「なっ……!?

 慌てた様子でもう片手の剣をわたしに振ろうとするけれど、それではもう遅い。

「ハァアアァッ……!!

 握り込んだ拳を腰溜めに構える。

 何かを感じ取ったのかヴィオル様が剣を引き、体の前でそれを交差させてわたしの攻撃に備えようとする。

「とりゃぁあああっ!!

 その交差した剣の中心に、全力で拳を叩き込んだ。

 バキィイインッと剣は両方とも砕け、わたしの拳はヴィオル様に到達する。

 ……ここで全力解除!!

 そしてわたしの拳がヴィオル様を吹き飛ばした。

 かはっ、と肺の中の息が吐き出される音がして、ヴィオル様が土埃を上げながら地面を転がる。

 わたしは伸ばしきった腕を引き戻し、両手を構えた。

押忍おす!!

 掛け声は気分である。

 ヴィオル様は立ち上がらない。

「そこまで! 勝者、ミスタリア=リュディガー!」

 ケーニッヒ様の審判に、わたしはニッと笑ってアルに親指を立ててみせた。

 アルがホッとした顔をする。

 その横で第二王子が唖然とした表情を浮かべていた。

「アル、ごめん、ヴィオル様の治療をしてもらってもいいかなっ? 結構強く殴っちゃった!」

「ああ、今行く!」

 身体強化を解除してヴィオル様に駆け寄る。

 アルも早足で近づいて来て、ヴィオル様の状態を確認すると治癒魔法をかける。

「致命傷ではありません。……骨は何本か折れているかもしれませんが」

「私も手伝おう」

 アルの言葉にケーニッヒ様もヴィオル様に治癒魔法をかける。

 ややあって、ヴィオル様がゆっくりと自力で起き上がり、わたしを見た。

「……最後、どうして手を抜いた?」

 何故か唸るように低い声で問われたので、わたしはキョトンとしてしまう。

 ……何故も何も。

「これは試合であって、殺し合いではありませんから。それに致命傷を負わせたら負けてしまいます」

 遅れて近づいて来た第二王子殿下と、ヴィオル様が訝しげに眉根を寄せた。

 治療を終わらせたアルが立ち上がる。

「妻は素手でブラックバイパーに打撃を与え、捕縛出来るほど身体強化に優れているのです」

「何だと?」

「はぁっ!? ブラックバイパーって、あの!? 普通の剣じゃ刃が立たないほど硬くて強靭なあのブラックバイパーに打撃っ!?

 第二王子殿下がアルとケーニッヒ様を見る。

 ケーニッヒ様が苦笑を浮かべて頷いた。

「事実だよ。彼女は素手でブラックバイパーと戦い、捕縛したことがある。その肉を村に持って行ったらとても喜ばれた」

 ヴィオル様が「嘘だろ……?」と呟く。

「嘘ではありません。もし彼女が本気で彼に拳をぶつけていれば、確実に死んでいたかと」

「致命傷にならないと言っても結構本気でやりましたよ!」

「おかげで訓練場がめちゃくちゃだけど」

 アルも苦笑したので、わたしはハッと振り返る。

 訓練場の地面はいくつも抉れた跡があった。

「あ……えっと、頑張って直します!」

「いや、それは魔法でやるから。……ミスティが全力を出すと言った時、こうなるだろうとは思っていた。兄上との手合わせもそうだったし」

 とアルに言われた。

 そういえば、お義兄にいさまと手合わせをしていた時も、なかなかに楽しかった。

「とにかく、妻の勝ちですね? 殿下、これ以上の勧誘は控えていただきます」

 アルの言葉に第二王子殿下が残念そうに頷いた。

「ああ、約束は守ろう。私はもう勧誘しない。……だが、もし気が変わったらいつでも声をかけてくれ」

 そう言われて困ってしまった。

 とりあえず愛想笑いで誤魔化しておく。

 立ち上がったヴィオル様が服の汚れを払う。

「完敗です」

 ヴィオル様の手が差し出される。

「とても強かった。俺は強いと自負していましたが、上には上がいると思い知らされました」

 その手をわたしが取る前に、アルが握った。

 無表情のアルがヴィオル様に言う。

「妻に気安く触れないでいただきたい」

「男の嫉妬は見苦しいですよ?」

「愛する女性に余計な虫を近づけたくないと思うのは当然のことだ」

 二人が睨み合う。

 ……また喧嘩してる!

 慌てて、アルに抱き着いた。

「そんな心配しなくても、わたしにはアルだけだから! ほら、ヴィオル様とアルって全然似てないでしょ? わたしの好みはアルだから!」

 アルが嬉しそうに目を細めてわたしを見る。

「私の好みもミスティだけです」

 ヴィオル様の手を離したアルに抱き寄せられる。

 殿下方の前で喧嘩が大きくならなくて良かった。

 アルはヴィオル様が女装してまでわたしに近づいたのではとまだ警戒しているようだし、そうでなくても年齢の近い男性は警戒対象なのだろう。

 ……そういう嫉妬が実は嬉しい。

 わたしの気持ちを疑っているのではなく、アルは自分が呪い持ちだから自信がないのだと思う。

「ありがとう。わたしはアルの嫉妬も大歓迎だよ! それだけ好きだって思ってくれてることだから嬉しいし!」

「ミスティ……」

 ギュッと抱き締められる。

 その背中に腕を回してわたしも抱き締めていれば、こほん、とわざとらしい咳払いが聞こえた。

「とにかく、今回は彼女の勝ちということで」

 ケーニッヒ様の声に我に返る。

 第二王子殿下が少し気の抜けた様子で小さく笑った。

 これまで威圧感があったのに、笑うと、途端にそれが和らいだ。第二王子殿下の目が一瞬だけアルに向けられる。

「ああ。……これ以上はやめておくとしよう。そして、すまなかった。探らせたのはやりすぎだった」

 第二王子殿下の言葉にわたしは首を横に振った。

「いいえ、気にしておりません」

「リュディガー夫人の広い心に感謝しよう」

 ではな、と言って第二王子殿下が去って行く。

 その後ろをヴィオル様が追いかけた。

 二人が訓練場から出て行ったところで、ケーニッヒ様が困ったように笑った。

「兄上がすまなかったね」

「………………いえ」

 許したくないけど、わたしが許した以上は何も言うことは出来ない。……というところだろうか。

 アルの微妙な返事にケーニッヒ様は首を横に振った。

「噂の人物を探りたかったというより、本当はアルフリードの妻がどんな人物なのか知りたかったのだと思うよ」

「やっぱりそうなんですね」

 いくら王城内で噂になっていたとしても、王族がわざわざ実力を確認するほどではない。

 だから、他にも何か意図があるだろうとは感じていた。

「気持ちは嬉しいですが、あまり私達に関わりすぎるのはやめてください。……どこから漏れるかも、誰に気付かれるかも分からないのですから」

 アルが小さく息を吐いた。

 ケーニッヒ様は苦笑を浮かべたものの、返事はしなかった。


◇◇◇


「――……それでヴィオル様、何か御用ですか?」

 翌日、清掃の仕事をしているとヴィオル様が来た。

 ヴィオル様がヴィオレッタ様であり、噂の人わたしを探るために来ていたことももう知っている。

 昨日の件もあり、もう来ないと思っていた。

 ……でも、どうしてヴィオル様?

 ヴィオレッタ様で来るなら分かるが。

「用はありませんが、会いたかったので」

 ニコッと微笑まれたけれど、わたしは廊下の掃除を続けた。

「勧誘ならお断りです」

「冷たいですね。短い期間とはいえ、あんなに先輩後輩として仲良くしていたのに」

 可愛い顔で悲しそうな顔をされた。

 それでも、わたしは掃除を続ける。

 担当場所が一人に戻って忙しいし、仕事中だ。

「それはヴィオレッタ様が女性だったからですよ。前にも言いましたが、夫の嫌がることはしたくないのでもうベタベタしないでください」

 窓を拭きながら言えば、背後から返事があった。

「分かりました。適切な距離を心がけましょう」

「是非お願いします!」

 そうして窓を磨いていたけれど、なかなかヴィオル様は離れない。

 ……これ、アルが怒るやつだ……!

 アルいわく、わたしについた匂いで何となくだが、どれくらい異性に近づいていたか分かるらしい。

 それもあってヴィオレッタ様の件は混乱したようだ。

 見た目は女性なのに、匂いは男性だったとしたら戸惑いも大きかっただろう。

 そして、こんなにずっとそばにいられると困る。

 ……アルにきちんと説明しないと。

 溜め息を吐きつつ手を止める。

「ヴィオル様、失礼を承知で申し上げますが、仕事の邪魔です! 用がないならお帰りください!」

 でも、何故かヴィオル様はニコニコしている。

 その手がヴィオル様自身を指差した。

「俺、これでも人気があります」

 唐突な自慢話に「はあ……?」と困惑してしまう。

「近衛騎士も服もかっこいいと思いませんか? ミスリル先輩なら、この制服を着るのも夢ではないと思います。俺は近衛騎士の制服を着た先輩も見てみたいです」

「……わたし、昨日勝ちましたよね?」

「はい。ですが『勧誘しない』と約束したのは殿下とミスリル先輩で、俺は対象外でしたから」

 いい笑顔で屁理屈のようなことを言われた。

 ……それはそうかもしれないけど……!

「わたしは騎士になりません! 仕事中について来られると迷惑です!」

「ではヴィオレッタに戻ればいいですか?」

「そういう問題ではありません!」

 わたしが怒るとヴィオル様が笑って一歩下がる。

「ははは、これ以上怒られる前に失礼します」

 と言って、あっさり帰って行った。


 それから二週間、ヴィオル様は頻繁にわたしの前に現れた。

 いつも近衛騎士の制服姿なので、紫水の区画ではとても目立つし、わたしの後を追いかけながら近衛騎士の仕事のやりがいや素晴らしさについて語る。

 遠回しなようで直接的な勧誘である。

 アルには伝えていたけれど、あまりに会いに来るものだから、さすがのアルも怒っている。

「ドルクマ殿、妻に近づくのはやめてほしい」

 魔法士様から報告を受けたのか、ヴィオル様がわたしのところへ来た少し後にアルとメルディエル様まで来てしまった。

「別に、俺は恋愛感情でミスリル先輩に近づいているわけではありませんよ。騎士になってくれたらなぁとは思っていますが」

「妻が試合を受け入れた意味を理解していないのか? これ以上続くようなら、殿下か家に正式な抗議を行うことになる」

「そう怒らないでください。俺はただ、騎士という職業の素晴らしさをミスリル先輩に分かってほしいだけです」

 無表情で怒っているアルと、ニコニコしながらも目は笑っていないヴィオル様。その間に挟まれるわたし。苦笑するメルディエル様もそばにいる。

 しかし、アルはすぐにわたしの様子に気付くとヴィオル様の後ろ襟首を捕まえた。

「とりあえず、ここでは妻の仕事に障る。……メルディエル士団長、部屋をお借りしてよろしいでしょうか?」

「いいよ~」

 士団長様が頷き、ヴィオル様を見る。

「ドルクマ君、ちょっとお話ししよっか~? 今回の件は僕も色々思うところがあるしね~」

 メルディエル様がニッコリと微笑めば、ヴィオル様の顔が引きつった。

 アルが捕まえているので逃げるのは不可能だろう。

「ミスティ、こっちは僕に任せて仕事に戻っていいよ」

 優しい声と視線でアルがわたしを見る。

 ヴィオル様の件はありがたく、アルとメルディエル様に任せることにした。

「うん、ありがとう、アル」

「どういたしまして」

 空いている手でわたしの頭を撫でてから、アルはヴィオル様を引きずるように連れて行った。

 これにはヴィオル様も太刀打ち出来ないらしく「うわっ、ちょ、待てって……!」と少し焦った様子だった。

 ドラゴンの呪い持ちのアルは身体能力が高い。意識的にその能力を使って腕力を上げているとしたら、ヴィオル様はアルの手から逃げることは出来ないだろう。

「あ、ミスリルちゃん、来週から自動清掃機の試作品を試験的に導入することになったよ~。掃除機はやっぱり紫水うちには合わないみたいだし~」

 メルディエル様に言われて嬉しくなる。

「ありがとうございます! それで今日から掃除機の使用はなしになったんですね!」

「そうそう~。様子を見てたけど、元の清掃のほうがやりやすいって要望もあったし。でも掃除機は王城の清掃で使う予定だよ~」

「そうなんですね」

 使わないから捨てるとか、売るとかにならなくて良かった。王城の清掃で使えるなら、そちらで使ってもらえたほうが掃除機も本望だろう。

「今、表で馬車に積んでもらっているから。運搬は紫水うちの魔法士がやるけど、王城の倉庫の道案内だけしてあげてくれる~?」

 王城の使用人が使う倉庫には何度か行ったことがあり、そこに魔法士様を案内すればいいそうだ。

「はい、分かりました!」

「じゃあよろしくね~」

 メルディエル様がひらりと手を振り、廊下の向こうへ消えて行った。

 ここ二週間のことはメルディエル様にも相談してあった。

 怒ったアルも怖いけど、多分、メルディエル様のほうが怒るともっと怖いと思う。是非しっかりと注意してもらいたい。そして第二王子殿下にまで話が届くだろう。

 ……これで落ち着いてくれるといいなあ。

 ふうと息を吐き、掃除道具を片付けてから正面玄関に向かえば、荷馬車と数名の魔法士様がいた。魔法士様はみんな、わたしが担当している部屋の人だった。

 挨拶をしつつ、全員で馬車に乗り込んで移動する。

 馬車にはいくつもの木箱と人数分の台車が載せてある。箱の中身が掃除機らしい。

 王城に着くと魔法士様達が魔法で台車を浮かせて馬車から下ろし、その上に箱を載せていく。

「魔法って本当に便利ですよね!」

 わたしも身体強化で荷運びは出来るけれど、浮かせて移動させたほうが楽だし、衝撃も少なそうだ。

「魔物討伐の遠征では、後方支援の一環としてこういったことも魔法士の仕事なのですよ」

「おかげで皆、浮遊魔法が使えるようになりましたけどね」

 魔法士様達が笑いながら箱を全て台車に積み、今度は台車に何か魔法をかけた。

 不思議に思いながらも促されて歩き出すと、台車がガタゴトと動き出し、勝手について来る。

「士団長が魔法式を描いてくださったんですよ」

 自動清掃機を作った時にメルディエル様が思いついたそうで『追尾魔法』といい『魔力を注いだ者の後を追いかける』というものらしい。

 攻撃魔法に追尾機能をつけることはあっても、運搬目的で使うというのは面白い。

「今はまだこの台車くらいしか動かせないそうですが、そのうち荷馬車にも使えるようになれば、遠征の際に使用する馬の数を減らせるかもしれませんね」

「馬用の餌や水は嵩張るので、少しでも頭数を減らせるとありがたいものです。魔物との戦闘時に馬が逃げてしまい、荷馬車が動けなくなることもありますから」

 ……遠征ならではの悩みだなあ。

 馬はそう簡単に手に入れられるわけではない。

 遠征で大きな街の近くにいれば購入出来るかもしれないが、小さな村などの家畜は村全体の大切な財産で、手放せないことも多い。

 そんな話をしながら、王城の倉庫に到着した。

 魔法士様達が台車から倉庫の中へ、箱をふわふわと浮かせながら運ぶ様子を廊下から眺める。

 ……わたしもふわふわしてみたいなあ。

 アルにお願いしてみようか、なんて考えていると「ねえ」と声をかけられた。

 振り向けば、数人のメイドが立っていた。

 お仕着せのデザインから、王城のメイドだと分かった。数名いるメイドの一人が掃除機を持っていて、使ってくれていることに嬉しくなる。

「はい、何でしょう?」

「あなた、ミスタリア=リュディガーよね? 一体どういうつもり?」

 ズイッとメイド達に囲まれる。

「えっと、どういうつもり、とは……?」

 何が何なのか分からず訊き返せば、メイド達が話し始めた。

「社交界の『氷の貴公子様』を射止めただけでなく、ドルクマ様にまで近づいて!」

「最近、ドルクマ様があなたに会いに紫水へ行っているって聞いたわ!」

「しかもあなた、ドルクマ様に冷たい態度を取っているそうねっ?」

 わたしはキョトンとしてしまった。

「えっと、あの、すみません。ヴィ……ドルクマ様ってそんなに有名な方なんですか?」

「まさか知らないのっ?」

「嘘、ありえないでしょ……!?

「あのドルクマ様を知らないメイドがいるなんて……!」

 彼女達の話を要約すると、ヴィオル様は有名人だった。

 史上最年少の十七歳で近衛騎士に選ばれた才能のある人物で、顔立ちも可愛らしくて人気が高く、騎士爵家出身でありながらも有望なヴィオル様と結婚したいと思う者は多いらしい。

 ファンクラブ的なものもあるようだ。

 そこで、ヴィオル様がここ最近わたしに頻繁に会いに来ているという情報を受けて、しかもヴィオル様への態度が悪いことについて物申しに来たそうだ。

 彼女達はファンクラブを束ねているのだとか。

「……ドルクマ様と話すな、ではないんですね?」

 わたしが首を傾げると彼女達が眉根を寄せた。

「抜け駆けは禁止よ。でも、ドルクマ様が自ら声をかけることについて責めるのは違うでしょう。私達はただ、あなたのドルクマ様への態度の件で話がしたかっただけ」

「なるほど」

 どうやら、ヴィオル様と話すことなどについては気にしていないらしい。

 そこで問題にならない程度に事情を説明した。

 わたしが以前、騎士を叩きのめしたこと。

 それを耳にしたヴィオル様がわたしを騎士に勧誘するため、声をかけに来ていること。

 わたしはそれを断っていること。

「態度についてなのですが、他の男性とあまり仲良くすると夫が気にするので、適切な距離を置くためにああしています。それに仕事中に何度も声をかけられて邪魔されると、さすがに……」

 わたしが苦笑すると、メイド達が顔を見合わせる。

「それは確かに……」

「……少し邪険にしてしまうわね」

 彼女達が小さく頷く。

 ……納得してもらえたかな?

「ところで、一つ質問があります!」

 わたしが片手を上げて言えば、彼女達が顔を上げる。

「何かしら?」

「その掃除機の使い心地はいかがですか?」

 先ほどからずっと気になっていた。

 掃除機を持っているということは、掃除をしていたか、これからするということで、恐らく彼女達は清掃をしているメイドである。

「え?」

「掃除機の?」

 メイド達が困惑した表情を浮かべたので、慌てて付け足した。

「その掃除機は、わたしと夫が発案しました! わたしは紫水で清掃員をしているので、掃除に役立つ魔道具を作りたくて――……」

 ガシリと手を掴まれた。

「あなたが掃除機の発案者!?

 離れかけていた彼女達が、またズズズイッと迫ってくる。何だかヴィオル様の話の時よりも圧が強い気が……。

「掃除機を作ってくれてありがとう!」

「これのおかげで掃除が楽になったわ!」

「特に絨毯の汚れを取るのが大変だったから、すごく助かっているの! 絨毯は外に持って行くのが大変だし、払うと土埃で汚れるし、時間も人手もかかって手間だったから……」

 途端に彼女達の表情が明るくなった。

 その話にわたしも思わず身を乗り出してしまう。

「分かります! 掃除機が大体の汚れは吸ってくれますし、外に払いに行く回数が減るだけでも体力的に楽ですよね!」

「そう! そうなのよ! ……掃除機と言えば、同じ時期にこのマスクというのも渡されたけれど、もしかして、これもあなたが?」

「はい! 掃除中に埃を吸わなくて済む上に、布を縛るより見た目も良くて外れにくいですから!」

 手をギュッと握られる。

「私達、勘違いしていたみたい」

 社交界で有名だった『氷の貴公子』と結婚したのに、ヴィオル様に話しかけられているのに態度が悪いと聞いて、きっと高慢な性格なのだろうと思っていたのだとか。

「その、あなたが羨ましくて……」

「ごめんなさい」

 しゅんと肩を落とす彼女達は可愛かった。

「いえ、大丈夫です。誤解が解けて何よりです! これからも是非、掃除機を使ってくださると嬉しいです!」

 こうして掃除機の感想を聞くことが出来たので、話しかけてもらえたのは結果的に良かった。

「もちろん、今後も使わせてもらうわ」

「王城でしか見かけないけれど、売っていないのかしら? 我が家にも欲しいのだけれど……」

 嬉しくて自然と笑みが浮かぶ。

「生産の目処が立ったら発売する予定ですので、もう少しお待ちください!」

「ええ、楽しみにしているわ」

 全員でニコニコしていると「あの……」と声をかけられた。

 首を動かしてメイド達の隙間から見れば、掃除機の搬入を終えたのだろう魔法士様達が所在なげに佇んでいた。

「お話は済みましたか?」

 と訊かれて全員で我に返る。

「あ、はい、終わりました! 皆様、掃除機のご感想ありがとうございます! ……ドルクマ様の件については、他の方にご説明をしていただけると助かります」

 後半はヒソヒソと言えば、彼女達はしっかりと頷いてくれたのだった。


 その後は紫水に戻り、いつも通り終業時間まで清掃を行った。

 それから士団長室に行くと、アルやメルディエル様がいた。

「ミスリルちゃん、お疲れ様~」

 メルディエル様がひらひらと手を振ってくれた。

「お疲れ様です!」

「僕とアルフリード君とで、ドルクマ君をみっちり叱っておいたからね~。多分、もう仕事中に邪魔されることはないよ~」

「ありがとうございます!」

 アルが帰り支度を済ませて椅子から立ち上がる。

「それでは、我々はお先に失礼します」

「今日はありがとうございました!」

「どういたしまして~。また明日ね~」

 それから、わたし達は屋敷に帰ることにした。

 馬車に乗り、走り出してから、アルにドルクマ様のファンクラブについて話した。

 最初は眉根を寄せていたアルだったけど、話を聞いていくうちに警戒すべきことではないと分かると表情が和らいだ。

「それでね、掃除機の感想も聞けたし、誤解も解けて良かったなあって。ドルクマ様がもう来ないなら、勘違いもされなくなるだろうし安心だね」

 アルにギュッと抱き寄せられる。

「ミスティに危険がないならいい」

 わたしも抱き締め返しながら訊いた。

「アルのほうはどうだった? ドルクマ様、反省してた?」

「あれは反省したと思う。……メルディエル士団長が本気で怒ると僕でも怖い」

 アルが視線を泳がせたので、思った通りメルディエル様が怒ると相当怖いらしい。