第二部 第一話


 帝都から馬車で十二日。俺は北の街メルエスにやって来ていた。

 程良く田舎で、程良く物が溢れた街で、静かで治安も悪くない──と聞いている。

 街の中心には川が流れていて、水車がのどかな音を立てて回っていた。なかなかふうこうめいな街だ。

 大通りの人通りは帝都と比べれば少ないが、賑わいは変わらない。帝都の陰湿な雰囲気と比べて、実に華やかだ。子どもも元気で、女性が屈託のない笑顔で談笑している。

 たぶんメルエスが国境に近いということもあって、帝国のカラーよりも隣国のルーラタリア王国の影響が強いのかもしれない。あっちは身分制の縛りが帝国ほど強くなく、貴族、平民関係なく、教育の機会を設けているらしい。

 実は、俺はそのルーラタリア王国を目指していた。

 ジオラントで帝国の次に権威がある大国で、その威光もあって帝国の影響力が少なく、帝都ほど異世界人に対する風当たりは強くないらしい。メルエス行きを決定づけたのは、ジオラントで一番の蔵書を誇るという図書館の存在だ。俺には千年前のジオラントの記憶があっても、今のジオラントの知識はさっぱりない。知識をアップデートするために訪れるのも悪くないと考えた。

 国境を越えるためには、いろいろと書類を用意する必要があるのだが、そのためには一にも二にも金が必要になる。長距離の馬車移動のおかげで、金はすっからかん。死体漁り戦で倒したソウルマジックの魔結晶はスキルポイントと装備で消えた。いつまでも血のこびり付いた中古品を装備しているわけにもいかないからな。

 火除けの効果が入った魔導士のローブに、魔力が8%上昇する三角帽。それに武器としても杖としても使える丈夫なかしの杖が、今の俺の主な所持品だ。

 装備といっても、昔と比べればまだまだこころもとないが、まあ見た目は整った。

 さて所持金も減ったし、一旦メルエスでお金を稼ぐ必要がある。

 となれば、俺がまず最初に行く場所は、メルエスのギルドだ。


「いらっしゃいませ、冒険者様」

 ギルドにたどり着いて受付に行くと、随分と賑やかな声が返ってきた。

 目の前のギルド職員は、帝都にいたギルド職員と同じ制服を着ているのだが、笑顔だからか全然印象が違う。普段店員の表情なんて特に気にすることなどなかったのだが、笑顔一つでこうも印象が違うとはな。あと、どうでもいいことだが、イントネーションがメイドカフェっぽい。

 制服には名札もかかっていて、ラパリナという名字が目に付いた。一応覚えておこう。

「クエストを受注したい。できれば討伐クエストがいい」

「失礼ですが、当ギルドは初めての冒険者様ですね。クラスのレベルと、スキルツリーのレベルを教えていただけないでしょうか?」

「スキルツリーのレベルは25。クラスレベルは〝ワン〟だ」

 すると、背後でドッと笑い声が巻き起こった。

 振り返ると、ギルド内に併設された酒場で朝から飲んだくれていた冒険者が膝を叩いて笑っている。他の冒険者も同様だ。帝都でもあったが、どうやら街が変わっても、冒険者の質はあまり変わらないらしい。

「申し訳ありません、冒険者様。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「クロノだ」

「クロノ様。現在、クロノ様のランク〝E〟では、残念ながらオススメできる討伐クエストは、当方にはございません。クラスレベル〝ツー〟以上、あるいはランク〝D〟以上の冒険者様のみ、討伐クエストをご案内させていただいております」

 ラパリナさんは申し訳なさそうに頭を下げる。

 話を聞いて、またギルドに笑い声が響いた。

「残念だったな、坊や」

「お前は用なしだってよ」

「ランク〝E〟の冒険者なんてお呼びじゃないんだ。しっしっ」

「そんな貧相な装備じゃ。スライムすら倒せないんじゃないのか?」

「ちげぇねぇ! 帰って、かーちゃんのおっぱいでも吸ってな」

 酒をあおり、また下品に笑う。あそこまで行くと、人生楽しそうだな。

 あと、リアルで初めて聞いたぞ。かーちゃんのおっぱい……。

「理由を聞かせてくれないか」

「この辺りのダンジョンは帝国国内でも、かなり難易度が高いんです。推奨されるスキルツリーのレベルは30以上。クラスレベルは〝ツー〟以上となっております」

「それぐらいになると、ダンジョンの魔獣や魔物レベルは40前後ということになるが……」

「はい。ほとんどのダンジョンに一角オーガやラウンドタートルがいるんです」

 どっちも体力値が馬鹿高い魔獣だな。特にラウンドタートルの討伐は、かなりの火力が必要になる。

 メルエスに来るまでに少しレベルを上げたが、25程度では舐められるわけだ。

 現在、俺は[知識]と[魔法]のスキルツリーがレベル10となっている。[魔法効果]を含めた全てのレベルを10にしても、レベル11以上にすることはできない。

 これ以上にスキルツリーのレベルを上げるためには、クラスアップする必要がある。すぐにでも上げたいところなのだが、そのためには、魔導書と呼ばれる魔導具アイテムが必須だ。

 しかし千年前なら道具屋に当たり前のように売っていた魔導書だが、今はどこの道具屋にも売っていない。正確に言うなら、導きの星4つ以上のクラスが必要とする魔導書が、全くと言っていいほど店頭に並んでいないのだ。どうやらティフディリア帝国は、導きの星4つ以上のクラスが必要とする魔導書を一括で買い上げ、一元管理しているらしい。そのため市場に出回ることがほとんどないそうだ。導きの星3つ以下のクラスが必要とする魔導書にしても、帝国が独自の取引税をかけているようで、こちらも高値で取引されていた。

 結果的に国は高レベル高位クラスの勇者を揃え、市中には低レベル低位クラスの冒険者が溢れる。

 これも五十年前のハズレ勇者の反乱の教訓というわけだ。

「わかった。じゃあ、ランク〝E〟の冒険者でも受注できるクエストを紹介してくれ」

「簡単な薬草採取しかありませんが……」

「それでいい。一つ確認なのだが、薬草採取で突発的に魔獣と出会って、倒してしまった場合、その素材は買い取ってくれるのか?」

「ええ。ですが、クエストの報酬をお渡しすることはできませんよ」

「わかった。代わりに良い値で頼むぞ。ランク〝E〟の冒険者が討伐した魔獣なんだからな」

 俺は釘を刺して、ギルドから出ていった。


 ギルドに勧められるまま、俺は薬草の群生地に向かう。

 きっちりクエストをこなした後、近くのダンジョンに入った。

 巨大な岩が迷路のように入り組んだ、岩石ダンジョンだ。といっても道幅は広く、経路も単純。視界も悪くないから、魔獣の強襲を受けるということはないだろう。

 そして、やたら踏み荒らされているのは、ダンジョンに棲息する魔獣が大きいからだ。

「早速、おでなすったか」

 一角オーガだ。数は一体。大きな目玉が俺のほうを見つめている。

 俺を認識した一角オーガは胸を叩き、威嚇してきた。

『うごごごごごごごごごご!』

 向こうはやる気満々らしい。それはこっちも一緒だ。

「先手必勝」

 俺は杖を掲げる。

〈貪亀の呪い〉

 移動速度を遅くする魔法を一角オーガにかける。

 この〈貪亀の呪い〉は、三回まで重ねがけが可能だ。

 一角オーガは元々移動速度が遅い。そこに〈貪亀の呪い〉を重ねがけすれば、停止しているのとさほど変わらなくなる。当たらなければ自慢のりよりよくもどうということはない。

「さて続いて、体力だな」

 相手は遅い故に、的もでかい。おまけに魔法耐性がほとんどない。

 どんな魔法でも外れる気がしなかった。

きんどくやり

 掲げた杖の先に、毒々しい色をした槍が生まれる。

 直後、槍は一直線に向かって行くと、一角オーガの目を貫いた。

 一角オーガは悶絶する。これで動きを封じ、視力も奪うことができた。一角オーガを完封したわけだが、俺が千年前に編み出した戦術はここからが本番だ。

〈菌毒の槍〉が刺さった一角オーガの瞳とその周囲が、紫色に変色し始める。

 どうやら毒状態になったらしい。

 これが[魔法]レベル7で覚える〈菌毒の槍〉の怖さだ。

 射程こそ中距離だが、〈魔法の刃〉以上の攻撃力と、何より毒を付与する効果がでかい。

 しかも〈薬の知識〉を覚えておくと、効果が強まり、毒にもかかりやすくなる。

 人間なら毒を回復する手段を持っているが、知性の低い魔獣はそうもいかない。

 一度発症すれば、骨が腐り落ちるまで身体をむしばみ続ける。

 解毒のためには毒消しを飲むか、使用者本人の意識を奪う必要があるが、〈貪亀の呪い〉の効果で、今一角オーガはまともに動くことさえできない。つまり、俺は一角オーガが死んでいくのをじっと見ていればいいのだ。

 俺の【大賢者】のクラスレベルはいまだに〝Ⅰ〟だが、〈貪亀の呪い〉と〈菌毒の槍〉、そこに〈薬の知識〉を足したコンボは千年前も大活躍してくれた。

 駆け出しの頃、この戦術によって俺は上位の魔獣すら圧倒し、一時最強の〈初心者ビギナー〉として一躍有名となった。おかげで、世界を救うなんて面倒くさい仕事を押し付けられたわけだが……。

『があああああああああああ!!

 吠えたのは、一角オーガではない。後ろからだ。

 振り返ると、大きな亀が俺のほうを向いて威嚇していた。

 長い尻尾を鞭のようにしならせて、近くの岩場を破砕する。

 飛礫つぶてがこっちに飛んできて、危うく被弾しそうになったが、俺は華麗に避けた。

 頑丈そうなこうに、氷柱つららでできたような獰猛な牙。大木の切り株を想起させるような足はいかにも重量級という感じだった。長い尻尾を振り回し、ラウンドタートルが迫ってくる。

「本当に貪亀が現れた」

 すかさず〈貪亀の呪い〉と〈菌毒の槍〉のコンボを繰り出す。

 結果は一角オーガと変わらない。ほぼほぼ動けなくなり、毒が回ってからは立ち上がることすら難しく、お腹を地面に付ける。長い尻尾を虚しく振り回すだけだった。

 この低ランク帯の最強戦術を、俺は無敵の戦術へと変える。

〈霧隠れ〉

 スキルレベル5で習得していた[魔法]だ。

 名前の通り、霧によって身を隠すことができる。

 一角オーガもラウンドタートルも、自分に毒を付与したにっくき人間の姿を見失い、後は虚しく悲鳴を上げるのみである。俺はそれをごろ寝でもして眺めているだけだった。

 やがて両者は死を迎える。さすがに体力があるので、完全に消滅するまで三十分近くかかったが、まともに戦うより安全な上に、確実。もっと言えば楽だ。

 まだ陽は高いし、魔力回復薬も自作して揃えてきた。

「あと、十体は余裕だな」

 次なる獲物を求め、俺はダンジョンを歩き始めた。


 気が付けば、六時間ぶっ通しで魔獣を狩っていた。

 ここのダンジョンのメイン魔獣は一角オーガとラウンドタートルのツートップらしい。

 後は俺が素手でも倒せるような雑魚魔獣ばかりである。

 ぶっ通しとは言ったが、さほど疲れていない。なんせ〈貪亀の呪い〉と〈菌毒の槍〉を打ち込み、あとは待つだけの簡単なお仕事。加えて〈霧隠れ〉を使えば、魔獣は完全に俺を捕捉できなくなり、その間昼食を取ったり、軽い仮眠を取ったりしていた。おかげさまで、心身ともに充実している。

 俺としては、千年前の戦術が今でも通じることがわかったことだけでも大きい。

 千年も経てば、もう少し魔獣も知恵を付けるかと思ったが、獣は獣だったようだ。

 魔結晶もおいしいが、一角オーガもラウンドタートルも素材が高値で取引されている。ここで一気に路銀を稼いで、帝国を脱出することにしよう。

 手持ちで回収できる素材を拾い上げていると、遠くのほうで金属が鳴る音が聞こえた。

 魔獣同士が戦っている音じゃない。けんげきの音だ。おそらく冒険者が戦っているのだろう。

「少し様子を見に行ってみるか?」

 この辺りの冒険者の実力を知るいいチャンスである。

 岩陰からこっそり覗き見ると、やはり冒険者たちが三体の一角オーガと戦っていた。

 冒険者は四人。おそらくパーティーを組んでいるのだろう。

 パーティーとは複数の冒険者が協力して戦う集団のことだ。他の冒険者と手を組むことによって、自分よりも高位の魔獣や難易度の高いダンジョンを、一人の時よりも安全に攻略することが可能になる。ただデメリットはある。報酬が減るということはもちろん、自分のクラスを明かさなければならない。協力して戦う限り、仲間の力を把握しておかないと、連携が取れないからだ。

 その面から見て、このパーティーの連携はバラバラだった。

 高火力がありそうな前衛系のクラスが二人。一人は回復補助。一人は遠距離支援系の魔法使い。

 オーソドックスなパーティーだが、息がまるで合ってない。オラオラ系の前衛が傷を負えば、もう一人の前衛が補助を求めてくる。おかげで回復補助を役目とするクラスが大慌てだ。魔法使いの支援攻撃のタイミングも合っていない。おそらく急造のチームなのだろう。

「今は耐え忍んでいるが、どっかで綻びが生まれれば一気に抜かれるぞ」

 俺の心配は当たった。

「ぐはっ!」

 無茶ばかりしていた前衛の一人が、一角オーガの攻撃をまともに受けたのだ。

 まさしく痛恨の一撃というやつだろう。個人にとっても、パーティーにとってもだ。

 一人前衛が戦闘を離脱し、さらに回復補助担当がその回復に追われる。結果、前衛一人と魔法使い一人だけで、一角オーガ三体に当たることになってしまった。状況は当然不利に傾く。ペースは完全に魔獣のほうだ。いくらクラス〝Ⅱ〟でも、まともにやり合って、一角オーガ三体に対して二人というのはキツい。

 それでも、残った前衛がかなり頑張っていた。

 よく見ると女冒険者だ。装備からして、クラスは【重戦士】だろう。

 あい色の長い髪に、青い瞳。随分と重装備なのに動きは軽快だ。おそらく〈装備重量軽減〉のスキルを持っているのだろう。重たそうなバスターソードを、木刀でも振り回すようにして一角オーガの腕を断ち切る。剣筋も見事だった。

 こうして見て初めてわかったが、パーティーの中でもかなり突出した実力者らしい。

 とはいえ、魔法使いの魔力も切れて、旗色はかんばしくない。

【重戦士】も踏ん張りきれず、ついには怪我を負った仲間のところまで後退した。

 そこに一角オーガが殺到する。【重戦士】は再び構えたが、ここに来て一角オーガは唯一と言っていいスキルを使う。

〈地響き〉

 激しく地面を踏みつけると、地響きが起こった。

 通常なら失敗することのほうが多いスキルなのだが、疲労が蓄積した状態でこのスキルは効く。

 たまらず【重戦士】は体勢を崩してしまった。反撃する前に、一角オーガの巨拳が襲いかかる。

 俺はここでスキルを使った。

〈魔法の刃〉!!

 まともに狙っても、今の俺ではさほどダメージは通らない。

 狙ったのは、一角オーガの足元だ。崩れやすい岩肌をえぐり、一角オーガたちを転倒させることに成功する。さらに舞い上がった土煙が、一時的に冒険者たちの姿を隠した。

「今だ! 後退しろ」

「誰だ。お前は?」

「悠長に自己紹介してる場合じゃないだろ」

 既に一角オーガが立ち上がろうとしている。

「速いな。だが、もう少し待ってくれないか?」

〈貪亀の呪い〉+全体化を、三回かける。

 単体に使うより効果は低くなるが、一角オーガの動きが目に見えて遅くなる。効果としては十分だ。

 ここで〈菌毒の槍〉といきたいところだが、あまり手の内を他の冒険者がいる前でさらしたくない。

 どこまでやれるかわからないが、〈魔法の刃〉で押し通す。

〈魔法の刃〉+全体化。

 青白い刃が一角オーガに襲いかかる。

 狙いは目だ。的は小さくなるが、動きが鈍ってるので狙いやすい。

『うががががががががががが!!

 一角オーガたちが仲良く『目が……。目がぁ……』というリアクションをしていた。

 戦闘の最中だが、ちょっと面白い。

 しかし、易々と戦意が落ちる一角オーガではない。

 むしろ激昂し、突如戦場に踊り出てきた俺のほうを向き、襲いかかってきた。

「よそ見していていいのか? お前たち、誰かを忘れてないか?」

「はああああああああああああああああああ!」

 裂帛の気合いが空から降ってきた。

 大上段から振り下ろした一撃は一角オーガの太い首を切り落とす。

 どぉっ、と倒れる一角オーガの横に、女の【重戦士】が着地する。藍色の髪をなびかせると、残った二体を見つめた。

何方どなたかは知らないが、助太刀感謝する。後は任せてくれ」

 それだけ言って、【重戦士】は胸を叩いた。己を鼓舞するようにだ。

 スキル〈戦士の魂〉だろう。

 重ねがけはできないが、一度使うだけで攻撃力が五倍になるという恐ろしいスキルだ。

 くるりとバスターソードを回し、女の【重戦士】は躊躇ためらわずに突っ込んでいく。

 一角オーガが打ち下ろしてくる拳をかいくぐりながら、懐に飛び込むと胴を両断した。

 返す刀で、最後の一体の足を切ると、倒れたところを懸けに切り裂く。

 なんというごり押し。【重戦士】は攻撃に特化したスキルが目白押しだからな。中でも〈戦士の魂〉は近接系の中でも指折りの、使えるスキルだ。

「重ね重ね、助太刀感謝する」

「大したことはしてないよ」

「いや、助かった。危なくパーティーが全滅するところだった。かたじけない」

 丁寧に【重戦士】は頭を下げる。随分と真面目な冒険者のようだ。

 そこにちょうど他の冒険者が集まってきた。もう一人の前衛も意識を取り戻したようだ。魔法使いに肩を貸されて、力なくうなれている。

「見たところ、この辺では見ない顔だな。新人か?」

「今朝メルエスに着いたばかりだ」

「そうか。……何かお礼をせねばな」

「別にいいよ。人助けなんて当たり前だろう」

「おお! なんという高貴な考え方だ。素晴らしい! 是非お礼をさせてくれ!」

 こっちとしては、大したことはしていないというアピールのつもりだったのだが、さらに感謝させただけだったらしい。何より圧がすごい。人懐っこい大型犬みたいに目を輝かせて、すり寄ってくる。さっきまでバスターソードを振り回して、一角オーガと戦っていた【重戦士】と同一人物とはとても見えなかった。

「じゃ、じゃあ……。ちょっとお願いしていいか?」

「任せろ。そうだ。申し遅れた。私の名前はミュシャ・フリップトン。ミュシャと呼んでくれ」

「クロノだ。よろしく、ミュシャ」

 俺はミュシャから差し出された手を強く握り返すのだった。


 ◆◇◆◇◆


 夕方────。

 メルエスに戻ってきた俺は、早速クエスト達成の報告をするため、ギルドを訪れた。

 さすがにこの時間は冒険者でいっぱいだ。俺と同じく日の入りとともにダンジョンから帰ってきた冒険者たちが受付に並び、依頼料を受け取っている。併設されている酒場では既に酒盛りが始まっていて、景気のいい声とともに麦酒の泡が宙を舞っていた。

「お! 戻ってきたぜ、ランク〝E〟の冒険者が」

「初めてのおつかいはうまくできまちたかな~?」

「雑草と薬草の区別もついてねぇんじゃないの。がはははは!」

「それじゃあ、草むしりをやってきたのと一緒じゃねぇか」

 聞き覚えがあると思ったら、朝いた冒険者たちだ。どうやらずっと飲んでいたらしい。

 胃袋の頑丈さに呆れていると、やっと俺の番が回ってきた。

「クロノさん、クエストご苦労様でした。採取した薬草を確認させてください」

 俺が薬草を入れた袋を広げると、ラパリナさんは中身を精査する。

 どうやら鑑定系のスキルを持っているようだ。クラスまではわからないが、ほぼ間違いない。

 鑑定が終わると、ラパリナさんはうなずいた。

「はい。問題ありません。ご協力ありがとうございました」

「あと、これも頼む」

 俺は薬草が入った数本の薬瓶をラパリナさんに渡した。

 一見、普通の薬草に見えるが、薬草よりも微妙に色が濃い。それに葉脈の数が違う。薬草の数は十二本とあるのに対して、俺が見つけたのは十三本と一本多い。

「え? これ、もしかしてじようやくそうですか?」

 上薬草は薬草の変異種だ。名前の通り、薬草より効きが強く、上級回復薬を作る上では欠かせない素材の一つである。ただし普通の薬草にしか見えないため、多くの者が普通の薬草と勘違いして採取していることが多い。その場合、適切な処置をしなければ、結局薬草と効果は変わらない。

「素晴らしい! ちゃんと空気に触れないように瓶の中に入れて保存したんですね。慣れているくすですら、見間違うことがあるのに。すごいですよ、クロノさん」

 ラパリナさんの声がギルドに響く。

 当然、さっき俺のことを馬鹿にした冒険者たちの耳にも入ったらしい。

 俺としては、穏便に済ませたいんだが……。国から命を狙われている身だし。

 余計ないざこざには巻き込まれたくない。

「へっ! どうやら、薬草の知識はあるようだな」

「どうせ、今まで薬草ばかり採取してたんだろ」

「そうにちげぇねえ」

 うわ~。めんどくせぇ。明らかに嫉妬だろ、あの反応。

 さすがに上薬草はやり過ぎたか。他にもいろいろ採取したのだが、またにしよう。

 人が少ないときを狙って、買い取ってもらうか。それが無理なら道具屋に売っ払ってもいいし。

「あら。クロノさん、腰に下げてる道具袋はなんですか?」

「いや、こ、これは……」

「ええ! 見せてくださいよ。もしかして、魔獣の素材だったりして」

「え?」

「もしかして図星なんですか? だめですよ。魔獣の素材を採ったら、一応ギルドに報告するのが冒険者の義務なんですから」

 義務と言われたら仕方ない。俺はラパリナさんに袋の中身を差し出した。

 早速、ラパリナさんは鑑定を行う。

「い、一角オーガの角……」

 〝ガタッ!〟

 ここまで気持ち良く揃った物音を聞いたのは、初めてかもしれない。

 椅子に座っていた冒険者は立ち上がり、我関せずと、クエストの手配書を見ていた冒険者も俺とラパリナさんのほうに振り返った。

「おい。嘘だろ!」

「なんで、こいつが一角オーガの角なんか」

「クラス〝ワン〟で、ランク〝E〟の冒険者だぞ!」

「あの一角オーガに勝てるわけが」

 冒険者は口々に否定の言葉を並べるが、ラパリナさんの表情は真剣そのものだ。

 ランク〝E〟の冒険者が一角オーガの角を持ってきたこともそうだが、その数にも驚いているらしい。

「あのさ。悪いけど、外にも素材を置いてきたんだけど」

「え? ギルドの外? 何もないようですが……」

「ああ。違う違う。外ってのは、街の外ってこと……」

「へっ?」

 ラパリナさんはポカンと口を開けるのだった。


「「「な、な、なんじゃこりゃあああああああ!!」」」

 それを見たラパリナさんや、勝手に付いてきた冒険者たちは叫んだ。

 場所はメルエスの街の外だ。その門の前に置かれていたのは、一角オーガの骨や皮。あるいはラウンドタートルの甲羅が、畳む前の洗濯物みたいに折り重なっていた。

「これ……。全部クロノさんが?」

「ま、まあ……」

「すごい。一角オーガが十匹、ラウンドタートルも六匹……」

 ラパリナさんは驚きすぎて、ペタリとその場に座り込んでしまった。

「嘘だろ! 絶対に嘘だ。こいつが、こんなに仕留められるはずがねぇ」

「きっと他の冒険者が仕留めたのを横取りしたんだ」

「そうだ! そうに違いない!」

 意地でも俺が仕留めたことを認めたくないらしい。さすがにこっちもムカついてきた。

 だいたい横取りって……。一角オーガを十匹とラウンドタートルを六匹倒した冒険者から横取りできる実力があるなら、自分で真っ当に獲物を獲ることができるだろう。

 さて、どう説明したものか。このままではギルドにまで疑われてしまいそうだ。

「お前たち、その魔獣は間違いなくクロノ殿が仕留めたものだぞ!」

 藍色の髪がなびき、つゆのように光る。

 積み上がった魔獣の陰から現れたのは、鎧を纏った【重戦士】ミュシャだ。

 眉を寄せ、既に憤然とした表情のミュシャは、集まった冒険者をひとにらみする。

 すると遠山の金さんか、はたまた黄門様に睨まれた敵役のように冒険者たちは平伏した。

 ん? これってどういう状況だ?

「ギルドマスター! お帰りになっていたんですね」

 ミュシャに声をかけたのは、例のラパリナさんだった。

「え? ギル……? ええっ? ミュシャって、ギルドマスターだったのか?」

「はい。この方はメルエスのギルドマスター、ミュシャ・フリップトン様です」

 ギルドマスターは街にあるギルドの管理者だ。ギルドの運営から、所属する冒険者の管理、必要があれば冒険者の先頭に立って、戦闘に参加することもある。仕事はハードだが、給料はいいと聞くし、目を見張るような実績を積めばじよくんされ、貴族になる者もいる。

 そのギルドマスターがどうしてダンジョンで戦っていたのか理由を聞いたところ、伸び悩んでいるパーティーからの相談を受けて、実地訓練を行っていたようだ。訓練という割には、かなりハードな状況ではあったけど。

「ラパリナ、どういう状況か説明してくれ」

「はい。マスター。ランク〝E〟のクロノさんが一角オーガやラウンドタートルを仕留めたとは考えにくく、だから他の冒険者の方から獲物を横取りしたのだと、クレームが入りまして」

 ラパリナさんが説明すると、ギルドマスターの登場に神妙にしていた冒険者たちが息を吹き返す。先ほど、ギルドで耳にタコができるほど聞いた主張を繰り返した。

「横取りか……。それが正解であれば、クロノ殿はクラスレベル〝Ⅰ〟にかかわらず、一角オーガやラウンドタートルを仕留められる冒険者から横取りしたということになるが……? そのほうが不自然に思うのは、私だけか?」

「でもよ、ミュシャさん! だったら、そいつがその魔獣をやったところをあんたは見たのか?」

「見てない。だが、彼の戦い方は見た。実にクレバーで無駄がなく、それでいて深い考えが隠されていた。まあ、あからさまに手を抜かれていたところは、かんに障ったがな」

 ミュシャは鋭い視線を俺に向ける。どうやら気づいていたらしい。

「お前たちは横取りしたと言うが、逆に訊こう。お前たちの中で、一日で一角オーガを十体、ラウンドタートル六体倒せる奴はいるか? そんな化け物じみたことができる冒険者から横取りする自信は?」

 ついに全員が黙ってしまった。

 参ったな。こんな展開になるとは思わなかった。

 路銀が必要だったとはいえ、ちょっと調子に乗って魔獣を倒し過ぎたな。

「それに見てみろ、彼の姿を。これだけの魔獣を倒したのに、傷一つ負っていない。それだけクロノにとって、一角オーガもラウンドタートルも取るに足らぬ相手というわけだ」

 言えない。魔獣に毒を打ち込んだ後に、横で昼寝していただけとか。だから、服は全く汚れていないんだとか、とても言えない。

「で、でもよ! そいつ、ランク〝E〟なんだぜ。クラスも〝Ⅰ〟だっていうじゃねぇか。そんな奴がこの辺の魔物を倒すなんてどう考えてもおかしいだろう」

「愚か者! まだわからないのか!」

 ついにミュシャは一喝する。

 冒険者それぞれを一度睨め付けた後、ミュシャは口を開いた。

「能ある鷹は爪隠すという。……クロノの実力がランク〝E〟なわけがないだろ」

「じゃあ、どうして嘘を……」

「お前たちを試したんだ。ギルド職員を含めてな。そんなこともわからないのか?」

 いや! 本当にランクは〝E〟なんだよ! 別に実力を隠して、イキるキャラじゃないんだ俺は! た、確かに実力は隠しているけど。それはクラスを秘密にしたいんであって。ああ、もう! ややこしい! ミュシャ! もう黙ってくれ! お前が喋ると、もっと事態がどんどんこじれていってる気がする。これでも国から追われてる身なんだ。目立つのはノーサンキューなんだ。

 俺を気持ち良くメルエスから旅立たせてくれぇぇぇぇえ!

「みゅ、ミュシャ……。あのな」

「はっ! すまない、クロノ。お前が実力を隠していること、皆に喋ってしまった。申し訳ない。つい熱くなってしまって。……しからば責任をとって、腹を」

 やめろ! てか、切腹なんて誰が教えたんだ。

 異世界から来た勇者か? なんて野蛮な文化をジオラントに持ち込んでんだよぉぉぉおお!


 結局、俺はミュシャに切腹を命じた冒険者としてメルエスで有名になってしまった。

 その後訳あって、メルエスにはしばらく住みつくことになるのだが、ギルドに行くと、ちょっと弱った問題が起きていた。

「クロノさん、おはようございます」

「お勤めご苦労様です」

珈琲コーヒーを飲みますか?」

「馬鹿野郎! クロノさんは朝から麦酒ビールだろ」

「早くキィンキィンに冷えた麦酒を持ってこい!」

 待遇が百八十度どころか、七百二十度ぐらい回転して、変な方向へ向かっていた。

 俺はヤクザの親分かよ。

 早くメルエスから出ていきたい……。