間章:お義姉さま……(Side:アンジェラ)



「王様の容態は一向に良くならないぞ! 意識を失ってからもうすぐ一日だ!」

「非常に強い毒におかされていることしかわからん! 秘薬も回復スキルもまるで効果がない!」

「ポーションの専門家を連れてきました! 先生、こちらにお願いします!」

 衛兵や医術師たちの激しい声や足音が、扉の向こうから聞こえる。あたくしはお母様、お義父様と一緒に小さな部屋にじ込められていた。

 ここは王宮にある収容せつ

 あろうことか、あたくしたちサンデイズ家は王様を殺そうとした罪に問われているのだ。あり得ないでしょ、いい加減にしなさいよ。

「アンジェラ、どうにかしなさい。私たちをここから出すの。全ての罪はあなたがかぶりなさい、一番若いんだから」

「そうだ、そうだ。罪をかたわりしろ。アンジェラはこの中で一番若いんだぞ」

 うつうつとしていたら、お母様とお義父様がのわからない主張を始めた。

「罪を被れって、子どもをなんだと思っているの!」

「親の言うことはちゃんと聞きなさい、アンジェラ」

「そうだ、そうだ。言うことを聞くんだ、アンジェラ」

「……ぬあああああ!」

「「こ、こら、やめなさい! 引っくんじゃない!」」

 せまい室内を互いに追いかけ回す。今日という今日は許さないわよ。散々好き勝手言いやがってぇえ。

「「おい! 王様に何を食べさせた!」」

 内側からは開かない小窓が、バンッ! と激しく開けられた。衛兵たちのキツイ視線が突きさる。たんに、お母様とお義父様は静かになった。

 このお調子物がぁ!

 仕方がないので、せいふんを演じるようにして話す。

「た、たぶん、〈ハザードフグ〉って魚かしら?」

「「たぶんってなんだ! よく分からない食材を食べさせたのか!」」

 られた。人がせっかくおしとやかに話してやってるというのに。

「早くここから出しなさい! あたくしたちはだんしやく家なのよ! こんな狭い部屋に閉じめるなんて、無礼にもほどがあるでしょう!」

 怒鳴り返してやると、衛兵たちは静かになった。やれやれ、この人たちは叫ばないとわからないんだから。

「出すわけないだろ! お前たちは王様の殺人すいざいに問われているんだぞ!」

「今すぐしよけいされても文句は言えないんだ! 毒の詳細が不明だから生かされているだけだ!」

「もし王様が死んだら、くに初のけいになってもおかしくないからな!」

 告げられた言葉はあたくしの……いや、あたくしたちの胸にするどく突き刺さった。

 さ、殺人未遂罪……? し、死刑……?

 あまりのしようげきぼうぜんとする。お母様とお義父様も、あたくしと同じようにぜんたたずむばかりだった。衛兵は激しく小窓を閉じると、乱暴な足音を立てて去る。あっという間に不気味な静寂が訪れた。お母様がしぼり出すように言葉を呟く。

「ア、アンジェラ、さすがに死刑はまずいわ。このままじゃ殺されちゃうじゃないの。どうにかしなさい……」

「そ、そうだ、そうだ。し、死刑になったら私たちは死ぬんだぞ。アンジェラ、どうにかしろ……」

「そんなこと言ったって……あたくしにも、どうにもできませんわ……」

 いつものように怒鳴り返す気力もなく、呟くように言うことしかできなかった。


□□□


 もう何時間、何日経ったのだろう。あたくしはひざを抱えて、ずっと床にすわり込んでいた。

 死刑になるんじゃないのか……死ぬんじゃないのか……あたくしの人生はここまでなのか……。

 そんなことばかり考える時間を送る。きんちよう感と不安と心配と、色んな感情が入り混じって頭の中にうずく。挙句の果てには、なやみ過ぎてつかれ果ててしまった。お母様とお義父様も何も話さない。うつろな目で床の一点を見るだけだ。あたくしたちは、ただただおのれしよぐうを待つのみ。

 こんな時間がいつまで続くの? いっそのこと殺してほしい……。

 ねむることもできず、たがいを責めても何も変わらず、無の時間をたんたんと過ごしているときだ。扉の外からひびいたかんせいが、うつくつとした空気を切りいた。

「「王様が回復されたぞー! 意識を取り戻したー!」」

 ……え? 今……なんて言ったの?

「お、お母様、お義父様。今の聞こえました?」

「え、ええ、もちろんよ。回復したってハッキリと」

「王様が回復……つまり……治ったってことか!?

 暗い気持ちは徐々に打ち消され、心の中に光が差し込む。あたくしたちの顔にもみがこぼれる。うきあしつような気持ちでいると、ガシャンと小窓が開かれた。衛兵の顔がのぞく。そのブサイクな顔も、今のあたくしにとってはどんなハンサムボーイよりてきな顔に見えた。

「ねえ! 王様が回復されたってほんと?」

「ああ、本当だ」

 ……らしい。

 やっぱり、さっきの歓声は王様が復活したことを祝う声だったらしい。悩みがき飛んだ明るい気持ちでこの世の全てに感謝していたら、衛兵の言葉が耳に届いた。

行方ゆくえ不明のレベッカ嬢が見つかったのだ。その《毒消し》スキルで、王様の毒を無毒化してくださった」

「……レベッカ嬢?」

「ああ、そうだよ。王様の毒を消して治してくださったのは、お前の義姉あね――レベッカ・サンデイズ嬢だ」

 レベッカ・サンデイズ嬢だ……サンデイズ嬢だ……嬢だ……。

 衛兵の言葉が頭の中にざんきようする。

「お、お義姉様が……? 治した……王様を……?」

 呟くように聞き返すも、衛兵がうそなどいていないことは明白だ。じわじわと言葉の意味を実感する。

 つまり、あたくしは家から追い出したお義姉様に……外れスキルだと馬鹿にしたお義姉様に……助けられたってこと?

「…………ぬあああああ!」

 くつじよくえかねて、腹の底からごうを上げた。

 まさか、お義姉様にこのきゆうを救われるなんて!

 こんなことあってはならない。絶対に認めてなるものか。屈辱といかりにさいなまれていると、衛兵が淡々と告げた。

「王様は無事回復されたが、これからお前たちの処遇を決める」

 その言葉とともに扉が開かれ、さらに何人もの衛兵が部屋に入った。を言わさず、あたくしたちを外に引っ張りだす。

「ちょ、ちょっとやめてよ。痛いじゃないっ」

はなしなさいっ。私は男爵家の妻なのよっ」

「私は当主だぞっ。離せっ」

 ていこうするけど、衛兵は何も言わない。しょ、処遇って、まさか死刑じゃないわよね。衛兵たちに連行される中、あたくしの心は不安で満たされていった。


□□□


「これからお前たちの処遇を決める」

「「ぐっ……」」

 あたくしたちは、縄で後ろ手にしばられていた。そのせいで身動きがまったくとれない。

 ここは裁きの間。

 罪をおかした人間を裁く場所だ。目の前には大きなが半円をえがくように並び、国の大臣たちが座っていた。左右のかべには何人もの衛兵。王様はいない。完治したけど大事をとって休養しているとのことだ。真ん中の大臣が口を開く。

「アンジェラ・サンデイズ、サンデイズだんしやくおよび男爵夫人。お前たちは国王陛下の殺人未遂罪に問われている。無論、猛毒の〈ハザードフグ〉を必要な下準備もなく食べさせたからだ」

 怒りで取り乱すこともなく、淡々と告げる。不気味な落ち着きが逆におそろしく、あたくしたちは反論することさえできなかった。そんなあたくしたちを置き去りに、大臣は少しも表情を変えずに言葉を続ける。

「レベッカじようのおかげで王様は一命を取り留められた。健康状態にも問題はなく、回復けいこうにある。あと数日も経てば公務に復帰できるだろう」

 王様が健康だと正式に言われ、ホッと胸をでおろす。あと一歩で人殺しのめいを被るところだった。今回ばかりはお義姉様も役に立ったわね。

いまだかつて、我が国で死刑はない。本来なら、お前たちは処刑されてもおかしくない。だが、王様はレベッカ嬢にめんじて命だけはのがしてくださるとのこと。陛下の器の大きさに感謝しろ」

 さらに大臣からありがたい言葉が。どうやら、命だけは救われたらしい。死のきようから逃れられて、あたくしたちは一段と安心した。てっきり死刑になるのかと思っていたのだ。ここ最近は生きたここがしなかったけど、ようやく夜眠れるようになりそうだ。

 そう、安心していたけど、次に告げられた言葉はかつてないほどの衝撃をあたくしたちにあたえた。

「お前たちは……しゆうしんけいに処す!」

 大臣が言い終わったとたん、静寂が訪れた。

 終身刑……。

 頭と心にきざみ込まれるような単語だ。お母様やお義父様は、口を動かすだけで何も言えなかった。このままでは決定してしまう。少しでも反抗の意思を見せないと。反論しようとするも、声がふるえてろくに話せない。

「ま、待って……それはあんまりで……」

「会議の結果、お前たちの処遇は終身刑と決まった。死ぬまでろうで過ごすがいい」

 大臣たちはさっさと席を立った。同時に、周囲にひかえていた衛兵があたくしたちを引っぱりあげる。連れて行かれる先は、ぽっかりと開いた階段。地下へ向かう階段だ。黒いかげが差し込み、まるで得体の知れないかいぶつみたいな恐ろしい雰囲気だった。ぞわぞわっと背筋が恐怖に襲われ、震えながらさけごえを上げた。

「お、お待ちください! 今一度考え直しを! 終身刑はおやめください!」

 お母様とお義父様も、あたくしと同じように声を張り上げる。

「ま、待って! お金をあげるからろうには連れて行かないで!」

「そ、そうだ、そうだ! サンデイズ家の資産を全てやるから見逃してくれ!」

 衛兵たちはピタリと立ち止まる。よかった……考え直してくれたのね。

「金なんからねえよ! お前らみたいな大罪人を見逃すわけないだろうが!」

「王様を殺そうとした人間だぞ! 一生ろうごくで暮らすんだよ!」

「せいぜい死ぬまで自分の行いを反省することだな! 命があっただけ感謝しろ!」

 見逃してくれるはずもなく、あたくしたちは引きずられる。彼らに連行されてきたのは、暗い地下牢獄。ここだけ湿しつが高いのか、気持ち悪い空気がじっとりとはだにまとわりつく。いくつかの牢からは、老人があたくしたちをおりの中からぼーっとながめていた。自分たちの未来が想像され、思わずゾッとする。

「「さあ、さっさと入れ! ここがお前たちの家だ!」」

「「うぁっ!」」

 ドカッとされ、あたくしたちは牢獄に転がりこんだ。命は助かった。でも、一生牢屋から出られないなんて、そんなの死んだも同然だ。この先何年も何十年もここで暮らす……。考えただけで意識を失いそうになる。

「ア、アンジェラ、なんとかしなさい……。一番若いんだから……」

「そ、そうだ、そうだ。お前がどうにかするんだ……。私たちよりずっと若いんだから……」

 二人の声など耳に入らない。あたくしの頭も心も胸も、ある思いでいっぱいだったからだ。

 一人のくろかみの女性に対する気持ち。

 いつもおいしい食事を安く作って、サンデイズ家の家計を助けてくれた。

 あたくしの義姉、レベッカ・サンデイズ。

 かのじよを家から追い出してから、全てがおかしくなった。そう自覚した瞬間、こうかいの念がとうの如く押し寄せてくる。

 ――お義姉様を追放したりしなければ、こんなことにはならなかったのに……。あたくしはなんておろかなことを……。

 後悔に後悔を重ねる。お義姉様の追放に反対すればよかった……もっと食堂を手伝えばよかった……。

 しかし、いくらやんでも過去は決して変えられなかった。