『ダンジョンとトイレ』
「なぁ、ちょっと用足してくるわ。周り見張っといてくれねえか?」
地下二三層。立ち並ぶ集合墓地の中で、ちょうどいい壊れかけの小屋を発見した。
小便くらいならささっとその辺でできるんだが、生憎もよおしたのは大きい方だ。流石に隙がデカい。
用を足すときにすら追ってこようとするドローンを手で押した。ふわりと遠ざかるも、すぐに近くに戻ってきて、俺の全身を撮影しやがる。
「いいけど……なにしてるの?」
何度もドローンを突き飛ばす俺に、スイは首を傾げた。
「こいつ押さえといてくれねえか? いくら俺でも、全世界に排便晒す趣味はねえぞ」
イライラしてくる。ぶっ壊してやろうか?
「いや、協会で売ってる簡易トイレの二次元コード読ませたら、一時的に離れてくれるじゃん。簡易トイレの説明書にも書いてたでしょ」
「簡易……トイレ……?」
「知らなかったの?」
スイは目を見開き、口元を手で覆った。
「えー! じゃあその辺で出してたんですかー?」
ヒルネまで驚いた顔をしている。
「いや、俺は流石に穴くらいは掘ってたぞ。コボルトなんかは臭いで集まってきやがるし、熱源で探知するラミアは、排泄どころか屁にも反応しやがるからな。ちゃんと隠れて穴掘ってするもんだ」
胸を張る。俺はこう見えて、冒険者の中ではマシな方だった。
あの時代は配信とかなかったし、潜ってた人間の層が今とは全然違う。歯が揃っている方が少数派だったからな。
ダンジョン内で酒飲んでうひうひ笑ったかと思えば、急に虚空にぶち切れて怒鳴り散らすオッサンとかが、トイレに気を遣うはずがねえ。その辺で堂々とドカン、だ。
「いや、ダメですよ。ダンジョン環境にとっては、人間の排泄物はこれまで存在しない物なんですから。細菌やウィルスも含んでいますし、生態系への影響が未知数です。それに、衛生的にもよくありませんよ」
トウカが指を立てた。先生みてえだ。
「まぁ、言わんとすることは分かるけどよ。もう無駄だぞ。俺ら冒険者が撒き散らかしてる。スケルトンに刺されたやつが、大腸菌による敗血症で死んだことがあったな。たぶん、剣に誰かの落とし物がくっついてたんだろうよ」
「うわぁ、最悪の死に方……」
スイの頬が引き攣った。まぁ、あれは俺から見ても可哀想だったよ。
「そういえば、あまりにも戦闘が長引いたらどうすんだ? おむつ派、垂れ流し派、創意工夫派の三タイプに分かれてたもんだが」
「なにそれ。いや待って、聞きたくない」
スイは顔を背けるが、ヒルネが反応した。
「創意工夫派が気になります!」
「そうか。タイツの横に穴を開けて、そこに片足を通すんだよ。で、ズボンの裾から――」
「話さなくて大丈夫です! とりあえず、簡易トイレは多めに持ち込んでいますので、今回の探索では分けます。後で精算してくだされば大丈夫ですから」
トウカが凄い勢いで割り込む。まぁ、汚い話ではあるもんな。
生死が身近になるダンジョンでは、食うこと、寝ること、出すことの話題は大事なんだが……時代が進むにつれて、なんでも潔癖になっていくんだろうな。少し寂しいぜ。
トウカから受け取った簡易トイレは、文庫本一冊くらいの大きさだった。丈夫な紙でできた折りたたみ式の便座と、排泄物を入れるビニール袋、薄い紙のポンチョでワンセットだ。
物陰で済ませ、ティッシュで拭く。手は……除菌シートで拭いてみた。一人で探索していた頃とは違う。俺にだって、現代社会に馴染む意思が生まれていた。
「ふう、これは持ち帰りか?」
手順に従って後片付けをした簡易トイレは、小さなキューブ状にまとまっていた。袋はきちんと密封されていて、臭いの漏れもない。
「大体の人は専用のケースに入れて持ち帰って、燃えるゴミに出しますね」
「なんか丁度いい木箱拾ってたから、そこに入れとくわ」
ドローンのコンテナに放り込む。
「変な物いっぱい拾ってたけど、役に立つこともあるんだね」
スイが地味に失礼なことを言いながら、感心したように頷いた。
「現地調達は基本だ。木箱は収納によし、座ってよし、ブービートラップも作れるし、焚き付けにもなる。あればとりあえず回収だ」
「覚えておきますねー」
「そうですね。消耗品は現地で得られると、コストの節約にもなります」
女子達は意外にも素直に聞き入れる。
探索はビジネスだ。潜って得るものより、持ち込むもののコストが上回ったら意味がない。
「でもよ。今の探索者ってこういうゴミを持ち歩いて探索してるってことだろ?」
「そうだね」
「じゃあ、死んだ探索者の遺品回収したら、うんこもセットでついてくるんだろ」
「まぁ、そうだけど。そうではあるけど」
ダンジョンで死にかけていた探索者であるスイが、心底嫌そうな顔をした。
「探索者の遺品を漁るタイプのモンスターが、持ち歩いている可能性もあんのか」
ゴブリンやコボルトは、死んだヤツが遺した武器を使う。ハーピーなんかは衣類や宝飾品を奪うらしい。使用済みトイレを持ち歩くゴブリンとかいたら嫌だな……。
「あー、でも。こういう有機物って、スライムが食べるんじゃない?」
「なるほどな?」
スライムこと有核種は、有機物の匂いに反応して集まってくる。地上の感覚でいうなら、ハエやダンゴムシに菌類の性質を兼ね備えたような、ダンジョンの掃除屋だ。
「じゃあ、汚物スライムもいたりしてな。ははは……」
ずず、ずずと重たいものが地面を這いずる音がした。全員で振り返る。
「なに、あれ。土の山?」
スイが右手で剣を抜き、左手を向けて魔法の準備をする。そこには、軽自動車くらいの茶色い塊がいた。ぶるぶると震えながら近寄ってくる。
つーん、と嫌な臭いが鼻をつく。まさか。
全員で顔を見合わせる。同じ意思を共有できた気がした。
「逃げるぞ!」
脱兎のごとく、全員で走り出す。あんなの相手してられるかよ!
ダンジョンにゴミを置いて帰るんじゃねえよ、クソが!