「喰くえと。喰えば強く成れると、体に植え付けられた世界樹の苗なえがそう言っているのだ」

 踏ふみ込んできた狼男が、短剣のような長さの爪を振り下ろした。ツヴァイハンダーで受ける――重いッ!?

 ぐっと沈しずんだ体に力を込めて、ゆっくりと押し返す。

「植え付けられた……あーね? なるほどな?」

 俺の全身の神経に絡からみつく寄生虫のことかよ。どこで口にしちまったか知らないが、世界樹とやらに寄生されてんのが、世界樹の仔ってことか。

 空いたもう片手で打ち込まれる貫つらぬき手。そいつをぐるりと回した剣けんの柄で受け止める。突き飛ばされるように、俺はよろよろと下がらされた。

「狼連中でお前だけやたらと力が強いのも、その世界樹とやらのおかげってか?」

 ツヴァイハンダーを槍のように持ち、コンパクトに突く。狼男は涼すずしい顔で、首を傾かしげるだけで躱かわした。

「少量とはいえ、貴様自身も身に覚えがあるだろう?」

 あるな。

 漫まん画がやゲームの主人公みたいな強さではないが、体の割に力が強くなっているとは思っていた。自分の身みの丈たけよりも長いツヴァイハンダーを振り回せているのも、きっとそういうことなんだろ。

 接近からの垂直への蹴けり上げが来る。横にステップで躱すが、袈け裟さ懸がけのように、斜ななめに踵かかとが振り下ろされる。スウェーで避さけるが、胸むな元もとに小さな裂れつ傷しようを負った。狼だけあって、狼おおかみ爪つめ――手足の付け根の爪――が生えてやがる。

 反はん撃げきに狼男の軸じく足あしに放ったローキックは、電柱でも蹴ったかのように硬く、微び動どうだにしない。

「ワーウルフ達たちのコピーにお前のようなパワーがねえのは、世界樹の影えい響きようか?」

「複数の命に変身できるのであれば、単身で群れを作れるではないか」

「逆説で否定みたいな面めん倒どうくせぇ喋しやべり方かたすんな、平安貴族かよ」

 いずくんぞ、なんちゃら、あらんや。じゃねぇんだわ。知らねぇしダリィわ。

 蹴り足を引き戻もどす勢いで、体をぐるりと回してツヴァイハンダーを叩きつけた。が、これまで圧あつ倒とう的てきな破は壊かい力りよくを誇ほこって来たこの大たい剣けんが、両手の爪でがっしりと受け止められる。

 ぎりぎりと押し合う。

 ダメだ、マジでパワー負けしてる。壁かべを押しているようだ。相手の方が屈くつ強きようで、相手の方が素す早ばやく、相手の方が小回りが効き、相手の方が打たれ強い。体のスペックが違い過ぎる。

 再度弾はじき飛ばされた。ノックバックした俺に、追つい撃げきの貫き手が迫せまる。なんとか剣の腹で受けるが、押し倒されるように転がされた。腹にずっしりとした重み。完全にマウントポジションを取られた。

 頬ほおを草が撫ぜる。ああ。これだよ。不快な、不利な。地面の感かん触しよく。

 命を直接触さわられているような、首裏の冷たさだ。

「世界樹の苗をたくさん食ったから、そんなタフガイになったのか?」

「世界樹の苗は大いなる力を齎もたらしてくれる」

「そうかい」

 俺は狼男の両腕を掴つかむ。刃は物ものの塊かたまりのようなそれを自分の顔に近づけ――掌てのひらに咬かみついた。

 ――じゃあ、喰ってやるよ。お前の中の世界樹の苗を。

 歯を立てた瞬しゆん間かん、自分の顎にかつてないほど力がかかった。ごわごわとした毛を押しのけ、ぞぶりと肉に突き刺さる。パキパキと細い骨を砕くだく感触。

 首を振り、肉を引きちぎった。口の中に広がる、強烈な鉄と獣の臭い。

 くせえし、キモいな。病気になりそうだ。

 右手の小指付け根あたりを食いちぎられた狼男が吼ほえる。

 口内に入った肉片から這はい出た細長い何かを飲み下して、残った肉片を吐はき捨てた。マジで寄生虫飲んでるみたいで、最悪な気分だわ。つーか、世界樹の苗以外に、普通の寄生虫も飲んでそう。

「おーえ。よお、食レポ聞きたいか?」

「随ずい分ぶんと死にたいようだ」

 俺おれに腕うでを握にぎられたまま、力ずくで爪を押し込んでくる。不意をついて多少喰いちぎったところで、マウントをとられていることに変わりはない。

 鋭するどい爪の先が、俺の首の皮にぷつりぷつりと穴をあけていく。ぴたり、その動きが止まった。

 ドンッ。

 急に視線を逸そらした狼の頭が、爆ばく炎えんに包まれた。力が緩ゆるんだ隙すきに、体を捩ねじるようにして、狼男を横に転がす。急いで立ち上がり、ツヴァイハンダーを拾った。

「ナガ! 生きてる!?」

 こちらに左手を向けたままのスイ。お前、最高だよ。ピンチの度に何かしてくれるじゃねえか!

 型もなにもなく、力任せにツヴァイハンダーを振る。咄とつ嗟さに腕うでで受けた狼男の、右腕の肘ひじから先がくるくると飛んだ。

 相手が怯ひるんだらもう一発ぶち込め。誰しもが小学校で習うことだ。

「そっちはいいのか?」

「みんな頑がん張ばってる。たぶん大だい丈じよう夫ぶだよ」

「そうか」

 こちらに来るスイが、通り抜ぬけざまにコボルト三匹を斬きり捨てた。

 俺は斬り飛ばした腕を拾い、鮮あざやかな血を流す断面に口をつける。再び、世界樹の苗ってやつを飲み下した。

「ナガ、それ大丈夫なやつ?」

「たぶんだが、絶対にダメなやつだな」

「えぇ……」

 狼男は怒いかりに顔を歪ゆがめ、犬歯を剥き出しにして唸うなる。

「二対一だぜ。諦あきらめてお縄につけ、お前は包囲されている。お母ちゃんも泣いてるぞ」

「舐めた真ま似ねをしてくれる。勝った気になるのはまだ早いぞ?」

 狼男の姿がぐにゃりと歪む。変身能力あんのかよ!

 させまいと斬りかかるが、甲かん高だかい金属音とともに弾はじき返された。

「――うそ」

 スイが呟く。

 そこに立っていたのは、ツヴァイハンダーを構えた俺だった。俺の姿になった狼男が、興味深そうに手に持つツヴァイハンダーを眺ながめながら言う。

「ほう、人間の手というのは、まるで武器を扱うために生まれたような形だな」

「こちとら棒きれ握りしめて一〇万年だからな。入った年季が違ぇんだわ」

 変身で怪け我ががなかったことになるの、ズルすぎるだろ。それに俺自身の姿なんて、一番喰いづらいぞ。

「さっきから人間を見下すようなこと言ってたけど、人間の姿になるなんてプライドないの?」

「ない」

 狼男は堂々と言い切った。

「人じん狼ろうの一族を束ね、地上に出る。それを成す為ためならば、プライドなど要いらぬ」

 狼男は頭上でゆっくりとツヴァイハンダーを回し始めた。俺も逆回転で回し始める。

 目に映る感情は、悲ひ哀あいか?

「不毛の地に縛しばり付けられ、その日の糧かてを得るためにより深き地に潜る日々。深き地に潜れば潜るほど、世界樹の仔という人狼の天敵は数を増す。飢うえた者が人間にバラバラと挑いどんでは命を落とす。以前はもっといたのが、今では数種しか残っていない!」

 最大の速度を得た一いつ閃せんに、全く同じものをぶつける。激しく火花が散り、お互たがいに一歩下がった。斬りかかったスイを易やす々やすと弾き飛ばしながら、人狼が吼える。

「余が! 地上に! 人狼の未来を築く!」

 俺の顔で、ジョー・ファレルの歌みたいなこと言ってんじゃねえよ。だいたいな。

「てめえらの都合なんて知らねえんだよ!!」

 俺とスイの二人がかりで斬り込むが、木刀のようにツヴァイハンダーを軽々操あやつる人狼に、なかなか決定打が入らない。さりとてこちらもお互いの隙をカバーし合えるため、ノックバックしても致ち命めい的てきな一撃を貰うことがない。

 心身をヤスリにかけるような千日手だ。

「人狼が飢えていようが苦しんでいようが、俺には関係ねえんだよ。ばーか滅ほろびろ人狼種!」

 互いに放った突きが、互いの肩を削る。相手の方が引き戻しが早い。風のような速さで放たれる追撃を、スイの細剣が跳はね上げた。

 がら空きのスイの胴どうに飛んでくる蹴りを、一歩踏み込んで俺が受ける。

 喉の奥からこみ上げる血の塊を、狼男に吹きかければ、不快そうな顔でバックステップした。

 とん。

 その音は、あまりに小さかった。だが、狼男の体はびくりと大きく揺れた。

 大おお柄がらな体の陰かげに、小さな少女の姿。腰だめにした短たん剣けんを、体当たりの要領で、狼男の背中に刺している。戦いでも暗殺でもなく、まさに殺人といった絵面だった。

 狼男の目が大きく見開かれ、ゆっくりと己おのれを刺した相手の姿を捉とらえる。振り払はらうような裏うら拳けんが、ヒルネの顔面にぶち当たる。交通事故のように跳ね飛ばされた小さな体が、仰あお向むけに倒たおれた。

「ヒルネ、お前は最高だな」

 完全に意識を逸らされていた狼男の腹に、ツヴァイハンダーが根本まで突き刺さった。

 狼男の口から溢れだした血が、無ぶ精しよう髭ひげを真っ赤に濡ぬらす。

 串くし刺ざしにされた狼男の手から武器が落ちた。瞳どう孔こうが揺れ、それからにんまりと笑えみを浮うかべる。

「そうか。貴様の血は、こんな味か」

「どうだ、美う味まいかよ」