地下二三層と二四層の間の階段まで、大所帯だからこその数の暴力で強行突とつ破ぱした。

 誰だれもが激しい連戦に疲れ切っていたのだろう。キャンプの用意をすると、それぞれがテントに潜り込んで、すぐにいびきをかいて寝ね始めた。

 太めの木材で組まれた焚たき火びが、時折バチッと弾ける。煙けむりが組まれたバリケードを通り抜け、ゆっくりと階段を上がっていった。

「ナガ、寝ないの?」

「もう少しすれば寝るさ」

 意味もなく、バールを火搔かき棒代わりに焚火をつつく。

「悩なやみ事ごと?」

 隣となりに人が座すわる気配がした。

「悩み事っちゃ悩み事だな。別にセンチメンタルな気分になってるわけじゃねぇが」

 燃え上がる炎ほのおに細い薪まきを放ほうり込めば、すぐに燃え上がり、ぐにゃりと反り返った。

「ただ、今が機会なのかもしれねぇな。スイ。お前、しばらくダンジョンに潜るな」

 狼おおかみ男おとこと戦ってから、考えていた。

 ダンジョンの入り口が生まれてからの歴史は短い。だが、狼男の口ぶりからして、ダンジョン内という世界はずっと昔から存在している。ぽっと発生したものじゃない。

 なぜ、俺おれたちの世界は繋つながったのか。ダンジョンの上層の方が易しい環かん境きようで、潜るほどにモンスターが強くなるのはなぜなのか。世界樹の苗もそうだ。

 ダンジョンは不可解に包まれているというのに、命の奪うばい合いに関してだけは、あまりにも都合がいい。まるで神様が「殺し合え」と言っているかのようだ。

「それは、私が力不足だから?」

「戦せん闘とう力りよくって話なら十分だろ。そうじゃねえ」

「じゃあ、なに?」

「これからのダンジョンは、もう楽しい冒ぼう険けんの場じゃねえ。人狼との戦いもそうだし、世界樹だのなんだの、キナくせえんだよ。真っ当な人間が潜る場所じゃなくなる」

 肌はだ感覚でしかない。根こん拠きよに欠けるし、勝手なことを言っている自覚はある。だが、近い将来のダンジョンは、もっと命が軽くなる。そんな気がすんだよ。

「心配してくれてるの?」

「違ちがう。もったいねえんだよ。お前らみたいなちゃんとした人間が、立派な理由を持ってダンジョンに潜る。それが、なんか違ぇんだ」

 俺はこんなときにまでカメラを回しているドローンを軽く睨にらんだ。

 配信があって、キラキラした人気商売になっちゃいるがよ……殺し合いのショーなんつーのは、元は奴ど隷れいの仕事だろうが。

 いうなれば、俺は今の日本社会において新参者だ。だからこそ、あるものをあるがままに認識していた。だが、そうも言えなくなってきた。

 剣けんを手にモンスター相手に立ち回り、未知の世界を切り拓ひらいて、地上に帰れば人気者。夢のある話だ。――だが、そんな夢物語に、あんな狼男との殺し合いはあったのか?

「ヒルネがよ、狼男を刺さしただろ」

「……うん」

「最高だったな。あの一いち撃げきがなけりゃ、俺たちジリ貧ひんだったかもな」

「そうだね」

「斥候の身軽さを活いかした、最高の攻こう撃げきだった。小さな刺し傷きずなのに、戦局を変えたな」

「うん」

「あれ、見てて気持ちのいいモンだったか?」

 スイは口を閉ざした。

 そうだよな。あれは戦闘でも狩かりでもない。これ以上なく「殺し合い」を意識させるものだった。外側から眺ながめている視聴者たちには、この感覚は伝わらないかもしれない。けれど、現場で対面していたスイにはわかっているはずだ。

 皮肉にも、スイに殺しを意識させたのは、敵ではなくてヒルネだったんだと思う。一いつ緒しよに頑がん張ばって来た同年代の女の子がした動きだからこそ、我わが事として突つき刺さる。

「これからはああいうことも増える、んじゃねえかなと思う。こういうことをするのは、もう暴力でしか生きていけない人間だけでいいじゃねえか」

 細い薪は炎の中に崩くずれ、どこにあったのかももう分からない。

 スイが俺の手元に積んである薪に手を伸のばした。細い薪を三本まとめて手にとり、炎に投なげ込む。

「ナガ、面おも白しろくないよ。大人みたいなこと言うじゃん」

「めちゃくちゃ大人だろうが」

 横を向き……思わず息をのんだ。真っすぐな、澄すんだ瞳ひとみだ。初めてスイと目があったような錯さつ覚かくさえ覚えた。

「一緒に戦っていい? って聞いたよ。ナガは『当たり前だろうが、サボんな戦え』って言った」

「それは…………いや、言った。確かに言ったな」

 それとこれは違う、そんな言葉は嚙かみ砕くだいて飲み下す。そんなもん口から出したら、それこそガキにとっての『大人みたい』じゃねえか。

「ナガってさ、ちょいちょい怪け我がするよね」

「まあな」

「あと、ちょいちょい追い込まれるよね」

「別に戦闘力に特化してるわけじゃないからな」

「なのに、前に前に出て他の人を庇かばうような戦い方をする。トウカが言ってたみたいに、自分の心配ができてない」

「おいおい、俺の心配をしてくれてんのか?」

「してる。私の言葉で混ぜっ返さないで」

 強い言葉に、今度は俺が口を閉ざした。文章として形をなさない言葉たちが、脳の表面を上うわ滑すべりしていく。

「ナガは見た目はヤバいし、言葉も荒あらいし、やってることもヤバいし、妙なもの食べるし、変なのに寄生されてるけど、それでもいい人だって思ってるし、感謝もしてる。少しでもナガの助けになるなら、私はもっとナガと一緒に戦いたい」

「俺は……別にいい人間じゃねえよ」

 流されやすいだけだ。

 周りに流されて進学し、就活に失敗したら非正規雇こ用ようを渡わたり歩き、周りに流されてるうちに立派な荒くれ者の出来上がり。ダンジョンの環境に慣れれば野や蛮ばん人じんに仕上がって。

 今は単に、年下との状じよう況きように流されて、保護者っぽくなっているだけだ。俺自身の善性なんてねえんだよ。そもそも性しよう根こんの部分に芯しんなんてねえんだから。

「ナガに命を救われてる。逆に、私だってナガの命を救ったと思う」

「ああ。助けられちゃいるよ」

 否定できねえことを持ち出すなよ。

「これからだって、それでいいでしょ」

「俺の話、聞いてたか?」

「聞いてたよ。面白くないって。ヒルネとトウカがどうかは知らないけど、これからあんな戦いが増えるならなおさら、私はナガに一人で戦って欲しくない」

 ほんのりと、狂きよう気きすら感じるような声こわ色いろに、俺は溜ため息いきをついた。いや、溜息をつくことしかできなかった。

「そうかよ」

 ほら、また流された。

 弱いから邪じや魔まだ、とでも言えればよかったんだろうか。突き放はなすべきだったのかもしれないのに。三〇ほど年下の子の言葉に、こんなことしか返せない。

 手て慰なぐさみに放り込まれた細い薪たちは、後先なんて知らない様子で、強く燃もえ盛さかっていた。


◇


「昨日何かありましたか?」

「めっちゃ色々あっただろ」

 集団の最さい後こう尾びをトウカと一緒にのんびり歩く。

 折れていた腕うでは魔ま法ほうで繰くり返し治ち癒ゆしていたおかげでほぼ治っているようだが、衝しよう撃げきでまたぽっきりいかないよう、戦闘から外されている。

「あ、いえそうではなくてですね。今朝からコメントが荒れているようでして」

「ほー」

 あれかね。昨日スイと突っ込んだ会話をしていたから、嫉しつ妬とするのが出てきたか?

「昨日、人の言葉を話す狼男がいただろ。それ関係でな――」

 離はなれた場所にいたトウカに、昨日の戦闘の様子と、スイとのやりとりのあらましを伝える。

「なるほど、そういうことでしたか。私も早く怪我を治さなければいけませんね」

「おいおい、お前も戦う気かよ?」

「あ、別に私はナガさんと肩かたを並べて戦いたいとか、そういう理由ではございませんよ。単純に、ナガさんと一緒に行動するのが、ダンジョンや魔法の真理に一番早く辿たどり着けそうだと思っただけです。場合によっては、私にも世界樹の苗が必要かもしれませんし」

 トウカは聖女のような穏おだやかな顔で、にっこりと笑った。もしかすると、こいつが一番覚かく悟ごガンギマリのヤバい女だったかもしれねえ。

「ですが、今後は戦い方を変えなければいけないかもしれませんね」

 トウカは自分の腕を見ながら言った。全身鎧よろいだった武装は、肩から前ぜん腕わんまで一体のパーツが外されている。腕を折られた際に、関節周りのパーツがひしゃげてしまったからだ。

「体格も膂りよ力りよくも体重も足りてねえからな。敵の火力が上がってきたら、そりゃだんだんとキツくなる」

「痛感いたしました。不本意ですが、強化外骨格を導入いたします」

 えぇ、マジかよ。魔ま法ほう技術を修めるために、ここで現代技術持ち出してくんのかよ。いいのか、それで。ヒーラーらしく後衛に下がるとか、なんかこう魔法パワー系で強化とか、普ふ通つうはそういうルートだろ。

「家に連れん絡らくを入れておきました。次にダンジョンアタックするときには用意できているかと思います」