三章



 地下二五層と二六層には極きわめて大きな違いがある。それは。

「めっちゃ晴れてますわー……」

 ヒルネがぽかんと口を開けて空を見上げる。

 広がる青空、中天を越こえやや傾かたむく太陽。足元には膝ひざくらいの丈たけの短い青草が風にそよいでいる。遠くには小さく建物の影かげが見えた。

「階層降りたら、斥候は警けい戒かいだぞ」

「あ、すいません」

 気持ちはわかる。地下二五層までは、屋内だろうが屋外だろうがずっと薄うす暗ぐらい。だが、地下二六層からは昼夜の区別がある。

 この階層の地理的な特とく徴ちようを言うなら、廃はい村そんってところか。放ほう棄きされた耕作地と、ところどころに点在する集落。この集落で意外と物資が手に入るんだよな。

「あそこの集落に、採取物を預かってくださるパーティーがいるようです。ビーコンを立ててくださっています。一ひと先まず合流いたしましょう」

「わかった。ヒルネ、俺と先行するぞ。スイとトウカは、俺たちが踏ふんだ草の右側を必ず歩け」

 スイとトウカは理解していないながらも、頷うなずいた。

 ヒルネと二人きりで、小走りで先行する。いくぶんか距離をとれたところで、ドローンから取り出した槍やりを一本地面に突つき刺さし、ローブを引き裂さいて作った布切れを縛しばり付けた。

「何してんですか?」

「二本の目印を作って、その間に罠わなを張る。こんな目立つもんがあれば、斥候なら周り調べて理解するだろ?」

「なるほどですなー」

 草を束ねて先端を結ぶ。単純な足掛かけ罠だ。綺き麗れいな輪にする必要はない。こういうのは、雑でも数が大事だからな。

「なんでわざわざこんなモン作るのかっていうとな。この階層で出るのはコボルトとワーウルフなんだよ」

「ワーウルフって人じん狼ろうでしたっけ。なんか関係あるんですか?」

「コボルトもワーウルフも、移動は四足歩行だ。あと、あいつら地味に知能が高い。過去に遭そう遇ぐうしたときには、上半身に緑のカーディガンを着ていた。奇き襲しゆうされると面めん倒どうだから、せめて片方くらいは塞ふさいでおくんだ」

「うわぁ、斥候泣かせですわー」

 やつらは草に紛まぎれるように、低い姿勢で走りたがる。だからこそ、雑な罠でもブッ刺さる。

 ところ変われば、同じモンスターでも厄やつ介かいさが段だん違ちがいで変わるんだ。それに、こうして道を作っておけば、帰りも楽だからな。


:これ全探索者がやったら、この階層くっそ楽になりそう

多摩支部:探索者が仕掛けた罠の目印用の資材と、その周知の準備をします。

:秒で公式反応してんの草原生える

:腰痛くなりそう(三十路並感)


 慣れれば簡単なもんよ。ガキの頃ころはちょっと長い草を見つけたら、暇ひまをいいことに作りまくって大人に叱しかられたもんだ。手首を回しながら「くるりんちょ」のリズムで一個仕上がる。

「ヒルネ。斥候に大事な技能ってのは三つある」

「うす」

「単独で生きて帰ること。違い和わ感かんを見み逃のがさないこと。知識があること。この三つだ。逆に言えば、これに関係しない分の技能は必要ねぇんだ」

「……はい」

 ちまちまと草を結んでいく。地味だ。だが、この地味な作業が斥候の仕事だ。振ふり返れば、もう二〇メートルも防衛線が引かれている。地味さに耐たえてコツコツやってりゃ、そのうち結果はついてくるんだ。

「でも、ナガさんって知識すげー偏かたよってますよね」

「……ダンジョンに関係しない分のは必要ねぇんだ」

 一〇〇メートルくらいは草の罠を敷いただろうか。いったん槍を立てて小休止する。

 実に面倒くせえよな。これだから斥候は嫌いやになる。俺一人だったらこんなことはしないでサクサク進むが、今はチームがいるしな。それに――。

「草結ぶだけなのにめっちゃ疲つかれましたわー」

 手をぷらぷらと振りながら、後ろを振り返るヒルネを見た。こいつに経験を積ませてやらないとな。

 本当に小ちっちゃいな、こいつ。俺が身長一九〇くらいで、こいつは一四〇くらいか? 細くて小っちゃくて、捕つかまえたら片手で振り回せそうなくらいの体格差だ。

「腰は痛くないか?」

「全然平気です!」

「若いな」

「ナガさんも体は若いじゃないですかー」

 若いな、なんてつい言ってしまったが、腰が痛くない理由は他にあるだろう。シンプルに、小こ柄がらな方が腰を痛めづらい。

「それにしても、異様に静かだな。不自然な草の揺ゆれもねぇから、近場で潜せん伏ぷくしているってわけでもなさそうだが」

「先行のパーティーが蹴け散ちらした、とかですか?」

「それにしちゃ血の匂いがしなすぎる。もっと五感全部を使え」

「すんません」

 ダンジョンは広い。この階層にしたって、横へ横へと移動した場合、どこまで続いているのか見当もつかない。モンスターに意思がある以上は、好き勝手に動いた結果、たまたまここが空白地帯になる可能性もゼロじゃないが……。

「ちょっと危険な感じがするな。荷物預ける予定のパーティーと情報交こう換かんがしたい。ヒルネ、先行してくれ。うちが罠わな仕し掛かけながら進んでいることと、静かすぎるってことについて伝えて、向こうからも知っていることを聞いて戻ってこい」

「おけです!」

 飛び出す小さな背中を見送る。足が草に絡からまないよう、膝を胸につくまで上げて走る。それなのにバタバタした音は立てていない。

 天才、なんだろうな。

 ヒルネは斥候の才能を持っているが、経験がモノをいう斥候という業種だからこそ、才能に気づけていない感じがする。

 一人でチマチマと草結びの続きをしていると、スイとトウカが追い付いてきた。

「ヒルネは偵てい察さつ?」

「いんや、合流予定のパーティーへの伝令だな」

「メッセージ機能でも使えばいいのに」

「メッセージな。なぁ、そのメッセージ機能ってどこまで信用できるんだ? 例えばだが、スマートウォッチを奪うばわれたら? 複製されたりしたら? どうなる?」

「どうなるって……ふつうは他の人じゃ使えな……!?」

 スイは息をのんだ。

「気づいたか。地下二五層には、ワーウルフが出る」

 そのとき、集落の方から大声を出しながら集団が走って来た。

「「「「「大変ですー!」」」」」

 視線をやると、五人のヒルネがいた。全く同じ顔、全く同じ装備。

 ワーウルフ。人狼。

 人と狼おおかみを混ぜたような姿で、コボルトとよく似ているが、こいつは妖よう精せい種じゃない。獣けもの種、今だと魔ま獣じゆう種に分類される。本質的には狼であり、変身の能力を使う。

「ナガさん、大変で」「人狼ですよ人狼!」「私が増えちゃった!」「さすがに本物わかりますよね!?」「私が本物ですー」「ごめんなさい、こんなことに」「集落もすごいことになってます!」「助けてくださいー!」

 うるっせえ。要するに人狼ゲームの始まりってことだ。

「ど、どういたしますか、ナガさん?」

 トウカも冷ひや汗あせを流している。ということは、魔法で解決は無理か。

「定番の解決方法があってな」

「はい」

「全員吊つる」

「えーと、皆みな殺ごろしということですか?」

「おう」

「ダメに決まってるでしょ!」

 細さい剣けんの鞘さやでケツをしばかれた。だよな。俺も本気で全員殺ろうなんて思っちゃいない。

「まあいいさ。こういうことがあるから、斥候が単独で先行するんだ。一いつ斉せいに化けられて乱戦になるのが最悪だからな」

「それはそうだけど……どうやって見破るの?」

「普通は質問を重ねて、本人っぽさで判定する感じだな。だが、ドローンの映像でどうにかならないか?」

「確かに!」

「おう、お前ら全員五メートルはあけて並べ」

「はーい」「はい」「すんません、本当に」「ごめんなさい」「はいー」

「そんで、正座しろ」

 見破った瞬しゆん間かんにぐちゃぐちゃ動かれるのが面倒だからな。正座させたうえで、足首に草をくくりつける。これで即そく座ざには動けない。