「ああ」

 トウカとヒルネも合流してきた。火球ブレスの余波とかはらっていないようで何よりだ。

 俺は石の床から細剣を抜こうと四苦八苦しているスイのかたを叩いた。

「よお、MVP」

 スイは俺の目を見てから、ゆるゆると首を振った。

「何もかも、実感わかないや。これって、竜種をたおしたってことでいいの?」

「そうだぞ。こんなナリでも立派な竜種だ。ブレスいてただろ」

「それもそっか。で、傷は大丈夫なの? 大丈夫そうには見えるけど」

「もう痛みもねぇや。トウカのえんほうが効いてんのかもな」

 流血もほぼ収まったようで、顎から血がしたたることもない。やっぱ支援魔法バフはすげえや。

 集まり立ち話をする俺たちとは対照的に、ラプトルは静かに目を閉じている。床には大きな血まりが出来ており、みじろぎ一つない。命が持つあらあらしさが完全に抜け落ちていた。

「なんか今回、なにも出来ませんでしたー……」

 ヒルネがさきの欠けた短剣とラプトルを見比べながら言った。

「そんなもんだ。せつこう職のあるあるだな」

 と、ここで完全にラプトルの命の火が消えたか。地鳴りとともに、最初にラプトルが出てきた場所に、ダンジョンの階段が生えてきた。これでボス戦クリアってとこか。

 ドローンの集団もすーっと空中を滑るように近づいてくる。表面をおびただしい量のコメントが流れていた。


◇優先コメント◇

鬼翔院柚子:お見事。

10000 -4.7min.


:おめでとう!

:ゴブリンさん最強!

:ドラゴン討伐!

:うおおおおおおおおおおおお

:やりおった、やりおった!!

:食うのだ。はよ食えなのだ。

:やるって俺は信じてたぞ!!!


 だいたいは喜びの声みたいなもんだが、なんだこりゃ?

 俺のドローンをちらっと見たスイがおどろいた顔をした。

「鬼翔院さんから投げ銭きてるよ!?

「あー、これが投げ銭か。鬼翔院さん、投げ銭どうもありがとうございます。これって幾らなん? 見ての通りの一万円?」

「リアクションうすいって! 鬼翔院さんだよ!?

「熊に敗走した人だっけ?」


◇優先コメント◇

鬼翔院柚子:お見事。

10000 -4.5min.

鬼翔院柚子:覚えておけ。

1500 -4.9min.


:まずい

:死んだな

:じゃあの、ゴブリンさん

:お前はやるって信じてたよ?(呆れ)

:現代人のコミュニケーション学んでから来い

:半年ROMれバカ

:調子に乗んな、**


「さーて、そんじゃ解体すっか」

 コメントはもう無視しよう。

 投げ銭してくれた人をおこらせたのはミスだが、配信のちようしやびるってのもなんか違うんだよな。そんなこと気にしながらやっていたら、ダンジョン内で長生きできないだろ。人気商売をしたいわけじゃねえんだ、こっちは。

 手に持ちたるは、一〇〇均の包丁。

「本当にそれで解体するんですか?」

「そらそうよ」

 竜種の解体の仕方は、深層で暮らしている間にふうして覚えたからな。

 まずはこうもんのあたりから喉の裏に向かって、鱗を剥がしていく。鱗は魚と同じで、隙間にものを差し込んでめくっていけば剥がせる。付け根のがんじようさはうんでいの差だから、ちゃんと刃を動かして切り取ってやらないといけない。魚のすき引きみたいなもんだ。

「一直線に鱗を剥がしたら、次はここから開いていく」

 包丁の刃先でしゃっしゃと皮を剥がす。皮の内側の皮下ぼうは、かくてきやわらかい組織だから、ここが一番楽な作業かもな。

 尻尾なんかは皮をめくって、ずるりと引き抜くように剥がす。肉は地面に直に置くが、気にしない。食う直前に脂肪は切り落としてトリミングするからな。

 ようやく全ての皮を剥がしたころ。スイは細剣を引き抜く作業にもどっており、トウカは野営の準備を始めていた。ヒルネはいつの間にかおれの作業を手伝っている。

「休んでてもいいんだぞ?」

「ボス戦でかつやくできなかったんで、これくらいはしますよー」

「そうか」

 皮を剥がしたら、次は筋肉のブロックをイメージしながらバラしていく。べりべりと引きがすイメージだ。ある程度大きなブロックがとれたら、次は特殊な器官だな。りゆうしゆが特にけんちよなんだが、物理法則に反するモンスターは、それをげるための器官を持っている。

 例えば、胃の近くにあるかえんぶくろ。内部を傷つけないよう気をつけながらふくまくを開けば、すぐそこにある。これはかんぞうとセットでとる。重さ一〇キロくらいはありそうだな。

「なんか売れそうだからとったが、こういうの売れんのか?」

「昔は売れたらしいけど、今は値段がつかないですかねー。火炎袋って言ってるけど、実際のところは液体吐き出すための筋肉の塊っていうか……あんまり価値がなかったみたいっす」

 金属といい内臓素材といい、売れなくなったモン多過ぎだろ。ふざけんな。

「でもな。これ、あくまで見た目での素人しろうと判断だけど、肝臓から細い管がめっちゃ通ってきてるから、肝臓ありきで考えりゃ色々わかるんじゃねーのか?」


多摩支部:絶対に肝臓とセットで持ち帰ってください。値段については少々お待ちください。

:公式さん!?

:まーた大発見きたか?


 冒険者にせよたんさく者にせよ同じだと思うが、あらごとに強い人間でないと現場に行けないせいで、研究者目線で欲しいものを持ち帰られないことは多々あるのだろう。

「そんな感じなら、これも欲しいんじゃないか?」

 取り出したのは、足首回りの関節部だ。骨の間を、なんこつにしてはぷっくりモチモチしたものがめている。

「イカれたちようやくを実現してんのが、おそらくこの部分なんだよな。未知の軟骨成分とかとれるんじゃねえかなと」

 ちなみに焼いて食うとい。


多摩支部:そちらも買い取ります。骨格の形状がわかる形で持ち帰ってください。それと、皮は買い取りますので、そちらも可能な限り持ち帰ってください。


 こいつ一匹でドローンのせきさいりようをどんどん取られていく。もっと大型のを倒したら、みんなで分担して持ち帰らないといけないだろうな。

 ざっくりと肉を取り分けたら、広げた皮の内側にのっけてトリミングし、切り分ける。

「よし、焼いて食うぞ!」

「あー、やっぱりそうなるんだ」

 細剣から手をはなしたスイが諦めたように言った。

「こんだけデカけりゃ見た目はちゃんと肉、サバイバルだと初心者向けってとこだな」

「一応、ちゃんとしたけいこう食料はありますが……」

「これもちゃんとした肉だ」

「そうですね。竜種の肉に興味がないわけじゃないので、頂きます」

 トウカも消極的に賛成といったところか。こうやって少しずつ慣れさせていけば、ずるずると色んなものを食うようになっていくな。

 肉をどんどんうすりにしていく。そして、次に取り出したるはこれ。

「ツヴァイハンダー??」

 スイが疑問を浮かべる。軽く火にかけて消毒。水をかけると蒸気が上がった。少しだけ冷めるのを待った。

「ヒルネ、ちょっとさえろ。トウカは焚火をはさむようにして、例の逆茂木を組んでくれ」

 トウカはよく分かっていない顔ながら、金属のさくを組んでくれた。よし。

 ラプトルの肋骨にツヴァイハンダーを立て掛け、柄をヒルネに固定させる。刃先からデカい薄切り肉を何枚も何枚も重ねて刺していく。しばらくすれば、小さめのケバブの出来上がりだ。サイズ感としては、二リットルのペットボトル三本分ってところか?

 刃先をバールに引っかけて持ち、柄はヒルネに持たせて焚火に移動。さかりようたんを引っかけて、あぶり焼きが出来る状態になった。あとはクルクル回しながら焼いて、出来たところから薄くいで食べるだけ。

「うわー、こうしたら完全に食べものですねー!」

 ヒルネがはなやいだ声をあげる。

「最初から食べ物だろうが」

 言わんとすることはわかるけどな。生き物のままの姿を見て「うまそう!」とはあんまりならない。せいぜい魚とかカニくらいのもんだろう。現代人は料理を食って生きているからな。命とは離れた場所で、命だったものを食っている。

 交代交代でケバブを回し、じっくりと肉を焼いていく。表面に浮いたあぶらがぽとりぽとりと焚火に落ちて、細いけむりをあげた。

 だんだんと色合いが変わり、肉の焼けるこうばしいにおいがし始めた。

 スイがかした湯でしやふつ消毒してくれた一〇〇均包丁をとり、焼けた表面に当てた。ここまでくれば、みんなも肉の口になっている。全員の顔が期待に満ちたものになっていた。

 包丁をぎこぎこと動かし、薄く表面をそぎ切っていく。それをスイが用意してくれた人数分のシェラカップに入れていった。

「熱くないの?」

「ありえん熱い」

 当たり前だろ、肉が焼ける温度に手を置いているんだからな!

 こういうぱっぱ作業したいときには一〇〇均包丁はダメだな。ギコギコしなくてもスゥーっと切れるやつが欲しい。

 全員に行きわたり、それぞれが好みで調味料をかける。俺は断然、塩とワサビだな。ワサビ自体に塩をんで、それをちょいと付けて食べるんだ。鼻に抜けるせいりような香りが美味さを強調するのはもちろんだが、何よりも食うときに扱いやすいのが良いな。

「いただきまーす」

 女子たちが声を揃えて、ちゃんといただきますしてから食べ始めた。

 こいつら育ち良いよな。

 俺はでケバブを食べる。んー、ラプトルの肉って感じだ。

 小さく切られてなお残るかたさ。まずそれに「ん?」となる。が、噛み締めた部分から強いうまが染み出してくる。にくじゆうだのサシだのぜいたくなもんじゃない。かもにくのような、肉のせんがほどけるときの旨さが、シンプルにがつんと来る。

「なにこれ、めっちゃしい!」

 スイはシンプルに塩コショウで食べている。そうだろうよ。旨い肉は、どう食ったって旨いんだ。

「竜種ってこんなに美味しいのですね」

「肉食の動物は美味しくないってよく聞くけど、全然臭みとかないですわー」

 大好評のようだ。がっつく育ちざかりどもに、どんどん肉を切り分けてあげる。なんか父親にでもなった気分だな。

「肉食動物がいってのはへんけんだな。マグロもブリも肉食魚。イセエビは虫でれるし、カニはにく食。クジラだって肉食だ。カエルやワニなんかも肉が美味いってんで、昔は何度も話題になってたな」

「なんていうか、それは水回りの生き物だから、とかじゃなくて?」

「ジビエだとアナグマなんかはめっちゃ美味いって言われていたぞ。肉食動物が不味いんじゃなくて、イヌ科とネコ科が不味いってだけなんじゃないのか?」

 知らんけど。魚を食う魚は美味いのに、魚を食う鳥は不味いとかもあるしな。牛もバイソンも美味いのに、水牛は不味いとか、色々だ。

「ちなみに竜でも不味いやつはいるから、味なんて種で大きく変わるもんだ」

「へぇー、そうなんだ」

 ぶつりと口の中でほどける感触も、慣れればくせになる。シェラカップをドローンのカメラに見せつけてまんしてやる。

 四人がかりで食べればあっという間になくなった。くし代わりのツヴァイハンダーが触れていた場所は食べずに、そのまま炭にしてしまう。

 食休みにダラダラと休みながら、俺は気になっていたことを聞いてみた。

「そういえば、何でお前らはダンジョンにもぐってんだ?」

 俺の時代とは扱いが違うし、配信がっているからには、多少は芸能人に近いようなキラキラ感もあるだろう。

 だが、いのちけだし、どろくさくて、まんの多い仕事でもある。

 つうに生きていれば明日の朝日を拝める人間が、わざわざ目指してやるような商売じゃないと思うんだが。

 あ、蓮と康太は別だ。蓮はバカだからダンジョンがお似合いで、康太は荒事の中で成長した方がいい。男子は危険にあこがれて、して成長するんだ。理由なんて適当でいい。

 質問にまっさきに答えたのは、意外にもトウカだった。

「私はほうかれたからですね。三〇万年の人類の歴史の中で存在しなかったがいねんに、体当たりで触れられるのがうれしいんです。買ったばかりの本を一ページずつ大事に大事に開いていくような……知的こうしんが満たされる胸の高鳴りがために、探索者になりました」

 めっちゃ真っ当な理由だった。

 確かにな。あんまり関心を持ってこなかった俺だが、魔法にせられるやつは昔からいた。ファンタジーだ、そりゃあ夢をもつ。

 俺とて魔法はきらいじゃないし、興味がないわけじゃない。ただ、自分が使うには、なんていうかたよりないのがな。得体のしれないふわっとしたものより、強くにぎりしめられる鉄の方が安心できるってだけで。

「私は……なんでだろうね。仲が良かったせんぱいがダンジョンでくなって、それで……」

 スイは自分の心の中の答えを探しながら、ゆっくりと話す。それでもはっきりと言葉にするのは難しかったのか、諦めて目をせた。

「気持ちを整理する前に行動してんのか。ダンジョンに向いてるな」

「なにそれ」

 俺の発言が的外れすぎたのか、スイは小さく笑った。

「私は二人と比べたら、全然ちゃんとしてないっていうかー……配信で見た探索者がかっこよくて、うちで経済的なあれこれがあったタイミングだったのもあって、それでですねー」

「あるあるって感じだな」

 ヒルネは気まずそうだが、理由なんて人それぞれだ。

「俺は腹が減ったから飯食いに来たからな。おかげでドラゴンケバブだ」

「ダントツでひどい理由だよね」

 ちょっとだけ湿しめっぽい空気を吹き飛ばすように俺たちは笑った。

 ただ、ちょっと不安が残るな。

 ヒルネは探索者に理想の姿があるのだろう。そして、今回のボス戦ではほぼ活躍の機会がなかった。

 斥候職ってのはそんなもんだ。探索時にもっともかがやくのであって、強力なモンスターとド突きあうのは専門外。問題は、その合理的なカッコ悪さを受け入れられるほど、思春期の少女が大人なのかってところだ。

 しばらくは様子を見てやった方が良さそうだな。たきを囲んで楽しそうに話す少女たちを見ながら、そんなことを思った。

 残った竜の肉を、ラップみたいなものでぐるぐる包む。スイから分けてもらったこの資材は、包んだもののはいを遅らせる効果があるらしい。といってもほんの数日びる程度らしいが。

 となりでトウカとヒルネが、きよだいな肝臓と火炎袋に四苦八苦しながら、同じような処理をしている。

「この後どうする?」

 だれがリーダーとかではないが、なんとなくスイにたずねた。

 スイは金属のポールを組み立てて、アンテナのようなものを立てている。それが居場所を示し、そこにゆうどうするビーコンになるらしい。

「ナガさえ良ければ、もう少し潜りたいな。今、下の階層から戻ってきてる最中のパーティーがいるみたいだから、ばいきやく用の採取物は預けられないか、協会を通じてこうしようできるかも」

「俺はだいじようだ。つーか、探索者事情ってのもずいぶんと進歩したもんだな」

「今さら?」

 もちろん、今さらだ。

 違うんだよ。ドローンの積載量だとか、スマートウォッチがとか、そういうじゆんすいな技術面の進歩じゃねえんだ。

 ダンジョンに潜るのがメジャーな仕事になって、たくさんの人間が同時にダンジョンにいる。それぞれの身元がしっかりしていて、おたがいにある程度の信用がある。ただ潜ってお宝かき集めて帰るだけじゃなくて、ビーコンやきよてんの設営なんかのらいもある。

 そういう、産業としての進歩があって初めて「帰りは荷物少ないんだから、俺らの分も持って帰ってよ」という交渉が成り立つんだ。

「地下二六層以下の経験は?」

「まだ。だから、ナガがいるのが前提のダンジョンアタックになるんだけど、いいかな?」

「お互いにとってせつかくの戦力強化だ。行けるところまで行くか」

 俺とて別にあつとうてきに強いわけじゃない。しよせんは人間、対応力に限界ってもんはある。カバーがあるなら、それにしたことはない。