第一部 第二話
「はっ!」
気になるのは、夜空の星と一緒に浮かんでいた
ゲームでよく見るウィンドウのようなものが、俺の視界の真ん中に広がっていた。
そこには『固有スキル【
「イテテッ!」
全身が痛い。トロルから受けた傷が完全に癒えていないのだ。
その身体をよじらせながら、俺は周囲を窺う。目にしたのは、トロルだった。
「なんだ、これ?」
穴だ。見える限りの大地に、無数のクレーターができている。
それも俺を避けるようにだ。
トロルは全滅。ダンジョン化した森すら消滅し、
野生動物の鳴き声も聞こえない。静かだった。少なくとも半径十キロ圏内で生きているのは、たぶん俺くらいなものだろう。
これが【
半分無意識の中で使ったが、俺は覚えている。
いや、思い出している。
たとえば、今俺の視界に広がっている
ジオラントでは、個人の能力はこのように可視化することができ、魔法やスキルを使うには、頭の中でこの『幻窓』を開いて、起動させる必要がある。こうやって俺の目の前に浮かんでいるが、他人には見えない。ゲームみたいなシステムなのだ。
たとえば【
ちなみになぜ英語かというと、『幻窓』で使われる言語は使用者がもっとも理解しやすいものが用いられる。本来、日本語なのだろうが、転移する前、俺はよくゲームをやっていた。『Y/N』はゲームではお馴染みのアイコンだから、選ばれたのだろう。
「危ない、危ない。いきなり街に半死半生の俺が飛んできたら、騒ぎになるところだった。昔はそのおかげで聖人だと勘違いされて、儀式やら
俺は一旦『固有スキル【
固有スキルは条件さえ揃えば、いつでも使うことができる。ただし一日一回だけだ。
俺は他の『幻窓』を広げる。自分の今の能力を映した『幻窓』だ。言わばステータス画面である。
【名前】クロノ・ケンゴ
【ギフト】おもいだす LV Ⅰ 【クラス】大賢者 LV 1
【スキルツリー】LV 1
[魔法効果]LV 1 [知識]LV 1 [魔法]LV 1
魔力 5%上昇 賢者の記憶 魔法の刃
魔力量 5%上昇
魔法速度 5%上昇
【固有スキル】【
【
「やはり、俺は元【大賢者】だったらしいな」
妙な感覚だが、俺には今二つの記憶がある。
黒野賢吾として生きてきた現代の経験と知識。さらに遠い昔、ジオラントで活躍していた【大賢者】としての前世の記憶と知識である。
どうやら俺のギフト『おもいだす』は、前世の記憶と知識を思い起こすギフトのようだ。
以前ジオラントにいたときの名前はクロノ・ディルケルツ。
侵攻してきた魔族の大群を仲間たちと一緒に食い止め、魔王を後一歩まで追い詰めた男である。
ただ魔王との戦いの後の記憶がない。その魔王も討ち取ったかどうかも定かではなかった。おそらく俺は死んだと思われるが、今のジオラントからは魔族も、魔王の気配も消えている。
そもそもティフディリア帝国なんて名前の国は、俺の前世にはなかった。
国の変遷などよくあることだから、これは置いとくとして、勇者召喚なんて魔法も、『ギフト』なんて上位スキルも俺がいた当時はなかった。【大賢者】だった頃の記憶と知識を思い出したのは良いことだが、わからないことばかりだ。
誰かに俺がいない間のジオラントのことを聞ければいいが、仲間はとっくの昔に死んでいるだろう。星の位置が、覚えているものと随分異なる。ざっと計算してみたが、千年は経過していた。長寿のエルフでも、さすがに千年は生きていまい。
「一番知っていそうなのは、ティフディリア帝国の皇帝や大臣たちだな」
俺を散々
俺が【大賢者】となったからには、彼らにも少々痛い目にあってもらおう。
いや、少々どころの話じゃない。こっちは死ぬ思いだったのだ。
あいつらも同じ目にあわせてやる……。
「な~~んてな」
そんなことするかよ、面倒くさい。
皇帝や大臣には腹を立てていることは事実だが、これ以上関わり合いたくないというのが本音だ。クラスが【大賢者】と聞けば、あいつらは手の平を返して、俺に
「俺は俺のために働く」
千年前、俺は魔族から人類を守るために戦った。
その魔族がすっかりいなくなっているのだ。なら好き勝手生きても何も問題ないだろう。
こんな荒野のど真ん中で粋がっても仕方がない。隕石が落ちてきた音は帝都まで
俺はこれ見よがしに倒れているトロルに這いつくばりながら近づいていく。
大穴の開いたトロルの太鼓腹の中を覗き込んだ。
「やっぱりあった」
手を伸ばし、掴んだものを強引にトロルの肉から引き離す。するとトロルの身体が消えた。
入手したのは、例のゴブリンからも入手した魔結晶だ。
俺は魔結晶を握って、力を加える。すると、氷砂糖のように簡単に砕けてしまった。
『スキルポイントを獲得しました。スキルレベルを最大九つまで上げることができます』
スキルポイントは言わば、ゲームでいうところの経験値みたいなものだ。
獲得したスキルポイントに応じて、スキルレベルを上げることができる。
賢者には[魔法効果][知識][魔法]の大スキルがある。大スキルのレベルを上げていくと、魔力を上げたり、魔法や知識といった小スキルを獲得できる。最終的にはこの三つの大スキル全てをレベルMAXにするのが目標となるが、今はレベル10までしか上げることができない。それ以上レベルアップするにはクラスレベルを上げる固有の魔導書が必要になる。
またスキルポイントは魔結晶を砕くことで獲得できる。ギルドで金になると説明されたのも、魔結晶自体が貴重な経験値の塊みたいなものだからだ。
視界がぼやけてきた。負傷によって俺の体力も限界に近い。
まだトロルの死体が転がっているが、その魔結晶を得る前に力尽きる可能性がある。
ともかく、この九つだけで現状を打開するしかなさそうだ。
「さて、どうするか?」
回復させるなら、[魔法]のレベルを上げるに限る。
レベル9にすれば、〈小回復〉というスキルを使うことが可能だ。
ただ一つ問題がある。今の俺は魔力がすっからかんだ。【
仮に魔力があったとして、〈小回復〉だけでは完全回復は難しい。
〈小回復〉の回復範囲は浅い切り傷や、打ち身、小さな骨折くらいだからだ。
「なら、選択肢は一つしかないよな」
俺は[知識]をレベル9にする。全部[知識]に振ったのだ。
『スキル[知識]のレベルが9に上がりました』
『〈劣魔物の知識〉を獲得しました』
『〈薬の知識〉を獲得しました』
俺はホッと胸を撫で下ろす。
千年前と少し違うから、もしかしてレベルに応じて覚える[知識]も変わっているのではないかと思ったのだが、どうやら杞憂だったらしい。
俺は腰に下げていた小さな袋の中から小瓶を取り出す。
ギルドで冒険者ライセンスを発給された際にもらった回復薬である。
これも性能としては[小回復]と一緒だ。今の怪我を十分に回復させる効果はない。
だからこの回復薬の効き目をさらに強くする。袋から取り出したのは、数枚の草の葉だ。
薬草の葉。ジオラントではポピュラーな薬草で、さっき俺が倒れていた脇にも生えていた。
それを回復薬の中に突っ込み、軽く振る。
『〈薬の知識〉によって、「回復薬」は「中級回復薬」になりました』
「よし。狙い通りだ」
俺は一気に中級回復薬を飲み干す。痛みが和らぎ、パックリ開いていた腹の傷が塞がっていく。
まだ完全回復とはいかないが、歩いて帝都に帰るぐらいはできそうだ。
〈薬の知識〉は薬の合成効果を一段階引き上げてくれる。
普通の回復薬に薬草を混ぜても、回復薬の効果が少し上がるぐらいなのだが、[薬の知識]ならばその効果を一つ引き上げ、上位互換である中級回復薬を作ることができる。
ただ先ほども言ったが、完全回復とは言いがたい。ひとまず帝都に帰る必要があるだろう。
帝都のあちこちには再生の泉というものがあって、その水を浴びれば傷を回復させることができる。
ほぼ無一文の俺でも、医者にかかることなく怪我を治せるというわけだ。
正直
「きゃああああああああああああああ!!」
そのとき、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
悲鳴を聞き、俺がまず取った行動は隠れるだった。
【
そっと顔を出すと、クレーターだらけの荒野を走る一台の馬車が見えた。
普通の馬車ではない。頑丈そうな客車を引いているのは、リザルドンという
気性が荒く、御するには特定のスキルが必要だが、足はそこそこ速く、悪路でもスイスイ走る。何より魔獣から身を守る手段にもなることから、千年前も交通手段の一つとして使役されていた。
帝都の調査団だろうか。それにしては対応が速すぎる。
その馬車を追う者がいた。ヒーピーという歩行能力に特化した鳥型の魔獣だ。
リザルドンが引く客車と、ヒーピーの差が縮まっていく。
ヒーピーに乗っているのは、黒ローブを頭からすっぽり被った男だ。その男が不意に手を掲げた。
〈
赤い
危なく当たるところだった。
「危ねぇなあ」
厄介ごとに巻き込んでほしくないが、問題はリザルドンの御者台に乗っているドレス姿の少女だ。
後ろから牙を剥く猛火に為す術がない。
黒き暗殺者に狙われるドレス姿の少女。いかにもというシチュエーションだ。
「お返しだ!!」
〈魔法の刃〉!
光の刃が俺の手から飛び出す。
瞬間、光刃は少女のこめかみを横切り、後ろの客車の窓を突き破って、ヒーピーに乗った男の
災難はまだ終わっていない。
「よけて! よけてくださ~~~~い!!」
少女の叫び声が響く。すぐ目の前に客車を引いたリザルドンが迫っていた。
リザルドンの大口が見える。回避は不可能だ。大賢者になったところで、俺の身体能力が上がったわけじゃない。多少ましになったという程度だ。当たれば間違いなく致命傷。良くて重傷だろう。
生死の境の中で、俺は落ち着いて対処する。
「ボボッ!!」
突如、リザルドンがつんのめる。四つ足を全力で地面に擦り付け、ブレーキをかけた。
慣性の法則はジオラントでも健在だ。リザルドンが止まったものの、後ろの客車が勢いそのままに突っ込んでくる。リザルドンのお尻に当たって止まったが、御者台に座っていた少女はそうもいかない。この世界にシートベルトなんて安全装置はなく、少女は投石機で打ち出されたみたいに御者台から飛び上がった。
あれよあれよ、と宙を舞った後、見事俺の両腕の中に収まる。
こうしてみると、ドレスも相まってお姫様みたいな少女だ。まさに今の状況こそが本物のお姫様だっこというやつだろう。
「あ、ありがとうございます────ひぃ!」
少女が悲鳴を上げたのは、俺の顔がオークやゴブリンに見えたからではない。
さっきまで暴走していたリザルドンが口を開けて、俺に迫っていたからだ。
「大丈夫だ。怖がらなくていい」
「ふぇ?」
「ボボッ!!」
先ほどの意味のない叫びを上げると、リザルドンは地面に伏せた。
俺の言葉に反応して懐いてくる魔獣を見て、少女の目が丸くなる。
「
と言うと、リザルドンは右前肢を上げる。
「
と言うと、今度は左前肢を上げる。
最後は「
さすがにこれはやめておこう。レディの前だしな。俺にもメリットないし。