四章
二日間の検査入院を経てわかったのは、何もかもさっぱりわかりません、ということだった。あと血圧が高い。ふざけんなよ。
入院
スイたちは何やら
アホくせぇな、とは思う。だが支部長ちゃんに、「多くの人と関わることで、現代の社会性を身に付けてください」と説教されてしまったからな。そう言われてしまえば反対する理由というか、意思も湧かねえよな。
東京に建てられた高層マンションの一五階。一LDKの一室が、俺が協会から貸してもらっている部屋だ。
家のリビングで
「あー、これでいいのか? こっち側から画角とか見れねえのか?」
色々と
:あれ、配信ついてる?
:なにこの何もない部屋。ダンジョン?
:ダンジョン(地上1層)
コメントがゆっくりと流れ始めた。どうやらやり方は合っているようだ。
俺は家の近くの移動
あと、コンビニみたいな店もかなり減っていた。
移動販売のオヤジに話を聞いたところ、都内は不動産価格が上がりすぎて、小売りは割に合わないらしい。
:酒飲んでらあ
:飲酒雑談?
:ゴブリンさんの飲み配信か、ほな帰りますね
ぽつぽつとコメントが増えていく。
昔見た配信だと、コメント
「なんか我らが多摩支部の支部長ちゃんが配信でもしろって言うからな。しゃーなしつけた。特に話す話題とかもないから、好きに質問でもしろよ」
ビールは味が変わらんな。長い歴史のある飲み物だ、たった二五年間ごときでは変化しないってことか。
:スイちゃんとはどんな関係ですか?
「最初に来た質問がそれかよ。本当に気持ち悪いな」
:出張おつ。女配信に帰れ
:まだだ、まだどっちかわからない♂
:ゴブリンさんガチ恋説あるな
「どんな関係も何も、全部配信で垂れ流してるだろうが。アーカイブにたっぷり残ってるから全部見てこい。次」
:ヒルネちゃんとはどういう関係ですか?
「
:やめて
:クソコメすんなカスぅ!
:うちのが失礼しましたぁ、堪忍してつかぁさい(もみ手)
「配信全部みりゃわかること聞いてきたら、特定して家に行くからな。次」
:世界樹の苗って具体的になんなん? リアタイしてたんだけど、よくわかんなかった
「あー、いい質問きたな。これ、病院で改めて精密検査したんだが、正直よくわかってない。仮説も込みの、現状わかってることだけ話してやろう」
:ええ質問や
:質問者ないすぅ!
:スイちゃんの人気に乗っかるように配信してるのに、それについて説明しない不誠実な態度ってどうなんですか?w
:あれ見ててちょっと引いた
:リアタイぼく、食い合うシーンで、リビングで悲鳴上げちゃった
結構な人数が気になっているようだ。
「まず、世界樹の苗そのものについては、サンプルすら取れていねえ。俺の体に寄生しているのは、神経にべったり張り付いていて、
:ひえ
:戦闘時よりダメージでかそうで草
:体の中動いても、それ自体は痛くないのか?
:そのままデスねばよかったのに
もう一匹固定な。
「で、こいつなんだが、少なくとも二種類の作用があるらしいな。まず傷口を覆っていたような、物理的な作用。それと、神経伝達物質やホルモンに似た、
:ガチ寄生虫で草枯れた
:レセプターってなんぞや
:↑人体はタンパク質で出来てる。情報のやり取りもタンパク質。情報を受け取る場所がレセプター。メッセージボックスみたいなもんや
「このたんぱく質自体は
:嘘乙
:絶対もとからだろ
:変なもの食うから……
:世界樹の苗「冤罪です」
:キレ慣れてるキレ方してるんだよな
ちなみに世界樹の苗については、協会から採取
:なんでダンジョンから出てきたときブチ切れてたん? 正直印象悪かった
「次はこれだな。お前ら、自分のこととして想像してみろよ。
:あーね?
:確かにキレるわ
:それでも言い過ぎやろ。普通にやめてって言えばええやん
:悪意がないとはいえ、って感じか?
:んー、それでもあれはなぁ
「納得しないならそれでいい。俺は俺に
かなり賛否両論だな。実際のところ、俺自身もそこまでキレる必要あったか、なんて思うところもある。だが、山里
それに。俺らがやっている命のやり取りがショーにされている、というのを強く実感したんだよな。死なないため、生き延びるために神経を尖らせていることに、全く
:どうしたら彼女ができますか?
「いい質問だな。ダンジョンで二五年間たった独りで暮らせば何かわかるかもな。次」
:一番美味かったのって何?
「ぶっちゃけると、初めてダンジョン
:パワハラやばすぎ
:時代感じるわ
:山登ったときのキャラメルめちゃ美味いからわかる
:思い出補正ありそう
:関係ないけど山らへんにある蕎麦屋ってやたら美味くないか?
:死ぬほど疲れたときの甘いものクソ美味いよね
「ダンジョン内で食ったモンスターの話をしてやりてぇんだが、二五年間味付け無しだったからな」
あくまで俺の感想だが、塩すら振れない良い肉は、そこらのサラダチキンにも
:ワーウルフについて詳しく聞きたいんやけど、結局戦争? になんのか?
ワーウルフ関連については当然ながら協会と話してきている。部分的に開示できない情報もあるが、大部分は公開して良いと言われた。
「ワーウルフと戦争になるかって話だと、協会のお
自衛隊――ひいては先進国の軍隊は、二五年前と比べて劇的な変化は起こしていない。調達が安定していて、
ダンジョン内の戦闘に合わせた
そりゃそうだよな。二〇二五年に
それでもだ。ぶっちゃけ剣だの
:自衛隊の地下30層前哨防衛線ヤバすぎ。30ミリ機関砲が火力過剰すぎるわ
:自衛隊の弱点は人数少ないことくらい?
:市ヶ谷の直下はどんくらい攻略されてるんやろな
:自衛隊の広報で見る攻略と比べたら、正直探索者は存在がお遊びだわ
「おう、そうだな。まぁ自衛隊は国を守ることが主題で、俺たちは資源や情報を持ち帰る経済活動が主っていう違いがあるらしいがな。今回の事案は国防に寄ってるから、自衛隊がメインで動くらしいぞ」
なんて言いつつ、
支部長ちゃんから、俺たちに依頼が来たのだ。いや、依頼っていうのはちょっと変な表現になるかもな。正確に言い表すなら「お願い」ってところか?
「ただ、それはそれとしてだ。協会があの
:ふぁ!?
:賞金首!?
:なんで暗殺?
:特定のモンスターに懸賞金かけたことあったっけ?
:激やば情報じゃん
:ソースは??
「ソースもなにも、今日か明日には公表されると思うぞ。ワーウルフとの戦争は、頭を押さえりゃ止まるって判断かもしれねえな。それにダンジョンの専門家集団としてのプライドもあるかもしれねえ」
ワーウルフが地上を目指すのは、種族全体としての行動というより、俺が戦った狼男――ロボによる行動と考えられている。ロボさえ倒せば、
金額については正式発表前で
飲み干した缶はそのままに、二本目を開ける。
「あとシンプルに、大規模に放たれる
:あーね
:実際に倒せるかはともかくってことか
:偵察依頼と違って、成果なければ金払わなくていいしな
:大人ってずるい
:正直すべての出入り口を守るには公務員の人数が足りなすぎるもんな
「つっても、危険性も高いだろうから、実際のところどれくらいの人数がやろうとするかだな」
:ゴブリンさんとの戦闘見てたら、避ける探索者も多そう
:上位層が挑むくらいか?
:ぶっちゃけ探索者の強さって見ててあんまりわからん。ゴブリンさんってどんくらい強いの?
:↑かなり上澄みだぞ
:喋るモンスターってだけで敬遠するやつらもいそうよ
配信で話しているのは表向きの内容だ。
視聴者たちは自衛隊とワーウルフがぶつかり合えば、必ず自衛隊が勝つと信じている。補給の困難さがあるとはいえ、自衛隊がモンスターとの戦闘で負けたことはないらしいからな。
世間全体の印象だってそうだろう。自衛隊は強い。モンスターなんか敵じゃない。負けやしない。
普通のモンスターならな。
ワーウルフの特性を考えたら、普通の戦闘にならない可能性もある。ロボは俺をコピーしたときに、身につけている服や
ひっそりと殺された隊員、ひっそりと殺された部隊に化けられる可能性だってあるしな。
未知の変身能力が相手だ。
「かなりハイリスクだ、俺も避けたいところではあるが――」
俺の言葉をチャイムの音が
インターホンのモニターを見ても、
「……なんだ?」
:凸ったやついる!?
:室内だけで特定できるか?
:凸!?!? よりによってゴブリンさんに!?
:人気配信者みたいで草
配信のコメントに視線を戻した
「よし、
「いってぇな。誰だよ……」
ぐわっと全身の血管が広がった。脳内で鳴りだす
目の前に、俺と全く同じ顔。そいつはにちゃりと口元を
「――ロボ」
「ははは、そう呼ばれることになったらしい。久しいぞ、世界樹の仔……」
最悪だ。最悪だ。なぜ、俺の家に。
手が無意識に動いて武器を探す。が、当たり前に無い。武器は部屋に固定された
「よお。お前が俺のファンだったなんて知らなかったよ」
立ち上がろうとしたところに飛んでくる回し
「地上
「これからだ。大群は目立つし、準備も必要
「そうかい、ハンカチと
言いながら殴りかかる。コンパクトなジャブ二連、右ストレートを
「がっ……」
意外なことに、ロボはあっさりと体をくの字に折った。効いている?
何が理由かは知らねえが、
「さては、変身に使った体はダメージが
俺のコピーは、ツヴァイハンダーで腹をぶち抜いてある。時間を置いての再変身でも傷が残されているんだろうな。表面的に
「目立たぬよう人の姿を借りたが、傷が
ぐにゃりと体が歪み、二足で立つ
同じ相手に化けると、傷なんかは残る。で、本人が目の前にいなくても、変身先みたいなのはストックされるってことだな。
リザードマン。
全身が
非常に
ロボが化けたのは二メートル程度のサイズ。室内だと
「そんな強そうなのあるんなら、この前出せば良かっただろうに」
だめだ、
「この体は少々不慣れでな。これくらいの
「いやあ、狭すぎて向いてないと思うぜ。コボルトくらいにしておけよ」
ガチで膂力だけで圧倒されそうだ。小手先の技術も通じないだろう。
入居したばかりでほとんど荷物がないのも痛い。物が色々とあれば
雑に放たれた
転がるようにかわして、リビングに逃げ込む。背後で何かが
何か、何か使えるものは……。
:大丈夫!?
:やばいって。通報、通報しなきゃ
:警察に電話した!
:警察じゃないだろ、ダンジョン協会か!?
多摩支部:状況を確認しました。応援を派遣します。
:逃げてくれーーーーー
:ゴブリンさんなら大丈夫だろ、信じてるぞ!
佐藤翠:場所どこ!?
配信も大盛り上がりだな、おい。
俺はドローンを
カウボーイのようにロープの先端をぐるぐる手元で回した。
「うちは訪問販売も宗教
ドア
「思い通りにさせない
そして、カウボーイという言葉を知っているっつーことは、俺の知識もコピーで
「ところがどっこい、今までそれをどうにかしてきたから、俺はここにいるんだよ」
振り回されるロープの先端を、
ドローンの
怖いとか
口が
「でっけえ戦争するってのに、俺一人をシバくためだけに、王様の単独
「単独? 余がいつそんなことを言った?」
「うっそだろ、おい」
マジ?
これから街中で
「貴様が顔色を変えるのは
「笑ってんじゃねえぞ」
最悪だ。最悪なんて状態には幾らでも下があるが、その中でもかなり底に近い方の最悪だ。
相手が嫌がることをするのは戦いの定石だ。それは構わねえが、やり方が反則過ぎる。相手の変身待たないタイプの
「ダンジョンからモンスターが出てくるってのはよ、
「
そう言ったロボは、手元の
「それも反則だろ!!」
思わず叫ぶも、投擲は止まらない。白い粉を散らしながら飛んできた、
下手にかわせば体勢を
ぐっと体に力を
「――っ」
ロボが
「世界樹の
「そうだな。
「減らず口を」
再び飛んでくる礫。顔面に飛んできたそれを、額で受ける。白い粉が散った。
垂れてきた血を
「
冷めた目で俺を見たロボは、また投擲。
「いつまでもつか、楽しみだ」
「俺って結構、
爬虫類のぎょろりとした
だが。
一足で大きく
「
顔面が
「が、ぁ……」
「足りていない」
うっすらと見えるシルエット。そこにいたのは、
「くっそ。何が慣れてないだ。バチバチに活用してるじゃね……かはっ」
往復ビンタのように反対側から振られた尻尾に殴られ、壁に
俺がめり込んで砕けた壁の中に、水色のコードが見えた。とっさに
「はは、俺もツイてるな。てめえのお陰で、逆転の策が出来たぞ」
「……電線、だったか?」
俺に変身していたときの、俺本体の
「人間ってのは、道具を使って足りないモンを補えるから強いんだよ。バチバチと活用してやんよ」
「たかが一〇〇ボルト……いや、どうだ?」
ロボは俺が持つ電線が、自分に
「……まあ良い。貴様を喰うのはあくまで副次的な目標だ。ここは引いてやろう」
「逃げんのか?」
「はははははは。犬ですら構って
ちっ。時間稼ぎすらさせてくれねえか。見かけ上の有利状況に
ロボはくるりと背を向ける。ふてぶてしいその背中に跳び蹴りしたい
挑むことすらできない俺を、ロボは鼻で笑って堂々とした足取りで立ち去っていく。
手に持っているコードをよく見ると、
「通信用じゃねーか」
あぶなかった。自覚無しの、ただのハッタリだったらしい。ロボの人間社会への知識が俺ベースで良かったよ。なにせ、俺は現代社会に一番無知な日本人とも言えるからな。
部屋に静けさが
大きく息を吐いた。
死ぬかと思った。完全な敗北。言い訳のしようがない。
そうさ。世界樹の苗だなんだと言ったって、
今生きているのは、大きな
――
知識として強者たちのことは頭にあったんだが。
戦いの中で生き延びてきたということは、逆接的に、俺は全ての争いに勝ってきたってこと。
水不足やら金欠やら、昔を振り返れば就活やら、目に見えないものに負けることがあったにせよ、力で
大きな
にわかに玄関が
俺は片手をあげた。
「
「よお。無事に見えるか?」
「生きてはいるな」
「そうだな。生きてる。だが、タコ負けのボコボコだ」
スイが横から顔を出した。
「ナガ!
「
へらへらと笑うと、スイは泣きそうな顔をした。今の俺、赤と白にまみれて、ピエロみたいに笑える顔してるはずなのにな。俺以外の全員が
「田辺っち、市街地にワーウルフが
「安心しろ、もう上に伝わっている。あと、誰が田辺っちだ」
「あとな。たぶん、拳銃程度じゃ話になんねえよ」
人間ですら殺せるかギリギリの武器なんだ。目にでも当てなきゃ有効打にならないだろ。
「承知の上だ。だが、今のお前は守るべき市民の一人だ」
すげえ
応援に来た探索者のうち、女の方が俺の前に進み出た。おかっぱの日本人形みたいな顔したガキだ。
「無様な姿」
初手
「喧嘩か? やるか?」
おじさんは女子どもでも、フルパワーで殴れるタイプだぞ。もちろん男も殴るし人狼もぶん殴る。
「先に喧嘩を売ったのはそっち。私は
「
っていうか、鬼翔院!?
俺が配信で
やばい。いや、冷静に考えたら別にやばくもないのか。
なんか勝手に怒っているだけで、俺は悪意を込めて
「リアルファイトがご
「いい。死に体に興味はない」
柚子はつっけんどんな態度だ。喧嘩したいのかしたくないのかわかんねえな、これ。
兄貴っぽい様子の隼人が頭を
「すまないね。柚子が一方的に君のこと意識しちゃってるみたいでさ。なにせ、これまで配信で見る君の戦いは
「ついに無様を
それも全世界に
「これで君の価値が下がると思うのは、見る目がない者だけだよ」
「どうだか」