間章:辺境伯夫人になれるチャンスが!(Side:アンジェラ)



「お義姉様は今ごろどうしているでしょうか、お義父様」

「さあな。ほうに暮れているだろうよ」

 お義姉様を追い出してから、あたくしは夫探しの日々を送っている。超レアスキル《傷の癒し手》と聞けば、色んな男性が寄ってきた。が、いざ顔見せの段階になると、なぜか逃げられるのだ。世の中には、見る目がない男ってたくさんいるのね。

「アンジェラ、早く金持ちと結婚しなさい」

「だから、わかってますわ」

 となりにいるのはお母様。お義姉様を追い出したことを伝えたら、ただ一言「あら、そうなの」とだけ言っていた。まぁ、食堂の売り上げはもうないわけだけど、別にそんなことはどうでもいい。あたくしが金持ちにとつげばいいだけの話なんだから。実家に仕送りは絶対にしないけどね。

「おや? 今日は休みだったか? 定休日じゃなかったはずだが……誰かいないかねー?」

 お茶会の予定を整理していたら、外から男の人の声が聞こえた。すかさず、お父様がカッ! と指を鳴らす。

「アンジェラ、出なさい」

「えぇ~」

「早くしなさい。あんたが一番年下でしょ」

 お母様までえらそうに言う。子どもなんだから当たり前でしょうが。しぶしぶ外に出たら、知らないオジサンとカッコいいしんが立っていた。紳士は結構若くて、さらりとしたぎんぱつに深いブルーの美しい瞳だ。きモードで対応する。

「お待たせいたしました。何用でしょう」

「き! ……みは誰だね……? サ、サンデイズ家の者か?」

「……はい、あたくしはアンジェラ・サンデイズと申します」

 紳士は何も言わず、オジサンが話す。……なにこのオジサン。人の顔を見てギョッとしてるんですけど。失礼過ぎない? オジサンは引きつった顔のまま話を続ける。

「サンデイズ食堂は今日は休みかね?」

「もう閉店しました」

「閉店!?

 うるさいなぁ。閉店ったら閉店よ。何がそんなにおかしいの。

「も、もしかして、レベッカ嬢の具合が悪いのか? 今はどこにいるのかね?」

 なんでお義姉様の名前が。かいきわまりないわね。

 もういないって言ってやろう。

「先日追放しました」

「追放!?

 オジサンはなぜか強いショックを受けていた。ええ、なに。

「どうしたんだ、アンジェラ。サンデイズ食堂は閉店だと伝えないか」

「家の中にまで話し声が聞こえてうるさいわ」

 オジサンがさわぐせいで、お義父様たちがやって来てしまった。めんどくさいなぁ。しかし、お義父様とお母様はオジサンを見ると固まった。

「「……マーグレイブ辺境伯!?」」

「え! 辺境伯!? このオジサ……ぶごっ!」

 最後まで言い切る前に、勢い良く口をふさがれる。本当に辺境伯だった。じゃ、じゃあ、横にいる紳士はむすってこと? あたくしは大変な衝撃を受ける。貴族のしやくを考えると、これはあり得ない訪問だった。

 マーグレイブ辺境伯は、北の国境に広がる〝ダリブナ山脈〟一帯の防衛を任されている。小国にもひつてきする強大な軍事力と豊富な資源を持ち、地位だってこうしやく家とほぼ変わらない。何より、国境警備という大事な仕事を任されるほど王様からしんらいされた貴族なのだ。そんな偉い人が男爵家に、しかも自分の子どもを連れてくるなんて普通なら考えられない。

「サンデイズ殿、閉店とはどういうことでしょうか。というより、なぜレベッカ嬢を追放したのです」

「あ、いや、あのような外れスキル持ちを置いておくと、男爵家の尊厳に関わるので……」

「尊厳……? レベッカ嬢が働いていたのは、サンデイズ家のためではなかったのですか? サンデイズ殿はずいぶんとしんらつなお考えのようですな」

 辺境伯の言葉はチクチクとあたくしたちにさる。改めて言わないでよ。こっちが悪いみたいじゃないの。お義父様は情けなくあわあわしてたけど、気を取り直したように言った。

「辺境伯閣下! ここにいるアンジェラはすごいスキルを持っているのです。なんと……《傷の癒し手》なのですよ! これほど強い回復スキルはなかなかないでしょう。どうでしょう、ご子息と一度お食事でも……」

「結構です。おじようさまもお忙しいと思いますので」

 あたくしが何か言う前に、息子はニッコリと告げる。ぐっ……先手を打たれた。

「まさか、あなた方がこのような考えの持ち主とは知りませんでした。せっかくレベッカ嬢に息子をしようかいしようと思ってたのですがね」

「そ、そうだったのですか!? でしたら、食堂を再開して……」

「ですから、レベッカ嬢がいなければ意味がないでしょう。もう二度とこちらへ来ることもないですな。それでは、失礼」

「失礼いたします」

 マーグレイブ辺境伯は、息子と一緒にスタスタ歩きだしてしまった。お金が逃げていくようなすごいそうしつ感だ。

「お、お待ちください、辺境伯閣下!」

「どうかお待ちになって!」

「お義姉様が向かったかもしれない場所をお教えしますわ!」

 三人で必死に追いかけていると、辺境伯はピタリと止まった。よし、お義姉様を出汁だしにしてマーグレイブ家とつながりを作るわよ。

「ご心配なく。レベッカ嬢の行方ゆくえはこちらで調べますので。うそかれてはたまりませんからな」

「今度こそさようなら、サンデイズ殿」

 そう言い残すと、辺境伯親子は馬車に乗って帰ってしまった。ヒュウウと冷たい風が吹く。そんな……うまく立ち回れば、あたくしは辺境伯夫人になれたかもしれないのに。三百年をほこる国の歴史でも、わずか数件しかない辺境伯と男爵家の結婚が……。

「アンジェラ! なんてことをしてくれたの!」

「ええ!?

 突然、お母様の厳しい声がひびいた。

「あんたが余計なことを言ったからよ!」

「はぁ!? なんであたくしが!」

「レベッカの追放なんていくらでもせたでしょうが!」

 なぜあたくしの責任になるのよ。おかしいでしょう。さらには、お母様の発言にお義父様まで乗っかってくる。

「そうだそうだ! アンジェラのせいだ!」

「ああ、もう! 子どもみたいなことを言わないでください!」

 しばらく、あたくしたちはののしり合いの時間を送る。心の中にはこうかいの念がいっぱいだ。辺境伯夫人になれるせっかくのチャンスをふいにしてしまった。