「やっぱ金持ちのお嬢様か。家族や両親は娘がダンジョンに潜るのを反対してねえのか?」
「もちろん反対していますよ」
「押し切ったのか?」
「ええ。押し切った、とも言えるでしょうね」
絶対拳で説得しただろ。なんか言い方に闇を感じるぞ。
「私、昔から我儘なのですよ」
トウカは口元に手を当て、ふふふと上品に笑った。
おー、怖い。年下の女の子の我儘ってもっと可愛らしい雰囲気だと思っていたんだがな。
「なんか楽しそうですねー」
前列からするりと抜け出して、ヒルネが俺たちのところまで下がって来た。昨日の疲れなんて感じさせない、軽い身のこなしだ。
「スイから聞きましたけど、私も抜ける気はないですよー」
俺は溜息とともに、頭をがりがりと搔いた。こいつら、揃いも揃って。
「次は鼻血じゃ済まねえぞ」
「怖くて逃げるのはカッコ悪いんでー」
そういえばこいつは、シンプルな憧れで探索者やってるんだったな。なんか暗殺者みたいな方向性は良いのか、とか言いたいこともあるが。
「お前ら、強情だな」
「うへへへ」
褒めてねぇよ。
そんなことを話しながら、適当に前に出て雑魚を蹴散らしたり、山里に押し付けたりしながら、俺たちは地上まで一気に突き進んだ。ついに到達した地上への出入り口は、ヒルネや山里らが入るのに使った、関東ダンジョン多摩エリア井の頭公園入口だった。
井の頭公園はこの出入り口のせいで、池をすべて埋め立てられ、かつての姿を完全に失っているらしい。大がかりなダンジョンの入り口施設として建物で囲われ、協会の窓口や病院なども置かれているそうだ。
階段の上から漏れる光に向かって、俺を先頭にぞろぞろと上がっていく。
この前見たばかりの景色と同じなのに、不思議と感傷はなかった。そっと視線を後ろにやれば、さも当たり前といった顔でついてくる仲間たちがいる。
数えられるほどの日数で俺も変わったのかもしれない。
ゲートをくぐった瞬間。一気に浴びせられる大量の音と光に、思わずツヴァイハンダーに手が伸びる。
わあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
個々の声が潰されひとつの音の塊になった、大歓声。取り囲む群衆と、巨大なレンズを備えたドローン。そう認識できたのは、強い光が収まってからだ。
思わず耳を両手で覆う。情報量の暴力が、戦闘を通して敏感になった五感に津波のように押し寄せてきやがる。
人の群れの中から、蓮と康太が飛び出してきた。
「ナガさん!」
「おうおう、お迎えご苦労。で、なんだこりゃ? スイのファンか? それとも山里のアンチか?」
「そんなにアンチいねーよ」
ファンもいなそうな山里がむくれる。可愛くねぇ。
「永野さん、探索お疲れ様でした。これは、永野さんや佐藤さんの配信を見ていた人が、ダンジョンから出てくるのを見たくて集まっているみたいです。かくいう僕らも、配信で出てくるのを知って、思わず駆け付けたんですが」
康太君が照れくさそうに笑った。
なるほど、こいつらは切った張ったの大立ち回りをした俺たちを歓迎してくれている、と。
なんか、すげえ頭に来るな。
「うるせえ! 殺すぞ!」
大人数の歓声すら打ち消す怒声を叩きつけてやれば、一気に場が水を打ったように静まった。
「デカい音出すな。フラッシュ焚くな」
うるせえ音は嫌いなんだよ。そもそも目と耳は斥候の命だぞ。
つーか機材は進化してんのに、フラッシュ焚きたがる人間性は変わってねぇのかよ。動物園でやめろって言ってることは、人間相手にもすんな。
――なんて脳内で言語化してはいるが、上手く説明できない感情の部分が、強い怒りを発している。
怒鳴りつけるほどのことじゃない。片手でも挙げて盛り上げてやりゃいい。なのに、なぜかそれができなかった。
スイが俺の服の裾を引っ張った。悪い、と大丈夫、の気持ちを込めて手をひらひらと振る。
俺が足を踏み出すと、表情をひきつらせた群衆が左右に割れた。モーゼの気分だ。
「こんなに終わった空気に変えれるなんて天才ですねー」
「もう少し気を遣ってくれりゃ、俺も満面の笑みで手を振って踊ってやったさ。七色に光りながらな」
ゲーミング俺だ。喜べ。
「そっちの方が怖がられそーですね」
ヒルネのゆるい感想に、少しだけざわついていた感情が戻った。
受付に行き、ドローンを押しやる。
「報告だの買い取りだのってのは、ここで合ってんのか」
「ひ、ひぃ」
モニターやスキャナーのような機材でゴチャゴチャしたカウンターに行くと、受付の真面目そうな中年男性が怯えた顔をした。
「あー、私がやる」
歩み出たスイを見て、男性職員は露骨に安堵の表情を浮かべる。対応の違いに釈然としないが、報告等の事務作業はスイと山里に任せた。
遠巻きに見られている俺たちに近づく女性が一人。
前髪を大きく掻き上げたロングヘアと、冷たい印象を受ける切れ長の目。スレンダーな体を、グレーのタイトなスーツと白のブラウスに、細い黒の蝶ネクタイで包んでいる。
「お、支部長ちゃんじゃん」
「その呼び方を許した覚えはありません。おえっ。ともあれ無事の帰還、何よりです。おえっ」
我らが多摩支部の長、直々のお出迎え。今回も心当たりがしっかりある。
「今すぐ詳しい話を聞きたいところですが……おえっ。まずは入浴と着替え、それに休息と治療をしていただきましょうか」
「なんでハンカチで鼻押さえてんの?」
「すぐに案内させます」
「なんでだよ」
えずき過ぎだろ。そんなに臭えか?