第八章:〝カフェ・アンチドートのフルコース〟



「あ、あの……キャンデさん……そろそろきゆうけいを……」

「わたし……のどかわきました……」

『ネッちゃんもからびそうだニャ……』

 その後、私たちは何時間も森を進み川をわたり、大きな山のふもとに着いた。ここは〝ポーさんろく地帯〟。キャンデさんいわく、毒魔物や毒食材が豊富に育つ地域らしい。〝テトモモハ〟をおとずれてから、こんな遠くまで来たことはない。もう三時間は歩いた気がする。あせだくで息も絶え絶えだ。私たちはろうこんぱいなのに、キャンデさんはつかれた様子もなくずかずかと歩く。

「なんだ、だらしないヤツらだな。体力がなかったらうまい料理が作れないぞ」

「『そんなこと言ったって……』」

 あきれた表情で立ち止まるキャンデさん。汗一つかいていないし、呼吸もまったく乱れていない。こ、これがSランク冒険者か……。体力の差を見せつけられた気分だ。

「……まぁ、いいだろう。ここで休憩とする。ったく、遠足じゃないんだからな」

「『ああ、良かったぁ……』」

 私たち(キャンデさん以外)は、ドカッと地面に座る。この辺りはちょうど木が生えておらず、草原となっていた。そよ風が気持ちいいよ~。三人ではぁ~……とたそがれていたら、キャンデさんにまたもや呆れられてしまった。

「お前たちはここで休んでいろ。私が毒魔物をいくらかつかまえてくるから、メニューに使えそうな物を選べ」

「「すみません、キャンデさん……」」

『かたじけないニャ……』

 キャンデさんは重そうな剣をたずさえたまま、さつそうと歩きだす。ついていけないのが本当に申し訳ない。せめて私にもっと体力があれば……。残念に感じていたら、ふと、かのじよが向かう先に牛型の毒魔物が見えた。むらさきと白色のまだら模様の牛、それは……。

「〈ヴェレーノ牛〉だぁ!」

「うぉっ! な、なんだ、レベッカ!」

 もうスピードでキャンデさんのとなりへダッシュ。とっても美味なお肉の〈ヴェレーノ牛〉。食べると毒で少しずつ牛になっちゃうけど、それはもうっぺたがとろけるほどおいしいのだ。お肉における最高等級のA5にひつてきする。

「キャンデさん、あの牛捕まえてください! コース料理のメインディッシュにピッタリです!」

「よ、よし、わかった。わかったから、私のうでを力強く握るな。千切れるだろうが」

 キャンデさんは私をはらうと、〈ヴェレーノ牛〉の元へ向かう。そういえば、キャンデさんのりを見るのは初めてだ。Sランクぼうけんしやの戦いって、どんなバトルなんだろう。クエストなんてやったことがない私は興味津々だった。

「はっ!」

『ゲェッ!』

 剣で叩いた! ドサッとたおれる〈ヴェレーノ牛〉。キャンデさんは手持ちの縄でしばりあげ、こちらにもどってきた。

 ……え、もう終わり?

 なんかよくわからないうちに終わってしまった。

「気絶させているだけだから、せんは保たれるはずだ」

「ありがとうございます。あっという間でしたね。さすがSランクぼうけん……キャンデさん!!

「な、なんだっ」

 空を見ると、真っ黒のきよだいな鳥がゆうに飛んでいる。あの鳥はまさしく……。

「〈デビルバード〉が飛んでいます! きっと、この辺りに卵があるんですよ! ちようちんの〈デビルエッグ〉がぁ!」

 別名、あくの卵。食べると毒によってベロや内臓が燃えくされる。その代わり、半熟にしたときのとろぉ~りとした食感とのうこうきわまるコクは、他のどの卵にも負けないのだ。なぜかキャンデさんはじやつかんひいた様子で話す。

「デ、〈デビルバード〉の巣は山の頂上付近にあるらしいな。きっと、ポーさんの頂上にあると思……」

「採りに行きましょう! 早くしないと日が暮れちゃいます! さあさあさあ!」

「つ、疲れてるんじゃないのか?」

 私の身体は真綿のように軽い。キャンデさんはどうしてそんなことを言うんだろう? こんなにもパワーに満ちあふれているというのに。

「では、採取してきますねっ! キャンデさんはロールちゃんたちをお願いします!」

「ま、待て、レベッ……!」

 全速力でけだした。景色がどんどん後ろに流れる。こう見えて、私は意外と足が速いのだ。ポー山をぐんぐん登って頂上付近へ。せいらんをいくつかいただいて戻ってきた。ギョッとする三人。

「ず、ずいぶん、早いな……」

「さっきまであんなに疲れてたのに……」

『レベッカは毒食材を見るとひようへんするんだニャ……』

 その後も、周辺で次々と毒食材を入手した。少しはなれた〝プレズ川〟では〈レインボウ・マス〉を、〝ポーの森〟では〈ポイズンオリーブ〉をゲット。魚料理に使おう。さらには〈海千やまいも〉、〈ヘルキャロット〉、〈毒ぶどう〉……などなど。前菜やスープの材料になりそうな食材もたくさん見つかった。全部かばんめても全然重くない。私って意外と力持ちなのだ。

「さあ、帰りましょうかぁ! 我らが〝カフェ・アンチドート〟にぃ!」

「レ、レベッカ、休まなくて平気なのか? 猛スピードで動き回っていたが……」

「疲れてなんかないですよぉ! ほらっ、ロールちゃんもネッちゃんも早く行こぉ! おいしい毒食材が悪くなっちゃうぅ!!

「ま、待って……レベッカ……」

『ハイテンションモードに入っちゃったニャ……』

 ロールちゃんとネッちゃんは、相変わらず疲れた様子で後からついてくる。でもだいじよう。二人とも、おいしい毒食材を見ていたら元気が回復すると思う!


□□□


 また数時間歩き、〝カフェ・アンチドート〟に帰ってきた。準備中の看板をどけて中に入る。お店はグリゴリーさんのプロポーズが終わるまで、一時的なお休みにしているのだ。ほんの数日間だけね。食材の簡単な下処理だけ行い、その日はてしまった。

 翌日。私はキッチンでレシピを考えるけど、ロールちゃんとネッちゃんは街に行く予定だった。素敵な食器をみつくろってくれるというのだ。

「じゃあ、わたしたちは買い物してくるね。あやしい人がいるといけないから、ちゃんとじまりするんだよ」

『十分に用心するニャね。何かあってもネッちゃんは守れないニャよ』

「ありがとう、二人とも。だけど、心配しないで。二階にはキャンデさんも寝てるし」

 二人を外まで見送る。がおで手を振りながら、ロールちゃんたちは街へと歩いていった。

「さて、レベッカ……あとはあなたが頑張るだけ」

 ロールちゃんとネッちゃんは食器を買いに行ってくれた。キャンデさんは食材を集めてくれた。みんなの頑張りを形にするのは、料理人であるこの私。

 料理が最高となるのも、最悪となるのも、全ては私の腕にかかっている。心に残るような美味しい料理を作りなさい。

 時間が過ぎるのも忘れ、私はキッチンにこもる日々を過ごした。


 二日後の夜。いよいよ満月の日をむかえた。オシャレな食器も用意し、食堂のそうかんぺき。メニューも無事に完成した。準備ばんたんだ。私たち〝カフェ・アンチドート〟一同は、食堂で本日の主役を待っていた。

「き、緊張するね、レベッカ。プロポーズ上手うまくいくかな」

「大丈夫だよ、ロールちゃん。私が絶対に成功させるから」

「今日は歴史に新しい一ページが刻まれる日となるのだろうか……」

『お願いだから大笑いしないでくれニャね。ふんが台無しになるんニャ』

 おのおの、感想を口にする。お客さんにとって大事な日は、私にとっても大事な日なのだ。そう実感したとき、カランッというかろやかな音がひびき、とびらが開かれた。

『し、失礼する』

「こんばんは」

 グリゴリーさんとその恋人さんがやってきた。

「『いらっしゃいませ(ニャ)! 〝カフェ・アンチドート〟にようこそ(ニャ)!』」

 私とネッちゃん、ロールちゃんは姿勢を正して迎え入れる。キャンデさんも軽くしやくしてくれた。

『久方ぶりだな、レベッカ嬢とそのお仲間たち。フランソワーズ、ここがこの前話していた〝カフェ・アンチドート〟だ』

「素敵なお店でございますね、グリゴリー様」

 女性はさらりとした長いブロンドヘア、かみと同じ金色のひとみ、くるんとカールしたまつ毛。グリゴリーさんを見る瞳はとても優しい。悪役令嬢だなんてとんでもない。ようせいのようにはかなく美しい方だった。

『こちらがシェフのレベッカ・サンデイズ嬢だ。レベッカ嬢、しようかいしよう。私の恋人のフランソワーズだ』

「初めまして。フランソワーズと申します。グリゴリー様からお話はうかがっておりますわ。大変に素晴らしいお料理を作ってくださると」

 フランソワーズさんは丁寧にお辞儀する。

「レベッカ・サンデイスです。ご来店ありがとうございます」

「ロ、ロールです」

『ネ、ネッちゃんだニャ』

「キャンデだ」

 一通り自己紹介し、お席にご案内した。ピンクやオレンジ、白色のガーベラの花束でかざってあるテーブルだ。ロールちゃんとネッちゃんが街で買ってきてくれた(もちろん、毒なし)。料理をじやしない程度のはなやかな香りがただよう。

「では、こちらへお座りください」

『ほぉ、キレイな花じゃないか』

「かわいいですわぁ」

 二人ともうれしそうに座った。料理は食べるまでの雰囲気も大事だ。まずは上々の出だしだと思う。

「では、こちらで少々お待ちください。まずは前菜からお出ししますので」

『ああ、よろしく頼む』

「コース料理なんて楽しみですわね」

 なごやかな雰囲気を残し、キッチンへ戻る。ロールちゃんたちはワクワクした様子で待っていた。

「あれがグリゴリーさんの恋人……キレイだねぇ……。見ているだけで尊い気持ちになるよ」

『ネッちゃんは胸がキュンキュンしちゃうニャ。ずっと見ていたいニャ』

「見世物じゃないんだよ、二人とも」

 気持ちはわかるけどさ。そんなにジロジロ見てたら失礼でしょうに。キャンデさんを見習っ……。

「あ、あれが恋人か……。運命のいたずらに引きかれた男女……。種族をえた愛は運命に打ち勝てるのか……!?

 泣いていた。ダラダラと涙を流し、目を赤くウルウルさせ、キャンデさんは泣いていた。話も大きくなってるし、何なら一番じっくり見ていた。頼みのつなが……。とはいえ、私も気を引きめなければ。

 今日はグリゴリーさんにとっても、〝カフェ・アンチドート〟にとっても、非常に大事な日。

 そう、落ち着いて調理しよう。腕まくりしながら決心する。この二日間、レシピを考案しているときは騒いでしまったけど、今日は大丈夫。なぜなら、すでに十分騒いだから。むしろ騒ぎすぎて疲れているくらいだね。

 では……調理を始めましょう。

「まずは〈レインボウ・マス〉のコンフィを作るよぉ! 時間がかかるからねぇ! 前菜と一緒に調理ぃ!」

「『また始まった(ニャ)……』」

 大事な日だといつもよりテンションも上がるぅ! 下処理が済んだ〈レインボウ・マス〉を保存箱から出す。採れたて鮮度ピチピチッ! 実は、宿の保存箱はとくしゆどうで、食材が日持ちするのだ。全て毒消しは済んでいるので、自由に調理できる。

「〈レインボウ・マス〉の表面はタオルでしっかり拭くぅ! 水分がなくなると塩がき出してくるのだぁ!」

「まさか、そんな魚があるなんて……」

「ネッ! つまみ食いしたら許さないからな。今日は、かれらが運命に勝てるか決まる大切な日なのだ」

『だからつまみ食いなんかしないのニャ!』

〈レインボウ・マス〉は、その名の通りにじいろかがやくマス。何もしなくても塩味がついているおいしいお魚。純白に輝く身は、ふっくらしていてジュジュジュジューシー。だぁが、しかぁし! 食べたときの毒はきつい! 雨の如く降り注ぐ矢にされているような、ほうもない痛みに全身をおそわれる。おなべに〈ポイズンオリーブ〉からちゆうしゆつした油をたっぷりイン。〈レインボウ・マス〉をその中にさらにイン。点火!

「油にけて低温調理ぃ! 骨のしんまでやわらかくなるぞぉ! 丸ごとご賞味あれぇ!」

「いつの間にかオリーブオイルが……」

「仕方がない。私がネッ! を見張っておこう」

『見張る必要なんてないニャ! というより、ネッちゃんはネッちゃんニャ!』

〈ポイズンオリーブ〉はすりつぶすと、普通の物より何倍も油が出る。毒消ししなかったら皮ふがけ落ちるけど、自然の息吹いぶきのような香りとほのかな苦みは何物にも代えがたい。〈レインボウ・マス〉の塩味とあいしようばつぐんなんだよね、これが。オリーブと魚がかなでるまろやかなハーモニー……。想像しただけでおなかいちゃう。じっくり火が通るまでは、このままでオッケー。

「お次は〈デビルエッグ〉の半熟卵を作るぅ! 熱湯の中に入れるよぉ! ヒビが入らないようていねいにぃ!」

「解説してくれるから、どう気をつければいいのかわかる……」

「これまたネコが好きそうな食材だ」

ねこようせいニャ』

〈デビルエッグ〉はとても割れやすい。おまけにきようれつな毒を持つ。食べたら三日三晩高熱にうなされるのだ。デリケートな卵だけど、その味はちようぜつぴん。特に半熟卵だと一番いい。とろりとあふれるのうこうな黄身と、はじけるような食感の白身。食べたらしようげきで頭がっ飛ぶぞ。

「卵は火が通りきらないうちに取り出しぃ! 冷水にけるぅ! 余熱で火が通ったら固ゆでになっちゃうでしょぉ!」

「毎度のことですがワクワクしてきました」

「安心しろ、私もだ」

『ネッちゃんもニャよ』

〈デビルエッグ〉を冷水にポチャン。でた後、すぐに冷やすことで半熟となる。さすがにこれだけではさびしいので、他の食材を追加。

「〈フォアカブト〉の花びらをぉ! ……散らせぇ!」

「いつもより多めに散らしているー!」

「景気よくいけぇ、レベッカァ!」

『足りなくなったら、いくらでも用意できるニャよ!』

 お皿の上に花びらをセット。卵のお花がいているようなイメージでね。白とあわい紫の色合いが上品で美しい。そっと〈デビルエッグ〉を載せた後は、最後の仕上げ。レベッカおすすめの〈ウマウマダケモドキ〉をけずって振りかける。このキノコは、しっかりかんそうさせれば生でも食べられるのだ。チーズ削り器を代用してパパッと卵にオン。完成。

「では、運んできます」

「私も手伝うよ」

「ありがとう、ロールちゃん」

 ロールちゃんと一緒に食堂へ運ぶ。グリゴリーさんとフランソワーズさんは、だんしようしながら待っていた。その尊い光景を見たしゆんかん、急激にテンションが落ち着いてくる。

 またやってしまった……。

 お客さんがプロポーズを控えているというのに、私がおおさわぎしてどうする。雰囲気が台無しになるでしょうが。

『相変わらずにぎやかなちゆうぼうだな。元気なのはいいことだ』

「うふふ、レベッカさんっておもしろいお方なんですね」

「あ、いえ……すみません、ほんとに」

 予想よりはるかに温かく迎え入れてくれた。グリゴリーさんたちの優しさが胸にみる。私も料理で応えなければ!

「〝半熟デビルエッグのフォアカブトえ〟でございます。〈ウマウマダケモドキ〉のスライスもかかっておりますので、風味もお楽しみください」

「うわぁ……キレイなお料理……」

『本物の花を思わせる美しいメニューだ。では、さっそくいただくとしよう』

「いただきます……」

 二人は揃ってナイフで卵を切る。とろりと黄身があふれでた。かんせいをあげるグリゴリーさんとフランソワーズさん。

『おぉっ、まるで黄金のようなきらめきだ。卵が独りでに輝くとは……ほのかなあまさもまた素晴らしいな。上品でいて、力強いコクとうまみを同時に味わえる。食べただけでエネルギーが満ちあふれる』

なめらかな食感は舌が絹で包まれるようです。卵の中から顔をのぞかせるキノコがカリッとして、素敵なアクセントになっておりますよ。わずかな塩味もまたおいしい……。このお花もひんやりした味わいが印象的ですわ。卵とキノコの濃厚な味わいを、さわやかに全身へ送りこんでくれますね」

 満面のみを見て、ホッと一安心。感想を聞くのもそこそこに、キッチンへと戻る。

こうかんしよくだね、レベッカ」

「うん、喜んでくれているみたいで良かった」

「ああ、尊い……なんて尊いんだ……うっうっ」

『ただ食べてるだけニャよ』

 よし、この調子でどんどん料理を作りましょう。もちろん、油断は禁物。静かに調理しましょうね。

「次はスープを作りますよぉ! 〈海千山芋〉と〈ヘルキャロット〉のポタージュだぁ! とろとろとろ、とろりんがる!」

「『とろりんがる(ニャ)!』」

〈海千山芋〉はすり潰すと、とろんとろんになる。これで作ったスープはまさしく、とろりんがるなのだ。食べたら毒で全身の血がこおりつくけど。〈ヘルキャロット〉はつうのニンジンを、さらにどす黒い赤色にしたような野菜。そのままでは、ごくほのおに焼かれるような激痛に内臓をこわされる。ところがどっこい。毒消ししたら、天使のごとく甘い味となってしまうのだ。すーりすりすり、すりすりすり……とすり潰して、水と一緒にお鍋に入れる。ふつとうしたら完成コンプリート。味見にふるえているネッちゃんとキャンデさんを置いて、ロールちゃんと一緒に運ぶ。

「お待たせしました。〝海千山芋とヘルキャロットのポタージュ〟でございます」

『ポタージュか。これもまたおいしそうだな……くぅ、なんというまろやかさ。優しく広がる野菜の甘さは、おいしいという気持ちをかき立てる。きっと、がみの加護を受けたときは、こんな幸福感に包まれるのだろう』

「見た目も素敵ですわね。真夏の太陽みたいにパワーを感じます。見た目にたがわない豊かな甘さとまろやかさ……一生忘れられないお料理ばかりですわ」

 グリゴリーさんもフランソワーズさんも、ずいぶんとが豊富だ。言葉の端々から、とてもりよぶかい方々だとわかる。さぁ、次は前半の要、魚料理だね。

 キッチンに戻り、下準備。いよいよ、大変につらかったえんせいでゲットした〈レインボウ・マス〉の出番だ。もう加熱はしゆうりようしており、すでに冷やしているのであった。

「付け合わせの野菜は〈痛トマト〉、〈ぽてっとジャガイモ〉、〈ズキズッキーニ〉の三種盛りぃ!」

「なんていろどり豊かなのー!」

「赤、黄、緑がごうけんらんだー!」

『目にも優しい色合いニャー!』

〈痛トマト〉は毒のげきで痛っ! ってなっちゃう。果肉は厚いのに、水分たっぷり。ほどよい酸味がおいしいよ。毒消しで安全に。〈ぽてっとジャガイモ〉は食べると、身体がぽてっとくさり落ちてしまう。これも毒消しすればオッケー。ふかすと普通のいもの三倍はホクホクになるね。〈ズキズッキーニ〉はさわるとズキズキした痛みに、二週間くらい襲われる。その代わり、あっさりしていて苦みも少ない。毒消ししたので、これも問題なし。運ぶ!

「〝レインボウ・マスのコンフィ、季節の野菜添え〟でございます」

『食べる前からおいしいのがわかるな。さっそくいただこう……うむ、うまい。君の料理は、想像の遥か上を行く。魚が持つ少し強めの塩味が、野菜たちとのこうきようきよくを思わせる美しいハーモニーだ。オリーブのほうじゆんな香りが食材の味を際立たせる』

「骨まで食べたくなるお魚料理は初めてです。芯の芯までみ込んだしょっぱさがたまらないです。食べる手が止まりませんわ。ああ、もう半分しか残ってないなんて……」

 また好感触の感想をいただいた。お客さんが喜ぶ顔を見ると私も嬉しい。さあ、コース料理もいよいよ後半戦。次はメインディッシュの調理だね!

「メインディッシュは〈ヴェレーノ牛〉のサーロインステーキだぁ! 筋切り筋切り、トントントン!」

「『筋切り筋切り、トントントン(ニャ)!』」

 お肉の筋を切って柔らかく。何よりもステーキは焼き方がポイントなのだ。よく熱したフライパンにお肉をそっと載せる。

「強火で片面を焼けぇ! がついたらひっくり返すぅ! もう片面も強火で焼けぇ!」

「あぁあ~、この音がたまらないぃ~! 食べ食べ食べ食べ食べたくなるのぉ~!」

「モ~ぉ、まんできない! 牛だけにぃ! あひゃひゃひゃひゃっ!」

『面白くもなんともないニャー!』

 両方の表面を先に焼いてから、中に火を通す。味付けはシンプルに……食材の味のみ! 余計なソースなど使わず勝負できる! それほど、〈ヴェレーノ牛〉のおいしさは牛肉の中でも頭一つけているのだ。あふれるにくじゆうはしょっぱくて、全身がしもり肉というすごさ。

 付け合わせの野菜として、〝ポー山麓地帯〟の森でゲットした〈エメラルドパプリカ〉と〈ベビー毒コーン〉を一緒に焼く。〈エメラルドパプリカ〉は宝石みたいなグリーンのパプリカ。こんとうしちゃう毒があるけど、毒消しすればフルーツみたいな甘さが味わえる。お肉のいい口直しになるだろう。見た目も宝石のようにうるわしいね。〈ベビー毒コーン〉はシャキシャキした食感がまん。肉汁と一緒に食べるのがおすすめ。〈ヴェレーノ牛〉のお肉を切ると、中はほんのり赤みが残っていた。ベストな焼き加減。盛り付けて完成っ。運ぶ!

「こちらが本日のメインディッシュ、〝ヴェレーノ牛のサーロインステーキ〟でございます」

『これはらしい! かなり上物の肉だな! ……あぁ、うまい……。ありきたりだが、表面はカリッと、中はジューシーそのものだ。適度な塩加減が肉のあぶらで広がって、口中が幸福感で包まれる。フォークが止まらない……』

「お肉はもちろんですが、お野菜もおいしいですわね。パプリカの甘みがお肉の塩味と溶け合います。ベビーコーンのシャキシャキとした食感もまた、お肉ともパプリカとも違って一段と存在感があります」

 グリゴリーさんとフランソワーズさんは喜んで食べる。ナイフでお肉を切るカチャカチャした音も、楽しそうにおしやべりする声も、私の心に温かく響く。

 さて、あとは最後の締めだね。キッチンで材料と心を整える。コース料理のラストといったら、もうこれしかないだろう。

「デザートは〝カフェ・アンチドート〟の特製ホールケーキぃ! まずはスポンジ作りからぁ! なんで、今から焼くかってぇ? だって、焼きたてがおいしいのぉ!」

「焼きたてケーキは最の高ー! わたしも食べたくってしょうがないー!」

「ケーキは計器で景気よく量れー! あひゃひゃひゃひゃっ!」

『だから、つまらないんだニャー!』

〈デビルエッグ〉をボウルに入れ、カーッとあわてる。さらに〈バチバチばち〉のはちみつをイン! その名の通り、かみなりりよくをまとった毒針を持つ。毒消ししたので、このレア食材も問題なく使えた。砂糖なんて比べ物にならない、それでいて後味さわやかな甘みを持つ。つなぎは〈ヴェレーノ牛〉の乳から作ったバター。キャンデさんがゲットしてくれたのは、運よくメスだったのだ。ぐーるぐるぐるとじゆうぶんかき混ぜたら、ケーキの型に注ぎ入れる。かまどに入れたら、燃え石をフル投入! こうすることで、いつもより数段早く焼き上がるのだ。だんは節約ぎみに使うけど、今日は特別。何と言っても、プロポーズの日だからね。

いちごのホールケーキを二人分ん! 〈マグマ苺〉をふんだんに使うよぉ! 毒消ししたから火傷やけどしないぃ!」

ようがんのような赤が目にまぶしい!」

「毒消ししなきゃ、クマが食べても火傷するぞー! あひゃひゃひゃひゃっ!」

『ネッちゃんはもう何も言わないニャー!』

〈マグマ苺〉は口に入れた瞬間、高熱を発する毒を持つ。これもまた、毒消ししちゃえば問題なし。酸味と甘みがバランスの良い苺となってしまう。〈一撃いちご〉でもよかったけど、せっかくだから別の苺を使っただい。サクサク切り終わったところで、スポンジが焼き上がった。

「スポンジは真ん中でスライスぅ! クリームと苺でサンドするぅ!」

「白と赤の色合いがカラフルで美しいぃ!」

「混ぜてもピンクにはならないぞ! あひゃひゃひゃひゃ!」

『ネッちゃん、苺大好きニャー!』

 クリームは〝毒の森〟に生えていた〈毒ナタネ〉から作った。いわゆる、植物性のクリーム。魔力をめると、液体から半液体に変化するのだ。毒消しなしで食べると、身体が油のように溶けていくけどね。パレットナイフで全体をぐるりとコーティング。〈マグマ苺〉をポンポンッと載せたら完成。三角形に切り出して、運ぶぅ!

「こちらが、本日最後のお料理でございます。デザートとして、〝カフェ・アンチドートの特製ショートケーキ〟をご用意いたしました」

『そうか、もうデザートか。もっとたんのうしたかったが、こればっかりは仕方がないな』

「切り口まで大変に美しいケーキですわね。白と赤のコントラストがキレイ……食べてしまうのがもったいないです」

 グリゴリーさんとフランソワーズさんは、ほわぁ~とケーキをながめる。一口食べると、すぐさま満面の笑みをかべた。

『スポンジはふわふわなのに、クリームはおそろしくしっとりだ。滑らかなしたざわりと豊かな甘さが心を満たす。まさしく、食後のデザートにピッタリのケーキだな。デザートなのにおかわりしたくなる』

「こんなに甘い苺は食べたことがありません。甘みの中からわずかに主張する酸味が、爽やかな後味ですわ。種もカリカリしていておいしい……一口が幸福そのものです」

 口々に嬉しい感想を述べてくれる。がんって作って良かったな。食べ終わったところを見計らって、〈ポイズンハーブ〉のお茶を出す。私にできるのはここまで。後はグリゴリーさんにかかっている。チラリと見ると、さりげなく頷いてくれた。キッチンに戻り、静かに様子を見守る。ロールちゃんたちは、りようこぶしにぎってハラハラしていた。

「ぁあぁ~、どうしよう~。きんちようで胸が張り裂けそうだよぉ~」

きゆうけつと人間……! 種族を超えた愛は無事結ばれるのか……!」

『ネッちゃんたちは、新しい歴史の幕開けに立ち会っているんだニャ!』

「三人とも静かにっ……!」

 私たちの声が聞こえたら、雰囲気が台無しになっちゃうでしょうに!

 グリゴリーさんとフランソワーズさんは、特に何も話すことなくお茶を飲む。その静かな雰囲気が、今か今かとより緊張感を増す。

『空を見てごらん、フランソワーズ。美しい満月が出ているよ』

「ええ、ここ最近でも素晴らしいお月様ですわね。おいしいお料理も食べられて、美しい満月も見られて、私は本当に幸せ者です」

 二人はそろって満月を見た。うすぐらい店内に月明かりが差し込み、彼らをぽっかりと照らし出す。ロールちゃんが気をかせて、食堂の照明を弱くしたのだ。

『君は満月のように明るく私の心を照らしてくれる』

「……グリゴリー様。それは私のセリフですわ。グリゴリー様こそ、私を見守ってくださる月でございます」

 そっと手を握り合う一組の男女。種族なんて関係なく、たがいに愛し合っていることが伝わる。グリゴリーさんはフランソワーズさんをしんけんな顔で見ると、ポケットから小さな箱を取り出した。

『フランソワーズ、君に伝えたいことがある。私と…………けつこんしてくれないか?』

〝カフェ・アンチドート〟に、グリゴリーさんの言葉が静かに響いた。私たちの心臓が緊張でね上がる。

「……」

 フランソワーズさんは無言だ。何も話さず表情も変えず、グリゴリーさんが差し出した指輪をジッと見つめる。その光景を見て、私は背中にイヤな汗をじわりとかいた。

 も、もしかして、きよ? どうして? 二人は愛し合っているんじゃないの?

 予想外の展開に、頭の中が激しい混乱に襲われた。横にひかえたロールちゃんたちも、きんぱくした様子で眺める。なんで? どうして? と考えるうち、一つの可能性にぶち当たった。

 わ……私のお料理がまずかったから?

 全力を出したつもりだったけど、力がおよばなかったらしい。こ、これは大変なことだ。私のせいで、グリゴリーさんのプロポーズが失敗してしまった……。早くあやまらないとっ!

 意を決してキッチンから出ようとした、そのとき。フランソワーズさんのほおを、つっ……と一筋の光が伝った。

「はい……はい……私でよければ……喜んで……! グリゴリー様の妻になりたいです!」

 月明かりを受けた天使のような女性は、彼女の夫に力強くき着いた。その頬におおつぶなみだを流しながら。ホッとすると同時に、見守る私も温かい気持ちで心が満たされていく。

「良かったね、みんな……。愛が結ばれたんだよ。私、頑張ってよかった……」

 尊い。吸血鬼と人間という種族の差を超えた愛。愛があれば、どんなかべも乗りえられる。私たちはそのせきの当たりにしたんだ。何度も言うけど尊い。しんみりするのだけど、少しずつ異変を感じた。だれよりもハイテンションに喜ぶであろう三人が静かだ。

「み、みんな、どうし……」

 横を向いた瞬間、三つの黒いかげが食堂に向かって飛び出した。止める間もなく、彼女たちは思い思いの感想をさけびまくる。

「おめでとーございまーす! 今日はなんてめでたい日でしょーかー!」

「運命のいたずらに打ち勝ったんだな! よくやった! よくやったぞ!」

『めでたい、めでたい、めでたいニャー! めでたいから今日はおなしニャー!』

 みんな……。おまけに、クラッカーをパパパパーンッ! と鳴らしまくる。い、いつの間に用意していたの……。おかげで、おごそかないんいつしゆんで消え去ってしまった。こ、これはさすがにグリゴリーさんたちおこるんじゃ……。

『みなさん……ありがとう。私はあなたたちの元気にあとしされたんだ』

「ありがとうございます。私たちのためにこんな素晴らしいお料理と、サプライズまでご用意してくださって……お礼のしようもありません」

 グリゴリーさんもフランソワーズさんも、怒ることなく笑顔で受け止めてくれた。この二人の方がよっぽど大人だよ。と思いつつ、私も喜びの輪に加わる。うわーい、うわーい! といつまでもりんする私たちを、まん丸のお月様がずっと眺めていた。


□□□


『レベッカじよう、〝カフェ・アンチドート〟のみなさん、よいは本当に世話になった』

 楽しいお食事も終わり、グリゴリーさんたちのお帰りの時間がきた。フランソワーズさんは外でネッちゃんをで撫で中。ネッちゃんも嬉しそうだ。キャンデさんは拳を握りしめながらくうを見つめ、熱い涙を流している。

「こちらこそありがとうございました。グリゴリーさんたちのおかげで、〝カフェ・アンチドート〟にとっても思い出深い日となりました」

「また来てください。わたしたちも喜んでおむかえします」

 代金はまだ受け取っていないけど、ロールちゃんのはわわ……もなさそうで何より。なるべく、貴重品は増えないでほしい。

『これは少ないが、今回の礼だ。受け取ってほしい』

 と思いきや、差し出されたのはこぶしだいのダイヤモンド。カットされていないのに、月明かりにさえキラリと輝く。とうめいも高くて非常に美しい。ずしっ……という重さが、私の心臓を強くはくどうさせた。