「なんと、〝惑乱の凶星〟ではないか。そんな大物までおるんじゃなぁ」

 キャンデさんは握手しないけど、軽く会釈していた。

「それでは、王様。中へご案内します」

「今日は世話になるの」

 お店の扉を開けたとき、衛兵さんの一人――女性の衛兵さんがガクッと膝をついた。

「「おい、大丈夫か?」」

 お仲間が呼びかけるも返事はない。何か様子がおかしく、私たちも急いでけ寄る。女衛兵さんは、苦しそうな顔で足首を見せた。その瞬間、みんなハッと息をむ。なんと、肌の表面が石になっていた。

「ど、どうしたんじゃ、これはっ。足が石になっておるぞっ」

「……すみません、王様。数年前、強力なものと交戦したとき、身体を石にするのろいを受けてしまいました。ずっと薬でしようじようおさえていたのですが、最近は徐々に効果が弱くなり……うっ……」

「急いで医術師を呼ぶんじゃ!」

 今や、〝カフェ・アンチドート〟の前はパニック状態だ。ロールちゃんから近くの町に医術師はいないと聞くと、キャンデさんが険しい顔で言った。

「私がかついで運ぼう。急を要する事態だ」

「ああ、〝惑乱の凶星〟がいてくれればたのもしいの」

 王様たちの話を聞く間、私はとある可能性を考える。今まで色んな毒食材を毒消ししてきたけど、その中には身体が少しずつにわとりになる毒や牛になる毒もあった。もしかしたら、身体が石化する呪いも毒消しできるかもしれない。確信は持てなかったけど、目の前で困っている人を見過ごせなかった。

「あの……王様。一度、私に《毒消し》させてもらえませんか? 以前にも、身体が変化する毒を毒消ししたことがあります。やってみないとわかりませんが、石化の呪いも消せるかもしれません」

 私が言うと、王様はしんけんな表情で考えた。

「……なるほど、それは一考の余地があるの。レベッカ嬢、頼む。お主のスキルは一級品じゃ。きっと、彼女の呪いも治せる」

「お、お願いします、レベッカ嬢……」

 女衛兵さんの足首に手を当て、りよくを込める。

「《毒消し》!」

 いつものように私の手が白く光る。どうか治って! 力強く念じていると、肌に張り付いたような石はじわじわとうすくなり、数分もたずにキレイさっぱり消え去った。よかった……うまくいった。ホッとすると同時に、お店の前は歓声に包まれる。

「「せ、石化の呪いが消えたぞ! レベッカ嬢が解呪してくれたんだ!」」

「なんと……本当に消してしまうとは……。お主は素晴らしいスキルの持ち主じゃ!」

「レベッカ嬢……心の底から感謝いたします。身体が石になる恐怖から解放されました」

 女衛兵さんはなみだながらにお礼を言って私の手をにぎる。王様やお仲間の衛兵さんたちも、笑顔で私をたたえてくれた。もちろん、ロールちゃんたちも。

「レベッカ、すごいよ! 最高!」

『カッコよかったニャ!』

「さすがは我らがレベッカだ」

「でも、《毒消し》で呪いまで消せちゃうなんて、私もビックリしました」

《毒消し》はあくまで毒を消すだけ。実際にできるか不安だったけど、呪いも解呪できちゃうんだ。王様はしばし考えると、やがてつぶやくようにポツリと言った。

「レベッカ嬢のスキルは成長しているのかもしれんぞよ」

「え……? い、いや、しかし、成長しないものと私は思っておりましたが……」

「スキルには、まだまだワシらの知らない世界が広がっているのじゃろう。レベッカ嬢はスキルの常識をくつがえす存在なのじゃ。少なくとも、ワシはそう思う」

 王様が言うと、先ほどの女衛兵さんも力強く話した。

「私もそう思います。レベッカ嬢の解呪はどんな薬や回復スキルより強力でした。実際に経験したからわかるのです。あなたのスキルは特別なものだと」

 成長しないはずのスキルが成長……。絶対にあり得ないとされていた現象だ。でも、あり得ないとは言い切れない気がする。私は毎日と言ってもいいくらい、《毒消し》を使ってきた。ひょっとしたら、スキルは使えば使うほど成長するのかも……。

「さあ、レベッカ嬢よ。お主のおいしい料理を食べさせておくれ」

「私もすごく楽しみにしておりました」

 王様と女衛兵さんの言葉を聞き、現実へともどってきた。そうだ、これから王様たちにお料理を楽しんでもらうのだ。

「改めまして、おしいただきありがとうございます。皆さんもどうぞ、中へお入りください!」

「冷たいお水もありますよ!」

『レベッカの料理は本当においしいニャよ!』

〝カフェ・アンチドート〟八組目のお客さんは、フリーデン王国の王様たち。皆さん、ワクワクした様子で席に着く。このお店には色んな人たちが訪れたけど、今回はさらに一層特別なお客さんだ。みんなのためにもがんれ、レベッカ!

「では、王様。メニューでございますが、以前お聞きした物でよろしいでしょうか」

「ああ、よろしく頼むぞい。みなもワシと同じでよいか?」

 衛兵の皆さんもそろってうなずく。メニューをかくにんしたので私もキッチンへ行く。王様がごしよもうされたのは、ふんわりしたパンケーキ。何でも、王宮ではそのような食事は出てこないようだ。色々と食材は用意してあるけど、前もって聞いていたメニューと同じでよかった。ロールちゃんたちはかたわらでドキドキしている。

「王様にお食事を提供するなんて、宿屋始まって以来だよ! 緊張するぅ!」

『ネッちゃんも緊張で胸が張り裂けそうだニャ』

「ふんっ、レベッカの料理を食べたら、あのジジイはこしかすんじゃないのか」

「「キャ、キャンデさん……あの方は王様……」」

 たかが料理、されど料理。お客さんが満足できるかは私のうでにかかっている。それはそうとして、まず大事なのは平常心。なぎの状態を強く意識。心は無風の湖面そのもの。らぐことはまったくない。いくら料理がおいしくても、料理人がさわいでいたら不安になる。

 最大最高級の平常心を呼び覚ませ! 明鏡止水の心であわを握る……!

「さっそく作りますよぉ! パンケーキの素は〈デビルエッグ〉のメレンゲだぁ! まずは、卵を黄身と白身にしっかり分けるぅ!」

「『やっぱり……』」

 ボウルに〈デビルエッグ〉を割って入れる。こいつはスイーツにも使えるばんのうな卵。黄身はこっち、白身はこっち。別々のボウルにイン。キッチリ分けるのが大事なポイントなのだ。王様が来るなんてテンション上がるなぁ!

「お次はかき回していくよぉ! この勢いにり落とされるなぁ!」

「レベッカの料理は楽しいなぁ……」

『なんだかネッちゃんも気持ちがぽわぽわしてきたニャ』

「私もかいな気持ちになっている……」

 くぁぁあ! と、それぞれの卵をかき混ぜる。空気を入れてふんわりしたメレンゲを作るのだ。がふわぁ……っと盛り上がったら、黄身と白身のメレンゲを混ぜ合わせる。ぐちゃぐちゃに混ぜちゃうんじゃなくて、互いに下から載せ合うようにして混ぜる。こうすると、ふんわり感がこわれない。かくあじに〈じよリンゴ〉のじゆうを少々入れましょう。さっぱりした酸味がおいしいよ。

「フライパンで焼きますよぉ! つぶれないようにし焼きを意識ぃ!」

き上がるリンゴのあまい香りがたまらないー!」

『こういうのをかぐわしい香りって言うんだニャ~!』

「ああ、私はあの日を思い出す……そう、レベッカの料理を初めて食べた日だー!」

 五分も経たずに、パンケーキは焼き上がった。立ちのぼる甘い香り。リンゴ畑にいるようなほうじゆんな香りがキッチンに広がる。もちろん、これで終わりではない。

「アクセントはベリーのみんなぁ! 出番がきたよぉ! それそれそれそれー!」

「なんという腕さばきー! これぞレベッカの真骨頂だー!」

『ただフルーツを並べているだけなのに、すごいカッコいいニャ!』

「新しい技に取り入れるぞー!」

〈ぶるぶるベリー〉と、森でゲットした〈ルーズベリー〉を載せる。どちらもりすぐりの物を厳選した。〈ルーズベリー〉は真っ赤なラズベリーみたいな見た目。プチプチした食感と甘みが強いあまっぱさがとくちようてきで美味。実は小さいのに果汁がたっぷり。その代わり、食べると毒で時間やお金にルーズになってしまう。ロールちゃんには、絶対そのままで食べさせちゃいけない食材だ。毒消しは済んでいるけどね。お料理が完成したので、味見!

「『……うぅ~ん、ふんわりふわふわで甘酸っぱ~い!』」

 うむ、おいしい。パンケーキはふわんふわんに焼き上がったし、ベリーたちの味も素晴らしい。運ぶ! ……じよじよに落ち着いてきたテンションで。

「お待たせいたしました……〝カフェ・アンチドートのパンケーキ〟でございます……」

「レベッカ嬢は見かけによらず、おてんばな一面もあるんじゃのぉ、ホッホッホッ」

「あ、いえ、本当に申し訳ございません……」

 王様は穏やかに笑いながら、私のこうを受け止めてくれた。衛兵のみなさんも同じ。優しさが心にみた。

「見た目もはなやかなパンケーキじゃ。食べるのがもったいないくらいじゃよ」

「「これがレベッカ嬢のお料理……」」

 王様も衛兵の皆さんも、はぁぁ~っとかんたんしながらパンケーキを眺める。きゆう殿でんの食事に比べて質素なのでは? と不安だったけど、おしたようで安心した。

「では、いただくとするかの」

 王様たちは、あ~んとパンケーキをお口に運ぶ。毎度のことながら、このしゆんかんは内心緊張しまくるのだ。お願い! お口に合いますように!

「皆の者、起立したまえ」

「「はっ!」」

 パンケーキを食べた瞬間、王様と衛兵の皆さんが立ち上がった。な、なに!? 突然の事態にきんぱくする食堂。混乱する私たちを置き去りにして、王様たちはおごそかに口を開いた。

「「……わ~れらがフリーデンは~世界一~。ど~の国より栄えてる~。今日~も一日頑張るぞ~……」」

 皆さんはいのるように歌われる。この国に住んでいる人なら知らない人はいない歌。

 こ、これは……国歌! フリーデン王国の国歌だ! しかも、王様の生歌。

「「……あああ~フリーデ~ン……!」」

 国歌せいしようが終わり、私たち(ロールちゃん&ネッちゃん)はパチパチパチ! とはくしゆした。キャンデさんはそっぽを向きながらあしみで拍手。私はみんなを代表してお礼を言う。

「王様、衛兵の皆さん。素晴らしい歌をありがとうございます。まさか、王様の歌が聞けるなんて……」

「いやいや、お礼を言うのはこちらの方じゃよ。思わず神聖な国家を歌ってしまうくらい、お主の料理はうまかったのじゃ」

 王様は嬉しそうな笑顔で語る。

「こんなにふんわりとしたパンケーキは初めてじゃ。ふわふわなのに、適度なうるおいがあって中はしっとり。まさしく、このようなパンケーキを食べたかった。どうやって作ったのじゃ?」

「ありがとうございます、王様。そちらは、〈デビルエッグ〉から作ったメレンゲで焼いております」

「なんと! あのもうどくの〈デビルエッグ〉かの!」

「毒消ししてあるので安心してください」

〝カフェ・アンチドート〟がどんなお店かは知っているはずだけど、改めて言われると王様たちはきようがくしていた。

「お主は〝毒の申し子〟じゃな」

「あ、ありがとうございます」

 やはり〝毒の申し子〟……。

 王様にまで言われるなんて、正当な評価なのだろうか。そう思いつつ、解せぬ自分がいた。

「このベリーたちもおいしいのぉ。ほどよく甘くてっぱいのがぜつみようじゃ。パンケーキの生地と美しい調和のせんりつかなでるぞよ。こんな食べ物があるんじゃの」

「近くの森に、しんせんなベリーがたくさんあるんです。私はただ採取しただけですけど」

「何を言っておる。食材のせんたくも料理人の大事な素質じゃよ」

 全然大したことじゃないのに、王様は褒めてくださった。うん、感謝の言葉はなおに受け取ろう。

「さて、忘れる前にお礼をはらっておこう」

「いえ、お代は結構ですので……」

 王様にお金をもらうのは何だか悪いな。この国で一番えらいわけだしね。

「なにケジメじゃよ、ケジメ。皆の者、あれを持ってきてくれ」

「「はっ! ……陛下、こちらでございます」」

 衛兵さんが一枚の紙を王様にわたす。こ、今度はなんだ? いつもいつも貴重品をいただいてしまうので、身構えるようになってしまった。でも、今回はだいじようか。だってただの紙だし。ダイヤやせきの類じゃなくて良かった。

 ……ん? ……紙?

「これは小切手じゃ。どれ、これくらいで足りるかの?」

「いやっ! さすがに多すぎます!」

 おおあわてでお断りする。チラッと見えたけど、やたらとたくさんの0が書いてあった。

「じゃがのぉ……」

「正規の値段でいいので……」

「ありがとうございます! いただきます!」

 わかってはいたけど、ロールちゃんにすごい勢いで回収された。

「はわわ……」

 ロールちゃんのはわわが始まる。何はともあれよかった。王様も兵士の皆さんも、興奮した様子で料理のおいしさを語る。それを見て、私はようやくあんできた気がする。

 無事、王様にも喜んでいただくことができた。