:マジで原始人

:モンスターじゃなかったのか

:通報しますた

:こっち見んな


 水がうめぇ~~~~。

 俺はもらったペットボトルの水をガブガブと飲みながら、ドローンののっぺりとした表面に流れる文字列をながめる。あの後、少女は俺をドローンにくくりつけて神殿の中にはこび込み、持ち込んでいた物資の水を分けてくれた。今飲んでいるのは二リットルペットボトルの二本目だ。

「あ、あの!」

 三メートルくらい距離をとった位置から少女が声をあげた。

「うす」

「先ほどは助けていただき、ありがとうございました!」

 九〇度を超えて一二〇度くらいの角度で頭を下げる。れいただしい良い子だ。

「いや~、こちらこそ助かった。水がなくて、マジで死ぬかと思ったからな」

 命の危機具合で言ったら、ぶっちゃけ俺の方が上だったと思う。それはそれとして、恩に感じてくれているなら、その方が都合がいい。

「この後は真っすぐ地上に帰るのか?」

「はい。私はそうするつもりです。えーと」

「永野弘だ。ナガって呼んでくれ」

「あ、ありがとうございます。私のことはスイと呼んでください。ナガさんはどうされますか?」

「地上に帰りたいんだ。良ければ連れて行ってくれると助かる」

「は、はい。それくらいでしたら」

 よっしゃ。これで、これで地上に帰れる!


:危ないよ!

:やめとけ

:水もらっておいて図々しいな

:一緒に行動!? く さ そ う

:命より水 なんだよなあ


 感動に打ち震えていたら、ドローンに一気に文字が流れた。なんかボーっと見ていたが、そういえばなんだこれ。

「今さらだけど、なにこれ?」

「えっ?」

 空気がこおり付いた気がした。

「あ、いや、俺がダンジョンに入ったときには、まだこんな便利なものなかったなーというか、はは」

 あわててすように言う。


:おっと?

:密猟者か~?

:まだなかったって何年前の話や

:通報しますた


 目の前の少女の表情が厳しくなる。

「このドローンは全ての特定地下探索者にけいこうが義務付けられているものです。持っていないとは思いましたが、そもそも知らないなんて……あなた一体何者ですか?」

 その声は硬く、冷たいものだった。突然の疑いに俺は頭をかかえた。

 結構な年月が経っているはずだから、そりゃ色々と変化はあったと思う。ただ、こんなさいせんたんでございますって感じの機械が、一般常識というか、なんならめんきよしようみたいなあつかいになっているなんて思いもしなかった。

 流れてるコメント的なものからして、動画配信者とかの最新機材かなってくらいに思ったんだよ。

 目の前の少女――スイだっけか。彼女の見た目もいかにも育ちが良さそうな美人さんで、姫騎士みたいな服装しているから、金持ちのガキの道楽かな、なんてな。

「えーと、あのな。おじさんを疑うのはわかるんだけど、落ち着いて聞いてほしい。俺がダンジョンに入ったのは、西せいれきで二〇二五年ごろのことだ。当時は義務とかそんなの無かったし、なんなら法的な整備が全然進んでなかったんだよ」

 これは本当だ。

 ダンジョンの入り口は、本当に世界中の色んな場所に突然生えてきた。コンビニくらいのサイズ感で、謎の真っ黒な素材でできた小さな建物だ。これがそんの建物をぶちこわして生えてきたり、しぶのスクランブル交差点に生えてきたりして、世の中は大混乱になった。

 法整備も進まぬまま、都市部では警察や自衛隊が見張り、田舎いなかなんかではやっつけ工事のかなあみふさがれるだけだったダンジョン。行政と立法の対応が追い付かないまま、海外からの情報により、中で得られる物の有用性だけが広がっていったんだ。

 規制されていなければすなわち合法。

 就活に失敗していた俺だったり、けんほうの改正で日雇いができなくなったおっさんだったり、そういった食い詰め物たちは、ゴールドラッシュかのようにダンジョンに押し寄せた。

「二〇二五年? もう二五年も前の話じゃないですか!」

「二五年も経ってたの!?

 ということは、今二〇五〇年!? リアルうらしまろうじゃん。というか俺、人生の半分ダンジョン確定!? ダンジョンに入ったのが二三さいのときだから、もう四八歳なのか。


:流石に嘘だろ

:いうて見た目で年齢わからん……

:原始人すぎて信ぴょう性あるw

:25年間もダンジョンで生き残れるわけない

:そこはほら、原始人だから


 スイはパニくっているおれを見て、大きくためいきをついた。

「その話が嘘か本当かは、外に出れば警察が調べてくれると思います。先ほど助けていただいた恩もありますので、外までは案内します。ただし、今の距離から近寄らないようにお願いします」

「案内してくれるだけで十分ありがたいよ。それに、たぶんだけど、俺めっちゃくさいからな」

 深層の水場で返り血をちゃちゃっと流すだけの日々だったからな。

 体をこするような布なんてないし、ゆうちように水にかっていられるほど、深層の水場は安全じゃない。なんか細長い魚がめっちゃかんのあたりに集まってくるんだよな。あれたぶん、気づかなかったらエグイことになるタイプのやつだ。

「ええと、一五層にかなり設備が整えられたきよてんがあります。づかいはできませんが、そこでなら簡易ですがシャワーを浴びることもできますよ」

「マジで!? うはぁ、二五年ぶりのシャワーじゃん」

 スイはこつに嫌そうな顔をした。年頃の女の子にとってはかいだんより恐ろしい話だろう。

「それに拠点にはじようできる休憩用の個室があるので、今日中にそこまで行っておきたいですね」

「あっ、そういう。確かにね、なるほどね」

 女の子なんだし、そういう不安もあるのか。

 俺からしたら「うひゃア、久しぶりのニンゲンだッ!」って感じだけど、スイ側からしたら、ダンジョンに現れたはんの不法しんにゆううそつき大暴れおじさんだもんな。

 キモイとかじゃなくてこわいわ、これ。地上まで案内してくれるってだけで、相当優しいのかもしれない。

「そうと決まれば、ぱっぱ行くか」

 水は体にみ込んだ。休憩は十分だ。俺たちは地上に向かって歩き出した。

 一七階層。くずれた建物がまばらに並んでいる区画。

 そういえば、俺がトレインに巻き込まれたのがこの辺りだったような気がする。気がするだけかもしれない。

 ダンジョンは入り口こそたくさんあれど、どこからどこまで一つのダンジョンなのかはっきりわかっていない。東京のかしら公園のダンジョンから入ったやつが、延々とさまよった末に、埼玉県のあげから出てきた、なんて話もある。

 マシな方でやとい労働者、悪くてとうみたいなのばっかりがもぐっていた当時、ちゃんとマッピングできるかしこい奴なんかいなかった。手描きの雑な地図で潜っていたんだ。

 そんな調子で、広大なダンジョンの場所を正確にあくするなんて不可能だ。

「当時はそんな感じだったんだよなー」

「えぇぇ」

 おくもだいぶ薄っすらしてきているが、道中のひまつぶしで当時の話をしていると、スイがドン引きしていることがアリアリと伝わる声でリアクションしてくれる。

 口頭で道を指示しながら、俺を先に歩かせる警戒っぷりだが、話をちゃんと聞いてくれるのがなんだかうれしい。

 崩れた建物の陰から、二体のモンスターが飛び出してきた。ハゲたチンパンジーのような見た目で、まつこしまきと、骨のネックレス。手には一メートルくらいの短い槍を持った、二足歩行のモンスターだ。

 ファンタジー作品の多くでは緑の肌でえがかれるが、このダンジョンに出る個体ははいかつしよくである。人工物が多いエリアでたいできるよう進化した、なんて予想をされていた。

「お、ゴブリンじゃん。なつかしいな~」

 ゴブリンたちはせい良く飛び出してきたものの、なぜか俺の顔を見て足を止める。不思議そうに仲間同士で顔を見合わせる。

『ぎゃぎゃっ?』

『ぐぅるるぎゃぁ?』

 何かを問いかけるように俺に向け鳴いてきた。――まさかな。

「仲間だと思われてませんか……?」

「くっそめいだな」


:原始人じゃなくてゴブリンでしたか。

:ちーっす、ゴブリンさん。やってるぅ?

:ゴブリンが戸惑うとこ初めて見た。

:モンスター名と区別するのに「ゴブリンさん」って呼んだるわ。


 配信コメントは好き勝手に盛り上がっていやがる。腹立つな。

 無造作に近づき、槍をそっと横にどかす。戸惑いを見せるゴブリンの顔面を左手でつかんだ。

「当時、こいつに殺されたやつがめっちゃいてさ」

 後頭部を地面にたたき付ける。骨のくだける感触。

 低い位置から右手のおので、もう一ぴきかたひざを切り飛ばす。でたらめにり回す槍を片手で掴み取り、まえりを顔面にぶち込んだ。目も鼻も潰れてやがる。ほっときゃ死ぬだろ。

「こいつら、めっちゃ力強いし、あごの力はんないし、ばやいし、地味にタフだしな」

「確かに、それはそうかも……」

 お、スイもゴブリンに苦戦したクチか?

 こいつらファンタジー作品だと雑魚代表みたいなツラして出てくるくせに、リアルだと中層最強まであるからな。武装して群れ作ってブチ切れ散らかしているチンパンジーって想像すれば、とても素人には相手できない強モンスターだってわかるだろう。

「私のレイピアだと、急所にさないと倒れないし、変なところに刺さったらなかなか抜けませんから……」

「あー、確かに」

 とつ武器は非常に強力だが、筋肉質な相手には、刺すと抜きづらいというデメリットがある。まあ、ざんげき系は毛皮に効きづらいし、げき系はめいしようあたえるのが大変だから、どれも一長一短なんだけど。

せきがとれるのでしいといえば美味しいんですけどね」

「あー、なんだっけ。ようせい種、みたいな分類って今も使われてんの?」

「使われていますよ。といっても、分類が簡単じゃないので、いまだにあいまいなところが大きいですが」

 モンスターにも分類学を当てはめよう、みたいな考え方が昔にはあった。が、アンデッドの登場であえなくとん。そこで新たに提唱されたのが、モンスター専用の分類学だ。

ゆうかく種、妖精種、不死種、けもの種、だったっけな。でもって、ゴブリンみたいな人に近い姿で魔石がとれるのが妖精種っと」

 魔石というのは、モンスターの背骨の一部が変質した、よくわからんものだ。ゴブリンだとけいついの一つが、しよくとうめいなガラス質に変質している。こいつをいこと加工して、なんやかんやすると、魔法を利用する道具を作れるようになったりするらしい。俺が仕事で組む仲間に魔法使いはいなかったから、くわしいことは知らん。とりあえず売れるから売るって感じだったな。

りゆうしゆじゆう種が、昔は合わせて獣種と呼ばれていたこと、よくご存じですね」

「その昔の人なんだわ」

 どうやら信じてくれていないご様子で。リアクション的にそろそろ信じてくれたころだと思ったんだが。そんな調子で、俺が適当にモンスターをぶっ飛ばしながらくっちゃべり歩いていると、気づけば一五層に入っていた。一五層は四階建てくらいのレンガ造りの建物が延々と並ぶ市街地って感じだ。

 拠点まであと少し。