「悪くない」

「そいつは期待しちまうな」

 息を吸う音すら聞こえる至近距離で、互いに武器が使えない俺たち。考えることは同じだった。

 ぞぶり。と。互いの歯が、肩の肉を抉えぐり合った。いってぇな、おい。

 散々色んな命を食ってきた俺だが、それでも食われることに慣れちゃいない。

 口に入った肉片を飲み下し、吼える。

「らぁぁぁぁぁぁッ!!」

 全力の頭ず突つき。狼男は仰のけ反ぞった。その顔面を一発、二発、三発とぶん殴なぐる。返しの右ストレートをもろに食くらい、視界にチカチカと白い光が瞬まばたいた。

「はははは、狼への理解の欠片かけらもない癖くせに、動きはまるで獣のそれだ」

 腹に馬鹿みたいにデカい剣が刺さっているくせに、狼男は笑う。

「同類だってか?」

「まさしく同類だ。どうだ、頭を垂れて詫わびるのであれば、我らの末席には加えてやるぞ」

「見えてる泥どろ船ぶねにはカチカチ山の狸たぬきでさえ乗らねえよ」

 狼男に刺さるツヴァイハンダーをずるりと引き抜く。刀身の中ほどは刃やいばが潰つぶされているせいで、刺したまま切り裂さくことができない。

 零こぼれ落ちた内臓など意に介かいさぬ様子で、狼男は横合いから飛んできた火の玉を掌で受け止めた。

「残念だ。次はこのような小勢ではなく、より大きな戦場で相あい見まみえることとしよう」

「次なんてねぇよ」

 振り抜く切っ先は、首を刎はねる軌き道どう。完かん璧ぺきな一閃は、しかし、空を切るだけに終わった。

 変身を解いたのか。四つ足の狼が、くるりと体の向きを変えて走り去っていく。

 オオオオォォォォン……。

 オオォォォォォォォン……。

 逃げる狼男の吠ほえ声に呼応するように、あちらこちらから遠吠えが響き、ライカンスロープやコボルトたちが波のように引いていく。

 現れるときの粘ねばつくような空気とは違い、去るときはあまりにもあっさりとしていた。

 残されたのはなぎ倒された草原、コボルトたちの死体、そして疲ひ労ろう困こん憊ぱいした仲間たち。

 今回ばかりは俺も疲つかれた。ツヴァイハンダーを引きずりながら、倒れているヒルネのところに向かう。

「やるじゃねえか」

「あ~~~」

 仰向けのまま変な声を出している。生きてはいるようだ。

「壊こわれたか?」

「どどどおぐにぢが」

「何言ってんだお前」

 狼男の方が人間語上う手まいぞ。

「喉の奥に血が?」

 スイがしゃがんでヒルネの顔を覗のぞき込こむ。ヒルネはこくりと首を動かした。

「よくわかったな」

「なんとなくね。喉に血って、仰向けだからじゃない?」

 ヒルネがぴょこりと体を起こすと、鼻血がつーっと垂れた。

「あ、なおりましたー!」

「お前、馬鹿だろ」

 顔面に強烈なのを貰もらった割には元気そうだ。鼻折れて変な顔になっていたりもしない。美人の鼻び骨こつ折せつは見れたもんじゃないからな。昔は深夜の歌か舞ぶ伎き町ちようを歩けば、ホストに殴られて鼻からプロテーゼ飛び出してる子とかいたもんだ。それはちょっと違うか。

「で、お嬢様はどうなってるやら」

「一番重じゆう傷しようなのはナガさんですよ。私の前に、ご自身の心配をなさってください」

 覚おぼ束つかない足取りで、トウカがこちらに向かってくる。両腕には添そえ木ぎがされており、顔は真っ赤だ。

「おう、歩けるのか。骨折で熱出てんな、顔赤いぞ」

 おでこに手を当てるまでもない。

「ナガさんはそれどころじゃないでしょう」

 と、言われても頑かたくなに自分の傷口は見ない。こういうのって、ちゃんと認にん識しきした瞬間にアホみたいに痛くなるんだよな。

「あれ? 傷ふさがってない?」

「お、マジ?」

 背せ伸のびをして俺の肩かた口ぐちを覗くスイ。戦せん闘とう後ごってのに良い匂においがするな?

 しっかし、そんなレベルの負傷じゃなかった気がするんだが。意を決して傷口を見た。

「なんだこれ!?」

 一いつ瞬しゆんバカみたいにゴツいカサブタかと思ったが、よくよく見ると、細い草の根のようなものが、傷を覆おおうようにビッシリと絡んでいる。キモすぎてびっくりしたわ!

「もしかして俺、人間やめた?」

「もとからやめてたけど、方向性変わってきたね」

 みんなもドン引きだ。

 これが世界樹の苗ってやつなのか? 名前の割に神聖さとかミリも感じねえし、寄生虫みたいな生態してるし、ほんとロクでもねぇな。いったいどこで寄生されたのやら。

「たまには日の光にあてたりした方がいいのか……?」

「心配するところ、間ま違ちがってない?」

 それもそうだ。なんで寄生虫の健康を気にしなきゃいけないんだ。

「その、なんていうか。本当に大丈夫、ですか?」

 ヒルネが気き遣づかうような表情を見せた。トウカは聞いていないが、スイとヒルネは狼男とのやり取りを知っているんだもんな。

「正直わかんねぇな」

「そんなぁ」

 泣きそうな顔すんな。まだ出会ってから日も浅いだろうが。

 勝手に他の生き物の体に棲すみついて、生物種としての枠わくを超こえた力を発揮させる。そんなものが良いわけがない。なんて思いはするが、俺が世界樹の苗とやらに寄生されていなければ、今回のヤマはキツかったのも事実。

 人間もモンスターも強化する世界樹の苗。モンスター同士の世界のダンジョンで、生態系に大きな変化が起きていること。知性のあるモンスターが地上を目指していること。

 どれだけ広大かわからないこの階層のモンスターが一個の軍に纏まとめ上げられたら、どれだけの規模になるのか。

 考えなければいけないことが多すぎる。そして、そのどれもが俺たちだけの手には余る。探たん索さく者しやライフが始まったばかりなのに、随分と大きなトラブルに巻き込まれちまったな。

「山里ォ!」

「はいはい、聞こえてるぞ」

「全員無事か?」

「細かい傷は幾いくつもあるが、デカい負傷はそっちのヒーラーちゃんが治してくれたぞ」

 俺に自分の心配をしろと言う割に、自分の怪我を押おして他人の治ち療りようをしてるんじゃねぇか。

「うちの子に無む茶ちやさせんな。殺すぞ」

「流石に理り不ふ尽じんだろ!」

 何はともあれ、俺たちは全員無事で生き残ったようだ。妙みような結束感が生まれたような気がして、俺たちは笑った。


:笑うと歯が真っ赤でこわひ……

:ゴブリンさん同士の共食い怖すぎた

:家の近くにダンジョンの入り口あるから、今すげえ不安

:ゴブリンさんの体大丈夫か?

:理不尽で草

:これ、勝ったってことでええんか?


 終わったと判断したドローンが近づいてくる。今となっては見慣れた、戦闘の決着を告げる景色だ。

「帰ろう、地上に」

 スイの言葉に、全員が頷うなずいた。