一章



 どこからどう見ても、まぎれもないしんしやである。

 一九〇センチ近い長身、細身の体、ややねこかみの毛はガタガタのボブカットで、ヒゲはつかめるくらい長い。上半身ははだかで、下半身にはうすよごれたふんどし一丁。背中にはひもが千切れかけたねずみいろのリュックサックを背負い、右手にはびたおの、左手にはこんがり焼けた骨付き肉。

 なにかくそう、おれ――ながひろしの姿だ。

 だれかに見られたしゆんかんそくに警察に通報されるような出で立ちだが、何も問題はない。なぜならここは、ダンジョンのそれもかなり深い層だからだ。

 ダンジョン。

 ゲームを代表に、小説やまんなどでもえがかれることの多いぼうけんたい

 地下へ地下へ伸びる、モンスターやわな、そしてお宝と神秘に満ちあふれためいきゆうだ。

 そんなダンジョンが地球にとつじよ発生して――何年ったんだろうな。いやマジで。

 たまには過去をり返らないと、本格的に人間をめてモンスターに変わってしまいそうだから、久しぶりに思い出してみるか。

 俺がダンジョンの深い層で、なぞはんおじさんになった切っけの日ってやつを。



 タッパは低いが横にがっしりとデカい、さんぞくみたいなツラの男が、地面に転がっているがいこつを足でひっくり返した。

『おい、ナガ。見ろよこれ』

 ナガは俺のあだ名だ。合計四人で組んで仕事をしている俺らは、たがいにあだ名で呼び合っている。

 ボロボロにくずされた中世のようさいあとみたいな地形。にせものの月明かりが照らす下で、転がった頭蓋骨から下あごがポロンと外れた。おくの部分がきらりと月明かりを反射する。

『お、金歯じゃねーか』

 外れた下あごを拾い上げ、ナイフでえぐって金をとると、らなくなった骨はそこらに放り投げた。くだけたいしだたみすきからびた雑草に落ちたのか、音は立たない。

『スケルトンも金歯とかしてんだな。金歯りでもしていつかくせんきんねらうか?』

 さんぞくろうのヤスが下品な顔で笑う。

 スケルトンは動く骨格標本みたいなやつだ。どうやって動いてんのかは知らんが、こつばんたたれば死ぬ。死ぬっていう表現はおかしいかもしれないが、とりあえず、それで動かなくなる。

『割に合わねぇよ。地味にめんどくせぇし』

 ぼやいたのは、ぼうずあたまくろぶち眼鏡で、真面目そうな顔した男だ。

 メガネと呼ばれているが、この中で一番暴力に手慣れている。

『お前らうるせぇんだわ。仕事中くらいは静かにしろよ殺すぞ』

 チビでせぎすのニットぼう君がおどすような口調で言った。こいつが今回のダンジョンたんさくの「ボス」だ。

 俺らはやとい労働者みたいなもん。ダンジョン前でしよう会社さんの人に集められ、適当に分けられてもぐる。このイキったニット帽のガキは、会社さんの使いっ走りけん、俺らのお目付け役だ。

『殺さなくてもそのうち減るさ。それがダンジョンだ』

 ヤスが言う。「ボス」を除いた俺ら三人はヘラヘラと笑った。「ボス」だけがイラついた様子で、手に持ったバールのようなもので、自分のかたをトントン叩く。

 このとき、たぶん、俺だけが感じた。先頭にいたからかもしれない。

 ――空気が変わった。

 ハンドサインを出し、立ち止まる。全員無言で足を止め、息をひそめた。

 どんよりと空気がにごってくるように感じる。重苦しいきんちよう感だ。心臓がはやがねを打ち、視野がじわじわとせまくなってくる。

 ざっざ。ざっざ。

 遠くから草をみしめる音が近づいてくる。

 ゆっくりと、はんかいしたいしかべに身を寄せ、そっと音の方をのぞいた。瞬間、背筋に冷たいものが走る。

『トレインだ!!

 思わずさけんだ。

 敵に追われたものまどううちに、次々と色んなエリアの敵にねらわれてしまい、大集団を作り上げる。それがトレイン。

 しかも今回の場合は最悪だった。

 先頭を走る――獲物役がラミア。へびの体に、人間の女の上半身がくっついたモンスター。そして、それを追うのが数えきれないほどのスケルトンの集団。

 俺らは目を合わせたのもつか。散り散りになって、全力で走って逃げだした。

 トレインで追われているやつが考えるべきことは単純だ。逃げ切るか、誰かになすりつけるか。

 スケルトンはしゆんびんではないが、つかれ知らずだ。逃げ切れはしない。ならば、他の獲物になすりつけるしかない。

 そして、ラミアは蛇の能力――ピット器官を持っている。要は、熱を探知できる。つまり、どれだけ息を殺してものかげで縮こまっていようが、ラミアは絶対に俺らを見つけ出す。

 この中の誰かがなすりつけられる。確実に。それが自分じゃないことをいのりながら、他のやつちがう方向に逃げるしかない。

 俺は走った。

 次々に聞こえる人間のだんまつのさけびにも振り返らず、がむしゃらに走った。吸う息、く息、いちいち血の味がするまで走った。

 トレインからのがれたあとも散々だった。いつの間にダンジョンのおくに入ってしまったのか、出てくるモンスターは格上の手に負えないやつばかり。逃げて隠れて走ってをり返すうちに――。

『どこだ、ここ』

 俺は完全に道を見失ってしまった。

 おそらくは、ダンジョンの深い階層と思われる場所で。



 あれからは大変だった。

 たどり着いたのは、大昔に映画で見たきようりゆう時代みたいな植物が一面に生いしげっている階層。

 ダンジョンの始まり地下一層は、建物の内部みたいな造りをしている。そこから階段を下るにつれて建物の外に出るようになり、やがて人のこんせきがまばらになって、自然物の割合が増えていく。

 完全に人工物がないこの階層は、もはやどれだけ深いのかもわからない。

 ただ、それは完全に悪いことばかりではなかった。

 ダンジョンの浅い層は人工物が多い。つまり、水場や食料を得るのが大変なのだ。出てくるモンスターも生物ではなく、ゾンビやスケルトンなんかの、動く死体がほとんど。手持ちの水と食料でとつするしかない。深い階層は、モンスターとの生存競争にさえ勝てれば、とりあえず食い物に困りはしない。

 その日から俺は大きな木のうろに身を隠してねむった。草木の若芽や、虫、小さなトカゲなんかを食べるところから始まり、少しずつたおせるモンスターを倒していき、気づけばこの階層での生活も安定するようなっていた。

「といっても、結局出れないんじゃなぁ」

 食事中に乱入してきて、たきを踏みつぶしやがった、つばさ付きのトリケラトプスみたいなモンスター。その死体にこしかけてぼやく。冷血動物のくせにデカいからか、ひとはだよりもあったかい。

 体長六メートルくらいはあるモンスターだって、楽に倒せるようになった。ここに下りてきたときは、素人しろうとに毛が生えたようなぼうけんしや――ダンジョンでぜにかせぐ者は、そう呼ばれていた――だった俺にとって、ありえないくらいの成長だ。

 骨付き肉にがぶりとらいつく。味付けもなければきもしていない、なまぐさい肉。とっくに慣れたが。

 食料は問題ないんだ。実力に関しても、ここらの階層を多少上下しながら探索できるくらいには強くなった。ただ、水がなぁ。

 来るときに持っていた、サバイバル用品のじようすいキットはとっくに使い果たしている。ビニールバッグみたいなのに粉が入っていて、すいんで数時間待てば、中にれいな飲み物が出来上がっているという、アレだ。

 この階層には、とても衛生的とはいえないものの、水源が存在する。だからこそ長期間生き延びられた。逆に中層から上の方の階層は水が手に入らないんだよな。

 水がなければ人は動けない。上の方の階層はモンスターが弱いといっても、いつさい水を飲まずにとうできるようなきよじゃない。かといって、このまま一生ダンジョンの地下で暮らすっていうのもがたい。地上にもどったところで何があるってわけでもないが、それでも人間社会ってやつがこいしい。

 ――やってみるか。

 ダンジョン深部から、地上を目指すことがぼうちようせん。聞く人によっては何を言っているんだこいつは、と思われるようなあべこべなじようきようだ。

「ま、最悪ゾンビのしるでもなんでも飲んでやるさ」

 俺ははくの原生林みたいなかんきようで、可能な限りの準備を整えて、逆ダンジョンアタックを開始した。



 地球に突如として現れたダンジョン。それによって世界はファンタジーなものに――ならなかった。人のわくえた力。それはある。ほうや魔法の道具。それもある。ただ、それは漫画やアニメで見るような派手ではなやかなものじゃない。目で追えないような速さで走ることは出来ないし、氷のやりを乱射するようなことだってできない。社会の仕組みだってそうだ。ゆるやかには変われど、劇的な変化は起こらない。

 関東ダンジョンエリア二一層、つうしようしん殿でん墓地エリア」。

 屋外の墓地が延々と広がり、ところどころに神殿のような建物が並んでいる。その神殿の礼拝所によく似た空間で、三人組の若い女性が焚火を囲んで体を休めていた。三人の背後には、小型のドローンが無音でかんでいる。

「それじゃあ、しばらくはきゆうけいになるからみんなも休憩してねー」

 きようこうと細身のけんを装備した少女、スイがドローンに向かって手を振った。

 一人一台、それぞれがカメラ付きのドローンで配信しているのだ。この配信はらく目的でちようする者も多数いるが、元来はダンジョンに入るすべての民間人に義務付けられたものでもある。

 平和な国、日本。そこにとつぜん現れた危険地帯であるダンジョンに、民間人が無資格で入ることなどできない。

 国家資格である特定地下探索者めんきよ試験に合格したのち、いつぱん社団法人特定地下探索者協会と、公益社団法人特定地下探索者協会の二つに加入。それから二か月間の法定研修を受け、地下探索従事者証と、探索中に休みなく配信し続けるドローンを受け取って、ようやくダンジョンに潜ることができるのだ。

 ちなみに両協会の加入費として合計で六〇万円ほどがかかり、さらに年会費として毎年一二万円がかかる。さらに毎年六回の研修参加が義務付けられており、それの参加費用として毎回三万円かかるため、実質の年会費は三〇万円くらいになる。

 単純なダンジョンへのあこがれで始めるには、あまりにも高いハードルだ。

 さらに、ダンジョンで手に入れた物品はすべて協会が強制的に買い取り、入金は月末めの三か月あとばらい。不正が出来ないよう、ダンジョン内では常にドローンにさつえいされ、配信され続ける。

 現代のダンジョンにおいては、ナガのようなチンピラや食いめ者が入る余地はない。

 少女たちのうでについたスマートウォッチからアラーム音が鳴る。休憩を終えたかのじよたちは立ち上がり、大きく伸びをした。

「んんん、あとは階段見つけてちゆうけい地点の設営。ダンジョンこうりやくも楽じゃないですな~」

 黒のせんとうふくとボディーアーマーに身を包み、たんきゆうを手にした少女がドローンにるされた荷物を叩いた。魔法と科学の組み合わせで作られたこのドローンは、白くのっぺりした電子レンジのような見た目ながら、無音で宙に浮かんで撮影・配信を行うばかりか、二〇〇キログラムまでの荷物を運ぶことができるすぐれものだ。

「とはいえ、大事な任務ですからがんりましょうね」

 全身よろいと大きなメイスで物々しい武装をした少女がおだやかな声で言った。装備こそ重量級だが、やさな表情はどこか聖職者のようなこうごうしさがある。

「それはそう。画面の前のみんなもご存じの通り、私たちせんけんたいがビーコンを設置しないと、後続の本隊がにダンジョンをさまようことになっちゃう。さらに下層を目指す人たちも、この階層を探索する人も、ビーコンをたよりに探索するんだから、本当に大事なんだよ」

 スイが指をドローンにきつけるようにして言った。

 肩のあたりで綺麗に切りそろえられたくろかみき通るような白いはだに、長くカールしたまつ毛。胸甲と細剣という装備も相まって、まさにひめといった印象だ。ドローンの表面に表示されて流れる配信コメントにも、容姿にれるようなものが多い。

「それでは、不死ばらいの加護をつけますね」

 重装の少女がメイスを右手でかかげ、左手で小さな宝石のようなものをにぎりながら、小さな声でじゆもんを唱える。

『セ オエ テ イア アイ アヴァツ エ マナ リ』

 メイスからほとばしる白い光を受けた三人は、礼拝所を出た。

 さつそく現れたのはちようけんで武装した三体のスケルトン。がんには黄色のおにれる。

「黄色三、近くにえんきよなし! 楽勝!」

 短弓の少女が元気よく言った。

 スイと重装の少女が走り出すと同時、三体のスケルトンも距離を詰めるように走り出した。

 全身鎧と錆びたスケルトンの長剣がしようとつし、火花を上げる。構わず振りぬかれたメイスが骨盤をふんさいし、スケルトンがバラバラに崩れ落ちた。

 スイは顔に突き出された切っ先をかがむようにけると、一体をり飛ばし、もう一体の骨盤にするどい突きを差し込んだ。また骨が崩れ落ちる。蹴り倒されたスケルトンが立ち上がる前に、スイは左手のひらを向けた。

『アフィ レ オ マロシ』

 指輪が光り、手のひらに生み出された火球が飛ぶ。野球ボールほどの火球はスケルトンの骨盤を的確にかいした。一息ついたところで、短弓の少女が鋭い声を上げる。

「何か来る!」

 月明かりがかげる。冷たい風がいた。

 三人の前にゆっくりと姿を現したのは、ボロボロのローブを身にまとった、じゆつのような見た目のがいこつだった。右手には手斧、左手にはねじくれた木のつえを持っている。

「――レイス」

 スイは息をのんだ。

 くさったが張り付いた骸骨がカラカラとわらう。眼窩の奥に光る鬼火は、赤。

「赤は……厳しいですね」

 いつぱんてきに、アンデッドの強さは鬼火の色でわかると言われている。弱い順に、無し・水色・黄色・赤色。それ以上は観測されていない。事実上、最強のアンデッドと言えるのが、赤の鬼火の個体だ。

「ま、まだ来てる!」

 後方でけいかいしていた短弓の少女が悲鳴を上げた。

 レイスの背後から、さらにもう一体レイスが現れた。眼窩の光は――。

「むらさき、ですか?」

 重装の少女の声はふるえていた。彼女はこのパーティーで最も対アンデッドの経験が豊富だ。だからこそわかる。

「か、勝てません。てつ退たいを」

 言いながら、直感していた。撤退はかなわないだろうと。散り散りに逃げれば、もしかすると一人は生き残るかもしれないが、おそらくそれは自分じゃない。最も重装備な分、最も足がおそい。絶望の中、それでも前に一歩、足を進める者がいた。スイだ。

「バランス型の私が、一番生存率が高いと思う。すきを見て逃げるから、二人は先に逃げて」

 レイスたちに細剣を向ける。逃げろと言われた二人は何かを言おうと口を開け閉めしていたが、スイが魔法のえいしようを始めたのを切っ掛けに、背中を向けて走り出した。

 仲間の自己せいを心がこばんだとて。ダンジョンでは簡単に人が死ぬ。ときにはあっさりと、実力者ぞろいの大集団とて命を落とす。それは、彼女たち自身にとっても例外じゃないと知っていたからだ。

 二人はスイの身を案じながらも、来た道を全力で引き返した。

 強敵。それも複数を一人で相手取るときは、下がりながら戦うのが定石だ。

 宙に浮くレイスの杖から黒い球体が放たれる。大きく横にかいちやくだんした背後から、ねばっこい液体がぶつかった音がした。赤のレイスがすべるように接近。振るわれた手斧をしゃがむように回避。細剣で一突きし、バックステップで距離をとる。

 横にかわす。後ろに下がる。上下にかわす。後ろに下がる。合間合間にこうげきはさみながら、広大な墓地を下がる。

 踏みしめた地面が揺れた。いやな予感がし、即座にバックステップ。ついさっきまでスイが足を置いていた場所に、腐った腕が突き出された。冷たい土をしのけて出てきたのは、目に黄色い鬼火を宿したゾンビだ。

 ひやあせほおを伝う。

 スイがしてしまった想像を裏付けるように、周囲の墓が揺れた。次々と地面からい出て来るゾンビやスケルトン。二体のレイスが嗤った。

「……トレイン」

 スイはくちびるんだ。



 まずい。もう水が切れた。

 太い木をくりぬいただけの、お手製のたるの中身はもう空っぽだ。おので樽の内側をがして、湿しめった木のせんをしゃぶりながらだしでぺたぺたと歩く。

 ゆいいつの救いと言っていいのは、もう九階層も人工物のあるエリアを上がっていることだ。もういくらか進むことが出来れば、他の冒険者やらに助けを求めることが出来るかもしれない。

 助けるメリットがないと見捨てられるかもしれないが、そこはアテがある。リュックには幾らか、金でできたそうしよくひんが入っているのだ。これでこうしようすれば、助けてくれなくとも、多少の水は分けてくれる可能性だってある。

「はぁっ、はぁっ」

 かわきに自然と息が上がる。墓場から起き上がったゾンビの頭をカチ割り蹴とばした。燃料が手に入ったら、こいつらを焼いて蒸留みたいなことをすればいいかもしれないな。可燃物くらい、どっかで手に入るだろう。

 雲に偽物の月がおおわれて視界が悪い。燃料を探すのは次の階層が良いかもな。そんなことを考えていると、はるか先でぽっと小さな光が浮かんで消えた。魔法だ。それもほのおの魔法だ。

 アンデッドはあまり光る魔法を使わない。黒いネチャネチャを飛ばしてくるのがほとんどだ。十中八九、光った場所に人間のほう使つかいがいる。人間が、いる!

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 視界の先には、無数のアンデッドを相手に、下がりながら戦う少女の姿が。

 どうやらトレインを引き起こしているようだが、そんなことはどうでもいい。なんでこんな所に一人でいるのか、そんなこともどうでもいい。

「水ぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 一刻も早くアンデッドを片付けて、水を分けてもらおう!

 俺は躊躇ためらいなく、手斧だけをたのみにアンデッドの群れに飛び込んだ。

 正面のゾンビを掴んで、左のスケルトンとのたてに。ダッキングで次のゾンビのふところに潜り、飛んできた魔法の盾に。右のスケルトンはようついを切り飛ばす!

 大ぶりの剣をかわしたら、はんげきのラリアットで数体き込んでなぎ倒す!

 脳からドバドバと汁が溢れてくるのを感じる。水だ! 人だ! 日本社会だ!

 昔はきようだったアンデッドのトレインだって今となっちゃ楽勝だ。それもまた、なんだかとにかく気持ちいい!

「げ、原始人……? じん系?」

 背後から聞こえる声だって気にならねぇ!

 骨とにくらしていると、目の前に赤い鬼火を浮かべた、ローブ姿のアンデッドが割り込んできた。互いが振った手斧がぶつかり、ね上がる。

「よぅ、久しぶりだなぁ」

 こいつは、俺が身に着けている唯一の衣類、ふんどしの布を提供してくれたアンデッドだ。ちなみに手斧もこいつからうばったものだ。あのときはいのちけの激戦だった。が。

 近くにいた不運なスケルトンのろつこつを掴み、投げつける。飛んできたそれをじやそうにはらったローブろう。その無防備になった手首を切り飛ばした。こぼれ落ちた斧を空中で掴み取り、錆びた斧の二刀流でローブしにり付ける。嫌がって杖を振り上げたときにしゆつしたひざの皿を、奪った手斧が叩き割った。深く食い込んだ手斧から手を放し、ひるんだローブ野郎を蹴り飛ばす。

 吹き飛んだローブ野郎は、アンデッドの群れの足元にもれて、あっという間に見えなくなった。

 やっぱ楽勝じゃねぇか。こうなりゃ勝負は決まったようなものだ。

 長年にわたるダンジョン生活で学んだこと、その一。トレインはやつかいだが、その物量そのものがモンスターのあだになる。足をつぶせば他のモンスターに巻き込まれ潰されるのだ。どれだけタフなモンスターでも、絶え間ない踏みつけ攻撃には耐えられず、すべなく砕け散る。

 視界のはしで、むらさきの光が通り過ぎた。二体目のローブ野郎が、少女にしのび寄っている。なんてきような。

「ゴラァ! そいつは俺の水だぁぁぁぁ!」

 ボサっとしてるゾンビの頭を踏みえて、ローブ野郎に空中からおどりかかる。全体重を乗せたいちげきは、綺麗にそいつの頭をとらえた。

 ばきっ。

 嫌な音がした。右手の内が、急に軽くなる。くるくると斧の頭が飛んでいくのが見えた。

「マジか!?

 振り返ったローブ野郎の眼窩で、紫の炎が躍る。密着する俺を払うように杖が振りぬかれた。とつにしゃがむ。視界の上で、細長いものが揺れ動いた。どくの口から、黒い蛇がずるずると吐き出されている。

「ああああめんどうくせえええ」

 蛇の形をして動いちゃいるが、どうせこれも素材は黒いネチャネチャだろう。アンデッドが魔法で出すネチャネチャは、言うなればのろいのようなものだ。

 油性インクみたいにベッタリとくっつき、ついた部分から体のまつたんにかけて、全ての感覚を奪い取る。肩に食らえば腕から指の順に何も感じなくなり、首につけば視覚ちようかくきゆうかく味覚の全てを奪われる。長時間つきっぱなしにしていると、体力まで奪われて疲れ果てるのだ。

 近くにいたスケルトンをぶんなぐって長剣を奪い、背後のゾンビ一体を斬り捨てる。手斧でおそい掛かって来たローブ野郎の攻撃をバックステップでかわして、口に長剣をねじ込んだ。

「よく噛んで食え、スルメ野郎!」

 背後のゾンビを使って三角びをし、くわえさせた剣のつかがしらに飛びりを入れた。かたいものを突きやぶかんしよくいつしゆんこちらに手を伸ばしたローブ野郎だったが、ふっとその力が抜け、眼窩の鬼火が消えた。

 今のがボスみたいなものかな。それなら後はそうをするだけだ。ローブ野郎が落とした手斧を振るい、残りの雑魚ざこ共を一気に蹴散らしにかかる。

 ――気づけば、立っているのは俺と少女だけだ。

 流石さすがにトレインの大集団を倒すのは、雑魚であれ疲れる。俺は肩で息をしながら、フラフラと少女に近づいた。

「ちょ、え、なに」

 思わずといった様子で少女が身構える。

「み、みず」

「え?」

「水を、くれ」

 渇きの限界だったのだろう。足から力が抜け、俺は冷たい地面とごっつんこした。