ネッちゃんは妖精の中でも力が弱いようで、私の迫害を止められないことをいつもなげいてくれていた。かばんの中に入ってもらい、お父様たちと最後のあいさつわす。お義母様はまた洋服の仕立てに行ってるらしく不在だった。

「それではお父様、お世話になりました。家から出て行きます。さようなら」

「そうだな。二度ともどって来るんじゃないぞ」

「お義姉様、ちょっとお待ちください」

 歩きだそうとしたらアンジェラに止められた。笑っているけど、どこか不気味だ。

「なにかしら?」

「この紙がぁ~? 何かぁ? わかるでしょうかぁ~?」

 また例のごとくめながら、一枚のへんをペラペラしている。

「お、教えてちょうだい」

「これは〝テトモモハ〟行き馬車の無料チケットでございます」

「〝テトモモハ〟……」

 別名、最果ての地。その名の通り、ここからずっと東の方にある大辺境の土地だ。これを使ってはるか遠くまで行きやがれ、ってことか。きっと、前から用意してたんだな。

「ありがとう、アンジェラ。ありがたくいただくわ」

「いえいえ」

 意味深なみをかべている義妹からチケットを受け取る。じゃあ今度こそ、と足をみ出そうとしたら、大事なことを伝え忘れていたことに気づいた。

「次の満月の日、マーグレイブ辺境伯閣下がいらっしゃるので閉店したと手紙を出してくださいね」

「「はいはい」」

 二人に適当な返事をされたところで、もう一つ大事なことを思い出した。

「キッチンの大きな箱に〈ハザードフグ〉がれいとう保存されてますがもうどくなので、調理できないなら処分してくださいね。まぁ、毒さえけばとてもおいしいのですが」

〈ハザードフグ〉は毒食材の中でもかなりの猛毒で敬遠されている。でも、毒消しすれば本当に美味な魚なので確保しておいたのだ。

「「わかった、わかった」」

 二人はまた適当に返事をする。本当にわかっているのかなぁ? と思ったけど、たぶんだいじようだろう。二人とも良い大人だし。サンデイズ男爵家を後にする。しきが見えなくなったところで、ネッちゃんが鞄から出てきた。

『これから大丈夫かニャぁ?』

「まぁ、見方を変えればちょうどいい旅行かもね。いざとなったら、料理人として働けばいいわけだし」

 意外なことに私の心は軽かった。思い返せば、ずっとはたらめで旅なんてしたこともなかった。外の世界を見るのは結構楽しみだね。街で〝テトモモハ〟行きの馬車を見つけて乗り込む。片道十日くらいかな。ゴトゴトられていると、ネッちゃんと一緒にいつの間にかてしまった。


□□□


「おじようちゃん、〝テトモモハ〟に着いたよ」

「んぁっ……」

 男の人の声が聞こえて目が覚めた。寝て起きて寝てのり返しの日々。この十日間は意外と疲れたな。ぐぐぐとまぶたを開けたら、知らない中年男性が私をのぞき込んでいる。

 え……誰、このオジサン……って、思ったらぎよしやさんだった。

「大丈夫? 起きられるかい?」

「起きられます、すみませんっ」

 あわてて馬車から降りる。知らないうちに目的地へ着いていたようだ。

「じゃあ、馬車代をたのむよ」

「はい。この無料チケットでお願いします」

「……無料チケット?」

 アンジェラにもらった紙をわたしたら、御者さんの表情がくもった。

 ん? なんだこの反応は。

「いや、あの……〝テトモモハ〟行き馬車の無料チケットって聞いたんですけど……」

「うちはそんなのやってないよ」

 うちはそんなのやってないよ……そんなのやってないよ……やってないよ……。

 オジサンの言葉が頭にはんきようしたしゆんかん、全てを理解した。……私はアンジェラにだまされたのだ。彼女の意味深ながおおもい浮かぶ。

 んなぁ! と頭をかかえていたら、御者さんが心配そうに話した。

「お嬢ちゃん、お金ははらえるかい? 今日の売り上げがなかったら、オジサンはおくさんに殺されちゃうんだ」

「は、払えます! 払いますんで少々お待ちください!」

 お金を必死に数える。頼む! 足りてええ! どうにか提示された金額を渡せた。

「ありがとう、お嬢ちゃん。これでオジサンはもう少し生きられるよ」

「こちらこそありがとうございました。すみませんでした」

 裏ではしゆの人生を送っているのかもしれない御者さんを見送る。無事〝テトモモハ〟に来られた。だけど、なけなしのお金までアンジェラにドレインされた気分なのはなぜだろう。そして、私の新天地となる〝テトモモハ〟は……。

『森だニャ』

「森しかないね」

 目の前には、たくさんの木が生えている。つまり森だ。右を見ると森。左も森。後ろ! ……も森。なかなかに反応に困る。

「何はともあれ少し歩いてみようか。木が生えているのはここだけかもしれないし」

『ネッちゃんも賛成だニャ。歩いていれば街が出てくるかもニャね』

 ネッちゃんと一緒に歩きだす。えて楽観的な気分を演出するものの、このまま森しかなかったらどうしようという不安があった。できれば野宿はごかんべん願いたいよ。木しかないのかと思っていたけど、五分ほどで開けた場所に出てきた。そして、その奥には……。

「あっ! ネッちゃん、家が建ってるよ!」

『きっと宿屋ニャ。でも、ちょっとすたれてるニャね』

 木造の少し大きな家。家というかネッちゃんが言うように宿屋みたいだ。えんとつからけむりは出てないからお休みなのかな。

「この辺りのこと聞いてみようか……すみませーん。こんにちはー」

『誰かいるかニャ~?』

 トントンッととびらたたくけど、何の返事もない。やっぱりお休みか。でも、宿屋にお休みってあるのかな……と思っていたら、どこからか、ぐっ……という音が聞こえてきた。ずず……という地面を引きずるような音もする。音の正体が気になり、ん~? と家の後ろを覗いてみた。

「うっ……!」

「ネッちゃん!」

『これは大変だニャ!』

 女の子がぐったりとたおれている。さっきの音は少女の苦しむ声だったのだ。二人で慌ててけ寄る。

「大丈夫ですか! しっかりして!」

「あ、あなたは……?」

「私はレベッカ。旅人よ」

『何があったんだニャ』

 少女の額からはあぶらあせがダラダラと垂れている。もしかして病気かしら。彼女の身体を良く調べると、みぎうでに小さな切り傷があった。出血は少ないのだけど、その周囲がどんどんむらさきいろに変わっている。毒だ。

「食料を探してたら毒魔物に襲われて……」

「ちょっと待ってて。私のスキルで浄化するから。……《毒消し》!」

 傷口に手をかざしてりよくを込める。パァッ! と私の手の平が光り、紫の変色はあっという間に消え去った。少女の青ざめた顔に血の気が戻ってくる。

「え……な、何をしたの!? あんなに苦しかった毒がいつしゆんで消えちゃった」

「私は《毒消し》スキルを持ってるの。毒ならどんな物でもすぐに消せるわ」

「そうだったんだ……どうりで」

 今まであらゆる毒を無毒化できた。地味なスキル故か、魔力の消費量も少ないのだ。

「あの、本当にありがとうございました。わたしはロールって言います」

「レベッカ・サンデイズです。こっちは猫妖精のネッちゃん」

『よろしくニャ』

「猫妖精なんているんだね。かわいい……」