から想像できないが、結構ボリュームのある食べ物だ。

 食パン丸々一枚に、さらにトンカツとキャベツ。少なくとも俺の腹は十分それで満たされる。

 なのにミィミは今から俺が口にしようとしているホットサンドから目を離そうとしない。

 なんという食の執念……。というかこのやりとり、千年前もしたような気がする。

「わかった。ほらよ」

「ありがとう、あるじ。……はむ! はむはむはむはむ……う~~~~ん」

 あっという間に食べてしまった。ものすごい食欲だ。ミィミに投資した分を回収したいというゾンデの気持ちが、今ならわかる気がした。