第一部 第三話


 次に気が付いたときには、俺は見知らぬ天井を眺めていた。

 元いた世界の自宅の天井でも、『勇者の墓場』のような今にも落ちてきそうな天井でもない。

 藁ではなく、心地良く押し上げてくれるマットレスの上に寝ていて、かかっている布団からはいい香りがした。シーツはピシッとしていて、一流の仕事の跡が窺える。

 ベッドから下りて、手近にあったカーテンを引くと、まばゆい日光が差し込んだ。

 洋館の客間か。華美な装飾もなく、逆に落ち着いた雰囲気には好感すら持てる。

「ここは……、どこだ?」

 呟くと、まるでその声を聞いていたようなタイミングでドアが開く。

 入ってきたのは、例の少女だった。あのときとは違って、落ち着いたブルーのドレスを着ているが、その美しさは変わらない。俺と目が合うなり、一瞬驚いた様子だったが、すぐにドレスと同じくらい華やかな笑みを浮かべた。

「お目覚めになられたのですね、クロノ様」

「ん? ああ……。いや、ちょっと待て。俺はあんたに名前を名乗った覚えが」

「装備の裏に名前と、これは異世界の文字ですね?」

 そう言えば、万が一の場合のために、俺の名前と血液型を書いていたんだっけ。

 個人情報がダダ漏れだ。そもそも魔法文化が発達したジオラントでは輸血なんて発想すらないだろう。おかげで俺が異世界の人間であることが早々にバレてしまった。

 マヌケすぎるだろ、思い出す前の俺。

「さて、なんのことかさっぱりだな。中古で買った防具だ。その前の持ち主のものとか?」

「さっきクロノ様と言ったら、反応されたではありませんか」

 うっ……。マヌケは今の俺も同じだったらしい。

「えっと、あのな……。ああ、その…………」

「ラーラですわ」

「……ラーラ、さん?」

「ラーラでいいですわ」

「なら、俺もクロノでいい。あの……。できれば、俺が異世界の……その勇者であることは口外しないでもらえると助かる」

「あら? それはどうしてですか?」

「あまり目立ちたくないんだ」

「世界を救う勇者様と喧伝すれば、たちまち英雄になれますでしょうに」

「俺はハズレ勇者なんだよ」

「ハズレ勇者? 昨日のお手並みは見事でしたよ」

「たまたま、手持ちのスキルで解決できる事案だったからな」

「ふ~ん」

 ラーラは上目遣いで俺を見つめる。美少女の上目遣いはそれだけで破壊力満点なんだが、生憎あいにくと彼女が俺に向ける視線には、疑惑の感情も含まれていた。これは俺の勘というより、賢者としての勘だが、ラーラはかなり鋭い。こうしている間にも、俺ですら把握できていない失態に気づいているような気さえした。

 逆にいえば、それだけ知性が高いということだろう。さらに客人にポンとこんな豪奢な客室を貸せる人間など、広いジオラントといえど多くはいないはず。貴族、いや王族という可能性すら存在する。

「ところで、ラーラはなんで追われていたんだ?」

「黙秘します」

「俺は俺のことを喋ったのに?」

 ちょっと恨みがましく言うと、ラーラはコロコロと笑った。

「申し訳ありません。これを話すと、あなたを厄介ごとに巻き込むことになりますので」

「厄介ごと?」

「好きですか、厄介ごと?」

「生憎と俺は、自分が生きるのに精一杯でね」

「ご謙遜を」

 会話では、賢者の知識をもつてしても、彼女に勝てそうにないな。

 こっちのペースに引き込もうと話題を変えても、いつの間にか俺のことを喋らされている。

 もしかして、そういうクラスを持っているのかもしれない。

 クラス【商人】のスキル〈交渉術〉か。星の導き四つ以上となれば【交渉人】という可能性もある。

 レベルが高いと、賢者の知識も形無しだ。

 俺はその後、簡単な食事をご馳走になった。そのときに気付いたのだが、ジオラントに来てからまともに食事をとっていない。現代と比べれば、パンは硬く、スープも薄いが、やはり空腹は最大の調味料だ。結局スープを五杯もお代わりしてしまった。

 ちなみにこの屋敷はラーラの家ではなく、帝都にあるラーラの親族の別荘らしい。

 貴族が本領の屋敷とは別に、帝都に別荘を持つことはよくあることなのだそうだ。

 会話はその後も続いたけど、結局ラーラが高位の貴族令嬢であることがわかっただけだった。


 慌てて出ていく必要もなかったが、俺は早々においとますることにした。

 ラーラとのお喋りは刺激的で楽しかったが、長居すればが出てしまうかもしれない。

 致命的な言葉を口走る前に出ていくことに決めた。

「もう行かれるのですか? 助けてくださったお礼がまだ十分に返せていませんのに」

「帝都まで俺を送ってくれたし。久しぶりに腰の痛くならないベッドでぐっすり眠れた。何よりお腹いっぱいだ。もう十分だよ」

「欲がないのですね。お金に困ってなどないのですか?」

「困っていないわけじゃないが、工面のやり方はもうわかっている」

「そうですか……。あの、クロノ?」

「なんだ?」

 ラーラの唇が数度動いたが、肝心の声がかすれて聞こえなかった。

 何か言いかけたことは間違いないのだが、最後は強引に完璧な笑顔の中にしまい込んでしまう。

「いいえ。何もありません。……また会いましょう、クロノ」

「あ、ああ……。またな、ラーラ」

 俺は決して振り返らなかった。

 ラーラの顔を見たら、また屋敷に戻ってしまいそうな気がしたからだ。


 ◆◇◆◇◆


 屋敷を後にした俺は、その足でギルドに向かった。

 ラーラにも言ったが、金を工面するためだ。

 俺は二日ほどラーラの屋敷で寝ていた。今『勇者の墓場』に帰れば、守銭奴ババァから二日分の宿泊代をむしり取られるだろう。『お前の分のベッドをずっと空けて待っていたんだ。貴重なベッドをね!』とかなんとか言われてな。

 とにもかくにも、俺はあそこから抜け出す必要がある。

 でも、今のレベルやスキルでは話にならない。好き勝手生きると決めたが、ある程度の武力はジオラントでは必須だ。一緒に召喚された異世界人と同等か、それ以上か。ともかくレベルを上げていくことにこしたことはない。

 そのために俺は冒険者稼業を続けることにした。

 稼いで強くなって、三〇歳ぐらいで引退して、ゆっくり余生を過ごす。

 それが俺の理想だ。


 ギルドに到着する。

 相変わらず、酒と冒険者の汗の臭いが空気に入り混じっていた。ギルドには酒場が併設されていて、昼間からでも飲んだくれている冒険者がいる。おそらく夜にしか出現しないダンジョンを漁って、朝、戻ってきたパーティーだろう。

 そんな奴らを横目に見ながら、俺はクエストを受けるべく受付に向かった。

「ある魔物が出るクエストを探しているんだが」

 今の俺が倒せる魔獣や魔物は少ない。

 魔獣や魔物には、S、A、B、C、D、E、Fという七段階の危険度ランクが存在する。

 災害レベルの〝S〟を筆頭に、A、B、C……と危険度が低くなっていき、Fランクがゴブリンやスライムといったお馴染みの雑魚モンスターになる。

 勘違いしてはいけないのは、ランクは危険度であって、強さの度合いを示すものではないことだ。さらに魔物にもレベルがあり、たとえFランクでもレベルが高ければ、ベテランの冒険者でも苦戦することがある。ランクはあくまで参考なのだ。

 今、俺が安全に対処できるのは、Eランク以下といったところだろう。

 装備がもう少し充実すれば、Cランク下位レベルなら倒せるだろうが、いかんせん今は満足な武器も防具もない。薬を買うお金もないから、〈薬の知識〉を使って、毒を作ることも不可能だ。

 そんな俺でも、いとも簡単に倒せて、おまけにレベルがゴリゴリ上がる魔物がいる。

 問題はその魔物がこの辺にいるかどうかだ。

「どうしてですか!?

 隣の受付が随分と騒がしいと思ったら、ショートカットの女冒険者が受付嬢にみ付いていた。

 装備からしてクラスは【モンク】か。打撃主体のクラスで突進力が売りだが、スキル〈チャクラ〉での回復や、スキル〈瞑想〉での防御バフなどもあって、耐久型のスキルも充実している。

 バランス良く鍛えることができれば、優秀な『盾役タンク』として活躍できるクラスだ。

 その女冒険者は鍛えた拳を何度も机に叩きつけていた。

「仲間がダンジョンに取り残されているんです! すぐに救出を!」

「ですから、それがすぐにはできないと言っているんです、マイナさん」

「仲間が死んでもいいっていうんですか? それってギルドの責任問題ですよね。なら、裁判でもしますか。出るところで決着させましょう!」

 裁判……って。現代世界じゃあるまいし。さてはあの冒険者、もしかして俺と同じ召喚された勇者か。それも髪の色と名前の感じから察するに、日本人だろう。

 ジオラントでは基本的に自己責任という考えが強い。ギルドはあくまでクエストを推奨しているのであって、責任を持つのは選択した本人である。裁判になったところで、勝ち目は薄いだろう。むしろ取り合ってくれているだけ、まだマシとも言える。

 実際、マイナという女モンクは数人の冒険者から鼻で笑われていた。

「何言ってんだ、あのねーちゃん」

「裁判起こせる稼ぎがあるなら、冒険者なんてやってないよな」

「まったくだ……。げははははは!」

 指差し、大きく口を開けて、冒険者たちは笑う。ギルドの職員も一緒になって笑っていた。

 女モンクには酷だが、ジオラントではこれが当たり前なのだ。

「人の命がかかってるんですよ! なんであなたたちは笑うことができるんですか?」

「そりゃお前らがマヌケだからに決まってるだろ」

「お前、異世界人だろ? 大方、帝宮から追放されて冒険者をやってるんだろうが、どだいお前らには無理なんだよ。冒険者なんて」

「わ、私たちだって、好きで冒険者なんか。……好きでこの世界に来たんじゃない、グス……」

 マイナはペタリと座り込む。ついには泣いてしまった。

 それでも冒険者たちは笑っている。手を差し伸べる者もいない。

 ついに悪ふざけを始めた冒険者たちは、マイナに向かって「うるせぇ」と怒鳴りつけると、装備を剥いで、人買いに売ってしまおうという提案まで飛び出した。いよいよマイナの手首を掴む。いくらモンクの力でも、屈強な冒険者の前では無力だ。

 助けて、という言葉も下品な笑いの渦の中にむなしく消えていく。

「ほう……。死霊系の魔物の討伐か?」

「ふぇ?」

 俺はマイナが受注したクエストの手配書を眺める。

 それを拾い上げると、今にも連れ出されそうになっているマイナの前で広げた。

「あんたの仲間を助けてやるよ」

「え? ホントですか?」

「ああ。ただし、このクエストの受注を俺にくれ」

 ニヤリと笑うのだった。




 マイナが受けようとしていたクエストは、俺が受けることになった。

 早速、クエスト受注の手続きをしてもらう。書類を整理している間、俺はマイナから事情を聞いた。

「私たちが受けたのは『死霊の森』と呼ばれるダンジョンのクエストです。そこの森の魔物は物理攻撃が効きません。私も仲間もモンクなので」

「はっ? 仲間もモンクなのか? よくそんなんで『死霊の森』を受注したな」

「死霊がそういう相手とは知らなかったので。報酬も多いし。……それにもうクエスト限定ですけど、一人【魔法使い】の仲間がいたので、ならと……」

「おそらく死体漁りだな」

「死体漁り?」

「新人冒険者をわざと難易度の高いクエストに連れ出して殺し、装備を漁る犯罪者だよ」

 ダンジョンでの殺人は立証が難しくて、不起訴になることが多い。ベテランが新人冒険者をダンジョンに連れ込み、パワーレベリングするなんてことはよくあることだしな。

 マイナと話しているうちに、クエストの受注の手続きが終わった。

 これで、クエスト時に発生した魔結晶やダンジョン内で見つけたアイテムなどは、全て俺の報酬になる。そこに加えて、俺は二つの条件を加えた。

「一つは俺一人で行くこと」

「え? 私も手伝いますよ」

「あんたが来たところで足手まといだ」

「そ、そんなはっきり言わないでくださいよ! 私、泣きますよ!」

 さっきから十分泣いてるじゃないか。

「二つ目は、持ってる装備を俺にくれ」

「え? 鉄甲とか、下着とかもですか?」

「お前、俺がいったい何に見えているんだ?」

「ほ、ほら! 男の人が女の人に要求するのって、その……」

 俺をそこら辺のケダモノと一緒にするな。天然か、この女……。

「回復薬があれば、俺にくれってことだ。魔力回復薬ならなおありがたいがな」

「そんなんでいいんですか?」

 マイナは道具袋から回復薬を俺に渡す。

 もらった三本とも、安めの回復薬だが、俺には十分だろう。

 さらにマイナは首にかけていた『護宝石アミユレツト』を俺に差し出した。

「嘘かまことかわかりませんけど、一度だけ魔法の攻撃を防ぐんだそうです」

「いいのか? 結構高価なものなんだろう」

「仲間が私の誕生日にくれたものです。たぶん、それを見れば仲間も安心すると思います」

「仲間の名前は?」

「ロレンツォ……。ロレンツォです」

 こうして俺は帝都の西にある死霊の森へと向かうのだった。


 ◆◇◆◇◆


 夜になるのを待って、死霊の森のダンジョンが構築されるのを待つ。

 ダンジョンはこの世界と同じように見えて、別世界の空間だ。その中で迷った者を救出するには、そのダンジョンが出現するのを待たなければならない。ただ幸いなのは、ダンジョンが閉じている間、時間が流れていないということだ。

 マイナの仲間──ロレンツォがダンジョン内で孤立して、十四時間ほど経過しているが、実際向こうでは二、三時間くらいしか経過していないはず。なら、まだ生存している可能性は十分ある。

 しかし、一人での探索となるとダンジョンはあまりに広大だ。さらに付け加えると、ダンジョンが開いている時間は夜の七時から朝の四時ぐらいまで。半日もない。しかも俺の装備は安価な回復薬三本だけとなると、潜っていられる時間は四時間といったところだろう。

 マイナには既に話したが、この回復薬が切れた時点で捜索は打ち切らせてもらうつもりだ。

 こっちも命があっての物種だからな。

 それに、俺がこのダンジョンに来たのは、人助けのためじゃない。

 金を稼いで、さらに強くなるためだ。

「早速、出てきたな」

 森の奥へと進むと、人魂のようなものが薄い霧のように現れる。

 最初は手で追い払える程度の弱いものだったが、次第に濃くなり、実体化した。

『うるるるるるるるる』

 気色悪い声を上げて現れたのは、死霊系の魔物だった。


【名前】 ソウルマジック   【ランク】 D     【クラス】 なし

【スキルツリーレベル】 5  【スキル】 焔玉フアイヤーボール   【弱点】 聖

【無効】 物理攻撃      【耐性】 聖属性以外


[劣魔物の知識]が俺に相手の情報を与えてくれる。

 マイナも言っていたが、こういう死霊系の魔物は物理攻撃が一切通じない。

 魔法系も一部耐性があり、必ずしも有効というわけではない。倒す方法は【弱点】である聖属性の魔法かスキルを叩き込むこと。あるいは聖水を振りかけることぐらいだ。

 ただ聖属性魔法やスキルは【神官】や【魔法剣士】のような中位以上のクラスしか扱えない。高価な聖水はコスパが悪い。そもそもソウルマジックは低ランクであるため、報酬は中位クラスからみれば安価。結論として、コストが合わず、死霊系の魔物の退治はどこのギルドでも悩みの種なのだ。

 けれど、【神官】の〈浄化〉のスキルや、【魔法剣士】の〈魔法剣〉以外にも、ソウルマジックを一網打尽にできる魔法がある。

 無属性魔法だ。

 魔法スキルには、ゲームでもお馴染みの『火』『水』『雷』『風』『土』『聖』『闇』などの属性が存在する。それぞれの属性には『火属性は水属性に弱い』といった特定の弱点があって、またソウルマジックのように聖属性魔法しか通じない魔物も存在する。

 しかし無属性魔法にはそうした弱点がないため、どんな魔物にも通じる。珍しい属性であるため扱うことができるクラスは限られているが、【大賢者】はレベル1から覚えている。それが〈魔法の刃〉だ。

〈魔法の刃〉!!

 青白い光が俺の手から飛ぶ。

 真っ直ぐソウルマジックに向かっていくと、死霊をあっさり切り裂いた。

『しゅるるるるるるるるるるるるるうっっっ!』

 もの悲しい悲鳴を上げ、ソウルマジックは一撃で消し飛ぶ。

 攻撃手段さえ用意できれば、あっさり討伐できてしまう。

 俺からすればゴブリンやスライムのほうがよっぽどごわいのだ。

 カラリと魔結晶が落ちてくる。トロルほどではないが、ゴブリンを狩るよりはよっぽど効率がいい。

「よし。この調子でどんどんソウルマジックを討伐していこう」

 死霊が蔓延はびこる森の中で、俺の口端は自然と吊り上がっていた。


 ◆◇◆◇◆


 入れ食い状態だ。

 犬も歩けば棒に当たるというけど、ダンジョンに入ればソウルマジックに当たるといったところだろう。次々と俺の前に出てきては襲いかかってくるが、恐怖は全く感じない。むしろソウルマジック全部がスキルポイントにしか見えなかった。

〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉!

 次々と現れるソウルマジックを、射的の風船みたいに撃ち倒していく。

〈魔法の刃〉はレベル1の魔法だけあって、魔力消費も少ない。

 さらにいうと、クラス【大賢者】は魔力、魔力量ともに大幅に補正がかかる。

 レベル1の魔法を大盤振舞いしたところで、大した魔力消費にはならない。

 しかも、ソウルマジックを一発でやっつけることができて、現状でもっとも高いスキルポイントが付与される。俺はあっという間に、二十匹ものソウルマジックを仕留めてしまった。

 袋の中に入れる暇もないから、足元には魔結晶がじゆうたんみたいに転がっている。

 それを一気に踏み潰した。

『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大三つまで上げることができます』

 トロル一匹と比べると、少ないと思われるだろうが、俺としては満足だ。

 スキルツリー──即ち大スキルの[魔法効果][知識][魔法]が上がると、ゲームと同じく徐々にレベルが上がりにくくなっていく。高レベルになればなるほど、レベルアップに必要なスキルポイントが上がっていくのだ。

 だから、スキルツリーのレベルを上げるのは、慎重に考えなければならない。満遍なくレベルを上げれば、高ランク帯の魔物に対して火力が足りなかったり、逆に偏れば弱点が露呈して、弱い魔獣や魔物でも苦戦を強いられることがある。

 レベルを初期化するレアアイテムはあるにはあるが、滅多なことではお目にかかれない。

 今、自分にとって何が必要で何が足りないかをきちんと見分ける目が必要だ。

 現代という世界を体験した後だから思うのだが、ジオラントを作った神様は、ゲーム好きなのだろうか。異世界転移かと思えば、高度なMMOの世界でしたとか、なかなか笑えない。ただ残念なことに『幻窓』のどこにも、ログアウトボタンはなかった。

「振り分けはこんなところかな」

『スキル[知識]のレベルが10に上がりました』

『〈弟子の知識〉を獲得しました』

『スキル[魔法]のレベルが2に上がりました』

[知識]はひとまずこれでいい。[魔法]のレベルはもう少し上げておきたいかな。

 レベル3で一つ魔法を覚えることができたはず。

 それにしても、一度クラス【大賢者】を経験しているのは、かなりでかい。他の人間たちはクラスツリーでどういうスキルを覚えて、何レベルで何を覚えるかわからずにレベルを上げていくことになる。おそらくその詳細は情報として売られているだろうが、それもまた高額だ。

 ジオラントここでは自分を知るためにも金が必要になる。俺が報酬にこだわるのも、そのためだった。

「ぬっ!」

 一瞬立ちくらみがする。魔力が尽き始めているのだろう。

 危ない危ない。調子に乗りすぎて、魔力の管理を忘れていた。まだまだ初期レベルだな。コスパ最高の〈魔法の刃〉を二十発程度放っただけで、へばるとは……。

 ともかく魔力を回復させるか。

「こういう森の中なら一本や二本は生えていると思うのだが……、お! あった!」

 俺が見つけたのは、魔力茸だ。魔力を吸って生きる珍しい茸で、ダンジョンのあちこちで生えている。ただ名前こそ〝魔力〟茸だが、生で食べたところで魔力は回復しない。

 焼くとヘタの部分に魔力のエキスが浮かんできて、それを飲むと魔力が小回復する。

 オススメは煮込み料理だな。液状化した魔力を余すことなく摂取することができる。味の感じ方は人それぞれといったところだ。

 俺は一本魔力茸を取って、縦に裂く。それを回復薬の瓶に無理矢理詰め込み、シェイクした。

『〈薬の知識〉によって、「回復薬」は「魔力回復薬」になりました』

 早速、作ったばかりの魔力回復薬を飲み干し、魔力を回復させる。

 軽い頭痛が吹き飛び、意識もぼやけていた視界もクリアになる。うまくいったようだ。

〈薬の知識〉は序盤で手に入るスキルとしては、チートだな。

 さすがに霊薬エリクサーほどの上級の薬は作れないが、初期レベルの今ならこれで十分だ。

 回復薬はまだ二本ある。一本は万が一のために残しておくとして、あと一本を魔力回復薬に回せば、合計六十匹狩れることになる。あと3か4かスキルレベルを上げることができそうだ。

 空瓶を道具袋に入れて、俺は立ち上がった。

「ん? なんだ、この臭い」

 臭! 鼻が曲がりそうだ。だが、似たような臭いを嗅いだことがある。

 どこだったかな。千年前か。いや、違う。ならば現代か。

 いろいろ考えながら、俺は臭いのもとを辿る。現れたものを見て、俺は目を細めた。

「ほう……」

 こいつは使えるかもしれないな。


 ◆◇◆◇◆


 目標としていたレベルも近くなってきたので、本格的にロレンツォの捜索を始めた。

 これまで手がかりはない。マイナの話では、さほどダンジョンの奥ではないというが、ロレンツォが逃げ回って移動しているなら、話は別だ。それに同じダンジョン内にいると思われる死体漁りの動向も気になる。

「それにしても、さっきからソウルマジックが出てこないのは、どういうことだ? これじゃあ新兵器の試し打ちができないじゃないか」

 魔力を回復してから、二、三匹狩ったぐらいだ。これでは目標レベルに到達しない。

 そんなことをぼやいていると、ソウルマジックと出くわした。

 いつも通り〈魔法の刃〉で撃退しようとしたのだが。

「ちょっ! 逃げるな!」

 魔物が逃げるのは決して珍しいことじゃないが、今の俺のレベルで逃げるか、普通。

 スキルツリー合計のレベルは12。ソウルマジックのレベルは5だ。

 ダブルスコアをつけてはいるが、逃げ出すほどではないはず。

 俺は追っかけると、突然開けた場所に出た。

「なるほど。そういうことか」

 待ち構えていたのは、ソウルマジックの団体様だ。

 ザッと五十匹。かなりの数だが雑魚はどれだけ集まっても、雑魚にすぎない。

 問題は魔力だ。残り一本の魔力回復薬を飲んでも、五十匹倒せるかどうかだろう。

 ともかくソウルマジックに〈魔法の刃〉を放つ。

 しかし、あっさりとかわされてしまった。タイミング、狙い、申し分なかったはずだ。

『〈劣魔物の知識〉を使用しました』


【名前】 ソウルマジック   【ランク】 D      【クラス】 なし

【スキルツリーレベル】 9  【スキル】 焔玉フアイヤーボール 回避 【弱点】 聖

【無効】 物理攻撃      【耐性】 聖属性以外


「こいつら、普通のソウルマジックよりレベルが高いのか」

 俺が倒していたのは、言わば二軍。冒険者を調子に乗せて、森の奥へ引き込み、一軍メンバーで一網打尽にするという腹づもりか。とても低レベルの魔獣が考える戦術ではない。間違いない。ソウルマジックには参謀がいる。

(もしかしたら、このダンジョン自体が冒険者をめるために仕掛けられたものかもな)

 ソウルマジックに囲まれながら、俺はその向こう側にある敵の姿を予想していた。




『うるるるるるるるるる……』

 ソウルマジックのうなりがあちこちから聞こえてくる。

 ずっと耳にしていると、頭がどうにかなりそうだ。

 手はあるんだが、もう1レベル足りない。おそらく手持ちの魔結晶を砕けば、スキルポイントは獲得できるだろうが、レベルが上がるかどうか微妙なところだ。あと、もう三匹ほどソウルマジックを倒すことができれば確実なんだが。

〈魔法の刃〉!

 ソウルマジックに向けて放つが、やはり〈回避〉されてしまう。

 さらにお返しとばかりに〈焔玉〉が降ってくる。魔力が弱いので、攻撃力こそ微々たるものだが、地味に面倒だ。既に肌は赤くなり、ヒリヒリして痛い。逃げ回りながら攻撃しているので、いよいよ体力も尽きてきた。おかげで〈魔法の刃〉の精度がどんどん悪くなっていく。

 このままじゃ先に俺の魔力が尽きる。せめて、もう一人いればなんとかなるのだが……。

(こんなことなら、マイナを連れてくるべきだったか)

 いや、今さら悔いても仕方がない。

 考えろ。打開する方法を……。一瞬だ。一瞬でいい。

 ソウルマジックの動きを止めることができれば。

「うおおおおおおおおお!!

 突如、雄叫びが響き渡った。

 なんだ、と振り返ったとき、茂みの向こうから影が飛び出す。

 大きく飛び上がったのは、男の冒険者だ。白い柔道着の袖をビリビリに破いた胴着に、赤い鉢巻き。手にはフィンガーグローブを着けている。装備からして【モンク】だろう。

 弓を引くように大きく左拳を振りかぶると、ソウルマジックに拳を落とした。

〈正拳突き〉!

 れつぱくの気合いが死霊の森に響き渡る。

 普通の魔獣や打撃に弱いスケルトンなら見事に決まっていただろう。

 だが、相手はソウルマジックである。拳はあっさり通りぬけてしまった。

「あちちちちちちちつつつつATITITITITITITITITIIIII!!

 おまえけにソウルマジックに触れたことによって、余計なダメージまで負ってしまう。

 最後に着地までミスった【モンク】は地面の上でもんどり打った。

「なんだ、いったい?」

 いや、詮索は後だ。この好機を逃す手はない。

 ちんにゆう者の登場にソウルマジックの動きが止まっていた。すかさず、俺は手をかざす。

〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉! 〈魔法の刃〉!

 三匹撃墜することに成功する。俺は即座に魔結晶を砕いた。

『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大一つまで上げることができます』

 俺は迷わず、今もらったスキルレベルを[魔法]のスキルツリーに突っ込んだ。

『スキル[魔法]のレベルが3に上がりました』

『〈どんの呪い〉を獲得しました』

 指定した対象の速度を落とす魔法だ。ただし一体のみ。この魔法ならソウルマジックの動きを鈍らせることができるはず。しかし、目の前のソウルマジック全部の速度を落とすには、〈貪亀の呪い〉を連発する必要がある。そんなことをすれば俺の魔力が先に尽きてしまうだろう。

 そこでこのスキルを使う。

『〈弟子の知識〉によって、[魔法]が『全体化』されました』

〈弟子の知識〉は『単体』にしか効果がない魔法を『複数』に効果があるようにできるスキルだ。つまり一回分の魔力消費だけで、複数の敵に魔法を放つことが可能。コスパ最高のチートスキルなのだ。

〈貪亀の呪い〉!

 覚えたばかりの〈貪亀の呪い〉を『全体化』して放つ。

 速度遅延の確率は運の要素もあるけど、一番大きな要素はレベルだ。

 俺のレベルが、向こうのレベルに勝っていれば、成功確率は九割を超える。

「OH! ソウルマジックの動きガ!」

 倒れていた【モンク】が叫ぶ。

 明らかにソウルマジックの動きが鈍ったが、まだ足りない。

〈弟子の知識〉による『全体化』は便利だが、効力が半減するというデメリットもある。

 けれど、半減するなら、もう一回かければいい。

〈貪亀の呪い〉!

 もう一度かけると、さらにソウルマジックの動きが鈍る。

 さっきと比べれば、ほとんど止まっているようなものだ。

「トドメだ!」

〈魔法の刃〉+全体化!

 俺の手から放たれたのは、無数の青白い刃だった。

 流星群のようにソウルマジックに襲いかかり、魔物たちを食らいつくした。

 すかさず二撃目の〈魔法の刃〉を放つ。こちらも威力が落ちていた。

〈貪亀の呪い〉を受けたソウルマジックには、回避する術がない。

 まともに受けると、五十体以上いたソウルマジックは、全て魔結晶となった。

 まだまだ雑魚魔物とはいえ、五十体の魔物を一度に殲滅するというのはなかなか気持ちがいい。

 それに魔結晶もおいしかった。これで、二つか三つはレベルを上げることができる。

〈弟子の知識〉も覚えたし、ここでスキルツリー〈魔法効果〉を上げておくか。

 レベルを上げるごとに、魔力や魔力量、魔法耐性などが5%上昇する大スキルだ。

「アナタ、スゴいですね」

【モンク】が話しかけてくる。

 金髪に、緑色の瞳。それに妙なイントネーション。おそらく海外から召喚された異世界人だろう。

 ふと思ったが、なんでイントネーションが微妙なんだ?

 ジオラントでは基本的に言語は共通化されるはずなんだが……。

「アレだけのソウルマジックを一撃で倒すなんテ。まるで『ロジウラ・ファイター』の裏ボスあつの隠し必殺技みたいだったネ」

「『ロジウラ・ファイター』? また懐かしいゲームを知っているな、あんた」

「OH! ユーも『ロジウラ・ファイター』知ってマスカ? アレは神ゲーね!!

 知っているというか、コンシューマーゲームをやったことがある人間なら誰でも知ってるビッグタイトルだ。今でもゲームの大会が世界中で行われていて、熱狂的なファンが多い。ちなみにプレイしたことはない。対戦ゲームはどうも苦手だ。

「もしかしてあんたの恰好って、『ロジウラ・ファイター』の……」

「イグザクトリー! 『ロジウラ・ファイター』のりゆうの衣装ネ。ワタシ、龍虎がとってもスキね。持ちキャラも龍虎ネ」

 異世界のダンジョンの中で、なんでゲームの話なんかしてるんだろう。

「ン? チョット待ってください。ユーの首から下げてる『護宝石アミユレツト』……。ワタシ、どこかで見たことがアリマス!」

「これを知ってるってことは、あんたがロレンツォか?」

「OH! イカにもセッシャはロレンツォであります」

 さっきまで「ワタシ」って言ってなかったか。なぜ、「セッシャ」に言い換えた。

「俺はクロノ。あんたを捜してほしいって、マイナさんに頼まれたんだ」

「ほわっと? マイナ?」

「帝都のギルドであんたの帰りを待ってる。一緒にダンジョンを脱出しよう」

「おう……。それはおかしいですよ、クロノ。マイナは亡く────クロノさん!」

 俺はロレンツォに突き飛ばされる。

 次の瞬間、目の前は真っ赤に燃え上がった。

 被弾したのはロレンツォだった。炎に包まれ、悲鳴を上げながら倒れてしまう。

 今のはソウルマジックの〈焔玉〉か。

「あ~ら。外れちゃった……。うふふふ」

 クラッとするような蠱惑的な笑い声が響く。

 木の陰から黒い髪に、黒い瞳の女【モンク】が現れる。

「あんたは、マイナさん!?

「違います!!

 叫んだのは、ロレンツォだった。

 その身体は真っ赤になり一部焼け爛れている。それでもロレンツォが立ち上がれたのは、クラス【モンク】の体力補正と、表情にも浮かんでいる怒りから来るものだろう。

「クロノさん……。アレはマイナじゃありまセン。アイツこそ〝死体漁り〟デス」

「なるほど。ようやく全貌が見えてきた」

 俺がギルドで依頼を受けたときには、既にマイナさんは死んでいた。

 ギルドにやってきたのは、マイナさんに扮した死体漁りだ。

 本来ならロレンツォも殺す予定だったが、逃げられてしまった。ダンジョン内は広い。一人でロレンツォは捜せないし、向こうも死体漁りを警戒して、なかなか尻尾を出さない。

 そこでギルドに戻って、捜索隊を募った。そこに俺が立候補したというわけだ。

「なるほど。この『護宝石』には追跡用の魔法がかかっていたのか」

 警戒していたのにもかかわらず、ソウルマジックの罠にかかった理由はこれか。

「今頃、理解したの? ホントに間抜けなハズレ勇者様だこと」

 死体漁りは醜悪に微笑む。すると、パチッと指を鳴らした。

 茂みや枝葉の間から、ソウルマジックが現れる。

 レベルも高い。〈劣魔物の知識〉によれば、レベル12のソウルマジックもいる。

 それ以上に問題なのは、死体漁りだ。ただの死体専門の追いはぎとは思えない。目の前の死体漁りからは、千年前にも感じた強者の気配がする。

「ソウルマジックを使役できてるってことは、あんたのクラスは【ソウルマスター】だな」

「あら。お勉強は好き?。そうよ。あたしのクラスは【ソウルマスター】。導きの星四つの高位クラスよ。クラスレベル〝Ⅲ〟、スキルツリーレベルは40!」

 クラスレベルがレベルⅢで、スキルツリーレベルが40

 格上も格上だ。俺たちが冒険者初心者だとしたら、あっちは上級者の一歩手前。

 数の上でこっちが有利でも、文字通りレベルが違う。さらに向こうにはソウルマジックもいる。

 普通に考えて、勝ち目は薄い。

「クロノさん。あいつはわたしが引きつけます。今のうちに逃げてください」

「……そうだな。昔の俺なら真っ先に逃げていたかもな」

 そうだ。俺はいつも諦めていた。人を頼りにして、失敗すれば勝手に裏切られたと思って、人のせいにしてばかりいた。自分の理想を押し付ける親を許すつもりはないが、親の言うことを聞いてばかりいた俺に落ち度がなかったわけじゃない。

 ここまで散々な異世界生活だが、ようやく光明が見えてきたんだ。

 それに【大賢者】だったことを思い出した今も、根本的な目標は変わっていない。

「異世界で変わるって決めたんだ。簡単に諦めてたまるか」

 俺は先ほど倒したソウルマジック五十体分の魔結晶を壊す。

『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大三つまで上げることができます』

 お馴染みの『幻窓』が目の前に浮かぶと、その全てを[魔法効果]のスキルツリーに突っ込む。

『[魔法効果]のスキルツリーレベルが4になりました』

『魔力、魔力量、魔力耐性が20%上昇しました』

「よし」

 俺は早速手を掲げる。

〈魔法の刃!〉

 プラス〈弟子の知識〉の『全体化』がかかる。

 複数の刃が周囲を囲んだソウルマジックに襲いかかった。

 パパパパパパパパパパパパパパパパパパ、パンッッッッッッ!!

 ソウルマジックは〈魔法の刃〉の餌食になっていく。

 魔力量の上昇とともに攻撃力も上がったので、『全体化』していても一発で墜とせる。さらに発射速度も上昇したので、回避が難しくなったのも幸いした。

 ソウルマジックは一瞬で殲滅され、再び死体漁りだけになる。

 その死体漁りにも、〈魔法の刃〉が伸びていく。だが回避はおろか、動く素振りすら見せない。マイナの顔でただ醜悪に微笑むだけだ。

 死体漁りに〈魔法の刃〉が着弾する。けれど、何も起こらない。

 青白い刃が、ただ死体漁りに飲み込まれていくだけだった。

「ふふ……。魔法はあたしには通じないわよ」

「〈魔法吸収〉のスキルか……」

【ソウルマスター】というクラスについて、俺もよく知らない。

 レア中のレアクラス。ソウルマジックなどを操ることができるという以外に不明だ。

〈魔法吸収〉のスキルを持っているのも、今初めて知った。

「そこの【モンク】だけじゃなく、あなたもあたしと戦うっていうのかしら、勇者様? あたしのスキルツリーレベルは40。あなたたちのレベルは合算しても、精々レベル30が関の山でしょ? 勝算はあるの?」

「勝算ならあるさ」

 俺は口角を上げる。

 そう。勝算ならある。スキルツリーのレベル差を埋め、死体漁りを破る方法が。

 さて──ジャイアントキリングといこうか。