「あ、あの……はじめまして。私はレティシア・カルディナと申します。ようこそ、おいでくださいました」
すると父が2人から離れ、私を紹介した。
「イメルダ、フィオナ。私のもう一人の娘だ。これから家族として仲良くやってくれ」
もう一人の娘……!
まるで私はおまけの娘のような父の物言いがショックで、自分の顔が青ざめるのが分かった。すると、イメルダ夫人が私をじっと見つめる。
「あら、ルクレチア様に似ていると思ったら……やはり、彼女の娘だったのね?」
「え……? 母をご存じなのですか?」
その言葉に耳を疑う。
「ええ、当然でしょう? 何しろ彼女と会ったことがあるのだから」
その言葉に思わず顔をこわばらせた時──
「はじめまして、レティシア。私はフィオナよ。あなたのことはお父様からよく聞かされていたわ。とても勉学が得意なのですって? どうぞこれから仲良くしてね」
父から……よく私の話を聞かされていた? 私は2人のことを何一つ聞かされたことがないのに? 思わず、縋るような視線を父に向けてハッとなった。なぜなら父とイメルダ夫人が、私を刺すような視線で見つめていたからだ。きっとこれは、フィオナと仲良くするようにとの忠告なのだろう。
「え、ええ……こちらこそ、どうぞ仲良くしてね?」
私はそれだけ言うのが精いっぱいだった。
私は父に命じられるまま、フィオナを部屋に案内した。
「ここが今日から私の部屋になるのね? とっても素敵だわ。広くて日当たりもいいし。まぁ、なんて素敵なドレッサーなのかしら」
フィオナは真っ白なドレッサーに駆け寄ると、鏡の中の自分に笑いかけた。
「そう? 気に入ってもらえてよかったわ」
無邪気な笑顔で部屋の様子を見て回るフィオナを複雑な気持ちで見つめていた。早く一人になりたい……そこで私はフィオナに声をかけた。
「それではフィオナ、私はもう行くわね。今夜は4人で夕食会を開くそうだから、それまでゆっくり休んでちょうだい」
「え? もう行ってしまうの? やっと姉妹が出会えたのだから、いろいろお話がしたいのに」
カウチソファに座り、クッションを抱きしめたフィオナが首を
「え、ええ……まだ学校の課題が残っているから……」
「そうだわ! ねぇ、レティシア。あなたの部屋はどこにあるの?」
「私の部屋はあなたの隣よ」
本当ならフィオナが隣の部屋に来るのは気分的に嫌だった。けれど、もともと私の隣の部屋は空き部屋だったし、父は姉妹なのだから部屋は隣接する方がいいだろうと、隣を彼女の部屋にしてしまったのだ。
しかし、初めから父はこの場所をフィオナの部屋にしようと決めていたのだろう。何しろ既に室内は必要な家具類が全て
その時のことを思い出し、唇を噛みしめると、フィオナが声をかけてきた。
「どうしたの? レティシア」
「い、いえ。なんでもないわ」
「それじゃ、
「フィオナ……」
まるでおねだりするような態度。ここで私が拒絶しようものなら、きっとフィオナは父とイメルダ夫人に話してしまうだろう。……たとえ、本人に悪気がなかったとしても。
「ええ、いいわ。それでは私の部屋に行きましょう」
「ありがとう! レティシア!」
こうして私はフィオナを自分の部屋に連れていくことにした。
「まぁ……ここがレティシアのお部屋なのね? もしかして水色が好きなの?」
私の部屋は水色で統一されていた。
カーテンやカーペット、ベッドカバーまでもが水色だった。
「ええ、水色は海のような色で落ち着くから好きなの。それじゃ、ごめんなさい。課題を終わらせなければならないから、フィオナは適当に過ごしていてちょうだい」
まさか追い出すわけにもいかず、フィオナに声をかけると、早速私はライティングデスクに向かった。
今朝は突然父から、フィオナたちがやってくるという話を聞かされて、課題どころではなかった。
明日提出しなければならない古典文学のレポートが残っていたのでペンを走らせていると、背後でフィオナの声が聞こえた。
「ねぇレティシア! この人、誰? とっても素敵な人ね!」
「え?」
振り向くと、フィオナはセブランの写真が入った写真立てを見つめている。
「……その人は私の幼馴染なの。名前はセブラン・マグワイアといって、私たちと同じ16歳よ」
不安な気持ちを抱きつつ、なんとか平常心を保ちながらフィオナに教える。
「そうなの? セブランという名前なのね。ねぇ、もしかしてレティシアの恋人なの?」
「え? 恋人……?」
私の中ではセブランは幼馴染であり、ずっと恋心を抱いていた相手には違いない。彼の両親からも、大人になったらお嫁においでと言われている。半ば口約束のようなものは出来上がっていた。けれど肝心のセブランからは、まだはっきり「好き」という言葉はもらったことがない。
答えに詰まっていると、フィオナが笑みを浮かべた。
「分かったわ、2人は婚約者同士だったのね?」
「ど、どうしてそう思うのかしら?」
「だって、写真を撮ってわざわざ写真立てに飾ってあるくらいなのですもの。でも、よくお似合いの2人だと思うわ」
お似合いの2人……その言葉が少しだけ私に安心感を与えてくれる。
「本当に……そう思う?」
「ええ、もちろんよ。でも
ため息をつきながら天井を見上げるフィオナ。彼女はこんなに可愛らしいのに……どうしてなのだろう?
「フィオナにはまだ決まったお相手の男性がいないの? あなたはとても可愛らしいのに」
すると予想もしていなかった台詞がフィオナの口から飛び出してきた。
「それは簡単なことよ。私は世間から
「え?」
その言葉にドキリとする。
「私にはちゃんと立派なお父様がいるのに、一緒に暮らしていないからって理由だけで、世間から妾の子供って言われて
少しだけフィオナの顔に悲しみの表情が浮かぶ。
「でもお母様が、私たちは何もやましいところはないのだから、堂々と振舞っていなさいと言ってくれたから平気だったわ。それに時々、お父様も会いに来てくれたし」
「そうなのね……」
ズキズキと痛む胸を押さえながら頷くも、
「だから、このお屋敷に呼ばれた時には本当に嬉しかったわ。やっとお父様とお母様、そして半分血の繋がった姉と家族4人で暮らすことができるのだから。というわけでレティシア。これからどうか仲良くしてね?」
全く邪気のない笑顔で私に手を差し伸べてくるフィオナ。そんな彼女を見ていると、なぜか私の胸に罪悪感が込み上げてくる。
確かに私の母はお父様の正式な妻ではあったけれども、政略結婚で強引にお父様と結婚したようなもの。一方のイメルダ夫人は、男爵とは言っても名ばかりの身分だった故に、お父様と恋人同士だったにもかかわらず、結婚することができなかった。
けれどもお父様はイメルダ夫人のために一軒家を与えて、フィオナという娘までもうけている。
2人はお母様がいたので、この屋敷に上がることが今までできずに肩身の狭い思いをしてきたのだ。彼女たちを世間から後ろ指を指されるような立場に追いやってしまったのは、私とお母様なのかもしれない。
ふと、お父様の言葉が脳裏に蘇ってくる。
『たとえ半分しか血が繋がっていなくとも、2人は
あの言葉は、きっとこのことを意味していたのだ。私とお母様が今までイメルダ夫人とフィオナの幸せを奪っていたのだろうか? だとしたら私は……。
「ええ、こちらこそ仲良くしてね?」
笑みを浮かべて、フィオナの差し出す手を握りしめた。
私はこれから先、フィオナを優先してあげなければならないのだ──
その日の夕食は私にとっては一種、異様な光景だった。
お父様を中心に、私の向かい側にはイメルダ夫人とフィオナが席についている。そして3人が
「イメルダ。屋敷の住み心地はどうだ?」
ワインを飲みながら父はイメルダ夫人に話しかけている。
「ええ、とても立派なお屋敷だし、使用人もいてくれて何かと世話を焼いてくれるから、本当に快適だわ。ありがとう、あなた」
夫人は満面の笑みを浮かべている。
「いいや、礼には及ばない。何しろ2人には今まで不自由な生活をさせてしまったからな。フィオナ、部屋は気に入ってくれたか?」
父はフィオナに視線を向けると、優しい声音で尋ねた。
「はい、お父様。とても気に入ったわ。私の好きなピンクでお部屋の色を揃えてくださってありがとうございます」
「いいのだよ、お前は私にとって大切な娘なのだから。当然のことだ」
大切な娘……。
父の言葉に、思わずフォークを持つ手が止まってしまう。私は一度でも父から笑顔を向けられて『大切な娘』と言ってもらったことがあっただろうか? 全身が、まるで冷や水を浴びせられたかのような感覚に陥る。すると突然フィオナが私に話しかけてきた。
「どうしたの? レティシア。さっきから一言も話をしないで食事しているようだけど、気分でも悪いの?」
「い、いえ。大丈夫、気分は悪くないわ」
返事をすると、すかさず父が口を
「すまないな、フィオナ。レティシアは無口で、大体いつもこんな感じなのだよ。だから気分を害することはない」
「え……?」
あまりの父の言葉に、思わず言葉が漏れてしまう。悲しい気持ちで父を見ると、一瞬険しい視線を向けられる。
「レティシア。気分が優れないなら部屋で休みなさい」
その言葉は、この部屋から出ていきなさいと遠回しに言っているのだろう。
「……分かりました。まだ課題も残っていますし、私はお先に失礼いたします」
席を立つと、フィオナが慌てたように声をかけてきた。
「え? 行ってしまうの? まだ美味しそうなデザートも残っているのに?」
皿の上にはシェフ特製のイチゴのムースが載っている。けれど私はもう何も口にする気になれなかった。
「ええ。いいの」
「そんな……
フィオナは私と皿の上のムースを交互に見つめている。
「もしよければ、フィオナ。あなたが食べてくれると嬉しいわ」
「本当に? ありがとう!」
無邪気に笑うフィオナ。彼女はきっと甘いお菓子が大好きなのだろう。
「それでは、お先に失礼いたします」
あらためて3人を見渡すと、イメルダ夫人が声をかけてきた。
「明日の朝、また会いましょう」
「はい、分かりました」
返事をして父に視線を送るも、私とは視線を合わせようとしない。心の中でため息をつくと、私はダイニングルームをあとにした。