第6章 知られてしまった話


 ──翌朝。

 私は重苦しい気分で目が覚めた。

「今朝も3人で登校するのよね……」

 セブランに会えるのは嬉しかった。けれど、昨夜イメルダ夫人から叱責され、フィオナにも責められたので顔を合わせにくかった。

「せめてもの救いは、あの人たちと食事を共にしないことね」

 ため息をつくと、私は朝の支度を始めた。

 朝食もとり終え、出かける準備が整ったので時計を見た。

「そろそろセブランが来る頃ね」

 昨日は部屋まで迎えに来てくれたけれども、今日は車椅子なので来ることはないだろう。私は車椅子を動かして、自室をあとにした。

 エントランスへ向かっていると、何人かの使用人にすれ違った。彼らは車椅子を押す手助けを申し入れてきたが、私はそれを断った。校内で困らないように、なるべく人の手を借りずに行動できるように訓練しておきたかったからだ。

 エントランスが近づいてくると、賑やかな会話の声が聞こえてきた。まさか、もうセブランもフィオナも待っているのだろうか?

 廊下の角を曲がったところで、楽しげに会話をしているセブランとフィオナ。そしてイメルダ夫人の姿があった。まさかイメルダ夫人が見送りに出ているとは思わなかった。緊張を解くため、一度深呼吸すると、私はみんなの元へ向かった。

「おはよう。遅れてごめんなさい」

 何気ないふりをして声をかける。

「あ、おはよう! レティ」

 セブランが笑みを浮かべて私を見る。

「おはよう、レティ」

 フィオナも挨拶をしてくる。その姿はいつもと変わりないように見える。けれどイメルダ夫人だけは……違った。

「レティシア、遅かったわね。慣れない車椅子なら、もう少し早めに出てこないと」

「はい、すみません……」

「いえ、夫人。僕が今朝早めに着いただけですから。それじゃ行こう、レティ」

 セブランが笑みを浮かべて私を見る。

「セブラン……」

 まさかセブランが、夫人から庇うようなことを言ってくれるなんて。

「それでは、お母様、いってきます」

「いってきます」

 フィオナに続き、私も夫人に挨拶すると、私たちはセブランの馬車へ向かった。

 御者の人が車椅子をたたんで乗せてくれると、セブランが私を抱きかかえて馬車に乗せてくれた。

「ありがとう、セブラン」

「お礼なんかいいよ。それより足の具合は大丈夫?」

「ええ。大丈夫よ」

「それよりも早く学校へ行きましょう」

 そこへフィオナが声をかけてきた。

「うん、そうだね。それじゃ行こうか」

 セブランが扉を閉めると、すぐに馬車は音を立てて走り出した。馬車の中では相変わらず、セブランとフィオナだけで会話が盛り上がっていた。セブランと私は婚約の口約束を昨夜交わしている。だから私は、2人が仲良さそうに話をしていても、今までのようにさほど心を痛めることはなかった。

 そんな私の余裕のある態度がフィオナに気付かれてしまったのだろう。突然フィオナが声をかけてきた。

「ねぇ、レティ。今朝はなんだか楽しそうに見えるけど、何かあったのかしら?」

「え? そ、そうかしら? そんなことないと思うけど」

 ドキドキしながら返事をする。

「う~ん。絶対に何かあるわ……そうだ、セブラン様。何かレティのことで心当たりありますか?」

 あろうことかフィオナは、セブランから聞き出そうとした。

 いずれ私とセブランの婚約の話は2人にも知らせなければならないことだけれども、まだ口約束の段階では知られたくない。

 お願い、セブラン。フィオナにまだ婚約の話はしないで──!

 私は祈るような気持ちでセブランを見つめた。すると、セブランはニッコリと微笑んだ。

「さぁ? 僕には何も心当たりがないけどな。いつもと変わらないよね、レティ」

「そうなのですか? でもセブラン様がそう言うなら、別にいいですけど……ところでセブラン様、この間……」

 フィオナはすぐに私に興味をなくしたのか、別の話に切り替えた。

 よかった、セブランが私の気持ちに気付いてくれて。私は窓の外を眺めながら、心の中で安堵のため息をついた。


 学校に到着し、車椅子で移動していると、すれ違う生徒たちが興味深げに私を見ている。

「なんだかとても目立っているようで恥ずかしいわ……」

「車椅子なんて、見るのが初めての人が多いと思うわ。私だって初めてだもの。でも確か、すごく車椅子って高価なのよね? それをお父様はレティにプレゼントしたのだから、本当にすごいと思うわ。お父様には感謝しないとね」

「え、ええ。そうね」

 フィオナの言葉が少し気になったけれども、私は返事をした。

「それだけ、レティのお父さんは愛情を持ってくれているってことじゃないかな? 僕はそう思うよ」

 セブランが笑みを浮かべて私を見る。

「お父様が……私に愛情を……?」

 本当にそうなのだろうか? 私は物心ついた頃から、父に温かい言葉をかけられたこともないのに? 現に今だって、食事の席では3人は仲睦まじく会話をしているのに、私はその輪に混ざることもできないでいるのだから。

「どうしたの? レティ。あなたの教室の前に着いたわよ?」

 フィオナに声をかけられてハッとなった。気付けば、いつの間にか自分の教室の前だった。

「それじゃ、レティ。放課後また迎えに来るよ」

 セブランが笑顔で手を振る。

「レティ、またね」

 2人は私に手を振ると、楽しそうに話をしながら自分たちの教室へと入っていった。

「ふぅ……」

 小さくため息をついて教室へ入ると、再び私はクラスメイトたちに取り囲まれることになるのだった。


 ──昼休み。

 今日も私は教室で、ヴィオラが買ってきてくれたランチボックスを彼女と食べていた。教室には私とヴィオラしかいないため、私たちの会話は教室に響き渡っている。

「それにしても、レティのお父さん……こんな言い方をしては失礼かもしれないけれど、見直しちゃったわ」

 ヴィオラの言葉に首を傾げた。

「え? 急にどうしたの?」

「だって、レティの足の怪我は2週間くらいで治ると言われているのでしょう? それなのに、そんな立派な車椅子をプレゼントしてくれたのだから」

「それについては私も驚いているの。お礼を伝えたいのだけど、仕事の関係で今不在なのよ」

「そうだったの。相変わらず忙しそうね、レティのお父さんは」

「ええ。そうね」

 私はデザートのイチゴを口に入れた。

「ねぇ、それよりもレティ。昨日何かいいことでもあったの? 今日は目の下のクマもないし、なんだか覇気はきがあるように見えるわ」

 ヴィオラが身を乗り出してきた。

「え? やっぱり……分かる?」

「もちろんよ。だって私たち親友同士でしょう? それで? 何があったの?」

「昨日、セブランとご両親が私の足の怪我のお見舞いに来てくれた話はしたわよね?」

「ええ、聞いてるわよ。それでセブランのご両親がお見舞いに来てくれてどうなったの?」

「そうしたら……まず、セブランのお父様が同席していたフィオナとイメルダ夫人に部屋を出ていってもらうように頼んだのよ」

「まぁ! それじゃ追い出したってことね?」

 ヴィオラが目を輝かせながら、私の話を聞いている。

「そうなるのかしら……? そのあとの話で私、18歳になったらセブランと婚約する口約束を交わすことができたのよ」

「え? そうだったの? セブランがそのことを承諾したの!?

「ええ、そうよ。私たちが18歳になったら、自分から婚約を申し入れるってセブランに言ってもらえたのよ」

 その時──

 ドサッ!!

 突然、教室に何か重いものが落ちる音が聞こえた。

「「え?」」

 2人で驚いて振り向くと、そこにイザークが立っていた。その目は見開かれ……足元には彼のカバンが落ちていた。

「ああ、びっくりした。一体どうしたのよ? イザーク」

 ヴィオラがイザークに声をかけた。

「あ……悪い。手が滑って荷物が落ちただけだ。驚かせて悪かったな」

 イザークはカバンを拾い上げると、自分の席へと向かった。その時、なぜかこちらをちらりと見たのが気になり、声をかけることにした。

「イザークはもう食事を済ませてきたの?」

「そうだ」

「ふ~ん。ずいぶん早く戻ってきたのね」

 ヴィオラが頬杖をついて、イザークに尋ねる。

「今日は学食がいていたからな。ところで……レティシア」

 不意に彼は私に視線を向けた。

「何?」

 けれど、イザークはなかなか話をしない。

「どうかしたの?」

 再度尋ねると、ようやく彼は重々しそうに口を開いた。

「いや……まさか車椅子で登校してくるとは思わなかった。足はまだ痛むのか?」

「いいえ。まだ腫れてはいるけど、痛みはあまりないわ」

「……そうか。ならよかった」

 すると、どこかからかうように、ヴィオラがイザークに尋ねた。

「フフフ……イザーク。ずいぶんレティシアの足の怪我のこと、気にかけてるのね?」

「そんなの当然だろう? 何しろ同じ美化委員だからな。再来週は種まき作業があるから気になっただけだ」

「言われてみればそうだったわね。その頃ならたぶんもう大丈夫。美化委員の活動ならできるはずよ。イザークに迷惑はかけないようにするわ」

「いや、別に迷惑とかそんなことは言ってない。ただ、もし仮にレティシアの怪我の具合がよくないなら、俺が一人で種まき作業をやるつもりだからな。ただ、そのことで君が重荷に感じることはない」

 それだけ言うと、イザークは再び教室を出ていってしまった。

「……イザーク、また教室を出ていってしまったわね」

「え、ええ。そうね……」

 ヴィオラの言葉に頷く。

「またいなくなるなら、何しに教室へ戻ってきたのかしら?」

「さぁ……カバンを置きに来ただけなのかも」

 ヴィオラと2人で首をひねる。

 ……やっぱり、イザークは何を考えているのか分からない──


 やがて放課後になり、迎えに来てくれたセブランとフィオナの3人で馬車に乗り込んだ。

 馬車が走り始めると、すぐにフィオナが私に話しかけてきた。

「ねぇ、レティ。セブラン様から話を聞いたのだけど、18歳になったらセブラン様と婚約するんですって?」

「え!?

 その言葉に私は血の気が引くのを感じた。まさか、セブランが……!

「セ、セブラン……」

 するとセブランが困惑の表情を浮かべた。

「あれ? もしかしてフィオナに言わない方がよかったのかな?」

 言わない方がよかった? そんなこと、当然なのに……!

「レティ。そんな重要な話、私に教えてくれないつもりだったの? なぜ? 私たち家族じゃないの……」

 悲しむような、どこか責めるような口調でフィオナが私を見つめる。そんなフィオナをじっと見つめるセブラン。

 駄目……このままでは、私は悪者にされてしまう……!

「べ、別に教えないつもりはなかったの。ただ、まだお父様も知らないお話だったから。先にお父様に報告をしてから、フィオナに告げようと思っていたのよ?」

 苦しい言い訳に聞こえるかもしれないけれど、これが精いっぱいだった。

「な~んだ。そうだったのね? でも、そんなこと気にしなくてもいいのに。報告する順番なんて大した問題じゃないわ。そうよね? セブラン様」

「う、うん。そうだね」

 同意を求められて頷くセブラン。

 もうこれ以上、私は言葉が浮かんでこなかった。

「でも、2年後にレティとセブラン様は婚約するのね。今からお祝いの言葉を伝えておくわね。おめでとう、レティ。セブラン様」

 フィオナは笑顔を向けてきた。

「うん、ありがとう」

「あ、ありがとう……フィオナ」

 笑顔のフィオナに底知れぬ不安を抱きながら、私は無理に笑顔で答えた。

 馬車が屋敷の門を潜り抜けると、扉の前でイメルダ夫人が当たり前のように立っている姿が目に入った。おそらく昨夜の話を、セブランから聞き出したくて待っているに違いない。

 私の向かい側で隣り合って座るフィオナとセブランは、今も楽しそうに話をしている。セブランはフィオナに、私たちが共に18歳になったら婚約することを既に話してしまっている。

 もう……どんな手を使っても、夫人に知られてしまうことは防ぎようがない。私は全てを諦めて、スカートの上で両手を強く握りしめるのだった──

「お帰りなさい、フィオナ」

 真っ先に馬車から降りたフィオナを、夫人は笑顔で迎える。そして、次にセブランに抱きかかえられて馬車から降りる私には目もくれず、夫人はセブランに礼を述べた。

「送っていただき、ありがとうございます。セブラン様。それに……」

 一瞬夫人は私を鋭い目で睨みつけ、その視線に思わず肩が跳ねてしまう。

「毎回レティシアがご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません」

「いえ、迷惑だなんて、仰らないでください」

 笑顔で返すセブラン。

「ねぇ、お母様、聞いてください。昨夜、セブラン様とレティが、18歳になったら婚約する約束を交わしたそうなの!」

「え! な、なんですって!? その話……本当なのですか!?

 夫人はフィオナの話に目を見開き、セブランを問い詰めてくる。

「え? ええ。そうですけど……」

 セブランは戸惑いながらも、私を車椅子の上に下ろしてくれた。

「ありがとう、セブラン」

「お礼なんかいいよ。レティ」

 すると、イライラした口調で夫人がさらに尋ねてきた。

「そんなことよりも、セブラン様。先ほどの話の続きを聞かせていただけませんか?」

「え? 先ほどのって……レティとの婚約の話ですか?」

「ええ、そうです。なぜそのような話になってしまったのですか?」

 すると、セブランの口から信じられない言葉が飛び出した。

「それは、子供の頃からレティとの結婚は決まっていて、18歳になったら婚約するという話が、その場の流れでなんとなく決まったのですけど……?」

 その言葉に血の気が引くのを感じた。なんとなく? 婚約という大事な話を、セブランは周囲に流されて決めてしまったというのだろうか? 私に対する愛情は一欠片かけらもないの?

 すると、クスリとフィオナが笑う。まさかセブランは、フィオナにも同じことを言ったのだろうか? 今の言葉で、夫人の顔に嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「まぁ、そうだったのですか? なんとなく決まったということなのですね?」

「はい……そんなところです」

 頷くセブラン。耳を塞ぎたくなるような会話に、これ以上この場にいることに耐えられなかった。

「あら? どうしたの? レティ。顔が真っ青よ?」

 フィオナが私の顔を覗き込んできた。

「……す、少し気分が……」

 動悸が激しくなる。

「え? 大丈夫なの? レティ」

 セブランが心配そうに声をかけてくれるも、私の胸は張り裂けそうだった。

「わ、私……気分が悪いので、先に部屋に戻らせてもらうわ」

 セブランの顔を見るのがつらい……思わず顔を逸らせた。

「ええ、そうね。その方がいいかもしれないわ」

 私の言葉に頷く夫人。

「セブラン、送ってくれてありがとう」

「うん、また明日ね。フィオナ」

 そして私は彼に挨拶をすると、その場をあとにした。背後で聞こえる3人の楽しそうな話し声を聞きながら……。


 廊下を車椅子で進んでいると、背後から不意に声をかけられた。

「レティシア様」

 振り向くと、父の執事、チャールズさんが立っていた。

「あ、チャールズさん。ただいま」

「はい、お帰りなさいませ。旦那様がお待ちです。レティシア様が学校から帰宅されましたら、書斎にお越しいただくように申しつかっております」

「お父様が?」

 珍しいこともあるものだ。父の方から私を呼びつけるなど滅多にないのに。けれど車椅子のお礼と、昨夜のセブランとの話をしたかったので、私としては都合がよかった。

「レティシア様。私が書斎までお連れいたしましょうか?」

「いいえ、大丈夫です。一人で父の元に行ってきます」

 チャールズさんの申し出を断り、私は父の書斎へ向かった。

 マホガニー製の大きな扉の前に来ると、早速ノックした。

 ──コンコン。

『誰だね?』

 扉の奥からくぐもった声が聞こえる。

「私です、レティシアです」

 すると、ややあって目の前の扉が開かれた。

「お帰り、レティシア」

 自ら扉を開けてくれるとは思わず、父を見上げた。

「……どうした?」

「い、いえ。ただいま戻りました、お父様」

 父はそのまま私の背後に回って車椅子を押し始め、私は書斎に置かれたソファセットの前に連れていかれた。

「お、お父様?」

 テーブルの前で止まると、父は向かい側のソファに座った。

「どうだ? 車椅子の具合は?」

「はい、とても乗り心地がいいです。足首をひねっただけなのに、こんなに素晴らしい車椅子をプレゼントしてくださってありがとうございます」

 すると父の口から、思ってもいなかった言葉が飛び出す。

「いや、礼はいらない。その車椅子は、もともとルクレチアのために用意したものだからな。もっとも彼女はそれを使うことなく、この世を去ってしまったが……」

「え? お母様のために?」

「部屋にひきこもり気味だったから、外出しやすいように車椅子を特注したのだが……」

 父は口を閉ざしてしまった。その顔はどこか悲しげで、私はそれ以上のことを尋ねることができなかった。そこで別の話をすることにした。

「お父様、実は昨夜、セブランのご両親がお見舞いに来てくださったのです」

「知っている。イメルダから聞いたからな。しかし、途中でフィオナと共に締め出されてしまったので、話の内容が分からなかったと言っていた」

「そうですか……」

 やはり夫人は既に父に報告していたのだ。しかも締め出されてしまったことまで。私は意を決して、婚約の話をすることにした。

「実はセブランのご両親から、私たちが18歳になったら婚約すればいいと勧められたのです」

「……そうか。子供の頃からそのような話は出ていたからな。マグワイア家と縁戚関係を結ぶのはよいことだ」

 父の答えは淡々としていた。こんなものだろうと予想はしていたけれども、そっけない態度はやはり寂しい。

 バンッ!!

 そこへ突然、乱暴に扉が開かれた。驚いて振り向くと、そこには明らかに不機嫌そうなイメルダ夫人と、困惑顔のフィオナの姿がある。

「どうした? そんなに血相を変えて……今、見ての通りレティシアと話し中なのだが?」

 父は表情を変えることなく、夫人に尋ねる。

「ええ、知っています。執事に聞きましたから……それより、ご存じでしたか? セブランとレティシアの話を」

 夫人は父の手前もあってか、ちらりと私を見るだけで、すぐに視線を移した。

「お父様、セブラン様とレティはいずれ婚約するそうなんです」

 フィオナはどこか縋る目で父を見る。

「そうだな……2人がいずれ婚約する話は、ずっと前から決まっていたからな」

「で、ですが……! それは2人の気持ちよりも、家同士を結びつけるようなものですよね? だとしたら……」

 イメルダ夫人が何を言いたいのかは、分かっている。けれど、その話は聞きたくなかった。思わずうつむくと、父の声が響いた。

「レティシア」

「は、はい」

 顔を上げると、父が私をじっと見つめている。

「もうお前は部屋に戻っていい」

「え……?」

 目を見開くと、夫人が驚きの顔を浮かべる。

「何を言っているの? レティシアにも話を……」

「用があるのは私だけだろう? レティシアには関係ない話だ。早く部屋に戻りなさい」

 ここは父に従った方がいいだろう。何より、これ以上この部屋にはいたくなかった。

「では、失礼いたします」

 挨拶すると、私は背後から強い視線を感じながら父の書斎をあとにした。

 この先もっと夫人やフィオナの当たりが強くなるだろうと、心に不安を抱きながら──