思わず、小さく笑ってしまった。

「そうなんだ? メルディエル様を怒らせないよう、わたし達も気を付けないとね!」

「ああ、それがいいと思う」

 頷くアルの表情はとても真剣なものだった。

 ドルクマ様の件はもう落ち着くだろう。


 ドルクマ様がメルディエル様に叱られてから三日後。

 どういうわけか、今、アルとわたしは王城の応接室に呼ばれている。

 応接室にはケーニッヒ様がいて、第二王子殿下とドルクマ様もいて、わたし達がソファーに座ると第二王子殿下が頭を下げた。

「ヴィオルがすまなかった」

 それにはわたし達もギョッとしてしまう。

 その後ろでは、控えていたドルクマ様も頭を下げている。

「まさか仕事中につきまとっていたとは……」

 第二王子殿下の困った様子に、試合後からの勧誘はドルクマ様の独断だったらしい。

 ドルクマ様もそこについては第二王子殿下の関わりを否定した。

「本当に申し訳ありませんでした。ですが、殿下は本当に関わりはなく……私が一個人としてミスリル先輩に騎士になってほしくて勧誘を続けました」

 どうやらメルディエル様にがっつりお灸を据えられたことで反省したようで、今日のドルクマ様は大人しい。

「しかも、後から聞いたが、街に出かけた際にリュディガー夫人の力量を見るために、騎士達の何人かに荒くれ者のふりをさせたそうだ。……恐ろしい思いをさせてしまい、申し訳ない」

 ……あれってそういうことだったのっ?

 荒くれ者にしては何だか違和感があるなと思っていたし、普段はああいうことなどなかったので、外出したタイミングで変だなとは感じていたけれど。まさかヴィオル様の自作自演だったとは……。

 思わず、じっとりとヴィオル様を非難の目で見てしまった。

 わたしも驚いたし、あの時はヴィオレッタ様は普通のご令嬢だと思っていたから、せっかくの外出で怖い思いをしてしまってつらいだろうと心配もしたのだ。

「……すみません……」

「関わった騎士達にも、ヴィオルにもきちんと罰は与える」

 第二王子殿下もこれは見逃す気はないらしい。

 アルを見れば「ミスティの判断に任せるよ」と頷き返される。

 嫌な思いもしたけれど、明らかに反省して小さくなっているヴィオル様の様子から、きっと第二王子殿下からも叱責を受けたのだろう。

「もう二度とこんなことをしないと約束していただけるのでしたら、謝罪を受け入れます」

 わたしの言葉にドルクマ様が大きく頷く。

「はい、もう二度といたしません」

「今後は仕事に集中してください。他の方の仕事の邪魔をしないこと、無理な勧誘はしないこと、あとドルクマ様は人気があるようですので、女性と接する際には距離感に気を付けてください」

「……はい……」

 ドルクマ様がしょんぼりと肩を落とす。

 第二王子殿下がアルを見て、アルはわたしの肩を軽く抱き寄せた。

「妻が許すというのであれば、私は口を出すつもりはありません」

「そうか。……本当にすまなかった」

 第二王子殿下の言葉にわたしは苦笑した。

「騎士にと望んでくださる気持ちはとても嬉しいです。ただ、家族を悲しませたくないんです。……まあ、夫が討伐遠征に出る時はついて行けたらいいのにと思うことはありますが」

 アルの実力を疑っているわけではないが、戦闘中は何が起こるか分からない。

 特に魔物との戦いでは思いもよらないことに巻き込まれたり、乱戦してより危険な状況になったり、心配すればキリがない。

 だから、つい、そばで一緒に戦えたらと考えてしまう。

 もしもアルが討伐遠征に行ったら、無事な姿を見るまで心配で落ち着かないだろう。

 ふと第二王子殿下が言った。

「では、予備騎士に所属してみるか?」

「予備騎士……?」

「ああ、普段は一般人として暮らしているが、人手が必要な時は臨時で騎士になることが出来る。給金は招集された場合のみの支払いになるが、所属している者は多い」

 それに所属しておけば、アルが討伐に出た時にわたしも騎士の一員として行くことが出来るかもしれない。

 ……すごく気になるけど……。

 チラリとアルを見れば、アルが目元を和ませた。

「ミスティの判断に任せる」

「……いいの?」

「危険な場所にミスティを連れて行きたくない気持ちはある。でも、同じくらい、そばにいてほしいとも思う」

 それにわたしは笑った。

「最後まで一緒にいるって約束したでしょ? その気持ちは今も変わらないよ」

「ミスティ……」

 ギュッとアルに抱き締められたので、わたしもアルの背中に腕を回す。

「わたし達に何かあったらイシルやお義母様達が悲しむし、二人で守り合っていこうね」

 ふ、とアルが微笑んだ。

「ああ、ミスティの背中は必ず守る」

 微笑み合い、アルから体を離した。

 そして第二王子殿下に顔を向ける。

「予備騎士に所属したいと思います」

 第二王子殿下が苦笑し、頷いた。

「こちらとしても是非そうしてもらいたい」

「基本的に夫が任務に出る際に、わたしも騎士としてついて行くという条件でもよろしいでしょうか?」

 そこにアルが手を上げて話に入る。

「妻は前線に出さず、我々紫水の支援……護衛という形で配置することは可能ですか?」

「ああ、構わない。元より魔法士には護衛に騎士がつく。アルフリードの護衛騎士にすれば、前線にあまり出ないが、共に討伐遠征などには参加することは出来る」

 第二王子殿下の後ろでドルクマ様が目を輝かせている。

「では、紫水と連携して動くことの多い第四騎士団の予備騎士に任命しよう。あそこはケーニッヒにも指揮権があるから、アルフリードが任務にあたる際には共に選出するよう伝えておく」

「ありがとうございます!」

 ……これで、これからもアルと一緒に戦える!

「気にするな。ヴィオルが迷惑をかけた詫びだと思ってくれ。それに国としても有事の際に実力者の手を借りられるのはありがたい」

 第二王子殿下が振り向く。

「ヴィオル、お前はしばらくの間、謹慎だ」

「えっ」

「仕事中に抜け出して女性を追いかけ回していたのだから当然だろう。それから、リュディガー夫人を襲う手伝いをした者達と共に数ヶ月の減給だ」

「はい……」

 ドルクマ様の表情が悲しそうなものに変わるが、第二王子殿下は気にした様子もなく顔を戻した。

 それにアルが深く頷いた。

「当然ですね。妻が男につきまとわれて、いい気分になる男はいないでしょう」

「すまなかったな」

「いえ、殿下が謝罪なさることではありません」

「そうか」

 アルと第二王子殿下がドルクマ様を見る。

 それにドルクマ様がギクリと肩を震わせ、視線を逸らしたものの、すぐに口を開いた。

「俺も、さすがに今回はやりすぎたと反省しております……!」

 本当に反省しているようだ。

 それにアルがまた大きく頷いた。

「今後、気を付けるように。もしまた妻につきまとった場合、私はあなたに決闘を申し込む。その時は試合のように怪我で済ますなどという生温い対応はしない」

 貴族同士の決闘では過去に死者が出た例もある。

 遠回しだが、わたしに手を出したら殺す、と言っているようなものだった。

「はい、もうしません。そもそも、俺はそのような気は全くなくて……」

「あなたにその気がなくとも、私がどう思い、周囲からどう見えるかが問題だ。……分かったな?」

 アルから何だか圧を感じる。

 ……メルディエル様もたまにこういうことがあるような……?

 シャキッとドルクマ様が背筋を伸ばす。

「はい、分かりましたっ!」

 何はともあれ、問題が解決して良かった。

「予備騎士の手続きはこちらでしておこう。後ほどケーニッヒとメルディエルにも情報を共有するが、署名の必要な書類は紫水経由で送らせてもらう」

「はい、よろしくお願いします!」


 帰宅後、夕食前に手紙を書くことにした。

 一通はイシルディンに、一通はお義母様に。

 イシルディンには近況報告と予備騎士になることを、お義母様には予備騎士になることを伝えるための手紙だ。

 手紙を書き終え、インクを乾かして封をする。

 アルが本を閉じて顔を上げた。

「手紙は書けた?」

「うん」

「明日、ラディに頼むといい。最近は一人で街に出られるようになったし、ラディが手紙を届けたら母上も喜ぶだろう」

 お義母様はラディ君を気に入っているので、きっと手紙を持っていったラディ君を労わってくれると思う。

「そうだね、そうするよ」

 ……イシルはビックリするかなあ?

 わたしの手紙を読んで呆れるかもしれない。

 でも、きっとイシルディンは笑うだろう。


◇◇◇


「仕方ない人だなあ」

 今朝方届いた手紙を読んだイシルディン=リルファーデは、小さく笑った。

 そばにいた叔父のシルヴィオ=リルファーデが小首を傾げる。

「どうした? ミスリルは何て?」

「姉上は予備騎士になるそうですよ。アルフリード義兄あにうえが魔物討伐の遠征で出る時に、ついて行くためだそうです」

「それはまた……アルフリードは愛されてるなあ」

 あっはっはっは、と笑う叔父にイシルディンも「そうだね」と笑い、手紙を引き出しに仕舞った。

 イシルディンが自領に戻って来たのは、この地の領主になるためだ。

 だが、成人を迎えたからといってすぐに領主の地位に就こうとは思えなかった。

 叔父にはまだ領主代行でいてもらい、そのそばで仕事を手伝いながら領主となるために必要なことを学んでいる。

 民や家臣などから上げられてくる報告を確認したり、領内で起こる問題の解決策を考えたりと忙しい。

 元々旅好きだった叔父は身軽なのか、頻繁に領地のあちらこちらへ行くので、それについて行くだけでも大変だ。

 しかし、叔父は『自分の目で確認しなければ分からないこともある』とよく言う。

 実際に行ってみなければ分からなかったことも多く、報告書だけを見て判断していたら間違った指示を出していただろうと思うことは幾度もあった。

 手紙の確認をして、昼間は出かけることが多く、夕方から夜に書類仕事をする。

 不作と流行病でボロボロだった子爵領をここまで立て直した叔父の手腕は、確かなものである。

 ……それに、何だか懐かしいんだよね。

 イシルディンがもっと幼く、まだ両親が生きていた頃の姉はこんなふうだった。

 身軽で、毎日のように外に飛び出して行ったら夕方まで帰って来なくて、行く先々で誰かに手を貸したり遊んだりして。それによく姉は父の視察にもついて行っていた。

 叔父と共に領内のあちらこちらに行くと、必ず「お嬢様はお元気ですか?」と声をかけられる。

 姉が結婚したことを伝えると皆、喜んでくれた。

 時々、イシルディンも姉に手を引かれて出かけることがあったけれど、叔父と姉の身軽さには血の繋がりを実感した。

「まあ、アルフリードも相当な実力者だし、二人一緒なら心配するようなことはないさ。あの二人を相手にする魔物のほうが哀れなくらいだ」

「それについては同意します」

 姉の実力について、イシルディンは誰よりも理解しているつもりである。

 身体強化しか使えないが、それがありえないほど優れている姉だ。その辺りにいる魔物よりも姉のほうがずっと強いとイシルディンは知っている。

 姉の夫である義兄も相当強い。

 幼馴染との決闘もそうだが、義兄はドラゴンの呪いを持っており、魔法も剣も秀でていて、姉からの手紙によるといつも一緒に訓練に参加しているらしい。

 姉の動きについていける人間なんて義兄だけだろう。

「ああ、そうだ。騎士になるなら、ミスリル鉱をいくらか贈ったらどうだ? 二人とも剣は使うだろう?」

 叔父の提案にイシルディンは頷いた。

「いいですね」

 手紙と共にミスリル鉱を送れば、姉夫婦も喜んでくれそうだ。

「じゃあミスリル鉱の手配は俺がしてこよう」

「その間に僕は手紙を書きますね」

 ニッと叔父が楽しそうに笑う。

「作った剣を折らないよう書いておいてくれ!」

 そう言って部屋を出て行った叔父にイシルディンは苦笑した。

 ミスリル鉱を使って作った武器や防具はとても強靭で、魔法に耐性もあり、それが壊れたという話はまず聞かないが……。

「姉上ならミスリル製の剣でも折りそうだしね」

 でも、それぐらい元気なのが姉である。

 新しい便箋と封筒を出したイシルディンの口元は、柔らかく微笑んでいた。


◇◇◇


 イシルディンやお義母様に手紙を送ってから数日後、出仕した際にメルディエル様達に声をかけられた。

「ミスリルちゃん、予備騎士になるんだって~? 実力もあるから不思議はないけどね~」

「こういう日が来るかもしれないとは思っていたよ」

 明るく笑うメルディエル様とウェルツ様に、わたしは頷いた。

「えへへ。所属は第四騎士団だそうです!」

「アルフリード君と一緒の組み合わせで選ぶよう言われたよ~。はい、これがその任命書。両方に署名して、一枚はこっちで保管するから返してね~」

 渡された三枚の紙には、わたしを第四騎士団の予備騎士に任命することが書かれていた。

 下には既にケーニッヒ様とメルディエル様のサインが済まされており、最後にわたしが名前を書けば任命書は完成する。

「僕のペンを使って」

「あ、うん、ありがとう」

 アルの机で手早く署名をして、一枚は手元に残して他二枚をメルディエル様に返した。

 メルディエル様は書類を確認すると微笑んだ。

「これでミスリルちゃんは予備騎士になったよ~」

 書類の残り二枚は第二王子殿下とケーニッヒ様の下で保管されるとのことだった。

「今後は合同訓練にも参加出来るから、その辺りは二人で話し合って決めてね~。参加したい時は僕に声をかけてくれればいいから~」

「はい、分かりました!」

 基本的には清掃員なので、仕事が変わるわけではないが。

 ……清掃員兼予備騎士にレベルアップしたぞー!

 思わずガッツポーズをすれば、アル達が不思議そうな顔をしていた。