第2章 セブランとフィオナの出会い
──翌朝。
昨夜と変わらない朝食の風景。私の目の前には仲睦まじげに話をする父とイメルダ夫人にフィオナ。3人こそ本物の家族のように見え、私はその輪に入ることができない。
早く朝食を食べ終えて学校に行きたい……そんなことを考えているとフィオナが話しかけてきた。
「ねぇ、レティシア。今日は学校へ行く日なのでしょう?」
「え? ええ、そうよ」
「なんという学校なの?」
「パレス学園よ」
次の瞬間、フィオナの口から驚きの言葉が出てくる。
「パレス学園……それでは今着ているのが制服なのね? 私も明日からその制服を着て登校するのね」
「え!?」
同じ学園に……? そんな話は初耳だ。すると父が頷く。
「ああ、そうだ。レティシア、明日からフィオナも同じ学校に通うことになるから、しっかり面倒を見てあげなさい」
まるきりの命令口調である。
「よろしく頼むわね? レティシア」
「はい、分かりました」
声をかけられたので返事をすると、イメルダ夫人が私を見て口元に笑みを浮かべている。けれど、その目は少しも笑っていない。
「転入するにあたっていろいろな手続きがあるからな。フィオナは今日のところは学校を休む。あとでメイド長に屋敷の中を案内してもらうといい」
「はい、お父様」
「あの、それでは食事が済んだので、私は学校へ行ってきます」
私は立ち上がった。登校する日はセブランが屋敷まで馬車で迎えに来てくれる。いつもならエントランスまで迎えに来てもらっていた。けれどもイメルダ夫人やフィオナに遭遇してしまう可能性があるので、今日は門の前で待っていることにしよう。
「レティシア、もう行くのか?」
すると父が声をかけてきた。
「はい、そうです」
「まだセブランが来るには時間が早いだろう? 紅茶でも飲んでいきなさい」
あろうことか、父はセブランの名を口にした。途端にフィオナが反応する。
「まぁ、セブラン様が来るの?」
「セブラン? 誰なの?」
イメルダ夫人が父に尋ねる。
「セブランはレティシアの幼馴染で、いつも一緒に登下校している少年だ。……そうだな。明日から一緒に登校することになるのだから、フィオナも今日のうちに彼に挨拶をした方がいいだろう」
「そうですね、お父様。私、セブラン様にご挨拶したいと思っていたのです」
「それでは私も母親として挨拶をしなければね」
3人とも私をそっちのけで話を勝手に進めている。このままではセブランが……。
「あ、あのセブランは……」
思い切って口を開きかけたその時、フットマンがダイニングルームに現れた。
「レティシア様、セブラン様がいらっしゃいました。エントランスでお待ちになっております」
「え? そうなの?」
そんな、もう来てしまったなんて……! いつもより10分は早い。
「本当? お待たせしてはいけないわ。行きましょうよ、レティシア」
「私も行くわ」
フィオナが立ち上がると、イメルダ夫人も続く。
「そうだな。3人で行くといい。私まで行けば彼が驚いてしまうかもしれないからな。レティシア、しっかり2人を紹介しなさい」
「はい……分かりました」
有無を言わさぬ父の言葉に、私は頷くしかなかった。
3人でエントランスに向かって歩いていると、不意にイメルダ夫人が声をかけてきた。
「ねぇ、レティシア」
「はい。なんでしょう?」
「
「え……? 親子関係……ですか?」
「ええ、そうよ」
満足げに頷くイメルダ夫人。
私は2カ月前に母を亡くしたばかりなのに? それなのに、この人は私に自分のことを『お母様』と呼ばせようとしているなんて。だけど母はイメルダ夫人から強引にお父様を奪ったも同然。亡き母が罪を犯したとなれば、娘の私が償いをしなければ……。
「はい。おかあさ……」
その時──
「おはよう、レティ」
廊下の陰から笑顔のセブランが姿を現した。
「あ……おはよう、セブラン」
突然現れたセブランの姿にドキドキしながら朝の挨拶を返す。
「今朝は少し早めに着いてしまったから、部屋に迎えに行こうと思っていたんだけど……」
セブランは私の背後に立つフィオナとイメルダ夫人に視線を向けた。するとフィオナが進み出てきた。
「はじめまして。セブラン様。私はレティシアの腹違いの妹のフィオナと申します。どうぞこれからよろしくお願いいたします」
「え!? レティと姉妹関係……?」
セブランはよほど驚いたのか、私を見た。するとそこへ、イメルダ夫人が挨拶してくる。
「はじめまして。あなたがレティシアの幼馴染のセブラン様ですね? 私はフィオナの母親で、イメルダと申します。昨日から縁あって、ここで暮らすことになりました。うちの娘同様、よろしくお願いしますね?」
イメルダ夫人はこれ見よがしにフィオナの両肩に手を置くと、笑みを浮かべた。
「は、はい。分かりました。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
セブランは戸惑いながらも挨拶をすると、フィオナが再び彼に話しかけてきた。
「セブラン様。私も明日から同じ学園に通うことになりましたので、仲良くしてくださいね?」
そしていつもの魅力的な笑みを浮かべる。
「はい……」
その笑顔に顔を赤くしながらも、じっとフィオナを見つめるセブラン。
彼は特に何も意識せずに、フィオナの笑顔を見て赤くなってしまったのかもしれない。
けれど、私の心はそれだけで深く傷ついた。
「それではセブラン。挨拶も済んだことだし、そろそろ学園に行きましょう?」
平常心を装いながら声をかけると、セブランは我に返ったかのように私に視線を移した。
「あ……そうだったね。それじゃ行こうか? レティ」
「ええ、行きましょう。それではいってきます」
私は頷くと、フィオナとイメルダ夫人に挨拶した。
「いってらっしゃい、レティシア。それにセブラン様も」
「いってらっしゃい」
こうして私とセブランは、2人に見送られながら馬車に乗った。
「ねぇ、レティ。さっきの人たちは……君の家族なの?」
馬車が音を立てて走り出すと、早速向かい側に座ったセブランが話しかけてきた。
「そうよね。いきなりで驚いたわよね。実はあの人たちは……」
隠し立てしていても仕方がない。私は自分の知りうる事実を全て余すことなくセブランに説明した。
「え? それじゃ、さっきの子は本当にレティの腹違いの妹なんだね?」
「ええ、そうなの。私の母のせいで、あの母娘は世間から後ろ指を指されて今まで暮らしてきたみたいなの。だから責任を感じているわ」
ポツリと自分の気持ちを語った。
「うん、そうだね。それじゃ僕もこれからあの人たちに親切に接するよ。何しろ彼女はレティの妹に当たる人だからね」
笑みを浮かべながらフィオナのことを気にかけるセブラン。そんな彼を見て、私の胸は不安でチクリと痛むのだった。
私とセブランは違うクラスだった。
私はAクラスで、セブランはBクラスに所属している。いつものように2人で教室前まで来ると、セブランが声をかけてきた。
「それじゃ、レティ。また放課後一緒に帰ろう」
放課後一緒に家に……。
つまりそれは、再びセブランとフィオナが顔を合わせるということだ。フィオナがセブランに興味を持っているのは、昨夜の会話からよく分かっている。そしてセブランも美しいフィオナに関心を寄せていることを、先ほどの態度で気付いてしまった。
私とは違って、美しいフィオナに……。
「レティ? どうかしたの? なんだか元気がないようだけど……」
返事をしなかった私を心配してか、セブランが尋ねてくる。
「いいえ、大丈夫。なんでもないわ。それでは、いつものようにまた送ってくれる?」
「もちろんだよ、またね」
笑顔でセブランは返事をすると、私たちはその場で別れた。
「おはよう、レティ。今朝もセブランと一緒に登校してきたのね」
教室へ入ると、隣の席に座る友人のヴィオラ・エヴァンズが声をかけてきた。
「ええ、そうよ。いつも通りにね」
着席すると、ヴィオラは椅子を寄せてきた。
「2人はまだ婚約しないの? あんなにいつも一緒にいるのに。大体このクラスの半分近くは皆、婚約者がいるわよ?」
「そう言うヴィオラだって婚約者がまだいないじゃない。美人なのに」
友人のヴィオラはキャラメルブロンドの巻き毛に、青い瞳が美しい女の子だった。
「私は男の子になんか興味ないもの。結婚なんかしなくていいわ。だって面倒くさいじゃない。でもレティ。そう言うあなただって美人よ」
「……そんなことないわよ」
フィオナの姿を思い出した。彼女の髪は美しいホワイトブロンドの髪。そして吸い込まれそうな青い瞳。
けれど私は違う。ブルーグレーのストレートな髪だ。唯一特徴があるとすれば、紫の瞳くらいだろうか?
「どうしたの? レティ。今朝はなんだか元気がないわね。もしかしてまた家で何かあったの?」
その言葉にドキリとした。彼女にだけは家庭の事情を少しだけ説明していたからだ。
どうしよう? 昨夜腹違いの妹と、彼女の母親が現れたことを相談してみようか?
「あ、あのね……」
「また父親に冷たい態度を取られたのね?」
「え?」
戸惑って瞬きすると、ヴィオラはため息をついた。
「それにしてもあなたのお父さんは、あまりにも冷たいわよ。レティは学校の勉強の他に領地管理の仕事の補佐だって一生懸命頑張っているのに、感謝の言葉もないわけでしょう」
「ヴィオラ……」
私が気にかけていたのはセブランとフィオナのことだったのだけど、ここは黙っていることにした。
「ええ、もう少し……できれば温かい言葉をかけてもらいたいなって思ったのよ」
そう、フィオナに声をかけるように……。
「レティのお父さんをあまり悪く言いたくはないけど、あなたがお嫁に行ったら、仕事の手伝いをしてくれる人が減るのよ? そうなると自分が困るってことを自覚して、もっと大切にしてもらいたいわよね」
「……ありがとう。ヴィオラ」
その時、不意に背後から声をかけられた。
「レティシア」
振り向くと、そこに立っていたのはイザーク・ベイリーだった。
「おはよう。イザーク」
「おはようじゃない。今朝は授業前に美化委員の活動があっただろう?」
「あ、いけない! そうだったわ!」
私とイザークは同じ美化委員に所属していた。
「先に行っているぞ」
イザークはそれだけ告げると教室を出ていく。慌てて席を立つと、ヴィオラに声をかけた。
「ごめんなさい、ヴィオラ。私、ちょっと行ってくるわね」
「ええ。いってらっしゃい」
こうして私はヴィオラに見送られながら、急いでイザークのあとを追った。
「待って! イザーク!」
すると前方を歩いていたイザークが足を止めた。
「レティシア。今朝は一体どうしたんだ? 委員会の仕事を忘れるなんて、いつもの君らしくないじゃないか」
「……ごめんなさい。ちょっといろいろあって‥…忘れてしまったの」
「ふ~ん。そうか。でもだからといって、自分の役割を忘れるのはどうかと思うな」
「ごめんなさい……」
イザークは気難しいところがあるから、少し苦手だ。
「とにかく、あまり時間がないから、早く用具室に道具を取りにいこう」
「ええ、分かったわ」
そして私とイザークは急ぎ足で用具室へ向かった。
2人で花壇の雑草を取り除き、水やりをしたところで、授業開始10分前の鐘が鳴り響いた。
「……よし、こんなものだろう。そろそろ終わりにするか」
園芸用エプロンを外しながら、イザークが声をかけてきた。