二章
地下一層。
思い返してみれば久しぶりに探索する階層だ。一~五層で出てくるのはコボルトとドワーフ。どちらも妖精種亜人系のモンスターになる。スライムはだいたい壁の隙間に隠れていて、ほぼ遭遇しないからノーカンだ。
人間という生き物は不思議なものだ。攻撃のための器官は牙ではなく手。ほとんどの知覚は目に頼っている。どちらも体の高い位置についている。
普通、動物というのは自分よりも小さい生き物を狩る。見下ろして戦うのが得意なのだ。だが人間だけは、自分の腰より低い場所にいる敵と戦うのを苦手としている。見下ろして戦うより、なんなら見上げながら戦いやすい構造になっているのだ。
とはいえ、自分より大きい相手は自分より強い。必然、人間にとって一番戦いやすい相手とは、同種である人間ということになる。
「ダンジョンは浅い層の方が敵と戦いやすいってのも変な話だがな」
俺はいるかもわからない配信視聴者に話しかけた。
「普通、攻め込んでくる敵に対しては、前線ほど強力な兵を配置するもんだろ」
徐々に難易度が上がっていくとか、学校の勉強じゃないんだから。
多摩支部:その通りですが、ダンジョンの発生理由や存在意義については何もわかっていないのが現状です。
ドローンの表面にコメントが流れた。いえーい、支部長ちゃん見てるー?
ビーコン情報を取得し、スマートウォッチがホログラムで表示したマップに従い、サクサクと下に降りていく。
地下三層。
石造りの建物内部みたいな迷路の先で、壁にかけられた松明の光に揺れる、小さな人影を発見。ようやくモンスターのお出ましってところか。近づくにつれてコツコツと硬いものを叩く音がする。これはドワーフだな。無造作にその目の前に出る。
ドワーフ。
身長一五〇センチくらいの髭もじゃのおじさん。体つきはビール樽のようで、オーバーオールを着ている。
言葉の通じないモンスターではあるが、こいつらは何もしなければ敵対しない、穏やかなモンスターだ。ダンジョンの壁を壊してるんだか修復してるんだか分からんが、壁を叩いている様子がよく観察されている。
「お、当たりじゃねーか」
ドワーフはツルハシやハンマー、バールのようなものなど、鈍器にも使える工具を持ち歩いている。今回はバールのようなものだ。
パンっ。
クリクリした目で不思議そうに見上げてくるドワーフに、思いっきりビンタをした。頬を押さえ涙目で、目を白黒させるドワーフ。おまけとして反対側の頬もビンタしてやった。戸惑っているのをいいことに、持っていたバールを没収する。
「これこれ。冒険者時代はなー、当時はこれが一番人気の装備だったんだよ。ハンマーやツルハシも悪くないが、こいつが一番使いやすい。当時の冒険者はバール扱えて一人前だったな」
返して欲しそうにつきまとうドワーフを蹴り飛ばし、さらに下の階層へ。
地下四層で出てくるのはコボルト。
身長はドワーフとほぼ同じで、二足歩行の犬って感じだな。だいたい木の盾と棍棒で武装している。足は短く戦闘時のステップは遅いが、獲物を追跡するときは四足歩行で素早く走り回る。稀に噛みついてくるのが地味に面倒くさい。
ファランクスのように盾をくっつけ、六匹の群れがじりじりと迫ってくる。
ダンジョンの壁を蹴って飛び上がり、群れの頭上を飛び越えた。社会性が高すぎるコボルトは不慮の事態に対して反応が遅い。前後の入れ替えにまごまごとしているうちに、一気に頭を叩き割り全滅させた。浅い層の雑魚相手ならこんなもんだな。
ダンジョンの壁からじわりとゼリーのようなものが滲み出す。スライムだ。
核と呼ばれる部分と、そこから伸びた触手によって、擬似的に得た外付けの体を動かすモンスターだ。粘液を操ればスライム、土塊を操ればゴーレム。何を操るかによって呼び方が変わるやつらでもある。
有核種はダンジョンの掃除屋だ。ゴミや死体、そして死体になりそうな生き物を食べて分解するのだ。血の匂いを嗅ぎつけたのか、次々とその数が増えていく。
スライムを積極的に殺すかは、微妙な問題だ。こいつらを完全に放置するのも良くないのだが、倒しすぎても環境が不衛生になる。人間にとって害のある存在であっても、生態系を崩すのは長期的なデメリットがでかい。大事なのはバランス感覚だな。
二匹だけ踏み潰してから、その場を去った。
地下一〇層あたりに入ると空気が変わった。化学的に、だ。要するに悪臭が漂っている。
ずるり、ずるりと何かを引きずるような音が通路の奥から聞こえてきた。思わず舌打ちしてしまう。ハズレくじを引いた。
地下一〇層への最短ルート上、薄暗がりに現れたのはフレッシュゴーレムだ。見た目は全身の生皮を剥がされた人間を五体ほど、乱雑に丸めてくっつけたような姿。飛び出た手足を器用に使って、芋虫のように這いずってくる。通ったあとには血と肉片の道が出来あがる。
でけえな。
今回の個体は、もはや何の死体かもわからない生肉を大量に身に纏い、高さ三メートル、横幅二メートルくらいの巨大な大福みたいになっている。体が重たすぎるのか、ゆっくりゆっくり通路を塞ぐように這いずっていた。
多摩支部:大型の個体ですね。動きが鈍いので放置を推奨します。
「放置すんのが楽っつーのもわかるんだけどな。こいつら巨大化させすぎると、もっと面倒なことになるぞ」
多摩支部:面倒とは?
スライムを倒すかどうかが微妙というのは、こういうことだ。
フレッシュゴーレムは一見してアンデッドモンスターみてえな姿をしているが、その実、正体はスライムと同じ有核種だ。食べきれなかった分の死体を、体のパーツとして触手で操っている。
この辺の階層であれば、倒れた探索者、探索者が倒したドワーフやコボルト、それに下の層から上がってくるゾンビなどが原料だろう。
「フレッシュゴーレムを倒すには核を破壊しなきゃいけないだろ?」
バールの真っ直ぐな方を適当に突き刺す。内側が少し腐っていたのか、ガスと汁が噴き出した。素早くバックステップして避ける。
「で、こんだけでかいと長物でも深く刺さらねえし、そもそもどこに核があるのかわからねえ。しゃーなし、少しずつバラすしかないわけだ」
今度はバールの曲がった方を死体に引っかけ、適当なところに足をかけて引き剥がした。小柄な体に、前方向に長い頭骨。これはコボルトの死体だな。
何体かの死体を剥がしたところで、フレッシュゴーレムがぶるりと震えた。ぎゅっと中心に向かって凝縮し、全ての肉が溶け合って一つの塊に変わっていく。
「でけえから時間がかかる。そうすると、こうやって戦闘用の形態に変化するんだ。俺ら冒険者はタルタルゴーレムって呼んでたな。攻撃動作が俊敏になる。フレッシュゴーレムだと思って相手をすれば、簡単に死ぬぞ」
タルタルゴーレムの体表に、白っぽい骨の破片がぷつぷつと浮かんできた。取り込んだ死体の骨だけを並べ、防御力を高めている。隙間から剥き出しの筋肉でできた触手が何本も生えた。その先端が、槍衾のように並んで俺を狙う。
体を丸めながら小さな一歩を踏み出す。放たれた触手を、素早く体を引いて空振りさせた。伸びきった触手を打ち払い、切断。次々と触手を引きちぎっていく。
「攻撃用の触手つっても、質量には限りがあるだろ。核から伸びた触手糸にもな」
タルタルゴーレムは守りに転じようとしたのか、触手を引っ込めて骨の塊を前面に押し出した。
「守りに転じる判断は大事だが……人間相手にそりゃあ悪手だ」
バールをくるりと持ち替え、綺麗な球形に固まった中心部に深々と突き刺す。こうも中心が分かりやすければ、核の破壊も容易だ。
力を失い、崩れ落ちた肉片を踏み潰す。ブーツの表面に臭い汁が飛んだ。
「ってわけで、デカブツを放置すると浅い層でうろちょろする新人には危険な代物になるっつーわけだ。倒す力があるなら、見かけ次第倒した方が良い。なにより、自分たちがズタボロで撤退するときの安全確保にもなる」
動きが緩慢つっても、例えば負傷者を抱えての撤退時には追いつかれちまうしな。こいつらは血の臭いに敏感だ。
多摩支部:なるほど。近いうちに戦力を整え、検証してみます。
どうにも、急にしっかりとした法整備がなされたせいで、冒険者から探索者に知識が受け継がれていない感じがするな。世代間の情報の断絶を感じる。先に潜っていた荒くれ者を追い出し、急いで浄化してしまった弊害なのだろう。
地下二〇層まで降りたところで、戦闘の音が聞こえてきた。炸裂音だ。まだこの程度の階層には爆発を起こすようなモンスターはいない。ということは、魔法を使える人間が潜っているな。
音の方にふらふらと歩いて行くと、骨の集団と戦う少年少女の団体さんがいた。少女三人が身長二メートル半から三メートルくらいある巨大なスケルトンと必死に格闘している。その後ろで、少年二人が剣を振り回すスケルトンを食い止めていた。
巨大なスケルトン――スケルトンチャンピオンは、二メートルほどもあるツヴァイハンダーを豪快に振り回す。当たれば即死の攻撃を、前転しながら回避した少女には見覚えがあった。水を分けてくれた子だ。
スケルトンたちの眼窩に宿る鬼火の色は赤。骨どもの中ではかなり強力な集団だな。それらを率いているチャンピオンは、上半身から腰にかけて重厚な金属鎧を着込んでおり、頭にはピッケルハウベと呼ばれる兜まで装備している。
鎧装備しているのは厄介だな。
勘違いされがちだが、鎧はマジで固い。斬撃はもちろん通らねえし、なんなら打撃でも凹まない。弓矢でも槍でもそうそう貫通しない。もちろん、作られた時代、素材、制作者の技量によっても変わるんだろうが。
「で、女の子に強敵と戦わせて、お前らは何してんの?」
金髪のやんちゃそうな少年が鍔迫り合いをしていたスケルトンを、背後から斧で唐竹割りにしながら言った。少年と目が合う。ぎょっとした表情をされた。
「な、なんだよお前は」
「通りすがりのおじさんだよ」
横合いから斬りかかってきたスケルトンの頭を掴み、振り回すようにして地面に投げる。仰向けに倒れたところ、胸を思い切り踏みつけた。肋骨も鎖骨も粉砕され、動けなくなったのを少年に軽く放る。
「トドメは任せた」
「う、うわ! 何しやがる!」
骨ともつれ合って倒れ、じたばたと不格好にもがく。仲間の少年が槍で叩いてスケルトンを倒し、手を差し伸べた。二人ともモタモタしすぎだ。動きに違和感がある。
少年の装備はポリカーボネートのアーマーに、盾とショートソード。どれもそれなりに金がかかっていそうだ。だというのに、実力はお粗末の一言に尽きる。
そもそも盾があるのに鍔迫り合いになっている時点で、モンスターに対しての恐れがあるな。荒事に慣れていない。
「お前、なんでこの階層にいるんだ?」
実力不足じゃないか、という疑問を言外に滲ませながら言った。
なんとなく少女達三人の方を見る。有効打こそ与えられていないが、チャンピオン個体相手に危なげなく立ち回っていた。あっちは適正レベルだな。
ダンジョンにお荷物を連れていくと、劇的に生存率が下がる。登山みたいなもんだ。
一番実力に欠けるやつを基準にして難易度を調整しなければならない。雑魚だけが死ぬってわけじゃねえんだ。逃げ遅れる、反応が遅れる、突破されて陣形に穴が出来る。しかも雑魚の体が邪魔になってカバーしようにも手が出せず、敵がわらわらと集まって全滅。なんてこともありえる。蟻の一穴だな。
「急に現れて意味分かんねえこと言いやがって。喧嘩売ってんのか?」
少年は顔を真っ赤にしてショートソードを向けてきた。声が高い。減点ポイント。それに剣が研がれ過ぎて鏡面みたいになっている。もっかい減点ポイントだな。光の反射で居場所がばれやすくなるし、鋭すぎる刃は簡単に潰れる。もっと荒々しく研いだ方がいいぞ。
「喧嘩は売ってるが……ガキ、知ってるか? 人に武器を向けたら殺し合いの合図だぞ」
俺はバールを地面に捨てると、無造作に少年に歩み寄った。
「よ、寄るんじゃねえよ!」
切っ先が震えている。
「知っても武器を下ろさねえのか?」
切っ先に指をそっと当てた。ぎりぎり刺さらないくらいの力で押し込んで、上下に優しく揺らしてやった。少年はあれだけトサカに来ていたようなのに、すっかり怯えた顔になっている。それでも武器を下ろさないのは、根性が据わっているのか、それとも判断が遅いだけなのか。
多摩支部:そこまでです。探索者同士での戦闘は禁止されています。
お、コメントありがとう。支部長ちゃん。
それを無視して、さっきまで剣に触れていた指を少年の口に突っ込んだ。急に入ってきた異物と鉄の臭いに、少年は目を白黒させる。
「口に何か入ったら、躊躇せずに噛め。じゃねえと生き残れねえぞ」
そのまま指を真下に引いた。カコンとあっさりアゴが外れる。大丈夫、そんなに痛くない。顎関節症だったヤスはあくびするだけでアゴが外れていた。
「今どきの探索者の作法には詳しくねえが、ダンジョン内で喧嘩売るんじゃねえよ。血の匂いで寄ってくるやつがいるかもしれねえだろ?」
それこそ有核種とかな。
「あ、あうあうあああああ!」
「何言ってんのかわかんねえよ。さっさと戻せ」
戻せねえのか。それともアゴが外れたことすらないのか。喧嘩なり事故なり、それこそモンスターの打撃なんかで外れるもんじゃねえのか?
両手の指を奥歯に引っかけて、外側に押し広げるようにすると、あごの関節が緩んで、簡単につけ外しできるんだ。医学的には良くないんだろうが、ダンジョン内での応急処置としてはメジャーなものだった。
弱い者いじめみたいで可哀想になってきたので治してやる。口を押さえ、完全に恐怖に支配された表情で俺を見ていた。やめろよ、マジで。本当に悪いことしたみたいになってるじゃねえか。
今どきの探索者というのは、こんなことも知らずに潜っているのだろうか。ダンジョン関連のお勉強は相当な量があったというのに、内容が偏りすぎではないだろうか。こういう知識の方が生存率に直結すると思うのだが。
「め、めちゃくちゃ過ぎるだろ。誰なんだよ、ヤクザか?」
「通りすがりのおじさんだって言ってるだろ、しばくぞ」
誰がヤクザだ、不名誉な。軽く凄むと少年はますます小さくなった。
「それに、相手に何者か訊ねたいなら、まずは自分から名乗れ。素性のわからない相手に喧嘩を売るな。目的のわからない相手に要求をするな。ダンジョンに限らないが、ダンジョン内だと命に直結するぞ」
いや、どっちかというと日常の日本社会での方が命に関わるのかもしれないが。新宿の繁華街で、酔っぱらいが喧嘩を売っているところを見たことがある。俺は社長だぞ~だなんて下品にオラオラ絡んだあと、相手が銀行のお偉いさんだと気づいて、真っ青になっていたな。そいつの会社がずいぶんと融資してもらっている、メインバンクだったようだ。経済界でそこそこの地位があるやつ、ヤクザとかモンスターより怖いまである。
「う……お、俺は」
少年は逡巡した。名乗るべきだと思いつつも、俺のような素性の分からない人間――それも暴力的な相手に名乗っていいのか迷っているようだった。
その間に女の子たちの戦況が動いた。軽装備の少女がチャンピオンの懐に潜り込み、関節にナイフをねじ込む。動きが鈍くなった瞬間に、重装の少女が膝を叩き折る。最後にスイが鎧の真下から火球を撃ち込んだ。中に骨しか入っていない鎧の穴という穴から爆煙が噴き上がる。
「お、決着したか」
内部を破壊され尽くしたチャンピオンに、ちゃんと三人とも武器を向け続けている。残心もばっちり。反応が遅い少年達と違い、随分としっかりしている。トレイン相手にたった一人で取り残され、顔に絶望を浮かべていたイメージしかなかったが、想像以上に実力を持っていた。
「よお、お疲れ様」
少女達に声をかける。スイの元々大きな目が、こぼれんばかりに見開かれた。
「な、ナガさん!?」
「久しぶり、スイ。いや、そんなに久しぶりでもねえのか」
「えええええ! 釈放!? いや、それより試験、ってええ!?」
やけに驚いている。スイの叫びを聞いた二人の少女がハッとした。揃って深々と俺に頭を下げる。
「スイの命を救ってくださった方ですね。おかげさまで仲間を失わずに済みました。ありがとうございます」
「ありがとうございますー!」
全身鎧を着込んだ重装の少女が礼儀正しくお礼を言った。斥候のような格好をした少女も続く。俺は苦笑しながら手をひらひらと振った。
「俺だって助けられた側なんだ。スイのおかげで人間社会に戻ってこれた。こちらこそ礼を言わせてくれ」
「いえ、そんな大したことは……」
「堅くならなくていい。お互い様ってことだな。命の恩人なんだし、スイは敬語は不要だ。他の二人は敬語使えよ、こう見えてオッサンだからな」
冗談めかして言うと、少女達は曖昧な笑みを浮かべた。引かれたかもしれない。若い女の子から見て、距離感の近いオッサンは気持ち悪い。世の真理だ。自分を戒めよう。
初対面の二人は俺のことを知っているらしい。トレインから撤退した後、スイの配信を見ていたようだ。逆に俺は二人のことを全く知らないため、紹介してもらう。
黒のラバースーツみたいな戦闘服と短弓に短剣。見るからに斥候職の恰好をした少女はヒルネというらしい。小柄で細身の躰に、ショートの癖っ毛。目はアーモンド型で大きく、猫のような印象を感じる。偵察、探索、哨戒を得意としているようだ。見たまんまだな。
全身鎧とメイスで、さながら重装騎士といった見た目の少女はトウカ。薄いピンクゴールドの長髪は派手な印象だが、糸目のせいか、穏やかな印象を受ける。鎧の耐久を活かした正面戦闘が得意なのはもちろん、支援魔法バフや回復魔法まで使えるそうだ。昔のゲームでいうところの殴りヒーラーって感じか。
「この前死にかけていた割には、すぐまたダンジョンに潜ってるんだな」