四章



 二日間の検査入院を経てわかったのは、何もかもさっぱりわかりません、ということだった。あと血圧が高い。ふざけんなよ。

 入院びようとうの個室になんきんされ、空いた時間はひたすらに報告書を書かされ、味の薄い病院食を食わされた。ようやく解放されて支部長ちゃんに会いに行けば、めちゃくちゃ事務的なやり取りで終わりだ。ちなみに今回はおえおえしていなかった。

 スイたちは何やらいそがしいらしく、次の探索まで時間があいてしまった。そんなこんなでひまを持て余しているところにすすめられたのが配信だ。

 アホくせぇな、とは思う。だが支部長ちゃんに、「多くの人と関わることで、現代の社会性を身に付けてください」と説教されてしまったからな。そう言われてしまえば反対する理由というか、意思も湧かねえよな。


 東京に建てられた高層マンションの一五階。一LDKの一室が、俺が協会から貸してもらっている部屋だ。

 家のリビングでゆかに座り、ドローンのカメラをオンにする。

「あー、これでいいのか? こっち側から画角とか見れねえのか?」

 色々といじってみた感じ、スマートウォッチとれんけいさせることで、色んな機能が使えるようだ。昔のPCなんかよりも、よっぽど直感的な操作ができる。


:あれ、配信ついてる?

:なにこの何もない部屋。ダンジョン?

:ダンジョン(地上1層)


 コメントがゆっくりと流れ始めた。どうやらやり方は合っているようだ。

 俺は家の近くの移動はんばいで買ってきたビールを開ける。なんとおどろきのアルミかん。生きとったんか、お前って感じだ。資源の再利用効率が良いとかで、ほとんどの容器が金属製になるという、昔じゃ考えられないことになっている。

 あと、コンビニみたいな店もかなり減っていた。

 移動販売のオヤジに話を聞いたところ、都内は不動産価格が上がりすぎて、小売りは割に合わないらしい。がらい話だ。


:酒飲んでらあ

:飲酒雑談?

:ゴブリンさんの飲み配信か、ほな帰りますね


 ぽつぽつとコメントが増えていく。

 昔見た配信だと、コメントいつさいなくてちゆうで話すことなくなって切っちゃってた人がいたりしたな。スイのおかげで多少の知名度があるからか、ずいぶんとやりやすいすべり出しだ。

「なんか我らが多摩支部の支部長ちゃんが配信でもしろって言うからな。しゃーなしつけた。特に話す話題とかもないから、好きに質問でもしろよ」

 のどうるおしながら言う。

 ビールは味が変わらんな。長い歴史のある飲み物だ、たった二五年間ごときでは変化しないってことか。


:スイちゃんとはどんな関係ですか?


「最初に来た質問がそれかよ。本当に気持ち悪いな」


:出張おつ。女配信に帰れ

:まだだ、まだどっちかわからない♂

:ゴブリンさんガチ恋説あるな


「どんな関係も何も、全部配信で垂れ流してるだろうが。アーカイブにたっぷり残ってるから全部見てこい。次」


:ヒルネちゃんとはどういう関係ですか?


めんどうくせえな。配信消すぞ」


:やめて

:クソコメすんなカスぅ!

:うちのが失礼しましたぁ、堪忍してつかぁさい(もみ手)


「配信全部みりゃわかること聞いてきたら、特定して家に行くからな。次」


:世界樹の苗って具体的になんなん? リアタイしてたんだけど、よくわかんなかった


「あー、いい質問きたな。これ、病院で改めて精密検査したんだが、正直よくわかってない。仮説も込みの、現状わかってることだけ話してやろう」


:ええ質問や

:質問者ないすぅ!

:スイちゃんの人気に乗っかるように配信してるのに、それについて説明しない不誠実な態度ってどうなんですか?w

:あれ見ててちょっと引いた

:リアタイぼく、食い合うシーンで、リビングで悲鳴上げちゃった


 結構な人数が気になっているようだ。いつぴきまぎれているのは、コメントを上位表示に固定してあげよう。

「まず、世界樹の苗そのものについては、サンプルすら取れていねえ。俺の体に寄生しているのは、神経にべったり張り付いていて、かつに採取すれば体へのしんしゆうが大きすぎるってんで、出来ていないな。あとな、単体で切り取ろうとすると、げる。体の中いずりまわって、切り取られないようにすんだよ。肩の傷を覆ってんのを取ろうとしたら、いつせいに逃げやがったせいで、激痛と出血多量で大ダメージらったわ」


:ひえ

:戦闘時よりダメージでかそうで草

:体の中動いても、それ自体は痛くないのか?

:そのままデスねばよかったのに


 もう一匹固定な。

「で、こいつなんだが、少なくとも二種類の作用があるらしいな。まず傷口を覆っていたような、物理的な作用。それと、神経伝達物質やホルモンに似た、さいぼうのレセプターに作用するたんぱく質をき出す作用」


:ガチ寄生虫で草枯れた

:レセプターってなんぞや

:↑人体はタンパク質で出来てる。情報のやり取りもタンパク質。情報を受け取る場所がレセプター。メッセージボックスみたいなもんや


「このたんぱく質自体はかいせき中だが、とりあえずアドレナリンに似た構造のものを吐き出すってのはわかった。俺がおこりっぽいのは世界樹の苗のせいってことだ。わかったな?」


:嘘乙

:絶対もとからだろ

:変なもの食うから……

:世界樹の苗「冤罪です」

:キレ慣れてるキレ方してるんだよな


 ちようしやが誰もなつとくしてくれない。やはりこいつら全員敵だな。

 ちなみに世界樹の苗については、協会から採取らいが出ている。次に見つけたときは、全部は食べずに持って帰ってこいとのこと。大半はっていいのかよってな。


:なんでダンジョンから出てきたときブチ切れてたん? 正直印象悪かった


「次はこれだな。お前ら、自分のこととして想像してみろよ。うすぐらいダンジョンで、どこから敵が現れるかもわかんねぇ環境。そこでとまりしながら戦って戦って、神経とがらせまくった状態から、大歓声とフラッシュ。神経バッチバチになるぞ」


:あーね?

:確かにキレるわ

:それでも言い過ぎやろ。普通にやめてって言えばええやん

:悪意がないとはいえ、って感じか?

:んー、それでもあれはなぁ


「納得しないならそれでいい。俺は俺にはいりよしない人間に配慮しない。それだけだ。次」

 かなり賛否両論だな。実際のところ、俺自身もそこまでキレる必要あったか、なんて思うところもある。だが、山里ふくめ誰もそこで言葉にして止めなかったということは、一つの意味を持っているはずだ。

 それに。俺らがやっている命のやり取りがショーにされている、というのを強く実感したんだよな。死なないため、生き延びるために神経を尖らせていることに、全くとんちやくしない想像力のなさ。エンタメとしてダンジョン探索をとらえているからこその、認識のぬるさとはいりよをぶつけられてしまった。


:どうしたら彼女ができますか?


「いい質問だな。ダンジョンで二五年間たった独りで暮らせば何かわかるかもな。次」


:一番美味かったのって何?


「ぶっちゃけると、初めてダンジョンもぐったときに持ち込んだようかん。慣れないときの探索って、マジで疲れるんだよな。役立たずだの帰れだの給料のだからここで死ねだの怒鳴られまくるし、足の裏はクソ痛いし裏ももまでその日のうちに筋肉痛。意味わかんねぇくらい肩こって、首どころか喉ぼとけの辺りまでバキバキ。そんな状態で食った一〇〇円の羊羹が、死ぬほど美味かった」


:パワハラやばすぎ

:時代感じるわ

:山登ったときのキャラメルめちゃ美味いからわかる

:思い出補正ありそう

:関係ないけど山らへんにある蕎麦屋ってやたら美味くないか?

:死ぬほど疲れたときの甘いものクソ美味いよね


「ダンジョン内で食ったモンスターの話をしてやりてぇんだが、二五年間味付け無しだったからな」

 あくまで俺の感想だが、塩すら振れない良い肉は、そこらのサラダチキンにもおとる。塩といううまさのちやつざいが必要なんだ。火がねえ火薬は、カイロの鉄粉よりぬるい。


:ワーウルフについて詳しく聞きたいんやけど、結局戦争? になんのか?


 おれがちゃんと答えると分かったからか流れの速くなったコメントの中から、これが目にまった。

 ワーウルフ関連については当然ながら協会と話してきている。部分的に開示できない情報もあるが、大部分は公開して良いと言われた。

「ワーウルフと戦争になるかって話だと、協会のおえらいさんは、そうなると思っているみたいだな。それがイメージされる『戦争』ってものになるかは、正直わかんねえな。なにせ自衛隊が強すぎる」

 自衛隊――ひいては先進国の軍隊は、二五年前と比べて劇的な変化は起こしていない。調達が安定していて、しんらいできる技術で、組織的に運用できるものを使う。ともなれば、そうそう変わりはしないってことだ。

 ダンジョン内の戦闘に合わせたいくつかの新兵器や技術なんかは運用されているが、基本的には二五年前とそう大差ない。

 そりゃそうだよな。二〇二五年にさいせんたんだったF35せんとうの初飛行は、諸説あるが二〇〇〇年ごろだ。M2じゆうかんじゆうだって、一九三〇年代の銃を使い続けている。軍隊の装備こうしんはクソおそい。

 それでもだ。ぶっちゃけ剣だのやりだのでたおせるモンスターなんて、集団で運用される現代兵器の前には敵じゃねえ。


:自衛隊の地下30層前哨防衛線ヤバすぎ。30ミリ機関砲が火力過剰すぎるわ

:自衛隊の弱点は人数少ないことくらい?

:市ヶ谷の直下はどんくらい攻略されてるんやろな

:自衛隊の広報で見る攻略と比べたら、正直探索者は存在がお遊びだわ


「おう、そうだな。まぁ自衛隊は国を守ることが主題で、俺たちは資源や情報を持ち帰る経済活動が主っていう違いがあるらしいがな。今回の事案は国防に寄ってるから、自衛隊がメインで動くらしいぞ」

 なんて言いつつ、いやな予感がぬぐえないところがある。

 支部長ちゃんから、俺たちに依頼が来たのだ。いや、依頼っていうのはちょっと変な表現になるかもな。正確に言い表すなら「お願い」ってところか?

「ただ、それはそれとしてだ。協会があのおおかみおとこ――かしよう『ロボ』の首にけんしようきんをかけた。要は、早い者勝ち総取りの暗殺依頼みたいなもんだ」


:ふぁ!?

:賞金首!?

:なんで暗殺?

:特定のモンスターに懸賞金かけたことあったっけ?

:激やば情報じゃん

:ソースは??


「ソースもなにも、今日か明日には公表されると思うぞ。ワーウルフとの戦争は、頭を押さえりゃ止まるって判断かもしれねえな。それにダンジョンの専門家集団としてのプライドもあるかもしれねえ」

 ワーウルフが地上を目指すのは、種族全体としての行動というより、俺が戦った狼男――ロボによる行動と考えられている。ロボさえ倒せば、ひとずは危機が去って元通りってわけだ。

 金額については正式発表前でにごされたが、ケチな探索者協会にしては大きな額を用意しているそうだ。まぁどちらかといえば、ロボのとうばつ時に得られる情報の方が、民間ぎように求められる分で高い価値がつくかもな。

 飲み干した缶はそのままに、二本目を開ける。

「あとシンプルに、大規模に放たれるせつこうみたいな側面もあるだろうな。金にられた探索者たちがガチでロボのそうさくをしてくれりゃ、自衛隊の防衛線も楽にける」


:あーね

:実際に倒せるかはともかくってことか

:偵察依頼と違って、成果なければ金払わなくていいしな

:大人ってずるい

:正直すべての出入り口を守るには公務員の人数が足りなすぎるもんな


「つっても、危険性も高いだろうから、実際のところどれくらいの人数がやろうとするかだな」


:ゴブリンさんとの戦闘見てたら、避ける探索者も多そう

:上位層が挑むくらいか?

:ぶっちゃけ探索者の強さって見ててあんまりわからん。ゴブリンさんってどんくらい強いの?

:↑かなり上澄みだぞ

:喋るモンスターってだけで敬遠するやつらもいそうよ


 配信で話しているのは表向きの内容だ。

 視聴者たちは自衛隊とワーウルフがぶつかり合えば、必ず自衛隊が勝つと信じている。補給の困難さがあるとはいえ、自衛隊がモンスターとの戦闘で負けたことはないらしいからな。

 世間全体の印象だってそうだろう。自衛隊は強い。モンスターなんか敵じゃない。負けやしない。

 普通のモンスターならな。

 ワーウルフの特性を考えたら、普通の戦闘にならない可能性もある。ロボは俺をコピーしたときに、身につけている服やけんもコピーした。銃やほうごとコピーされる可能性だって捨てきれない。モンスターと戦うためにダンジョンに潜っているのに、とつじよりゆうだんち込まれたりしたら洒落しやれにならねえ。

 ひっそりと殺された隊員、ひっそりと殺された部隊に化けられる可能性だってあるしな。

 未知の変身能力が相手だ。せいになっても構わない、探索者という生産性の低い素人しろうとをぶち当てて、ワーウルフの能力を検証したいという意図が含まれているはずだ。

「かなりハイリスクだ、俺も避けたいところではあるが――」

 俺の言葉をチャイムの音がさえぎった。

 インターホンのモニターを見ても、だれも映っていない。

「……なんだ?」


:凸ったやついる!?

:室内だけで特定できるか?

:凸!?!? よりによってゴブリンさんに!?

:人気配信者みたいで草


 配信のコメントに視線を戻したたんに、もう一度鳴る。おいおい、ダルすぎるだろ。

「よし、なぐりに行くか」

 げんかんのカギを開けた。その瞬間、俺とほぼ同じ体格の男が飛び込んで来る。反射的に殴りつけるも、タックルに押し込まれ、室内に転がされた。

「いってぇな。誰だよ……」

 ぐわっと全身の血管が広がった。脳内で鳴りだすけいしよう

 目の前に、俺と全く同じ顔。そいつはにちゃりと口元をゆがませた。

「――ロボ」

「ははは、そう呼ばれることになったらしい。久しいぞ、世界樹の仔……」

 最悪だ。最悪だ。なぜ、俺の家に。

 手が無意識に動いて武器を探す。が、当たり前に無い。武器は部屋に固定されたかぎ付きのロッカーにしまってある。

「よお。お前が俺のファンだったなんて知らなかったよ」

 立ち上がろうとしたところに飛んでくる回しり。りよううでをクロスさせて受け止めた。

「地上しんこうは終わったのか?」

「これからだ。大群は目立つし、準備も必要ゆえにな」

「そうかい、ハンカチとすいとうは忘れんなよ!」

 言いながら殴りかかる。コンパクトなジャブ二連、右ストレートをおとりに、左のボディブローがれいさった。

「がっ……」

 意外なことに、ロボはあっさりと体をくの字に折った。効いている?

 何が理由かは知らねえが、ひるんだところにもう一発。小さくねながら、顔面にひざをぶち込んでやった。

 ったロボが、鼻に親指を当てて鼻血を飛ばす。これはあまり効いてねえな。顔面に膝の方がダメージはでかいはずなのに、明確にボディブローの方が効いていた。

「さては、変身に使った体はダメージがちくせきされる仕組みだな?」

 俺のコピーは、ツヴァイハンダーで腹をぶち抜いてある。時間を置いての再変身でも傷が残されているんだろうな。表面的にふさがれた傷を治すような、回復ほう系の回復手段をロボは持っていねえ。

「目立たぬよう人の姿を借りたが、傷がじやだな」

 ぐにゃりと体が歪み、二足で立つちゆうるいの姿になった。リザードマンか。

 同じ相手に化けると、傷なんかは残る。で、本人が目の前にいなくても、変身先みたいなのはストックされるってことだな。

 リザードマン。

 全身がうろこに覆われ、頭部がトカゲにこくした人型のモンスター。体格や鱗の色は個体によって様々で、身長は一メートルから四メートルまでかくにんされている。

 非常にがんきような肉体を持っており、身長とほぼ同じ長さのは力強く、尾だけで体を支えたりぶら下がったりもできる。あしは太く短く、なんなら人というよりもぼうかいじゆうの王様に近い体格かもしれない。

 ロボが化けたのは二メートル程度のサイズ。室内だとあつぱく感がある。

「そんな強そうなのあるんなら、この前出せば良かっただろうに」

 ためしに放ったローリングソバット。顔面に綺麗に命中した。でっかいゴムの板をったようなかんしよくが返ってきた。足の裏の先に、るぎもしない不敵な顔があった。

 だめだ、でどうにか出来る相手じゃねえぞ。

「この体は少々不慣れでな。これくらいのせまさなら不慣れだろうがりよりよくあつとう出来る」

「いやあ、狭すぎて向いてないと思うぜ。コボルトくらいにしておけよ」

 ガチで膂力だけで圧倒されそうだ。小手先の技術も通じないだろう。

 入居したばかりでほとんど荷物がないのも痛い。物が色々とあればふうの余地もあるんだが。

 雑に放たれたまえり。ようしやねえなおい!

 転がるようにかわして、リビングに逃げ込む。背後で何かがふんさいされる音がした。最初から備え付けてあったスタンドライトをつかみ、やりげの要領でとうてきした。ロボはうらけんであっさり弾く。くだけたガラスを平気で踏みつけ、こちらに向かってくる。

 何か、何か使えるものは……。


:大丈夫!?

:やばいって。通報、通報しなきゃ

:警察に電話した!

:警察じゃないだろ、ダンジョン協会か!?

多摩支部:状況を確認しました。応援を派遣します。

:逃げてくれーーーーー

:ゴブリンさんなら大丈夫だろ、信じてるぞ!

佐藤翠:場所どこ!?


 配信も大盛り上がりだな、おい。

 俺はドローンをつかまえると、荷物を固定する用のロープをばした。窓を割り、ドローンを外に追い出す。

 カウボーイのようにロープの先端をぐるぐる手元で回した。

「うちは訪問販売も宗教かんゆうも受け付けてねぇんだわ。ご退室いただくぜ」

 ドアわくに手をかけ、めりっとくぼませながらロボがリビングに入って来た。本当に規格外の力だ。指先が平然と木枠をつぶしている。

「思い通りにさせないためにここに来ているのだ。カウボーイ」

 そして、カウボーイという言葉を知っているっつーことは、俺の知識もコピーでうばわれていると考えた方が良さそうだ。いや、いまさらか。俺の家を特定している時点で、現時点での知識は全部かれちまってんな。

「ところがどっこい、今までそれをどうにかしてきたから、俺はここにいるんだよ」

 せいで生きてちゃすぐに死ぬ場所にいたんだ。そして、きっとそれはロボも同じ。

 振り回されるロープの先端を、けいかいするようにロボの目が追う。なまじ俺の知識があるからこそ、ただのロープには見えねえだろ。

 ドローンのせきさいりようは二〇〇キロ。説明書きでそれなら、実際はもっとあるだろ。ひっかけちまえばワンチャンスが生まれる。ドローンで引っ張り、俺も押し出しにかかれば、窓の外に突き落とせるかもしれねえ。いかにがんじようなリザードマンといっても、マンションの高い階から落ちりゃ死ぬ。

 まどぎわで釣りをねらう俺と、それさえ避けりゃ勝てるロボは、狭いリビングでにらみ合った。

 せまる敗北に一発逆転を狙う。まるで、じりじりとさいの中身が消えていく中、スロット台に最後の万札を入れるしゆんかんに似ている。

 怖いとかあせるとかじゃなくて、なんか吐きがしてくるんだ。こういうときは。

 口がかわいて張り付きそうになる舌を回す。言葉は無料のたまだ。時間かせぎでも、どうようさそうでもいい。無駄でもいいから、撃てるだけ撃つ。

「でっけえ戦争するってのに、俺一人をシバくためだけに、王様の単独せんにゆうか。やることがねぇのか、人望がねぇのかどっちだ?」

「単独? 余がいつそんなことを言った?」

「うっそだろ、おい」

 マジ?

 これから街中でごくじんろうゲームが始まるのか?

「貴様が顔色を変えるのはかいだな」

「笑ってんじゃねえぞ」

 最悪だ。最悪なんて状態には幾らでも下があるが、その中でもかなり底に近い方の最悪だ。

 相手が嫌がることをするのは戦いの定石だ。それは構わねえが、やり方が反則過ぎる。相手の変身待たないタイプのかいじんだろ、これ。

「ダンジョンからモンスターが出てくるってのはよ、つうはゴブリンとかが群れで『わー!』ってさけびながら出てきましたーって感じだろうが。お前らじゃねえんだよ、普通。話が違う、帰れ。やり直しだバカ」

あいにくと、人間の普通にはうとくてな」

 そう言ったロボは、手元のへきざいあくりよくだけでむしり取り、りかぶった。

「それも反則だろ!!

 思わず叫ぶも、投擲は止まらない。白い粉を散らしながら飛んできた、せつこうのような建材。

 下手にかわせば体勢をくずす。そうすれば、ゆいいつの逆転の目を失う。なら、甘んじて受けるしかねぇ!

 ぐっと体に力をめて身構えた。飛んできたつぶてひだりかたに当たる。予想をえる激痛に、目がチカチカとした。

「――っ」

 れそうになる声を、歯を食いしばっておさえる。頭皮からぶわっとあせき出した。

 ロボがわらう。

「世界樹のなえは傷を塞ぐだけだ。痛かろう」

「そうだな。しつれんの胸の痛みってこんぐらいかなって感じだ」

「減らず口を」

 再び飛んでくる礫。顔面に飛んできたそれを、額で受ける。白い粉が散った。

 垂れてきた血をめとる。

しろりにしてどうするつもりだよ。ちくしょーって叫べばいいか?」

 冷めた目で俺を見たロボは、また投擲。

「いつまでもつか、楽しみだ」

「俺って結構、まんづよいんだよな。サウナでも最後まですわってるしな」

 爬虫類のぎょろりとしたひとみが、すっと縦に細くなる。

 いらちから、いくぶんと力のこもった振りかぶり。それに合わせて俺もロープを投げつけた。俺が我慢強いわけねえだろうが。そもそもサウナは行かねえよ!

 ぐように飛ぶロープの先端を、ロボは床に手をついてかわす。そうだよな。すきだらけに見えても、そのくらいの警戒はする相手だ。

 だが。

 一足で大きくんで、ロープのはしを空中キャッチ。元から投げ縄の要領でくいくなんて思っちゃいねえ。投げ縄込みで隙を作り、直接しばって外に捨ててやる!

がいだけは認めよう。だが……」

 顔面がみじんにっ飛ばされるようなしようげきが走った。視界が真っ白に染まり、世界から音が遠くなる。鼻のおくからくさいにおいがした。

「が、ぁ……」

「足りていない」

 うっすらと見えるシルエット。そこにいたのは、しつを振り抜いた姿勢のロボだった。周囲のかべが薙ぎ払われてえぐられている。

「くっそ。何が慣れてないだ。バチバチに活用してるじゃね……かはっ」

 往復ビンタのように反対側から振られた尻尾に殴られ、壁にたたきつけられた。しっかり両腕でブロックしたというのに。衝撃に、肺から全ての空気を吐き出した。

 ふんじんが派手に巻き上がる。こいつも相手が弱ったらついげき入れるタイプかよ。

 俺がめり込んで砕けた壁の中に、水色のコードが見えた。とっさににぎり、引っこ抜く。千切れた線がき出しになったコードの先端をロボに見せつけた。

「はは、俺もツイてるな。てめえのお陰で、逆転の策が出来たぞ」

「……電線、だったか?」

 俺に変身していたときの、俺本体のおくが残っているのだろうか。ロボは不快そうに言った。

「人間ってのは、道具を使って足りないモンを補えるから強いんだよ。バチバチと活用してやんよ」

「たかが一〇〇ボルト……いや、どうだ?」

 ロボは俺が持つ電線が、自分にめいしようあたえられるかを気にしているようだ。いいぞ、迷え。時間は俺の味方だ。

 ちんもくをもってロボと数秒間の睨み合いを続ける。言葉からはさとらせねえぞ。うそでも真実でも、発言は思考を加速させるものだ。余計なことを口にしなければ、ロボは判断材料に不足し続ける。

「……まあ良い。貴様を喰うのはあくまで副次的な目標だ。ここは引いてやろう」

「逃げんのか?」

「はははははは。犬ですら構ってしいときは自分からおもちゃを持ってくる。次は貴様がダンジョンに来るが良い。もちろん、のんびり待っていれば再びこの場所であいまみえるだろうがな」

 ちっ。時間稼ぎすらさせてくれねえか。見かけ上の有利状況にしつしない。判断力が高すぎるな。

 ロボはくるりと背を向ける。ふてぶてしいその背中に跳び蹴りしたいしようどうをぐっとえた。

 挑むことすらできない俺を、ロボは鼻で笑って堂々とした足取りで立ち去っていく。

 手に持っているコードをよく見ると、とうめいなグラスファイバーがはみ出している。思わず力が抜けて座り込み、数秒前までのたのみのつなを放り投げた。

「通信用じゃねーか」

 あぶなかった。自覚無しの、ただのハッタリだったらしい。ロボの人間社会への知識が俺ベースで良かったよ。なにせ、俺は現代社会に一番無知な日本人とも言えるからな。

 部屋に静けさがもどった。ゆかにこぼれた、飲みかけのかんビールがしゅわしゅわと音を立てている。

 大きく息を吐いた。

 死ぬかと思った。完全な敗北。言い訳のしようがない。

 そうさ。世界樹の苗だなんだと言ったって、しよせんは人間。生身の力なんてたかが知れている。どれだけ殺し合いの経験を積んだところで、けもの相手には勝てねえ。

 今生きているのは、大きなせきだ。

 ――ごうまんになっていたのかもな。

 知識として強者たちのことは頭にあったんだが。

 戦いの中で生き延びてきたということは、逆接的に、俺は全ての争いに勝ってきたってこと。

 水不足やら金欠やら、昔を振り返れば就活やら、目に見えないものに負けることがあったにせよ、力でせられたのは、初めてかもしれない。

 てのひらをぼんやりと見た。

 大きなつめもなければ、鱗もない。やわらかな皮と肉しかない。こんなモンスターがダンジョンにいたら、初心者向けの練習台だろ。地球じゃ天下のれいちようるいを気取っていても、武器がなければこんなもん。ましてやダンジョンのモンスターと比べりゃ、非力もいいところだ。

 にわかに玄関がさわがしくなった。応援のとうちやくか?

 けんじゆうを構えながら入って来たのは、なつかしのなべじゆん部長と、三人の警察官。その後ろに、細剣一本だけひっさげたスイ。あとたんさくしやっぽい知らない男女。

 俺は片手をあげた。

なが、無事か?」

 しんちように部屋中に視線をめぐらせながら、田辺巡査部長が問う。

「よお。無事に見えるか?」

「生きてはいるな」

「そうだな。生きてる。だが、タコ負けのボコボコだ」

 スイが横から顔を出した。

「ナガ! だいじよう?」

びんぼうなのにビール無駄にされて、マジ泣きそう」

 へらへらと笑うと、スイは泣きそうな顔をした。今の俺、赤と白にまみれて、ピエロみたいに笑える顔してるはずなのにな。俺以外の全員がしんけんな表情をしている。やめてくれ、情けなくてキツいぜ。

「田辺っち、市街地にワーウルフがまぎれ込んでるらしい。人間に化けている可能性もあるし、野生動物に化けてる可能性もある」

「安心しろ、もう上に伝わっている。あと、誰が田辺っちだ」

「あとな。たぶん、拳銃程度じゃ話になんねえよ」

 人間ですら殺せるかギリギリの武器なんだ。目にでも当てなきゃ有効打にならないだろ。

「承知の上だ。だが、今のお前は守るべき市民の一人だ」

 すげえかくだ。警察官の覚悟は、探索者の覚悟のそれと種類が違う。にだろうが、とにかく助けには行くっつーことかよ。守るべき対象に入れてもらえたことに、なんとも言えない気持ちがこみ上げる。

 応援に来た探索者のうち、女の方が俺の前に進み出た。おかっぱの日本人形みたいな顔したガキだ。

「無様な姿」

 初手けんごしかよ。

「喧嘩か? やるか?」

 おじさんは女子どもでも、フルパワーで殴れるタイプだぞ。もちろん男も殴るし人狼もぶん殴る。

「先に喧嘩を売ったのはそっち。私はしよういん

ぼくは鬼翔院はや

 くろひようを思わせる、引きまった肉体の男も出てきた。

 っていうか、鬼翔院!?

 俺が配信でらいんだ相手じゃねーか!

 やばい。いや、冷静に考えたら別にやばくもないのか。

 なんか勝手に怒っているだけで、俺は悪意を込めてぼう中傷したわけでもない。つーか別に喧嘩売ってねえよ。

「リアルファイトがごしよもうなら、鬼翔院様専用ってタグつけて出品してやるぞ?」

「いい。死に体に興味はない」

 柚子はつっけんどんな態度だ。喧嘩したいのかしたくないのかわかんねえな、これ。

 兄貴っぽい様子の隼人が頭をきながら、申し訳なさそうに言う。

「すまないね。柚子が一方的に君のこと意識しちゃってるみたいでさ。なにせ、これまで配信で見る君の戦いはすさまじいの一言にきるからね。まるで、人間の野生ととうそうしんしぼり出すかのような戦い方だ」

「ついに無様をさらしたけどな」

 それも全世界になまちゆうけいだ。手も足も出ず、はったりだけでのがしてもらった姿を。

「これで君の価値が下がると思うのは、見る目がない者だけだよ」

「どうだか」