第七章:〝らいじん鳥のソテー、毒リコットのジャムえとばくれつモロコシのあぶ



「ロールちゃん、金貨もせきも宝石もプラチナの腕輪も純銀のメダルもしまおうね~。ぬすまれちゃうと大変だからね~」

『せっかくの警戒心はどこ行ったのニャ』

「うぅ~ん、だってぇ~……」

 お昼ご飯の後。相変わらず、私たちはロールちゃんから貴重品を回収する日々だ。隠し金庫にしまっても、目をはなしたらすぐテーブルの上に散らかしてしまう。一日で何回ヒヤヒヤすることか。しかも、最近はじよじよていこうされるようになってきた。ロールちゃんを一人にはしておけない。私はもう心配でしょうがないよ。

「おーい、またうまそうな食材を見つけてきたぞ」

「キャンデさん、お帰りなさい。ほら、ロールちゃん、しっかりして」

 キャンデさんもまた、食材調達に協力してくれる毎日だ。クエストでおいそがしいだろうにありがたい限り。今日採ってきてくれたのはなんだろうね。

「私にとっても久しぶりの大物だったぞ。〝毒の森〟をうろついていた」

 ドサリと置かれたのは大きな鳥。短くて太いあしに、茶色と黒のまだらな羽。特筆すべきは、ピリピリほとばしる弱いかみなり

「ららら〈雷神鳥〉じゃぁないですかぁ~!」

 雷のりよくを宿したレアな鳥。そのおかげか、肉がとにかく柔らかくておいしい。しかも地面を歩き回ることが多いので、柔らかいだけでなく身が引き締まっている。味わい深い肉のうまみだってガツンとくるぞ。

「ネッ! 隠れいするなよ。ネコは鳥が大好物だからな」

『するわけないニャ! だから、ネッちゃんはねこようせいニャの!』

 キャンデさんとネッちゃんが何かしやべっているけど、毒食材への興奮で良く聞こえない。〈雷神鳥〉はとりにく界の三大ちんと言っても過言ではないだろう。ところが、こいつも毒を持つ。その名の通り、食べると雷に打たれたように体が数週間もしびれてしまう。毒消し。

「ついでに果物も採取してきた」

「〈毒リコット〉とまた出会えるなんて!」

「〝毒の森〟を南に進むと〝めいあんぬま〟という底なし沼があってな。その周りにたくさん生えていたぞ」

 差し出されたのは、こぶしだいくらいのオレンジ色の果物。見た目はアプリコットそのまま。普通の物とちがうのは、数段目にまぶしい色合いだ。エネルギーがたくさんありそうで、思わずあ~んと食べたくなっちゃう。味もおいしくて、すっきりした後味の甘酸っぱさがとくちようてき。種が小さい分果肉も分厚くて、大変な満足感なり。

「ネコは果物も好きそうだな」

ねこ・妖・精・ニャ!』

 だがしかし! 決して油断することなかれ。その身には危険な毒が詰まっている。一口かじっただけで重度のこんすい状態となってしまう。毒消し。

「〝冥闇沼〟では、こんな物も見つけた。これからはもっとたんさくはんを広げようと思う」

「〈爆裂モロコシ〉のお出ましだ~!」

 テーブルに置かれたのは紫色のトウモロコシ。見た目通りの毒々しい食材。食べた毒は身体の中でぞうふくされ、おなかがバンッ! とれつする。毒食材の中でも、危険極まりない食べ物。その代わり、つぶを火で炙るとあら不思議。食欲をそそるきつね色に変わり、ポンポンとはじけておいしいお菓子になるのだ。モロコシのこうばしさだって、とても香り高い。

「と、まぁ、こんな感じだが。どうだ?」

「どれもこれも素晴らしい食材ばかりです。まさしく、毒食材が取り取り……いや、雷神鳥とかけたわけではなくて」

「あひゃひゃひゃっ! 鳥が選り取りり……!」

 たったそれだけで大笑いするキャンデさん。日々クエストで命のやり取りをしていると、笑いのツボが浅くなるのだろうか。

『これで本当にSランクぼうけんしやなのかニャ?』

 ネッちゃんはため息交じりにつぶやく。なんだかんだ、この二人は仲が良いのだ。

「新しい食材が入ったことだし、レシピを考えようかな」

「私は甘い味付けが好きだぞ」

『ネッちゃんはしょっぱい味がいいニャ!』

 何はともあれ、レシピを考えるのはワクワクするね。あれこれ頭の中で料理を始める。う~ん、やっぱりロールちゃんの意見も聞きたいな。ここの宿の主人だし。

「ロールちゃん、一緒にレシピ考えよ~?」

 返事がない。そういえば、さっきからどこにいるんだろ。心配になって食堂に戻ると、窓のそばに彼女はいた。険しい顔でお店の外を見張っている。

「あ、あの……どうしたの?」

「安心して、レベッカ。怪しい人はいないみたい」

 エルフいつこうやオークたちの来店は、なかなかのしようげきがあったらしい。お昼の前後は外の見張りをしていることが多かった。まぁ、その気持ちもよくわかる。忘れがちだけど、今やこの宿は資産が豊富なのだ。そのせいか、貴重品が増えるたびしゆせんがパワーアップしている気がするんだけど……。いや、きっと気のせいだ。気のせいということにして、新しいレシピを考え始めた。


□□□


「今日はお客さん来なかったね、レベッカ」

「うん。来るとしたらおひるごろが多いのに」

『きっと、みんなお腹いっぱいだったんだニャ』

 夕方が過ぎ、夜が深くなってくる。キャンデさんはもうてしまった。本日、〝カフェ・アンチドート〟の来客はゼロだ。今までのお客さんは昼頃に来ることが多かったけど、今日は来なかった。ちなみに、新たな宿しゆくはくきやくもなし。当然収入もないわけだけど、ロールちゃんは別に気にしていない。まぁ、あれだけ財産があるのだから、しばらくはだいじようなんだろう。金貨を抱きしめたまま飢えることはないだろうしね。

「ロールちゃん、看板片づけようか」

「そうだね。もうだれも来ないと思うよ」

『ネッちゃんも手伝うニャ』

 みんなでぞろぞろと入り口へ向かう。やれやれ、店じまいか。

『すまない。開いているか?』

 扉に手をかけようとしたとき、自然にガチャリと開かれた。誰かが開けたから。静かに入ってきたのは、いかにもしん然とした男性。えりの立った長くて黒いマントにみがき上げられたかわぐつむなもとにはオシャレな赤いちようネクタイ。これだけ見れば、ゆうふくな貴族のようだ。

 でも違う。人間より大きくとがった二本のきばが、彼が人ならざる者であることを示している。〝カフェ・アンチドート〟六人目のお客さんは……きゆうけつさんだった。

「『あっ……』」

 予期せぬ来客に、思わず身体が固まる。きゅ、吸血鬼!? ぶんけんでは存在を知っていたものの、実際に会ったのは初めてだ。

 彼らは〝じん〟の中でも特に高貴な存在とされていた。うら若き乙女おとめの血を好み、気高くれいを重んじる……らしく、人間たちはの念を持つ。生きたまま全身の血を吸い尽くされる、とか、するどつめで切りかれる、とかこわい話ばかりだ。しかし、実際にがいに遭った報告はなく、それらの怖い話は真実かもわからなかった。そうは言っても、飛び出た牙はギロリと光る。今にも血を吸われそうな雰囲気ですよ~。

『夜分おそくにすまない。食事を出してくれるか?』

「『え……?』」

『やはり、もう遅かったか……迷惑をかけたな。失礼する』

 吸血鬼さんはしょんぼりしながら扉を閉めていく……。ので、あわててガシッと掴んだ。

「お、お待ちくださいっ。まだやってます! ご飯作れますよ!」

『……そうなのか? てっきりもう閉店かと思ったが』

「お気になさらずっ、こちらへどうぞっ」

 吸血鬼さんをテーブルにご案内する。お水とメニューをお出ししたら、ロールちゃんにすごい勢いでキッチンに連行された。きつい顔できつもんされる。

「レベッカ!」

「は、はい、なんでしょうっ」

「どうしてお店に入れちゃったの!」

 小声で問い詰められた。

「ど、どうしてって、お客さん……」

「吸血鬼なんて怪しいでしょっ!」

 こういう展開はある程度予想していた。でも大丈夫。いい答え方がある。

「ロールちゃん、落ち着いて聞いて。吸血鬼の苦手な物はなに?」

「苦、手、な物……?」

 ロールちゃんはしばしの間考えると、ぽつぽつと呟きだした。

「にんにく……じゆう……太陽の光……」

「そうそう。他には何があるかな?」

 う~んと考えるロールちゃん。

「……銀のたま!?

「そうだよ! 銀が苦手なんだから、純銀のメダルはおろか、金貨も宝石もきらいに決まってるでしょ!」

「たしかに!」

 ロールちゃんはポンッ! と手をたたいてなつとくした。これは伝え聞いた伝承。昔から、吸血鬼にまつわる話は各地に存在する。サンデイズ食堂のお客さんからも、色々と聞いたものだ。そもそも銀が苦手なのかすら確かじゃないけど、なんとか言いくるめられたと思う。安心した様子のロールちゃんを置いて、食堂へ戻ろうとしたときだ。今度はネッちゃんに腕をつかまれた。

『で、でも、レベッカ。料理は何を出すんだニャ』

「何をって、普通のご飯だよ」

『血とかじゃなくていいのかニャ』

「……たしかに」

 吸血鬼と言えば、血を吸うお方……のイメージ。我々が食べるようなご飯は食されるのだろうか。言うまでもなく、〝カフェ・アンチドート〟に血液の類はない。

『もし血がなかったら、ネッちゃんたちの血でお腹を満たすかもしれないニャよ』

「そんな……」

 お、思ったより大変なお客さんだった。怖い話が現実を帯びてくる。きんちよう感が胸にき、静かに様子をうかがう。吸血鬼さんはしんけんにメニューを眺めていた。姿が消えていたらどうしようかと思ったよ。ありがたいことに、私たちをおそうようなりは少しもない。

『きっと、どの料理が一番血の気が多いか確かめているんだニャ』

「怖いこと言わないでよ、ネッちゃん。選んでいるだけだってば」

『血のしたたるお肉をごしよもうなのニャ……』

「もうっ! メニューを聞いてくるからねっ!」

 ネッちゃんがおどかしてくるので、食堂に戻ってしまった。吸血鬼さんは静かにメニューを見る。私たちを襲うなんてそんなはずはない……。と思っても、緊張で声がちょっとふるえてしまった。

「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」

『これを作ってほしい』

 そのスラリとした美しい指が差しているのは……。

「〝雷神鳥のソテー、毒リコットのジャム添えと爆裂モロコシの炙り菓子〟でございますね」

 昼間、キャンデさんが採ってきてくれた食材の料理だ。レシピを考え、すでにメニューへせていたのだった。

『ああ、そうだ。……できるか?』

「ええ、もちろんでございます。ちょうど今日の昼、しんせんな食材が手に入ったんですよ」

『なるほど、それは楽しみだ』

 吸血鬼さんは笑顔で話す。思ったより普通の人だった。……いや、人って言うのはおかしいかもだけど。明るい気持ちでキッチンに戻ると、ネッちゃんが出迎えてくれた。

『別に怪しくなんかなかったニャね。実はネッちゃんも心配だったニャ』

「うん、すごく良い人だったよ」

「銀はダメでも金や宝石なら問題ないかも……むしろ、レア魔石ならパワーアップする可能性だってあるし……」

 ロールちゃんはまたぶつぶつと何かを呟いていた。せっかく安心させられたと思ったのに……。まぁ、それは置いといて調理を始めましょうか。吸血鬼さんもお腹をかせているだろう。今回は特に問題をかかえていそうなお客さんではない……けど、心を整えて料理すべし。ごろからの積み重ねが大事。深呼吸をし、ていねいにナイフをにぎる……。

「〈雷神鳥〉は一口大に切りますよぉ! 筋取りがらないくらい柔らかいのだぁ!」

「どうして吸血鬼が人間の料理を食べるんだろう……怪しい」

『今回もまた一波乱ありそうだニャね』

 昼間の内に下処理は済ませていたから、後は切り分けるだけ。それにしても〈雷神鳥〉は柔らかい。ナイフを入れただけで、すーいすーいと切れていく。柔らかいから分厚くても良いのだ。うまみが詰まったあぶらもたっぷりなので、そのまま熱したフライパンにイン! 料理を始めると、ロールちゃんも吸血鬼さんのかんから戻ってきてくれた。

「ジュウウウウ!」

「自ら調理音を……」

『いつにも増して気合十分だニャね』

 ふたをして、火が通るまでこのまま焼く。少し時間がかかるので、この間にもう一品作る。

「〈爆裂モロコシ〉のばくれつあぶりぃ! 景気づけに炙りまくれぇ!」

「レベッカ見てると楽しくなってくる……」

『いつものように、ネッちゃんも騒ぎたくなってきたニャ』

〈爆裂モロコシ〉の粒を熱したフライパンにイン! 蓋をしてゆさゆさすりながらいためる。数分も経たずに、バンッ! バンッ! と破裂する音が聞こえてきた。音は激しいけど大丈夫。粒の中の水分が蒸発し、ふんわりとぼうちようしているのだ。三分くらいで音は収まる。みんなで味見。

「『……う~ん、サクサクふわふわ(ニャ)~』」

 噛むたびに広がる香ばしさと、ほどよいしょっぱさが美味! 軽い食感なのに食べ応えがしっかりあるね。なぜならモロコシだから。味見が終わったところで、〈雷神鳥〉にもしっかり火が通ったようだ。最後の仕上げ。

「味付けは〈毒リコット〉のジャムぅ! 昼間作っておいたぁ!」

 果実の種と皮を取って、ぐりぐりぐりと混ぜ合わせたものだ。果肉をふんだんに使ったので、豊かな甘酸っぱさがさらにおくきを増した。砂糖なんていらないくらいだね。

「蓋を開けただけで香る自然のめぐみ! わたしは感動しきりだー!」

『食べる前から口の中が甘酸っぱくなってくるニャ!』

〈雷神鳥〉のソテーに丁寧にかける。とろりと載っかるオレンジ色のジャム。味見。

「『ベリ~デリシャス(ニャ)~』」

 お肉の柔らかさとジャムの酸味がベストマッチ。いやぁ、これはうまい。

「おい、レベッカ。夜食の時間だ。腹が減ったぞ」

「あっ、キャンデさん、おはようございます」

 料理ができあがったところで、キャンデさんがキッチンに入ってきた。彼女はたまに、夕ご飯後の夜食を所望するのだ。しかも、軽食かと思いきや、結構ガッツリめな料理を。

「おっ、さっそく今日の鳥か。ほぉ~、美味うまそうだな。どれ一口」

「すみません、食べないでください。これはお客さんに出すお料理でして」

「客ぅ? こんな時間にぃ? めずらしい日もあるもんだ」

 キャンデさんはキッチンからひょいと食堂をのぞく。吸血鬼のお客さんを見ると態度が豹変した。

「ぬわぁにぃっ! きゅ、吸血鬼じゃないか! とうばつしなければ!」

「キャンデさん、落ち着いて! 私たちのお客さんですから!」

『まだ何もしてないニャ!』

「ええい、どけ! よくわからんが、冒険者の血が騒ぐんだ!」

「『抑えてっ(ニャ)!』」

 けんを持ちだそうとするキャンデさんをみんなで止める。ロールちゃんとネッちゃんが引き受けてくれたので、そのすきに料理を運ぶことにした。さすがにSランク冒険者でも食事中の人を襲うことはないだろう。いくぶんかスン……と落ち着いたテンションで料理を出す。

「……お待たせしました。〝雷神鳥のソテー、毒リコットのジャム添えと爆裂モロコシの炙り菓子〟でございます」

『ハハハ、ずいぶんとにぎやかなカフェじゃないか』

 また苦情を言われるのかと思ったが、吸血鬼さんは笑顔を見せてくれた。ちょっと安心。

「温かいうちにどうぞおし上がりください」

『では、さっそくいただこう』

 吸血鬼さんはお肉を上品に切り分け、お口へ運ぶ。ゴクリと緊張してその光景を見る。果たして人間の味覚が合うのかどうか、それが問題だ。

『……』

 吸血鬼さんは静かに料理を食べられている。丁寧にナイフで切ってはジャムにつけ、お口に運ぶ。〈爆裂モロコシ〉のお菓子も静々と食べる。特にリアクションはなさそうだったので、私もキッチンへ戻る。ネッちゃんは不思議そうな顔で呟いた。

『なんか静かなお客さんだニャ』

「そうだね。これがつうの光景なのかもしれないけど」

「静かすぎるのもまた怪しい……」

「我々を襲うための力をめているんじゃないのか」

 二人とも失礼な。ロールちゃんとキャンデさんがそんなことを言っている間にも、吸血鬼さんは静かに食事を進める。彼女らはああ言っているけど、私にはとても丁寧な人に思えた。

『……料理を作った方、こちらに来てくれないか?』

 キッチンにまで吸血鬼さんの声が届いた。どうやら、お食事が終わったらしい。とつぜん、ロールちゃんとネッちゃんがガクガクブルブルと震え出した。

「え……ど、どうしたの?」

『いよいよデザートの時間だニャっ』

「きっと、レベッカの血を吸いつくすつもりなんだっ」

 何を言い出すかと思ったら……。心配してくれるのはありがたいけど、さすがにけいかいしすぎじゃ。

「あはは、あり得ないって。もうお腹いっぱいだろうし」

 笑いながら言ったものの、徐々に不安になってきた。こう見えても、私はおくびようなところがある。

「……あり得ませんよね、キャンデさん?」

「いや、十分あり得るぞ。吸血鬼といえば人間の血が大好物だ。特に若い女性の血が……という話が有名だからな」

「そんな……」

 キャンデさんに同意を求めた結果、硬い表情で告げられてしまった。追い打ちをかけるように、ロールちゃんとネッちゃんも注意かんしてくる。

がんるんだニャ、レベッカ。血を吸われそうになったら、私の血は苦いって言うんニャよ』

「何かあったらキャンデさんと一緒に助けに行くからねっ」

「私の剣を持っていけ」

 キャンデさんの剣はお断りして、食堂に向かう。怖くないと言えばウソだけど、考えていても仕方がない。ええい、血を吸われたらその時はその時だ。《毒消し》スキルで抵抗しまくれ。

『君がシェフかね?』

「は、はい、レベッカ・サンデイズと申します」

 吸血鬼さんは相変わらず静かだ。表情にも変化がないし、まるで絵画みたい。いや、違う。ほおに伝う一筋のしずく……。え、ウソ……泣いてる?

『君の作った料理に私は深く感動した。食事でこんなに感激するとは思わなかった』

「あ、ありがとうございます。きようしゆくです」

もうおくれた。私はグリゴリーと申す者だ。見ての通り、吸血鬼だが仲良くしてほしい』

「あ、いえ、こちらこそよろしくお願いします」

 この方はグリゴリーさんというのか。私たちは握手をわす。人間よりちょっとひんやりした手だったけど、不思議と冷たい印象はなかった。体温にも温かい人となりが出ているのかもしれない。

『あんなにおいしい鶏肉のソテーを食べたのは生まれて初めてだ。ナイフが抵抗なく入る柔らかさと、品のある深い味わいはきようたんする。完熟した甘酸っぱいジャムとのあいしようがまたらしい』

「鶏肉は〈雷神鳥〉を、ジャムには〈毒リコット〉を使用しました」

『どちらも有名な毒食材ではないか。それをこんなに美味おいしく調理できるとは驚いた。看板にいつわりなしとはこのことだな。君はすごい料理人だ』

 グリゴリーさんはほがらかに笑いながらめてくれる。やっぱり、すごく良い人(吸血鬼)みたいだった。

「《毒消し》というスキルで無毒化して調理しています」

『ほぉ、初めて聞いたスキルだ。というと、あのふわふわした菓子も毒の食材から作ったのか? 豊かな香ばしさが鼻をくすぐり、食べる前から胸が熱くなった。これはどんなにおいしいのだろうと……。食感だけでなく、塩味の加減も見事だった』

「はい、あれは〈爆裂モロコシ〉から作りました。炙ると弾けてあのようなお菓子になるんです。塩味は食材に元々ついている味をかしました」

『聞けば聞くほど素晴らしい話だ』

 グリゴリーさんは驚きながら私の説明を聞いた。吸血鬼の中でも、毒食材は食べられないことで有名らしい。気に入ってくれてよかったな。チラッとロールちゃんたちの様子をうかがう。キッチンのかげからそろって顔を出し、こっそりと私たちを見ていた。グリゴリーさんに襲うつもりはないとわかってくれたようだ。

「あの、吸血鬼の方々も私たちみたいなお食事をされるんですか?」