アルフリードがボクに目を向けたので、ボクも掌を出して、詠唱する。

「『小さき炎よ、我が魔力を糧にこの手に顕現し、灯れ』」

 言いながら掌に魔力を集めて、終わったら火をつける。

 でも、掌に出てきたのはボクの頭くらいある大きな火の玉だった。

 アルフリードが驚いた顔をした。

「ラディ、火が大きすぎる。もう少し小さく、消費する魔力を絞るんだ」

 両手を合わせて火を消して、もう一度、詠唱して魔力を減らして火を出そうとしたけれど、今度は魔力量が少なくて火が出なかった。

 何度も試してみた。だけど、ボクは蝋燭くらいの小さな火を出すことは出来なかった。

「……旦那様、難しいです……!」

 ボクの様子を見ていたアルが困った顔をした。

「とりあえず、一通り初級魔法を試してみよう」

 そこで、ボクは聖属性以外の初級魔法も使ってみた。

 普通、聖属性魔法は魔物には使えない。

 でもドラゴンの僕は聖属性が使えて、自分以外を治すのは苦手だけど、治癒魔法だって呪いを解く解呪魔法もそれなりに使える。

 ただ、他の魔物を消す、聖属性魔法の中でも一番強い浄化の魔法は使えない。

 ……それを使ったらボク自身も弱っちゃうし。

 他の魔物と違って浄化魔法で消えることはないけれど、多分、しばらくの間は弱くなってしまう。わざわざ自分が弱るようなことはしたくない。

 その話はともかく、ボクが初級魔法を使って分かったことがある。

「ラディは威力の弱い魔法を扱うのが苦手みたいだ」

 アルフリードの言葉にボクは頷いた。

「うん……ボクも知らなかったです……」

 初級魔法もきちんと使えないなんて、宮廷魔法士にはなれないだろうか。

 思わず俯いたボクの頭をアルフリードの手が撫でた。

 顔を上げれば、アルフリードが膝をついて、ボクに目線を合わせてくれる。

「心配することはない。魔法が得意な者にはあることだ。僕も昔は小さな魔法が苦手だった。練習すればいずれ出来るようになるし、そうでなくても、宮廷魔法士の試験で落とされることはない」

「……本当?」

「ああ。恐らく、ラディは魔力総量が多すぎるせいで、繊細な魔法が苦手なんだ。魔力の通り道を開けた時に通る量の調整が難しいのだと思う」

 アルフリードの話にボクは頷いた。

「う、うん、そう! 少しずつ流したいのに、一気にバーッて流れてくる! ……です!」

「これに関しては慣れるしかないから、練習あるのみだ。ただ、試験では実力を見ることが多いから初級魔法を使う必要はないだろう」

 それにホッとした。

「大きな魔法は得意です!」

「いや、それもやめたほうがいい」

 アルフリードに止められてしまった。

「ラディが本気を出したら、人間では出せない威力の魔法になって怪しまれてしまう。ラディは実力の半分以下――……いや、五分の一程度に抑えてもいいかもしれない」

「えっ」

 ……五分の一にするの!?

 そんなに抑えたら大した魔法は使えない。

 強い魔物を一撃で倒すなら、せめて半分くらいでないと戦うことになってしまうし……。

「ボク、そんなに魔力を抑えたことないです……」

 ……上手に抑えられなかったらどうしよう……。

 気配を抑えることは出来るし、体の外に漏れる魔力を抑える方法は父上から教えてもらったことがある。

 力こそ全てという父上にしては珍しいと思ったけど、実力を隠して戦い、人間がもうすぐ倒せると思ったところで本気を見せるのが楽しいと言っていた。

 ……父上、性格悪いよ。

 そんなことを考えているとアルフリードがボクの両手を握る。

「ラディは体外への魔力放出を制御出来ているから、使用する魔力量の絞りもそこまで難しくないはずだ」

 地面に膝をついたまま、アルフリードがボクの両手を自分の両手でしっかりと握り、ボクの体の中にゆっくりと魔力を通していく。

「僕が流した魔力の動きを感じて。全身に流れる魔力の太さを意識して、段々とそれを細くしていく。リボンに、紐に、糸に……。細くする代わりに数を増やして巡らせるんだ」

 アルフリードに言われた通り、体の中に流れる魔力に集中する。

 ボクの中で膨大な量の魔力が流れている。

 それは一本の川みたいに大きく流れていて、まず、その川をいくつかに分けるようにする。

 だけど分けてもすぐに川同士がくっついてしまう。

「旦那様、分けてもすぐにくっついちゃう……」

「ラディ、焦らなくていい。それじゃあ、分けた魔力をそこで更に分けて、リボンから紐に、そして糸にするように、段々と細くして……三つ編みのように糸にした魔力を編むとくっつきにくい」

 手を繋いだまま、アルフリードの魔力がボクの魔力に触れて、ボクの魔力をゆっくりと分けていく。

 他人の魔力同士を触れ合わせて動かすなんて本当は出来ないけれど、ボクとアルフリードなら出来る。ボクは父上の分身みたいなもので、アルフリードも父上の呪いでその魔力は父上によく似てる。そのおかげで反発しない。

 アルフリードの魔力がボクの魔力を大きく分けると、それをもっと細く分けて、糸みたいになった魔力を丁寧に編んでいく。

 その感覚に笑ってしまった。

「あはは、体がかゆい……っ!」

「体内で魔力を動かしているからくすぐったいかもしれない」

「そっか、これが『くすぐったい』って感覚なんだ!」

 ボクは初めて『くすぐったい』を体験した。

 そわそわして、勝手に笑っちゃって、落ち着かないけど嫌な感覚じゃない。

 アルフリードに手伝ってもらいながら、ボクも自分の魔力を分けて細くして編んでいく。

 大きな一本の川みたいだった魔力は、沢山の細い三つ編みに変わった。

 洪水みたいに激しかった魔力の流れが、細い三つ編みになると流れがゆっくりになって、体の中でカーテンみたいにゆらゆら揺れているのが分かる。

「……すごい……」

 三つ編みにしただけなのに、体の外に出ようとする魔力も減った。

 今まで隙間から漏れていた魔力が三つ編みにしたことで漏れなくなって、魔力の効率もいい気がする。

「昔、母上が編み物をしていたのを見て、こうしたらいいんじゃないかと思ってやり始めた方法だけど、ラディにも合って良かった」

 アルフリードの魔力が引いて、体の中から出ていくと、両手が離される。

「さあ、もう一度初級魔法を使ってみよう。きっと、今度は上手くいく。魔力を使う時は編んだ糸を解して、一本、二本と増やして使うんだ」

「はい!」

 覚えたばかりの火魔法をもう一度詠唱する。

「『小さき炎よ、我が魔力を糧にこの手に顕現し、灯れ!』」

 詠唱をしながら体の中にある三つ編みを一本解き、その糸の更に一本だけを使って魔力を掌に出す。

 すると、掌にポッと小さな炎が現れた。

 蝋燭の炎にしては少し大きいけれど、それでも、さっきの大きな火の玉よりずっと小さい。

「できた!」

 アルフリードを見上げれば、微笑み返される。

「よく出来ました」

 よしよしとアルフリードがまた頭を撫でてくれる。

 ミスリルとアルフリードに頭を撫でてもらうのは好きだ。温かくて、優しくて、嬉しくて、気持ちいい。

「魔力を編み込んだままで維持するのは慣れるまで大変だろうけれど、これなら使う量を調節しやすい。宮廷魔法士が一度で出せる魔力量の平均的はその三つ編みでいうと十から十五本程度だ」

 それは、多分アルフリードが掌でこの三つ編みを握った分くらいの量だと思った。

「普通の人間はもっと少ないんですか?」

「人によるけれど、一般人なら編み込んだ糸一本から三本、五本分出せたらそれなりに魔法が使えると言われるくらいか」

「……父上とよく戦えたなあ……」

 思わず呟いたボクにアルフリードが苦笑する。

「僕もそう思う。まあ、昔の魔法士は今よりも魔力総量も技術も高かったから、高威力の魔法も使えただろう」

 アルフリードの手がボクの頭から離れていく。

「ラディは普段は八本まで、もし多めに使いたい時は十本までにしておくように。それで十分、試験は抜けられる」

「旦那様が試験を受けた時、どんな感じでしたっ?」

 アルフリードも試験を受けたとこの間、話していた。

 それに筆頭宮廷魔法士だから、試験のこともよく知っているはずだ。

 ボクが訊くとアルフリードが口を開きかけ、ふと振り返る。

 丁度、公爵邸からミスリルとアルフリードの母上――……公爵夫人が出てくるところだった。

「アル~、ラディ君~、少し休憩しよう~っ!」

 ミスリルが大きく手を振って、その少し後ろで公爵夫人が「仕方のない子ね」とミスリルを見て小さく笑っていた。すごく耳の良いボクにしか聞こえなかったけど、優しい声だった。

 アルがそれに軽く手を上げて応える。

「……その話は向こうでしよう。多分、ミスティも母上も聞きたがるだろうから」

 手を下ろしたアルフリードは幸せそうだった。

「はい!」

 ミスリルもアルフリードも公爵夫人も、みんなが幸せそうにしていて、それが嬉しかった。

 ……だって、ボクもその中にいる。ここはひとりぼっちの地下じゃない。

 ボクには帰る場所がある。


◇◇◇


「そういえばアルフリード君、ラディ君の調子はどう~?」

 ナサニエルは副士団長のアルフリード=リュディガー君に声をかけた。

 彼がドラゴンの呪い持ちだということには驚いたものの、思い返せば、納得出来る要素は多い。

 まず、彼の魔力は独特だ。他の人間に比べて量が多いこともそうだが、質が良く、魔法効率も良い。そして魔法の才能がある。だからこそ若くして周囲から認められているのだろうが。

 ペンを置いたアルフリード君が顔を上げた。

「順調です。元より魔法に関しては私よりも優れているので、今は魔法使用時の魔力量の調整や詠唱を身に付けさせることのほうが重要ですね。無詠唱から詠唱ありにするのは大変そうです」

 アルフリード君のところで使用人として働いている少年・ラディがドラゴンだと聞いた時は驚いたし、同時に強い興味も覚えた。ドラゴンを目にすることなどありえないと思っていたから。

 ……ドラゴンの姿を見てみたいな~。

 しかし、ドラゴンの姿を誰かに見られては一大事である。

 魔法士としての興味は尽きないものの、仕方がない。

「無詠唱か~。羨ましいね~」

「魔法士の憧れですよね」

 僕の言葉にもう一人の副士団長ジョエル=ウェルツ君も頷く。

 魔法士にとって『無詠唱』は夢であり、憧れであり、目標でもある。

 先に何かに魔法式を描き、それに魔力を通して魔法を発動させることは出来ても、無式・無詠唱で魔法を行使は出来ない。魔法士なら一度は無詠唱魔法を想像するものだ。

「詠唱を覚えることは出来ましたが、たまに火魔法の詠唱で水魔法を使ってしまうといったこともあり、なかなか詠唱と魔法を一致させるのが難しいようです」

「今まで必要なかったものを、わざわざ覚えるとなると大変でしょうね」

「ええ、彼にとっては無詠唱が当たり前でしたので。それに詠唱に合わせて魔法を使う訓練も行っています。詠唱途中で魔法が先に発動しては怪しまれてしまいますから」

「本当に羨ましい悩みですね」

 アルフリード君とジョエル君が互いに苦笑を浮かべる。

 ドラゴンに人間式の魔法を教えるのは苦労しそうだ。

「ねえねえ、これは僕の個人的な疑問なんだけど~」

 声をかければ二人がこちらを見る。

「アルフリード君も使おうと思えば、無詠唱で魔法を使えるんじゃない?」

 それに「なるほど」とジョエル君がアルフリード君を見る。

 アルフリード君は考えるように目を伏せた後、視線を上げた。

「可能性としては高いと思います。しかし、無詠唱の習得は利点がありません」

「まあ、そうだよね~」

「一度習得して癖になると、いざという時にうっかり使ってしまうこともありえます」

 これまで魔法史の中で無詠唱魔法を使えたという事例はない。

 もしもアルフリード君が無詠唱魔法を使えるようになったとして、何かの際に誰かにそれを知られたら『何故使えるのか』という点を説明しなければいけなくなるだろう。

 その時、アルフリード君が呪い持ちであることは明かせない。

「使えるかもしれないのに使えないというのも、少し勿体ないですが、仕方ありませんね」

 ジョエル君の言葉にアルフリード君は「そうですね」と無表情のまま頷いた。

 会話が落ち着いたところで部屋の扉が叩かれる。

「どうぞ~」

 と声をかければ、ミスリルちゃんが入って来た。

「失礼します。本日の清掃、終了しました!」

 その言葉と共に終業の鐘が鳴った。

 アルフリード君が立ち上がり、ミスリルちゃんに近づいた。

「お疲れ様、ミスティ」

「アルもお疲れ様」

 幸せそうな二人が微笑ましい。

「今、丁度ラディ君の話をしていたんだよ~」

「ラディ君の、ですか?」

 ミスリルちゃんがアルフリード君を見上げる。

「ラディが試験に出られそうかという話をしていたんだ」

「そうなんだ。アルとしてはどんな感じ?」

「試験には受かると思う。ただ、詠唱と魔法の発動を合わせるのが怪しい時があるから、そこは心配だ」

「あ~」

 ミスリルちゃんは二人の訓練を見ているのだろう。

 どこか納得した様子で頷いていた。

「ですが、ラディが試験を受ければ最年少記録は更新されるかと」

「そういう刺激があると、みんなのやる気も出るからいいね~」

 宮廷魔法士達も競争心はある。

 僕が最年少で宮廷魔法士になった時も、次の試験では多くの魔法士が受験した。

 そのおかげで宮廷魔法士の数が増えた時期もあった。

 ラディ君が試験を受けて、最年少で宮廷魔法士となれば、今いる魔法士達も優秀な後輩に触発されてより研究に熱が入ることだろう。特に呪いに関する知識があるそうなので、きっと紫水では人気者になるかもしれない。

「僕もラディ君が入るのを楽しみにしているんだ~」

 ドラゴンの姿は見れないとしても、その魔法を間近で見てみたい。

「ラディは戦闘に対して苦手意識もありますので、紫水に入ってからはそういった訓練も受けさせることになるでしょう。それについては私と妻が共にいる時のみとなりますが」

「そうだね~、最初は二人と練習してもらって、問題なければって感じかな?」

「はい、そのほうがいいと思います。子供の姿をしていても、ドラゴンですから」

 ミスリルちゃんが目を輝かせる。

「ラディ君との訓練、いいですね! わたしも本気を出せそうです!」

「ミスティ、ラディに手加減を覚えさせるための訓練だから、本気はダメだ」

「そっか……」

 しょんぼりと肩を落とすミスリルちゃんの肩に、アルフリード君が手を添える。

「その、そういうことは公爵家の訓練場ですればいい」

 それにミスリルちゃんがパッと表情を明るくする。

 ……アルフリード君はミスリルちゃんに甘いね~。

 でも、本当にラディ君の入団は楽しみである。

「さあ、鐘も鳴ったし、僕達も片付けて帰ろうか~」

 これからも、この二人の周りはきっと賑やかだろう。

 それをこうして眺めるのも楽しいものだ。