わたしの予備騎士への所属が正式なものとなったので、屋敷に帰ってから、夕食の時にヴァンスとアニー、ラディ君にも伝えた。

 ヴァンスとアニーは驚かなかった。

「それは良うございました」

「旦那様と奥様が一緒なら安心ですからね!」

 と、予備騎士になることに反対はされなかった。

 常日頃からわたし達は一緒にいるので、アルが討伐で王都を離れることになった際に、わたしが無理やりにでもついて行ってしまうのではと心配していたらしい。

 ……わたしのこと分かってるなあ。

 もしもアルが魔物討伐の遠征に出向かなければいけなくなったら、わたしは雑用でも何でもやるからと頼み込んでいただろう。

 もちろん、清掃員という立場では連れて行ってもらえないが。

 しかし、予備騎士ならば話は変わる。

 志願して参加するのであれば許可も下りる。

「これなら魔物の討伐遠征でも心配ないからね!」

 二人に親指を立てれば小さく笑っていた。

 だが、ラディ君が「えっ!?」と勢いよく立ち上がった。

「ミスリルもアルフリードもいないなんて嫌だよ……!」

 思わずといった様子で声を上げる。

「ラディ君、落ち着いて。あくまでたとえだから。今のところ魔物討伐の話とかは来てないし、アルが出ることは滅多にないって――……」

「だって戦うんでしょっ? 二人が危ないのは嫌だっ! 強くても死ぬことはあるんだよ!?

 ラディ君がテーブルを回り、わたしとアルのところへ来るとわたし達の手を握った。

「二人はずっとここにいてよ! 戦場に安全な場所なんてないって父上だって言ってた! ミスリルもアルフリードもいなくなったら、ボクは、ボクは……っ!!

 泣きそうな顔をするラディ君を思わず抱き締める。

 ラディ君はドラゴンだけれど、戦うことや血が苦手な子で、人間と戦いたくなくて子爵領の鉱山奥深くで眠り続けていた。

 ……大人っぽいところもある子だけど。

 この子は父親である魔王ドラゴンを失い、孤独の身だった。

 王都に来て、わたし達が引き取ってからはヴァンスやアニー達使用人とも仲良くなり、お義母様や街の人との交流も増えて少しずつ社交性を身につけてきた。

 それでも、わたし達の存在はラディ君にとって特別なのだろう。

「勝手に決めてごめんね。でも、どうしても予備騎士になりたかったの。……何があっても、最後までアルのそばにいるって約束したから」

「つが……夫婦、だから?」

「うん、夫婦だから。わたしには大好きな人がいっぱいいて、その中でもアルが一番大好きで、もしもアルが戦うならその背中を守りたい。アルの力になりたい。だから、討伐遠征があれば一緒に行くよ」

 ギュッとラディ君の腕がわたしの背中に回される。

 反対側からアルがラディ君の背中をさすった。

「ラディ、僕もミスティも必ず帰って来る」

「……この世に絶対なんてないって、父上は言ってた」

 その呟きにアルと顔を見合わせ、声もなく小さく笑ってしまった。

 ……魔王のわりに現実的な考えのドラゴンだったんだなあ。

 そして、ラディ君はわたし達から見ればどんなに長生きでも、実際はまだ幼いのだと改めて実感した。

「確かに絶対はないが、努力することは出来る。どんな状況でも、二人で生きて帰って来るために頑張るから。その努力だけは何があっても諦めない」

「わたし達の帰る場所はここだからね!」

 ラディ君は少しの間、沈黙していたけれど、ややあってわたしから体を離した。

 泣いてはいないものの、紅い瞳が潤んでいる。

 深呼吸を一つしたラディ君は何かを決意した表情で口を開く。

「討伐遠征があったらボクも行く……!」

 予想外の言葉にわたしもアルも目を丸くした。

 戦うことが苦手なラディ君が、討伐遠征という戦いの場に自らついて行くと言ったことに驚いた。

「えっ!? で、でも、ラディ君は戦うのは苦手なんじゃ……?」

「戦うのは怖いよ! でも二人がいなくなるほうがもっと怖い! ボクも絶対に行く!!

 決意の固そうなラディ君に、どうしよう、とアルを見れば、アルが考えるように目を伏せた。

 けれどもすぐに視線を戻すとラディ君に言う。

「戦場に出てから『やっぱり怖いから戦えない』というのは許されない。参加したら魔物の命を奪わなければいけない。血も見るし、痛い思いや苦しい思いをすることもある」

 アルの言葉はまっすぐなものだった。

 ラディ君の意思を否定せず、それでいて、事実を伝えた上でもう一度、きちんとラディ君に考えるように促していた。

「それでもついて来ると?」

「……うん、ボクは行きたい」

 少し考える仕草を見せたものの、ラディ君は頷いた。

 わたしから体を離すとまっすぐにアルを見た。

「ボクの話を聞いて、受け入れてくれたミスリルとアルフリードを守るためなら、ボクは何でもする!」

「本当に?」

「本当に!」

 アルとラディ君はしばらくジッと見合っていたけれど、やがてアルが小さく息を吐いた。

「ケーニッヒ様に話してみよう」

 それにわたしは不安になった。

「いきなりこんな話をして大丈夫かな……?」

「ラディの能力を考えると、ダメだと言っても隠れてついて来るかもしれない。どちらにしても、どうするかは一度話し合ったほうがいいと思う」

 ……確かに。

 ラディ君なら姿を消してついて来るとか出来そうだ。

 ドラゴンの能力がどれほどなのかは未知数だけれど、みんなが止めたところで抑えておくことは難しい。

 それなら、許可を得てつれて行けるようにしたほうがわたし達も、国も安心だろう。

 もしダメだとしても、わたし達だけで説得するよりかは納得してもらえる可能性が高い。

「ラディ、それについては皆で話し合う必要がある。だから、すぐに返事は出来ない」

 アルの言葉にラディ君がしょんぼりと肩を落とす。

 その肩をアルが慰めるように軽く叩いた。

「とりあえず食事を続けよう。アニーの食事は冷めても美味しいけれど、温かいうちに食べたほうがアニーも喜ぶ」

 それにラディ君が顔を上げれば、アニーがニコッと笑った。

「難しい話は後にして食事をしましょう! 温かいものは温かいうちに食べるのが、一番美味しいですからね!」

 アニーに手招きをされるとラディ君は素直に席に戻った。

 ……でも、ラディ君がいたら魔物のほうが逃げちゃいそうだなあ。

 魔物討伐なのに、その魔物に逃げられて、追いかける討伐部隊という構図しか思い浮かばない。

 子爵領からラディ君を連れて帰って来る道中も魔物に襲われることはなく、それを疑問に思っていたら、こっそりアルが教えてくれた。

『多分、ラディの気配を察して魔物が近づかないんだ。魔物が呪い持ちの僕を避けるように、ラディがドラゴンだと分かるのかもしれない』

 というわけらしい。

 呪い持ちのアルですら弱い魔物は避けるので、本物のドラゴンであるラディ君はどの魔物も近寄るのが怖いのだろう。

 ラディ君を連れて行くにしても、王族の許可は必要だろうし、一般人は参加出来ないので何か連れて行く名目がなくてはいけない。

 ……これは喜んでいいものなのか……。

 ラディ君が、自ら戦うことに前向きになるのは悪いことではない。

 時には自分の身や大切な人を守るために戦わなくてはならない状況だってあるかもしれないし、ラディ君がわたし達を守りたいと言ってくれたことは嬉しかった。

 とりあえず、どうなるかは見守るしかなさそうだ。

「そうそう、坊ちゃまから奥様宛てにお手紙とミスリル鉱が届いております」

 ヴァンスの言葉にアルが目を瞬かせた。

「ミスリル鉱が?」

 イシルディンがどうしてそれを送ってきたのか何となく分かった。

「アル、多分、そのミスリル鉱で剣を作って身を守るようにってことだと思うよ」

 わたしの選んだ道を尊重しつつも、心配してこうして気を回してくれる。

 ……イシルディンは本当に優しい、いい子に育ったなあ。

 その後、手紙にはやはりそのように書かれていて、わたしとアル、二人分の剣を作っても余りそうなくらいの量のミスリル鉱が箱に詰められていた。


 それから、アルはケーニッヒ様にラディ君の話を伝えてくれたらしい。

 ラディ君が『討伐遠征について行く』と言い出してから数日後、次の休日にラディ君を連れて王城に来てほしいと言われた。

 そして休みになり、わたし達はラディ君を連れて登城した。

 ケーニッヒ様の執務室に行き、そこから王城の更に奥へ向かう。

 応接室の一つに通されると、そこには国王陛下と第二王子殿下、それからメルディエル様とウェルツ様もいた。

 ……すごい顔ぶれだなあ。

 わたしが一番場違いな気がする。

 少し緊張しているとラディ君がわたしの手を握ってきた。どうやらラディ君も緊張しているようで、大丈夫だと握り返せば、握り返してくれた。

「二人とも、こちらに」

 国王陛下の言葉に従い、ソファーに座る。

 ふと、向かいのソファーの斜め後ろに立っていたウェルツ様も緊張した様子だと気付く。

 ウェルツ様と目が合うと困ったように苦笑された。

 ……そっか、ウェルツ様は平民出身だもんね。

 子爵家出身のわたしですら緊張するのだから、ウェルツ様はもっと気を張るだろう。

 ラディ君もわたし達のソファーの後ろに控え、ケーニッヒ様が第二王子殿下の横に座った。

「さて、まず本題に入る前に。……アルフリードよ、そなたと王家の事情、そしてラディスラストの正体を紫水の士団長と副士団長に説明した」

 ハッとメルディエル様とウェルツ様を見たが、二人とも、いつも通りの様子だった。

 アルに顔を向ければ、視線を落としていたので、アルの手にわたしは自分の手を重ねた。

 それにアルが僅かに微笑み、視線を上げる。

「陛下のご判断に従います」

 どうしてメルディエル様達まで呼び、アルやラディ君のことを打ち明けたのかは分からないけれど、陛下が必要なことだと判断したのなら何か理由があるはずだ。

 アルの言葉に陛下が頷く。

「では本題に入るとしよう。ラディスラストはアルフリード達が魔物の討伐遠征に出る際に、己もついて行きたいと言っているそうだな?」

「はい、私と妻を守るために同行したいとのことです」

 陛下の確認するような問いかけにアルが答える。

 それにケーニッヒ様が笑顔で言った。

「陛下、よろしいではありませんか」

 あっさりとラディ君の同行を支持するケーニッヒ様を、第二王子殿下が少し呆れた顔をしながら注意するように肘で軽くつつく。

「ケーニッヒ、これは安易に判断を下すべきことではない」

「そう? 彼が勝手な行動をして混乱するより、ある程度の要望を受け入れつつ、きちんと制限をかけるほうが得策でしょう?」

「それはそうだが……討伐遠征に一般人を、それも子供を連れて行くための名目がないだろう」

 ラディ君は外見年齢が十歳前後くらいで、多分、精神年齢もそれほど見た目から大きく外れているわけではない。いきなり討伐部隊に子供を入れたら騎士や魔法士も変に思うだろうし、反対されるのも目に見えている。

「一つよろしいですか~?」

 メルディエル様が片手を上げて、第二王子殿下とケーニッヒ様の会話に入る。

「何だ?」

 第二王子殿下とケーニッヒ様が振り向く。

 メルディエル様は小首を傾げた。

「彼は強いんですよね~?」

「ドラゴンだからそうだろうね。今は魔力も気配も抑えているけれど、メルディエルやアルフリードよりも魔力総量が多い」

「僕よりもなんてさすがですね~」

 傾げていた首を戻した士団長様がニコッと笑った。

「それでしたら、紫水うちの見習い魔法士として採用するのはいかがでしょうか? もちろん、宮廷魔法士になるための試験は受けてもらうことになりますが、経験を積ませるために討伐遠征に見習いを参加させることはありますから、違和感はないと思いますよ~」

 メルディエル様の提案に全員が、なるほど、という顔をした。

 アルにこそっと訊いてみる。

「宮廷魔法士の試験って、騎士の試験みたいに年齢制限はないの?」

 この国では騎士団や街の警備隊に入るための試験があるのだが、それを受けられるのは十二歳からと決まっている。

 アルがわたしに耳打ちした。

「騎士は訓練があるから十二歳からと決まっているけれど、宮廷魔法士は特に決まりはない。才能があれば何歳からでも試験を受けられる」

「そうなんだ」

「まあ、ラディが試験を受けて、もし合格したら史上最年少として有名にはなるだろうね」

 それはすごく目立ちそうだ。

「ちなみに、今までの最年少記録って何歳?」

「メルディエル士団長の十四歳での入団が最年少だよ」

 ついメルディエル様を見ると目が合い、ニコニコ顔を向けられる。

 ……史上最年少記録保持者、ここにいた……!!

「あまりに若すぎないか?」

 さすがに第二王子殿下もそう思ったようだ。

 それにケーニッヒ様が笑う。

「年齢制限は設けていないから問題はないかと。第一、毎年受かる人数はそれなりにいても、長続きするかどうかは別だから」

 ……どういうこと?

 首を傾げていれば、またアルに耳打ちされる。

「宮廷魔法士の試験は合格する者はいても、実際に見習いから宮廷魔法士にまで上がれる者は半分いるかどうかなんだ」

 見習いは宮廷魔法士の下について色々と学んだり魔法の訓練を行ったりするのだが、自分が宮廷魔法士達の水準まで達せないと気付いて辞めてしまう者や想像と違うと言って去ってしまう者が結構いるらしい。

 特に『現役宮廷魔法士と己の力量差』を知って打ちのめされることが多いそうで、己の能力の限界値に悲観してしまうのだとか。

「今まで『優秀』『才能がある』と言われてきた者ほど、宮廷魔法士見習いになった時に現役の宮廷魔法士との実力差を強く感じてしまうみたいだ」

「……宮廷魔法士団って、考えてみれば色々な魔法の『天才』が集まっている集団だよね……」

「しかもほとんどが自分の専門分野を研究するために人生を捧げているから、見習いがそう簡単に敵うはずがないんだけど……」

 アルが言葉を濁すのも分かる。

「まあ、今まで周りから『優秀だ~』って持ち上げられて鼻高々だったとしたら、色々と衝撃を受けるよね」

「ああ。……だけど、それは必要な洗礼なんだ。本当に才能のある魔法士はそんなことを気にしないし、自分もそこに立ちたいと思って努力が出来なければ結局は上に上がれない」

 宮廷魔法士の実力を知って、それで心が折れるようでは長く続かないのだろう。

 わたしが頷いているとメルディエル様がラディ君を見た。

「ラディスラスト君って呼んでいいかな~?」

 突然話しかけられて、ラディ君がちょっと驚いた顔をしたものの、小さく頷いた。

「ラディって呼んでください。みんな、ボクのことはそう呼びますっ」

「ありがとう~。ラディ君は得意な魔法はある~? 宮廷魔法士団は三つに分かれていてね、攻撃魔法が強いなら戦闘向きのこうぎよく、治癒に優れているならはく、毒や呪いといったものの知識が豊富なら紫水っていうふうにそれぞれの得意分野で入るんだ~」

 ラディ君が少し考える仕草をした。

 その間、メルディエル様は静かに見守って待っている。

「ボクは戦うのが苦手です。自分の体はいいけど、他の生き物の怪我を治すのも、得意じゃないです」

「そっか~。何か、これはみんなに自慢出来るってことはあるかな~?」

 メルディエル様の問いにラディ君が顔を上げた。

「魔物の呪いとか毒とかはいっぱい知ってます! 闇魔法の呪いは解呪出来るし、毒も、薬は分からないけど、毒を消す魔法は覚えてます!」

 一生懸命に話すラディ君にメルディエル様が微笑む。

「そうなんだ~。じゃあやっぱり紫水うち向きだね~。そういうのを研究している子ばっかりだから、入ってくれたらきっと大人気だよ~」

「本気で紫水に入れるつもりか?」

 第二王子殿下の問いかけにメルディエル様は頷いた。

紫水うちにはリュディガー夫妻もいますし、多くの魔法士がいるので何かあっても対処はしやすいと思いますよ~。合格したら僕かアルフリード君の下で見習いとすれば、監視という面でも問題ないかと思います」

「……お前、ドラゴンを近くで観察したいだけなのではないか?」

「ははは、当然じゃないですか~。魔法士として、一個人として、気にならないはずがありませんよ~」

 ニコニコしながら言うメルディエル様に、第二王子殿下が頭が痛いといった様子で額に手を当てた。

「そうだね、気にならないはずがない」

「ドラゴンなんてもはや御伽話のような存在ですからね~」

 楽しそうに話すケーニッヒ様とメルディエル様。

 しかし、他に良い案も浮かばなかったのか、顔を上げた第二王子殿下は陛下を見た。

「……陛下、彼に宮廷魔法士団の試験を受けさせるという方向でよろしいでしょうか?」

 それに国王陛下は頷いた。

「うむ、それが最も良さそうだ。……ラディスラストよ、試験に落ちた際はリュディガー夫妻について行くのは諦めるのだ。試験に受かれば見習い魔法士として遠征について行けるが、落ちた時は屋敷で過ごすこととなる。それでも良いか?」

 パッとラディ君の表情が明るくなる。

「はい! それでいいですっ!」

 嬉しそうなラディ君にわたしも笑みが浮かぶ。

「それじゃあ、ラディ君の試験勉強はアルフリード君が教えてあげるといいよ~。アルフリード君は試験を高得点で合格した凄腕の魔法士だしね~」

 メルディエル様の言葉にアルが困ったように眉尻を少し下げた。

「史上初の満点を叩き出したメルディエル士団長には敵いません」

 メルディエル様は昔からすごい人だったらしい。

 陛下と殿下方はまだ話すことがあるからと、わたしとアル、ラディ君、そしてメルディエル様とウェルツ様とで応接室を後にする。

 ふとアルが口を開いた。

「あの、メルディエル士団長、ジョエル殿……お二人は私やラディのことが恐ろしくありませんか?」

 アルからかけられた問いに、二人が微笑んだ。

「驚きはしたけどね~。アルフリード君には何か人に言えない大きな事情があるんだろうな~って気はしてたから」

「内容は予想外でしたが、アルフリード殿が私達の知るアルフリード殿だということに変わりはありません。我々は今までのあなたを信じます」

「そうそう、むしろ色々納得した部分もあるしね~」

 それにわたしは首を傾げた。

「納得した部分って何ですか?」

「魔力総量の多さとか、身体能力の高さとか~。アルフリード君の魔力って時々揺らぐことがあるんだけど、そういう時の気配にちょっと違和感があったりしてて不思議だったんだよ~」

 アルがキョトンとした顔をする。

 しかし、ややあって「ああ……」とアルが納得したふうに呟いた。

「感情が強く揺れる時は魔力も不安定になるので、恐らくそのことですね」

 アルの呪いは、アルの気が昂り感情が強く出た時に現れてしまう。それを抑えようとしても完全に隠しきれていなかったのかもしれない。

 魔法士は魔力の流れに敏感だと以前聞いたことがあり、何か感じるものがあるのだろう。

「まあ、そもそも紫水うちには訳ありの子も多いから、今更だよ~」

 ポンポン、とメルディエル様がアルの背中を軽く叩く。

 それにアルが薄く微笑んだ。

「……そうでしたね」

 その表情はホッとしたようなものだった。

 ……メルディエル様もウェルツ様も、本当にいい人だなあ。

 アルの手をそっと握る。

「良かったね、アル」

 アルがわたしの手を握り返した。

「ああ」

 嬉しそうに微笑むアルにわたしも微笑んだ。

 それから、ラディ君の手も握る。

「ラディ君も、試験勉強を頑張ってね」

「はい!」

「試験のためにも厳しく教えることになる」

 アルの言葉にラディ君が、笑った。

「大丈夫! ボクのためだって分かってます! 頑張るから厳しくお願いします!」

 やる気満々のラディ君にアルが頷く。

 ……アニーやヴァンス達にも説明しないとね。

 でも、きっとラディ君は試験に受かるだろう。


◇◇◇


 そして、数ヶ月後にある宮廷魔法士試験に向けてアルとラディ君の試験勉強が始まった。

 でも、魔法に関してはアルが教えることはほぼないらしい。

「ラディはドラゴンだけあって魔法の扱いも天才的で、僕が教えられることは『魔法詠唱』と『力加減』くらいだ。試験に受かれば、きっと優秀な宮廷魔法士として扱われると思う」

 とのことだった。

 ラディ君の実力そのままで試験を受けるのはまずい。

 魔法の無詠唱もそうだけれど、普通の人間ではありえないような高威力の魔力を放つので、その辺りを『普通の人間基準に下げる』ことが必要らしい。

 ……実力を上げるための訓練なら分かるけど。

 力加減をするための訓練というのは珍しい。

 けれども、昔のわたしも身体能力の力加減を覚えるために色々したので、それを思えばラディ君の訓練も似たようなものかもしれない。

 ちなみに魔法の訓練はリュディガー公爵家の敷地を借りて行っている。

 今日も公爵家に来て、アルとラディ君が魔法の威力を加減する練習をする。

 それを、訓練場の端からわたしとお義母様が眺める。

 テーブルと椅子、そしてパラソルで日陰を作り、のんびりと紅茶を飲みながら二人の様子を見守る時間は穏やかで心地好い。

「それにしても、ミスリルちゃんが騎士になるなんて。……アルフリードだけでなく、あなたまで討伐遠征に行くことになったら心配だわ」

 お義母様の心配そうな顔にわたしは微笑む。

「大丈夫です! そこにラディ君も加われば、無敵ですから!」

「ええ、だから止められないのよね」

 ふう、とお義母様が苦笑交じりに小さく息を吐く。

「母親からすると危ないことはしてほしくないのだけれど、でも、もう親があれこれと口出しをするような歳でもないものね」

 そう言って、お義母様がアルとラディ君へ視線を向ける。

 眩しそうに細められた青い目が優しく二人を見ており、わたしもその視線を辿ってアルとラディ君を見た。

「家族を心配することに年齢は関係ないと思います」

 イシルディンがわたしより背が高くなって、成人を迎えてもやっぱり心配なように、お義母様もアルのことが心配なのだ。

 そこにわたしも入れてもらえているのが嬉しい。

「アルもきっと、お義母様に心配してもらえて嬉しいと思います。それと同じくらい安心させてあげたいと考えていて、だからこうして公爵家に顔を見せによく来るのかなって」

 お義母様が「そうね」と微笑む。

「でもね、ミスリルちゃんと出会う前のあの子は、必要最低限しか帰って来なかったのよ。……きっと婚約破棄を引け目に感じていたのでしょうね。だけど、今はこうして顔を見せに来てくれて、夫もわたくしもとても嬉しいわ」

 お義母様はこちらに振り向く。

「アルフリードと結婚してくれて、ありがとう」

 嬉しそうなお義母様に、わたしも笑顔になる。

「こちらこそ、ありがとうございます! アルと出会えたことも幸運でしたが、お義母様やお義父様とこうして家族になれたことも、わたしは嬉しいです!」

 お義母様と微笑み合っていると、アルがわたしの名前を呼ぶ。

「ミスティ、ちょっと来てほしい!」

 それにわたしは返事をして立ち上がる。

 ……婚約破棄された時は想像もしなかったけど。

 誰にでも、幸せになる機会はどこかで訪れるのだと思う。

 婚約破棄はわたしにとって人生の転機だった。

 そこから転げ落ちる可能性もあっただろう。

 それでもこうして今、幸せだと思える日々を生きている。

 わたしもアルも、きっとこれからも幸せを掴んでいける。

「はーい、今行く!」

 明るい日差しの下、わたしは駆け出した。


◇◇◇


 ボクは漆黒のドラゴン、魔王と呼ばれた父上の子だ。

 子と言っても、雄と雌の間に生まれたわけではなく、父の分身のような存在だった。

 でもボクは戦うことに命を懸けていた父上と違い、戦うのが怖くて、血が苦手で、父上に見つからないように自分で封印をして地下深くに眠っていた。

 ただ、長い時間が経って封印が解けかけた。

 そのせいで周囲に沢山の魔物が現れたみたいで、ミスリルとアルフリードがドラゴンを倒しにやって来た。

 普通なら討伐されても仕方がなかったと思う。

 だけど、父上の呪いを受け継いだアルフリードだけはドラゴンであるボクの言葉が分かった。

 アルフリードがボクに敵意がないことをみんなに伝えてくれたおかげで、ボクは戦わずに済んだ。

 それから、ボクは王家の呪いを解き、ミスリルとアルフリードのところに引き取られた。

 ……アルフリードの呪いは解けなかったけど。

 ボクはミスリルから『ラディスラスト』という名前をもらって、人間の子供の『ラディ』として二人の屋敷で過ごしている。

 使用人の仕事はまだまだ慣れないし、人間の文字や使用人の言葉遣いは難しいけれど、それ以上に毎日がキラキラして楽しい。

 ミスリルとアルフリードの住む屋敷にいる、ボクと同じ使用人のヴァンスとアニーも厳しい時もあるものの、いつもは優しいし、明るくて、屋敷にはいつも笑い声が響いている。

 ボクはずっとそこにいたいと思った。

 いつまでも、ミスリルとアルフリードと一緒にいたい。

 そう思っても、二人は人間だから、あっという間に死んでしまうんだろう。

 それが少し悲しかった。

 ミスリルが予備騎士というものになって、アルフリードと一緒に魔物の討伐遠征に行くかもしれないと聞いた時、絶対に二人を死なせたくないと思った。

 ……二人はボクに手を差し伸べてくれたから。

 何より、少しでも二人と一緒にいたかった。

 ドラゴンのボクがいれば大抵のことなら何とかなるだろうし、弱い魔物は近寄って来ることもない。

 二人について行くために、ボクは宮廷魔法士になることを決めた。

 まずは読み書きと魔法の知識についての勉強をした。

 ちょっと字は下手かもしれないけど、魔法の知識は沢山あるし、どの問題も全然難しくなかった。

「魔法の知識で僕が教えることはなさそうだ」

 アルはそう言って、魔法の知識の勉強はしないことになった。

 魔法の知識がどれくらいあるか調べるための『座学』のほうの試験は『ラディにはきっと簡単すぎるだろう』とアルは苦笑していた。

 代わりに魔法を実際に使う『実技』を学ぶことにした。

「まず、人間は魔法を使うのに詠唱を必要とする。たとえば火魔法で火をつけるには『小さき炎よ、我が魔力を糧にこの手にけんげんし、ともれ』という詠唱を行う」

 アルフリードが詠唱すると、その掌にろうそくくらいの小さな火がポッとついた。

「こんな小さな火に、そんな長い詠唱を使うの?」

 ボクだったらこんな魔法は何も考えなくても一瞬で出せるのに、人間はそうではないらしい。

 魔物ドラゴンのボクは詠唱がなくても魔法が使える。

 アルフリードが手を握って小さな火を消した。

「初心者はこの詠唱から始める。慣れて来ると詠唱を短くしても、魔法を使えるようになる。どうしてだと思う?」

「えっと、魔法で大事なのは、魔力の使い方と想像の仕方……だから?」

「その通り。言ってしまえば、魔力の操作と想像がきちんと出来ていれば詠唱はほとんどなくても使えるし、遥か昔には魔法を極めて稀に詠唱なしで魔法を使えるようになった者もいたらしい」

 それに、ボクはふと思い出した。

 昔、父上がまだ生きていた頃に戦った人間の中に『魔導士』という人がいた。多分、今の魔法士よりもずっと魔法が得意だったのだろう。

『人間でありながら、魔物のように無詠唱で魔法を使える不思議な人間がいた』

 と父上が話していたことがあった。

 その時の父上が少し楽しそうだったから覚えている。

「それって『魔導士』のこと?」

 ボクの言葉にアルフリードが目を丸くし、頷いた。

「ああ、そうだ。ラディは魔導士を見たことがあった?」

 その質問にボクは首を横に振った。

「ううん、ないです。でも、魔導士と戦った父上が『強かった』って言ってたのは覚えてます」

「そう、昔の魔法士は今よりずっと強かった。魔王が消え、世界の脅威がなくなってから、魔法を使える者も減って魔法自体も少しずつ衰退している」

 そんな話をするアルフリードはどこか悲しそうだった。

 ……アルフリードは魔法が好きなんだ。

 その手をボクは握った。

 どうすればいいのか分からなかったけど、ボクが落ち込むとミスリルやアルフリードはこうやってボクに触れて慰めてくれる。

 アルフリードはすぐに微笑んだ。

「ありがとう。……話は逸れたが、今の人間は無詠唱で魔法を使える者はいない」

「……ボクが無詠唱で魔法を使ったら変ってこと?」

「ラディは賢いな」

 アルフリードの手がボクの頭を撫でる。

 ボクは戦うのが苦手なドラゴンだけど、本能なのか自分より弱い人間に頭を触られるのが嫌だ。

 ミスリルとアルフリードはいい。二人は特別だし、二人と戦ったらボクは勝てないかもしれない。それくらい二人は強いと感じる。

 何より、アルフリードはボクの話を聞いてくれたし、ミスリルは名前をくれた。

 だからこの二人だけは頭を触られても嫌じゃない。むしろ、気持ちがふわふわして嬉しい。

「今日はラディに簡単な魔法の詠唱を覚えてもらう。詠唱は魔法が得意な者は短く簡略化出来るから、ラディもそれで魔法を使えるということにしよう」

「はぁい」

 それから、アルフリードが持っていた本を開く。

「最初は初級魔法の詠唱を覚えよう」

 アルフリードは片手に本を持って、もう片手を上に向けた。

「先ほどの火魔法をもう一度やる。ラディも真似をして、初級魔法を使うんだ。詠唱は言葉として出すだけでいい。魔法の発動は詠唱が終わってから。僕の魔法を見て、魔力の流れと発動の間合いを掴むように」

 その言葉にボクは頷き返す。

 そして、アルフリードが詠唱を行った。

「『小さき炎よ、我が魔力を糧にこの手に顕現し、灯れ』」

 詠唱と共にアルフリードの魔力が掌に集まって、それが魔法に変換される。確かに詠唱が終わってから火が現れた。