四章



 二日間の検査入院を経てわかったのは、何もかもさっぱりわかりません、ということだった。あと血圧が高い。ふざけんなよ。

 入院病びよう棟とうの個室に軟なん禁きんされ、空いた時間はひたすらに報告書を書かされ、味の薄い病院食を食わされた。ようやく解放されて支部長ちゃんに会いに行けば、めちゃくちゃ事務的なやり取りで終わりだ。ちなみに今回はおえおえしていなかった。

 スイたちは何やら忙いそがしいらしく、次の探索まで時間があいてしまった。そんなこんなで暇ひまを持て余しているところに勧すすめられたのが配信だ。

 アホくせぇな、とは思う。だが支部長ちゃんに、「多くの人と関わることで、現代の社会性を身に付けてください」と説教されてしまったからな。そう言われてしまえば反対する理由というか、意思も湧かねえよな。


 東京に建てられた高層マンションの一五階。一LDKの一室が、俺が協会から貸してもらっている部屋だ。

 家のリビングで床ゆかに座り、ドローンのカメラをオンにする。

「あー、これでいいのか? こっち側から画角とか見れねえのか?」

 色々と弄いじってみた感じ、スマートウォッチと連れん携けいさせることで、色んな機能が使えるようだ。昔のPCなんかよりも、よっぽど直感的な操作ができる。


:あれ、配信ついてる?

:なにこの何もない部屋。ダンジョン?

:ダンジョン(地上1層)


 コメントがゆっくりと流れ始めた。どうやらやり方は合っているようだ。

 俺は家の近くの移動販はん売ばいで買ってきたビールを開ける。なんと驚おどろきのアルミ缶かん。生きとったんか、お前って感じだ。資源の再利用効率が良いとかで、ほとんどの容器が金属製になるという、昔じゃ考えられないことになっている。

 あと、コンビニみたいな店もかなり減っていた。

 移動販売のオヤジに話を聞いたところ、都内は不動産価格が上がりすぎて、小売りは割に合わないらしい。世せ知ち辛がらい話だ。


:酒飲んでらあ

:飲酒雑談?

:ゴブリンさんの飲み配信か、ほな帰りますね


 ぽつぽつとコメントが増えていく。

 昔見た配信だと、コメント一いつ切さいなくて途と中ちゆうで話すことなくなって切っちゃってた人がいたりしたな。スイのお陰かげで多少の知名度があるからか、随ずい分ぶんとやりやすい滑すべり出しだ。

「なんか我らが多摩支部の支部長ちゃんが配信でもしろって言うからな。しゃーなしつけた。特に話す話題とかもないから、好きに質問でもしろよ」

 喉のどを潤うるおしながら言う。

 ビールは味が変わらんな。長い歴史のある飲み物だ、たった二五年間ごときでは変化しないってことか。


:スイちゃんとはどんな関係ですか?


「最初に来た質問がそれかよ。本当に気持ち悪いな」


:出張おつ。女配信に帰れ

:まだだ、まだどっちかわからない♂

:ゴブリンさんガチ恋説あるな


「どんな関係も何も、全部配信で垂れ流してるだろうが。アーカイブにたっぷり残ってるから全部見てこい。次」


:ヒルネちゃんとはどういう関係ですか?


「面めん倒どうくせえな。配信消すぞ」


:やめて

:クソコメすんなカスぅ!

:うちのが失礼しましたぁ、堪忍してつかぁさい(もみ手)


「配信全部みりゃわかること聞いてきたら、特定して家に行くからな。次」


:世界樹の苗って具体的になんなん? リアタイしてたんだけど、よくわかんなかった


「あー、いい質問きたな。これ、病院で改めて精密検査したんだが、正直よくわかってない。仮説も込みの、現状わかってることだけ話してやろう」


:ええ質問や

:質問者ないすぅ!

:スイちゃんの人気に乗っかるように配信してるのに、それについて説明しない不誠実な態度ってどうなんですか?w

:あれ見ててちょっと引いた

:リアタイぼく、食い合うシーンで、リビングで悲鳴上げちゃった


 結構な人数が気になっているようだ。一いつ匹ぴき紛まぎれているのは、コメントを上位表示に固定してあげよう。

「まず、世界樹の苗そのものについては、サンプルすら取れていねえ。俺の体に寄生しているのは、神経にべったり張り付いていて、迂う闊かつに採取すれば体への侵しん襲しゆうが大きすぎるってんで、出来ていないな。あとな、単体で切り取ろうとすると、逃にげる。体の中這はいずりまわって、切り取られないようにすんだよ。肩の傷を覆ってんのを取ろうとしたら、一いつ斉せいに逃げやがったせいで、激痛と出血多量で大ダメージ食くらったわ」


:ひえ

:戦闘時よりダメージでかそうで草

:体の中動いても、それ自体は痛くないのか?

:そのままデスねばよかったのに


 もう一匹固定な。

「で、こいつなんだが、少なくとも二種類の作用があるらしいな。まず傷口を覆っていたような、物理的な作用。それと、神経伝達物質やホルモンに似た、細さい胞ぼうのレセプターに作用するたんぱく質を吐はき出す作用」


:ガチ寄生虫で草枯れた

:レセプターってなんぞや

:↑人体はタンパク質で出来てる。情報のやり取りもタンパク質。情報を受け取る場所がレセプター。メッセージボックスみたいなもんや


「このたんぱく質自体は解かい析せき中だが、とりあえずアドレナリンに似た構造のものを吐き出すってのはわかった。俺が怒おこりっぽいのは世界樹の苗のせいってことだ。わかったな?」


:嘘乙

:絶対もとからだろ

:変なもの食うから……

:世界樹の苗「冤罪です」

:キレ慣れてるキレ方してるんだよな


 視し聴ちよう者しやが誰も納なつ得とくしてくれない。やはりこいつら全員敵だな。

 ちなみに世界樹の苗については、協会から採取依い頼らいが出ている。次に見つけたときは、全部は食べずに持って帰ってこいとのこと。大半は喰くっていいのかよってな。


:なんでダンジョンから出てきたときブチ切れてたん? 正直印象悪かった


「次はこれだな。お前ら、自分のこととして想像してみろよ。薄うす暗ぐらいダンジョンで、どこから敵が現れるかもわかんねぇ環境。そこで寝ね泊とまりしながら戦って戦って、神経尖とがらせまくった状態から、大歓声とフラッシュ。神経バッチバチになるぞ」


:あーね?

:確かにキレるわ

:それでも言い過ぎやろ。普通にやめてって言えばええやん

:悪意がないとはいえ、って感じか?

:んー、それでもあれはなぁ


「納得しないならそれでいい。俺は俺に配はい慮りよしない人間に配慮しない。それだけだ。次」

 かなり賛否両論だな。実際のところ、俺自身もそこまでキレる必要あったか、なんて思うところもある。だが、山里含ふくめ誰もそこで言葉にして止めなかったということは、一つの意味を持っているはずだ。

 それに。俺らがやっている命のやり取りがショーにされている、というのを強く実感したんだよな。死なないため、生き延びるために神経を尖らせていることに、全く頓とん着ちやくしない想像力のなさ。エンタメとしてダンジョン探索を捉とらえているからこその、認識の緩ぬるさと無む配はい慮りよをぶつけられてしまった。


:どうしたら彼女ができますか?


「いい質問だな。ダンジョンで二五年間たった独りで暮らせば何かわかるかもな。次」


:一番美味かったのって何?


「ぶっちゃけると、初めてダンジョン潜もぐったときに持ち込んだ羊よう羹かん。慣れないときの探索って、マジで疲れるんだよな。役立たずだの帰れだの給料の無む駄だだからここで死ねだの怒鳴られまくるし、足の裏はクソ痛いし裏腿ももまでその日のうちに筋肉痛。意味わかんねぇくらい肩こって、首どころか喉ぼとけの辺りまでバキバキ。そんな状態で食った一〇〇円の羊羹が、死ぬほど美味かった」


:パワハラやばすぎ

:時代感じるわ

:山登ったときのキャラメルめちゃ美味いからわかる

:思い出補正ありそう

:関係ないけど山らへんにある蕎麦屋ってやたら美味くないか?

:死ぬほど疲れたときの甘いものクソ美味いよね


「ダンジョン内で食ったモンスターの話をしてやりてぇんだが、二五年間味付け無しだったからな」

 あくまで俺の感想だが、塩すら振れない良い肉は、そこらのサラダチキンにも劣おとる。塩という旨うまさの着ちやつ火か剤ざいが必要なんだ。火がねえ火薬は、カイロの鉄粉より温ぬるい。


:ワーウルフについて詳しく聞きたいんやけど、結局戦争? になんのか?


 俺おれがちゃんと答えると分かったからか流れの速くなったコメントの中から、これが目に留とまった。

 ワーウルフ関連については当然ながら協会と話してきている。部分的に開示できない情報もあるが、大部分は公開して良いと言われた。

「ワーウルフと戦争になるかって話だと、協会のお偉えらいさんは、そうなると思っているみたいだな。それがイメージされる『戦争』ってものになるかは、正直わかんねえな。なにせ自衛隊が強すぎる」

 自衛隊――ひいては先進国の軍隊は、二五年前と比べて劇的な変化は起こしていない。調達が安定していて、信しん頼らいできる技術で、組織的に運用できるものを使う。ともなれば、そうそう変わりはしないってことだ。

 ダンジョン内の戦闘に合わせた幾いくつかの新兵器や技術なんかは運用されているが、基本的には二五年前とそう大差ない。

 そりゃそうだよな。二〇二五年に最さい先せん端たんだったF35戦せん闘とう機きの初飛行は、諸説あるが二〇〇〇年頃ごろだ。M2重じゆう機き関かん銃じゆうだって、一九三〇年代の銃を使い続けている。軍隊の装備更こう新しんはクソ遅おそい。

 それでもだ。ぶっちゃけ剣だの槍やりだので倒たおせるモンスターなんて、集団で運用される現代兵器の前には敵じゃねえ。


:自衛隊の地下30層前哨防衛線ヤバすぎ。30ミリ機関砲が火力過剰すぎるわ

:自衛隊の弱点は人数少ないことくらい?

:市ヶ谷の直下はどんくらい攻略されてるんやろな

:自衛隊の広報で見る攻略と比べたら、正直探索者は存在がお遊びだわ


「おう、そうだな。まぁ自衛隊は国を守ることが主題で、俺たちは資源や情報を持ち帰る経済活動が主っていう違いがあるらしいがな。今回の事案は国防に寄ってるから、自衛隊がメインで動くらしいぞ」

 なんて言いつつ、嫌いやな予感が拭ぬぐえないところがある。

 支部長ちゃんから、俺たちに依頼が来たのだ。いや、依頼っていうのはちょっと変な表現になるかもな。正確に言い表すなら「お願い」ってところか?

「ただ、それはそれとしてだ。協会があの狼おおかみ男おとこ――仮かし称よう『ロボ』の首に懸けん賞しよう金きんをかけた。要は、早い者勝ち総取りの暗殺依頼みたいなもんだ」


:ふぁ!?

:賞金首!?

:なんで暗殺?

:特定のモンスターに懸賞金かけたことあったっけ?

:激やば情報じゃん

:ソースは??


「ソースもなにも、今日か明日には公表されると思うぞ。ワーウルフとの戦争は、頭を押さえりゃ止まるって判断かもしれねえな。それにダンジョンの専門家集団としてのプライドもあるかもしれねえ」

 ワーウルフが地上を目指すのは、種族全体としての行動というより、俺が戦った狼男――ロボによる行動と考えられている。ロボさえ倒せば、一ひと先まずは危機が去って元通りってわけだ。

 金額については正式発表前で濁にごされたが、ケチな探索者協会にしては大きな額を用意しているそうだ。まぁどちらかといえば、ロボの討とう伐ばつ時に得られる情報の方が、民間企き業ぎように求められる分で高い価値がつくかもな。

 飲み干した缶はそのままに、二本目を開ける。

「あとシンプルに、大規模に放たれる斥せつ候こうみたいな側面もあるだろうな。金に釣つられた探索者たちがガチでロボの捜そう索さくをしてくれりゃ、自衛隊の防衛線も楽に敷しける」


:あーね

:実際に倒せるかはともかくってことか

:偵察依頼と違って、成果なければ金払わなくていいしな

:大人ってずるい

:正直すべての出入り口を守るには公務員の人数が足りなすぎるもんな


「つっても、危険性も高いだろうから、実際のところどれくらいの人数がやろうとするかだな」


:ゴブリンさんとの戦闘見てたら、避ける探索者も多そう

:上位層が挑むくらいか?

:ぶっちゃけ探索者の強さって見ててあんまりわからん。ゴブリンさんってどんくらい強いの?

:↑かなり上澄みだぞ

:喋るモンスターってだけで敬遠するやつらもいそうよ


 配信で話しているのは表向きの内容だ。

 視聴者たちは自衛隊とワーウルフがぶつかり合えば、必ず自衛隊が勝つと信じている。補給の困難さがあるとはいえ、自衛隊がモンスターとの戦闘で負けたことはないらしいからな。

 世間全体の印象だってそうだろう。自衛隊は強い。モンスターなんか敵じゃない。負けやしない。

 普通のモンスターならな。

 ワーウルフの特性を考えたら、普通の戦闘にならない可能性もある。ロボは俺をコピーしたときに、身につけている服や剣けんもコピーした。銃や砲ほうごとコピーされる可能性だって捨てきれない。モンスターと戦うためにダンジョンに潜っているのに、突とつ如じよ榴りゆう弾だんが撃うち込まれたりしたら洒落しやれにならねえ。

 ひっそりと殺された隊員、ひっそりと殺された部隊に化けられる可能性だってあるしな。

 未知の変身能力が相手だ。犠ぎ牲せいになっても構わない、探索者という生産性の低い素人しろうとをぶち当てて、ワーウルフの能力を検証したいという意図が含まれているはずだ。

「かなりハイリスクだ、俺も避けたいところではあるが――」

 俺の言葉をチャイムの音が遮さえぎった。

 インターホンのモニターを見ても、誰だれも映っていない。

「……なんだ?」


:凸ったやついる!?

:室内だけで特定できるか?

:凸!?!? よりによってゴブリンさんに!?

:人気配信者みたいで草


 配信のコメントに視線を戻した途と端たんに、もう一度鳴る。おいおい、ダルすぎるだろ。

「よし、殴なぐりに行くか」

 玄げん関かんのカギを開けた。その瞬間、俺とほぼ同じ体格の男が飛び込んで来る。反射的に殴りつけるも、タックルに押し込まれ、室内に転がされた。

「いってぇな。誰だよ……」

 ぐわっと全身の血管が広がった。脳内で鳴りだす警けい鐘しよう。

 目の前に、俺と全く同じ顔。そいつはにちゃりと口元を歪ゆがませた。

「――ロボ」

「ははは、そう呼ばれることになったらしい。久しいぞ、世界樹の仔……」

 最悪だ。最悪だ。なぜ、俺の家に。

 手が無意識に動いて武器を探す。が、当たり前に無い。武器は部屋に固定された鍵かぎ付きのロッカーにしまってある。

「よお。お前が俺のファンだったなんて知らなかったよ」

 立ち上がろうとしたところに飛んでくる回し蹴げり。両りよう腕うでをクロスさせて受け止めた。

「地上侵しん攻こうは終わったのか?」

「これからだ。大群は目立つし、準備も必要故ゆえにな」

「そうかい、ハンカチと水すい筒とうは忘れんなよ!」

 言いながら殴りかかる。コンパクトなジャブ二連、右ストレートを囮おとりに、左のボディブローが綺き麗れいに突つき刺ささった。

「がっ……」

 意外なことに、ロボはあっさりと体をくの字に折った。効いている?

 何が理由かは知らねえが、怯ひるんだところにもう一発。小さく跳はねながら、顔面に膝ひざをぶち込んでやった。

 仰のけ反ぞったロボが、鼻に親指を当てて鼻血を飛ばす。これはあまり効いてねえな。顔面に膝の方がダメージはでかいはずなのに、明確にボディブローの方が効いていた。

「さては、変身に使った体はダメージが蓄ちく積せきされる仕組みだな?」

 俺のコピーは、ツヴァイハンダーで腹をぶち抜いてある。時間を置いての再変身でも傷が残されているんだろうな。表面的に塞ふさがれた傷を治すような、回復魔ま法ほう系の回復手段をロボは持っていねえ。

「目立たぬよう人の姿を借りたが、傷が邪じや魔まだな」

 ぐにゃりと体が歪み、二足で立つ爬は虫ちゆう類るいの姿になった。リザードマンか。

 同じ相手に化けると、傷なんかは残る。で、本人が目の前にいなくても、変身先みたいなのはストックされるってことだな。

 リザードマン。

 全身が鱗うろこに覆われ、頭部がトカゲに酷こく似じした人型のモンスター。体格や鱗の色は個体によって様々で、身長は一メートルから四メートルまで確かく認にんされている。

 非常に頑がん強きような肉体を持っており、身長とほぼ同じ長さの尾おは力強く、尾だけで体を支えたりぶら下がったりもできる。脚あしは太く短く、なんなら人というよりも某ぼう怪かい獣じゆうの王様に近い体格かもしれない。

 ロボが化けたのは二メートル程度のサイズ。室内だと圧あつ迫ぱく感がある。

「そんな強そうなのあるんなら、この前出せば良かっただろうに」

 試ためしに放ったローリングソバット。顔面に綺麗に命中した。でっかいゴムの板を蹴けったような感かん触しよくが返ってきた。足の裏の先に、小こ揺ゆるぎもしない不敵な顔があった。

 だめだ、素す手ででどうにか出来る相手じゃねえぞ。

「この体は少々不慣れでな。これくらいの狭せまさなら不慣れだろうが膂りよ力りよくで圧あつ倒とう出来る」

「いやあ、狭すぎて向いてないと思うぜ。コボルトくらいにしておけよ」

 ガチで膂力だけで圧倒されそうだ。小手先の技術も通じないだろう。

 入居したばかりでほとんど荷物がないのも痛い。物が色々とあれば工く夫ふうの余地もあるんだが。

 雑に放たれた前まえ蹴げり。容よう赦しやねえなおい!

 転がるようにかわして、リビングに逃げ込む。背後で何かが粉ふん砕さいされる音がした。最初から備え付けてあったスタンドライトを掴つかみ、槍やり投なげの要領で投とう擲てきした。ロボは裏うら拳けんであっさり弾く。砕くだけたガラスを平気で踏みつけ、こちらに向かってくる。

 何か、何か使えるものは……。


:大丈夫!?

:やばいって。通報、通報しなきゃ

:警察に電話した!

:警察じゃないだろ、ダンジョン協会か!?

多摩支部:状況を確認しました。応援を派遣します。

:逃げてくれーーーーー

:ゴブリンさんなら大丈夫だろ、信じてるぞ!

佐藤翠:場所どこ!?


 配信も大盛り上がりだな、おい。

 俺はドローンを捕つかまえると、荷物を固定する用のロープを伸のばした。窓を割り、ドローンを外に追い出す。

 カウボーイのようにロープの先端をぐるぐる手元で回した。

「うちは訪問販売も宗教勧かん誘ゆうも受け付けてねぇんだわ。ご退室いただくぜ」

 ドア枠わくに手をかけ、めりっと凹くぼませながらロボがリビングに入って来た。本当に規格外の力だ。指先が平然と木枠を潰つぶしている。

「思い通りにさせない為ためにここに来ているのだ。カウボーイ」

 そして、カウボーイという言葉を知っているっつーことは、俺の知識もコピーで奪うばわれていると考えた方が良さそうだ。いや、今いま更さらか。俺の家を特定している時点で、現時点での知識は全部抜ぬかれちまってんな。

「ところがどっこい、今までそれをどうにかしてきたから、俺はここにいるんだよ」

 惰だ性せいで生きてちゃすぐに死ぬ場所にいたんだ。そして、きっとそれはロボも同じ。

 振り回されるロープの先端を、警けい戒かいするようにロボの目が追う。なまじ俺の知識があるからこそ、ただのロープには見えねえだろ。

 ドローンの積せき載さい量りようは二〇〇キロ。説明書きでそれなら、実際はもっとあるだろ。ひっかけちまえばワンチャンスが生まれる。ドローンで引っ張り、俺も押し出しにかかれば、窓の外に突き落とせるかもしれねえ。いかに頑がん丈じようなリザードマンといっても、マンションの高い階から落ちりゃ死ぬ。

 窓まど際ぎわで釣りを狙ねらう俺と、それさえ避けりゃ勝てるロボは、狭いリビングで睨にらみ合った。

 迫せまる敗北に一発逆転を狙う。まるで、じりじりと財さい布ふの中身が消えていく中、スロット台に最後の万札を入れる瞬しゆん間かんに似ている。

 怖いとか焦あせるとかじゃなくて、なんか吐き気けがしてくるんだ。こういうときは。

 口が乾かわいて張り付きそうになる舌を回す。言葉は無料の弾たまだ。時間稼かせぎでも、動どう揺ようを誘さそうでもいい。無駄でもいいから、撃てるだけ撃つ。

「でっけえ戦争するってのに、俺一人をシバくためだけに、王様の単独潜せん入にゆうか。やることがねぇのか、人望がねぇのかどっちだ?」

「単独? 余がいつそんなことを言った?」

「うっそだろ、おい」

 マジ?

 これから街中で地じ獄ごくの人じん狼ろうゲームが始まるのか?

「貴様が顔色を変えるのは愉ゆ快かいだな」

「笑ってんじゃねえぞ」

 最悪だ。最悪なんて状態には幾らでも下があるが、その中でもかなり底に近い方の最悪だ。

 相手が嫌がることをするのは戦いの定石だ。それは構わねえが、やり方が反則過ぎる。相手の変身待たないタイプの怪かい人じんだろ、これ。

「ダンジョンからモンスターが出てくるってのはよ、普ふ通つうはゴブリンとかが群れで『わー!』って叫さけびながら出てきましたーって感じだろうが。お前らじゃねえんだよ、普通。話が違う、帰れ。やり直しだバカ」

「生あい憎にくと、人間の普通には疎うとくてな」

 そう言ったロボは、手元の壁へき材ざいを握あく力りよくだけで毟むしり取り、振ふりかぶった。

「それも反則だろ!!」

 思わず叫ぶも、投擲は止まらない。白い粉を散らしながら飛んできた、石せつ膏こうのような建材。

 下手にかわせば体勢を崩くずす。そうすれば、唯ゆい一いつの逆転の目を失う。なら、甘んじて受けるしかねぇ!

 ぐっと体に力を込こめて身構えた。飛んできた礫つぶてが左ひだり肩かたに当たる。予想を超こえる激痛に、目がチカチカとした。

「――っ」

 漏もれそうになる声を、歯を食いしばって抑おさえる。頭皮からぶわっと汗あせが噴ふき出した。

 ロボが嗤わらう。

「世界樹の苗なえは傷を塞ぐだけだ。痛かろう」

「そうだな。失しつ恋れんの胸の痛みってこんぐらいかなって感じだ」

「減らず口を」

 再び飛んでくる礫。顔面に飛んできたそれを、額で受ける。白い粉が散った。

 垂れてきた血を舐なめとる。

「白しろ塗ぬりにしてどうするつもりだよ。ちくしょーって叫べばいいか?」

 冷めた目で俺を見たロボは、また投擲。

「いつまでもつか、楽しみだ」

「俺って結構、我が慢まん強づよいんだよな。サウナでも最後まで座すわってるしな」

 爬虫類のぎょろりとした瞳ひとみが、すっと縦に細くなる。

 苛いら立だちから、幾いく分ぶんと力の籠こもった振りかぶり。それに合わせて俺もロープを投げつけた。俺が我慢強いわけねえだろうが。そもそもサウナは行かねえよ!

 薙なぐように飛ぶロープの先端を、ロボは床に手をついてかわす。そうだよな。隙すきだらけに見えても、そのくらいの警戒はする相手だ。

 だが。

 一足で大きく跳とんで、ロープの端はしを空中キャッチ。元から投げ縄の要領で上う手まくいくなんて思っちゃいねえ。投げ縄込みで隙を作り、直接縛しばって外に捨ててやる!

「気き概がいだけは認めよう。だが……」

 顔面が木こっ端ぱみじんに吹ふっ飛ばされるような衝しよう撃げきが走った。視界が真っ白に染まり、世界から音が遠くなる。鼻の奥おくから焦こげ臭くさいにおいがした。

「が、ぁ……」

「足りていない」

 うっすらと見えるシルエット。そこにいたのは、尻しつ尾ぽを振り抜いた姿勢のロボだった。周囲の壁かべが薙ぎ払われて抉えぐられている。

「くっそ。何が慣れてないだ。バチバチに活用してるじゃね……かはっ」

 往復ビンタのように反対側から振られた尻尾に殴られ、壁に叩たたきつけられた。しっかり両腕でブロックしたというのに。衝撃に、肺から全ての空気を吐き出した。

 粉ふん塵じんが派手に巻き上がる。こいつも相手が弱ったら追つい撃げき入れるタイプかよ。

 俺がめり込んで砕けた壁の中に、水色のコードが見えた。とっさに握にぎり、引っこ抜く。千切れた線が剥むき出しになったコードの先端をロボに見せつけた。

「はは、俺もツイてるな。てめえのお陰で、逆転の策が出来たぞ」

「……電線、だったか?」

 俺に変身していたときの、俺本体の記き憶おくが残っているのだろうか。ロボは不快そうに言った。

「人間ってのは、道具を使って足りないモンを補えるから強いんだよ。バチバチと活用してやんよ」

「たかが一〇〇ボルト……いや、どうだ?」

 ロボは俺が持つ電線が、自分に致ち命めい傷しようを与あたえられるかを気にしているようだ。いいぞ、迷え。時間は俺の味方だ。

 沈ちん黙もくをもってロボと数秒間の睨み合いを続ける。言葉からは悟さとらせねえぞ。嘘うそでも真実でも、発言は思考を加速させるものだ。余計なことを口にしなければ、ロボは判断材料に不足し続ける。

「……まあ良い。貴様を喰うのはあくまで副次的な目標だ。ここは引いてやろう」

「逃げんのか?」

「はははははは。犬ですら構って欲ほしいときは自分からおもちゃを持ってくる。次は貴様がダンジョンに来るが良い。もちろん、のんびり待っていれば再びこの場所で相あい見まみえるだろうがな」

 ちっ。時間稼ぎすらさせてくれねえか。見かけ上の有利状況に固こ執しつしない。判断力が高すぎるな。

 ロボはくるりと背を向ける。ふてぶてしいその背中に跳び蹴りしたい衝しよう動どうをぐっと堪たえた。

 挑むことすらできない俺を、ロボは鼻で笑って堂々とした足取りで立ち去っていく。

 手に持っているコードをよく見ると、透とう明めいなグラスファイバーがはみ出している。思わず力が抜けて座り込み、数秒前までの頼たのみの綱つなを放り投げた。

「通信用じゃねーか」

 あぶなかった。自覚無しの、ただのハッタリだったらしい。ロボの人間社会への知識が俺ベースで良かったよ。なにせ、俺は現代社会に一番無知な日本人とも言えるからな。

 部屋に静けさが戻もどった。床ゆかにこぼれた、飲みかけの缶かんビールがしゅわしゅわと音を立てている。

 大きく息を吐いた。

 死ぬかと思った。完全な敗北。言い訳のしようがない。

 そうさ。世界樹の苗だなんだと言ったって、所しよ詮せんは人間。生身の力なんてたかが知れている。どれだけ殺し合いの経験を積んだところで、獣けもの相手には勝てねえ。

 今生きているのは、大きな奇き跡せきだ。

 ――傲ごう慢まんになっていたのかもな。

 知識として強者たちのことは頭にあったんだが。

 戦いの中で生き延びてきたということは、逆接的に、俺は全ての争いに勝ってきたってこと。

 水不足やら金欠やら、昔を振り返れば就活やら、目に見えないものに負けることがあったにせよ、力で捻ねじ伏ふせられたのは、初めてかもしれない。

 掌てのひらをぼんやりと見た。

 大きな爪つめもなければ、鱗もない。柔やわらかな皮と肉しかない。こんなモンスターがダンジョンにいたら、初心者向けの練習台だろ。地球じゃ天下の霊れい長ちよう類るいを気取っていても、武器がなければこんなもん。ましてやダンジョンのモンスターと比べりゃ、非力もいいところだ。

 にわかに玄関が騒さわがしくなった。応援の到とう着ちやくか?

 拳けん銃じゆうを構えながら入って来たのは、懐なつかしの田た辺なべ巡じゆん査さ部長と、三人の警察官。その後ろに、細剣一本だけひっさげたスイ。あと探たん索さく者しやっぽい知らない男女。

 俺は片手をあげた。

「永なが野の、無事か?」

 慎しん重ちように部屋中に視線を巡めぐらせながら、田辺巡査部長が問う。

「よお。無事に見えるか?」

「生きてはいるな」

「そうだな。生きてる。だが、タコ負けのボコボコだ」

 スイが横から顔を出した。

「ナガ! 大だい丈じよう夫ぶ?」

「貧びん乏ぼうなのにビール無駄にされて、マジ泣きそう」

 へらへらと笑うと、スイは泣きそうな顔をした。今の俺、赤と白にまみれて、ピエロみたいに笑える顔してるはずなのにな。俺以外の全員が真しん剣けんな表情をしている。やめてくれ、情けなくてキツいぜ。

「田辺っち、市街地にワーウルフが紛まぎれ込んでるらしい。人間に化けている可能性もあるし、野生動物に化けてる可能性もある」

「安心しろ、もう上に伝わっている。あと、誰が田辺っちだ」

「あとな。たぶん、拳銃程度じゃ話になんねえよ」

 人間ですら殺せるかギリギリの武器なんだ。目にでも当てなきゃ有効打にならないだろ。

「承知の上だ。だが、今のお前は守るべき市民の一人だ」

 すげえ覚かく悟ごだ。警察官の覚悟は、探索者の覚悟のそれと種類が違う。無む駄だ死じにだろうが、とにかく助けには行くっつーことかよ。守るべき対象に入れてもらえたことに、なんとも言えない気持ちがこみ上げる。

 応援に来た探索者のうち、女の方が俺の前に進み出た。おかっぱの日本人形みたいな顔したガキだ。

「無様な姿」

 初手喧けん嘩か腰ごしかよ。

「喧嘩か? やるか?」

 おじさんは女子どもでも、フルパワーで殴れるタイプだぞ。もちろん男も殴るし人狼もぶん殴る。

「先に喧嘩を売ったのはそっち。私は鬼き翔しよう院いん柚ゆ子ず」

「僕ぼくは鬼翔院隼はや人と」

 黒くろ豹ひようを思わせる、引き締しまった肉体の男も出てきた。

 っていうか、鬼翔院!?

 俺が配信で地じ雷らい踏ふんだ相手じゃねーか!

 やばい。いや、冷静に考えたら別にやばくもないのか。

 なんか勝手に怒っているだけで、俺は悪意を込めて誹ひ謗ぼう中傷したわけでもない。つーか別に喧嘩売ってねえよ。

「リアルファイトがご所しよ望もうなら、鬼翔院様専用ってタグつけて出品してやるぞ?」

「いい。死に体に興味はない」

 柚子はつっけんどんな態度だ。喧嘩したいのかしたくないのかわかんねえな、これ。

 兄貴っぽい様子の隼人が頭を掻かきながら、申し訳なさそうに言う。

「すまないね。柚子が一方的に君のこと意識しちゃってるみたいでさ。なにせ、これまで配信で見る君の戦いは凄すさまじいの一言に尽つきるからね。まるで、人間の野生と闘とう争そう心しんを絞しぼり出すかのような戦い方だ」

「ついに無様を晒さらしたけどな」

 それも全世界に生なま中ちゆう継けいだ。手も足も出ず、はったりだけで見み逃のがしてもらった姿を。

「これで君の価値が下がると思うのは、見る目がない者だけだよ」

「どうだか」