第二章:〝満月風味の野草スープ〟



「いやぁ、三人でやるとそうもすぐ終わるもんだねぇ」

「すごいピカピカになったわ。なんかきゆう殿でんにいるみたい」

『いいあせかいたニャ~』

 カフェを開くことを決意した後、まず始めたことは宿屋の掃除だった。すみにある蜘蛛くもの巣を取り払い、ほこりいて、かべゆかき掃除し……。数日ほどかかったけど、思ったより大変じゃなかった。ロールちゃんはこまめに手入れしてたんだろう。薄汚れていた家具や床が、今では窓から差し込んだ日の光に反射する。もちろん、外の壁もちがえるようにキレイになった。

「あとは看板をかけたら完成だね。レベッカとネッちゃんはそっち持ってて」

「はい」

『はいニャ』

〝カフェ・アンチドート〟と刻まれた木の板をげんかんの上にセット。入り口の横にはメニューボードを置く。[毒食材を無毒化して美味しく料理!]と書かれている。看板もメニューボードも、ロールちゃんが作ってくれたのだ。いえーい! とみんなでハイタッチして、掃除かんりようり行う。

「レベッカ、カフェはいつから始めようか」

「なるべく早い方がいいよね。食材が手に入りだいとかはどうかな」

「いいね」

『さっそく探そうニャ』

 今はまだ午前中の早い時間。今日の掃除だって最後の片付けくらいしかなかったので、体力は十分ある。

「じゃあ、〝毒の森〟に毒食材を探しに行こうよ。これからは私の《毒消し》の出番だね。あっ、でも、毒魔物がたくさんいるのか」

「強い魔物は〝帰らずの迷宮〟の方にいるから、十分気を付けてれば大丈夫だよ。この前襲われたときは、ダンジョンに近づき過ぎちゃったの」

「なるほど、そうなんだ。だったら、注意してれば平気そうだね」

『ネッちゃんも魔物のにおいがしたらすぐ知らせるニャよ』

 かごを持ち、三人で森に入る。私たちに魔物は倒せないので、キノコや野草を採取するつもりだ。というわけで地面を観察するのだけど……あるわあるわ、毒食材が。

『右も左も毒の食べ物ばっかだニャ……とんでもないかんきようニャね……』

 毒食材のあまりの宝庫に、さすがのネッちゃんもドン引きしていた。一方で、私はうれしい。まるで、懐かしい友達に会ったような感覚だ。

「猛毒の〈まんげつたけ〉だぁ」

 目の前に生えているのは、かさの表面に満月みたいな模様が浮かんだ茶色いキノコ。食べると強いげんかくに襲われてヤバいけどさわるのは問題ない。採取。

「こっちには死のキノコと呼ばれる〈ウマウマダケモドキ〉がっ」

 ちようこうきゆう食材の〈ウマウマダケ〉によく似たキノコ。平たいテーブルみたいに広がった赤い傘に、短くて太い。本物にそっくりだね。これも食べると一週間はむほどヤバいけど、触るのは問題なし。採取。

「毒野草の代表格〈フォアカブト〉までっ」

 だんかぶとみたいな形のお花がいくつも連なっていている。うすい紫色がキレイだけど、一かじりでこんすいするくらい大変な猛毒なのだ。触るのは問題なし。採取。

「食べると寿じゆみようが十年縮むと言われる〈どく寿じゆそう〉もあるっ」

 放射状に広がったギザギザ葉っぱの中央に咲いている、目にもあざやかな黄色のお花。これも食べると、毒で内臓がこわされ寿命が縮むほどヤバいけど以下略。採取。

 あのキノコもこっちの野草も全部タダ。あれもこれもタダ、タダ、タダ。ああ、なんてらしい森なの……。シュシュシュシュシュッ! と採取しまくる私を見て、ロールちゃんは引きつった顔でつぶやいた。

「そ、そんなちゆうちよなく毒食材にさわれるなんてレベッカすごいね」

「いやぁ、原価がタダってたまりませんよぉ」

『レベッカの苦労を思うと今でも涙が出るニャん』

 私にとってはまさしく夢のような森。サンデイズ食堂では、常に原価と利益の計算で頭がり切れそうだった。ここではそんなこと気にしなくていい。まさしく天界、大天界。

 すぐに持ってきたかごはまんぱいになった。

「たくさん集まったね、ロールちゃん。これだけあれば色んな料理が作れるよ」

「わたし、こんな量の毒食材なんて初めて見た。そのうち、看板メニューみたいなのができるといいなぁ。〝カフェ・アンチドート〟と言えば……みたいな」

 看板メニューと聞いて、サンデイズ食堂のメニューを思い出す。肉とか魚、野草やキノコ……。とにかくたくさん作った。

「食堂をやっているときはスープ料理が特に人気あったよ。色んな食材の味がむからかな」

「へぇ~、美味おいしそう。ここで出しても売れそうだね。夜とかまだまだ寒い日あるし」

『レベッカのスープは本当に体があったまるんニャよ。飲んだ日はお入らなくていいんだニャ』

 ネッちゃんはお風呂がきらいなので、体のあったまりを口実に毎回逃げていた。まぁ、逃がすことはないのだけど。いくら妖精と言われても清潔に過ごしてほしい。

「レシピは全部頭の中に入っているから、材料さえあれば作れるよ」

「え、すご……」

「キノコをふんだんに使ったスープとかいいかも。さっそく作ってみる?」

「作る作る」

『今日はお風呂なしニャね』

 集めた毒食材をキッチンに運んだところで、玄関にかけているすずがカランカランと鳴った。

『ああ~、お腹空いたリス~。カフェがあって助かったリスね』

 ドアを開けて入ってきたのは一人の少女。なのだけど、私たちと同じ人間ではない。茶色のくせっ毛に、くるんとした茶色の眼。頭の上に生えている二つの三角の耳。そして、体より大きなふわふわの尻尾しつぽ。この人は……〝リスびとぞく〟の女の子だ。

「「い、いらっしゃいませ」」

『表にカフェって書いてあるけどやってるリスか?』

 店内の空気がきんちようで張りめる。記念すべき、最初のお客さんがやってきた。

「と、とりあえずお水をどうぞ。それでは、少々お待ちください。……レベッカ、こっち来て」

 ロールちゃんはお客さんに水を出すと、私の手を引っぱってカウンターの中へ向かう。そのまま、小声で相談してきた。

「思ったより早くお客さんが来ちゃったね。どうしよう、まだ心の準備が……それに〝リス人族〟のお客さんだなんて」

『ネッちゃんも初めて見たニャよ。ふわふわの尻尾がうらやましいニャ』

「お料理はすぐ作れるから大丈夫だよ。でも、確かにメニューはまだ少ないね」

『ねえねえ、荷物も中に入れていいリスー? 外に置いとくとぬすまれないか心配リスよー』

 三人で話し合っていると、〝リス人族〟さんの声が聞こえた。

『ちょっと大きいから玄関の外に置いてるリスよ。入れていいリスか?』

「え、ええ、どうぞ入れてください」

 ロールちゃんがカウンターから顔を出して答える。お客さんはやたらと大きなリュックを食堂に運びこんだ。ドサッと置いた仕草から、なかなかの重さだとわかる。そういえば、かのじよのブーツはがんじようそうなかわせいで、着ている服はよごれていた。それでいて、ナイフなどの武器は装備していない。ということは……。

「もしかして、行商人の方ですか?」

『よくわかったリスね。あちきはスクアーというリス』

「料理人のレベッカ・サンデイズです」

 カウンターから出て、スクアーさんと握手する。サンデイズ食堂には色んなお客さんが来ていたので、自然と観察力が身に付いたのだ。

『ちなみにだけど、ここは料理しか売ってないリスよね?』

「はい、そうなりますね。カフェなので」

『やっぱり、そうリスかぁ……。毒食材を使う店はめずらしいと思ったリスが……』

 伝えると、スクアーさんはなぜかしょんぼりしてしまった。看板にはカフェってちゃんと書いてあると思うけどな……どうしてだろう。気にはなったけど、まずは今のじようきようをお話しする。

「実は今日始まったばかりでして。まだメニューが少ないんです」

『あっ、そうなのリスか。じゃあ、できる料理でお願いするリス』

「キノコが盛りだくさんの野草スープとかどうでしょうか?」

『美味しいに決まってるリスよ! それがいいリス!』

 スクアーさんはバンザーイと手を上げ喜んでくれた。

「では、今お作りするので少々お待ちください」

『はーいリス』

 三人でキッチンに入る。ネッちゃんはねこようせいだけどとかはない、と言ったらロールちゃんは快く入れてくれた。毒食材をテーブルに並べたら、まずは下準備。

「じゃあ、無毒化しよう……《毒消し》!」

 毒食材に手をかざして魔力を込めると、数秒間ぱぁっ! と白い光に包まれた。毒を消し、うまみに変えるスキルのきらめきだ。念のため〈フォアカブト〉をかじってみたけど、私の身体は何ともない。

「はい、これで毒消し終わり。私のスキルで毒は消えて、うまみに変わっちゃったよ」

「こんなすぐできちゃうんだ。すごいねぇ」

『レベッカは毒消しの天才なんだニャ』

「まぁ、つかれないのは助かるけどね。おなべとか借りてもいい?」

「もちろん」

 ロールちゃんはたなからお鍋やナイフを出してくれる。水道も完備されているようで、じやぐちひねれば水が出てきた。

「じゃあ毒食材洗いまーす」

「わたしも手伝うよ。……それにしても、〝リス人族〟の行商人なんて初めて見た。なんでこんなところに来たんだろう。……あやしいなぁ」

 キノコや野草を洗っている間にも、ロールちゃんは小さな声でぶつぶつと呟いていた。やっぱり警戒心が強くなっちゃったんだな。こんなところの一人暮らしは神経使うんだろうね。

「大変だよ、レベッカ……とんでもない事態が起きた」

 とつぜん、ロールちゃんは顔面そうはくになった。両手を顔に当て、はぁぁぁ……! とほおがこけてしまっている。

「ど、どうしたの?」

「……調味料切らしちゃってる」

 ロールちゃんはの鳴くような声で呟いた。全然大したことじゃなくて安心したよ、もう。

「ああ、なんだ、そんなことか。調味料なんか使わなくていいの」

「え? 使わなくていいってどういうこと? だって、お塩とかないと味が……」

 いつぱんてきには塩、コショウ、砂糖、ハーブ類などがきゆうしている。もちろん、質が良い物は高いけど、だんしやく家やしよみんでも手に入った。でも、私は調味料をあまり使わない方針なのだ。

「毒食材には元々おいしい味がついているんだよ。《毒消し》するとさらにうまみが生み出されるけどね」

 この世にある毒食材は、それぞれとくちようてきな味を持つ。あま、塩味、酸味、苦み……。キノコや野草はもちろんのこと、肉や魚だってそう。美味しいから毒があるのか、毒があるから美味しいのかはまだわからないけど、毒食材にはとても素晴らしい味の深みがあるのだ。

「食材の良さを引き出すなんて、さすが〝毒の申し子〟レベッカだね。このまま見学しててもいい?」

「どうぞどうぞ」

〝毒の申し子〟という言い方は気になったけど、とりあえず調理を開始。かまどの〝燃え石〟(魔力を込めると燃える石)で火をおこして、お湯をかす。今までみたいにちゃんと料理できるかな。不安に思いつつナイフをにぎったら、体内でねむっていたが目を覚ました。

「初手は〈毒寿草〉をみじん切りぃっ! そーれそれそれ、はいはいはい!」

 ドドドドド! っと〈毒寿草〉を刻みに刻んで刻みまくる。なんかテンション上がってきたぁ! 昔から料理すると気持ちがたかぶるんだよね。今回はギャラリーがいるからなおさらだ。

「ど、どうしちゃったの、レベッカ……?」

『料理するときはいつもこうニャの……』

「そんな小さな声じゃ聞こえないよぉ!? 刻んだ〈毒寿草〉はお鍋にインっ! こいつで塩味を出していくー!」

〈毒寿草〉には大地の塩分を吸い取る力がある。刻めば刻むほど美味しい塩味が溶け出してくるのだ。基本的な味付けは、こいつでベースを作る。

「お次は〈満月茸〉をうすりにぃ! うまみが閉じこめられたとろみは絶品だよぉ! 熱せば熱するほどとろみが増してくるぅ!」

「さっきからだれに話しかけてるの……?」

『激しい独り言だニャ……』

 このキノコはげきを加えるととろみが出てくる。旨みが毒といつしよぎようしゆくされていてヤバいのだけど、すでに毒消しされているので問題ない。旨みだけゲット。このとろみでとろんとしたスープにするのだ。

「まだまだまだまだ終わりませんよぉ! メイン食材、〈ウマウマダケモドキ〉の登場だぁ! 一口食べたら美味しさに頭が吹っ飛ぶぞぉ!」

「レベッカにこんな一面があるなんて……」

『序の口ですらないニャ……』

〈ウマウマダケモドキ〉はハート形に切ってお鍋に散らす。火を通すと身が引きまり、薄いけれど噛み応えのある不思議な食材となるのだ。あとは五分ほどしっかりむ。食材がグツグツ踊っている姿を見てるとテンション上がるねぇ。

「グツグツグツグツ! さぁ、そこのあなたもご一緒にぃ!」

「『グツグツグツグツ……』」

〈ウマウマダケモドキ〉の赤みが深くなったら、火が通りきった合図。味見をすると素晴らしさに胸がふるえる。スクアーさんの反応が楽しみだなぁ。お皿に入れたら最後の仕上げだ。

「ラストの締めは〈フォアカブト〉ー! キレイなお花をセーット!」

「普通に美味しそう……」

『これがレベッカの実力だニャ……』

 うすむらさきいろのお花をお皿のはしっこに置く。〈フォアカブト〉はハッカみたいな風味があって、お口直しにちょうどいい。赤とむらさきの色合いもキレイだね。ということで、お料理が完成した。

「では、お出ししてくるね」

「あっ、運ぶのはわたしがやるよ」

「ありがとう。でも、できれば私にやらせて。お客さんの反応を直接見たいの」

 サンデイズ食堂で働いているときも、いつも私が運んでいた。ちゃんと美味しくできたかかくにんしたいし、みんなのがおが私にもパワーをくれるのだ。まぁ、私しか人がいなかったっていう理由もあるけど。お皿を持って食堂へ。

「お待たせしました。〝満月風味の野草スープ〟です」

『ずいぶんにぎやかなお店なんだリスね。元気いっぱいなのはいいことリス』

「あ、いや……騒がしくてすみません……」

 毎度、このテンションが平常にもどるスン……という落差がずかしいのだけど、どうしても自分をコントロールできないんだよね。スープをことりとテーブルに置くと、スクアーさんの目がかがやいた。

『へぇ~、キレイなスープリスねぇ。それでは、いただきリス~』

 スクアーさんは、あ~んとスープを口に運んでいく。このしゆんかんはいつも緊張する。お口に合うといいな……。

『な、な、な!! ……なんという旨さリスか!』

 一口食べた瞬間、スクアーさんの背後にガガーン! といなずまほとばしった。いや、本当にらくらいが発生したわけではないんだけど、そういう風に見えたのだ。スクアーさんはさけんだと思いきや、ピタッと固まっていた。急激に不安になる。

「お、お口に合いましたでしょうか……?」

『合うどころじゃないリスよ! これはもう料理と口のゆうごうリスね!』

 スクアーさんは目をらんらんと輝かせては、とうとうと感想を述べてくれた。

『まず、スープの感想から言いたいリス。この塩味は初めて経験するリスよ。しょっぱいだけじゃなくて、ほのかなあまみが後から顔を出してくるリスね。塩味と甘みがハーモニーをかなでるおいしいスープ……一口飲むと、またすぐに次の一口を飲みたくなるリス』

「これは〈毒寿草〉の塩分です。大地の塩味なので、海から採った塩分とはまたちがった風味があります」

『そうなのリスか~』

 解説するときようしんしんに聞いていた。スクアーさんはハイテンションなまま言葉を続ける。

『このとろみもたまらんリスよ。食材をやわらかく包み込み、やさしく口の中に運んでくれるリス。一口飲むだけで、体がいやされるようなまろやかさだリスね。キノコの具もふにゃふにゃしてておいしいリス。噛めば噛むほどコクのある味がみ出して、何個でも食べられちゃうリスよ』

「そちらのキノコは〈満月茸〉です。旨みの詰まったとろみが出ております」

『そんな食べ物があるリスか~。毒食材もあなどれないリスね』

 赤いハートの〈ウマウマダケモドキ〉をかじると、スクアーさんは今日一の笑顔になった。

『……くぁぁぁ~! なんリスか、この食べ物は! 頭にガツンと美味しさが伝わってくるリス。スープの塩味と合わさって、まるで最高級のしもり肉を食べた時のような幸福感だリス。おまけに、薄いけどだんりよくが豊富な食感が印象的だリスね』

「〈ウマウマダケモドキ〉と言いまして、それもキノコなんです。キノコの中でもずいいちの美味しさを誇ります」

 美味しそうにスープを飲むスクアーさん。完食すると、興味深そうに〈フォアカブト〉の花を見ていた。