今の俺は、無敵の人なのだ。はっはっは。笑いごとじゃねぇわ。

 俺が持っていた唯ゆい一いつの文明製品、リュックサックの底に大事に大事にしまっていた財さい布ふを取りだした。いやぁ、ナイロンってすげえわ。どっちもボロボロだが、まだギリ使えるもんな。

 俺の手元が配信に映るようにドローンの位置を調整してもらった。

 流れるコメントには俺を疑うようなものがたくさんある。

「まぁ見てごらんなすって。まずこれが免許証」

 リュックと財布で二重に守られていたからだろうか。意外にもカード類の見た目は無事そうだ。磁気やICは終わってそうだが。

「そんでこれが保険証。マイナンバーは面めん倒どうだから作ってなくて、これらがキャッシュカードとクレカね。で、こいつはカードローンのやつ。今でもカードローンってあんの?」


:5年前くらいに規制されてなくなったぞ

:ゴブリンさん、借金してたのかよ

:その会社ないなった

:逃げ切りおめw


「なくなったのか。お世話になりました」

 俺は手を合わせて、救世主カードの成じよう仏ぶつを願った。

「そんでこれらがお店の会員カードなんかだな。当時はどんどんアプリ化されてたから、クリーニング屋とか弁当屋のポイントカードくらいしかないが。あ、そういえば当時のスマホなんかも、今だとかなり骨こつ董とう品ひんになるんじゃないか?」

 俺は当時ですら型落ちになっていたオレンジフォンXを出した。激しい運動に巻き込まれてボロボロになっていたが、それでも原形はわかる。


:これってマジ?

:密猟者にしては手が込みすぎじゃね?

:いうて親の遺品とかの可能性も

:免許証の顔、まんまゴブリンさんだが

:気合の入ったヤラセですわ

:手が込んでるとかのレベルじゃないだろ


 これでもまだ半信半疑といった様子。

 別にこいつらを納なつ得とくさせる必要なんてないんだが、判断に困った様子のスイはチラチラとコメントを眺ながめている。疑われっぱなしも悔くやしいもんだ。何かないか、本人確かく認にん的てきなもんは――あ。

「あったわ、それっぽいの」


:やめろ

:頼むからやめてください

:本日のテロ会場はこちらですか?

:美少女の活躍を見に来たはずなんだけど、チャンネル間違えた???

:キモすぎオブザイヤーだろ

:俺らが悪かったんで勘弁してください


 コメント欄らんは阿あ鼻び叫きよう喚かんだ。何を映しているかというと、ドアップの俺の口内だ。

 ほら、災害とか火災で亡なくなった人の身元を判別するのに、歯科治ち療りようの履り歴れきを確認するだろ。そこからの連想で、来る途と中ちゆうでスイに聞いてみたんだ。

『もしかして、今って銀歯とか金歯つけてる人あんまりいない?』

『銀歯?』

 今どきの歯科治療は、人工的に作られた歯と同じ成分の詰つめ物を使うらしい。過去に銀歯を入れた人なんかも保険適用で変えられるってなもんで、銀歯そのものが歴史に消えていこうとしているようだ。時代の流れだな。

 ということで、育ちが悪い俺はしっかり銀歯っ子だ。それを配信視し聴ちよう者しやのやつらに見せつけてやった。おかげで疑ったことを大いに反省し、納得したようだ。

「で、でも、流石さすがにその、見た目が若すぎるって」

 衝しよう撃げきが大きかったからか、スイの口調がフランクになっている。命を助け合った仲だ。気にはならない。

「俺もよくわかんねえんだけどさ。ドラゴン食ったからかも」

「絶対それじゃん」

「いやでも、ラミア食ったからかも。人魚っぽいし。ほら、人魚伝説あるじゃん」

「人っぽいの食べるのはやめよ?」

「長ちよう寿じゆといえば、エルフも食ったな。リアルのエルフが長寿なのかは知らんけど」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ」

 なんでや。現実世界だと、エルフもダンジョンに湧わく立派なモンスターだぞ。見た目こそ人間そっくりだが、追い込むと口がガバァッて首まで開くぞ。

「あ、食い物以外でも心当たりが」

「……言ってみて」

「石板に描かれた光ってる魔ま法ほう陣じん触さわってみたら、なんか光みたいなのが胸にすぅーって吸すい込まれたことあるわ」

「それじゃん」

「あ、でも逆に、悪あく魔まの指一〇本絡からめました、みたいなデザインの王おう冠かん拾って、被かぶってみたことも」

「んんんん、それは寿じゆ命みようが縮んでそう」

「大聖堂みたいな場所にあったゴブレットの中身を飲んだことも。めっちゃ苦かったわ」

「もうそれじゃん」

「あ、内側が七色に輝かがやく宝玉を割ったら、光が空にクルクル昇のぼっていって『ありがとう、人の子よ』って聞こえたこともあったな」

「絶対神聖な存在じゃない!!」

「ああ、そういえば、森の奥おくで石の台座に突つき立てられていた、めっちゃ豪ごう華かな剣けんを引き抜ぬいたら、なんか声が聞こえてきたのも」

「聖せい剣けん!? 勇者だったの!?」

「『悪あしき者よ、剣を戻し立ち去れ』って言われたから戻したわ」

「悪しき者なんじゃない!!」

 スイは肩かたでぜぇぜぇと息をしている。

 いやね、俺も少しやりすぎたなーと思ってるけど、そんなに全力でつっこまなくても。


:冒険しすぎだろ

:もうその全部合わせて寿命100億年でいいよ

:嘘乙

:悪しき者www

:もどせてえらい!


「あー、もう眠ねむ気けどっかいっちゃった」

 スイが頭を抱かかえた。かわいそうに。でも、どれも本当の話だからな。

 そんなアホなやり取りをしていると、にわかに入り口が騒さわがしくなった。どかどかと荒あらい足音が聞こえる。

 入ってきたのは、アサルトライフルで武装した、SWATみたいな恰かつ好こうをした男たちだった。警察のダンジョン特とく殊しゆ部隊か?

 ちなみにファンタジー作品によって、モンスターに対して銃じゆうの効きっていうのはマチマチだが、ことリアルにおいては普ふ通つうに効く。というか、ぶっちゃけ剣だの斧おのだの使うくらいなら銃を撃うった方がよっぽど強い。

 六人組の男たちは、銃じゆう口こうは地面に下ろした状態で、しっかりと距きよ離りをとって俺おれたちを半包囲した。鋭するどい目つきの代表格らしき男が、スイの配信カメラに映るように、手帳のようなものを見せつける。

「私は警視庁 特定地下治安対策課 巡じゆん査さ部長の田た辺なべだ。佐藤翠四級特定地下探索者の配信は確認した。永野弘さん。あなたには現在、特定地下への無断立ち入り、および、銃じゆう刀とう法ほう違い反はんの疑いがかけられている。任意ではあるがご協力を願いたい」

 ずいぶんと堅かた苦くるしい言い回しだ。だが本当に不法行こう為いだと考えているなら、任意同行じゃなくて強制的に逮たい捕ほしているはずだ。だって、現行犯の真っ最中だからね。

 隣となりで顔を真っ青にしているスイには悪いが、これ、警察は俺の話をけっこう信じてくれてるパターンじゃないか?

 俺は友好的な笑えみを浮うかべて言った。

「警察署で話したいんで、送ってください」

 田辺巡査部長は露ろ骨こつに嫌いやそうな顔をした。当たり前だ。警察が捜そう査さを協力した民間人を護送している最中に、怪け我がや死亡なんてしたら責任問題だ。

 必然、不自由なく俺を警察署まで送り届けなくてはならず、全力で護衛する羽目になる。

「わかった。君の安全は我々が保障しよう。その代わり、武器は捨ててもらいたい」

「うす」

 俺はゆっくりと足元に手斧を置き、両手をホールドアップしながら、足で蹴けってよこした。田辺巡査部長は怪け訝げんな顔をする。

「やけに手て馴なれていないか?」

「冒ぼう険けん者しや時代、こういうの結構あったんで」

 ダンジョン関連の規制がなかったとはいえ、まともに武器を持ち込もうとすれば、銃刀法違反には違いない。モンスターを投石で殺してから武器を奪うばう手法が確立されるまでは、この手のトラブルはよく目にしたものだ。

 警官の一人に入念なボディチェックをされ、リュックの中身まで確認された。中に入っている宝ほう飾しよく品ひんを見た田辺巡査部長は「協会に入っていないなら没ぼつ収しゆうになるな」と呟つぶやいた。くそが。

 彼かれらはもともと、現在地のほぼ真上にある八はち王おう子じダンジョン入り口の警備をしていたようだ。そこへスイの仲間からの救きゆう援えん要よう請せいがあり、配信を確認しながら地下に下りてきたらしい。

 無事が確認できたとはいえ、俺が護送を頼んだついでということで、一いつ緒しよに地上まで送ってもらうことになった。

 二台のドローンに吊つるされたハンモックに寝ねそべり、スイに笑いかける。

「ラッキーだったな、帰りは寝しん台だい車しやだ」

「お気楽ですね。そのまま逮捕されるかもしれないんですよ」

 膝ひざを丸め、小さくなって運ばれているスイは唇くちびるをとがらせた。

「お、心配してくれてんのか?」

 いじらしさを感じてからかってみる。

「心配というか……話を聞いたり行動を見たりしていたら、ナガさんが嘘うそをついているようにも見えないんです」

 おっと、思った以上にマジトーンだ。あと、動どう揺ようから立ち直ったのか敬語に戻っている。さてはこの子、良い子だな?

「信じてくれて、おじさん嬉うれしいよ。ところでスイちゃんは、家族や友とも達だちから、よく心配されないかな?」

「……っ! 誰だれが騙だまされやすい子ですか!」

 おっと、言葉の裏側をきっちり読まれた。けど、初対面の怪しいおじさんの言葉を信じるのは危あやういと思う。信じてもらいたかったのも俺なんだけど。

 よくねえな。久しぶりの対人コミュニケーションで、感情が浮うわついているようだ。

「まぁ、逮捕されんのは嫌だが、何が何でも避さけたいってほどじゃないんだな、これが」

 俺の言葉に、スイも周りの警察官も不思議そうな顔をする。

「ある程度の清潔さがあって、味のついた飯が食えて、周りに人間がいてさ。モンスターに襲おそわれる心配もなく、寝るときに神経を尖とがらせる必要もなくて、体だって洗える。えーと上がった階数からして……だいたい地下四五層か? での暮らしに比べたら天国だろ」

 沈ちん黙もくが集団を包んだ。みんな表情をこわばらせている。

「聞き間違いだったらすみません」

「おう」

 スイが歯切れの悪い口調で言う。

「地下四五層って言いました?」

 なんとなく、場の空気からして俺の発言がまずかったことはわかる。が、吐はいた唾つばは吞のめないし、聞かれた失言は耳から回収できない。リアルな吐いた唾くらいなら吞めるんだがね。

「あれー、地下二五階って言ったんだけどなー。聞き間違いじゃないかなー」

「そういうのはいいです」

「はい」

 誤ご魔ま化かせねぇかなと試みるがあえなく失敗。

「そんなおかしなこと言ったか?」

 こう言っちゃなんだが、俺は別にめちゃくちゃあり得ん強いってわけじゃない。はず。

 ダンジョンに潜もぐる奴やつらの中には、魔ま法ほうに代表されるように、特異な才能を開花させる者がいる。そういうのに比べたら、がむしゃらに喧けん嘩か殺法みたいなことをやっている俺は、かなり一いつ般ぱんの戦せん闘とう力りよくに寄っているはずだ。

 はぁー、とため息が聞こえた。田辺巡査部長だ。

「実際、特定地下探索者の中には、単身で地下六〇階層まで到とう達たつした者もいる。だから、地下四五階層到達それ自体は特別おかしなことではない」

「ほれみたことか」

「だが、地下三五階層より先で〝生活〟した人間は、記録上存在しない」

「……げっ」

 田辺巡査部長によると、地下三五階層を境目にして、大きな区分がされているようだ。

 地下一階層~地下三四階層が、「開かい拓たく領域」。

 地下三五階層が「緩かん衝しよう領域」。

 そして地下三六階層から先が「冒険領域」。

 この基準は非常に単純なものだった。拠きよ点てんを建築できるかできないか、だ。

 三六階層から先は、巨大なモンスターが平然と歩き回るようになる。どれだけ頑がん丈じような拠点を建築したところで破は壊かいされてしまう。三五階層には基本的に巨大なモンスターが出現しないが、ごく稀まれに、下の階層で自然発生したトレインが流れてくることがあるそうだ。

「全世界、どの国を見ても、探索の最高深度は地下六〇階層前後で止まっている。これは、探索者や軍の力不足によって起きるものじゃない。純じゆん粋すいに、補給の――兵へい站たんの限界がそこになっている」

 田辺巡査部長の目がぎらりと光った気がした。

「どこの国も、こう考えているだろうな。『ああ、他のどの国にも先さき駆がけて、深層でのサバイバル技術を確立させたいものだ』と」

 まずい。なんか無む駄だに大げさな話に巻き込まれだしたような気がする。

 サバイバル技術だ? そんなの、〇〇の先っぽから魚が入らないように気をつける、くらいしかねえぞ!

「もしかすると、君の事情聴ちよう取しゆはすぐに終わるかもしれないな」

 ふっと田辺巡査部長が笑った。


◇


「全然終わらねーじゃねーか!!!」

 取調室の机を思いっきりぶん殴なぐった。天板がへし折れ、M字みたいになる。

「終わるかもしれないな、ふっ。はどこ行ったんだよ、おい!」

「いや、済まないとは思っている」

 目の前に座すわっているのは、らしくない冷ひや汗あせを流している田辺巡査部長だ。

 任意同行でノコノコ警察署についていってから、もう五日になる。どうせ家もないんだからと留置所暮らしを満まん喫きつしているが、いい加減、処しよ遇ぐうが決まらない状態に苛いら立だってきた。

 二五年で変わった街並みだとか、今の社会ってどんな感じなのかなとか、そういう色んなことをすっ飛ばして警察署に来てんだぞこっちは!

 あれ、警察署希望したのは俺だったっけ。そんなことはいいんだよ。

「とりあえず、身元の確認はとれた。当時の法律からしてダンジョンに入るのは違い法ほうじゃねえ。ダンジョン内で拾った武器でモンスターと戦うのは緊きん急きゆう避ひ難なんの範はん囲い! 何も問題ねぇだろうが!」

「問題ないことに困っているんだ」

「なにぃ?」

「地下四五階層でロクな装備も持たずに生きていける人間を、住所不定無職無資格の状態で、街に解き放てる訳がない……」

「あー……」

 そりゃまずいな。法的には問題ないけど、どう考えてもまずいと。ダンジョンのモンスターを地上に放つのと、あんま変わんないもんな。あと、地味に今の服装は特定地下探たん索さく者しや協会? の服だから、問題を起こせばそっちにも迷めい惑わくをかけるだろう。

「といっても、あくまで任意で滞たい在ざいしてもらっている状態だから、君が出ていくことを希望するのであれば、こちらには止める権利がないわけだが」

 それもそう。というか、ぬるっと長期間警察のお世話になれている理由が、その任意ってところにあるからな。

 行く宛あてもないからのんびりしていたが、いい加減出るか? ホームレスになったって、別に人生終わりってわけじゃないからな。

 大都市の自治体なんかだと、ホームレスのシェルターが満員だったりで、適切な福ふく祉しに繋つながれない問題がある。だが気合で徒歩移動して、ちょっと田舎いなかの自治体まで行ければ、案外すぐにシェルターに入って生活保護受けてって出来たりするもんだ。

 生活保護の受給が確定する前でも、前借りで一日二〇〇〇円とか借りられたはずだしな。

「んー、じゃあ俺もう出るわ。そもそも警察ってあんま好きじゃないしな」

「そういうタイプに見える」

 田辺は苦く笑しようした。ロボット君かと思いきや、少しはユーモアのわかるタイプだったか?

「少しだけ待ってくれ。両協会に連れん絡らくを入れておく。それでも動きがないようであれば自由にしていい。警察としては最善を尽つくした」

「うす」

 ここ出たらどうしようかね。今まで見てきた人たちの様子からして、使われている情報端たん末まつは、とっくにスマホじゃなくなっているみたいだ。スマートウォッチみたいなやつから、ホログラム画面を出して操作している。

 とにかく、昔よりもさらに情報化社会になっているはず。デジタル端末を手に入れないことには何もできない社会になっている可能性だってある。あらゆるセキュリティが向上しているとしたら、その辺でかっぱらって使うわけにもいかんだろうし。

「親切な人」に「ご協力」をしていただいて、生活基き盤ばん作るか?

 ナガさんの完全犯罪計画を立てていると、田辺が戻もどって来た。

「待たせた……って、なんだ四〇〇〇万人くらい殺してそうな顔してるぞ」

「誰がスターリンじゃ。で、どうなった?」

「お迎むかえが来るらしい。協会の方で生活基盤を整えてくれるんだと、良かったな」

「そいつは良かった。晴れて俺も飼い犬か」

「野犬は全世界で根絶されたぞ。狂きよう犬けん病びようもな。今の世界には飼い犬しかいないんだ」

 管理された犬しか要いらないってか。気に入らないところもあるが、納得するところもある。俺だってきっと、人生が順調なものだったら、そんな社会を心から歓かん迎げいしていただろうからな。

 就活の時期に、銀行のシステムに大規模なトラブルが発生。そこからの金きん融ゆう危機で、数年間大きな不景気が日本を襲った。国は金融緩かん和わと大規模な公共事業を行って不景気の解消にあたったが、その間に俺が出来たのは、非正規での現場仕事だけだった。

 あれよあれよと荒すさんでいき、気づけば冒険者になっていた。その末が今の俺だ。

 ネクタイ締しめて仕事して、結けつ婚こんして子どもがいてっていう、あったかもしれない〝今〟。そんな俺だったら、つけられた首輪に思うことなんてないはずだ。

 部屋に若手の警察官が入ってきて、田辺に耳打ちをする。

「迎えがついたらしい。行くぞ」

「ついにか。久々のシャバだぜ。ううう、お世話になったな、とっつぁん」

「もう来るなよ」

 お決まりのやり取りを挟はさんで、俺はついに警察署を出た。


 ――その翌日。

 右!! 左!! 中!! ジャラララ

 中!! 右!! 左!! ジャラララ

 俺はスロットを打っていた。二〇五〇年でもパチスロは生き残っていたらしい。やったぜ!

 特定地下探索者という、一いつ般ぱん人じんより身体機能が高いやつらが現れたことによって、パチスロからは「目め押おし」という概がい念ねんが完全に消えていた。もう店が設定した確率で回すだけの純粋な運ゲー。さみしいねえ。昔から運ゲーだろと言われてしまえばそこまでだが。

 偵てい察さつや斥せつ候こうをよくしていた俺にとっては、音の洪こう水ずいと言っても差し支つかえない、くっそうるせえ空間。だが、常に油断できない環境から日常生活に帰って来た実感が凄すさまじい。

 髪も切ってスッキリして、スロットもラッシュモードぶん回して気分上々って感じだ。

 連チャンが終わったタイミングで特殊景品に交こう換かんし、なぜかパチ屋の近くにある古物商で買い取ってもらった。お金は電子マネーでスマートウォッチにチャージされる。

 家やデバイスの問題は昨日あのあと、協会の人によって解決された。

 俺の現在の扱あつかいは、昨日付で採用された協会の職員ということになっている。スマートウォッチは業務用端末が支給され、家は協会の名義で借りたマンションの一室を転てん貸たい借しやくする形になった。

 当座の生活費については、ダンジョン生活のレポートを有料で買い取ってくれる予定になり、それを前借りするという、スーパー錬れん金きん術じゆつでチャージしてくれた。合法だよな?

 転貸借っていうのは、俗ぞくにいう又また貸がしだ。大家さんから協会が借りて、それを俺に貸す。俺が家賃を滞たい納のうしたり物件を傷つけたりしても、協会がちゃんとお金を払はらうから、大家さんにはノーダメージ。協会の社会的な信用あってのものだな。

 スマートウォッチが振しん動どうする。電話の着信だ。協会の多た摩まエリア支部長さんだな。冷たい美人って感じで、とても良い。

「もしもし?」

『今何をされていますか?』

「彼かの女じよかな? お散歩中っすね」

『特定地下探索者免めん許きよの試験勉強は、極きわめて順調という風に受け取ってよろしいですか?』

「苦戦中っすね~。何がって、そら体調がすぐれないもんで」

 そうなのだ。今の俺は、マストで資格を取ることを求められている。

 協会の職員という立場は、あくまで首輪をつけるのと、俺の身元をはっきりさせるためのもの。業務は全く求められていない。何もしなくていいから、さっさと探索者として活動できるようにしてくれと言われている状態だ。

『それで散歩、と』

「少しは体動かした方が良いらしいっすよ」

 長期間ダンジョンに潜っていた影えい響きようを調べるために、病院での検査もした。

 最新の医い療りようってエグい進化してるのな。採血・検便・ようわからん全身スキャン。以上。しかも三〇分以内に結果発表って感じだった。めちゃくちゃ健康に見える俺だが、一個だけ病気にかかっていることがわかった。それが。

「そらもう、少しでも健康的に過ごさないと、寄生虫が調子にのりますから」

『はぁー……』

 生水飲むこともあったし、果物の生食もあったし。肉の生食こそしなかったが、生水って時点で良くなかったのだろう。しかもこの寄生虫がダンジョン産ということで、完全に未知の寄生虫だった。神経に張り付いているらしく、摘てき出しゆつは難しいらしい。キモいね。

 ちなみに、この寄生虫によって勉強に支障が出ることはまったくない。

 シンプルに難しいんだよ。二五年間の法整備の集大成と、実際の運用についてと、協会規則と、ダンジョン環境やモンスターについての知識。行政書士試験の三分の一くらい勉強が必要な感じだ。

 この前まで、半はん裸らで斧おの振ふり回してたんだぞ! 無む茶ちや言うな!

 つーか、しれっとこの試験に合格してるスイってすげえな?

「試験ってリモートで選せん択たく問題がほとんどっすよね?」

『ええ、まあ』

「ほな、今日の枠わくで受けてみますわ」

『……協会としては、運だけで合格を狙ねらうことは推すい奨しようしておりません。また、問題数も多いため、確率的にもほぼ不可能です』

「さっき七五〇分の一、当てたぜ」

『は?』

 いやー、適当に座ったスロットのスペック確認したら、初当たり重すぎてびっくりしたね。よく大当たり引いたわ俺。

「とりあえず、試験結果出たら連絡しますわ」

 そしてこの日の夕方。

 ――俺は見事に、運だけで試験に合格した。

 法定研修は実務経験ありということで、最初の研修はスキップ。年六回の研修は特例措そ置ちがないからちゃんと出ろとのこと。本来この制度は元自衛官なんかが退職後に探索者になったときのためらしいが、俺も要件を満たしていたので適用。

 というわけで。晴れて、俺も特定地下探索者としてデビューすることになった。やったぜ!

 無職卒業である。と同時に、協会への加入費用で六〇万円ほど請せい求きゆうされ、一文無しになった。ふざけんなよマジで。

 都市部では金がないと飯は食えない。じゃあどうするか。ダンジョンに行けばいい。

 聞いたところ、ダンジョン内にある拠点は、協会の金で運営されているらしい。このバカ高い加入費の一部もそこに充あてられているとか。あとは探索者が持ち帰ってきたものを協会がすべて買い取り、転売して出た利ザヤなんかも資金源だな。

 てなわけで、協会所属の探索者は、拠きよ点てん内ないの物資を好きに使っていいらしい。水や食料なんかもそうだ。ウマすぎるな?

 俺は幾いくらかの物資だけ一〇〇均で購こう入にゆうしてから、ダンジョンに向かった。

 関東ダンジョン多摩エリア東ひがし小こ金がね井い入り口。

 かつては駅徒歩五分にあったマンションを粉ふん砕さいして生えてきたダンジョンの入り口に俺はいた。上下カーキの戦せん闘とう服ふく、ちっちゃな袋ふくろを一個だけ吊るしたドローン。武器は一〇〇均のキッチンナイフ。

 見る人によっては無む謀ぼうな装備だが、現地調達だけは俺が誇ほこれる分野だからな。

 ダンジョンの入り口を囲うように作られた、豆とう腐ふみたいな四角い建物に入る。受付でドローンを叩たたくと、ゲームのステータス画面みたいなものが表示され、それを読み取ってもらう。これで通行許可が下りた。緊きん張ちようはしない。恐きよう怖ふ心しんもない。かといって、別に懐なつかしさや感傷もない。思っていた以上に、平常心だ。

 俺はするっと階段を降り、ダンジョンアタックを開始した。