隼人が差し出した手を掴みながらも、自分の足の力だけで立ち上がる。隼人は少し笑った。

 窓の外を眺ながめる。放り出されたままのドローンが、所在なげにコメントを垂れ流していた。外はまだ明るい。ロボの野や郎ろう、白昼堂々と襲しゆう撃げきしやがったか。

「田辺っち。ロボの追つい跡せきはできてんのか?」

 田辺は自分のスマートウォッチから、ホログラムで複数のウィンドウを空中に投とう影えいした。指でなぞるように大量の情報を追いかけながら言う。

「監かん視しカメラ等のAI分ぶん析せきで追えているが、ダンジョンの入り口に真っすぐ向かっているようだな。市街地でリザードマンを阻そ止しする手段はない。このまま悠ゆう々ゆうとダンジョンに帰っていくだろう」

 俺は舌打ちをした。荒あらすだけ荒らして即そく座ざに撤てつ退たい。前回もそうだが、引き際ぎわが鮮あざやかすぎる。

「テニスボールでも投げたらそっちに夢中にならねえかな?」

「アメリカの犬じゃないんだぞ……」

 アメリカ作品に出てくる犬はテニスボールが大好きなのは、この時代でも共通認にん識しきだったか。

「で、どうする」

 柚子が言った。どういう意図で聞いたか知らねえが、答えは決まっている。

「奴やつを殺す。舐められたら終わりだ」

 ここでイモ引くわけにはいかねえんだわ。ロボにも舐められ、視し聴ちよう者しやにも舐められ、世界中から舐められる。

 たった一度の敗北。たとえ命を懸かけることになったとしても、それを許すわけにはいかねえんだ。

 もちろん理由はそれだけじゃないが、そこまで言うつもりもない。

 地下二六層での戦いは最悪だった。過去一の痛みを伴ともなう戦いだったかもしれない。正直、二度と関わりたくない相手でもあった。

 リスクばかりでリターンもなく、冒ぼう険けんじゃなくて戦争を強しいられる相手だ。

 それでも、こうなった以上はやるしかない。通り過ぎるのを待てばいい嵐あらしじゃなくなった。

「スイ、いいな?」

「当然だよ」

 打てば響ひびく答えが心ここ地ちよい。

 だが、そこに水を差すやつが一人。

「出来る? 無理でしょ」

「ああん??」

 思わずドスの効いた声が出た。

「何も学習してない。実力も足りない。ロボは私たちが殺る」

「表出ろ」

 わかってねえのか、こいつは。舐められたら終わりっていうのはな。モンスター相手に限った話じゃねえんだわ。

 舐められれば価値が下がる。それは俺たちの命の価値だ。そして、仲間の命を継けい続ぞく的てきに危険に晒すやつは、いずれ仲間からの信用と信頼を失う。

 文字通り、舐められたら全てを失うんだよ。

「いい度胸。格というものを教えてあげる」

「おい、やめないか柚子。永野さん、申し訳ない」

「安心してくれ、隼人君。霊れい安あん室しつ送りで済ませてやるから」

「死んでるね、それ!?」

 気づきやがったか。

 見かねたのか、田辺巡査部長が口を挟はさむ。

「我々の立場からすると、私し闘とうは止めなければいけない。やめてくれ」

「ナガ、ロボと戦うのに怪け我がばっかり増やすのは良くないよ。無視して先にロボを倒せばいいじゃん」

 スイも止めるようなことを言うが、方向性は大きく違った。合理的だ。

 人体っていうのは、使えば使うだけ消しよう耗もうする。魔法で傷を治そうが、世界樹の苗で塞ごうが、失ったものを取り戻せるわけじゃない。血も肉も体力も、どんどん削けずれていく。

 追い込まれた体っていうのは、何かに覚かく醒せいしてパワーアップなんてしない。シンプルに、鍔つば迫ぜり合いに弱くなったり、最後の一ひと押おしが出来なくなったりするだけだ。

「そうだな。こいつら無視してダンジョン行こうぜ。スイの用事は良かったのか?」

「私たちは装備のメンテナンスとか新調してる感じかな。明日には完成してると思う。ナガも時間あるんだし、ちゃんと準備したら?」

「あー、確かにな。次はオイル系とか、ショウガにナツメグ、ローリエ、ローズマリー、トマト缶は持っていこうと思ってたんだわ」

「そういうことじゃないんだよね」

 俺とスイが話していると、隼人が待ったをかける。

「そうはいかないよ。僕らも一いつ緒しよに行くからね」

「はあ?」

 思わず変な声が出た。

 隼人が頭の後ろで腕うでを組みながら続ける。

「支部長から、『職員の永野弘ひろしの救きゆう援えん、および共きよう闘とう』という依い頼らいを受けているからね。ダンジョンに潜もぐるならそれも共闘だ」

「屁へ理り屈くつだろ! ロボが去ったんだから、もう依頼達成じゃねえか!」

「期限が設定されていないんだよね」

 滅め茶ちや苦く茶ちやだ。支部長ちゃんも焦りすぎだって。そのおかげでこんなにも早く救援が来ているのだから、感謝の気持ちもあるにはあるけども。

「隼人の希望。私はロボを仕留められればいい。邪魔しないで大人しく後ろにいて」

 小こ憎にくらしいガキは無表情で淡たん々たんと言った。

 こいつら、二人ともついてくる気かよ。

 苛立ちが募つのるが、脳の冷めている一部分が、こいつらの同行のメリットに気が付いた。

「あー、いや。良いのか。そうだよな。よし、ぜひとも一緒に行こうか。君たちは日本トップクラスの探索者らしい。頼たよりにしているぞ!」

 語ご尾びに星マークでもついていそうな俺おれのセリフに、スイが口角をひくつかせる。

「ナガ、壊こわれた?」

「いいや、全然。冷静に考えてみたんだが、実力が保証されていて、しかも死んでも悲しくない肉の盾たてがいるってクソラッキーじゃねえか?」

 スイと隼人が同時に「うわぁ」とドン引きした。

「流石さすがにそれは失礼だと思う。すみません、うちの野や蛮ばん人じんが……」

「いえいえ、うちのも失礼な物言いが多かったから、お互たがい様さまかなと」

 二人がぺこぺこと頭を下げ合う。小学校のPTAの集まりかよ。

 ともあれ無料で強めの傭よう兵へいを雇やとえたと思えばツイている。

 というかだ。俺としては汚お名めい返上とロボの殺害は別個の課題として切り分けても問題ないんだ。最悪、こいつらがロボにトドメを刺してもいいんだから、手数は多い方が良い。

「善は急げってな。明日の一七時に井の頭入り口に集合。さっさと降りて地下一五層の拠きよ点てんで一泊ぱく。明後日の朝から万ばん全ぜんの状態で、中層を突とつ破ぱ。深層まで一気に降りてから探索するぞ」

「なんで深層なの? ワーウルフたちは中層のモンスターでしょ?」

「ロボは地上侵攻の準備をしている。っつーことは、変身先として強力なフィジカルを持つ深層モンスターの体が欲しいはずだ。それに、俺のことを狙ってきたっつーことは、世界樹の苗も手に入るなら欲しいんだろうよ。あと、大集団の食料を賄まかなえるのは、深層以下の環かん境きようだ」

 ダンジョンは浅い層ほど人工物に囲まれた環境であり、深い層ほど濃のう密みつな生命力に溢あふれた環境になっている。

 軍隊を食わせるなら、被ひ害がいは織おり込み済みで深層に滞たい在ざいしているはずだ。

 俺がロボなら侵攻準備は深層でやる。で、十分な保存食まで得られたら地上へゴーだ。

「人類は早さで意表を突かれたんだ。同じくらいの早さで殴り返すぞ」

 俺の言葉に、スイと隼人は頷うなずく。深刻な表情をする田辺巡査部長が対照的だった。


◇


 恐おそれていたことが起きた。

 各おの々おのが準備に動いた後、スマートウォッチに緊きん急きゆう警報と速報の通知が次々に飛び込んできた。

 どうやら街に潜せん伏ぷくしたワーウルフのうち、ロボの動きを助ける陽動として派手に動いたやつらがいたらしい。

 ひとつ例を挙げるなら、こんな感じだ。

 商業施し設せつでリザードマンに変身して大暴れ。対応に動いた警察官を殺害。義ぎ侠きよう心しんから駆かけ付けた探索者を、警察官に変身して拳銃で射殺。その後は鳩はとに化けて飛び去ったそうだ。

 現時点で判明しているだけで、死者一八名、重軽傷者九一名、行ゆく方え不明者三名。それに人狼に入れ替かわられた可能性が高い者もおり、虫も逃のがさないような施し設せつに隔かく離りされ、取り調べを受けているらしい。

 次はいつどこで現れるかわからず、並なみ大たい抵ていの戦力では太た刀ち打うちできない。最悪のゲリラが街に潜伏している状態になっている。

 戦いの傷きず跡あと生々しい部屋で、ツヴァイハンダーを磨みがく。なんとなくドローンの配信は付けっ放しにしていた。


:何してる中?

:明日から狼野郎のボス殺しにいくらしい

:負けたくせに?

:1勝1敗や。武器があれば勝ち目あるだろ

:大変そう。道民ワイ、高みの見物

:不謹慎すぎる


 ずっと退たい屈くつなシーンを流している。コメントはそんなに盛り上がっていないが、不思議と視聴者は増え続けている。


:親が帰ってこない助けて


 ふと顔をあげたときに流れた悲痛なコメントに手が止まった。

「すまん、助けてはやれない。お前の親の無事を祈いのる。万一のことがあったら仇かたきはとってやる」

 わざわざ言う必要もないんだろうな。俺が変に反応してしまったせいで、コメントが加速し始める。


:助けてやれよ

:ロボに挑むとか無謀なことしないで、地上で頑張ればええやろ

:ダンジョンで戦いたいだけだろ

:ゴブリンさんが戦わねえで誰がロボ倒すんだよ

:万一とか言ってないで慰めてやれよ

:俺も家族と連絡とれない

:いいだろ、本人の自由でしょ。探索者に地上のことまで背負わせるのは違う

:ダンジョン行かないで地上で守ってくれ


 これまでのコメントとは違う必死さが伝わってくる。ダンジョンでの戦いが対岸のショーではなくなり、我わが身みに降りかかる災害となったからだろう。

 身勝手なことだと思う。

「俺に出来んのはダンジョンで戦うことだけだ。だから俺はダンジョンで戦ってくる。お前らは、俺と同じくらい命いのち懸かけて、自分の大事な人を守れよ」


:探索者でも殺されてるんだぞ!?

:なんとかしてくれ

:突き放す言い方しないで

:なんか変な力とか魔法とかないのか?

:そうやって見捨てるんですか

:ゴブリンさんに期待しすぎだろ。探索者も警察も自衛隊もたくさんいるのに

:はやくロボ殺せ


 こいつらは不安なんだろう。行き場のない感情を俺の配信にぶつけている。ロボの本格侵しん攻こうという将来の地獄以前に、目の前の地獄に耐たえきれなくなっているんだ。

 仕方のないことだと思う。平へい穏おんな日常が壊され、命に爪そう牙ががかけられる覚悟なんて、ないのが当たり前なんだ。弱いとは思わない。それが普通というものだ。

 だが、俺がこいつらの感情のゴミ箱になってやる必要もない。

 立ち上がり、綺麗な刀身を取り戻したツヴァイハンダーを正眼に構える。ぐるりと回す体で巻き取るようにして、真横に振るった。音はない。リビングのどこにも当たらず、狭い空間のギリギリを通った刃やいばは、何事もなかったかのように正眼の位置に戻った。

 ――思い通りに動く。

 過去最高に体のキレが良い気がする。

「お前ら、待ってろ。そして、見てろ。不安だろうが、耐えろ。本当の地獄を止めてきてやる」

 コメントが止まった。


◇


 一七時。ダンジョン入り口ゲート前。

 集合の時間だ。俺以外のメンツは全員揃そろっている、どころか、関係ないはずの奴らまで集まっていた。

「おいおい、迂う闊かつに集まるとワーウルフが混ざるぞ」

「お前は人狼ゲーム得意だろ?」

 軽口で返してきたのは山里だった。俺は肩かたを竦すくめる。

 スイ、ヒルネ、トウカ。鬼翔院の二人。山里ら五人。それに支部長ちゃん。

「ナガ。蓮れん君と康こう太た君が見送りに来たがってたよ。けど、家族を守るために家にいるって」

「そうか。ガキのくせに立派じゃねえか」

 家族を守ることより尊いことはねえな。バカだと思っていたが、見直した。

 スイの姿を改めて見れば、装備が変わっている。

 金属製だった胸きよう甲こうは、ライトグリーンの鱗うろこのような質感に。新たに首についた細いチョーカーにはびっしりと魔ま法ほう言語が刻印されている。武器は細さい剣けんから、錫しやく杖じようのような長い杖つえに変へん更こうされていた。

「思い切ったイメチェンしたな」

「攻こう撃げきのリーチと魔法の火力を上げてみたの」

 良い選せん択たくだ。正直、細剣じゃあ急所に刺さしても死なないようなモンスターだっているだろうしな。

「で、ヒルネは面おも白しろい仕上がりだな」

「へへへ」

 基本的な部分は変わっていないが、短たん剣けんの他に、体の各所にベルトでナイフを固定している。グリップ部分に引き金のような構造があり、ナイフのケツから小さな金属缶がはみ出していた。

 ワスプナイフ。敵に突つき刺したあと、体内に高圧のガスを吹き込み、内側から爆ばく散さんさせるナイフだ。実際に使っているシーンは見たことないが、随ずい分ぶんと凶きよう悪あくなものを持ってきている。

「トウカは――戦争でもするつもりかよ」

「ふふ、戦争をしに行くのですよ」

 色んな感想を呑のみ込んで、ようやく出たのがこの言葉だった。

 上品に笑うトウカだが、その姿は上品とか下品とかそういう次元じゃない。一言で表現するなら――SF兵士。

 無骨な重機をそのまま人間の外側に張り付けていったようなデザイン。腰こし回まわりにバカでかいユニットがついており、足の外側に沿うようにユンボのアームみたいなのがついて、体重を支えている。腕うでにも同様のパーツがついており、右腕からは杭くいのようなものが飛び出していた。

「え、それがパワードスーツで合ってんのか?」

「はい。火力と体重の不足を補うために、特別に用意いたしました。右腕のこれは、メイスの代わりにパイルバンカーを取り付けました」

 俺は絶句した。

 一人だけ何か違いすぎる。

 確かに二五年前時点で、実用的なパワードスーツは幾いくつも販はん売ばいされていたし、軍用の試作品では、こういったごっつい代しろ物ものも作られていた。だが、いくらなんでもこれは……。

「男の方って、こういうのがお好きなんですよね?」

「間ま違ちがっちゃいねえが……」

 恐ろしいポイントその二が、パワードスーツの表面におびただしい魔法言語が刻まれていることだ。物理的にもガチムチで、魔法的にも強化されている。もうこれ、トウカ一人で勝てるんじゃねえか?

「ナガもちょっと装備変わったね」

 そうだ。俺自身も少しばかり装備を変えている。

 メイン武器はツヴァイハンダー。これは変わらずだが、ちゃんと手入れをしたことで、切れ味なんかは上がっている。

 服装は変わらずの戦せん闘とう服ふくだが、体の各所にプロテクターを仕し込こんでいる。強化樹じゆ脂し製せいの軽くて頑丈なやつだ。それと、腰こしの後ろ側にククリナイフを取り付けてある。

「今回は本気出さねえとな。山里たちは完全武装だが、もしかして手伝ってくれんのか?」

「おう。貸しイチな」

 本当に助けに来てくれたらしい。そこまで深い付き合いでもないのに、良い奴らだ。

「今度ご馳ち走そうを用意してやるよ。俺の手料理だ」

 山里は顔をくちゃっとさせた。どういう感情の顔だ、それは。

 シャベルマンも気合が入っているのか、今日はシャベル二刀流。なんか怖こわいから触ふれないでおいた。

 俺は鬼翔院の兄きよう妹だいに声をかける。出発のこの瞬しゆん間かん、憎にくまれ口ぐちは無しだ。

「よお、俺はお前らの戦い方も実力も知らねえ。道中で適当に戦って判断させてもらう」

「勝手にしろ」

「よろしく。僕も永野さんの戦いを生で見られるのを楽しみにしているよ」

 俺は隼人だけと固い握あく手しゆを交かわした。

 んで、支部長ちゃんだ。

「支し度たくに必要な金の前入金、助かったぜ。給料の払はらいが早い雇い主ぬしは、良い雇い主だ」

 支部長ちゃんはなぜか沈ちん痛つうな面おも持もちだ。

「私は――正直、あなたがロボを討とう伐ばつする必要は無いと思っています」

 小さな声だった。

「なんでだよ。俺ほど理由がある奴もいねえだろうが」

 俺の言葉に顔を上げる。

「はっきり言いましょう。あなたは人生の半分をダンジョンに囚とらわれました。そして持ち帰った情報は、多くの探索者が一生を費ついやしても足りないほどのものです。あまつさえ、今回のロボの件でも既すでに十分な貢こう献けんをされています」

「――――いっぱいがんばって、かわいそうだね。やすんでなさい。ってことか?」

 支部長ちゃんは唇くちびるを噛かんだ。

 ダンジョンに囚われたとか、どれだけ人類に貢献したかとか。そういうことじゃねえんだよ。哀あわれまれる義理もなければ、褒ほめられる謂いわれもない。

 ただ、俺にあるのは個人的な事情だ。俺自身が心の底からそう望むからこそ、足は前に出る。

「俺を侮あなどるな。借りは返すもんだろ」

 俺は支部長ちゃんの返事を待たず、背を向けた。

 これ以上の話は要いらねえ。支部長ちゃんも、蓮と康太君も、田辺巡査部長も、視聴者のみんなも、あとは地上のことに専念すればいい。

 俺がダンジョンの階段に足を踏ふみ入れると、仲間の三人がすぐ後ろに続いた。さらに後ろから、ぞろぞろと一緒に潜るメンバーが続く。

 目標は狼おおかみの王、ロボの首。


 ダンジョンアタック開始だ。