第八章:〝カフェ・アンチドートのフルコース〟
「あ、あの……キャンデさん……そろそろ
「わたし……
『ネッちゃんも
その後、私たちは何時間も森を進み川を
「なんだ、だらしないヤツらだな。体力がなかったらうまい料理が作れないぞ」
「『そんなこと言ったって……』」
「……まぁ、いいだろう。ここで休憩とする。ったく、遠足じゃないんだからな」
「『ああ、良かったぁ……』」
私たち(キャンデさん以外)は、ドカッと地面に座る。この辺りはちょうど木が生えておらず、草原となっていた。そよ風が気持ちいいよ~。三人ではぁ~……と
「お前たちはここで休んでいろ。私が毒魔物をいくらか
「「すみません、キャンデさん……」」
『かたじけないニャ……』
キャンデさんは重そうな剣を
「〈ヴェレーノ牛〉だぁ!」
「うぉっ! な、なんだ、レベッカ!」
「キャンデさん、あの牛捕まえてください! コース料理のメインディッシュにピッタリです!」
「よ、よし、わかった。わかったから、私の
キャンデさんは私を
「はっ!」
『ゲェッ!』
剣で叩いた! ドサッと
……え、もう終わり?
なんかよくわからないうちに終わってしまった。
「気絶させているだけだから、
「ありがとうございます。あっという間でしたね。さすがSランク
「な、なんだっ」
空を見ると、真っ黒の
「〈デビルバード〉が飛んでいます! きっと、この辺りに卵があるんですよ!
別名、
「デ、〈デビルバード〉の巣は山の頂上付近にあるらしいな。きっと、ポー
「採りに行きましょう! 早くしないと日が暮れちゃいます! さあさあさあ!」
「つ、疲れてるんじゃないのか?」
私の身体は真綿のように軽い。キャンデさんはどうしてそんなことを言うんだろう? こんなにもパワーに満ちあふれているというのに。
「では、採取してきますねっ! キャンデさんはロールちゃんたちをお願いします!」
「ま、待て、レベッ……!」
全速力で
「ず、ずいぶん、早いな……」
「さっきまであんなに疲れてたのに……」
『レベッカは毒食材を見ると
その後も、周辺で次々と毒食材を入手した。少し
「さあ、帰りましょうかぁ! 我らが〝カフェ・アンチドート〟にぃ!」
「レ、レベッカ、休まなくて平気なのか? 猛スピードで動き回っていたが……」
「疲れてなんかないですよぉ! ほらっ、ロールちゃんもネッちゃんも早く行こぉ! おいしい毒食材が悪くなっちゃうぅ!!」
「ま、待って……レベッカ……」
『ハイテンションモードに入っちゃったニャ……』
ロールちゃんとネッちゃんは、相変わらず疲れた様子で後からついてくる。でも
□□□
また数時間歩き、〝カフェ・アンチドート〟に帰ってきた。準備中の看板をどけて中に入る。お店はグリゴリーさんのプロポーズが終わるまで、一時的なお休みにしているのだ。ほんの数日間だけね。食材の簡単な下処理だけ行い、その日は
翌日。私はキッチンでレシピを考えるけど、ロールちゃんとネッちゃんは街に行く予定だった。素敵な食器を
「じゃあ、わたしたちは買い物してくるね。
『十分に用心するニャね。何かあってもネッちゃんは守れないニャよ』
「ありがとう、二人とも。だけど、心配しないで。二階にはキャンデさんも寝てるし」
二人を外まで見送る。
「さて、レベッカ……あとはあなたが頑張るだけ」
ロールちゃんとネッちゃんは食器を買いに行ってくれた。キャンデさんは食材を集めてくれた。みんなの頑張りを形にするのは、料理人であるこの私。
料理が最高となるのも、最悪となるのも、全ては私の腕にかかっている。心に残るような美味しい料理を作りなさい。
時間が過ぎるのも忘れ、私はキッチンにこもる日々を過ごした。
二日後の夜。いよいよ満月の日を
「き、緊張するね、レベッカ。プロポーズ
「大丈夫だよ、ロールちゃん。私が絶対に成功させるから」
「今日は歴史に新しい一ページが刻まれる日となるのだろうか……」
『お願いだから大笑いしないでくれニャね。
『し、失礼する』
「こんばんは」
グリゴリーさんとその恋人さんがやってきた。
「『いらっしゃいませ(ニャ)! 〝カフェ・アンチドート〟にようこそ(ニャ)!』」
私とネッちゃん、ロールちゃんは姿勢を正して迎え入れる。キャンデさんも軽く
『久方ぶりだな、レベッカ嬢とそのお仲間たち。フランソワーズ、ここがこの前話していた〝カフェ・アンチドート〟だ』
「素敵なお店でございますね、グリゴリー様」
女性はさらりとした長いブロンドヘア、
『こちらがシェフのレベッカ・サンデイズ嬢だ。レベッカ嬢、
「初めまして。フランソワーズと申します。グリゴリー様からお話は
フランソワーズさんは丁寧にお辞儀する。
「レベッカ・サンデイスです。ご来店ありがとうございます」
「ロ、ロールです」
『ネ、ネッちゃんだニャ』
「キャンデだ」
一通り自己紹介し、お席にご案内した。ピンクやオレンジ、白色のガーベラの花束で
「では、こちらへお座りください」
『ほぉ、キレイな花じゃないか』
「かわいいですわぁ」
二人とも
「では、こちらで少々お待ちください。まずは前菜からお出ししますので」
『ああ、よろしく頼む』
「コース料理なんて楽しみですわね」
「あれがグリゴリーさんの恋人……キレイだねぇ……。見ているだけで尊い気持ちになるよ」
『ネッちゃんは胸がキュンキュンしちゃうニャ。ずっと見ていたいニャ』
「見世物じゃないんだよ、二人とも」
気持ちはわかるけどさ。そんなにジロジロ見てたら失礼でしょうに。キャンデさんを見習っ……。
「あ、あれが恋人か……。運命のいたずらに引き
泣いていた。ダラダラと涙を流し、目を赤くウルウルさせ、キャンデさんは泣いていた。話も大きくなってるし、何なら一番じっくり見ていた。頼みの
今日はグリゴリーさんにとっても、〝カフェ・アンチドート〟にとっても、非常に大事な日。
そう、落ち着いて調理しよう。腕まくりしながら決心する。この二日間、レシピを考案しているときは騒いでしまったけど、今日は大丈夫。なぜなら、すでに十分騒いだから。むしろ騒ぎすぎて疲れているくらいだね。
では……調理を始めましょう。
「まずは〈レインボウ・マス〉のコンフィを作るよぉ! 時間がかかるからねぇ! 前菜と一緒に調理ぃ!」
「『また始まった(ニャ)……』」
大事な日だといつもよりテンションも上がるぅ! 下処理が済んだ〈レインボウ・マス〉を保存箱から出す。採れたて鮮度ピチピチッ! 実は、宿の保存箱は
「〈レインボウ・マス〉の表面はタオルでしっかり拭くぅ! 水分がなくなると塩が
「まさか、そんな魚があるなんて……」
「ネッ! つまみ食いしたら許さないからな。今日は、
『だからつまみ食いなんかしないのニャ!』
〈レインボウ・マス〉は、その名の通り
「油に
「いつの間にかオリーブオイルが……」
「仕方がない。私がネッ! を見張っておこう」
『見張る必要なんてないニャ! というより、ネッちゃんはネッちゃんニャ!』
〈ポイズンオリーブ〉はすり
「お次は〈デビルエッグ〉の半熟卵を作るぅ! 熱湯の中に入れるよぉ! ヒビが入らないよう
「解説してくれるから、どう気をつければいいのかわかる……」
「これまたネコが好きそうな食材だ」
『
〈デビルエッグ〉はとても割れやすい。おまけに
「卵は火が通りきらないうちに取り出しぃ! 冷水に
「毎度のことですがワクワクしてきました」
「安心しろ、私もだ」
『ネッちゃんもニャよ』
〈デビルエッグ〉を冷水にポチャン。
「〈フォアカブト〉の花びらをぉ! ……散らせぇ!」
「いつもより多めに散らしているー!」
「景気よくいけぇ、レベッカァ!」
『足りなくなったら、いくらでも用意できるニャよ!』
お皿の上に花びらをセット。卵のお花が
「では、運んできます」
「私も手伝うよ」
「ありがとう、ロールちゃん」
ロールちゃんと一緒に食堂へ運ぶ。グリゴリーさんとフランソワーズさんは、
またやってしまった……。
お客さんがプロポーズを控えているというのに、私が
『相変わらず
「うふふ、レベッカさんって
「あ、いえ……すみません、ほんとに」
予想より
「〝半熟デビルエッグのフォアカブト
「うわぁ……キレイなお料理……」
『本物の花を思わせる美しいメニューだ。では、さっそくいただくとしよう』
「いただきます……」
二人は揃ってナイフで卵を切る。とろりと黄身があふれでた。
『おぉっ、まるで黄金のような
「
満面の
「
「うん、喜んでくれているみたいで良かった」
「ああ、尊い……なんて尊いんだ……うっうっ」
『ただ食べてるだけニャよ』
よし、この調子でどんどん料理を作りましょう。もちろん、油断は禁物。静かに調理しましょうね。
「次はスープを作りますよぉ! 〈海千山芋〉と〈ヘルキャロット〉のポタージュだぁ! とろとろとろ、とろりんがる!」
「『とろりんがる(ニャ)!』」
〈海千山芋〉はすり潰すと、とろんとろんになる。これで作ったスープはまさしく、とろりんがるなのだ。食べたら毒で全身の血が
「お待たせしました。〝海千山芋とヘルキャロットのポタージュ〟でございます」
『ポタージュか。これもまたおいしそうだな……くぅ、なんというまろやかさ。優しく広がる野菜の甘さは、おいしいという気持ちをかき立てる。きっと、
「見た目も素敵ですわね。真夏の太陽みたいにパワーを感じます。見た目に
グリゴリーさんもフランソワーズさんも、ずいぶんと
キッチンに戻り、下準備。いよいよ、大変に
「付け合わせの野菜は〈痛トマト〉、〈ぽてっとジャガイモ〉、〈ズキズッキーニ〉の三種盛りぃ!」
「なんて
「赤、黄、緑が
『目にも優しい色合いニャー!』
〈痛トマト〉は毒の
「〝レインボウ・マスのコンフィ、季節の野菜添え〟でございます」
『食べる前からおいしいのがわかるな。さっそくいただこう……うむ、うまい。君の料理は、想像の遥か上を行く。魚が持つ少し強めの塩味が、野菜たちとの
「骨まで食べたくなるお魚料理は初めてです。芯の芯まで
また好感触の感想をいただいた。お客さんが喜ぶ顔を見ると私も嬉しい。さあ、コース料理もいよいよ後半戦。次はメインディッシュの調理だね!
「メインディッシュは〈ヴェレーノ牛〉のサーロインステーキだぁ! 筋切り筋切り、トントントン!」
「『筋切り筋切り、トントントン(ニャ)!』」
お肉の筋を切って柔らかく。何よりもステーキは焼き方がポイントなのだ。よく熱したフライパンにお肉をそっと載せる。
「強火で片面を焼けぇ!
「あぁあ~、この音がたまらないぃ~! 食べ食べ食べ食べ食べたくなるのぉ~!」
「モ~ぉ、
『面白くもなんともないニャー!』
両方の表面を先に焼いてから、中に火を通す。味付けはシンプルに……食材の味のみ! 余計なソースなど使わず勝負できる! それほど、〈ヴェレーノ牛〉のおいしさは牛肉の中でも頭一つ
付け合わせの野菜として、〝ポー山麓地帯〟の森でゲットした〈エメラルドパプリカ〉と〈ベビー毒コーン〉を一緒に焼く。〈エメラルドパプリカ〉は宝石みたいなグリーンのパプリカ。
「こちらが本日のメインディッシュ、〝ヴェレーノ牛のサーロインステーキ〟でございます」
『これは
「お肉はもちろんですが、お野菜もおいしいですわね。パプリカの甘みがお肉の塩味と溶け合います。ベビーコーンのシャキシャキとした食感もまた、お肉ともパプリカとも違って一段と存在感があります」
グリゴリーさんとフランソワーズさんは喜んで食べる。ナイフでお肉を切るカチャカチャした音も、楽しそうにお
さて、あとは最後の締めだね。キッチンで材料と心を整える。コース料理のラストといったら、もうこれしかないだろう。
「デザートは〝カフェ・アンチドート〟の特製ホールケーキぃ! まずはスポンジ作りからぁ! なんで、今から焼くかってぇ? だって、焼きたてがおいしいのぉ!」
「焼きたてケーキは最の高ー! わたしも食べたくってしょうがないー!」
「ケーキは計器で景気よく量れー! あひゃひゃひゃひゃっ!」
『だから、つまらないんだニャー!』
〈デビルエッグ〉をボウルに入れ、カーッと
「
「
「毒消ししなきゃ、クマが食べても火傷するぞー! あひゃひゃひゃひゃっ!」
『ネッちゃんはもう何も言わないニャー!』
〈マグマ苺〉は口に入れた瞬間、高熱を発する毒を持つ。これもまた、毒消ししちゃえば問題なし。酸味と甘みがバランスの良い苺となってしまう。〈一撃いちご〉でもよかったけど、せっかくだから別の苺を使った
「スポンジは真ん中でスライスぅ! クリームと苺でサンドするぅ!」
「白と赤の色合いがカラフルで美しいぃ!」
「混ぜてもピンクにはならないぞ! あひゃひゃひゃひゃ!」
『ネッちゃん、苺大好きニャー!』
クリームは〝毒の森〟に生えていた〈毒ナタネ〉から作った。いわゆる、植物性のクリーム。魔力を
「こちらが、本日最後のお料理でございます。デザートとして、〝カフェ・アンチドートの特製ショートケーキ〟をご用意いたしました」
『そうか、もうデザートか。もっと
「切り口まで大変に美しいケーキですわね。白と赤のコントラストがキレイ……食べてしまうのがもったいないです」
グリゴリーさんとフランソワーズさんは、ほわぁ~とケーキを
『スポンジはふわふわなのに、クリームは
「こんなに甘い苺は食べたことがありません。甘みの中からわずかに主張する酸味が、爽やかな後味ですわ。種もカリカリしていておいしい……一口が幸福そのものです」
口々に嬉しい感想を述べてくれる。
「ぁあぁ~、どうしよう~。
「
『ネッちゃんたちは、新しい歴史の幕開けに立ち会っているんだニャ!』
「三人とも静かにっ……!」
私たちの声が聞こえたら、雰囲気が台無しになっちゃうでしょうに!
グリゴリーさんとフランソワーズさんは、特に何も話すことなくお茶を飲む。その静かな雰囲気が、今か今かとより緊張感を増す。
『空を見てごらん、フランソワーズ。美しい満月が出ているよ』
「ええ、ここ最近でも素晴らしいお月様ですわね。おいしいお料理も食べられて、美しい満月も見られて、私は本当に幸せ者です」
二人は
『君は満月のように明るく私の心を照らしてくれる』
「……グリゴリー様。それは私のセリフですわ。グリゴリー様こそ、私を見守ってくださる月でございます」
そっと手を握り合う一組の男女。種族なんて関係なく、
『フランソワーズ、君に伝えたいことがある。私と…………
〝カフェ・アンチドート〟に、グリゴリーさんの言葉が静かに響いた。私たちの心臓が緊張で
「……」
フランソワーズさんは無言だ。何も話さず表情も変えず、グリゴリーさんが差し出した指輪をジッと見つめる。その光景を見て、私は背中にイヤな汗をじわりとかいた。
も、もしかして、
予想外の展開に、頭の中が激しい混乱に襲われた。横に
わ……私のお料理がまずかったから?
全力を出したつもりだったけど、力が
意を決してキッチンから出ようとした、そのとき。フランソワーズさんの
「はい……はい……私でよければ……喜んで……! グリゴリー様の妻になりたいです!」
月明かりを受けた天使のような女性は、彼女の夫に力強く
「良かったね、みんな……。愛が結ばれたんだよ。私、頑張ってよかった……」
尊い。吸血鬼と人間という種族の差を超えた愛。愛があれば、どんな
「み、みんな、どうし……」
横を向いた瞬間、三つの黒い
「おめでとーございまーす! 今日はなんてめでたい日でしょーかー!」
「運命のいたずらに打ち勝ったんだな! よくやった! よくやったぞ!」
『めでたい、めでたい、めでたいニャー! めでたいから今日はお
みんな……。おまけに、クラッカーをパパパパーンッ! と鳴らしまくる。い、いつの間に用意していたの……。おかげで、
『みなさん……ありがとう。私はあなたたちの元気に
「ありがとうございます。私たちのためにこんな素晴らしいお料理と、サプライズまでご用意してくださって……お礼のしようもありません」
グリゴリーさんもフランソワーズさんも、怒ることなく笑顔で受け止めてくれた。この二人の方がよっぽど大人だよ。と思いつつ、私も喜びの輪に加わる。うわーい、うわーい! といつまでも
□□□
『レベッカ
楽しいお食事も終わり、グリゴリーさんたちのお帰りの時間がきた。フランソワーズさんは外でネッちゃんを
「こちらこそありがとうございました。グリゴリーさんたちのおかげで、〝カフェ・アンチドート〟にとっても思い出深い日となりました」
「また来てください。わたしたちも喜んでお
代金はまだ受け取っていないけど、ロールちゃんのはわわ……もなさそうで何より。なるべく、貴重品は増えないでほしい。
『これは少ないが、今回の礼だ。受け取ってほしい』
と思いきや、差し出されたのは