だが、満身
死体漁りは激しく咳き込む。すると顔を隠していた最後の皮が剥がれた。
まさしく化けの皮が剥がれたとき、俺たちは息を呑む。
特徴的な鉤鼻。そこに浮かんだ多くのシミと皺。節くれ立った指にも見覚えがある。
それは俺がよく知る人物だった。
「『勇者の墓場』の婆さん!」
間違いない。あの守銭奴老婆だ。
その素顔を見て、ロレンツォも神妙な顔を見せた。
「この人デス。ワタシとマイナにこのダンジョンを勧めてきたのは……」
ロレンツォとマイナも、一度『勇者の墓場』に落ちた。
それでも二人は協力して、冒険者として独り立ちし、『勇者の墓場』を出ていった。
その後、なかなかレベルが思うように上げられず、困っていたとき、相談に乗ってくれたのが、この『勇者の墓場』の管理人だという。
老婆は『勇者の墓場』にいたときとは違って、親身に相談に乗ってくれたそうだ。まるで自分の孫でも可愛がるように。新人冒険者の悩みを聞きながら、この老婆は罠だらけのダンジョンを勧めたのである。
『あたしが付いていけば問題ないさね。昔、よく死霊狩りをやったもんさ』
そうやって、死霊系の魔物を不得意とする二人を安心させたという。
「お婆さんはダンジョンに入っテ、しばらくシタ後にいなくなりマシタ」
「そのすぐ後に、ソウルマジックの強襲を受けたというわけか」
すると、笑い声が聞こえてきた。
くぐもった声の出所は、もはや語るまでもない。老婆──いや死体漁りだ。
「あんたたち、あたしをこんな目にして……ごほっ! タダで済むと思うなよ」
「そんな満身創痍でも
「イエ。たぶん、そういうことじゃないと思います」
「どういうことだ、ロレンツォ」
「噂で聞いたことがあります。帝宮にはハズレ勇者専門の暗殺者がいると……」
「はあ? ハズレ勇者専門の暗殺者? どういうことだ?」
「決まってる……。帝宮にとって、あんたたちハズレ勇者が目障りだからさ」
「目障り? 俺たちが? 無能と断じて、追放したのは帝宮側だろう」
ハズレ勇者といっても、勇者は勇者だ。この国は国策として勇者を召喚している。
たとえハズレだとしても、帝宮が勇者を殺しているなんて噂が立ったら、国策と矛盾していることになる。人民からの信頼は地に落ちるだろう。
「五十年ほど前にね、一度あったのさ。ハズレ勇者の反乱がね」
「ハズレ勇者の反乱?」
「それからさ。お前たち、ハズレ勇者が暗殺され始めたのは……」
「反乱を企てた勇者はどうなったんだ?」
「死んだよ。別の勇者に殺された」
俺とロレンツォは同時に息を呑む。
それだけハズレ勇者と、帝宮に残った勇者の戦力に違いがあるというわけだ。
なんにしても、千年の間に人間社会も随分と
魔族という共通の敵がいたにせよ。貴族も平民も、昔は助け合って生きていたものだがな。
「暗殺者がそんなペラペラ喋っていいのか」
「ふん。あたしはあんたたちを殺せなかった。たとえ、この場を生き延びたとしても、帝宮はあたしを許さないだろう。それにこんな歳だからね。とっくに稼業の賞味期限がきてるんだよ。それにしても異世界に来て石油をかぶるとはね」
「賞味期限? 石油? 婆さん、あんたも異世界人か?」
「…………」
「それがあんたの処世術だったわけか。……ロレンツォ、ちょっと相談がある」
「なんデスか、クロノさん?」
死体漁りから少し離れて、俺は小声でロレンツォと相談を始めた。
「────というわけだ」
「オーケー。クロノさんの案に従いますヨ。マイナも理解してくれるはずデス」
「ありがとう」
一方、死体漁りはもう虫の息だ。たぶん、このまま放っておいても、死んでしまうだろう。
まあ、演技という可能性は十分あるがな。
「婆さん、俺の頼みごとを聞いてくれないか? 聞いてくれたら、あんたを治療してやる。それにうまくいけば、もう少し生きられるぞ。むろん、暗殺稼業からは足を洗ってもらうがな」
死体漁りはじっと俺を睨んだあと、諦めたように息を吐いた。
「……とりあえず話しな。決めるのはそれからだ」
◆◇◆◇◆
死霊の森のダンジョンが消えると、一人の老婆が出てくる。
顔は真っ赤で、節くれ立った手には水ぶくれができていた。
左足が思うように動かないのか。太い枝を杖代わりにして、引きずるようにして歩いている。
そんな老婆の前に現れたのは、帝国の兵士だ。
いかにも真面目な好青年といった兵士は老婆の前で敬礼する。
「お疲れ様ッス! 随分と苦戦されたようですが、首尾はいかがでしたか?」
「三人とも殺したよ。死体は全部燃えちまったがね。酷いもんさ。あたしまでとばっちりくらってこのザマだよ」
「それは大変でしたね。ご苦労様でした、死体漁り殿」
それだけ言って、兵士は
「待ちな。他にも報告したいことがある」
「なんでしょうか?」
「あたしは引退する。感覚がない。もうこの足はだめだ」
「なるほど。私の一存ではなんとも言えません。上とかけ合ってみましょう」
「頼むよ」
老婆の返事を聞くなり、兵士は風のように走り去っていった。
死体漁りと呼ばれた老婆は、手近にあった石の上に腰を下ろす。
はあ、と息を吐くなり、暗い老婆の顔に差したのは、朝日だった。
眩い光に魅了されながら、死体漁りは遠い過去に思いを馳せる。
「まったく……。油臭いったらありゃしないよ……」
たった一言だけを言うと、そのまま死体漁りは眠るように瞼を閉じた。
◆◇◆◇◆
眩い日の出を、俺とロレンツォは朝一の馬車から眺めていた。
もう帝都をぐるりと囲む城壁は見えない。遠くに帝宮の尖塔が微かに見えるだけだ。
帝都を出れば、のどかな田園風景が広がっている。田んぼではなく、小麦畑だろう。風が吹くと、
「お婆さん、うまくヤッテくれたでしょうカ?」
「大丈夫だよ。でなければ、今頃追っ手が差し向けられているはずだ」
死体漁りには、俺たちを殺したという虚偽の報告をしてもらうよう頼んだ。俺たちが死んだことにすれば、当分は帝宮の暗殺対象からは外れ、死体漁りも任務を成功させたということで、生き延びることができる。お互いWin‐Winというわけだ。
死体漁りの怪我は、本人が持っていた回復薬を、俺が中級回復薬にして治した。
ギルドで全部俺に渡したと思っていたが、一本隠し持っていたのだ。
慎重な死体漁りだから、どっかに虎の子を隠し持っていることはわかっていた。それを理解した上での交渉だったのだ。
俺たちはそのまま帝都には帰らず、街道で朝一番の乗合馬車に乗り込み、今に至るというわけだ。
「クロノさん、これからどうシマスか?」
「俺はひとまずこの国から出ようと思ってる」
ティフディリア帝国から命を狙われている以上、国外に逃げたほうが安全だ。
帝宮の対応は最悪だし、帝都の中にもハズレ勇者に対して嫌悪する風潮が広がっている。
そんなにハズレ勇者が嫌いなら、こっちから出ていったほうがいい。
「ロレンツォはどうする? 一応、マイナの遺体は葬ってきたが。帝国に残るか?」
「そうですネ。マイナがこの国にいる以上、アマリ遠くへは行く気になりまセン。ほとぼりが冷めたラ、また帝都に戻ろうカト。幸い、ワタシの見た目はジオラントの方々とあまりカワリマセンシ」
確かにな。こっちの人間は、どっちかというと欧米人と似ている。
ジオラントでは珍しい黒髪、黒目の俺よりは、ずっと潜伏しやすいだろう。
「そうか。世話になったな」
「ソレハ、こっちの台詞でス。デモ、いつかどこかで会いましょウ、クロノさん」
「ああ。いつかな」
次の街でロレンツォと別れ、俺は北の国境からほど近い街を目指したのだった。
【名前】クロノ・ケンゴ
【ギフト】おもいだす LV Ⅰ 【クラス】大賢者 LV 1
【スキルツリー】LV 16
[魔法効果]LV 3 [知識]LV 10 [魔法]LV 3
魔力 15%上昇 賢者の記憶 魔法の刃
魔力量 15%上昇 劣魔物の知識 貪亀の呪い
魔法速度 15%上昇 薬の知識
弟子の知識
【固有スキル】【
【