第二章:〝満月風味の野草スープ〟
「いやぁ、三人でやると
「すごいピカピカになったわ。なんか
『いい
カフェを開くことを決意した後、まず始めたことは宿屋の掃除だった。
「あとは看板をかけたら完成だね。レベッカとネッちゃんはそっち持ってて」
「はい」
『はいニャ』
〝カフェ・アンチドート〟と刻まれた木の板を
「レベッカ、カフェはいつから始めようか」
「なるべく早い方がいいよね。食材が手に入り
「いいね」
『さっそく探そうニャ』
今はまだ午前中の早い時間。今日の掃除だって最後の片付けくらいしかなかったので、体力は十分ある。
「じゃあ、〝毒の森〟に毒食材を探しに行こうよ。これからは私の《毒消し》の出番だね。あっ、でも、毒魔物がたくさんいるのか」
「強い魔物は〝帰らずの迷宮〟の方にいるから、十分気を付けてれば大丈夫だよ。この前襲われたときは、ダンジョンに近づき過ぎちゃったの」
「なるほど、そうなんだ。だったら、注意してれば平気そうだね」
『ネッちゃんも魔物の
かごを持ち、三人で森に入る。私たちに魔物は倒せないので、キノコや野草を採取するつもりだ。というわけで地面を観察するのだけど……あるわあるわ、毒食材が。
『右も左も毒の食べ物ばっかだニャ……とんでもない
毒食材のあまりの宝庫に、さすがのネッちゃんもドン引きしていた。一方で、私は
「猛毒の〈
目の前に生えているのは、
「こっちには死のキノコと呼ばれる〈ウマウマダケモドキ〉がっ」
「毒野草の代表格〈フォアカブト〉までっ」
「食べると
放射状に広がったギザギザ葉っぱの中央に咲いている、目にも
あのキノコもこっちの野草も全部タダ。あれもこれもタダ、タダ、タダ。ああ、なんて
「そ、そんな
「いやぁ、原価がタダってたまりませんよぉ」
『レベッカの苦労を思うと今でも涙が出るニャん』
私にとってはまさしく夢のような森。サンデイズ食堂では、常に原価と利益の計算で頭が
すぐに持ってきたかごは
「たくさん集まったね、ロールちゃん。これだけあれば色んな料理が作れるよ」
「わたし、こんな量の毒食材なんて初めて見た。そのうち、看板メニューみたいなのができるといいなぁ。〝カフェ・アンチドート〟と言えば……みたいな」
看板メニューと聞いて、サンデイズ食堂のメニューを思い出す。肉とか魚、野草やキノコ……。とにかくたくさん作った。
「食堂をやっているときはスープ料理が特に人気あったよ。色んな食材の味が
「へぇ~、
『レベッカのスープは本当に体があったまるんニャよ。飲んだ日はお
ネッちゃんはお風呂が
「レシピは全部頭の中に入っているから、材料さえあれば作れるよ」
「え、すご……」
「キノコをふんだんに使ったスープとかいいかも。さっそく作ってみる?」
「作る作る」
『今日はお風呂なしニャね』
集めた毒食材をキッチンに運んだところで、玄関にかけている
『ああ~、お腹空いたリス~。カフェがあって助かったリスね』
ドアを開けて入ってきたのは一人の少女。なのだけど、私たちと同じ人間ではない。茶色のくせっ毛に、くるんとした茶色の眼。頭の上に生えている二つの三角の耳。そして、体より大きなふわふわの
「「い、いらっしゃいませ」」
『表にカフェって書いてあるけどやってるリスか?』
店内の空気が
「と、とりあえずお水をどうぞ。それでは、少々お待ちください。……レベッカ、こっち来て」
ロールちゃんはお客さんに水を出すと、私の手を引っぱってカウンターの中へ向かう。そのまま、小声で相談してきた。
「思ったより早くお客さんが来ちゃったね。どうしよう、まだ心の準備が……それに〝リス人族〟のお客さんだなんて」
『ネッちゃんも初めて見たニャよ。ふわふわの尻尾が
「お料理はすぐ作れるから大丈夫だよ。でも、確かにメニューはまだ少ないね」
『ねえねえ、荷物も中に入れていいリスー? 外に置いとくと
三人で話し合っていると、〝リス人族〟さんの声が聞こえた。
『ちょっと大きいから玄関の外に置いてるリスよ。入れていいリスか?』
「え、ええ、どうぞ入れてください」
ロールちゃんがカウンターから顔を出して答える。お客さんはやたらと大きなリュックを食堂に運びこんだ。ドサッと置いた仕草から、なかなかの重さだとわかる。そういえば、
「もしかして、行商人の方ですか?」
『よくわかったリスね。あちきはスクアーというリス』
「料理人のレベッカ・サンデイズです」
カウンターから出て、スクアーさんと握手する。サンデイズ食堂には色んなお客さんが来ていたので、自然と観察力が身に付いたのだ。
『ちなみにだけど、ここは料理しか売ってないリスよね?』
「はい、そうなりますね。カフェなので」
『やっぱり、そうリスかぁ……。毒食材を使う店は
伝えると、スクアーさんはなぜかしょんぼりしてしまった。看板にはカフェってちゃんと書いてあると思うけどな……どうしてだろう。気にはなったけど、まずは今の
「実は今日始まったばかりでして。まだメニューが少ないんです」
『あっ、そうなのリスか。じゃあ、できる料理でお願いするリス』
「キノコが盛りだくさんの野草スープとかどうでしょうか?」
『美味しいに決まってるリスよ! それがいいリス!』
スクアーさんはバンザーイと手を上げ喜んでくれた。
「では、今お作りするので少々お待ちください」
『はーいリス』
三人でキッチンに入る。ネッちゃんは
「じゃあ、無毒化しよう……《毒消し》!」
毒食材に手をかざして魔力を込めると、数秒間ぱぁっ! と白い光に包まれた。毒を消し、うまみに変えるスキルのきらめきだ。念のため〈フォアカブト〉をかじってみたけど、私の身体は何ともない。
「はい、これで毒消し終わり。私のスキルで毒は消えて、うまみに変わっちゃったよ」
「こんなすぐできちゃうんだ。すごいねぇ」
『レベッカは毒消しの天才なんだニャ』
「まぁ、
「もちろん」
ロールちゃんは
「じゃあ毒食材洗いまーす」
「わたしも手伝うよ。……それにしても、〝リス人族〟の行商人なんて初めて見た。なんでこんなところに来たんだろう。……
キノコや野草を洗っている間にも、ロールちゃんは小さな声でぶつぶつと呟いていた。やっぱり警戒心が強くなっちゃったんだな。こんなところの一人暮らしは神経使うんだろうね。
「大変だよ、レベッカ……とんでもない事態が起きた」
「ど、どうしたの?」
「……調味料切らしちゃってる」
ロールちゃんは
「ああ、なんだ、そんなことか。調味料なんか使わなくていいの」
「え? 使わなくていいってどういうこと? だって、お塩とかないと味が……」
「毒食材には元々おいしい味がついているんだよ。《毒消し》するとさらにうまみが生み出されるけどね」
この世にある毒食材は、それぞれ
「食材の良さを引き出すなんて、さすが〝毒の申し子〟レベッカだね。このまま見学しててもいい?」
「どうぞどうぞ」
〝毒の申し子〟という言い方は気になったけど、とりあえず調理を開始。かまどの〝燃え石〟(魔力を込めると燃える石)で火をおこして、お湯を
「初手は〈毒寿草〉をみじん切りぃっ! そーれそれそれ、はいはいはい!」
ドドドドド! っと〈毒寿草〉を刻みに刻んで刻みまくる。なんかテンション上がってきたぁ! 昔から料理すると気持ちが
「ど、どうしちゃったの、レベッカ……?」
『料理するときはいつもこうニャの……』
「そんな小さな声じゃ聞こえないよぉ!? 刻んだ〈毒寿草〉はお鍋にインっ! こいつで塩味を出していくー!」
〈毒寿草〉には大地の塩分を吸い取る力がある。刻めば刻むほど美味しい塩味が溶け出してくるのだ。基本的な味付けは、こいつでベースを作る。
「お次は〈満月茸〉を
「さっきから
『激しい独り言だニャ……』
このキノコは
「まだまだまだまだ終わりませんよぉ! メイン食材、〈ウマウマダケモドキ〉の登場だぁ! 一口食べたら美味しさに頭が吹っ飛ぶぞぉ!」
「レベッカにこんな一面があるなんて……」
『序の口ですらないニャ……』
〈ウマウマダケモドキ〉はハート形に切ってお鍋に散らす。火を通すと身が引き
「グツグツグツグツ! さぁ、そこのあなたもご一緒にぃ!」
「『グツグツグツグツ……』」
〈ウマウマダケモドキ〉の赤みが深くなったら、火が通りきった合図。味見をすると素晴らしさに胸が
「ラストの締めは〈フォアカブト〉ー! キレイなお花をセーット!」
「普通に美味しそう……」
『これがレベッカの実力だニャ……』
「では、お出ししてくるね」
「あっ、運ぶのはわたしがやるよ」
「ありがとう。でも、できれば私にやらせて。お客さんの反応を直接見たいの」
サンデイズ食堂で働いているときも、いつも私が運んでいた。ちゃんと美味しくできたか
「お待たせしました。〝満月風味の野草スープ〟です」
『ずいぶん
「あ、いや……騒がしくてすみません……」
毎度、このテンションが平常に
『へぇ~、キレイなスープリスねぇ。それでは、いただきリス~』
スクアーさんは、あ~んとスープを口に運んでいく。この
『な、な、な!! ……なんという旨さリスか!』
一口食べた瞬間、スクアーさんの背後にガガーン! と
「お、お口に合いましたでしょうか……?」
『合うどころじゃないリスよ! これはもう料理と口の
スクアーさんは目を
『まず、スープの感想から言いたいリス。この塩味は初めて経験するリスよ。しょっぱいだけじゃなくて、ほのかな
「これは〈毒寿草〉の塩分です。大地の塩味なので、海から採った塩分とはまた
『そうなのリスか~』
解説すると
『このとろみもたまらんリスよ。食材を
「そちらのキノコは〈満月茸〉です。旨みの詰まったとろみが出ております」
『そんな食べ物があるリスか~。毒食材も
赤いハートの〈ウマウマダケモドキ〉を
『……くぁぁぁ~! なんリスか、この食べ物は! 頭にガツンと美味しさが伝わってくるリス。スープの塩味と合わさって、まるで最高級の
「〈ウマウマダケモドキ〉と言いまして、それもキノコなんです。キノコの中でも
美味しそうにスープを飲むスクアーさん。完食すると、興味深そうに〈フォアカブト〉の花を見ていた。