隼人が差し出した手を掴みながらも、自分の足の力だけで立ち上がる。隼人は少し笑った。
窓の外を
「田辺っち。ロボの
田辺は自分のスマートウォッチから、ホログラムで複数のウィンドウを空中に
「
俺は舌打ちをした。
「テニスボールでも投げたらそっちに夢中にならねえかな?」
「アメリカの犬じゃないんだぞ……」
アメリカ作品に出てくる犬はテニスボールが大好きなのは、この時代でも共通
「で、どうする」
柚子が言った。どういう意図で聞いたか知らねえが、答えは決まっている。
「
ここでイモ引くわけにはいかねえんだわ。ロボにも舐められ、
たった一度の敗北。たとえ命を
もちろん理由はそれだけじゃないが、そこまで言うつもりもない。
地下二六層での戦いは最悪だった。過去一の痛みを
リスクばかりでリターンもなく、
それでも、こうなった以上はやるしかない。通り過ぎるのを待てばいい
「スイ、いいな?」
「当然だよ」
打てば
だが、そこに水を差すやつが一人。
「出来る? 無理でしょ」
「ああん??」
思わずドスの効いた声が出た。
「何も学習してない。実力も足りない。ロボは私たちが殺る」
「表出ろ」
わかってねえのか、こいつは。舐められたら終わりっていうのはな。モンスター相手に限った話じゃねえんだわ。
舐められれば価値が下がる。それは俺たちの命の価値だ。そして、仲間の命を
文字通り、舐められたら全てを失うんだよ。
「いい度胸。格というものを教えてあげる」
「おい、やめないか柚子。永野さん、申し訳ない」
「安心してくれ、隼人君。
「死んでるね、それ!?」
気づきやがったか。
見かねたのか、田辺巡査部長が口を
「我々の立場からすると、
「ナガ、ロボと戦うのに
スイも止めるようなことを言うが、方向性は大きく違った。合理的だ。
人体っていうのは、使えば使うだけ
追い込まれた体っていうのは、何かに
「そうだな。こいつら無視してダンジョン行こうぜ。スイの用事は良かったのか?」
「私たちは装備のメンテナンスとか新調してる感じかな。明日には完成してると思う。ナガも時間あるんだし、ちゃんと準備したら?」
「あー、確かにな。次はオイル系とか、ショウガにナツメグ、ローリエ、ローズマリー、トマト缶は持っていこうと思ってたんだわ」
「そういうことじゃないんだよね」
俺とスイが話していると、隼人が待ったをかける。
「そうはいかないよ。僕らも
「はあ?」
思わず変な声が出た。
隼人が頭の後ろで
「支部長から、『職員の永野
「
「期限が設定されていないんだよね」
「隼人の希望。私はロボを仕留められればいい。邪魔しないで大人しく後ろにいて」
こいつら、二人ともついてくる気かよ。
苛立ちが
「あー、いや。良いのか。そうだよな。よし、ぜひとも一緒に行こうか。君たちは日本トップクラスの探索者らしい。
「ナガ、
「いいや、全然。冷静に考えてみたんだが、実力が保証されていて、しかも死んでも悲しくない肉の
スイと隼人が同時に「うわぁ」とドン引きした。
「
「いえいえ、うちのも失礼な物言いが多かったから、お
二人がぺこぺこと頭を下げ合う。小学校のPTAの集まりかよ。
ともあれ無料で強めの
というかだ。俺としては
「善は急げってな。明日の一七時に井の頭入り口に集合。さっさと降りて地下一五層の
「なんで深層なの? ワーウルフたちは中層のモンスターでしょ?」
「ロボは地上侵攻の準備をしている。っつーことは、変身先として強力なフィジカルを持つ深層モンスターの体が欲しいはずだ。それに、俺のことを狙ってきたっつーことは、世界樹の苗も手に入るなら欲しいんだろうよ。あと、大集団の食料を
ダンジョンは浅い層ほど人工物に囲まれた環境であり、深い層ほど
軍隊を食わせるなら、
俺がロボなら侵攻準備は深層でやる。で、十分な保存食まで得られたら地上へゴーだ。
「人類は早さで意表を突かれたんだ。同じくらいの早さで殴り返すぞ」
俺の言葉に、スイと隼人は
◇
どうやら街に
ひとつ例を挙げるなら、こんな感じだ。
商業
現時点で判明しているだけで、死者一八名、重軽傷者九一名、
次はいつどこで現れるかわからず、
戦いの
:何してる中?
:明日から狼野郎のボス殺しにいくらしい
:負けたくせに?
:1勝1敗や。武器があれば勝ち目あるだろ
:大変そう。道民ワイ、高みの見物
:不謹慎すぎる
ずっと
:親が帰ってこない助けて
ふと顔をあげたときに流れた悲痛なコメントに手が止まった。
「すまん、助けてはやれない。お前の親の無事を
わざわざ言う必要もないんだろうな。俺が変に反応してしまったせいで、コメントが加速し始める。
:助けてやれよ
:ロボに挑むとか無謀なことしないで、地上で頑張ればええやろ
:ダンジョンで戦いたいだけだろ
:ゴブリンさんが戦わねえで誰がロボ倒すんだよ
:万一とか言ってないで慰めてやれよ
:俺も家族と連絡とれない
:いいだろ、本人の自由でしょ。探索者に地上のことまで背負わせるのは違う
:ダンジョン行かないで地上で守ってくれ
これまでのコメントとは違う必死さが伝わってくる。ダンジョンでの戦いが対岸のショーではなくなり、
身勝手なことだと思う。
「俺に出来んのはダンジョンで戦うことだけだ。だから俺はダンジョンで戦ってくる。お前らは、俺と同じくらい
:探索者でも殺されてるんだぞ!?
:なんとかしてくれ
:突き放す言い方しないで
:なんか変な力とか魔法とかないのか?
:そうやって見捨てるんですか
:ゴブリンさんに期待しすぎだろ。探索者も警察も自衛隊もたくさんいるのに
:はやくロボ殺せ
こいつらは不安なんだろう。行き場のない感情を俺の配信にぶつけている。ロボの本格
仕方のないことだと思う。
だが、俺がこいつらの感情のゴミ箱になってやる必要もない。
立ち上がり、綺麗な刀身を取り戻したツヴァイハンダーを正眼に構える。ぐるりと回す体で巻き取るようにして、真横に振るった。音はない。リビングのどこにも当たらず、狭い空間のギリギリを通った
――思い通りに動く。
過去最高に体のキレが良い気がする。
「お前ら、待ってろ。そして、見てろ。不安だろうが、耐えろ。本当の地獄を止めてきてやる」
コメントが止まった。
◇
一七時。ダンジョン入り口ゲート前。
集合の時間だ。俺以外のメンツは全員
「おいおい、
「お前は人狼ゲーム得意だろ?」
軽口で返してきたのは山里だった。俺は
スイ、ヒルネ、トウカ。鬼翔院の二人。山里ら五人。それに支部長ちゃん。
「ナガ。
「そうか。ガキのくせに立派じゃねえか」
家族を守ることより尊いことはねえな。バカだと思っていたが、見直した。
スイの姿を改めて見れば、装備が変わっている。
金属製だった
「思い切ったイメチェンしたな」
「
良い
「で、ヒルネは
「へへへ」
基本的な部分は変わっていないが、
ワスプナイフ。敵に
「トウカは――戦争でもするつもりかよ」
「ふふ、戦争をしに行くのですよ」
色んな感想を
上品に笑うトウカだが、その姿は上品とか下品とかそういう次元じゃない。一言で表現するなら――SF兵士。
無骨な重機をそのまま人間の外側に張り付けていったようなデザイン。
「え、それがパワードスーツで合ってんのか?」
「はい。火力と体重の不足を補うために、特別に用意いたしました。右腕のこれは、メイスの代わりにパイルバンカーを取り付けました」
俺は絶句した。
一人だけ何か違いすぎる。
確かに二五年前時点で、実用的なパワードスーツは
「男の方って、こういうのがお好きなんですよね?」
「
恐ろしいポイントその二が、パワードスーツの表面におびただしい魔法言語が刻まれていることだ。物理的にもガチムチで、魔法的にも強化されている。もうこれ、トウカ一人で勝てるんじゃねえか?
「ナガもちょっと装備変わったね」
そうだ。俺自身も少しばかり装備を変えている。
メイン武器はツヴァイハンダー。これは変わらずだが、ちゃんと手入れをしたことで、切れ味なんかは上がっている。
服装は変わらずの
「今回は本気出さねえとな。山里たちは完全武装だが、もしかして手伝ってくれんのか?」
「おう。貸しイチな」
本当に助けに来てくれたらしい。そこまで深い付き合いでもないのに、良い奴らだ。
「今度ご
山里は顔をくちゃっとさせた。どういう感情の顔だ、それは。
シャベルマンも気合が入っているのか、今日はシャベル二刀流。なんか
俺は鬼翔院の
「よお、俺はお前らの戦い方も実力も知らねえ。道中で適当に戦って判断させてもらう」
「勝手にしろ」
「よろしく。僕も永野さんの戦いを生で見られるのを楽しみにしているよ」
俺は隼人だけと固い
んで、支部長ちゃんだ。
「
支部長ちゃんはなぜか
「私は――正直、あなたがロボを
小さな声だった。
「なんでだよ。俺ほど理由がある奴もいねえだろうが」
俺の言葉に顔を上げる。
「はっきり言いましょう。あなたは人生の半分をダンジョンに
「――――いっぱいがんばって、かわいそうだね。やすんでなさい。ってことか?」
支部長ちゃんは
ダンジョンに囚われたとか、どれだけ人類に貢献したかとか。そういうことじゃねえんだよ。
ただ、俺にあるのは個人的な事情だ。俺自身が心の底からそう望むからこそ、足は前に出る。
「俺を
俺は支部長ちゃんの返事を待たず、背を向けた。
これ以上の話は
俺がダンジョンの階段に足を
目標は
ダンジョンアタック開始だ。